“Stand” up PrettyDerby   作:靉靆 

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戦乙女(ヴァルキリー)

 

 

 

………なんだかぼくの中の憧れが音を立てて崩れたような気がするけど、とりあえず入学式の感想は『素晴らしい』の一言だ。

 

威厳を見せながら夢ばかりの道ではないと叱責し、同時にぼくたちの『闘争心』を巧みに引き出したルドルフ会長の演説は確かに『素晴らしい』と称するに相応しいものだった。

 

……最後の極寒冗句(ダジャレ)さえなければ。

いや、もしかしたら新入生のぼくたちの張り詰めた緊張を紛らわすためにわざと……?

でもルドルフ会長自身も自分のギャグに笑ってたしなぁ……。

 

 

「よし、この事はもう考えないことにしよう」

 

 

そうだ、そうしよう。

確かにハイテンションロリっ娘理事長に『やる気』の下がる駄洒落なんかもあったけど、ルドルフ会長のお言葉自体は念頭に置くべき至言であったのは間違いなかったからね。

 

 

そんな事を考えながらぼくは今、これから日常での生活を送るための寮へと歩を進めていた。

 

入学式が終わった後。ぼく達新入生は教室で学園について先生から軽い説明を受けて、今日のところは寮の確認と寮長への挨拶のため解散、と告げられ今に至る。

それにしても寮生活か……ルームメイト…先輩との交流…新しい出会い…うん、なんだか凄くわくわくしてきたな。

 

 

「ぼくの寮は確か『栗東寮』だっけか。それにしても、これだけ広いと流石に疲れるな……」

 

 

そんな事をぼやきながらも広大な敷地を歩き回りレース場の下見などもついでに済ませたぼくは、なんとか道に迷うなんてこともなく『栗東寮』へと辿り着いた。

 

 

「えっと、まずは寮長に挨拶を───」

「見ない顔だな。栗東寮(うち)の新入りかい?」

 

 

寮内へと足を踏み入れようとしたその時、背後からの声に呼び止められる。

振り返ればそこには一人のウマ娘がいた。

……改めて思うが、やっぱりウマ娘の皆んなは凄く顔が整ってるな。

ルドルフ会長の凛とした御姿もそうだけど、目の前の先輩と思わしきウマ娘も街中を歩けば10人中10人が振り返るような美貌をしている。

 

短く切り揃えられた黒髪に目測で170センチ近い身長をした名も知らぬ先輩は、ルドルフ会長とは違った“王子様”と言った印象を抱かせる容姿だ。

 

…っと、見惚れてる場合じゃない。とりあえず自己紹介しないと。

 

「はい、今日から此処でお世話になります。新入生のスローダンサーです!」

 

「そうか、新入生か……この栗東寮の寮長を任されている“フジキセキ”だ。よろしく、スローダンサー」

 

フジキセキ先輩は自己紹介の後に少し考える素振りを見せると、いたずらっぽい笑みを浮かべる。

 

「丁度いい。他の新入生が来るまで時間がかかりそうだし、良ければ君の部屋まで案内するよ」

 

(わたり)に船だと、ぼくは謹んでそのお誘いを受けたのだった。

 

 

 

 

 

 

「……あれ?」

 

 

フジキセキ先輩に部屋へと案内されたぼくの第一声は、そんな素っ頓狂な声だった。

理由は……部屋に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

通常、日常品の類は入学前に学校を通して運送業者へと依頼することになっており、入学式当日…つまり今日までには届くようになっているはずだ。

 

だというのに二人部屋ほどの広さに関わらずあるのはぼくの荷物だけ。ルームメイトと思わしきウマ娘の分がなかった。

 

「ああ。君のルームメイトだが、荷運びの手続きに不備が生じてね。少しばかり遅れて来ることになっている」

 

な、なんだって……。

 

フジキセキ先輩の衝撃的な告白に思わずぼくは項垂れてしまう。

 

ルームメイト…パジャマパーティ…新しい友達…あぁ、ぼくの想定していた学園生活の始まりがこんな形で崩されるなんて……。

 

