TSチート異世界転生者の責任   作:真っ黒オルゴール

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第一話

異世界転生チートしたい。

 

 男子たるもの誰もが思い描く夢である。億万長者になるより難易度が高いあたりが夢が夢たる理由である。

 ついでに絶世の美女にTS出来たりすると素晴らしい。何が悲しくて醜き男子に再び生まれなければならないのか、隣の芝生は青いのだ。

 生まれ変わる場所は当然のごとくファンタジーだ。中世ヨーロッパと言うのがどの程度の文明レベルかわからないが、利便性を損ねるところは魔法という言葉でうまく補っておいてもらいたい。地位はそれなりに高く、苦労の少なそうな低すぎず高すぎない、男爵か子爵ぐらいにしてもらいたい。そういう感じでよろしく頼む。

 

「(夢を見るぐらいは自由じゃないか、突拍子がないぐらいがちょうどいい)」

 

 そのまま飛べそうな浮遊感を感じながら、山田何某はそう思った。

 なんということはない、駅の一番上の階段で足を滑らせただけのことだった。別に誰かをかばって刺されたとか、悪意を持たれて突き飛ばされたとかそういうわけではない。あえていうなら残業が憎いと言ったところ。死は劇的だが、その訪れにドラマ性は必ずしも存在しないのである。

 

「(必ず死ぬというわけではないかもしれないけど)」

 

 ただ今まで感じたことのない速度で動く世界を感じながら、益体もない期待を持ち、惜しくも捨てる。直感的にこれは死ぬと理解した。

 ゆっくりと流れていく中見えるのは、駅の階段、疲れた同類の顔、自分のカバン。微かに残された時間の中で、考えたのはくだらなすぎる妄想だった。もっと家族のこととか考えれば良かったのに。

 だが全部無意味だ。どうせ消える。ろくに動けず頭を地面にたたき割られるまであと、3メートル、2メートル、50センチ、10セン―――

 

 

 

 異世界転生した。それもTS転生した。

 金糸のように美しい髪、星を閉じ込めたような瞳、年を重ねようとも伸びない背丈に不満はあるが、学生ほどの年になるころには出るどころがドカンと出ているある種の理想の美少女である。問題は惚れられた相手をすべてロリコンにしてしまうところか。

 

「可哀想にウィリアム王子。私が可愛いばかりにろりこんになってしまうなんて…」

「ろりこん、と言うものが何かは存じ上げませんが、酷い偏見をもたらす言葉と言うことはわかります」

 

 専属騎士のカナバルが極力感情を殺したであろう声色で言った。

 背の高い男である。着込んだ甲冑は分厚く重い。声はバケツのような兜ごしに聞こえてくることを考慮に入れても少々低い。年は自分より五つ程度上だったと思うが、些か老けているとかつて山田何某と呼ばれた女は思った。

 

「でも実際ウィリアム王子、絶対私に惚れてるし。前の懇親会の間はずっと話しかけてくるんだもん。ちょっと他の人とも話さないといけないなと思うと肩をつかんで離さないんだ。大丈夫かな、あれ。ウィリアム王子の許嫁、割と背が高かったけど、ちゃんと子供作れるかな」

「言葉の意味が解りましたけど絶対によそで言わないでくださいね。戦争になりますから」

 

 カナバルの言葉は言いようのない真剣味に満ちていた。そりゃそうである。

 第三の注文である貴族の家にちゃっかり生まれ、現在はエリナード子爵令嬢である。アメリア=ロア=エリナードという前世の山田何某と言う名前とは打って変わった華やかな名を与えられている。

 話題に出てきたウィリアム王子は継承権第二位のお偉いさんではあるものの、この世界は武勇に秀でれば多少の地位の低さはカバーできてしまうので、子爵令嬢に過ぎないアメリアだが、異世界転生者特有のハイスペックでお近づきになれたのだ。許嫁の公爵令嬢のどんよりとした目が恐ろしい限りだが、総合的に見てプラスである。

