連載休止 僕たちのカルデア アスクレピオスと女の病 作:里見レイ
昨日と違い、ステルスマントなしで日中のカルデアを歩くアスクレピオス。何名かスタッフや他のサーヴァントとすれ違ったが、何も反応がない。そういえば、彼は普段から任務関係以外で他の者と会話したことがほとんどなかった。よって、噂がさっさと沈めば二人との距離感が分からなくなった孤独な青年であった。
(僕って、こんなに寂しい男だったのかな?)
こんな思考をしてしまうのも無理はないのかもしれない。彼のカルデアでの特別な立ち位置が、まさかこんな形でしっぺ返し来るなんて予想できる人の方が少ないだろう。
(まあ、色々考えても意味がないからな)
こうして、彼は一日ぶり二度目の訪問となったブーティカの部屋である。
「もしもし、アスクレピオス......あれ?」
昨日と同じように部屋の前で声をかけるアスクレピオス。しかし、途中で彼は話すのをやめた。なぜなら、部屋の中から彼女以外の女性の声が聞こえてきたからだ。
「なあ、ブーディカ。貴様にとってあの医者は何者なんじゃ?」
アスクレピオスが聞き耳を立てるまでもなく聞こえている少女の声。茨木童子だ。
「うーん。大事な人、かな?」
そして、その勢いなままブーディカの声も聞こえてくる。まあ、扉越しでも会話できるのだから無理はない。
「第一、貴様が祝言を挙げてしまっては吾のおやつはどうなる? 貴様はあの医者にばかり構って吾を見捨てるのであろう? それに、こうして吾とゆったりとした時間も減ってしまうのであろう?」
泣きわめく茨木、まるでシングルマザーの再婚を嫌がる子供のようだ。
「大丈夫よ。普段は貴方との時間も今まで通りなわけだし。多分だけど、彼も貴方との時間を邪魔することはないと思うよ」
ブーディカは落ち着いた態度で茨木を宥める。実際、そのつもりなのだろう。
「彼が私との時間を多めにとってくれるとも考えにくいしさ。互いのプライベートにはあまり関わらない訳だろうし。第一、私じゃなくて景虎さんと結婚するかもだしさ」
「それは吾が許さんぞ! 貴様ほどの女を選ばぬなどイカレテおる! あと、祝言の際の祝辞は吾にやらせよ。誰もが涙する文を作ってやるぞ!」
結果、茨木童子はブーティカとアスクレピオスの結婚には全面的に賛成の様子。人間関係がかなり薄い景虎と比較するとかなりのアドバンテージとなる。
「では、吾はこの辺で失礼するぞ。旦那が来たようなのでな」
何故か直感には長けている茨木童子。アスクレピオスの存在に気が付きお菓子を鷲掴みして部屋を出ていった。
「......幸せにするのだぞ、医者」
そして、ドアが開いたと同時に横に控えたアスクレピオスに一言を添えた。横顔しか彼には見えなかったが茨木の眼はかなり殺気立っていた。そして、大きな願いが込められていた。
「さて、いつの間にか僕が来ていたことがバレていたみたいだけど......」
気まずそうにドアの前に現れるアスクレピオス。成り行きとはいえ立ち聞きしてしまった訳だ、無理もない。
「別にいいよ。私に会いに来てくれた訳だし。もう一度来ようッて考えもしなかった訳なんだから。それに、貴方にも知っておいて欲しかったからさ。彼女の考えは」
新しい紅茶を用意しながら彼を手招きするブーディカ。素直に従い部屋に入る医者。
「......今更かもしれないんだけどさ」
ドアが閉まり、この部屋は完全に二人きり。若干俯き気味でブーディカが話を切り出した。
「自覚はなかっただけで、私は貴方が好きだよ。ずっと前から」
そういえば、彼女の気持ちを彼が聞いたのは初めてだった。分かってはいたつもりだが、アスクレピオスは若干動揺してしまった。
「周りに流されて否定できずにいただけかと思った事もあったが、やはりそうか。事前に確認取れて安心した」
アスクレピオスは彼女と一切目を合わせようとしない。ある意味一種の照れ隠しだ。
「最終的は、誰と結婚するかは貴方次第よ。それに、食堂での仕事も今まで通りにする予定よ。例え、貴方が私を選ばなかったとしてもさ。だって、朝に貴方に朝食食べて貰うのが、楽し、くて、あれ?」
泣いていた。振られた訳でも、求婚された訳でもない。ブーディカは何故か涙が止まらなかった。
「お、おい。僕はまだ結婚云々を実感できてないんだ。だからこそ、こうしてお前に会って感じる物があると思ったんだ。別に、意味なくお前を泣かせる為じゃ......」
「分かってるよ。けど、女の涙は複雑で意味不明なんだよ。泣いている私自身も分からないくらいにね」
女の涙は策士の一手とアスクレピオスは聞いたことがある。しかし、カルデア入居当時からの付き合いだ。彼女がこんな時に悪いことをするはずがないと彼は確信していた。つまり、彼女を泣かせたのは自分。
「お、落ち着けよ。僕は、お前の涙なんて見たくない。不安があるのは分かるけど、それは僕も同じだぞ」
いつになく、アスクレピオスは動揺した。生前、女の涙を自分に向けられたことなどなかったからだ。そして、罪悪感以外にも彼の心は別の感情に支配されつつあった。
「ああ、もう! どうとでもなれ!」
次の瞬間、彼は動いていた。彼自身も認識するのが遅れるほどに。
「あ、アスクレピオス?」
「やっと名前を呼んでくれたな、ブーディカ。まあ、それは僕もだけどさ」
胸元で聞こえるブーディカの驚きの声。彼女に己の激しい鼓動を聞かれていると思うと、更に動悸が激しくなってしまう。
男が女を抱きしめる行為に、きっかも理由も、認識さえも要らなかった。
我ながら、とんでもない急展開な気がしてきました。ただ、これで終了と言う訳ではないので悪しからず。まだまだ話は続きます。
感想、お待ちしております。
里見レイ
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