三面鏡型のモニターには、いくぶんドットの目立つ解像度で砂漠の風景が映し出されている。
モニターはそれぞれ左右と正面をカバーしている。実際のギア・コックピット内とそこまで視野に違いはないはずだが、周囲を見渡した際の目線の通りはイマイチだった。いわゆる砂砂漠ではなく岩石砂漠の部類だからで、砂の目は荒いし丘陵や岩塊などの遮蔽物も多いせいだ。
17シャール近いアヴェ01の体高を持ってしても、視界はそう遠くない先で礫まみれの丘陵や岸壁にぶつかって妨げられてしまう。
大陸面積の半ば以上を砂漠が占めるイグニス大陸。砂粒がきめ細やかないかにも砂の海といった風景よりも、この手の荒涼とした景色のほうが実は割合としてはずっと大きかったりする。なのでシミュレーションのステージとしては、コレはコレで相応に現実に即したものだと言えるだろう。
アジトのシミュレータは、ソラリスでは主流になっている網膜投影式よりも七~八世代は前のタイプだ。それでも地上の設備としては相当ハイスペックな部類に属する。ほとんど実機さながらの操縦訓練が可能な上、ミッション形式の課題をクリアしていくことで実地に即したシチュエーションで経験値を稼ぐことができる。
現在進行中のミッションは難易度エキスパートの下から二番目。前方800シャール先に展開された戦車部隊一分隊を撃破するというものだった。
敵味方ともに砲火支援は無し。しかし事前情報として互いの位置データは与えられる。
双方が突然空気中から湧いて出たかのような前提で、正直こっちについてはそこまでリアリティのある状況とは言い難い。普通ならもっと遠距離から捕捉されてバンバカ曲射砲なんかを撃ち込まれるので、まずもってギア側がここまで近づくこと自体が難儀な話だからだ。
エキスパート、即ち実践レベルとはいえまだまだ難易度は低め。ユーザー側に有利な条件が揃っている。有利状況下で自機の活かし方を学ぶのが今ミッションの趣旨となる。
……よっするに、小回りの利く人型というギアの優位を理解し、遮蔽物を利用して接近した上で相手を的確に仕留める手練手管を身につける。そういうのがこのステージの課題内容だということなんだけども。
「よっし全部倒したァ! ……ってありゃ?」
うーむ。残念ながら赤点だねえ、バルトくんや。
中央モニターにはイグニス地区言語で要再履修の文字が踊っている。シミュレータ用シートの斜め後ろからバルトの奮闘を覗いていた俺とファルケ少尉は、ともに苦笑いを隠せない。
「なんでだよー! こっち一発も当たってねーし、全然手こずってもないじゃんか。壊れてんじゃねーのコレ!?」
壊れてないない。……さて、ファルケ少尉。今ミッションの総合点が伸び悩んだ理由につき簡潔に述べよ。
「……え!? オ、オレすかぁ?」
俺よりも騎士見習いの貴官のほうが適任だろう。アジトの人員のなかではこの難易度に触れた直近の人間であるし、それに、分かりやすく説明することは教える側の知識の定着に繋がるからお互いのためにもなる。
なお、拙いこと口走ったらこのあと練兵場で宙を舞ってもらうからそのつもりでな。
「勘弁してくださいよぉ。……えーと、殿下? このミッションなんスけど、基本的に評価は減点方式っす。敵戦車の火線に入ってターゲットされた時間が長ければ長いほど点数引かれて行きますんで、ひたすら大ジャンプして突っ込んだ今回の殿下のやり口だと、一機潰すごとに山ほどマイナス食らってて足し合わすと残念ながら不合格ってコトっすね」
「なんだよそれぇ。ちゃんと倒せてるんだからそれでいいんじゃん」
「いやまぁそうなんスけどね……。でも、普通はロックオンされてる時点でわりと被弾は避けられないですから。ギアの正面表面積からくる被弾確率、つまりヒトガタなせいで前から撃たれたときにダメージもらっちまう可能性って、他の兵器と比べても著しく高いんすよ。なんでこの手のステージだと、岩陰なんかに隠れて相手の火線を避けつつ接近して、近接攻撃で一機ずつ仕留めてくってのが正しいやり方っす」
「ふーん? 面倒くせーなあ。撃たれても避けてれば点数引かれないようにしてくれればいいのに」
「いやいや……毎度しっかり撃たれてるのに、最低限の動作で避けきってる殿下がまずおかしいんですからね?」
ファルケ少尉が眉間に片手を当てて天を仰いでいる。確かに常識的なパイロットの枠内に居る人間からしてみると、そこらへんは極めて理不尽なとこだわなあ。
