三人はシャワー室なども調べてみたが、ちひろの姿を確認することは出来なかった。
「おかしいですね。荷物とかはそのままだし、どこ行っちゃったんだろ? 」
そう言いながら群道は『Ⅰ』の部屋の扉を閉めた。
「そうですね。静さんのお部屋ですかね? スマホも部屋に置きっぱなしでしたし。」
先ほどドーラが電話を掛けてみたところ、ベッドの横のローテーブルの上にスマホが
置きっぱなしになっているのを見つけていた。
「あ。もしかして...。」
ドーラはある部屋の方へ向かい歩き出した。
二人も後を追ってみると、ドーラは数字の書かれていない部屋の前で立ち止まった。
例の『Ⅱ』と『Ⅲ』の間にある謎の部屋だ。
「ドーラさん。この部屋なんですか? 」
「ああ。美玲。実は美玲と会う少し前にちひろどのが勝手にこの部屋の扉を
開けちゃってな。部屋の中を見ちゃった時に変なことを言ってたんだ。」
「変なこと? 」
「ああ。
ドーラは自分の言葉で、あの時のちひろの顔がフラッシュバックしていた。
どこまでも真っすぐな瞳。一切の感情が感じられないあの瞳。
「ドーラさん? 大丈夫ですか? 」
夏芽の声でドーラは我に返った。目の前にはちひろの瞳ではなく、
感情が溢れでている後輩の夏芽の瞳だった。
ドーラの顔を心配そうに覗き込む夏芽の後ろでは群道が例の部屋のドアノブを
カチャカチャと動かしていた。
「駄目ですね。鍵が掛かっているみたいですね。」
ドーラも試しに開けようとしてみたが、やはり扉は開かなかった。
「本当じゃな。さっきは開いておったのにな...。」
「でも、ここにも居ないってことは、やっぱり静さんのとこですかね? 」
念のために群道が使用していた『Ⅲ』の部屋を確認してみたのだが、
鍵は掛ったままになっていた。諦めて三人は一階へ向かうことにした。
妙な静けさを掻き分け『Ⅳ』の前で辿り着くとドーラが遠慮がちに声を掛けた。
「静どの。起きてますか? 」
ドーラの声が届いたようで、中から物音が聞こえ、すぐに部屋の扉が開いた。
「あら。みんな揃ってどうしたの? 」
中から出てきた静は髪がしっとりと濡れており、先ほどまでシャワーを浴びていたようだった。
「すいません! お休みになるとこでしたか? 実は勇気さんが居なくなってしまって。」
群道が申し訳なさそうに一礼をして謝罪をした。
「大丈夫だよー。ちーちゃんが居ない? 私の所には来てないなー。」
「え。じゃあ、どこに行ったんだ。まさか外に出たのか? 」
そう言いながらドーラは玄関の方に目をやった。
「心配だね。私も行くよー。」
「せっかくシャワー浴びたのに申し訳ないですよ。えーと。それじゃあ、群道さんと社さんの
部屋を見に行ってもらっても良いですか? 私とドーラさんで少し外を見てきます。」
「そうだな。可能性はかなり低いと思うが、やしきずの部屋も見ておかないとな。
わしは外で大丈夫だから二人で行ってみてくれるか? 」
快諾する静と群道を残してドーラと夏芽は玄関を出た。
玄関から外に出た二人の目に飛び込んできたものが二人の歩みを止めた。
それは門だった。
ホテルに入った時には。全く気が付かなかった。ぐるりとホテルを囲うように三メートルほどの
石造りの塀が立っており、玄関正面の塀の間には塀と同じぐらいの高さの黒い山形の門が
閉まっているのが見えた。
「ド、ドーラさん。こんな塀と門なんてありましたか?」
「いや。無かった...と思うのだが、気づかなかっただけか?」
戸惑いと
門は鉄製のようで、押してみても引いてみても、微動だにしなかった。
「駄目ですね。やっぱり鍵が。ドーラさん戻ります? 」
「じゃな...いや。一応、建物の周りも見ておこう。来栖はあっちから周ってみてくれるか? 」
そう言うとドーラはホテルの西側を指した。二人で玄関の前をスタートして、ホテルの外周を
半周づつ周ろうということになった。
夏芽が了承すると二人は玄関の前で別れ、夏芽が西側(『Ⅴ』とトイレがある方)に向かって、
ドーラは東側(『Ⅳ』と『Ⅵ』がある方)へと向かって歩き始めた。
夏芽は辺りを確認しながら慎重に歩いていたが、建物の周りは塀が並走しているだけで、
人が隠れられそうな別の建物や物置のような物、ましてや茂みなどすら見当たらなかった。
夏芽が二つ目の角。つまり、建物の裏側に達した。そこにはやはり、人が隠れられるような
場所は無く、建物の反対側の角が見えるだけだった。
「やっぱり...ん? 」
夏芽はちひろが見当たらないこと以外に、自分に起こっているある異変に気が付いた。
「あれ?
そう。居ないのだ。そこに居るはずのドーラが。
夏芽は比較的ゆっくりと進んできたはずだった。いくらドーラが遅く進んでいたとしても
建物の裏側のこの直線で姿が見えないのはおかしい。
夏芽は自然と足が動いていた。意識せずとも早足に、意識せずとも駆け足に。
「はぁ...はぁ...。」
夏芽は無事に玄関前にゴールすることが出来た。
ただし、そこには祝福する観客も、共にスタートしたはずの友もいなかった。
たった一人の完走だった。夏芽は疲労と恐怖から上手く息ができなかった。胸が苦しい。
思わず膝に手を付き地面に顔を向けた。
「ええ? 」
一人では無かった。
見知らぬ老人と目が合っていた。
さっきまでは、こんなもの無かった。
そこには見覚えのあるカードが落ちていた。トイレの前で拾ったカードだ。
ただし、トイレの前に落ちていたカードとは絵柄が違った。
そこに描かれていたのは老人だった。
ローブを纏い、手にランタンのような物を持っている老人の絵だった。
カードの上部には『Ⅸ』、下部には『THE HERMIT』と書かれていた。
◎№9 隠者(THE HERMIT)
【正位置】
落ち着いて自分自身を見つめ直し、問題と向き合い真実を見つけられること。
本当に大切なものを足元に見つけることや、精神的な絆の深さ、
信頼の大事さに気が付く事。
【逆位置】
人の事が信用できず、自分自身のこともよくわからなくなってしまうこと。
人生や社会に対し悲観的になり、自分の世界に閉じこもってしまうこと。
本当に大切な初心などを忘れて、自分自身の在り方を見失ってしまうこと。