GOD VEIN-ゴッドヴェインー   作:かり~む

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10:化け物の居場所

 その日もナナシは自室に籠って、外の世界の情報を収集していた。

 

 しかし、人の叫び声や慌ただしい足音が気になった。部屋の中にいても聞こえるのだから、ただ事ではないだろう。廊下に出る。近くにいた職員を捕まえ、何があったのかと尋ねた。

 

「アラガミの大群が強襲してきて、防壁に取りつかれた!! 突破されるのは時間の問題だぞ!」

 

 半分悲鳴のような回答をしてくれた職員は仕事があるのか、速足でナナシの前から去っていく。ナナシは目を見開き、やがて何を決したような顔をして歩き出した。

 

 

 管制室にはアラートが鳴り響いていた。防壁周辺に設置された監視カメラの映像には、アラガミが防壁を破壊しようとする姿が映し出されていた。

 

 ナナシが管制室に入室した瞬間、オペレーターの竹田ヒバリが悲鳴を上げた。

 

「北側の外周防壁! 突破されました!」

「防衛班は! 手の空いている者は!」

 

 極東支部の第1から第2部隊までの指揮官を担当する雨宮ツバキが、声を張り上げる。

 

 アラガミがアナグラ、正確には外周防壁内の街並みを含む第8ベイブを目指して接近してくるのは、決して珍しいことではない。それらを撃退及び駆逐するために、第2部隊及び第3で構成される防衛班が存在する。

 

「第2部隊及び第3部隊の各員は防壁の南部、南東部および西部で北東部で現在交戦中! フォローは不可能です!」

 

 しかし、今回のアラガミの襲撃はイレギュラーな点が多々あった。

 

 複数の方角からほぼ同時に襲撃が発生したこと。

 また、アラガミ達の思惑はどうであれ、形としては種を超えた群れを組んでいること。

 それらの群れの多くは中型以上のアラガミで構成されていること。

 何より複数の群れは極々最近発生し、急激な方向転換と共に一直線に極東に向かってきたため、アナグラにとっては寝耳に水な襲撃であったこと。

 

 これら複数の要因によって、たった今アラガミ防壁の一部は突破されてしまったのだ。

 

「周辺地域に展開されている部隊を至急呼び戻せ! 第一部隊が既に任務を終えて帰投準備に入っているはずだ!」

「了解しま…そんな! 第一部隊…討伐対象外とのアラガミと接近、交戦状況に入りました! 支部への帰還は大幅に遅れるそうです!」

「っ!!」

 ツバキが大きく舌打ちした。頬には汗が一筋流れている。

 

「あ! 小川シュンさんが北東部のオウガテイル種の群れを駆逐! 北部、突破された防壁のフォローに回りました!!」

 

 とはいえ、小川シュンは苦戦しているようだった。元々、他の神機使いの陰に隠れて隙を伺うスタイルの男だ。複数の中型・大型のアラガミを複数相手にするには実力が足りていない。

 

「……俺なら、きっと救える」

 気づくと、ナナシは声に出していた。

 

 管制室の面々はその声で初めてナナシの存在に気づく。薄暗い部屋というのもあるが、皆モニターから一瞬でも気を逸らす余裕もなかったのだ。

 

「お前は…ミハエル」

「えっ、ミハエルさん? どうしてっ…?」

「俺の出撃許可を出してくれ」

「……」

 

 雨宮ツバキは唇を噛んだ。

 

 雨宮ツバキはナナシの正体を知る数少ない人間の一人だ。書類上で知らされたナナシの経歴やスペックについては半ば半信半疑だったが、ナナシ自ら進言する以上、この状況を打破するに足る戦闘能力は有しているのだろう。

 

 しかし、雨宮ツバキは口を噤んだ。

 

 ナナシの進言に是とも否とも言えなかった。『私にはその判断を下す権利はない』とも『責任はすべて私がとるから行ってこい』とも。

 

 何故ならば、この部屋にはアナグラの最高権力者がいるのだから。

 

 ヨハネス・フォン・シックザールがそこにいた。

 

 ナナシは雨宮ツバキの次にヨハネスに顔を向けた。彼は唇を引き締め、モニターに注視していたが、やがてナナシの方を一瞥して言った。

 

「……何をしている。失礼だが、君は部外者だ。君はフェンリル重役の息子だが、君自身がこの極東支部で何らかの役職を持っている訳ではない」

「そんな上っ面の会話は今は要らない」

「……もっと大きな視野を持ちたまえ。為すべきことがあって此処に来たのだろう。短慮はその妨げになるぞ」

「かもしれない。だけど、俺は彼女の意思を継いで此処に来たんだ。そして、イオが、此処に立っていたら、絶対に、必ず、見て見ぬフリはしない…!」

 