「殿下、コントロールの細かな部分をほとんどエーテル制御でやっちゃってますよね。操作してるの後ろで見てましたけど、手元の動きだけじゃ、どうやったってさっきの機動にはなりませんて。乗り始めなんてせいぜいマニュアル通りに動かすのがやっとで、エーテル制御なんか勝手に変な動きするだけでむしろ邪魔になるはずなんだけどなあ」
「良くわかんねェけど、危ねえって思ったらギアがしっかり動いて避けられたってことは多かったかな?」
などと宣うバルト。ファルケ少尉にとっては噴飯ものだろう。
一般論では入力補助システムにすぎないスレイブ・ジェネレータ経由のエーテル制御。操縦がそれ一本槍になるギア・バーラー適正があるだけあって、バルトの手に掛かればギア・アーサーでもそこそこ以上に機能するわけだ。まぁ能力的な部分だと俺自身そっち寄りの人間なので分かる話ではある。
「面白ェよなコレ。自分の手とか足が、そのままデッカクなったみたいでさ。シミュレーションでこれなら、ホンモノだったらもっとそれっぽく動くのか? それともそう簡単じゃねぇのかな?」
「んー、比べてどうこうってのは何とも言い難いですが……シミュレーターも実機も、基本的な造りはおんなじですからねえ」
少尉が腕を組んで適当なことを言っている。
「どっちもジェネレータは積んであるし、コントローラーとかペダルみたいな入力機器もほとんど同じモノですし。出力先が仮想空間上のデータなのか、それとも金属製の手足かってだけで。とりあえず、シミュレーターでこれだけやれるんなら、今のまま実機に乗っても十分以上に動かせるんじゃないスか?」
「え、マジ? じゃあもしかして俺才能ある?」
そうだな。身体のサイズ的に実機のコックピットはまだ扱えないが、その辺が問題なくなれば戦力としては既に余裕の一人前だろう。才能のアリナシで言えばフツーに有る。
「おお、やったぁ!」
「ですよねえ。ていうか俺、傍で見てるとだんだん自信無くしますよ。俺が今の殿下くらいのレベルに達するまでに積んだ訓練単位、たぶん100コマじゃ利かないですからね。総合的な戦闘力ならまだまだ上だとは思うけど、部分部分だと抜かれちゃってるところもありそうだし。これでも同期じゃ一番適正高かったんだけどなあ……」
腐るな腐るな。説明に関しては特にこれといって過不足なかった。腕前にしても貴官は水準以上だと太鼓判押して差し上げよう。
確かに、機体のエーテル制御については個々人のポテンシャルがモロに出る部分ではあるが。ギア戦の勝ち負けはそれだけで決まるようなもんでもないからな。あくまでプラスアルファに過ぎず、まずセオリー通りにやれるってのは大事なことだ。
今回の不合格にしても、そうそう当てにならないわけじゃないからバルトも反省と復習は怠らないように。
「……ウッス。ありがとうございます」
「はぁーい」
さてと。このままミッションの難易度上げてっても同じ結果になるのがオチだろうし、趣向を変えて次は模擬戦でもやってみるか。対戦カードはバルトVSファルケ少尉、キスレブ式バトリングルールの三本勝負でどうだ。
「うん、やるやる。勝負だファルケ!」
「いや大将、慰めの言葉を掛けた直後にする提案じゃないですよねソレ!? キスレブ式のタイマンとか、反応性と制御能力第一なんだから殿下側超有利じゃないっすか!」
そうかもしれんがやりようはあるさ。貴官も先輩の意地を見せてやれ。
「ンなこと言われましても……。マジで勝てる気しねぇんですけどー、トホホ……」
◆
バトリング用の盆地マップで矛を交える二機のアヴェ01。シミュレーター室上部の中継画面を見上げていると、二人の戦いは傍目にはなかなか好勝負に見えている。
開幕の牽制合戦は、やはりファルケ少尉の側にかなり分があるようだった。バルトのギア捌きはまだまだ直線的で読みやすい。的確にエーテル誘導弾を撃ち込んで出掛かりを潰すことで、ファルケ少尉が上手く行動制限を掛けていっている。
しかし、ひとたび接近されると、人間に近い動きをよりスムーズにこなせるバルト側の独壇場になる。
あくまで仮想空間上の模擬データなので、機体への損害はパッと見不明瞭だが。モニター上部に可視化されたライフ・ゲージを見ていれば、接近戦における二人の有利不利は明らかだ。
アヴェ01正式装備の曲剣型ブレードが交錯するたび、ファルケ少尉側のダメージだけが如実に嵩んでいく。
片側の攻撃はしっかりヒットしているのに、もう片方は尽くが外れかカス当たりにされているわけだ。
たまらず少尉は接近戦を拒否し、自分の優位で戦える中距離戦に軸足を戻した。
互いに間合いを量りつつの撃ち合いに移行。序盤の再演だ。飛び交う誘導弾は白熱した鬼火の群れのようだった。
