GOD VEIN-ゴッドヴェインー   作:かり~む

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8:極東での暮らし

「あ」

 ふいに、鈴のなるような可憐な声が響く。

 

「ん?」

 

 声の方向に目を向けると、ナナシと似た色合いの栗色の髪の少女が立っていた。任務から帰ったばかりなのだろう。銅色の神機を携えている。

 

 屋上はヘリポートとしても使われているらしい。車では近寄れない遠方地や切り立った地形に用がある際はヘリで移動するそうだ。

 

「君は……」

 

 少女の顔を忘れる筈もない。

 ナナシがその血を啜った少女だった。名前は事前にリンドウから聞いていた。

 

 第一部隊、つまりリンドウの部下の神薙ユウ、というそうだ。

 

 首筋に注目する。ティーンエージャー特有のきめ細かく生命力に溢れた傷一つない肌だった。

 

「傷、残ってないんだな。良かった」

「うん、神機使いは傷の治りが早いから」

「そうか。……すまなかった。償いはどうすればいい?」

「いいよ、別に。ワザとじゃないんでしょ。よくわからないけど。なら、いいよ。ボクは気にしてないから」

 

 神薙ユウは顎を搔きながら言った。

 

 そして、

(ボクはどうして年上の人に溜口を聞いているんだろう?)

 

 と気づいて落ち込んだ。相変わらず彼女の舌と口は性能が余り宜しくなかった。

 

 もっともそんな彼女の内心は外界へは一切現れない。

 

 それがプラスの感情であれマイナスの感情であれ、心の内の思いが外に出にくいタチなのだ。そんな彼女の長所とも短所ともつかない特徴は、一種の超然さとして周囲に捉えられていた。

 

「……むぅ」

 ナナシは唸った。ユウ本人は気にしてないと言うが、自分の気が済まない。

 

「まあ、どうしてもって言うなら冷やしカレードリンクでも奢ってもらおうかな?」

「冷やし、カレ? なんだって?」

「冷やしカレードリンク」

「本当にそれでいいのか? うん、まあお安い御用だ」 

 

 意気揚々と屋上の自販機に歩いていく。そして自販機の前で立ち止まった。10秒、20秒、と時間ばかりが過ぎていく。

 

「…………」

 

 どうしたのだろう、と神薙ユウはナナシの顔を仰ぎ見た。

 

 研がれたナイフ、それも職人が精魂込めて創ったものではなく、最新技術の粋を集めて生産された量産品を思わせる無機質な顔つき。ナナシはそんな鋭利な美貌のままな言った。

 

「すまない。……俺はここの通貨を持っていない」

「………」

「本当にすまない…」

 

 気まずい沈黙が流れた。

 

 ぽんぽん。大の大人の背中を慰める十代少女の姿がそこにあった。二人とも、色々な意味で悲しかった。

 

 そんな嫌な空間を切り裂く救世主が現れる。

 

「お、ユウ。今帰ったか!」

 

 トイレから帰還した雨宮リンドウだった。道中で会ったのだろう、黒髪の女生と茶髪の少年が後ろにいた。

 

 黒髪の女性が唇を開いた。

 

「あら、この人は……」

「昨日の謎の人!」

 

 茶髪の少年がナナシの顔を見て叫ぶ。

 

「お、いい感じに第一部隊が揃ってるな。ここで説明しとくか。……ソーマ! 一人で帰ろうとするな! こっち来い!」

 

 リンドウは彼らから少し離れた位置にいた青いフード付きのコートを着た少年に声をかける。褐色の肌と銀髪、そして剣呑な瞳が特徴的だ。

 

「……ちっ」

 

 第一部隊の面々を集めたリンドウはおどけた調子で言う。

 

「えーと。こちらアメリカから来られたナナシ君だ。仲良くするように。でも、こう見えて俺より年上だから失礼のないように」

 

 大学のクラスで一人だけ周りより年上だったみたいな気分を味わいながら、ナナシは礼をした。

 