 

「……大丈夫かい?」

 

「はい…大丈夫です……多分…きっと、メイビー…」

 

「そ、そうか。まぁさっきも言った通り手続きの不備で少し遅れて来るだけだから、あまり気を落とさないでくれ」

 

 

すると項垂れるぼくの姿を見かねてか、フジキセキ先輩は話題を変えるように咳払いをした。

 

「そうだスローダンサー。明日の選抜レースはどうするつもりだい?」

 

「選抜レース…ですか?」

 

選抜レース……入学式では聞かなかった話だな。

名前からして何かしらの選考であるとは思うんだけど…詳細までは分からない。

 

キョトンと疑問符を浮かべるぼくに対して、フジキセキ先輩は懇切丁寧に説明してくれた。

 

なんでもこのトレセン学園では年4回に分けて『選抜レース』というものが行われ、そこで参加するウマ娘達の走りを見てトレーナー達がチームへのスカウトを行うそうだ。

ちなみに、新入生だけでなくチームが決まってない先輩ウマ娘の方々も毎回参加しているらしい。

 

年4回のうちの今回の選抜レースは例年入学式の翌日に行われるようで、寮長であるフジキセキ先輩からその説明と参加志望の有無をこうやって確認しているとのことだ。

 

 

「それでどうする?明日の選抜レースへの参加は」

 

 

そんなの、答えはもう決まっている。

 

 

「勿論、出場します!」

 

 

入学早々そんな『チャンス』が訪れるなんて願ってもないことだ。

その選抜レースで結果を残すことができれば、チームへ加入しトゥインクル・シリーズへの参加も可能となるのだから。

 

ぼくの答えにフジキセキ先輩は笑みを浮かべ“分かった”と答えると、適正の距離とバ場について聞いてきたので、ぼくは“中距離か長距離、芝のバ場”を希望する。

 

 

「それじゃあ他の新入生にもこの説明をしてくるから、これで失礼するよ」

 

 

フジキセキ先輩も退出し、この一人だけでは広すぎる部屋にぼくだけが残る。

 

それからぼくの実家から運ばれてきた荷物の整理などをしていたらいつのまにか午後の9時になっていた。

 

明日の選抜レースに備え少し早く寝ようと考えたぼくは、シーツを敷いたばかりのベッドに横になり、瞳を閉じ『これから』について思案しながら……意識を暗闇の中に落とした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『『決着』をつける『権利』は──僕にだけあるッ』

 

『来いッ!ジョニィ・ジョースター!『決着』は、止まる時よりも『早く』つくだろうッ』

 

 

──夢を見る。

 

 

『炸裂しろ──『ACT 4』ッ!』

 

『THE WORLD』──オレだけの時間だぜ』

 

 

──夢を見る。

 

 

 

『ぐっ…うわぁあああああぁッッ!』

 

『『回転』は──お前自身が喰らえッ!』

 

 

──夢を、見た。

 

 

 

「……っ!…は、ぁ…はぁ…っ」

 

 

悪夢から、目覚める。

そよ風の涼しい春の夜だというのに、ぼくは瀑布のように汗を流しベッドのシーツを湿らせていた。

今の夢を見たのは、随分と久しぶりのことだった……多分数年ぶりくらいだろうか…あの『敗北』の夢を見るなんて…。

 

 

「……ごめん、なさい」

 

 

『勝利』まで後一歩。ニューヨークのブルックリン橋で犯したぼくの『失態』……あぁ、ごめんなさいジョニィ…ぼくがあの一瞬だけでも“シルバー・バレット”を上回っていたなら……『無限の回転』を恐れず“ぼく”が君を背に乗せることができたのなら…もしかしたら君は“Dio”に…。

 

どんなに『後悔』したとしても結果は変わらない。確かに、ジョニィはあのレースで掛け替えのないものを手に入れた。

ジャイロとの友情、別離した父親からの声援、再び『歩き出す』ための意思。

もし今レースについて彼に聞くことができたとしても、ジョニィはきっとはにかみながら『満足』したと答えるかもしれない。

 

