TSチート異世界転生者の責任   作:真っ黒オルゴール

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第三話

 しんがりというのは名誉ある仕事である。なんてったって死ぬ、名誉ぐらいなければやってられない。

 

「私はチートだから死なんがな!」

 

 振るったハルバートが蛮族たちをまとめて斬り潰す。

 一匹は両手をひしゃげさせ、もう一匹は胴を半ば抉られ、最後の一匹は首から上を無くしていた。

 同胞の死体を乗り越えて迫ってくるゴブリンの頭をカイトシールドで殴り砕く。花瓶でも割れるような音で頭蓋は砕け、それは盾の汚れとなった。

 濁流のように押し寄せてくる蛮族を丹念に潰す。自然に人が立ち向かえないよう、常人ならば飲み込まれるかもしれないが、伊達に異世界転生していない。余裕のよっちゃんである。

 

「ほぉら異世界転生美少女だよぉ――お前も今日からロリコンだ死ねぇ!」

 

 負傷兵を背負って逃げるカナバルたちの背を眺めながら迫りくる蛮族を薙ぎ払うこと三十分。森に入ったのを確認してからさらに三十分。日が半ば暮れだしていたが、アメリアは何ら問題なくわははと笑いながら一方的な殺戮を続けている。

 門であった場所の前には山のような死体が散乱し、ついには魅力的な美少女が恐るべき化け物であると理解したのか、周囲を囲むようにして近寄ってこなくなっていた。

 

「つまんないやつらだなぁ!」

 

 ただ、さすがに少々疲れた。アメリアはハルバートに体重を預けながら荒い息をつく。

 体力以上に魔力の消耗が著しかった。先ほど門ごと吹き飛ばした『白槍』という熱衝撃波は、膨大な魔力を消耗した。そのおかげか、残っていた魔力は全快時の十分の一程度しかなかった。あそこまで大規模な破壊を行ったことは実は今回が初めてであり、必要以上に消費してしまったのだ。

 生きているうちにそこまで魔術を撃つ経験などそうないのだ。曲りなりとも子爵令嬢、常日頃から殺し合いの練習をしているわけではない。お嬢様らしくオホホと振舞う時間のほうが長い。多少のブレは仕方がないと割り切らねばならなかった。

 

「(なんにせよそろそろ逃げ時だな、暗くなってきたし)」

 

 夜になると戦いは不利になる。なぜならばゴブリンたちは夜目が効くからだ。

 オークは只人のそれと大して変わらないが、ゴブリンは火がなくともうっすらと人影を捕らえることができるらしい。暗視の魔術は存在するが、それを行うとさらに魔力の消費が激しくなる。そうなる前に撤退すべきであった。

 包囲はなされているが、決して逃げられないわけではない。囲いの薄いところに遮二無二突っ込めば、そう悪くない確率で突破できる。オークにさえ止められなければ抜けられる。あとは重たい武器を捨てて走り去ればよいだけだ。

 

「じぃとカナバルは心配しすぎなんだよ」

 

 ふと思い呟く。

 実際、そんなにシリアスな話じゃないのだ。

 しんがりを引き受けたって死にはしない。ただいつもより疲れるというだけで、無理をすればなんとでもなる範囲だった。少なくともアメリアはそう信じていた。

 より深刻なのは兵隊たちのほうだ。

 なんといっても普通。ごくありふれた男たちだ。とてもよく戦った。頑張りすぎて四分の一も死なせてしまった。生涯の不覚だ。

 絶大なタレントに守られたアメリアとは違い、身命を賭して勇猛に戦ってくれた男たちは必ず逃がしてやらねばらなかった。彼らの献身と犠牲によって数千の民の命が守られた。命の価値を理由に犠牲にするなどあってはならなかった。

 

「(ちょいと私が無理すれば何とでもなるんだよこんなもん)」

 

 ただの効率の問題なのだとアメリアは思う。

 それにこの後だってきっと戦いは続くのだ、地獄のような戦いが。

 兵力は温存せねばならない、勇敢な者ならばなおさら。

 

「(問題はこの次だ、次。シャレにならん戦になる)」

 

 最初から考えていたことだが、蛮族たちの襲撃はこの場所だけで発生したものではないだろう。偶然と言うには規模があまりにも大きすぎる。

 これほどの規模の軍勢が自然発生し、一丸となって攻めてくるというのは考えにくいのだ。普通はゴブリンは集団の長になりたいから適当な数で分かれていくし、オークは戦果を欲して大軍勢に身を置きたがらない。大規模な部隊は末端の個人には旨みが少ないのだ。

 

「(蛮族の王が生まれたんだな、たぶん)」

 

 だから力づくでもそれらを束ねてしまえるような、強力な蛮族の王が生まれたのだ。

 蛮族の王は極まれに種族問わず生まれる変異種で、絶大な力とカリスマを持つ化け物だ。

 これが発生するたびに只人は、その文明を破壊されてきた。冗談抜きで蛮族の王が生まれるたびに只人の国は滅ぼされてきたのである。

 アメリアの住む王国もその歴史は浅く五百年程度しかない。その前の国は滅ぼされ、蛮族の王が寿命でくたばり蛮族たちが散って集団としての体裁を保てなくなった時に再び細々と只人は集まり国を再興するというのが歴史だ。

