凱旋を視れない者 ~盲目のトレーナーは何を聞くか~ 作:運の命さん
「トレーナー、目見えないの?」
レッツゴードンキがか細い声で私に問う。本当に良い子なのだろう。
「うん、ごめんね……で、でも大丈夫! 仕事はちゃんとできるからっ」
「ゴーちゃん。一応トレーナーさんは、ウマ娘の知識は豊富に持ってるんだよ。だから大丈夫ですよ」
今後の事も視野にいれて、キーストンは二人を安心させようとする。
キーストンにとっては、二人だけを対象にしたのだろうけど、私もその言葉に安心させられた。自分ではどう言い訳したらいいのかわからなくなっていたからだ。
だが、やはり問題は一人だった。
「……何でそんなトレーナーを?」
再びトゲのある声がこちらに投げかけられる。ギャロップダイナだ。
大人しい子ではあるのだろうけど、語りだすと一々口調がトガりだすらしい。キーストン曰く同僚から『ハリネズミ』呼ばわりされていたらしい。
その例えはある意味的を射ているのかもしれない。
まあ彼女の気持ちもわからなくない。もし仮に彼女が真剣な子だとしたのなら、私のような不便極まりない人をトレーナーに寄越されたら、不満に思ってしまうだろう。
私も彼女の立場だったら、そうなってしまうかもしれないから。
「ギャロップちゃん、そんな一々トゲのある言い方しなくてもいいじゃん」
「トゲ入れてるつもりはないけれど……。勝ちしか狙ってない私を、ちゃんと面倒見れるのかって思っただけ……」
やはりプライドの方だろうか?
「……はいっ! ギスギスするのはここまで! せっかくですし、歓迎会しましょうよ、ね?」
「そ、そこまでしなくても大丈夫だよ?」
ついあだ名で空気洗浄機とでも呼んでしまいそうだ。ドス黒い雰囲気漂うこの状況を鑑みたキーストンが真っ先に声を張り上げた。
ギャロップダイナのため息つく音が聞こえる。彼女もキーストンにだけは逆らえないのだろうか? 力関係とかではなく、ただ単純な性格としての面で。
それはむしろありがたい。今後彼女が止まらなくなってしまったときは、キーストンを差し向ければ何とかなるだろう。
まさに女神というべきか。
「とりあえず、皆の目標を一つ一つ聞いていこう、かな?」
〇 〇 〇
「キーストンとゴーちゃんは前向きにデビュー戦優勝、ギャロップちゃんはただ『高み』を目指す、か」
キーストンと共に屋上までやってくる。飲み物を取ってきてもらっている間に、私は彼女達の事について考える。
ギャロップダイナの目標に関しては、曖昧じゃない? と返した所『一先ず皇帝に勝つ』と返してくれた。
皇帝――ウマ娘の話を聞いたことある人なら、一度は聞いたことのある異名だろう。シンボリルドルフの事だ。
キーストン曰く芝に苦手意識はあるとは言っていたが、走れない訳ではないらしい。そこは頑張り所といった所だろうか?
とはいう物の、あの皇帝を易々と越えるのは難しいだろうなぁ、と私つい笑いながらボヤいてしまった。
「……ん? 皇帝と言ったか?」
「ふえ?」
短い言葉だったので、どっから声をかけられたか分からず焦ってしまった。
車いすをガタガタを動かしながら首を振る私に、後ろだと補足を入れてくれた。困っちゃうよね、有難い。
「えっと……ごめんなさい、目が見えなくて」
「成程、それはすまない。……アンタもトレーナーか?」
「は、はい。こんなナリですが、今日からの新任ですが。……も、という事は」
「ああ、アンタの言う皇帝の所属する、チームリギルの指導をしている」
「リ、リギル!?」
あぁ、不味い。まさか先輩に声をかけられるとは思っていなかった。
というか、さっきまでの私の考え事、全部口に出てたってことなのだろうか? 恥ずかしい事この上ない。
皇帝に勝つのが目標、なーんて厄介な事口に並べたもんだから。
「別に畏まる必要はない。これから同じライバル同士となるわけだからな」
「よ、余計畏まってしまいそうですけれど……」
「ふふ、謙虚だな。もっと胸を張るといい。皇帝が越えられるかもしれないからな、最もそうは行かないだろうが」
鈍い足音が響く。それと同時に、とりあえず『ありがとうございます』と返しておく。
終始余裕そうな口ぶりだ、さすがの貫禄というべきだろうか? 皇帝を指導するだけの事はある。
……だがギャロップダイナの目標は当然時間がかかる。まず中心に置くべきは、次に来たるデビュー戦。
ウマ娘たちが世の大会に出ていくための最初の登竜門。ここさえ超えれば、次なる目標を見つけられる余裕も出てくるだろう。
GⅠ、はさすがに厳しいから、まずはGⅡから見ていくのがいいだろうか?
「……トレーナーの仕事、案外楽しくなるかもしれないなぁ」
私が思っている程、トレーナーの仕事は当然甘くはないだろう。
だが辛い事を考えてしまっては、ウマ娘たちにも当然影響が出てくるだろう。それだけは絶対に避けなければいけない。私も昔はそんな感じだったように。
今の私が出来る事は、ウマ娘たちを不安にさせないように振る舞いつつ、今後のトレーニングの指導をしていく事だけだ。
最も目が見えない分、そのトレーニング放心を考えるのも一苦労しそうではあるが、こればっかりは仕方ない。寧ろこの指導で勝てたら万々歳だろう。
ハンデだ、ハンデ。とかいって煽れるかもしれない。いやダメだ、性格悪いとか思われてしまうな。
後先不安でしかないというのに、この時の私の表情は、どこか笑っていた。