 ちなみに第二の注文も叶っており、世界はファンタジーだ。中世ってのがどの程度なのかは知らないが、石造りの城壁と街並み。騎士は剣を佩き、魔法使いは節くれねじれた木の杖を握っていた。およそ理想の舞台にたどり着いたと言える。問題があるとすれば。

 

「戦争になりますもなにもなっておるやないか」

 

 見下ろす町並みは火に焼かれている。城壁外はもちろんのこと、内側の街並みも、消火がすでに終わっているとはいえ焦げ痕が目立つ。

 幸いなことに住民の大半はすでに避難が済んでおり、この街、テオ砦都市にいるのはほとんどが兵卒だ。非戦闘員を養わなくてすんでいるというのは兵站的な意味でも助かった。

 こんな無理が効いたのも相手が人間じゃないからだ。ファンタジー特有のお約束、いわゆるゴブリンやオークと言った化け物、蛮族と呼ばれる者たちの軍勢が相手であり、普通の軍隊ならば絶対に引っかからないような挑発に乗ってくれるため、鬱陶しいぐらいに挑発行動を繰り返したところ避難民を逃がすことに成功したのである。

 問題なのはその挑発行動のために兵の損耗が著しいという点。アメリアが率いた軍勢は直轄領から連れてきた兵隊三十に父親であるエリナード子爵から与えられた五十。あとは一緒に行けと言っているのに残った…本当のところありがたいが、義勇軍が五十ちょい。連れてきた兵隊たちは四分の一が死亡し、さらに半分が戦闘続行が難しい怪我を負っている。実際に動けるのは三十人程度。かなりのズタボロである。現代の軍隊なら全滅判定だ。

 敵はゴブリンやオークと言った知性や力に欠陥のある戦士たちがほとんどを占める種族とはいえ、その数は優に千を超えている。城壁から見下ろした下で騒ぐ緑色の小鬼や知性の低い鬼たちは、すでに戦に勝った気でいるように見受けられる。小娘が纏う物とは思えないような分厚い甲冑越しからでも色気をごまかせないのか、石を投げてくることもなく下卑た視線でアメリアを見上げていた。

 

「敵を増やすなと言っております。もうすぐ、援軍も来るでしょう」

「希望的観測だなぁカナバル。ないでしょ、エリナード子爵軍の四分の一だぜ? 勝つには少ないが、逃げるにしては多すぎる。自分たちが逃げるのに最低限それぐらいの捨て石がいるってことだぜ。多分逃げてるよ」

「領主が土地を捨てると言いますか」

 

 カナバルの声は硬い。一般的に領主は領地を守るのに一所懸命、死力を尽くして守るものである。血と共に受け継ぐ財産を容易く捨てるというのは、仮にも子爵令嬢に軽口利いてくる程度に無礼だが真面目なカナバルには想像しにくいかもしれない。

 

「まぁ親父殿だしなぁ。時勢を誤ったりしないし、民衆にらぶらぶする人じゃないよ」

 

 アメリアは何でもないことのように軽い口調で言う。

 そんな時だ、ふと五感とは別個の感覚…いわゆる魔力を感じた。耳のあたりに刻んだ不可視の刻印を励起させ、アメリアは手で電話のポーズを取った。この世界の不便を埋める、身に刻んだ術式を繰る魔術、刻印魔術が一つ『トナルの言霊』である。

 

「もしもし?」

『お嬢様、じいにございます』

 

 電話の声は、魔力ごしにも嗄れている。こちらはカナバルとは違い本当に老けている。自分の教育係だった男なのだから当然である。

 

「おぉ、じい。どう?逃げ切れた?」

『…すでに解っておいでなのですな』

 

 じいの声は酷く沈んでいる。じいはアメリアと共に従軍することを望んでいたが、優れた魔術師であるからこそ父はそれを許さなかった。

 

