夏芽の突然の声と行動に驚いた社も同時に振り返ることになった。
二人の目の前にはシーツの中央が人型に凹んでいる空のベッドがあるだけだった。
「はっ...? 」
それが目の前の現実に対して社が出来る精一杯の反抗の言葉だった。
ベッドの近くの床には三枚のタロットカードと三枚の静が手書きしたメモ書きが
綺麗に並べられていた。
さっきまでそこで話していた。さっきまでそこにいた。確かに静凛は話をしていた。
確かに静凛はそこにいた。はずだった。
そこにあるはずのものが無くなってしまったベッドに向かって、
夏芽はフラフラと覚束ない足取りで近づいて行った。
あった。やはりあった。
人型の凹みの胸にあたる部分にタロットカードは置かれていた。
絵柄の中央部分には羅針盤のようなものが青空に浮かんでいた。空の四隅には翼の生えた
動物のような生き物が飛んでいた。
カード上部には『Ⅹ』と下部には『WHEEL of FORTUNE』と書かれれていた。
人の姿と反比例して増えていくカード。二人の目の前の床には四枚のカードが並んでいた。
二人はただただ目の前のカードを見つめることしか出来なかった。
言葉が出て来ない。思考も思うように動かない。
チックタックと何もなかったかのように規則正しく動き続ける音だけが、
何処からともなくと聞こえてきていた。
「次は...。」
先に口を開いたのは夏芽だった。消え入りそうな声が聞こえていなかったのか、
それとも見ることが出来なかったのかは分からなかったのだが、社は顔を上げることなく
床のカードを見つめていた。
「次は私ですかね。やっぱり...。」
社は何も答えずに立ち上がった。無言でベッドに向かうと静が意図せずにベッドに残していた
手帳を手に取り、ページを一枚引きちぎった。
それを持ったまま元の位置に胡坐をかくと、何かを紙に書き始めた。
「そう言えば、郡道先生が消えちゃう前に社さんが『今日は嘘をついても良い日』って
言ってましたよね。」
社は何かを書き終えると、カードと紙を見比べていた。夏芽は構わず独り言を続けた。
「私、言われるまで忘れてました。今日がエイプリルフールだってこと。これもきっと誰かの
嘘なんですよね。ドッキリなんですよね。」
夏芽は自虐的に笑うと社の書いていたメモ書きに、ふっと目を落とした。
そこに書かれていたのは六人の名前と部屋番号だった。
「考えるんだ。」
「えっ? 」
実際には、そんなに時間が経っていた訳では無かったが、久し振りに社の声を聞いた気がした。
「消えたくなきゃ考えるんだ。あと数時間で頼みのエイプリルフールだって終わっちまうぞ。」
社の真剣な目が忘れようとしていた生への執着と恐怖を夏芽の中に呼び起こしていくようだった。
Ⅰ 勇気ちひろ ソードの8
Ⅱ ドーラ №9:隠者
Ⅲ 郡道美玲 カップの10
Ⅳ 静凛 №10:運命の輪
Ⅴ 来栖夏芽
Ⅵ 社築
よく見ると社が書いたメモの文字は微かに震えていた。
夏芽はパシンと自分の頬を両手で挟むように叩くと、自分自身に気合を入れ直した。
駄目だ駄目だ。考えなくては。しっかりと現実を見なくちゃ。
夏芽も手帳から紙を引きちぎると自分なりに今までの情報を整理してみた。
考えなくては。自分のためにも。社さんのためにも。
「ん? 」
何が気になったのだろう? 上から下まで、じっくりと舐める様にもう一度見てみることにした。
そうだったんだ。
ようやく夏芽は気が付いた。
部屋番号に含まれた本当の意味を。
タロットカードに込められた想いを。
このホテルの名前を。
「社さん...わかっちゃいました。」
予期せぬ言葉に驚き夏芽に目を向けると、茫然とした様子で夏芽は自分で書いたのであろうメモを
見つめたまま固まっていた。
「おい。マジか? わかったのか? 」
夏芽が社の問いに対して答えることは無かった。ただ無言で一枚の紙を差し出してきた。
紙を差し出す夏芽の手は震えていた。
社は何かに怯える夏芽から紙を受け取り、すぐに内容を確認してみた。
1ゆうきちひろ
2どーら
3ぐんどうみれい
4しずかりん
5くるすなつめ
6やしろきずく
ホテル アレキサンダー
エイプリルフール
夏芽が書いたメモの内容には特に変わったことは書かれていなかった。
だけど、不思議なことに新しいことは一切書かれていないはずなのに、そのメモを見た時に
何かが引っかかった。それが何かは社にはわからなかった。
でも、
「夏芽。これは一体? 」
メモから顔を上げた社の前には誰もいなかった。
◎運命の輪(WHEEL of FORTUNE)
【正位置】
予想も出来ない運命的な事件の展開により、目の前の状況が満足出来る方向に
向かうこと。人生の大事な分岐点に差し掛かり、幸福な将来への足掛かりが
見えてくること。
【逆位置】
人の力の及ばない状況の流れによって望まぬ不運が訪れること。
チャンスを逃して状況が悪化してしまうことや間が悪い事で問題が解消できないこと。
問題が避けられない事態に陥ってしまい、なかなか抜け出せなくなってしまうこと。