11:バケモノ討伐の片手剣
ナナシが極東に来て一月が経とうとしていた。
『黎明の亡都』。図書館、湖、植物園、かつての人類は憩いを求めてこの場所を訪れたのだろうが、今ではアラガミくらいしか寄り付かない。そんな場所にナナシはいた。
右手にあるのは光を飲み込む闇夜の如き黒色の片手剣。
『女王討伐の片手剣』をベースとしながらも、ペイラー榊が改良を加えたレヴナント用対アラガミ近接兵装、新たに授けられた名は『バケモノ討伐の片手剣』。
ヴェイン固有の鋼材と外の世界の鋼材が合わさった闇色の刃は鋼鉄を難なく引き裂く。
しかし、神髄は堅牢な刃ではない。強靭なアラガミの細胞は鋼鉄よりも更に堅い。それを切り裂くため、この片手剣にはある機構が取り付けられている。
ナナシは眼前のアラガミ、オウガテイルを見据える。
オウガテイルは牙を向き大口を開け、ナナシに迫る。ナナシは右手の『バケモノ討伐の片手剣』の柄を握りこむ。ナナシもまた、大地を蹴りオウガテイルとの距離を詰める。2つの影が交錯した。
一閃。
アラガミは神機でなければ倒せない。この世界の常識。
―――しかし、ここに例外が存在する。
何故ならば。彼は異物である。彼は化外である。彼は世界の
血風が舞う。立っていたのはナナシだけ。『バケモノ討伐の片手剣』はオウガテイルの身体を真っ二つに引き裂いた。
「ひゅう」
背後で見守っていた雨宮リンドウが口笛を吹く。
「すげーなぁ。並みの神機よりもずっと切れ味が良いぞ、こりゃ。そこに錬血も加わるんだろ?」
「ああ、いい感じだ。以前は斬っている時にかなり引っ掛かりがあった。木材を鋸で無理やり切り裂いているような。今は違う。…博士の技術力は凄まじいな」
言いながらナナシは剣を振るう。
黒色の刀身、オウガテイルの外皮と接触した部分を覆うように、薄く赤色の血晶が形成されていた。
「『
ペイラー榊によれば、ナナシの血液は心臓のBOR寄生体由来のオラクル細胞に侵されており、微弱であるが捕食効果が認められるらしい。この『バケモノ討伐の片手剣』そんなナナシの血液を有効的に活用する装備だ。血を濃縮・血晶化させ捕食効果を神機並みに引き上げる。
簡単に言えば、通常の斬撃の際にも簡易的な錬血を用いている、と言えるかもしれない。
勿論、そんなことをすれば冥血のストックを恐ろしい勢いで消費する。しかし、片手剣および左腕のオウガの吸血機構も博士の手により遥かに強化されており、以前とほぼ変わらぬ感覚で錬血を使えそうだ。
結晶を常時展開するのではなく、剣を振るった際や衝撃が加えられた際に限定するのは、少しでも消費する血液を節約するためだ。刃の全面ではなくアラガミの身体を実際に切り裂く一部分に発生させるのも同じ理由からである。
「お、現地の皆さんの歓迎だ」
リンドウが笑う。
2体のコンゴウがこちらに向かっていた。
「現地、か」
ナナシは苦笑した。最早ここは人間の生活区域ではなく、アラガミの住処なのだろう。
「手早く片付けるぞ」
ナナシは剣を振るう。その軌跡は仄かに黄金の燐光を放つ血の色をしていた。
◆
コンゴウを片付けたナナシとリンドウは車で帰路に着いていた。ハンドルを握るのはリンドウだ。
見渡す限りの廃墟と乾いた大地。アナグラを出れば、そこにあるのはヴェインと余り変わらない景色だった。強いて違いを挙げるならば、地殻を穿つ審判の棘がない事だろうか。
ヴェイン内では棘によって大地が裂け、建物が崩落し、或いは空に縫い留められる景色が良く見られたが外の世界ではそれはない。故に比較的建物がそのままの形で残っていた。代わりにアラガミによって、虫食い状態だったが。
