──ぼくは今、このトレセン学園の入学式に参加している。
周りを見渡せばぼく以外にも沢山のウマ娘がこれからの生活への期待と不安を入り混じらせながら、落ち着かない様子で新入生用に準備された椅子に座っている。
そしてそんな緊張の中で式の始まりを今か今かと待ち侘びるその時──一人の女の子が目の前の壇上に姿を現した。
室内だというのに当然とばかりの被られた帽子。
一見すると幼児にしか見えない背丈。
広げた扇子に書かれた立て看板と同じ筆跡に見える達筆な『慶祝ッ!』の文字。
情報量の多さに一瞬頭に疑問符を浮かべてしまう。
それはぼくだけじゃなくて他のウマ娘達も同じみたいで、周りから少しばかりのざわめきが聞こえて来る。
そしてそんな疑問の渦中とも言える壇上の少女は、ぼくたち新入生を一瞥し微笑みを浮かべ、講演台に設置されたマイクを手に取った。
「歓迎ッ!ようこそ、トレセン学園へ!」
………ふわぁっ!?
思わず驚嘆が声になって出そうになるのをなんとか堰き止める。
びっっっくりしたぁ……。
他のウマ娘たちも同じみたいで、みんなびくりと一瞬体を震わせていた。
それにしても……ようこそ?あの女の子はこの学園の関係者なのだろうか…それとも遊び半分で登壇してきた幼女の
「失敬ッ!少し張り切りすぎてしまったようだな」
ぼくがそんな風に考察していたら、再び少女が先程よりも小さめの声量で言葉を紡いだ……って、マイク通してるから普通に大きすぎるくらいだけど。
「紹介ッ!わたしこそ、このトレセン学園理事長──秋川やよいである!」
………まじで?
このロリっ娘が理事長…?悪戯とかではなく…?
呆然としながらそんな事を考えていたら、いつの間にか『理事長』と書かれた扇子を広げた自称学園のトップが自信満々なドヤ顔で自己紹介を終えた。
だけど他の教員や数人の先輩ウマ娘の方々が少し呆れたようにため息を吐きながらも静観しているのを見る限り、とりあえずは本当の事みたいだと疑問だらけの自分を無理矢理納得させる。
「以上ッ!これにて
いや、貴女まだ自己紹介しかしてないでしょう…。え、マジで終わるの?なんかこう……人間の学校特有の偉い人の長い話とか、これからのウマ娘生でためになるお話とかないの…?
「引継ッ!次は生徒会長──シンボリルドルフからの祝辞だ!」
どうやら本当に自己紹介だけで終了のようで、後釜を指名するかのように後任の名前を呼び、まるで嵐のように理事長……は壇上を去っていった。
「なんだったんだ、あれ…?」
思わずそんな不敬とも取れる言葉が息をついて出たけど、仕方がなかったと思う。
現にぼく以外の娘たちも皆、常識外れな理事長の登壇と下壇に唖然としていたのだもの。
そして入れ替わるように壇上へと足を踏み出し登っていく会長さんにはさっきの理事長のような反応に困ることは止めて欲しいな……。
なんて事を考え───ぼくは、言葉を失った。
それは決して、登壇した彼女が奇怪な見た目をしていたからではなかった。
むしろその逆。整いすぎた容姿に三日月を思わせるメッシュに艶のあるセピア色の美髪。だけどぼくは、その眉目秀麗な容姿に言葉を失ったわけではない。
「──今し方紹介に
そのウマ娘は、生き物としての『格』が違った。
自分は勿論、周りの娘とも比較にならない『別格』の存在。
厳粛な姿勢から見せるその威光……『カリスマ』とでもいうべき圧にぼくは気圧されていたんだ。
シンボリルドルフ…シンボリルドルフ……。
心中で彼女の名前を
『皇帝』──シンボリルドルフ。
数少ない三冠ウマ娘。さらに言えば『無敗』でその偉業を達成した、この世界でも
誰かが言った──“レースに絶対はないが、そのウマ娘には『絶対』がある”
“幾多もの勝利よりも、数少ない敗北を語りたくなるウマ娘”だと。
だが実際目にしてみれば、噂なんて簡単に真に受けるべきではないと確信する───何故なら『皇帝』は、そんな囁かれ続けた噂なんかよりもずっと別格の『規格外』だと初見で思い知らされたのだから。
「君たちも知っている通り、我がトレセン学園は『トゥインクル・シリーズ』デビューを目指すウマ娘たちの育成に力を入れ、将来活躍する『未来の
生徒会長としての粛々とした言葉を紡ぎながら、
「
努力が実を結ばず挫折を経験し、失意のまま学園を去る者は例年少なくはない」
場内が、少し騒めく。
『無理もない』と、ぼくは思った。
新しい門出に胸を躍らせ明るい未来を夢見た途端、祝辞の場で不安を煽るような言葉を告げられたのだ、これで平常心ながらに静聴の姿勢を保っているウマ娘の方が少ない。
「────それでも」
──騒めきが、しんとした静寂へと変わる。
「君たちが不変の『覚悟』を抱き、この『暗闇の荒野』に
ぼくは、そんな真摯な態度で『期待』を口にする皇帝に
一点の曇りすらないその心と行動、統率者としての威光。
そう、まるであの
勿論、それは侮蔑や悪い意味を込めた印象じゃない。彼が行った遺体簒奪のための命令や行動は残虐非道に見えたが、彼は自国への確固たる『愛国心』をもってその誇りを懸けていた。
ジョニィだって“ 少なくとも自分よりは人として『正しい道』を歩いてる”と認めていた程だ。
だからこそ、そんな多くの民の安寧と幸福と繁栄を願った
「
端的に述べるなら『勝利』……つまりは一着を至上とする言葉として用いられるが──その道程に於ける『敗北』に価値がないという意味ではない」
勝利を目指すうえでの『敗北』、ぼくはそれを嫌なほど知っている。
あのスティール・ボール・ランレース。過酷な旅路の中でぼくは幾度もの『敗北』を味わってきた。
他の若ウマよりも経験と知恵があり
だけどその敗北を乗り越えながら、ジョニィは『成長』し、老バのぼくでもあのレースを走ることができたんだ。
………だけど、最後の最後の残り3キロでの
自分の不甲斐なさに耽って貴重なお言葉を聞き逃すのは、会長に対して少しばかり不敬だしね。
「私も含め、ウマ娘であれば皆経験するこの『挫折』を乗り越え
生徒会長が言葉を区切ると、次の瞬間──場内の静寂は礼賛の拍手に打ち破られた。
先程まで不安そうに将来を思案していた娘たちは皆、勇ましい顔つきで自分の
それは、ぼくだって例外ではない。
会長の言葉に胸が躍った。希望を見出した。
いつも夢に見ていたジョニィやジャイロのような一握りの『輝き』を持つ人間の生き様、
そして
「これより由緒正しいトレセン学園の生徒として、走りに勉学に“意気揚々”と励み──悔いのない日々を“生きよう”ではないか………………ふっ」
…………ん?
「“
…………………………。
【エアグルーヴのやる気が下がった】
【ナリタブライアンのやる気が下がった】
会長…?何やってんだよ会長っ!
次回は選抜レースぐらいまでは書きたい…と思います。