塵閣下になりました   作:あーぷ

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とりあえず吹っ掛けた

 

 

 プリス。外伝小説に登場する発掘街のひとつ、だったはず。

 

 シスター・アグネスの言っていた通り、立地としてはイグニス大砂漠の北東部に位置する、はず。小説中には規模についての描写はさほど無かったように思うが、アヴェ領土の北端の例として出てくるぐらいだから、それなりに存在感がある街なんだろう、たぶん。

 

 ……なにぶん小説版というのがかなりマイナーで、記憶の方もそこまで定かじゃないのでイマイチ確証がないのがアレだが。

 

 今回についてはどっちかというと、現地で仕入れた知識のほうが確度が高いように思う。シスター本人から得られたものに加えて、アジトの面子を浚ってみたらアヴェ北部出身の陸戦隊員がちらほら居たので、その中の一人からも直接聞き取りを行ってみたのだ。

 

 アヴェ軍に在籍するよりも前に、実際にプリスに何度か足を運んだ経験のあるらしい彼が言うには。規模自体は確かに大きいものの、これといって変わったところのない発掘街で、良くも悪くも普通に賑わっていたがそれ以上のものではないとのこと。

 

 そこまで詳しい事情は聞けなかったし、そもそもソイツの実地経験自体が七、八年は昔のことらしいが。それでもハッキリした答えがパッと返ってくるあたり、とりあえず、当該地域において一定のポジションを占めている街なのは確からしかった。

 

 

 

 

 

 

 何百年にも渡って続いているとされるアヴェとキスレブの紛争だが、時期によっては案外様相が異なっている。

 

 それもまぁ当然の話で、四六時中殴り合いっぱなしだと両国ともに生産力が右肩下がりの急降下。終いには大陸全体が原始時代へ逆落としがオチだ。

 

 裏で戦乱を煽っているソラリスとしてもそこまでは望まないわけで、燃え上がったり鎮火したり、寄せては返す波間のごとく長らく戦況は推移してきた。

 

 

 

 せいぜい燃えがらの奥で燻っているくらいが常態なんであって、その程度で済んでいるなら、民間レベルの商取引が介在する余地は大いにある。

 

 地上最大の大陸を牛耳る、二大国家間の相互取引だ。相対量では小さかろうと、絶対量では巨額にのぼる。両国の国境近くに門を構えるプリスが、通商パイプの片側として栄えているのは順当な話だ。

 

 もちろん、ひとたび戦端が開かれてしまうと、即座にアヴェ軍の前線基地兼防波堤と化してひどい目にあうポジションでもあるわけだが。

 

 一方でそういうキナ臭い立場だからこそ、言っちゃ悪いが発掘屋やサルベージャーに代表される半分チンピラみたいな連中を手いっぱい抱えることができるのかもしれない。

 

 外伝小説の主人公であるダルガ・リシューナも、確かキスレブ軍人崩れのアウトローだったはずだしな。

 

 

 

 ダルガ・リシューナ。本名はタリエス・ソリスーナだっけ? キスレブ士官学校出の元尉官、現発掘屋で、先史文明時代のナノマシン・ウイルスに耐性があって、油断しきったグラーフ相手なら不意打ちで一杯食わせるくらいはできる人材。

 

 最低でも近衛騎士のアベレージよりは優秀そうではある。しかし今のところ見つけるツテも引っ張り込むアテもないので、彼についてはまぁ忘れたほうが良さそうか。

 

 相方のレミア・セイジュについても同様だ。ソイレントのイグニス大陸現地施設に繋がりのある、ソラリス人研究者兼メカニック。可能なら直接情報を拾っておきたい肩書きの持ち主ではあるものの、ソラリス本国という俺にとっての地雷に近すぎるせいで、あんまり関わり合いになりたい人種だとも言い難かった。

 

 そもそも年代がかなり異なる。小説版の事変勃発が五年以上は先の話、現時点だと二人とも、どれだけ動けるのかすら未知数だ。

 

 

 

 

 

 

 小説版からは、単なる人材登用のネタよりもずっとコアな情報が得られる。

 