 アメリアの父であるエリナード子爵もそのように考えたのだろう。だから領地を捨てるなどと言うとんでもない行動に移ったのだ。カッシーモ伯爵領に寄ったのも一時的なものだろう。親父殿は被害の少ない土地まで兵と財産を連れて逃げ出し、国から離脱するつもりなのだ。

 まだまだ根拠は薄いが確証を得てから行動すると手遅れになる。さすがだなぁと思うと同時に甘いとも思う。

 

「なんてったってアメリアちゃんが蛮族の王もぶっ殺しちゃうからなぁ! 逃げ損だぜ!」

 

 わははと笑う。

 やるべきことはいっぱいだ。ちやほやしてくれる舞台を守らねば、バラ色の未来は訪れまい。異世界転生者はやることが多いのだ。

 そんな時だった。頭が遠い未来の責任でいっぱいになっていた時、視界が揺れた。

 

「ははっ――てぇなオイ!」

 

 頭部に凄まじい鈍痛が走った。

 ごろりと転がったのは握りこぶし台の石だった。

 一時的にアメリアの耳はきーんという高音しか聞こえなくなり、ジワリと視界に赤が滲んだ。

 

「ギャギャッ!」

 

 初めて攻撃が入ったのを見て蛮族たちは活気づき、わっと襲い掛かってきた。

 アメリアはすぐさまハルバートを構え直し薙ぎ払う。血しぶきが舞う。手足が飛ぶ、首が飛ぶ。

 これなら当たるんだろうと雑に投げつけられた投石を盾で弾く。だが、微かな視界の揺らぎが足をほんのわずかにもつれさせた。

 

「やめろやこら!殺すぞ! あ、おいこら返せ、返せっつってんだろ殺すぞ!」

 

 わずかな隙をついて飛びついて来たゴブリンを腕力で引きはがすが、そのすきにハルバートをもぎ取られた。奪ったオークの喉元に手刀を叩き込んで悶絶させるが、取り落としたハルバートは引きずるようにしてゴブリンが持ち去った。

 

「(あ、これまずいかもしれん)」

 

 一切の遠慮も躊躇もなく掴みかかってる様にわずかに恐れがよぎった。

 一時間前まで無敵のように思えた女が、何とかなるのではないかと思われてしまったのだ。

 適当に寄ってくる相手を薙ぎ払うならなんとかなる。だが完全な死兵千人はさすがに無理だ。

 ゴブリンやオークは女をどう扱う。見たこともないような美少女だ、きっと殺されはしまい。死なせはしまい、否、死なせてはくれまい、絶対に――

 

「――レーティングがあがるじゃねぇかよ!!」

 

 左手を噛み、叫んだ。

 刹那に白い光が、『白槍』が爆散し、掴みかかっていた蛮族たちをことごとく吹き飛ばした。

 ぼたぼたと焦がされた死体が降り注ぎ、畏れによる静寂が戻った。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ…」

 

 どっと疲れが吹き出し身を重くした。

 もはや強力な魔術は一つとして使えまい。気が付けば盾も奪われている。残った武装は腰のブロードソードと、隠し短剣のみ。

 一瞬の気のゆるみが状況を悪くした。もはやカナバルやログナを笑えない。鎧を着ていれば避けれた事態でもあった。

 

 そして訪れた静寂も長く続かなかった。

 ガァン、ガァンという鉄の音が響き、包囲の一部がさっと拓けたからだ。

 拓けたその先から出てきたのは大小の人影だった。

 

「(戦士階級のオーク…)」

 

 一際大きなオークだった。

 だがそれ以上に肉体が引き締まっている。通常のオークはたるんだ脂肪が目立つ無様な生き物だ。だが、それはオークの巨体そのままに筋骨隆々とした鋼の如き肉体を晒していた。

 オークは妻と呼ぶ個人所有の女以外から生まれた子供を息子とは認識せず、仲間とも見なさない。

 他種族の腹でしか子を作れないこの蛮族たちは種族繁栄のため攫ってきた他の女を共有資産として扱い、それらから生まれたオークを雑に食わせ、一定の年齢になると雑兵として戦地に放り込む。

 そして戦果と女を持ち帰ったものだけを仲間として迎え、戦士としての教育を施すのだ。

 雑兵ですら、只人の兵士より強い。

 精鋭たるオークの戦士が他のオークたちが持つような粗末な作りとは程遠い、分厚くも造りの良いグレートソードと円盾を、まるで片手武器のように携えアメリアを睥睨していた。

 

「(んでゴブリンシャーマンかよ、しんど)」

 

 ゴブリンは悪賢く、時として魔力を扱うすべを身に着ける。

 原始的な術しか扱えず、今の只人の刻印魔術やエルフの術には遠く及ばないが、厄介だ。

 二つの人影は、死神の影のように思えた。

 一瞬の気のゆるみからすべてが崩れ、不幸は重なるようにしてやってくる。

 ガァン、ガァンと戦士階級のオークが剣と盾を打ち鳴らしている。一騎打ちの誘いだった。

 

「(マジかよ)」

 

 弱り目に祟り目。前世と同じ、自分のせいでしかない、つまらない死が目の前に迫っていた…。


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