 ヨハネスは確信していた。目の前の男、自らの名前を捨てた男は『敗北者』で『嘘つき』だ。他者にその理由を説明しろと問われても、回答は難しい。言語化の不可能な直感、或いはシンパシーとも言うべき推測。

 

 ナナシは言う、『世界を救う』と。

 その言葉の余りに薄っぺらいことか。彼はやりたくもないことに生涯を懸け、信じることもできない大義に命を捧げようとしている。

 

 だけど、

「何より! 今ここで! 人が死のうとしている! 人は死ねば決して生き返らない、取り返しがつかない! それを覆そうとするのに、大層な理由なんか要りはしない!!」

 

 このナナシの言葉は『本物』だった。

 

「……っ」

 

 ヨハネスの脳内に数多の思考が駆け巡る。

 

(極論、複数あるアラガミ防壁の一番外部が突破されただけだ。このアナグラまで落とされることは、あり得ない。第一部隊もやがて帰還する。だが、ここで少なくない被害を出してアナグラの者たちやフェンリルからの評価を落とすのは、アーク計画の今後を考えれば避けるべきか?)

 

 意識朦朧とした状態で、ディアウス・ピターと名付けられた接触禁忌種を撃退する程の実力者。そのナナシを投入すれば、確かにこのアラガミの軍勢に対抗できるかもしれない。

 

 しかし、

 

(レヴナントの存在を白日の下にさらすのは、リスクがある。アナグラ内に少なくない混乱をもたらし、何より今以上にフェリンル本部に私が目をつけられるリスクを増やす。…いや、神機使いとアナグラ職員だけなら情報統制も可能か?)

 

 そんなことを考えていると。

 ヨハネスの瞳に再びモニターの映像が映った。

 

 やはり、外壁内部に侵入してきたアラガミから逃げ惑う人々の姿が映し出されていた。

 

 何でもない家族がいた。

 妻と父親、赤子の息子を抱えてアラガミから逃げていた。

 

 

 

 

「……ペイラー。ナナシの装備は?」

『こんな事もあろうかと、修理はとっくに終わっているよ』

「ありがとう、支部長」

 

 ナナシが管制室から走り去っていく。

 

「支部長、あの人は一体?」

 竹田ヒバリの疑問にも答えず、ヨハネスはため息を吐いた。

 

 最後の一推しは、彼の良心だった。或いは、感傷と言い換えることもできる。

 数多の人生を歪めてきた。数多の命を奪ってきた。

 

 それでも、

(人が死ぬのは、悲しい、か)

 

 何たる惰弱。何たる偽善。

 

 アーク計画の為に冷徹な計算の元ナナシを動かしたなら、別に構わない。だが、先ほどのヨハネスはナナシの言葉とモニターに映るありふれた家族に心を動かされた。

 

 いまだに人の心を捨てきれない。そんな己を自嘲する。

 

 

(私は、弱いな。アイーシャ…)

 

 

 ―――失敗した。

 

 小川シュンは神機使いの崇高な使命とやらに命を懸けるタイプではない。何事も、自分の命あっての賜物だと素面で言えるタイプの人間だ。

 

 神機使いという肩書に対しても、多少のリスクと引き換えにこの世界のおける上流の暮らしを満喫できる『職業』だと捉えている。

 

 故に、単身突破されたアラガミ防壁に駆け付けたのも、別に命を懸けて人々を守ろうとした訳ではない。

 

 自分に割り当てられた箇所にやってきたのはオウガテイル種のグループであり、他の防衛班が戦っている中・大型の軍勢に比べると遥かにラクだった。

 

 最初は適当に力を抜いて流して戦っていたが、途中で思い直した。

 

 ―――これでは他の防衛班に比べて評価が下がる、報酬も期待できない。

 

 だからこそ、小川シュンは突破された防壁部分に評価と報酬を求めて駆け付けた。

 

 すぐに悟った。失敗した、と。目算が余りに甘かった。

 

 そこにいたのは、コンゴウ、シユウと言った中型アラガミ。そしてヴァジュラといったといった大型アラガミの群れだった。北側はアラガミの攻撃が一番激しい箇所だった。

 

 

 ―――こんなところで死ぬなんて、嫌だっ。

 

 コンゴウの剛腕に吹き飛ばされ住宅の壁に叩きつけられる。

 