 プリスの街とブレイダブリクの直線上、イグニス大砂漠のほぼ中央。モンゴリアンデスワーム……じゃねえや、砂筒虫《ミミー》の群れが生息する危険地帯のあたりに。先史文明時代の、というかハッキリ言っちまうと、一万年前にこの星に落着したエルドリッジ船体の一部ブロックがそのまま埋没した遺跡がある。

 

 そして、そこの深層には、なんとORヴェルトールが完全な状態で眠っているのだ。

 

 行方不明の愛機を探し出すためにグラーフはキスレブ軍の一派に肩入れしており。先だって遺跡を発見していたアヴェ側の発掘屋集団との間に諍いが勃発。主人公たちはそのさなかに否応なしに巻き込まれていく、というのが小説版の主な筋書きなのである。

 

 

 

 ……いやいやなんでだよとツッコミたくもなるが。グラーフってこの時代でも元気に他人を乗っ取っているはずだよな? ロニ・ファティマにボコり倒された後、長らく眠りについていたとかそういう話は聞いたことがないぞ。

 

 一応、500年間憑依で自我を引き継いできた手前、色々とガタが来ていて記憶にあちこち歯抜けが出ているという説を見た憶えがあるくらいだ。

 

 しかしそれだからって、自身の最大戦力たるギア・バーラーの所在を、まるっとスッポリ忘れ去るなんてことがあるもんだろうか?

 

 何なの。ボケ老人なの?

 

 

 

 ……確かに、ゾハル落着の地でフェイに対して言い放った「デウスではなくあの女《ミァン》が本体で、この世界にヒトが居る限り悲劇は繰り返される」というグラーフの言は、明らかに間違ってそうな点――転生に伴う記憶の焼き込みにゾハルが不可欠な時点で、素直に本体はデウスだと見るべきだろう――も含めて、頭の凝り固まった老人の思い込みだと言われれば、そんな気がしなくもないけれど。

 

 同じく御年500何歳のカレルレンもゼファー女王も、なんか行動原理的におかしなところが端々見られていたように思うし。もしかするとゼノギアスという物語には、ボケ老人たちの思い込みと無鉄砲とが織りなす後味の悪い喜劇、みたいな側面があるのかもしんない。

 

 うーむ。良いのだろーかそんなんで。

 

 

 

 とはいえ、プリス自体はしっかり実在しているわけだ。今のところ小説版の描写と矛盾するような情報もない。遺跡も、ORヴェルトールも、現段階ではフリーのまま、イグニス中央部にて人知れず眠っている可能性は低くないように思える。

 

 どちらも非常に使い出があるアイテムだった。今後の戦略の幅を大いに広げてくれる。最初から見なかったことにするのは、幾ら何でも惜しい。

 

 ここは多少のリスクを犯してでも取りに行くべきところだろう。

 

 てなわけで。

 

 

 

 シグルドくーん、ファティマの至宝を貸ーしとーくれー。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「寝言は寝て言え」

 

 いや、外回りから帰った直後でお疲れのところ悪いんだがまずは聞いてくれ。最高クラスのギア・バーラー一機と、先史時代の遺跡から得られるであろう重要情報。これらをみすみす逃すのは多大な損失だと思われるのよ。

 

 ユグドラⅠにちょっと寄り道してもらって、アクティブ・ソナー使って確かめた感じ、それっぽい地下建造物が存在する見込みは高いと出ている。行くか行かざるかで言えば明らかに行くべきなんだ。

 

「……」

 

 しかし、出向いた先で起こりうることとして、グラーフとかいうハゲフェチと遭遇する可能性があるわけでだな。ヤツは強い。それはもうアホのよーに強い。正面からぶつかりあったら粉砕されるだけだし、現有戦力だと尻尾巻いて逃げることすらままならん。

 

 命からがらでも構わんから、無事に離脱できるだけの前準備は最低限必要になる。

 

「……それでなんで話がファティマの至宝に飛ぶ。それだけで勝てるようになるならともかく、お前の言いぶりからしてそういう話でもないんだろう。仮にギア・バーラーなら離脱可能になるのだとしても、その場合逃げ果せるのは搭乗者ひとりだけだ。他の人員が丸残しになる時点でまったくもって許可できん」

 

 んー。そうだな、まず先史時代の遺跡の危険性から説明するか。

 

