GOD VEIN-ゴッドヴェインー   作:かり~む

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13:かみさま

 そこはかつては近隣都市に電力を供給していた発電施設だった。乱立する鉄塔は、アラガミの胃酸によりまるで樹木のように焼けただれている。そんな景観になぞらえて、現在は『鉄塔の森』と呼ばれていた。

 

 薄い霧が立ち込めるその区画をナナシ、ユウ、アリサの三人は駆けていた。

 

 討伐対象はやはりグボロ・グボロ。鯰にも似た姿を持つ中型のアラガミだ。最近ここら辺で大量発生中らしい。

 

 巨体を生かしたタックルや牙による噛みつき、砲台から撃ち出す水球と遠近両方の攻撃を兼ね備える。

 

 しかし攻撃は隙は比較的大きく、手足が短いその体形ゆえに動きはシンプルで読みやすい。総じて戦いやすい部類のアラガミと言えるだろう。このアラガミが真価を発揮するのは他種との連携時、遠距離からひたすらに水球を発射する砲台を化した時だ。

 

 幸い今回の討伐対象はグボログボロ一体であり、他のアラガミはいない。

 

 ナナシはアリサが第一部隊に復帰しミッションを通常通りこなせるように、ユウを加えた3人でミッションに来ていた。

 

「はあ!!」

 

 アリサが赤色の神機『アヴェンジャー』の刀身を振るう。教本の見本のような無駄のない太刀筋。すでに3人でミッションをこなし始めて数日が経っている。久しぶりの実戦と言うこともあり、最初はオウガテイル相手にも緊張していたようだが、今ではもう慣れたものだ。

 

「アリサ、いったん下がれ!!」

「は、はいっ!!」

 

 グボロ・グボロが下肢に力を込めたのを見たナナシは声を張り上げた。アリサは素早く敵から距離をとる。グボロ・グボロは遮二無二に暴れ回るも、すでにアリサは退避した後で、かすりもしない。

 

 ナナシはグボロ・グボロの正面に立ち、『バケモノ討伐の片手剣』を構える。アラガミの注意を自分に惹く。噛みつきをローリングで避けながら、

「アリサ! 遠距離形態に切り替えて援護を!」

 しかし、アリサは

「っ!!」

 

 ―――動けなかった。

(やはり…)

「ユウッ!!」

 

(大車の暗示でリンドウをうとうとした時のトラウマか? 人間が射戦場にいると撃たなくなっている。)

 ナナシの声ともに、ユウが背後から近づき、刀身内部に格納された砲身からオルクル弾を発射する。

 

「インパルスエッジ!」

 爆音が轟き、グボロ・グボロの尾びれが砕けた。

 

「良いぞ、その調子だ」

「結合崩壊しました!」

 

 結合崩壊によりオラクル細胞の結びつきが連鎖的に弱まる。再結合まで身体を動かせないグボロ・グボロ、俗に言うダウンの状態だった。ナナシたちはそんな敵に容赦なく攻撃を浴びせる。

 

「この隙に切り刻め!」

「グオオオオ!!!!」

 

 ダウンから立ち直ったグボログボロがタックルを繰り出す。ナナシは紙一重で避けたが、反応が遅れたアリサをシールドを展開したユウが庇った。ふんばりの効かない不安定な姿勢で防御したため、ユウは宙に投げ出される。

 

 頭から落ちる危険な態勢になるが、神機を持たない左手で勢いを殺し、逆立ちで着地する。驚くべきバランス感覚だった。

 

「ごめんなさい、ユウ!」

「気にしないで!」

 

 グボロ・グボロはタックルのまま、

「逃走します!」

「銃形態に移行しろ。逃すな」

 

 ユウとアリサは銃形態から発射するオラクル弾でグボロ・グボロを追撃する。ナナシも連血で追い打ちをかける。耐え切れず、グボロ・グボロは再びダウンした。そこに更なるオラクル弾と連血を浴びせていく。

 

 ナナシは連血を繰りながら、悲鳴をあげるアラガミをじっと観察する。ガラスの向こうの実験動物を見る研究者のように色のない瞳だった。

 

 ロスト相手ではこうはならない。恐怖、嫌悪、哀惜、同情、慈悲…かつての同胞を屠るとき、ヒトは平静ではいられない。その感情の凪によって、刃が鈍ることだってあるかもしれない。

 