「あと、昨日の戦いぶりで分かってるだろうがナナシは普通の人間じゃない。レヴナントっていう、まあ俺たち神機使いの親戚みたいなもんだ」

「マジでぇ!!!!! すっげええ!!! そんなのあるんだ!!」

「ちなみにこのことは上層部と第一部隊だけの秘密だ。周りにバラしたら厳重な処罰が降りるから注意しろ」

「だったらこんなとこで言うなよ……」

 

 ソーマが至極全うなツッコミを入れる。

 

「てか、腕輪もないんだ!」

「それはちょっと羨ましいわね。これのせいで着れる服が大分制限されるから。……でも、偏食因子の投与はどうなってるのかしら」

 

(ああ、だからそんなに露出の多い恰好をしているのか)

 

 と、ナナシは納得した。

 

 よくよく考えれば、イオだってとんでもない恰好をしており、自分は彼女を着替えさせようともしなかった。

 

 心の何処かで、「アリだな。ムーブメントを感じる」なんて考えていたからだろう。そんな自分が黒髪の女性のファッションについてとやかく言う資格はないと思う。

 

 そんなこんなで、ナナシは第一部隊の面々と顔合わせを済ませたのだった。

 

 

 ナナシがアナグラにやってきて5日が過ぎた。

 その5日を一言で表すならばニートである。ロクに労働をしていない。

 

 1日に2、3時間程度は支部長であるヨハネスや技術者であるペイラー榊に呼ばれて、レヴナントやヴェインについて語るが、それ以外は殆ど自由時間だ。

 

 勿論、ナナシはその自由時間を無為に過ごしていたわけではない。

 与えられた部屋の情報端末からアーカイブに接続し、外界の知識を収集していたのだ。

 

 お陰で、このフェンリルが統治する世界についてはある程度の常識を身に付けることができた。

 

 煮詰まったら部屋を出て、アナグラ内を散歩する。自由気ままな生活だった。

 

 彼はアナグラでの行動を一切制限されていない。

 流石に神機格納庫などの一部の重要な区画には入ることを許されていないが、それでも破格の待遇と言えるだろう。

 

「あ、ミハエルさん。お疲れ様です」

 

 て廊下の自販機で缶コーヒーを買っていると(この世界の通貨であるフェンリルクレジットを支部長から支給された)、オペレーターの竹田ヒバリとすれ違った。

 

 5日も過ごしていれば、アナグラでも顔見知りも増えるし、それなりに馴染んでくる。幸いなことに、フェンリル本部の重役の息子ミハエルという設定は、極東の人々に違和感を抱かれることなく受け入れられた。

 

 彼女も自販機で飲み物を買いに来たそうだ。プルタブを開けながら、ヒバリは尋ねる。

 

「今日もお部屋でお仕事ですか? 大変ですね」

「別に一日中仕事をしてる訳じゃない。休憩も結構とってるよ。急ぐようなレポートじゃないから」

「へえ。お暇な時は何を?」

「映画見たり、あとはアーカイブで極東の昔の本を読んだりとかかな」

「本?」

「ダザイとかサカグチアンゴとか。欧州のアーカイブには入ってないんだよ」

「おお、高尚ですね……!」

 

 流石はフェンリル本部の重鎮の息子は教養が高い!みたいな尊敬の視線でヒバリはナナシを見てくる。

 

 ナナシは面映さと罪悪感を抱いた。真っ赤な嘘だったからだ。一応、学生時代にジャパンの文学に軽く目を通したことはあるが。

 

「……まあ、大体レポートの方も形になってきた」

「では、もうすぐ欧州の方にお帰りに?」

「いや、レポートをメールで父に送った後も暫くは極東に滞在するよ。俺はここが気に入った。良い場所だな、極東は」

「ふふ、ありがとうございます」

 

 そんな会話をヒバリと行っていると、神薙ユウが廊下の向こう側からやってきた。

 

「ユウ、今日もあの子のお見舞いか?」

「うん。今からアリサのとこ」

「偉いな、ユウは」

「アリサは仲間だからね」

 

 何でも、同じ舞台に所属するアリサと言う少女は、先の任務以来ずっとベッドで臥せっているらしい。

 