 現地には、ナノマシン・ウイルスがハザードレベルで滞留している見積もりがある。こいつには人間の死霊《ウェルス》化を急速に進行させる効果があるそうで、俺の知るところ、遺跡に入り込んだ発掘屋の大半が変異してギアクラスのバケモノと化した。一定値以上のエーテル感応力を持つ人間なら自分の身を保つことが出来るが、おそらくそのラインはかなり高い。

 

 ようするに、中途半端な人員を出しても即死霊《ウェルス》化して実質死亡だ。ゼボイムのときみたく、大人数を入れるのは明らかにリスクがデカすぎる。

 

 

 

 

 

 

 ……ちなみに、小説版だと明確にナノマシン・ウイルスと呼称されているんだが、エルドリッジ側の立場において、船内へ病原体なんぞをバラ撒く理由があったとは思えない。

 

 船のメインコンピュータを乗っ取ったデウスがやったにしても、そんなもともとストックすらなさそうな代物をわざわざ精製するかというと疑問符がつく。遺跡=船内に今なお滞留しているナノマシンには、本来別の用途があったと見るのが妥当だろう。

 

 

 

 言わずと知れたことだが、ヒトにとって宇宙空間とは極めて厳しい死の世界である。ちょっとトラブって船内システムが停止するだけで、乗員一同枕を並べてさくっと即死しかねない。

 

 エルドリッジは星間移民船であり、その内部には、乗組員の他にも大量の乗客というか難民を擁していたという。当然非常事態の発生を見越して彼ら用の安全装置が備え付けられていたはずで、ナノマシンの正体というのは、実はそれだったのではなかろうか?

 

 つまるとこ、遺跡内部での死霊《ウェルス》化は主症状ではなく。想定外の副作用にすぎないのだと考えられる。

 

 

 

 墜落時のエマージェンシーによって船内に自動散布され、そのまま現地に残留し続けている生命維持用ナノマシン。おそらくそれには生命体を可能な限り『正しい状態』に保つ効果があるはずだ。

 

 熱線や放射線による全身やけどを修復し。膨れ上がって破裂しかねない血管等を適宜補強し。それによって、人体の中枢たる脳組織の崩壊を可能な限り遅らせる。

 

 本来の用途はあくまで緊急時のライフセービング。だが、それがこの世界のヒト種に嵌められた枷である『刻印』を、状態異常と見做してモノの序でに解除してしまう。

 

 結果として人体が変異を起こす。『ゲーティアの小鍵』の発動と同様の効果が、不慮の事故として発生するというわけだ。

 

 

 

 そのため、目的の遺跡に足を踏み入れても構わないのは、原作の『小鍵』起動時点で変異せずに済んだメンバーのみに限られる。

 

 

 

 暫定的な下限としては、エーテル感応値170でアニマ同調率74のマリアがボーダーラインだろうか? リコの方が感応値は160とやや低いが、彼はバーラー操者で同調率はだいぶん高いし、もともとある程度変異しているとも取れる亜人なこともあって、ちょっと参考にしづらい部分がある。

 

 ナイツシリーズに搭乗していたエリィの部下どもは変異を起こしていた。なのでアウト側の上限は少なくともゲブラー下士官クラスよりは上、とすると、能力的にはだいたいそのあたりと五分前後と思われる近衛騎士の面々もたぶん堪えられないだろうなあ。

 

 ダルガ・リシューナがナノマシンの作用で『刻印』が解除された後も、エーテルパワーの使いみちは身体強化のみで直接攻撃に用いていた描写はなかったと思う。戦闘でバブル状のエーテル攻撃を扱えるマリアよりはステータスのベースが低かったものと見られ、下限はもう少し低く見積もっても大丈夫そうではあるが。

 

 それでも、せめて感応値100代半ばくらいはないとチャレンジさせる気にはなれなかった。地上人でそのクラスの人間は、だいたい数千人に一人いれば良いほうだろう。

 

 

 

 

 

 

 ……とまー、何にしてもだ。今のところ遺跡の死霊《ウェルス》化作用を跳ね除けられるのは、俺とお前とバルト君と、あとマルー嬢とアギーもまぁたぶん大丈夫だと思うが、せいぜい言ってそのくらい。残りのメンツは遠隔地からの補助に回ってもらうしかないわけだ。