 しかし今ナナシが相手にしているのは人類の敵、アラガミだった。向ける刃に微塵も揺らぎはない。

 

 そして、グボロ・グボロは永遠に沈黙した。

 

 

「少しはサマになってきたな」

 

 ナナシは囁くようにつぶやいた。アラガミを討伐し、ナナシたちは携帯食をかじりながら、帰投のヘリを待っていた。瓦礫を椅子代わりにして、三角になって周囲を警戒しながら、休憩をとる。

 

(思った以上にレヴナントの戦い方は新型神機使いのそれと重なる部分がある。これならば、何とか2人の教導もうまく行きそうだ)

 

 近接攻撃で冥血をため、連血を用いる。それがレヴナントの戦闘の基本だ。新型神機使いも同様に近接攻撃でオラクルを溜め、銃形態で攻撃する。

 

(まあ、榊博士曰くBOR寄生体は非常に高い確率でオラクル細胞だそうだ。両者が似ているのは当然か)

 

 新型神機は近接形態でアラガミのオラクル細胞を『食い破り』、神機にため込む性質をもつ。レヴナントの持つ吸血牙装も、ロストのから奪った血液をマスクで濾過して自分の身体に冥血としてストックする。

 

 

 それにしても、

 

 

 

(気まずい…)

 

 生来、感情は顔に出にくい。そのため少女たちには気付かれていないが、ナナシは今焦っていた。いや、ビビッていた。

 

(……こっちは三十路だぞ。ティーンに挟まれての会話なんてハードルが高すぎる)

 

 ナナシの会話デッキは貧弱だった。少なくとも女子中学生や女子高生あたりと会話するためにカードは持っていなかった。

 

 ヴェインで交流した相手は殆どがアラサー以上。一番年下のミアや二コルだって、出会った時の実年齢は大学生くらいだったし、あの頃はナナシだって今よりずっと若かった。

 

 ならば、と既に捨てた過去、自身の十代の記憶を掘り起こしてみるが、悲しいかな、勉強に費やした灰色の青春だっだ。墓を掘り返しても、そこに救いはないとナナシは知る。そもそも基本的にナナシは同年代との会話でも聞き役に回ることが多いのだ。ユーモアあふれる社交的な性格ではないと自身もよくわかっている。

 

 しかし。

 彼には責任感とプライドがあった。

 年長者としての。

 クイーン討伐戦を生き抜いた猛者としての。

 イオに世界を託されたヒトとしての。

 

 円滑なコミュニケーションは信頼関係の構築につながる。信頼関係の構築は戦場においての生存率の上昇に大きく関わる。

 

 ナナシはリンドウから、2人の部下を託された。ならば、2人が生き残れるように、手を尽くすのは当然だ。

 

 故にナナシは勇気を振り絞り、

 

「―――その、なんだ。勉強は捗ってるのか」

 

 娘との会話に困るお父さんみたいなセリフが出てきた。

 

「榊博士のところでコウタとユウとアリサの3人で色々と教えてもらってるんだろう。順調なのかと思ってな」

「…まぁ、ぼちぼちだよ」

 

 ユウは先ほどのミッション中に頬にできた傷が気になるのか、頬を撫でている。痒いのかもしれない。

「ぼちぼちか…。そうか。…アリサはどうだ?」

「えっ、私ですか?」

 

 自分に会話を振られると思っていなかったのか、アリサの肩が揺れる。ややあって、居住まいを正しながら言った。

 

「…榊博士の講義はとても勉強になります。基本的な知識の再確認も多いですが、やはりアラガミ研究の第一人者だけあって最新の知見や研究に基づいた講義をして下さいます。また、たまに独自の視点に基づいた見解も話して下さるのですが、とても興味深いです」

「そうか。敵を知ることは、生き残ることに直結する」

「はい」

 

「……2人はその、なんだ。好物とかあるのか?」

「林檎」

「……ええとボルシチですね」

「そうか。ボルシチは食べたことないな」

「はぁ…」

 

 ユウが怪訝そうな顔をしてナナシを見てきた。

 

「頑張って会話しようとしてくれてる?」

「まぁ、な」

 

 図星をつかれて、ナナシは素直に認めた。そもそも何故自分はこんな慣れないことをしようとしているのだ、という疑問も湧いてきた。

 

「そんな肩肘はらなくて大丈夫だよ。そんなことしなくてもボクはナナシを信頼してる。多分アリサだってそう」

 

