静が唱えた仮説は一見すると馬鹿らしく思えるものだったのだが、今日一日の中で
目の前で起きたあらゆる馬鹿げたことの中では一番信憑性が高く感じられた。
それにしても、自分が消えるかもしれないという事態にも関わらず、静は至極冷静に、
客観的に物事を捉えているようだった。
「まぁ。消えるのは確定じゃないし、タロットの謎でも考えてみましょうよ。
一旦私の部屋に行きましょう。」
静は当惑する社と涙目の夏芽を残し、一人で階段を下りて行ってしまった。
先ほどの静の言葉が二人の耳の奥から蘇り這い出てきていた。
『次に消えるのは私ってことよね? 』
二人の歩幅は自然と大きくなり、階段へと向かっていた。
一階に下りると静は部屋に入るところで扉を開けたままにして二人を招き入れた。
静はベッドの傍の床にそのまま座ると、タロットカードを目の前の床に並べ始めた。
二人もそのカードを囲むように床に座った。
何も知らずに傍から見れば何かの儀式をしている様にも見えただろう。
今なら、三枚のカードから炎が出たとして信じてしまうかもしれない。
静は自分の手帳から数枚の紙を千切るとボールペンに何かを書いてカードの下に並べた。
『ソードの8』 『№9 隠者』 『カップの10』
【Ⅰ ちひろ】 【Ⅱ ドーラ】 【Ⅲ 郡道】
「こんな感じよねー。」
それぞれを並べ終えると静は腕組みをしながら、それらを凝視していた。
社と夏芽もカードとメモを唸りながら見つめていた。
「ん? これカードの数字も並んでるんだな。」
社があることに気がついた。タロットカードにもローマ数字が書かれており、
それらも『Ⅷ』から始まる連番になっていたのだ。
「あ。本当だ! 八、九、十になってますね! 凄いですね。」
夏芽が社へ賞賛の言葉を送ると、静もそれに続いた。
「確かに! これは意味深だね。では、その心は? 」
「いや...それだけっすね...。」
社が申し訳なさそうに力なく答えていたのだが、かと言って他の二人に何か妙案が
あるわけでもなかった。
「カードの意味は関係ないですかね? 確か郡道先生が一度だけ説明してくれましたよね。」
「私もそれ考えたのよ。来栖さん。」
そう言うと静はスマホを操作しながら、床に置かれたカードとスマホを交互に見比べていた。
「うーん。やっぱり共通する意味も、対象の人を表しているって訳でも無さそうね。
それにタロットカードは一枚のカードで二種類の意味を持ってて、それはカードが出現した時の
上下。つまり、通常の方向で出たか、逆さまで出たかで変わるらしいの。」
静がスマホを見ながら説明を続けていたが、夏芽がそれに合いの手のように「へー。」と
感嘆の吐息を漏らしていた。
「だから、カードが見つかった時に...って、あれ? そう言えば、今までの三枚のカードを
最初に見つけたのは来栖さんだよね? 」
静はカードの発見時のイメージを思い浮かべていた。そのイメージの中でカードを持っている
人物は全て夏芽であったのだ。
「え? そう...ですね。はい。」
「だよね。カードを見つけた時の向きって来栖さんは覚えてる? 」
静に聞かれ夏芽も目を瞑り、カードを見つけた時の情景を思い出していた。
しばらくの沈黙が流れた。静も社も来栖の閉じられた瞳を見つめながら次の言葉を待っていた。
「すいません。確実に覚えている訳ではないんですけど、全部同じ向きだったと思います。
全く自信はないんですけど...。」
夏芽の目と共に開かれた口から出てきた言葉も核心に迫れるようなものではなかった。
無理もないことだった。目の前で突然人が消えているのだ。カードの向きを正確に覚えている方が
むしろ奇妙と言うものだ。
タロットカード自体には、やはり意味がないのではないか?
誰も口にはしていなかったが、三人の頭の中を同じ言葉が何度も見切れているようだった。
「駄目だねー。なーんにも思いつかないや。」
そう言いながら静は両手を広げ、ベッドに倒れこんでしまった。
静はそのまま無言で天井を見つめていた。
「静さん...。」
夏芽は天井を見つめたまま動かなくなった静に掛ける言葉を見つけることが出来なかった。
「二人とも今日は一回休もうか。明日の朝になれば門が開くかもしれないしさ。」
寝転がりながら顔だけを二人の方へ顔だけを向けた。
「そうだな...。そうした方が良いかもな。頭がパンクしちまいそうだし。」
社が同意を示して、夏芽が何も言わなかったことで今日は解散という流れになった。
二人が「おやすみ」と声を掛けると部屋を出ようと開けっ放しになっていた扉に向かった。
本当に寝てしまって良いのか?
静さんは消えてしまわないのか?
何の代案もないし、こんな言葉を不用意に掛けたとしても不安がらせるだけだろう。
でも、夏芽は声に出さずにはいれなかった。静の顔を確認せずにいれなかった。
「静さん! あの! 」
夏芽が感情に抵抗することをやめ、静の寝転んでいたベッドへと振り返った。
そこにはシーツに薄っすらと人型の窪みが出来ているベッドがあるだけだった。