 ユウの背中を見送りながら、ユウは傍らのヒバリに尋ねる。

 

「仲間……か。ヒバリさん、アリサって子はそんなに悪いのか?」

「……傷自体はもう治っているんですが、メンタル面に大きな乱れが見られるそうです」

「……アラガミと戦える力を得ても、まだ十代の子供だもんな」

「はい…。少しずつでいいので、回復に向かっていって欲しいですね」

 

 しんみりとした空気が流れる。

 そこで男性の快活な声が響いた。

「おーい! ヒバリちゃん!」

 

 真っ赤なジャケットを纏った黒髪の男性が廊下の向こう側から、こちらに向かって手を振っていた。アナグラをアラガミから守る防衛班の班長である、大森タツミだった。人好きしやすい性格らしく、何度か短い会話をしたことがある。

 

「あ、ヒバリちゃん! 任務行ってくるよ! 終わったら約束通りデート頼むよ!!」

「タツミさん!! そんな約束してないでしょう!!」

 

 ヒバリが真っ赤な顔をして声を張り上げる。

 

「班長、早く行くぞ。少し遅れ気味だ」

「おお、分かってるってブレンダン。ヒバリちゃんまたねー!!」

 

 精悍な青年に背中を押されながら、名残惜しそうにタツミは去っていった。

 

「まったく、あの人は…。違いますからね、ミハエルさん…!」

 

 何が違うのはよくわからないが、

「分かってる分かってる」

 とナナシは頷いた。にっこり笑って言う。

 

 「若さってのは眩いな」

 微笑ましいものを見た気分だった。

 

「何おじさんみたいなこと言ってるんですか。ミハエルさん、多分サクヤさんたちと変わらない年齢でしょう?」

「そう見えるか? 若作りが上手いからな、俺は」

「……何歳なんですか?」

「秘密だよ」

 

 そう言いながら、飲み終わった缶コーヒーをゴミ箱に入れ、ナナシは自室に帰っていく。

 

 ―――アリサは仲間だからね。

 

 脳裏でユウの言葉が響いた。

 

(仲間、か。……ルイ。ヤクモ。ミア。ムラサメ)

 

 ヴェインで共に戦い、共に外の世界へ旅立った大切な仲間たち。

 

(記憶が、欠損している。赤い霧を仲間と共に抜けたところまでは覚えている。そこから先の記憶が……ない)

 

 レヴナントは死の度に記憶を欠損する。殆どの場合、大したことのない記憶ばかりだが、時には重要な記憶を失うこともある。そして、まずその事実には気づけない。

 

 しかし、

 

(ここまで綺麗になくなっていれば、いい加減気づくさ。違和感を抱いてから確信を持つまで数日かかったが……)

 

 かつてナナシは血骸の継承者となりジャックに心臓を穿たれた際、記憶の殆どを失ったことがある。今回の状況はそれによく似ている。

 

(だから、か? 死の淵をさ迷うほどのダメージを負ったから大規模な記憶の喪失が起こった? それともあの漆黒のバケモノと戦う以前から、俺は記憶を失っていた? そもそも俺はどうして極東にいる? その手段は? 陸路を西に横断するのではなく、わざわざ海を越えて島国にやってきた理由は?)

 

 ナナシが忘れているだけで、彼は何か目的があって極東に来たのではないないか。疑問は尽きることなく、ナナシの内から湧いてくる。

 

 いや、それよりも。

 

(仲間たちは無事なのか)

 

 どうしてナナシはルイ達と行動を共にしていないのか。はぐれたのか。或いは、既に彼らは―――。

 

(……結論を急ぐな。そもそも結論を下すための記憶のピースがごっそり無くなっているんだ)

 

 ナナシは首を振った。

 悲観的になりすぎるな、と己を戒める。

 

 自分たちは不死の存在レヴナント。

 滅多なことでは死なないし、歳を取ることも永遠にない。ならば、生きてさえいれば、いつかは会える。

 

(そして、何処にいても俺たちは変わらない。お前はクルスの。俺はイオの意思を継ぐ。そうだろう、ルイ?)

 

 

 

 




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