TSチート異世界転生者の責任   作:真っ黒オルゴール

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第五話

「武器返してもらっていいか?」

「―――」

「ダメ? 正々堂々とか誇り高いオーク戦士にはないのか?」

「―――」

「戦場で戦闘力を維持するのも戦士の技量的な? ああ、そうか。納得はしないが理解はした、…ッペ!」

 

 鉄の刃が嵐を生む。

 刹那のうちに鉄は弾け、幾度となく光が散った。

 鮮血が舞い、ブロードソードは刃先は幾度となくオーク戦士の肉体を捉えた。だが致命傷にはほど遠く、それどころか傷口が塞がるほうが早い。

 

「(あかんマジで強いわこいつ)」

 

 暴風の如き剣の応酬の中、アメリアは理解した。

 戦士階級のオーク、オーク戦士の振るうグレートソードは二メートルを超えながら極めて重厚な刃を持つ特大剣だ。地球の史実では扱われたことはないであろう空想の凶器は軽々と振るわれ、掠る地面を砕き抉る。さながら天災の如き有様だった。

 只人では成しえない、常軌を逸した筋肉。魔術の如き回復力。並べるべき要素はいくらでもある。加えて言うならアメリアの状態は万全からは程遠かった。

 魔力は切れかけ綻びた身体強化を維持するだけで手いっぱいだった。武装も最低限しかなかった。頭に受けた投石が原因だろう、時折焦点がずれて意識が途切れかけていた。いや、そもそも万全なら魔術で一撃だったかもしれない。

 山のような言い訳が脳裏をよぎる。勝てない言い訳が。

 だが、弱音を胸の奥にしまい込んだ。

 

「――だからどうしたッ」

 

 揺れる視界の中、敵を全力でにらみつける。

 コンマの世界で訪れる隙を、特大剣という武器ゆえの逃れられない隙を見定め、水平に構えた剣を放つ。

 渾身の水平突き。いかに強靭な回復力を持つオークであろうとも喉元を貫かれれば脳に酸素が届かなくなる。並みの鎧より堅牢な筋肉の鎧も喉にはない。厚い装甲に守られた甲冑騎士を屠る、絶死の一刀である。

 これで仕留めなければ後がない。この後、背後に控えるゴブリンシャーマンを一刀の元切り伏せ、満身創痍の肉体を引きずって包囲を突破。カナバルたちと合流しなければならない。

 常人ならば不可能だ。だが…あらゆる注文を空手形で叶えられた異世界チート転生者には、出来なければならないのだ。

 

「言い訳なんかっ、出来ねぇんだよ!」

 

 臓腑から滲み出た絶叫が、小さく吐き出された。

 稲光のような一突きだった。万全の状態でもここまで研ぎ澄まされた一撃を放てたかはわからない。

 だが、訪れたのは脳がひっくり返るような衝撃だった。

 

「っ――こほっ」

 

 ぐるりと視界が回る。回る回る。

 アメリアが認識できたのは自分の一突きが外れ、何らかの反撃を受けたと言う事実だけだった。平衡感覚や、そのほか何か大事な要素が機能不全を起こした肉体では、自身の損傷個所さえわからない。

 

「(た、立たないと…)」

 

 自分が倒れているのか立っているのかも定かではないが、アメリアはなんとか戦える状態に自身を戻そうとした。だが、何も認識できない。ねじれて赤黒く染まる視界では、何もわからなかった。

 

「(立た、ないと…)」

 

 最後まで動いていたのは聴覚だった。

 聞こえるのは勝ち鬨だろう咆哮と、下卑た蛮族たちの鳴き声。そしてぶつんっという電源が落ちるような、自身の内側からの音だけだった。

 

                  〇

 