 ゲホゲホとせき込んでいる間にオウガテイルがすぐ傍まで迫っていた。その大口が開かれ、シュンを噛み砕こうとする。神機は殴られて時に手放した。足の骨が折れているのか、動くこともできない。

 

 そこに赤と黒の影が割り込んだ。

 

 栗色の髪。その瞳は血のような赤。燕尾服にも戦闘服を纏っている。

 

 

「アンタは? 確か、ミハ―――」

「―――ナナシだ」

「アンタ、腕っ!?」

 

 シュンの身代わりとなってナナシの片腕はオウガテイルの牙を受けていた。ナナシは空いている手に持っていた片手剣を振るう。

 

「はあっ!!」

 

 オウガテイルはその斬撃で吹き飛ばされ、霧散した。

 

「神機使いには回復錠が支給されているんだろう? 一人で大丈夫か?」

「あ、ああ」

「よし。俺は周囲のアラガミを駆逐する。余裕があったら、お前も加勢してくれ」

「お前、何なんだよ!? というか腕、折れてるぞ!?」

「問題ない」

 

 言いながらナナシは胸に手を当てて、簡易的な錬血を使って心臓のBOR寄生体に刺激を与えた。BOR寄生体が駆動し、腕の傷を治していく。回数こそは限られるが、レヴナントはBOR寄生体の回復力を応用して己の傷を治すことが可能だ。

 

「え、お前なんで傷治って……」

「せあっ!!」

 

 間髪入れず、ナナシは剣を振るった。翼を生やした人型のアラガミ、シユウが滑空しながら攻撃してきたのだ。ナナシはすれ違いざまにシユウに斬撃を叩き込むが硬質の翼に阻まれ、ダメージは薄い。

 

(オウガテイルのような小型のアラガミならまだしも、中型以上には神機ではない俺の武器ではやや効果は薄いか。なら、錬血を叩き込んでやる)

 

 とはいえ、

(ここに来るまで交戦で冥血は全て消費してしまった…!)

 

 肉質が比較的柔らかい首元に片手剣を当て、その動きを止める。その間に変形させた吸血牙装オウガでシユウの首を掴み、勢いよく地面に叩きつけた。

 

(榊博士は装備の殆どを修理してくれたが、マスクの修理は間に合わなかった)

 

 故に今のナナシは攻撃により、冥血を回復することは出来ない。あれは攻撃の度に武器に付着した敵の血が、マスクを通して口内に運ばれる仕組みだ。そもそも、マスクがなければ成り立たない。

 

(背に腹は変えられない、か…)

 

 鬼の手に如く変形したナナシの左手に拘束されたシユウは激しく抵抗する。

 

 そのシユウの首元、女王討伐の片手剣によって傷つけられた部位に向かってナナシはかぶりついた。暴れるシユウを力づくで無理やり押さえつけ、牙をその首元に突き刺す。

 

(深層のバケモノの血でも冥血は回復した。だったら、コイツでも問題ないはず…!!)

 

 滴る血を飲み干した。

 

「ア、アラガミを食ってるっっ!?」

 後方の小川シュンが悲鳴を上げるのが聞こえた。

 

「ぐ、が!? マスクで濾過してないと中々にキツいがっ…!!」

 

 身体の内側から焼かれるような感覚。しかし、確かに冥血のストックは回復した。

 

「ブラッドコード:イシス」

 錬血に優れたブラッドコードを選択する。

 

「プラズマ・ロアー」

 ほとばしる稲妻を生成し、標的に放つ。

 

「インドアコイル」

 狙いを定めた敵の足元に強力な雷の柱を三連続で解き放つ。

 

「竜公の杭」

 血を巨大な杭に変質させ標的を貫く。

 

 苛烈な錬血の連続技をその身に受けたシユウはコアを消し炭にされ、霧散した。

 

「……傷は勝手に治る。アラガミを喰う。バレッドみたいなよくわからないやつを出す。……お前、一体何なんだよ…」

 

 シュンの口から零れた疑問にナナシが応えることはなく、彼は疾風の如くシュンの前から去っていった。シュンが理解できたのは、自分の命は助かった、ということだけだった。

 

 ナナシは街を駆けていた。

 

「早く逃げろ!」

「は、はいっ!!」

 

 逃げ遅れた人々を救い、目につくアラガミを片っ端から切り刻み、錬血で屠っていく。

 

 とはいえ、ナナシも無敵ではない。傷が少しずつ増えていく。BOR寄生体の再生力で傷を治すが、やがて使用限界が訪れる。

 

 血だらけだった。骨が軋む。視界がぼやける。

 