でも……それでも本当ならぼくは…スローダンサー(ぼく)は君に『勝利』をプレゼントしたかった。

S B R(スティール・ボール・ラン)レースという果てしない航路における栄光ある『勝利』を…君に……。

 

 

 

───世界(THE WORLD)は“ぼく”を嘲笑う。

 

 

───時間(THE WORLD)は、決して巻き戻らない。

 

 

 

『運命』の残酷さを噛み締めながらぼくは、再び微睡の中に沈む。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『選抜レース』当日──ぼくは学園のレース場で準備運動(ストレッチ)をしていた。

周りにはトレーナーと思わしき人間と沢山の野次ウマ娘の先輩方。

これだけ多くの人たちに見物されるとは思ってもおらず、少し緊張してしまう。

 

ぼくが出場する第4レースまではあと少し。ぼくの枠版は“3番”なので、3と書かれたゼッケンを着てシューズにつけた蹄鉄の確認を最後にする……うん、ばっちし。

呼吸も安定しているし疲労感は全くない、全力の走りを披露できるコンディションだ。

 

 

『これよりトレセン学園、第4選抜レースを開始します。出場者の方はゲートへとバクシンしてください!』

 

 

ゲートにバクシンってなんだ…と思いながらも、自分の出番を察し案内に従ってゲートに入る。

従来のレース場と同じく学園の模擬レース用トラックにはゲートが設置されており、芝を踏みしめ構えをとるのはぼくを含め9人のウマ娘。

みんなこの一握りのチャンスにギラギラと目を輝かせていた。

 

 

『今日4度目の選抜レース!実況は引き続き学級委員長としてこの私、“サクラバクシンオー”が務めさせていただきます!』

 

 

……学級委員長と実況に何ら関連性も見出せないけど、熱気を醸すバクシンオー先輩の言葉に外野も盛り上がりを見せていた……ん?なんか焼きそば売ってるウマ娘いない?

 

 

『それでは各ウマ娘、ゲートに並びました!』

 

 

そして、実況の言葉に──ぼくは意識を切り替える。

 

行うことはただ一つ。極限までの『集中』…ただそれだけ。

 

ゲートが開くその一瞬まで神経を研ぎ澄ませろ、集中を乱すな。

 

それはぼく以外も同じ。並ぶライバルたちだけでなく、このレースを見定めるトレーナーにウマ娘たちも一言だって言葉を紡がない。

 

 

研ぎ澄ました神経が、『集中力』を極限まで高めたその刹那───ゲートが開く。

 

 

『さぁ各ウマ娘、きれいなスタートを切りました!』

 

 

まず序盤は様子見、終盤まで中位の位置をキープし脚を溜めて終盤で一気に──ッ!?

 

 

『な、なんと!この序盤で…最初のコーナーすらも曲がりきっていないこの序盤に!一人のウマ娘が圧倒的速度(バクシン)で前に躍り出ました!』

 

 

それは、『ありえない』選択としかいえなかった。

確かに『逃げ』の選択を行うウマ娘なら、序盤から先頭を走ることも十分わかる……だけど『この状況』で『あれ程の速度』を序盤に出していることが問題だ。

 

この選抜レースの総距離は東京レース場の日本ダービーと同じ2400メートル……つまりは『中距離』のレースになっている。

 

それに対して前方のトップを走りぬける“5番”のゼッケンを纏ったウマ娘の速度(ペース)は素人目に見ても短距離走者(スプリンター)のそれだ。

 

間違いなく──終盤で『バテる』。

 

 

『最初のコーナーを曲がりトップの“5番”と後続の差は7…いえ8馬身程!このペースで大丈夫なのでしょうか!?それはそれとしてあのスピード!是非共にバクシンしたいものです!!』

 

 

……『できるわけがない』それがぼくの見解だった。

恐らく相手はペース配分を考えてない若輩者か、もしくは事前の距離選択を間違えたうっかりさんか……なんてことを考え、ぼくは自分の走りに集中する。

 

思考の海の中でもぼくは自分のペースをキープし、第2コーナーを曲がり今は4番手、先頭の“5番”はまだトップを独走しているが……もうすぐ第3コーナー。短距離のレースと同じ距離まで走れば、すぐに“5番”も『バテる』だろう。

 

 

 

 

そんなぼくの判断は──すぐに間違いだったと思い知らされる。

 

 

 

 

 

第3コーナーを曲がって直線、後は4コーナーと直線の残り数百メートル……だけど、それなのに、先頭の“彼女”は──ッ!

