夏芽を二階に案内し終えると、社は自分に割り当てられた一階の『Ⅵ』の部屋へ
戻っていった。普段コラボする機会も少ないメンツだったこともあったからなのだろうか、
二階に残った女性陣四人は自然とドーラの部屋に集まって話をしようということになっていた。
四人は既にドーラの使用していた『Ⅱ』の室内にいた。人数分の椅子なんてないので、
思い思いに地べたに座っていた。そんな中ちひろだけは立っており、そのまま部屋を
出ようとしていた。
「ちひろトイレ行ってくるから、先に話しててー。」
「ちひろどの。一人でトイレ行けるか? 」
部屋の扉を開けたちひろにドーラがニヤニヤと悪戯っ子のような笑みを浮かべていた。
「あ? ちひろは子供じゃねーんだよな。」
頬を膨らませ捨て台詞を吐くと勢い良く扉を閉めて出ていった。
社が一階に戻り、部屋に戻ろうとカウンターと入口の間を通った時だった。
社の目に不思議な物が映りこんできた。
「は? 」
社は思わず歩み止めて固まってしまった。
あまりにも不自然。あまりにも異様。なぜそれがそこにあるのか見当も付かなかった。
「なんで...。」
それがあったのはカウンター内だった。
先ほど無機質な黒髪の女性が居たカウンターの中だった。彼女が座るためであろう椅子の上。
その椅子の上にあったのは生肉の塊だった。
肉の色や脂身の感じを見るに恐らく牛肉であろうことは社にもわかった。
牛肉のブロックが皿やラップに包まれてるわけでなく、そのままの姿で置いてあるのだ。
「食事はでないんだよな...? いやいや。そもそもブロックって何だよ。」
触らぬ神に祟りなし。社は何も見なかったことにし、その場を立ち去り部屋に入って行った。
扉を閉め切った時に社の頭にある疑問が浮かんできた。
「あ? そう言えば、あの女の人どこ行ったんだ? 」
ドーラの部屋では三人の楽しそうなおしゃべりが続いていた。
気が付けば、ちひろがトイレに向かってから十分程が経っていた。
「そう言えば...勇気さん遅くないですか? 」
最初に気が付いたのは夏芽だった。夏芽に言われ、スマホの時間を確認してみると、
正確に時間を計っていた訳ではないのだが確かに遅すぎると感じた。
「迷子かの? 」
「また怒られますよ。ドーラさん。」
とぼける様な顔をしているドーラを尻目に群道が笑いながら立ち上がった。
「群道先生。私が見てきますよ。」
恐らく群道もちひろの様子を見に行こうとしていたのだろうが、それを制止したのが夏芽だった。
夏芽も群道と同じ様なタイミングで立ち上がっていた。
自分が一番後輩だと言う思いもあるのだろう。夏芽は率先して部屋を出ていった。
ドーラの部屋である『Ⅱ』と廊下を挟み、対面にトイレがあった。
そういう位置関係だったため、夏芽が部屋を出た時に最初に目に入ってきたのは
トイレの前に落ちているカードの様なものだった。
それは一見するとトランプの様にも見えたのだが、夏芽が知っているトランプよりも縦に細長い
カードであった。近づいて上から覗き込んでみると、やはりトランプではなかった。
見知ったハートやダイヤのマークや数字は書かれておらず、不気味な絵が書かれていた。
カードの中央には白い布で目隠しをされている女性が立っていた。女性は体も拘束されており、
周りには剣先の長い剣が地面に向かって何本も刺さっていた。
一、二、三...八本。全部で八本刺さっていた。そして、カード上部には『Ⅷ』と書かれていた。
夏芽はカードを拾い上げて裏返して見た。裏面はブルー一色で特に変わった様子もなかった。
ちひろが落したものなのだろうか。夏芽はカードをしまうとトイレをノックしてみることにした。
「勇気さん。大丈夫ですか? 」
返事はなかった。水の流れる音や物音一つ聞こえることはなかった。
試しに夏芽はドアノブに手をかけてみると、何の抵抗もなくトイレの扉は開いた。
中には誰もいなかった。いくらちひろが小柄だからと言っても、
人が隠れられるような場所もなかった。
ちひろの部屋を見に行こうとも思ったが、一度ドーラたちに知らせようと思った夏芽は
『Ⅱ』の部屋に戻ることにした。
部屋の中ではドーラと群道が相も変わらず談笑していた。一人で戻ってきた夏芽を見て
少し不思議そうな顔でドーラが尋ねてきた。
「あら? ちひろどのは? 」
「それが、トイレに居なかったんですよ。」
「部屋に戻ったのかしら。夏芽さん。部屋は見た? 」
群道に聞かれ、夏芽は首を横に振った。
「まだなんです。それと、これがトイレの前に。」
と言って夏芽は先ほど拾ったカードを二人の前に出した。
「ん? トランプか? 」
ドーラは夏芽と同じようなリアクションを示していたが、群道には心当たりがあるようだった。
「これ...確かタロットカードじゃないかな? 」
「タロットカードって、あの占いのか? 」
「そうです。前に神田君が使ってて調べたことがあって...。」
周囲の妙に温かい視線に気が付き、群道は少し慌てた様子で手振り身振りが激しくなった
「いや、あの、たまたまね。見たのがタロットカードでね。うん。でも、何のカードだろね?
それはそうと、ちひろさんの部屋見に行きましょうよ。」
何故か顔を真っ赤にした群道を先頭に三人は『Ⅰ』の部屋に向かった。
「勇気さーん。いらっしゃいますかー?
群道が声をかけながらノックするも返事はなかった。何気なく群道は、宝くじを買うような感覚で
ドアノブに手をかけた。開いている。鍵が掛かっていなかったのだ。
「えっ? 勇気さん? 開けますよ。」
群道の声を後ろで心配そうに聞いていた夏芽にっとては、まさにデジャヴだった。
ゆっくりと『Ⅰ』の部屋の扉が開かれた。
そこで三人が見たものは
荷物だけが残された寂しい客室の姿だった。
◎ソードの8(Eight of Swords)
【正位置】
周囲の人間関係や環境から完全に孤立すること。打つ手が無く八方塞になる。
不安定な状況の中で自分では何もできないことや何をしても悪い結果になり、
悲観的になってしまう。身動きができない状況に陥り、動けば動くほど傷つくなど。
【逆位置】
抑圧的で拘束されている状態から抜け出すチャンスや実際に抜け出すことで
前向きな気持ちになれること。足の引っ張り合いから解放され、自由な時間や
状態が得られることなど。