GOD VEIN-ゴッドヴェインー   作:かり~む

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4:撃退、そして血の香り

 神薙ユウは目を見開いた。

 

 青年の衣服を彩るアラガミの血液。それよりも尚鮮やかな深紅の瞳と視線があった瞬間、まるで魅入られたかのように、思考が空白で染まる。

 

 赤みがかった瞳の持ち主は珍しいが、極東にも僅かながらいる。第一部隊のサクヤだってそうだ。

 

 だけど、違う。

 男の瞳は、何かが違うのだ。

 

 

 傍らのリンドウが口を開く。

 

「お前さん、一体…。腕輪がないってことは神機使いじゃないんだろうが」

「……」

 

 その言葉で初めてユウは男の腕元を見た。確かにリンドウの言うように、神機使いであることを表す赤い腕輪はない。男の持つ武器もユウ達の神機に比べれば余りに細く、貧弱だった。

 

 異質。

 

 余りにも青年は異質だった。その武器も。燕尾服を模したその衣装も。何よりも青年の纏う雰囲気が違う。

 

(まるで、別の世界からやってきたのような―――)

 

「リンドウ、無事なの!?」

 

 項垂れるアリサの腕を肩に回して支えながら、サクヤが近づいてくる。アリサは意識があるのかないのか、虚ろな目でぼんやり床を眺めていた。四肢には殆ど力が入っていないようだ。

 

 

「ああ、リンドウ、良かった…」

 

 サクヤはリンドウの姿を視界に収めると大きく安堵の息を吐いた。

 

 と、間髪入れず

 「っ! サクヤ!」

 片手をあげて応えようとしたリンドウが声を張り上げる。殆ど同時にユウも叫んだ。

「サクヤさん! 後ろだ!」

 

 サクヤの背後から新たなアラガミが迫っていた。二体目のプリディヴィ・マータだ。サクヤは咄嗟に回避しようとするが、アリサを支えた状態ではそれをできない。

 

 プリディヴィ・マータの鋭利な爪がサクヤとアリサに迫り―――。

 

 

 

 鮮血が舞う。

 

 

 サクヤの血ではない。アリサの血でもない。

 

「GAOOOッッッ!!!」

 

 

 プリディヴィ・マータが甲高い悲鳴を上げた。気づくと青年は、サクヤたちとマータの間に割って入るかのように移動しており、眼にもとまらぬ神速の斬撃をマータに叩き込んでいた。

 

 

 アラガミの血をその身に浴びながら、正体不明の赤目の男は更なる斬撃を加える。たまらずアラガミはバックステップで距離をとり、唸りながらこちらの様子を伺い始めた。

 

 

「た、助けてくれた?」

 

 コウタが呟く。赤目の男は答えない。

 

(今、どうやってサクヤさんの所まで? まるで瞬間移動したみたいな…、いや、まさか)

 

 そんなことをユウが思っていると、

 

「まずい、入り口を塞がれたぞ! 囲まれてやがる…!」

 ソーマが叫んだ。

 

 現れたプリディヴィ・マータは1匹だけではなかった。合計3匹のマータが教会の狭い空間に殺到しようとしていた。狭い空間内で複数のアラガミを相手取る行為は自殺行為にも等しい。

 

 そして、最悪は止まらない。

 状況は更に悪化の一途を辿る。

 

 重苦しい足音が響いた。

 

「GOOOOOOOOOO!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 大地を振るがすかのような獣の咆哮が、耳をつんざく。

 

 ユウは振り返る。

 その姿形はよく見覚えがあった。

 

「黒い、ヴァジュラ?」

 

 極東支部の新米ゴッドイーターにとっての登竜門、ソイツを倒して初めて神機使いは一人前も皆に認められる。

 

 しかし、目の前のソイツは色が違う。顔が違う。

 

 何よりも、

 

(ヴァジュラはこんな重く吐き気をもようすようなプレッシャーじゃない!)

 

「GAOOOO!!!!!」

 

「ひっ、ま、まずいよ、こいつ!!」コウタが悲鳴のように叫んだ。

「ひっっ!?パパ、ママ!?いやぁ!?助けて食べないでぇ!!」

 

 更には先程まで殆んど何も反応を返さなかったアリサが、狂ったように叫びだす。

 

 状況は最悪だ。

 

 ユウの心臓が早鐘のように鳴る。脂汗と冷や汗が止まらない。

 

 

「ちいっ!!」

 ソーマがバスターの一撃をマータに叩き込もうとしたが、別のマータにそれを邪魔される。大きく舌打ちした彼の額からは血が流れていた。

 

「くそ、どうすればいいんだよ!!」

 コウタは半ばパニックになりながら上ずった声と共にオラクル弾を打ち込むが、この狭い室内ではむしろそれは仲間の動きを阻害していた。

 

「ママ、ママぁ!!!」

 アリサは半狂乱だ。彼女を落ち着かせようと抱き寄せるサクヤと合わせて戦力外と言ってもいい。

 

「いよいよ不味くなってきたなぁ。…こいつら、まさか、支部長の仕込みか?」

 後半部分は何といったかユウには聞き取れなかった。だが、漆黒のヴァジュラの攻撃を捌くリンドウの表情は険しく、頬に幾筋もの汗が垂れているのをユウは見た。

 

 

 赤目の青年もマータの相手で手一杯のようだ。

 

(ボクは死ぬのか?)