 

 

『第3コーナーを曲がった現在、先頭の“5番”は驚くべきことに()()()()()()()()()()()()()()!直線をほぼ変わらぬ速度で疾駆しています!』

 

 

先頭のウマ娘は、規格外の持久力(スタミナ)を有していた。

差は五バ身ほどに縮まったが、遠目に見る限り“5番”は第3コーナーから今の直線までの1600メートルほどの距離を『バテる』ことなく走っていたのだ。

恐らくあれは天賦の才…天性の肉体とでもいうべき『才能』…ッ!

持久力に特化した駿バの姿はまるで───『あのレース』で見てきた一級品(サラブレッド)のようだった。

 

 

『おおっと!ここでトップの“5番”に追いつこうと次点の2番と7番が、さらには後続のウマ娘たちが速度を上げてきました!』

 

 

トップを独走する“5番”の走りに焦りを覚えてか、ぼくの横に並んでいたウマ娘や後塵を拝していたウマ娘たちがペースを上げてきた。

 

いいや、違う。それじゃあダメだ。

 

貴方達のそれは先頭の“彼女”のように得意を武器としたものじゃない……ただ焦りに身を任せている『掛かった』状態だ。

 

 

『しかし追いつけません!むしろペースを乱し失速しています!』

 

 

まだだ、まだ脚を溜めろ。

 

単純な走力と持久力で戦おうとするな、思考を最後まで停止するな───ッ!

 

 

───思い出せ、ぼくの本質を。

 

 

あのSBRレースで、あの過酷な旅路で、あの死闘の中で──どうやって“ぼく”は駆け抜けることができた?

 

他の競走馬よりも桁外れの持久力(スタミナ)を有していたからか?

優れた最大速度(スピード)を叩き出したからか?

ライバルどもを弾く底力(パワー)があったからか?

 

違う、違うだろう鈍間な踊り手(スローダンサー)

 

 

“ぼく”は非力だった。

 

“ぼく”は天才じゃなかった。

 

“ぼく”は優れた血統じゃなかった。

 

 

そうだ……駄馬として売られた“ぼく”にはそんな『特別』なんて存在しなかった。

 

それでもッ!それでも“ぼく”は……鈍間な踊り手(スローダンサー)はあの一級品(サラブレッド)たちを相手に競り合えたじゃないかッ!

 

──思い出せ本質を。思い出せ……()()()()をッ!

 

 

 

『その馬の選択は…正しい』

 

 

1890年の夏───そのビーチには『美しいもの』が確かに存在した。

暗闇の中に見える『美しいもの』……。

 

“ジョニィ”がその『美しいもの』に惹かれて、『希望という光が存在する』のかを確かめる道程で──“ぼく”も彼に出会った。

 

 

『老いた馬には『経験』があり困難を乗り切る『賢さ』がある。

 後先考えず突っ走る無謀な若い馬よりもよっぽどな……』

 

 

始まりの地(サンディエゴ)で出会った、先祖から『回転』を受け継いだ男……ジョニィと“ぼく”にとっての『希望』──“ジャイロ・ツェペリ”の言葉が脳裏に蘇る。

 

『経験』を糧に今を走れ、『知恵』を武器に天性の肉体を凌駕しろ。

『あの走り』を思い出せ……『黄金の回転』に導かれた最高の(フォーム)を…不完全でもいい、ぼく自身が『良い』と思うように走れ…ッ!