 BOR寄生体は自己保存の為、次の瞬間にはナナシの身体を霧散させようとしている。ナナシはそれに抗った。

 ここで霧散する訳には行かない。

 今自分が居なくなれば、誰がアラガミと戦うのだ。

 

 無数に剣を振るい、無数に錬血を放ち。やっとナナシは安堵した。

 

「第一部隊…」

 

 リンドウ。ユウ。コウタ。サクヤ。ソーマ。

 ナナシの見知った顔がこちらに駆けていた。彼らが帰投して援軍に来てくれたのだ。

 

「また会おう」

 

 だからナナシは安心してヴァジュラの牙を喰らうことができた。命の終わり、絶命の瞬間はレヴナントにとって慣れ親しんだ感覚だった。

 

 

 極東支部にはヤドリギがないため、当然何処で復活するかは選べない。そういった場合、BOR寄生体は宿主が安全だと判断し直近に訪れた場所で復活させる傾向がある。

 

 故にナナシが復活した場所はアナグラの管制室だった。

 

 管制室は静まり返っていた。

 きっと彼らには、モニターのナナシが絶命し、それから大した時間を置かず、突然虚空から現れたように見えただろう。

 

「……ただいま」

 声を返す者は、いなかった。

 

 ◆

 翌日、ナナシはロビーに足を運んだ。いっそ部屋に引きこもろうかとも考えたが、現実逃避のようだから却下した。

 

 レヴナントのこと、ヴェインのこと、ナナシのこと、これらの大まかな概要は既に極東支部の全ての神機使いと多くの職員に知れ渡っている。

 

 ナナシが未知の力を使ってアラガミと戦った姿は管制室のモニターを通じて多くの職員に知れ渡っており、一切の説明を行わないということは不可能だったからだ。昨晩の内に上層部から直々に説明があったらしい。

 

 流石のナナシも周囲の人々の反応がどうなるかは予想がつかない。柄にもなく心臓が跳ねていた。

 

 ナナシの姿を見た人々は、しんと静まる。ロビーに静寂が流れた。

 

(こう、なったか…)

 落胆はしない。予想通りだ。

 

 レヴナントは異物である。神機使いよりも更にアラガミに近く、人の血を啜る化け物である。更に今回はアラガミから直接冥血を取り込む姿や、死から復活する瞬間も見られた。彼らの常識から照らし合わせれば、きっと己は恐ろしい存在なのだろう。

 

 ふいに、ナナシの前に小柄の人影がでてきた。桃色の髪の生意気気な顔つきの青年。小川シュンだった。ロビーの全ての人間がシュンとナナシに注目する。ただでさえ静かだったロビーが冷たいくらいの沈黙に包まれた。

 

 彼は不機嫌そうに唇を尖らせて言った。

 

「お前、ミハエルって名前はウソだったのかよ」

「ああ、すまなかったな。ナナシと呼んでくれ」

「お前、人の血を飲むんだってな。アラガミの血も飲んでたし」

「2つの血で用途は違うが、何も間違っていない」

「死んでも身体が霧散して、アラガミみたいにまた蘇るんだってな…! 化け物じゃねえか…!」

「……ああ、小川シュン。お前の言ってることは全部正しい」

「はっ! そうかよ!!」

 

 シュンは吐き捨てるように言った。そして踵を返して、ナナシから去っていく。その途中でナナシに何か投げてきた。ナナシはそれをキャッチする。

 

「これは…」

「血しか飲めねえわけじゃないんだろ! 普通に飯とか食ってたしな!」

「あ、ああ…」

「だから、缶コーヒー! やるよ! 毎日飲んでたろ! それと、それと……助かった。さんきゅな……」

「声が小さいわよ、シュン」

 近くにいた眼帯の神機使いが苦笑しながらシュンの肩を叩いた。

 

「うるせえ! さんきゅな! だからってそっちから話しかけてくんなよ、吸血鬼野郎!!」

「……、ああ」

 

 胸が少しだけ軽くなった。自然と口元がほころんだ。

 

「あ、ナナシさんだ! すげえ! ほんとにアナグラに戻ってる! 傷一つない!話には聞いてたけど本当に不死身なんだ!」

「傷も残らないなんて羨ましいわね」

「ナナシのお陰で助かったよ」

「そうだな。またお前さんに助けられちまった。ありがとな」

 

 そこに第一部隊の面々もロビーにやってくる。リンドウは気軽にナナシの肩に腕を回し、彼の活躍をねぎらった。

 

 そしてわあっと堰を切ったように一気に職員たちが集まってくる。

 