格闘戦の折にややバルト側に傾いていたライフ差は五分に戻り。やがて、ゲージだけで見るなら少尉が再び優位に立った。
もっとも。このまま膠着状態を維持して削りきれるかというと、なかなか難しいだろう。
近距離での立ち回りで発揮される機動性が、射撃戦では働かないなどという道理はない。確かにエーテル誘導弾の扱いにおいて少尉はバルトに一日の長がある。しかしそれはあくまで布石としてであって、命中率自体は然程でもないのが実情だった。
運が良ければ飛び道具だけで仕留められるかもしれないが……バルト側も順次対応してくることを考えると、流石に望み薄だろうなあ。
今のところ好勝負に見えてはいるものの。雲行きは怪しい。そのうち均衡が崩れてワンサイドゲームと化しそうな雰囲気だった。
いずれにしても、素晴らしい才能だということには疑いの余地もないだろう。
先ほどざっと動かし方をレクチャーされ、ビギナー用ミッションをいくつかこなしたばかりのド素人。そんな子どもが、見習いとはいえ一国家のエリート級パイロット相手に、五分以上に立ち回ることができている。
シミュレーターのシートにクッションを重ね敷きし、フットペダルには女性用の嵩上げジャッキを最大限噛ませた状態でコレだ。体格が追いついて縦横無尽に腕を揮えるようになったら、バルトロメイ・ファティマ、一対一だとそこそこ勝負になるレベルの人間すら世の中ほとんど残らないのではなかろうか?
原作中でのエーテル感応値は確か210。エレメンツクラスにやや劣るくらい(それでも地上人の中ではぶっちぎりで、上位0.01%に余裕で入っているはずだ)だが、何よりバランス感覚と反射神経がいいんだろう。人型の優位を最大限活かし、それこそエーテル・パワーで強化された生身の人間と遜色ない動きを見せている。ヴェルトール・イドの初撃を躱せるだけのことはあるわけだ。
というか、イドの原作評価では塵閣下が前座でバルトがメーン・イベントだったわけで。単純にギア・パイロットとしての才能で見ると、俺やシグルドを抑えて現時点では彼が単独トップなのかもしれなかった。
……あ。少尉が牽制弾撃ち損なって一気に距離を詰められおった。
ここぞとばかりにバルトが踏み込む。慌てて少尉も迎え撃つが体勢が悪い。舞うように繰り出されたブレードがいい具合に連続ヒットだ。
少尉のアヴェ01の左腕に肩口から破壊判定が出たようで、全体のバランスが崩れたことにより機体全体の動きが目に見えて悪くなった。
こりゃ終わったかな。既に崩し方がバレている上、見るからに相手に呑まれている。二本目以降に少尉が持ち直すビジョンがまるで見えなかった。
「ヘヘッ。俺の勝ち~」
「……っかー、キツいわやっぱこれ。反応良すぎるんだもンなぁ」
言動が既に敗北者であるよ。もうちょいシャキっとしろと言いたくなる。
案の定、次のラウンドでも少尉はアッサリ懐に潜り込まれてボコボコにされた。
やっぱりというか何というか。最初の小手合わせに打ち負けた時点で萎縮してしまったのが良くなかったものと見られる。
自分が有利を取れるからといって少尉が中距離戦の間合いに固執したことで、基礎ステータスで勝るバルト側に対して、場の状況に慣れるだけの時間的猶予を与えてしまった。
そうなれば当然牽制効果はたちまちのうちに失われていく。撃ち損ないの発生自体が有る種の必然だったわけだ。
試合を総合的に見るならまだまだ少尉側が優位に戦えたはずで、もっと硬軟織り交ぜて戦況をかき回していくほうがよっぽど見込みが有ったろう。
流石にこれだとお説教は確定だが……ただダメ出しするだけだとパワハラ上司扱いで逆効果だろうなあ。なかなかそこらへんのさじ加減は難しい。
今後の方向性如何によっては、騎士団員に格上相手の耐久戦をやってもらう場面も十分考えられる。今回の対戦経験は、ファルケ少尉にとってもそれなりに役立つだろうという目論見が有った。
別にバルトの踏み台になって凹んでもらいたいわけじゃあないのだ。塵閣下の記憶と経験をひっくり返して、彼にも一発有意義なアドバイスをくれてやらなければ。
キスレブ式バトリングルールでのタイマンの強さ(あくまで本作内での設定です)
ギア・アーサー(性能は一般的なものとする)
リコ≧フェイ、バルト>ラムサス≧シタン≧シグルド、ジェサイア、エレメンツ三人娘>ビリー、エリィ、ミァン、ケルビナ>マリア>エメラダ
ギア・バーラー
フェイ>エリィ、ミァン>ラムサス>シタン>リコ、バルト、ビリー≧シグルド、ジェサイア、エレメンツ四人娘>マリア>エメラダ