 蛮族に捕まった女について多くを語ることはない。

 ただまれにそうした境遇から帰還するものがいる。ゴブリンの巣が殲滅されれば、一人や二人はそうした生還者が現れるのだ。

 ただ運がいいと言っていいのかわからない。そのほとんどが尋常ならざる精神状態であったり、五体満足であることは稀である。子を作るのに手足は必須ではないからだ。

 女が蛮族に捕まるというのは、死でこそないが、終わりを意味していた。

 

「……」

 

 アメリアは意識が戻った時、はじめ目を開けるのを拒絶した。

 目を開ければきっと光も届かない不衛生な地下牢で、下卑たゴブリンやオーク共がその醜悪な面構えで以って自分を弄んでいるだろうと思ったからだ。

 異世界チート転生者だって受け入れがたい現実は存在する。肉体に刻み付けて扱う刻印魔術は手足を失えば当然その個所の刻印を損失する。その状態でゴブリンやオークを薙ぎ払って脱出するのは至難であったし、さすがに足なしで走る方法は覚えていない。

 何よりも曲りなりともアメリアは女であった。相手が男か女かはわからないが、きっと結婚するだろうと思っていた。バラ色の未来が薄汚れ、萎れるようにして消えていくのは受け入れたくなかった。

 

「……んあぁ?」

 

 間の抜けた声を漏らす。

 ただシリアスな悩みを持っていたが、違和感を持つ。

 むせ返るような悪臭は感じられないし、冷たい石床の気配もない。なんだったら妙に柔らかいまである。そう、これは布団のそれだ。

 

「…ん?」

 

 恐る恐る手足の感覚を走らせるとちゃんと両腕両足が存在する。違和感はあったが、それだけだ。ここにきてアメリアはようやく目を開ける決意を決めた。

 最初に目に入ったのは天蓋だった。高級なベッドについている屋根である。

 

「……っかしいな?」

 

 思わず首をかしげる。

 その場はどこかの貴族の寝室のような作りだった。

 実際そうなのだろう。アメリアの無暗に優秀な記憶力はそこが砦都市テオの代官屋敷の一室であったことを思い出す。代官は一応貴族で戦える人間であったが、避難民の誘導を買って出た。その際の駄賃とばかりにこの屋敷をアメリアたちに任せたのである。

 籠城戦のために結局一度として使わなかったが、アメリアはこの部屋を使う予定だった。記憶が正しければ代官の娘の部屋だ。

 

「(でもワンちゃん援軍が来て助かりましたってオチじゃねぇのは確かなんだよなぁ)」

 

 じゃらりという音が手元から聞こえる。

 手足と首には分厚い枷が嵌められていた。枷の先には一抱えもあるような砲丸のような鉄丸が繋がっていた。

 下手くそとしか言いようはないが、手当もされている。ところどころ折れているのか鈍い痛みがあちこちで走るが、固定はなされているのかそこまで酷いことにはなっていなかった。致死に至らぬという意味でだが。

 ただ服装はいただけない。一応ドレスの様であったが、さながら娼婦のような露出の激しいものであった。一度は目を向けた高レーティングな結末が脳裏をちらついた。

 

「(魔力が戻ってるわけでもない、どの程度時間が経ってるかはわからないが、すぐに何をするってのは無理か)」

 

 ちらりと窓に目を向ける。

 鉄格子が嵌められているなどと言うことはない。鍵を閉めたまま金具は何らかの剛力で捻じ曲げられているようだが、外の景色は問題なく見えそうだった。

 

「よっこらせ」

 

 アメリアは重々しい鉄丸をよっこらせっと抱えるとえっちらおっちらと窓に近づいていく。異世界チート転生者であるからしてその肉体は天性のそれであったが、魔力なしには幼げ容姿の限界を超えるほどでもない。それなりの苦労を要した。

 

「(まぁ、そうだよな…)」

 

 忌々しくも窓の外は蛮族達が跋扈していた。

 砦都市テオの街並みは薄汚れたゴブリンとオークたちが満ちていた。

 ざっくり見た範囲だけでも数百のゴブリンとオークが見えた。ちらほらと怯え切った様子の只人も見える。鎖に繋がれ、さも家畜のように扱われる様は…それを認識した時点でアメリアは努めて外を見るのをやめた。文明が崩れる音を聞いたような気がした。