 

 

 

『観察』とは──『見る』んじゃあなく『観る』んだ…『聞く』んじゃあなく『聴く』んだ。

 

三バ身先を走る競争相手のフォーム…手の動き、脚の踏み出し方に上げ方に動かし方──網膜の視細胞に酸素を回し、その一挙手一投足を余さず『視ろ』。

王道を疾駆する目の前のライバルの走り…芝生を踏みしめる蹄鉄の音に空気を震わす呼吸音……限界まで聴力を引き出し全てを『聴け』。

 

 

───『観察』しろ“奴”の『クセ』を、想起しろ逆転への『道』を。

 

 

轟く実況だけでなく先輩方の歓声、極限まで“彼女”以外の情報。その全てを『削ぎ落とし』…その果てに───ぼくは、気づいた。

 

 

 

彼女の身体が一瞬、()()()()()()()に。

 

 

 

「──────まさか」

 

 

その『クセ』が及ぼす影響はほんの些細なもの。少しばかり…本当にほんの少しばかり“彼女”の速度が落ちるだけのもの。

だけどぼくは、スローダンサー(ぼく)はその『クセ』に()()()を覚えた。

 

 

「──────」

 

 

────3呼吸、4呼吸、5呼吸……。

 

 

ぼくは限界まで耳を酷使し“彼女”の『呼吸音』を聴きながら、『数える』。

 

 

────6呼吸、7呼吸……。

 

 

8呼吸目……()()()()()()()()

 

 

───嗚呼、そっか……。

 

 

ぼくだけじゃなかった…『君』も此処にたどり着いていたんだね……。

 

 

なら、余計に負けられない。

 

 

この世界にぼくたちの手綱を握る騎手(ジョッキー)はいない、全てが自分の実力次第……だからぼくは、だからこそ…『ぼくだけの力』で君に勝ってみせるッ!

 

 

『トップの“5番”と次点の“スローダンサー(3番)”の差は三バ身ほど!これは“5番”の逃げ切り…ッ!?』

 

 

────5呼吸、6呼吸、7呼吸……。

 

 

『い、いえ待ってくださいッ!差が……()()()()()()()()()ッ!』

 

 

8呼吸目、ぼくは加速する。

 

 

───『クセは直らない…宿命のようにな』

 

 

脳裏にいけ好かない“Dio”の言葉が過ぎるけど、本当にその通りだと思う……『クセ』は直らない…例えそれが()()()()()()()()()()()()

 

 

──6呼吸、7呼吸、8呼吸……加速する。

 

 

『一体どんな魔法を使ったのでしょうかッ!?

 あれほどあった“5番”のリードは“3番”に縮められその差一バ身ほどに──』

 

 

魔法なんて大袈裟なものじゃない。ぼくはただ、()()()()()()()()()()()()()()()だけだ。

“彼女”の『クセ』は8呼吸目で身体が左にぶれるということ、そうなれば当然『重心』もズレ、速度も僅かながら落ちる。

 

 

───5呼吸、6呼吸、7呼吸……。

 

 

その一瞬とも思える刹那のみぼくが加速すれば、無駄な労力(アシ)を使わずに“彼女”の速度(スピード)に追いつくことができる。子供でも分かる簡単なことだ。

 

 

───8呼吸目、ぼくは再び加速する

 

 

『な、並びましたーーーッ!! 圧勝と思われた“5番”に、終盤の直線で“3番”が並んだーーッ!! 何というバクシン!!』

 

 

………問題は此処からだ。

 

最後の…それも半分走り切った直線。距離は200メートルあるかないか…この速度なら間違いなく、今から8呼吸目を終えるまでにレースは終わってしまう。

 

だから、此処からは地力の勝負だ。

 

横目でチラリと並走する“彼女”の姿を窺う。

 

腰元まで伸びた栗毛を靡かせ、端麗な顔に『獰猛』な笑みを浮かばせていた。

まるで『楽しんでいる』かのようだ──ああ、本当に君らしい。

 

絶対に負けない、負けられない、負けるもんかッ!

 

ぼくの全てを…ウマ娘としての全身全霊を君にぶつけるッ!

