凱旋を視れない者 ~盲目のトレーナーは何を聞くか~   作:運の命さん

1 / 2
第1話 視えない者の対面

 トレセン学園。日本ウマ娘トレーニングセンター学園の略称。

 全国の中でも随一の性能、規模、施設が整えられた場所であり、ウマ娘としての才を見出された者はそこへ上がり、出会った仲間たちと共に世界を目指していく。

 

「トレーナー、到着しましたよ」

 

 黒みを帯びた茶色をした長い髪をこさえた付添(キーストン)が車いすに座る私の肩をツンツンと叩く。

 トレーナーと呼ばれたのは今日が初めてであったので、私はコンマ数秒反応が遅れてしまった。慌てふためく姿はとても面白かったのか、付添はクスリと笑っていた。

 なんか癪に障るが、まぁ仕方ない。私にどうこう言う権利はないのだ。

 

「あぁうん。えっと……私は何処に行けばいいのかな?」

 

「皆が待っているチーム寮に一先ず向かいましょう。私が付添で行く事は既に皆へは伝えてますから」

 

 ググッと車いすが動く。

 周囲の景観こそ分からない物の、特に何とも言えない刺激が体中を駆け巡る。校門にいる生徒たちが私の事をじろじろと見ているのだろうか?

 もっとも、ウマ娘が人間の乗る車いすを押しているのだから、その視線も無理ない事なんだろうが、私は少し嫌な想いをしていた。

 

 

 〇

 

 

 ウマ娘、そう呼ばれる存在は、私達の夢と希望の象徴のような物だった。

 自分の持ちうる全ての力を出し、目の前に垣間見えるゴールに向かって地を駆け、腕を振り、走り去る。その光景は誰が見ても素晴らしいの言葉に尽きるだろう。

 

 最も、私はその光景すら、もう見る事ができないのだが。

 私はある日を境に目が見えなくなってしまった。ぶどう膜炎という病気だったらしい。

 私の眼は毎日涙で濡れる事となった。目薬にもならない汚い水だ。

 もう二度と、あの凱旋を視る事が出来ない。あの希望のゴールをくぐる姿を見る事が出来ない。

 運命とは、どうしてこうも残酷なのだろうか。

 

 

 ふと、ノックの音がする。

 

「皆さん、新トレーナーの方をお連れしました」

 

「皆さんって、後何人程?」

 

「私含めて今は3人ですけれど……」

 

 他愛のない質問話をしていると、目の前の方からバタバタと物を動かす音が聞こえる。

 何やら『手伝ってよ』やら『面倒くさい』やらの声が微かに聞こえた気がするが、引きずると今後に支障が出る気がしたので、心の中に留めておく事にした。

 

「お待たせしまし、うわぁっ!?!」

 

「ひっ!?」

 

 5分後、扉をバァンと開く音と共に、キーストンとは違う感触をしたウマ娘が私のひざ元に飛び込んだ。

 新しいトレーナーという事で興奮していたのだろうか? さすがにビビる、ちょっと勘弁してほしかった。

 

「ゴーちゃん、一応車いすの人だから……」

 

「さ、さ、先に言ってよぉ~」

 

「大丈夫だよ、ははは……」

 

 自身の膝位置にとりあえず顔を移して、そう反応していく。ギリギリまで目が見えない事は隠しておこう。

 それはさておき、付添で行くという事は伝えていた筈なんだが、まさか車いすだとは向こうの子は思っていなかったみたいだった。

 

「は、初めまして! レッツゴードンキって言いますっ! あ、ゴードンキでも、ゴーちゃんでも、お好きなように!」

 

「初めまして……一先ず、膝から離れてくれないかな? 重くて……」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 一々言動が「可愛いウマ娘で、怒る気すらなくなってくる。この子の魅力の一つというべきだろうか?

 見えないながらも、言葉だけでウマ娘の気性、性能等は大体把握できる。

 扉の開ける音といい、勢い余って私のひざ元に突っ込んでしまう辺り、足の速さと力強いのが特徴なんだろうか?

 自分とて、ウマ娘には多少の知識があるくらいの物で、深く詳しいわけではないのだが、それくらいの事はわかる。

 

 

「……えっと、キーストンさん、さっき含めて3人って言ってたよね、あと一人は……?」

 

「ん~? ギャロップちゃんの事? おーい! 挨拶ぐらいはしてよ~!」

 

 反応が返ってこない。恐らく扉の奥にいるのだろうけど、見えないからどういう状況なのか理解できない。

 

「頷くだけじゃダメですよ、ギャロップダイナさん」

 

「……はぁ」

 

 微かに少女の声が聞こえる。だが口調には少しトゲがある感じであった。

 ズズイッと立ち上がる音が響き、けだるそうな足音が近づく。

 

「……頷いてるときに返事してよ。……ギャロップダイナ、よろしく」

 

「ぁ、ご、ごめん! よろしくね」

 

「ごめんなさい、トレーナーさん。この子、何時もこんな感じで」

 

「悪く言うのやめて」

 

 強気に言葉を吐き捨てられた後、また立ち去る音が響く。

 気性が少し荒いのだろうか? それともプライドが高いだけ? 何はともあれ、そういう馬は比較的長距離に優れていたりするのだが、どうなのだろうか?

 ギャロップダイナ、この子に関しては未知数だ。

 

「……改めまして。声だけでもいいので……。私がキーストンです、よろしくお願いします、トレーナーさん」

 

「うん、よろしく、ここまで案内有難う」

 

「ん~? 声だけでもいいのでって?」

 

 肩がビクリと震える。まぁ、さすがに最後まで隠し通すのは無理だったか。

 

「あはは……ごめん。私、目が見えなくてね、全盲なんだ」

 

「……え?」

 

「……はぁ」

 

 刹那、この空間に静寂が訪れた。

 ギャロップダイナとレッツゴードンキは何とも言えない掠れた声とため息をそれぞれ吐き、何も返事を返さなかった。

 

 これが対面時の話である。とても気まずかった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。