連載休止 僕たちのカルデア アスクレピオスと女の病 作:里見レイ
ブーディカが彼女の私室を訪れるのはこれが初めてだった。と言うよりも、彼女は仕事関連でも誰かの部屋に行ったことがない。アスクレピオスの部屋(元)も、マスターの部屋もだ。
「ブーディカよ。入ってもいい?」
「......どうぞ」
扉の前で一言ずつの会話。彼女と話すのはあの時以来である。
「......どうされました? 最近料理が出来ずに何かの不満がたまっているのですか?」
部屋に座布団を置き、物静かにと漬物を食べている長尾景虎。酒の匂いどころか空き瓶もない。
「少し、君と話がしたかったのよ。結婚前に」
「は......はて、何用でしょう?」
少しではあるが、景虎の詰め物を食べる箸が震えだす。まあ、彼女からしたら地獄そのものだろう。
「まず、一つだけ言わせて」
俯きながら、ブーディカは歩み寄ってくる。
「ありがとう。あれから何も騒ぎを起こさなくて」
彼女はペコリと頭を下げた。ブーディカはそのまま手に持った本を景虎に渡す。
「今回の騒ぎが終わった後、君は私たちとの関わりを何も公言しなかったし愚痴も言わなかった。次の騒ぎの火種をを巻かなかった。それだけで、私たちにとっては嬉しかったのよ」
ブーディカの静かな笑顔。安寧を望む主婦の顔だ。
「だからこそ、改めてお礼お言いたかった、そして、私が一人で謝りたかった」
「......」
「私が君の幸せを願っているとは言えない。ただの皮肉になっちゃうから。けど、私は結果的に君を苦しめた。だから、ごめんなさい。例え誰もが悪くないと言われたとしても、ここで謝らせて」
「言っていることが滅茶苦茶ですよ。悪くないのに謝るのは言われる側も理不尽な罪悪感に苛まれてしまいます。まあ貴殿の思う節は理解できますけど。私が貴方と同じ立場なら似たような行動をするかもしれません」
箸と皿を机の上に置く景虎。ゆっくりと正座を崩して立ち上がった。
「しかし、少々納得がいかない部分がありますね」
戦士そのもの平行移動でグッと距離を詰める景虎。
「貴方は、私に対しどんな感情を抱いているのですか? 同族嫌悪? 愛しき人の別面を知っているという嫉妬? はたまた、自分の存在を揺るがす恐怖? どちらにせよ、私への罪悪感があるという事は少なからず良い感情は持っていないと思いますよ? だとすると、私は貴方の誠意を受け取りにくいんですよね」
狂気に満ちた目がブーディカの目の前に迫る。彼女に殺された武田軍の兵士とかはこんな思いをして死を迎えたのだろう。
「わ、私の君に対しての感情? そんなの、昔なじみの同僚であり同じ人を愛した女って事くらいしか......」
「だから貴殿は避けられるのですよ!」
ブーディカの肩を武神の圧力で掴んだ景虎。
「ネロ殿から色々聞きました! 貴殿はこのカルデアでは私以上に孤独だって! 私と違い前線にも出れず、私と同じく生前の仲間がおらず! 調理担当もエミヤ殿が来るまでたった一人で、プライベートの時間も禄に取れなかったって!」
「え、いや。そんな昔の話......」
「どうして貴殿は医師殿にもっと早く甘えなかったのです!? 私には医師殿しかいなかった。されど、貴殿はそれ以上に医師殿しかいなかった! 私がお慕いしていた医師殿は、貴殿にあっさりと奪われてしまった。もっと早く貴殿が行動に出ていれば、私がこんなに苦しまずに済んだのに!」
彼女の乱れ具合は常軌を逸し始めた。彼女のカルデアでの人間関係そのものを崩された様なものだから、この状態は仕方ない。
「私は、貴殿に幸せになって頂かないと困るんです!」
そして、そのままブーディカを壁際にまで追いやる。
「正直な話、私は殺したいぐらいに貴殿が憎い! 私の想いも、夢も全てを打ち砕いた貴殿が! だから、いっそのこと貴殿には私を侮蔑して欲しっかった! されど、そんな黒い感情を持っていたら私が医師殿と結ばれていたはずだった。だからこそ、私は貴方を憎む! 貴殿とはもう話をしたくない位に憎む!」
殺気なのか、悲鳴なのか、はたまた怒号なのか。彼女の叫びが室内を支配する。恋に破れた女の最後の訴えは、いう側も聞く側も辛い。
「......憎んでいいよ。少し、君には誰かに負の感情をぶつける必要があるのだから」
目線は景虎に一切向けず、ブーディカはこう言った。何を返すべきなのか、彼女も分からない。
「第一、これが最後になりそうだから来たのだから。ありったけの不満もぶつけてよ」
ブーディカは、覚悟の上で来ている。よって景虎ほどは動揺はしていない。
「......医師殿を宜しくお願いします。憎んでも何にもならないのは、分かっていますから」
ブーディカの肩を離して後ろを向く景虎。一通り叫びつくしたのだろう。
「私は、このカルデアの一体何なのでしょうね? ずっと戦って来たというのに」
ブーディカの返事は禄に聞かず、景虎はベッドへとダイブした。そして、彫刻のように眠った。
「......おやすみなさい。そして、さようなら。私は精一杯幸せになる、そして、君のも光がありますように」
その言葉を残してブーディカは景虎の部屋を後にした。
「......」
ドアが閉まる音がして少しして、景虎は枕元にある本をチラ見した。ブーディカが一番最初に渡した奴だ。
「......」
おもむろに手を取る景虎。彼女の事だ、どうせ医者から自分の行動を聞いているのだろう。
「......栞、ありますかね」
かなり適当に本のページをめくった。すぐに栞は見つかった。
「......『楽しかった。ありがとう。お前と話すことは存外良かった。お前なら、また良い話相手が見つかる。陰ながら、応援させてもらうぞ アスクレピオス』......医師殿は本当に」
彼女の涙は、自然と温かいものに変わっていた。
ようやく次が結婚前夜です。ああああああああああああああああああ。
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