 

 

残り100メートル。

 

 

『“5番”と“3番”ッ! 並んでいます、差なく並んでいます! この直線で両者追い抜けるでしょうかッ!』

 

 

残り50メートル。

 

 

『“5番”が抜いた!正真正銘の全霊を懸け、“5番”が再びトップに──いや、“3番”も負けじと差し返す!まさに五分五分の勝負…学級委員長であるこの私の目をもってしても結果は分かりませんッ!』

 

 

残り30メートル。

 

 

『“5番”か! “3番”か! 差し差されの激戦を制するのは一体どちらに───』

 

 

熱気を帯びた実況が、歓声が耳に届き終わるよりも先に……“ぼく達”はゴールラインを踏み越えた。

 

 

『決着ーーーーーッ! 『トゥインクル・シリーズ』を想起させる激戦を制した一着の勝者は───』

 

 

呼吸が苦しい。動悸も激しい。身体中が酸素を求め肺が痛み、視界はチカチカと点滅し、今にも倒れてしまいそうなほどの正真正銘の全身全霊。

“今の”ぼくの全てを振り絞った『勝負』の『結果』は───

 

 

 

『ゼッケン番号5番──“ヴァルキリー”さんです!」

 

 

 

ぼくの、敗北だった。

 

 

 

『ハナ差で二着は“3番”のスローダンサーさん!

まさかの新入生2人が後続に大差をつけてワンツーフィニッシュです!何というバクシンっぷりでしょうか!』

 

 

でも、不思議と後ろ髪を引かれるような感覚はない。

勿論悔しかった…あと少しの僅差だったのになって。でもそれ以上にぼくは──この全霊を出して競り合った結果に『納得』していた。

 

『納得』は全てに優先する。結果に納得することが出来るからこそ『前』へ進むことができる。『どこか』への、未来への『道』も探すことができるんだ。

 

 

あぁ、でもやっぱり───くやしい、なぁ……っ。

 

 

無念のうちで『敗北』を噛み締めるその時──

 

 

 

「───Lesson5

 

 

声が、聞こえた。

息が切れて絶え絶えななかで疲労の蓄積した体を無理矢理起こし前を向くと、栗毛の長髪を靡かせた勝者───ヴァルキリーが、ぼくを見ている。

 

 

「この言葉の意味が分かるか?」

 

 

まるで試すようにヴァルキリーがぼくに問いを投げる。

ぼくは、思考するまでもなく即答しようともはや反射の勢いで口を開いた。

 

 

「『一番の近道は遠回りだった』……『遠廻りこそが最短の道だった』…」

 

「─────」

 

 

驚いたように目を見開く彼女に、少し笑みが溢れてしまう。

ははっ、なんて簡単な問題(クイズ)だよ……何度もジョニィを救ってきた(ジャイロ)の言葉を、ぼくが忘れるわけないだろう。

 

 

「この言葉があったからジョニィは自分の原点(オリジン)である『Lesson1』を思い出すことができた。

 この言葉があったからこそ、“ジョニィ”は“ジャイロ”に『ありがとう』と『さようなら』を告げることが出来た。

そうだろう───戦友(ヴァルキリー)

 

「……まさか、“オレ”以外にもお仲間がいたとは驚きだ」

 

「そう思うなら手を貸してくれ、年寄りにあの走りはキツすぎた」

 

「ハッ! バ鹿言えよ、そんな可愛らしい姿(ナリ)で言われても説得力がねぇぜ」

 

 

揶揄うように笑いながらも、ヴァルキリーはぼくに手をよこす。

 

 

「久しぶりだな、爺さん(スローダンサー)

 

「久しぶりだね──若いの(ヴァルキリー)

 

 

前世から数えれば数十年振りに──ぼくは戦友との『再会』と『初めて』の握手を交わした。

 

 

 




ちなみにヴァルキリーは化け物スタミナに平均ステータスが高い優秀ウマ娘。
スローダンサーちゃんは根性&賢さ特化の初期から直線&コーナー回復加速系スキルを持った有能ウマ娘です。

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