 何もかも見透かされていた。ね、とユウはアリサの方を見る。アリサは頷いた。

 

「はい。優れた能力と意志を持った人物だと認識してます」

 

「だからまぁ、焦らなくても良いよ。ボクらのペースでやっていこうよ」

 ユウは柔らかく微笑む。

(まるで立場が逆だな。まったく、敵わないな、この子には)

 

 年長者として自分から歩むよるつもりが、逆に諭され、向こうから距離を詰めてもらった。ナナシは思わず苦笑した。自分の不甲斐なさを感じるが、悪い気分ではなかった。

 

「あ、迎えきた」

 迎えのヘリがやってきたようだ。ヘリの風圧でユウのポニーテールがたなびく。夕焼けが彼女の髪を煌めかせた。色々なものが眩しくて、思わずナナシは目を細めた。

 

(…危ない。自分が十代だったら、危険だった。…魔性だな。無自覚に男を狂わすタイプだ。この子に恋した男は大変だろうな)

 

 

「へっくし!!!」

「どうしたコウタ? 風邪ひいたかぁ?」

「ええ、朝は元気だったんですけどねぇ!? リンドウさん、風邪薬とかもってないですか?」

 

 アナグラへの帰投の後、アリサは病室に運ばれた。別に大きな怪我をした訳ではない。心身に異変がないかチェックする念の為の検査だ。

 

 一通りの検査が終わりアリサは病室のベットで息を吐く。病室に良い思い出はない。

 

(いや、そもそも病室に良い思い出を持ってる人なんていませんよね…)

 心や身体の調子が悪いから病室にいるのだ。当たり前の話である。

 

 ただ、

(ユウとの感応。あれは良い思い出に入れても良いの、かも)

 

 病室のドアがノックされる。どうぞ、と言うとユウが入ってきた。栗色の髪、整った中性的な顔。昼間のミッションで頬にできた傷はもう跡形もなく治っている。

 

「アリサ。調子はどう?」

 抑揚のない声。しかし、そこには確かにアリサを気遣う感情が乗っている気がする。

 

「身体のコンディションは悪くありません。ただ…」

「…」

 続く言葉が出てこない。

 

「アラガミと戦うと身がすくむ?」

「気づいてましたか?」

「それはどうして?」

「…多分怖いんです」

 

 囁くような声でアリサは言う。自分の中に燻る不安を少しずつ言葉で形作っていく。

 

「何が?」

 ユウは尋ねた。

「アラガミが怖いの?」

「それもあります。けれど、それ以上に仲間を傷つけるのが怖い。また、同じことをしそうで」

 

 アリサは無意識に掛け布団を握りしめる。自分はかつてリンドウを撃とうとした。決して、許されないことをした。

 

 それでも。第一部隊の仲間は自分を受け入れてくれている。

 

 かつてのアリサは他人を信じることが出来なかった。今は違う。人の悪意に触れ、他者に利用されたからこそ、誰かの善意に気づくことができた。

 

 だけど、仲間を信じることができても、今の自分を信じることができなかった。

 

「ありがとうね」

「え?」

「ボクらのこと、仲間って言ってくれた」

 

 ユウはアリサに笑いかける。

 

「大丈夫だよ。アリサは大丈夫。君はリンドウを撃たなかった。大車の暗示にちゃんと抗ってた。その暗示もフェンリルのちゃんとした医師によって解かれてる」

 

 布団を握るアリサの手に、ユウは自分の手のひらを重ねる。ユウの暖かい体温が手の甲を通じて伝わって生きて、体の強張りが解けていく。

 

「もし、同じことが起こっても大丈夫。ボクらは死なない。万が一後ろから撃たれても、気にしない。仲間だからね」

 

 だから安心して、とユウは言う。アリサは目をぱちぱちと見開いた。

 

「…ユウってたまに王子様みたいですね。少し、ドキドキしました。わたし顔赤くないですか?」

「ふふっ、いつもみたいに白くてきれいな顔だよ、お姫さま」

 

 ユウには珍しく、少しおどけた調子で言う。それがおかしくてアリサは声を上げて笑った。

 

「あははっ。少し気持ちが楽になりました」

「良かった。じゃあボクはそろそろ戻るよ」

「あの、ユウ。私もあなたの気持ちと過去が見えました。本当に断片的なものでしたが」

「あなたは…。あなたも…大丈夫ですか?」

 

