連載休止 僕たちのカルデア アスクレピオスと女の病 作:里見レイ
気が付けば、アスクレピオスはネロに胸倉を捕まれていた。
ネロ・クラウディウス、ローマ帝国五代皇帝にしてブーディカの仇敵。今では彼女たちはある程度和解しているが、ブーディカ自身の心労を考えると今でも思う節がある事だろう。そして、カルデア創設時代からパーティーメンバーの殿を長いこと務めてきた重鎮だ。
現在こそ彼女がクエストに出ることはないが、オジマンディアスと共に「功労者」としてアスクレピオス達役職持ちのサーヴァントと同等かそれ以上の待遇を受けている。
「お前が口出ししてくるとはな。むしろ、昔の縁とかでブーディカとの結婚には賛成してくれると思ったのだがな」
「マスターから事情を色々聞いてな。納得いかない部分が多くあったのだ。だから直接言いに来た」
いつもは朗らかな笑顔を絶やさない彼女だが、今回ばかりは真顔だった。
「単刀直入に言うぞ。ブーディカと結婚すると、彼女の立場が悪くなるぞ」
「何故だ? 僕たちの結婚は他ならぬマスターの後ろ盾があるんだぞ? それに、茨木童子やマルタなどの賛同者もいる。一体誰が彼女に危害を加えるというのか?」
アスクレピオスの眼にだんだんと殺気が宿り始める。まあ、婚約者をここまでズタズタと言われては無理もない。
「では、説明しよう。まず、彼女が食堂で大きな人気を誇っておる。お主の結婚によって嫉妬の嵐となるぞ」
「知らん。あいつが人気なのは分かるがそんなことでマスターの権限を上回れると思うのか?」
「次。長尾景虎の暴走が顕著になる。今まではお主がブレーキ役だった。それが結婚となれば奴のやけ酒は増し、トレーニングルームの管理は杜撰となる。そして、その責任の矛先はお主やブーディカに向くこととなるぞ」
「言いがかりだ。長尾景虎自身が怠惰になったのなら、その責任はすべて彼女の責任となる」
アスクレピオスにしてみれば、理不尽なレベルでネロが景虎に肩入れしているのか分からなかった。これは、一度揺さぶってみる価値があるだろう。
「ローマの皇帝さんがここまで理論もなく強引に景虎のバックアップをしているのは何でなんだろうな? あいつから弱みでも握られているのか?」
傍から見れば、今のネロは恋愛小説の意地汚いサブヒロインの子分だ。
「......奴とは、一つの条約をかわした。内容としては、マシュやマスターも喜ぶ内容だと思うぞ」
意外な手札「マスターも喜ぶ」に眉をしかめるアスクレピオス。今までのマスター達の言動から彼女の話の意図を推察。結論を導くのに十秒もかからなかった。
「お前も、結婚したい相手がいるのか? 景虎の結婚を後押しする代わりに自分の結婚も後押しして貰うのか?」
「ギクッ! ななな何を言うか!? 余が結婚する訳なかろう!?」
「お前、分かりやすいな。んじゃ、僕がブーディカと共にお前の結婚を支援するって言ったらどうする? 景虎一人よりもより強いバックアップになると思うぞ」
まあ、男装麗人が恋をしない道理はない。しかし、相手の性別を把握できなかったのであえて「相手」という形で質問したアスクレピオスであった。彼女が女性サーヴァントに何かしらちょっかいをかけていた光景は何度か目にした事がある。
「ウグゥ! あの男とお主がそんな人脈を持っているとは思えないのだが?」
「景虎こそ、一人も人脈らしいものを持っていないと思うが? 僕が言うのも違うとは思うが、彼女は僕以上に孤独な人間なんだぞ」
「だからこそ言っておる! 奴には、長尾景虎にはお主が必要なのだ!」
図星を突かれた時には一度緩めた胸倉をもう一度きつくするネロ。
「奴とは共に大昔の戦線で戦った戦友だと思って居る。奴自身は余を友だとは思っていないだろう。されど、余からしたらこのカルデアの大事な戦友なのだ! そんな奴が土下座してまで頼んできた! マスターからお主らの結婚の話を聞いた時に、余は一大事だと思って奴に知らせた。その途端に土下座してきたのだ、放置出来ぬ! だから、例えどんな理不尽な手を使おうが余はお主と奴を結婚させる、そして余も結婚する! これで誰もが幸せになれるのだ、ブーディカなどすぐに別の結婚相手が見つかるはずだからな!」
「! ......お前なあ」
強引にネロの手を振り払うアスクレピオス。単純な腕力ではセイバーの彼女に負けるので殺気で押しやった。
「......余が本気を出せば、ひ弱なキャスターのお主など簡単に連れ去ることも出来るのだぞ」
どうやら、彼女は生前の暴君の如く目的の為に非道を貫こうとしているようだ。ならば、話は早い。こちらも対ネロの恋愛における切り札を出すまでだ。
「ふん。親友の妻を愛人にした皇帝様はやはり強引な手筈がお好きなようで。こんな事が続けば、流石のマスターも史実からのリスクを考えてお前を信用しなくなるけどな。それでもいいのか?」
「!? ポッパエアの話をここでするな! 彼女は己の若き頃から何重もの苦しみを......」
「生まれる前に母を殺された僕には、そんな話しても見苦しい言い訳にしかならんぞ」
生気を失いつつあるネロを横目に、アスクレピオスはマスターの部屋へと向かった。戦友の為に戦い、かつての親友の古傷を抉られた皇帝は既に止める力が残ってなかった。
この話では「悪役」や「嫌われ者」はいないようにします。今は若干イメージが悪いネロが出来上がっているかもしれませんが、彼女にもちゃんとした出番を作りますのでご了承ください。
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