 その時だ、ある意味ではちょうどよかった。

 地響きのような気配が部屋に近寄ってきているのがわかった。

 音はさほどでもない。ただ高密度の何かが近寄ってくるというのは瞬時に分かった。

 ガチャリと一度鍵を開ける音が聞こえ、くぐるようにして部屋に入ってきたのは、自分と死闘を演じたオーク戦士だった。

 

「…よう」

 

 アメリアは努めて軽く声をかけた。内心を悟られないように。

 改めて見て、でかいと感じた。

 頭が天井に着きそうだった。鋼線を束ねたような体躯。油断の見られない眼差し。オークが備えるべき無駄な要素が一つもない。文献から戦士階級のオークは際立った精鋭であるということはわかっていたが、それと比較しても酷く立派だ。

 

「(本当に私は万全の時これに勝てたか?)」

 

 そんな検討するべきでもない疑念がよぎる。

 少なくとも今なんとか出来る相手だとは思わなかった。大人と子供ほどの力の差があるだろう。じゃらじゃらとなる鎖も明確に立場を示していた。

 ただ今はそんなことよりも考えなければならないことがあった。自分は、なぜ今のような扱いを受けているのかだ。

 

「おはようございますって言っておこうかな。こっちの言葉通じねぇだろうけど」

「―――」

「起きたばっかりでさ、どういう状況なのかよくわからないんだ。説明してもらえたりする?」

「―――」

 

 オーク戦士はアメリアを見下ろしながら、何かを言った。ただ、何を言っているのかは当然のごとくわからなかった。向こうもそうだろう。

 蛮族の言語は種族ごとの声帯の構造が原因で独特の文法・発音となっている。少なくとも只人の学院にはこれを学ぶすべはなかった。

 態度から多少の意思疎通は図れるが、少しでも複雑になれば言語に頼るほかない。

 

「―――、―――」 

「え? あー、うん? はい? それお前の名前? へぇ。それが部族名な。…結構しゃべるなお前」

 

 ただそこは異世界転生チートだった。アメリアのむやみやたらに優秀な頭脳は今まで聞いた蛮族の言葉をすべて記憶していた。パターンから文法を推測し、単語を可能な限り整理して蛮族の言葉を解読しようと試みた。

 少なくない根気を要することだが、オーク戦士は寡黙な割に何事かを伝えたいのか、よくしゃべった。ただその態度は捕虜に対するものとは思えず、よりアメリアを混乱させた。

 気が付くとアメリアとオーク戦士は座り込み、日が暮れるほどまで会話を続けていた。つい先日まで死闘を繰り広げていたとは思えない対応だった。

 恐らく自身の力量に不安を覚え、能力を発揮できる何かを欲していたからだろうと、のちのちのアメリアは推測した。

 そして夜遅くなるころにはアメリアはおよその蛮族語を理解するに至っていた。

 

「――よし、話はわかった」

「そうか」

 

 オーク戦士は、ヴ・ルドガ族の大族長が息子ヴルドは大きく頷いた。一仕事終えたような様子であった。

 実際ちょっとした大仕事だった。後に学院にもっていけばしばらくはちやほやしてもらえるかもしれない。戻れればだが。

 おおよそ働いたのは私なんだがと思いながら、汗をぬぐい、長い時をかけて割り出したヴルドの伝え事を口にした。

 

「お前ことヴ・ルドガ族の大族長、城門砕きのゴルノルヴァが嫡子、巡礼者ヴルドは私ことアメリア=ロア=エリナードの戦場での雄姿に惚れ込み妻としてもらい受けたいということだなうぉおおおおあああ!??!?」

 

 悲鳴じみた絶叫が戦に疲れた砦都市テオの夜に響き渡った。

 


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