 問いに対し、怒っている様子はない。それにアリサはまず安心する。

 

 ユウは瞼を閉じた。自分という箱の中から答えを探しているようだった。2、3秒の沈黙の後、ユウは答えた。

 

「ありがと。でも大丈夫」

 それが強がりなのか、それとも本心から言ってるのか、アリサには分からない。だが、ユウは心の底からそう言っていた。神薙ユウは負けない。挫けない。決して死なない。そう信じていた。

 

 ユウは病室を出ると、ナナシが部屋の前の壁にもたれかかっていた。

 

「盗み聞きは関心しないね」

(まあ、ボクですらアリサが銃形態の時に身体が硬直することに気付いたんだ。ナナシが気付くのは当たり前だよね)

「悪い」

 ナナシは気まずそうに頭を下げる。アリサのことが心配で病室に来たものの、先客がいたため入るタイミングを逃してしまったのだろう。

「まあいいよ。この調子で『ボクら』のこと、しっかり見ててね」

 

 ユウはいたずらっぽくナナシに微笑んだ。

「ああ」

 頷きながらナナシは思う。

(やっぱこの子魔性だろ)

 

 

 

 

 その日の夜、第一部隊は宴だった。宴の理由は何でもいい。ナナシがおんな二人を侍ら褪せているとか、アリサとユウの仲が縮まってきたとか、席の種は何でもありだった。話はあっちこっちにとんでいく。

 

「だから俺は思うわけですよナナシさん~~」

 

 コウタがナナシにずっと話しかけているが、中身はない。あれは「ななしさーん」という鳴き声の鳥だ。故にナナシも返事は返さない。のめもしない酒に挑戦するからだ。あと1時間は正気は戻らないだろう。まあ、十代組がいないからこそできる話もあるというものだ。

 

 ナナシの視線にあるのは、真っ白な花がさいた花瓶である。

 

「さすが、古い時代の人はあれにも詫び錆を感じるのね!!」 

 

 なんて、会話がナナシを中心にされるが、当然にナナシに詫び錆なんて分かるわけがない、ナナシは日系日本人だ。ダザイ、ミシマならまだ何とかなるが詫び錆なんて精神的でスピリチュアルな方面への学識は持っていない。

 

「これは?」

「百合の花。学名はリリウム」

「ふうん」

 

 やってきた花博士はサクヤだった。女性らしく(このような言葉は年々死後になって言っているが)は華には造詣が深いのだろう。

「わたしが持ってきたの。ミッションの途中で綺麗に咲いてる花畑を見付けたものだから。少しだけ積んできて。ごめんなさい、あまり好きじゃなかったかしら?」

 

「いいや、そんなことないよサクヤさん」

 

 ナナシは答えた。

 改めで目の前の女性を見る。

 露出の多い服。黒い髪はリンドウもそうだが、あの同胞のことを思いださせる。

 

「そういえば、2人で話すのはこれが初めてね。ナナシさん」

「ナナシで、良い」

 

 正確には背後にコウタが寝ているのだが、意味ある言葉は発さず、ひたすらうに鳥の鳴きまねをしているからノーカウントだ。

 

「そう? ではお言葉に甘えて。改めてリンドウと私達を助けてくれてありがとう」

「気にしないでくれ。それに礼ならこちらからも言いたい。俺の処遇に関して、第一部隊の面々がはなり口添えしてくれたと支部長から聞いた」

 

「当然よ。どう、アナグラには慣れた?」

 

「かなりな。まだしっかりと話せた面々は多くはないが…、隊長のリンドウには良くしてもらってるよ」

 

「リンドウが喜んでたわ。飲み仲間ができたって」

 

「噂をすれば、ね」

 

「よう、サクヤ。ナナシ。どうだ今から?」

 

 件のリンドウがビールをビニールに入れて持ってきていた。

 サクヤが眉をひそめる。

 

「ほら、ツマミも持ってきた。配給の中ではかなりイケる」

 

 イカをつまみながら、

「どうだ、部隊の奴らは? 上手くやっていけそうか?」

 

「そうだな…今のところミッションに問題はない。榊博士の新調してくれた装備のおかげで、問題なく戦えている」

 

 

「良かったぜ。それと、ここ数日新兵の世話を任せっきりで悪かったな」

 

「気にするな。現状では……………」

 

「なるほどな。アリサの方はもう少しかかりそうか。たが、数日前に比べればかなり肩の力も抜けてきたように感じるぜ」

 