 

 となると前線に立てるのは、例によって俺とお前の二人だけになる。

 

 相変わらず、人的資源の酷使っぷりにはいくら嘆いても嘆き足りんが。いざってときの戦線離脱が二人ぶんで済むって部分に限っては、ポジティブに捉えられなくもないだろう。

 

「ふむ」

 

 ギア・バーラー持ってくれば勝てる、とは口が裂けても言えん。対策打った上での三機掛かりでも確実に勝てるわけじゃない相手だから。それでも、とりあえずバーラーとゼボイム製最高級機種のギア・アーサーの二機で当たれば、来た見た勝ったレベルで蹂躙されることはない、と思う。たぶん。

 

 やつも現時点ではそこまでリスクを取るとは思えん(憑依している肉体がカーンではなく既に「限界が来ている」古いものであるためおそらく無理はきかないはずだ)から、状況次第で何とか切り抜ける芽は出てくる……といいんだが。うん。

 

「……頼りないことだな」

 

 仕方ないだろ基礎スペックで根本的に差があるんだから。そもそもグラーフとの遭遇戦自体が最悪の事態で、何事もなくかっぱらって来られることだって十分あり得るんだし。

 

 ポッキリ折られるかもしれない転ばぬ先の杖を、それでも最大限強化しておこうと、単にそういった話だな。

 

 ついでに言っとくと、ギア・バーラーの中枢ユニットであるアニマの器は、目標の遺跡の内部施設と技術体系が同じだ。現地から情報を引っこ抜くにあたって、便利使い出来る可能性は高いと思う。

 

 直接つないでコード変換かければ、向こうの内部データをこっちのスクリーンで表示することは出来るだろうし、上手く行けばユグドラのデータバンクにまとめてごっそり転送することだって出来るかもしれない。将来、El.フェンリルを用いたマハノンからのデータ・サルベージ《似たようなこと》をやり遂げるのはヒュウガなんで、俺でも同じことが可能かは分からんがな。技術方面であいつに比肩する人材なんぞこの地上にはまず居ない。

 

 そこらへん諸々含めて、本アタックにはファティマの至宝が是非とも欲しいわけだが、いかがか。

 

 

 

 シグルドはちょっとの間考え込んでいたが、そう大した時間も掛けずに口を開いた。相変わらず結論に至るまでが素早いせいで、向こうの頭の中でどのくらい検討が進んだのかが分かりづらい。

 

「……お前、どういう意図かは知らないが、俺をアヴェの後継として立たせようとしてないか? 殿下に血縁関係を明かすことにせよ、今回のファティマの至宝にせよ。どうも全体的な方向性がそっちの方角を向いているように感じられるんだが」

 

 あー、そこは思い過ごしだから勘ぐらなくていいぞ。単に効率的だと思う手を打ってるだけだ。とりわけ本件については場当たり的に動いてるだけで、裏読みするようなことそこまで考えてないから(……まぁ長期指針としてはこいつを担ぎ上げるのも十分あり得る選択肢なんだが今それは言うまい)。

 

 ま、拾えるものは拾っておこうの精神だな。拾えるものっていうには、ギア・バーラー、でかすぎるブツだという説もあるけれど。

 

「拾ってどうする?」

 

 ぶっちゃけ、シェバトとの交渉にすっげー使えるのよ。連中にとってアレはディアボロスの首魁《恐怖の象徴》だから。上手く前面に出していけば、交渉の前段階をいくつかステップごと吹っ飛ばすことができる。出来れば早めに抑えておきたいんだ。

 

 

 

「そうか。……それならまぁ、いいだろう」

 

 ん?

 

「ファティマの至宝の再稼働、承った。一応殿下とメイソン卿には話は通すが、そもそも俺にもセキュリティ上の権利はある。アヴェ側の一存で決めてもそこまで問題ではないだろう」

 

 などと、シグルドはあっさり言い切った。

 

「ニサンには霊廟内部の調査をするとでも言っておいてくれ。向こうは緊急時の避難先兼データバンクとしか認識していないはずだからそれで十分だ」

 

 許可取りはやっとくが……え、マジで? いいのか? ファティマの至宝だぞ? El.アンドヴァリ、そう簡単に動かしてもいいものなのか?