当然道路は舗装なんかされていないため、車はひどく揺れるがリンドウはどこ吹く風で片手で軽快にハンドルを回していた。ただ、その口元はもごもごしていた。ナナシは声をかけた。
「何か、話したいことがあるのか?」
「ん、ああ、いや」
「聞くよ」
「来週な。アリサが復帰する。…分かるよな? 俺たちとお前さんが会った時にいたロシア人のお嬢さんだ」
「ああ。…体は治ってもメンタル面に不安があるんだったか。ユウとの新型同士の感応現象によって大分持ち直したと聞いたが」
「アリサは小さい頃、目の前で両親をアラガミに食われたらしくてな。そんな経験をすりゃ、誰だってトラウマになる。極東に来たのも両親の仇がこっちに出たって噂を聞いたかららしい。少し硬すぎるきらいはあるが、将来有望な奴だよ」
そこでリンドウは言葉を区切って、頭を掻いた。
「ユウとの感応現象がきっかけで、その後のメンタルテストで判明したことなんだが……あのお嬢さんは暗示を受けてた。俺のことを自分の親の仇だとを誤認する暗示だ」
さらりと、衝撃的な告白をした。
「なんだって…!?」
ナナシは眉を顰めた。
「ビビるよな。俺も驚いた。アリサは家族が亡くなった後、メンタルケアと投薬を続けてた。フェンリルに入るに従って、主治医は大車って野郎に変わったんだが、そいつがアリサに診療と称して暗示を与えてたらしい」
「大車…」
ナナシはその名前を反芻する。確か黄色いバンダナを身に付けた中年の男だった筈だ。アリサの診察室の近くで何度か見かけたが、思い返せば最近その姿を見た覚えがない。
「そいつは今何処に?」
「バレたら尻尾巻いてフェンリルから逃げ出したよ。今は行方知れずだ。動機も今となっては分からん。そんなに人の恨みを買った覚えはないんだがなぁ。はははっ」
リンドウは笑う。どこか乾いた笑いだった。
「…俺はまだこの世界に詳しくないから、よくわからんないんだが、そう簡単にフェンリルから逃げ切れるものなのか?」
言外に裏切者がまだアナグラにいてそいつが逃亡の手引きをしたのではないかと問う。
「さてな。可能性は低い。が、全く不可能って訳でもない。フェンリルから離れて生きていくこともな。簡単じゃないが出来ないこともないぜ」
ナナシは顎に手を当てて考え込む。
そもそも、何故大車はアリサを使ってリンドウを抹殺しようとしたのか。私怨にしては確実性に欠け、回りくどすぎる。実際アリサはリンドウの殺害に失敗している。それにリンドウ自身が言ったように、彼が人の恨みを買うような人間とも思わない。
ナナシは小さく首を振った。余りにも情報が少なすぎるし、元来推理が得意なタイプでもない。
ナナシはリンドウの横顔を見た。
自身の命を狙われたというのに余りにも飄々としている。
本当は、この男は自分が狙われた理由を知っているんじゃないか?
ふと、そんな考えか頭に浮かんだ。根拠のない只の直観である。
「アリサのことは心配するな。うちの医師のお陰で暗示は解けてる。というより、ユウとの感応現象でそこら辺の認識の齟齬は大体解消されてたそうだがな、ん?どうしたナナシ」
「……リンドウお前、危ない橋を渡ってないよな」
「…ああ、してないさ」
その笑みからは真偽は判断できなかった。
気づけば極東が目の前に迫っていた。
アラガミ防壁に囲まれたその外観は威容を放っている。
人は欺く。人は争う。自己の為、他者の為、世界の為に。
当たり前の話だ。ヴェインの中でも、外でも決して変わらぬ原理がそこにあった。
次話からアリサが復帰します。