 

 マータ達が氷の杭を形成し、それらをユウたち目掛けて射出する。

 

 ソーマは避けた。アリサとサクヤはリンドウがシールドを展開してフォローする。

 

 逃げ遅れたコウタをユウは蹴り飛ばして回避させ、ユウ自身はシールドを展開してガードする。氷の棘を防御している間に、別のマータがユウの下半身をはたくかのように、墓色の巨爪を地面に滑らせて攻撃する。

 それをジャンプで空へ回避しながら、ユウは天井を見た。

 

 灰色の土の空。

 

 

「空が、ない」

 

 落下の際に得られる重力を生かして銅色の神機、ブレードの切っ先をマータの顔面に叩き込む。そして腹に潜り込み、銃形態に切り替えマータの装甲に覆われていない腹にオラクル弾を無茶苦茶に打ち込む。

 

 そのまま捕食形態に移行しようとして―――。

 

 

 バチイイイイイ!!!!!

 

 

 全身に針を突き刺されたかのような激痛が襲う。弛緩し、倒れる身体。仲間を傷つけられ、怒り狂った黒いヴァジュラの紫電だった。

 

 

「新入、り…!!」

 

 黒いヴァジュラの相手を担当していたリンドウは壁に叩きつけられ、口から血を垂らしていた。右足が歪な方向に曲がっている。命に別状はないだろうが、回復錠を使って足の傷を治している間に、恐らくユウは死んでいるだろう。

 

(……死ぬ? 本当に?)

 

 

 まだ何も為せていない。まだ世界の真理の一欠片とて知り得ていない。

 

 神薙ユウは多くの命を背負ってる。

 

 救えなかった命。

 救いたかった命。

 

 世界で余りにもありふれていて、だけど神薙ユウにとっては、世界の何よりも重たい悲劇を背負っている。

 

 

 神薙ユウはまだ、何も、報えていない。

 己が生き残った意味も、己が為すべき役割も、何一つ得られないまま死んでいく。

 

 

(だめ、だ)

 

 黒いヴァジュラがユウに近づく。その大口を開けて、ユウを飲み込み、嚙み砕こうとしている。

 

 

(それは、だめだ…!)

 

「ボクはァっっっ!!!!」

 

 

 

 

「―――ブラッドコード:イシス」

 

 低い、だがよく通る声だった。

 

「プラズマロアー」

 

 傍らに赤目の男が立っていた。剣を持っていない左手を黒いヴァジュラに掲げると、巨大な紫電が発生し、黒いヴァジュラを襲った。

 

(神機を使わずに生身からオラクルを出した!?)

 

 驚愕しながらも、ユウはその場から飛びのく。

 視界にマータの死体が見えた。この短時間で赤目の青年が屠ったのだろう。だからユウを助けることができたのだ。

 

 

「っ!! 危ない!」

 

 怒り狂った2体のマータとヴァジュラが男に殺到するが―――、男の姿が消えた(・・・)

 

「シャドウリープ」

 

 まるで瞬間移動したかのように後方に一瞬で移動する。間髪入れず、先ほどまで男がいた場所を中心に衝撃波が発生し、アラガミたちを吹き飛ばす。

 

(今、間違いなく姿が消えた…! ステップじゃない!)

 

「お前さん、とんでもないな! よし、アラガミが怯んだ今のうちに教会内から抜け出すぞ! ここは地の利が悪すぎる!」

 

 身体の負傷を回復錠と治したリンドウが声を張り上げる。

 

「退却するぞ! ソーマ退路を切り拓け! サクヤ、アリサを頼んだ! コウタとユウはソーマのサポートを回れ! 自分の命を第一に考えろよ! 俺は殿を務める!」

 

 リンドウは赤目の男に視線を向けた。

 

「アンタ、察するに敵じゃあ、ないよな? 悪いんだが、もう一度助けて貰っていいか? 礼はアナグラでたっぷりさせて貰う! 俺が溜め込んでおいた配給のビールを全部やろう!」

 

 コクリ、と小さく男は頷いた。

 

 

「よし、行くぞ! 全員生きてアナグラに戻れ! これは命令だ!!」

 

 

 そこから始まる命からがらの逃走劇。

 アラガミはユウたちが教会内から逃げ出しても、執拗にユウたちを追ってきた。

 

 2体のマータをユウ、リンドウ、コウタ、ソーマで相手取り、黒いヴァジュラを赤目の男が抑え込む。仲間たちとの連携の元、何とかマータを倒したユウ。ユウたちは男のフォローをしようと、彼の元に駆ける。

 

 

 黒いヴァジュラから翼が生えていた。それを刀剣のように振るっている。

 男はそれをまるで、かつて見た(・・・・)かのように躱している。

 

 

(凄い。だけど、武器が……)

 

 男には決定打がなかった。

 

