凱旋を視れない者 ~盲目のトレーナーは何を聞くか~ 作:運の命さん
トレセン学園。日本ウマ娘トレーニングセンター学園の略称。
全国の中でも随一の性能、規模、施設が整えられた場所であり、ウマ娘としての才を見出された者はそこへ上がり、出会った仲間たちと共に世界を目指していく。
「トレーナー、到着しましたよ」
黒みを帯びた茶色をした長い髪をこさえた
トレーナーと呼ばれたのは今日が初めてであったので、私はコンマ数秒反応が遅れてしまった。慌てふためく姿はとても面白かったのか、付添はクスリと笑っていた。
なんか癪に障るが、まぁ仕方ない。私にどうこう言う権利はないのだ。
「あぁうん。えっと……私は何処に行けばいいのかな?」
「皆が待っているチーム寮に一先ず向かいましょう。私が付添で行く事は既に皆へは伝えてますから」
ググッと車いすが動く。
周囲の景観こそ分からない物の、特に何とも言えない刺激が体中を駆け巡る。校門にいる生徒たちが私の事をじろじろと見ているのだろうか?
もっとも、ウマ娘が人間の乗る車いすを押しているのだから、その視線も無理ない事なんだろうが、私は少し嫌な想いをしていた。
〇
ウマ娘、そう呼ばれる存在は、私達の夢と希望の象徴のような物だった。
自分の持ちうる全ての力を出し、目の前に垣間見えるゴールに向かって地を駆け、腕を振り、走り去る。その光景は誰が見ても素晴らしいの言葉に尽きるだろう。
最も、私はその光景すら、もう見る事ができないのだが。
私はある日を境に目が見えなくなってしまった。ぶどう膜炎という病気だったらしい。
私の眼は毎日涙で濡れる事となった。目薬にもならない汚い水だ。
もう二度と、あの凱旋を視る事が出来ない。あの希望のゴールをくぐる姿を見る事が出来ない。
運命とは、どうしてこうも残酷なのだろうか。
ふと、ノックの音がする。
「皆さん、新トレーナーの方をお連れしました」
「皆さんって、後何人程?」
「私含めて今は3人ですけれど……」
他愛のない質問話をしていると、目の前の方からバタバタと物を動かす音が聞こえる。
何やら『手伝ってよ』やら『面倒くさい』やらの声が微かに聞こえた気がするが、引きずると今後に支障が出る気がしたので、心の中に留めておく事にした。
「お待たせしまし、うわぁっ!?!」
「ひっ!?」
5分後、扉をバァンと開く音と共に、キーストンとは違う感触をしたウマ娘が私のひざ元に飛び込んだ。
新しいトレーナーという事で興奮していたのだろうか? さすがにビビる、ちょっと勘弁してほしかった。
「ゴーちゃん、一応車いすの人だから……」
「さ、さ、先に言ってよぉ~」
「大丈夫だよ、ははは……」
自身の膝位置にとりあえず顔を移して、そう反応していく。ギリギリまで目が見えない事は隠しておこう。
それはさておき、付添で行くという事は伝えていた筈なんだが、まさか車いすだとは向こうの子は思っていなかったみたいだった。
「は、初めまして! レッツゴードンキって言いますっ! あ、ゴードンキでも、ゴーちゃんでも、お好きなように!」
「初めまして……一先ず、膝から離れてくれないかな? 重くて……」
「あ、ご、ごめんなさい!」
一々言動が「可愛いウマ娘で、怒る気すらなくなってくる。この子の魅力の一つというべきだろうか?
見えないながらも、言葉だけでウマ娘の気性、性能等は大体把握できる。
扉の開ける音といい、勢い余って私のひざ元に突っ込んでしまう辺り、足の速さと力強いのが特徴なんだろうか?
自分とて、ウマ娘には多少の知識があるくらいの物で、深く詳しいわけではないのだが、それくらいの事はわかる。
「……えっと、キーストンさん、さっき含めて3人って言ってたよね、あと一人は……?」
「ん~? ギャロップちゃんの事? おーい! 挨拶ぐらいはしてよ~!」
反応が返ってこない。恐らく扉の奥にいるのだろうけど、見えないからどういう状況なのか理解できない。
「頷くだけじゃダメですよ、ギャロップダイナさん」
「……はぁ」
微かに少女の声が聞こえる。だが口調には少しトゲがある感じであった。
ズズイッと立ち上がる音が響き、けだるそうな足音が近づく。
「……頷いてるときに返事してよ。……ギャロップダイナ、よろしく」
「ぁ、ご、ごめん! よろしくね」
「ごめんなさい、トレーナーさん。この子、何時もこんな感じで」
「悪く言うのやめて」
強気に言葉を吐き捨てられた後、また立ち去る音が響く。
気性が少し荒いのだろうか? それともプライドが高いだけ? 何はともあれ、そういう馬は比較的長距離に優れていたりするのだが、どうなのだろうか?
ギャロップダイナ、この子に関しては未知数だ。
「……改めまして。声だけでもいいので……。私がキーストンです、よろしくお願いします、トレーナーさん」
「うん、よろしく、ここまで案内有難う」
「ん~? 声だけでもいいのでって?」
肩がビクリと震える。まぁ、さすがに最後まで隠し通すのは無理だったか。
「あはは……ごめん。私、目が見えなくてね、全盲なんだ」
「……え?」
「……はぁ」
刹那、この空間に静寂が訪れた。
ギャロップダイナとレッツゴードンキは何とも言えない掠れた声とため息をそれぞれ吐き、何も返事を返さなかった。
これが対面時の話である。とても気まずかった。