『ご当主様は全軍と財産を持って寄り親のカッシーモ伯爵を頼り動き始めました。お嬢様への援軍は、カッシーモ伯爵に頼み寄越すと仰せです』

「ほぉほぉ。来るのは来年かな?」

『…絶望なさいますな。今、じいの伝手で学院より援軍を頼んでおりますゆえ。決してやけを起こしなさるな』

「あそこ中立を謳ってたと思うんだけどなぁ…でも気持ちはうれしいよ。じい大好き」

『やめてくだされ、そのような…』

 

 じいの声は昏い。今にも死にそうな声だったから励ますつもりでそんなことを言ったが、寧ろ気分を沈めてしまったようだ、末期の言葉に思われたらしい。アメリアは困ったように言う。

 

「別に大丈夫だよじい。私が心配しているのは私について来た兵隊たちのほうだよ。私はさぁ、TS異世界転生決めてるから大丈夫だけど、こいつらは普通の人間だし」

『毎度わけのわからぬことを…しかし、そうですな。最悪の場合は、お見捨てください。御身は只人達の至宝。命には価値の差があるのですぞ…なんにせよ、しばしお待ちください。まだじいの伝手がダメとは限らないのですからな』

 

 ろくでもないことを言い残し、魔法は切れた。アメリアはあきれたような、喜ぶような笑みを漏らした。

 

「(ワンチャン私が助かると思ったとたん元気になったなぁ…うれしいけど)」

 

 人に思われるというのはどういう形であれうれしい。それが最後のものとなればこそ。

 

「ログナ老師ですか?」

「うん、案の定だってさ」

 

 カナバルの表情は兜越しにでもわかるほどわかりやすくこわばった。

 

「では…本当に…」

「うんまぁ予想の範囲だよ。大丈夫大丈夫、異世界転生チートかましている私がですね、ちょちょいとなんとかして上げるからね」

 そんなことをのたまいながら、戦闘の準備をするようにアメリアは言った。

「…最後の突撃ですか」

「そんなところかなぁ。まぁ正確にはぶち抜いて逃げる。敵の後ろに向かって撤退」

「出来ますか?」

「出来るよ、兵隊たちにさんざん負担をかけたから十分な魔力が残ってる」

 

 城壁に背を向け歩き出す。手の中で魔力を弄び、生まれる白い光を握りつぶした。

 この世界の、只人が持ちうる魔力は一部を除いてそれほど大きくない。戦術的な効果をもたらす魔術は術式の複雑さ以上に魔力量の問題で部隊で運用することがほぼ必須となる。

 ただ、異世界転生をしたときのチートでアメリア個人が有している魔力量は膨大だ。一人で戦況を左右するようなものが扱える。

 問題点は魔力は一日二日で戻るものではなく、普通の魔術師でも限界まで使えば一週間は魔力が戻りきらない。最大量の多いアメリアに至っては限界まで使えば半年は戻りきらないのである。今回の戦争は援軍の望みが薄かったため、最後の望みを託せる力を温存しておく必要があった。

 

「でもさすがにこうも大きい魔術を使うとなると、指揮まではとってられないからさ。カナバル、頼むよ」

「了解いたしました。身命をかけてお努め致します」

 

 カナバルはアメリアに続き、信念を帯びた声で応じた。

 本当にありがたい、とアメリアは思った。カナバルは真面目なので、ここまで言ったからには絶対に言葉を翻すことはない。

 

「マジで頼むよ、本当にな」

 

 残った兵隊たちが、残った死力を振り絞る。このままでは本当に絞りつくすことになってしまうだろう。アメリアが、異世界転生者が何とかしない限り。

 異世界転生者はチートである。生まれながらに持つ才能で、他者の努力を踏みにじりながら生きていく。

 だからこそ、天才は天災であってはならない。自分で望んだ注文だ、こういう時に、動かなければ道理が通らないだろう?

 

 

 

 


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