「そ、の、ありがとうございました! 俺、実家が外壁の近くにあって、貴方が来てくれなかったら母もどうなっていたことか!」

「私あの日外で外壁の点検をしてたの! 貴方がいなきゃ、アラガミに食われてたかもしれないわ!」

「お兄さんイケメンだけど彼女とかいる?」

「ねえ、禁足地から来たんだろ!? あの中ってどうなってんの!? すごい気になる!!」

 

 彼らは怖かったのだ。ナナシが、ではない。周りの人々が、である。

 

 彼らは皆ナナシに感謝していた。だけど、ナナシが客観的に見てレヴナントと言う異形の存在だと理解しているから、自分から話しかけることは出来なかった。周囲の人々に、白い目で見られることは避けたかった。

 

 しかし、小川シュンという神機使いの問題児は、彼なりの方法でナナシを受け入れた。本来ならば、シュンの性格上ナナシを表立って排斥する側の人間だったかもしれないが、今回は違った。

 

 そして神機使いのエースとでも言うべきリンドウが所属する第一部隊の面々は、親し気にナナシと接している。その光景を見て、やっと人々は安心して、ナナシに歩み寄ることができた。

 

 彼らを意気地なしとも責めることもできるだろう。彼らを風見鶏だと詰ることもできるだろう。

 

 だけど、ナナシはそうしなかった。何故なら彼らは、本心からナナシを受け入れてくれたのだから。

 

 レヴナントは異物である。

 神機使いよりも更にアラガミに近く、人の血を啜る化け物である。

 

 けれど。

 異物であっても。化け物であっても。

 

 外の世界に居場所が得られない訳では、決してない。

 

 

 

 そしてナナシは夢を見る。

 生と死の狭間の世界。空は満点の星空。

 

 そこに少女がいた。

 銀の髪。白い肌。琥珀色の瞳。

 

 彼女は巨大な純白の樹の根元に座ってナナシを待っていた。ナナシは彼女の横に座る。少女は微かな笑みを浮かべたまま、黙している。ナナシの言葉を待っているのだろう。

 

「……俺はさ」

 

「本当は多分、世界のことなんてどうでも良かったんだと思う」

 

「この世界を終わらせたくなかった。俺は、皆の…イオ……お前の生きる世界を終わらせたくなかったんだ。その為なら自分の命だって懸けれた」

 

 だけど、本当に大切な者(イオ)は守れなかった。彼の世界はそれ以降、不完全なものになってしまった。

 だから、あの日から彼は『敗北者』になった。

 

「ヴェインの外なんてどうでも良かったよ。でも、イオ、お前は本当は外の世界の人も救いたかったんだろう? その意思を継いでやりたいと思った。生き残った俺の役目だと…。それは間違いなく俺の本心だ」

 

 だけど、世界を救いたいと思ったことはなかった。何故なら彼の救いたい世界とは、イオのいる世界だった。彼女が笑い、涙し、生きる世界だった。

 だから、あの日から彼は『嘘つき』になった。

 

「でも、何だろうな……」

 

「たった、数日、いただけなのに…」

 

「俺は極東(ここ)が凄く好きになってたんだ…。屋上から街並みを見ただけなのに、廊下で少し会話しただけなのに…。少しだけ、受け入れてもらえただけなのに。今は、こいつらの為に戦いたいって、そう思う。おかしいか?」

 

「―――いいえ。貴方は優しい人ですから。目の前の人の為に戦える、そんな貴方だから私は犠牲にしたくないと思いました」

 

「そうか。それじゃあ、俺はもう少し、頑張ってみるよ。イオ」

 

「――――はい。いってらっしゃい、ナナシ」

 

 

 

 琥珀色の笑顔を焼き付けて、ナナシの意識は覚醒した。

 

「あ、起きた」

 ユウが自分を覗き込んでいた。

 

「……すまん、寝てた、みたいだな」

 ナナシは眠気眼を擦る。どうやらロビーのソファでうたた寝していたようだった。

 

「そろそろミーティング始まるよ」

「そうか、すまんな。探しに来てくれたのか」

 

 ソファから立ち上がりユウと共にミーティング室を目指す。

「……いい夢だった?」

「ん?」

「すごく幸せそうな顔で寝てたから」

 

 ナナシは目をぱちぱちして、小さく笑った。

 

「ああ、そうだな。良い、夢だった」

 

 その続きを、自分は生きる。




1章はこれで終わりです!次の章はシオも出てきて、物語が加速します。

ブクマが急に増えててびっくりしました。ランキングに載っていたようですね。
これもひとえに読者の皆様の応援のお陰です。ありがとうございます。

感想・アドバイスは励みになります。お気軽にどうぞー。
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