 男の剣は神機ではない。何かしらの偏食因子の技術を用いているのか、僅かにダメージを与えられているものの、傷は浅い。

 

 先ほど繰り出したオラクル攻撃ならば話は違うのかもしれないが、黒いヴァジュラも警戒しているのか、常に距離を詰め男が大技を繰り出す暇を与えない。

 

 

「ブラッドコード:エーオース」

 

 

 男の内側で何かが変わった。

 

 

「栄光の架け橋」

 

 ヴァジュラの攻撃を躱し、短く呟く。

 

 

「ストライクライザー」

 

 

「オーバードライブ」

 

 

「フォースオーバー」

 

 

 その度に、男の存在感が膨れ上がる。

 

 

「シフティングホロウ」

 

 

 青年の姿が掻き消える。

 赤い燐光を纏いながら、黒いヴァジュラの眼前に躍り出ると剣を構え、

 

 

「ブラッドサーキュ、ラーァァァ!!!!」

 

 

 ガリガリガリガリガリガリ!!!!ともはや鋸の如く刀身が刃こぼれした片手剣の連撃を、黒いヴァジュラに叩き込む。

 

 ここで武器が壊れても構わないという男の意思をユウは感じ取った。一撃では終わらない。片手剣は黒いヴァジュラの右眼を切り裂き、そして半ばから折れ、その役目を終える。

 

「GOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!????」

 

 

 右目を潰された黒いヴァジュラは悲鳴を上げる。

 忌々しそうに赤目の男を睨みつけると、やがて逃げ去っていく。

 

 

「追い返しやがった…」

「はぁ。助かった、のか?」

 

 ソーマとコウタが呟く。

 

 

「……わ、私は、いったい…」

 

「やっと落ち着いたようね。もう大丈夫よ、アリサ」

 

「は、はい…ありがとう…ございます…?」

 

 

 赤目の青年は黒いヴァジュラが去った方向を見つめていた。踵を返し、ユウたちを向き合う。青年はユウたちを見て何を思ったのか目を細めた。口元を金属質のマスクで覆っているため、微笑んでいるのか睨んでいるのか、判断できない。

 

 

「ぐ、ぅぅ!!?」

 

 男は突然、胸を押さえて苦しみだした。その拍子にマスクが外れ、カランと地面に落ちて音を立てた。

 

 

「だ、大丈夫?」

 

 身体のバランスを崩して倒れそうになる男をユウは支える。男と至近距離で目が合う。真っ赤な瞳の焦点は定まっていなかった。

 

 

 ユウの背中に腕が回された。

 血と泥、そして大人の男の臭いがユウに包み込む。嫌いな臭いではなかったが、アリサが顔を真っ赤にして叫ぶ。

 

 

「ど、ドン引きです!!! は、初対面の女子(・・)に抱き着くなんて! 軽薄です! チャラ男です! 何様ですか!」

 

 ユウは女の子である。

 髪は短めだし一人称も男っぽいが、これで花も香る16歳の乙女である。なのでアリサの言うことは正しいのだが……。

 

 お前が言うなとユウは思った。

 

 お前の軽薄をロケットで飛び越えたような凄い服装はなんだなんだ。そのプロポーションは何なんだ。いや、別に他意はないのだが、ほんとなんなんだ、何カップだお前。そして何様って言うなら命の恩人様である。お前が寝ている間に頑張ってくれた人である。お前にとっても恩人様である。

 

 と、まあそんな感じ言葉を視線に乗せてアリサを睨むがうまく伝わっていない。アリサはぎゃんぎゃん吠えていた。国の違う異文化コミュニケーションの壁は厚いようである。

 

 なんてユウは一人納得する。

 

 ぬるり、と首筋に熱い感覚があった。

 首に口づけされた、と一拍遅れて気づく。

 

 赤面する暇もなかった。

 首筋に鋭い痛みが奔る。

 

 

 ユウはその首に牙を突き立てられていた。

 

 

(血を、吸われてる)

 

 

 意識が遠のく。

 

 

 

「新入り!!」

 

 

「ユウ!!!?」

 

 

「お前、ユウに何しやがった!!」

 

 

「ちっ、全員構えろ!!!」

 

 

 

 

 ――――待って、ストップ、とユウは言いたかった。

 

 男の行為は多分あまり関係ない。

 吸血が最後の一押しだったのは間違いないが、元々生死を懸けた極度の緊張上にあって、ようやくそこから解放されたのだ。何かの拍子……例えばリンドウが気軽に肩を叩くだけで、ユウは緊張の糸が解けて気を失っていただろう。

 

 それに。

 

 目に正気が戻った青年の瞳が揺れていた。明らかに、自分の行為に後悔していたし、傷ついていた。

 

 

 それが、本当にそこら辺にいる普通の人のようで、少しユウは笑ってしまった。

 

 ――――気にしないで、事故みたいなものなんでしょ。

 言おうとしたがそれもやはり言葉にならない。

 

 

 やがて、ユウの意識は闇に落ちていった。血と泥の香りに包まれたまま。

 

 

 




リンドウは第一部隊隊長を継続・神薙ユウの性別は女の子なルートです。


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