「この調子でいけば問題ないと思う。あと何回か中型種のバケ、アラガミの討伐を挟んで」

 

「ヴァジュラ種か…」

 リンドウが息を吐く。厳しい訓練になるだろう。だが、そこを乗り越えなければ、アリサはこの先やっていけまい。

 

 

「ユウの方はどうだ?」

 リンドウが尋ねる。

 

「…凄まじいな」

 息を吐くようにナナシは言う。

 

「お前さんもそう思うか」

「そんなに? 確かに並外れた新人だとは思うけど」

 

 サクヤが疑問を挟む。確かに凄い子なのは認めるが、そこまで―――?といった調子だ。

 

「恐らくだが、あの子は最近まで戦ったことがなかったんじゃないか?」

 ナナシが唇を開く。

 

 

「そんなの…珍しくは」

 

「いや、俺の言葉が悪かった。サクヤ、お前は子供の頃、誰かとか喧嘩したことはあるか? 人を叩いたりした経験は?」

 

「それは…それくらいはあるわよ」

 

「多分ユウにはない。それどころか、多分最近まで運動らしい運動をしたこともなかったんじゃないかと思う。息が切れるまで外を走ったり、木を登ってみたり、誰かとじゃれあったり。そんな普通に成長する過程で普通に経験することが、まるっと抜け落ちてるような、そんな気がする」

 

 珍しく長く話して口が渇いてきてのだろう、ナナシはウイスキーで唇を湿らせると、

 

「バケモノが出る前の社会ではスキップができない子が一時期問題になってた」

 

 

「昔の社会の子供は今に比べてだいぶ箱入りでな。色々な理由はあるんだが、外で遊ぶ時間があまり持てない子がたくさんいた。そんな子はスキップができないそうだ。…本当かは知らない。ただ、多分ユウはスキップできないじゃないかと思う。あと、多分前転や後転も。だけど、片手で逆立ちはできる」

 

 

「なんでよ!?」

 

「それがアイツのおかしいところですごいところなんだ」

 

「お前さん、ユウの前で片手で逆立ちする姿を見せたんだろ?」

 

「ああ。コンゴウの打撃を正面から受けてな。勢いよく吹っ飛ばされた。頭から落ちそうになって、片手逆立ちで着地した。右手は武器で塞がってるからな」

 

「ユウはそれを見てた訳か」

 

「学習能力が異様に高い。アイツは、見たこと、学んだことをそのまま自身の身体で実践できる」

 

 それはたしかに逸材だ。

 そして当然の疑問として――。

 

 

「ユウはここに来る前はなにを?」とサクヤは尋ねる。

「真っ白だ」とリンドウ。

 

「アイツは壁の外から来た。外で何をしてたかは分からない。無職、って本人は言ってる」

 

「まぁ壁の外ではそこまで珍しくもねえ。色んな手伝いをしながら、コミュニティを転々とする人間のことだ」

 

「フリーターみたいなものか」ナナシが口を挟んだ。

 

「お、なんか久しぶりに聞いたなその言葉」

 

「もしかしたら人様に言えない仕事をしてた可能性もあるが、いまいち想像はつかない」

「何をやっていたのかしらね…。ただ、本人が話したくないからそれを無理に聞き出すのも…」

 

 

「まぁな」

 

 

 

◆そこはベットの上だった。

 

 

 むせかえるような百合の花束。

 

 コンクリートでできた白い壁。

 

 

 白、白、白。

 

 

 「お前のせいだ」

  いつもの幻聴だった。いつもの幻覚だった。ただ、今日のは中々手強いようだった。

 

 「どうして逃げた」「恩知らず」

 

 「見捨てた」「お前のせいで我々は地獄に堕ちる」「ここまで育ててやったのに」

 

 「死ね死ね死ね」「大丈夫だよ」「お前ももうすぐで死ぬんだから」「うわあああああああ!!!!!」

 

 

            「テスカ…トリポカ…様」

 

(罪深き我らを救いたまえ。原罪を背負う無垢なる我が身を喰らい、人々を安寧をーー)

 

「クソが!!!」

 

 花瓶を幻覚の中心、彼らが神と崇めている醜悪なそれにむかって投げつける。それであっさり方はついた。声も幻覚も、何もかもがきれいさっぱりと消えていた。

 

 

「大丈夫。神薙ユウは大丈夫………」

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