 

「なんだ、カール。お前が言い出したことだろうが」

 

 いやぁ、確かにそうなんだが。ダメ元っていうか、取引上まずはでかいのを吹っ掛けてみせたというか? 最終的にせいぜいニサンの霊廟から行ける碧玉要塞《隠しフロア》に入るのを許してもらって、そこのデータベースを漁らせろ、くらいの落とし所へ持っていくつもりで居たんだが。

 

 まさかスルっとオーケーが出るとは思わなんだ。いやービックリ。

 

「お前な……」

 

 スマンスマン。別に担ぐつもりじゃなかったんだ。使っていいならそれに越したことはない。よろしく頼むわ。

 

 

 

 しかし、意外だな。絶対渋られると思ってたのに。差し支えなけりゃ、そのあたりの事情について聞いてもいいか。

 

「別にそう込み入った話でもないさ。先日王城の隠し通路周りを見て分かったが、ソラリスにとって、地上のセキュリティを突破するのは技術的にそう困難なことじゃない。つまり、現状ファティマの至宝……El.アンドヴァリだったか? それが未だ奪われていない理由は、単に所在不明だという一点のみに拠っている。隠し場所が漏れた時点でアウトだということだ」

 

 まーそーだな。仮に碧玉用の網膜リーダーがオーパーツでどうにもならなかったとしても、最悪ゲブラーの空中戦艦持ってきて天井から風穴開ければどうとでもなる。

 

「となると、たとえどこにあろうが奪われるリスクはそこまで変わらんということになる。あちこち動かせばそのぶん人目に触れるから危険ではあるが、そこは戦力としてカウントできることとのトレードオフだ。そしてお前を疑うことにも意味はない。漏れるも何も、隠し場所の出どころがそもそもお前なわけだからな。遺憾ながら、大筋信頼した上でベストを取るよう努める他ないだろう」

 

 ご信任をいただき有り難いこった。再稼働させることでアニマの器の反応が表に出るようになるのが懸念されるが、それについては常時ユグドラに放り込んで座標を固定しないことで誤魔化しようがあるか。

 

 だが、先王陛下への義理的な部分はどうなるよ。ファティマ王家にとって至宝とは伝家の宝刀にして抜かずの刀。そうお手軽に動かして良いようなシロモノではないと見るが?

 

「むしろ、再稼働してこちらに置いておきたい理由の本命はそこなんだがな」

 

 と、シグルドは分かりきったことをと言わんばかりな顔つきで言った。

 

「ファティマの至宝とはその名のとおり、ファティマ王家の所有物だ。そしてその本流はアヴェにこそある。ファティマ王家の最大戦力を、ニサンに預けっぱなしで置いておくというのがまず望ましい話じゃない。セキュリティ面でも、両国のパワーバランスの関係でもだ。王家近衛の立場としては、早めにこちら側で確保しておきたいインセンティブは当初から有ったわけだ」

 

 あー……なるほどね。俺にはその視点は薄かったかもしれん。両国間の綱引きか。そりゃあるわなあ。

 

「ソラリスの介入が明々白々となり、今後、大霊廟のセキュリティが安普請と化すことが明らかな今。至宝は有るべきところに有り、持つべきものが持たなければならないと考える。それが今回お前の提案に乗る理由だな。タイミング的には我々としても渡りに船だったと言える」

 

 

 

 ……いやしかし、こないだ「アヴェとニサンの結びつきは強固だ」っつったのは他ならぬお前じゃねーか。そこらへんとの整合性はどうなってんだ?

 

 血統的な正統性はアヴェにあるのかもしれんが、歴史的な所有権はニサンに有るとも取れる。勝手に懐から拝借したら普通に不義理になりそうだぞ。

 

「別にそれも建前を言ったわけじゃない。ファティマの名の下に集う人々の団結力は、並々ならぬものがある。それはそれで事実だ」

 

 シグルドの指先が儀礼じみた小刻みな動きを取った。たぶんそれはニサン式の宗教ジェスチャーなのだろう。もっとも、俺にはその意味合いが良く分からない。

 

「だがな、十数万を数える二サンの民、及び周辺エリアを治める行政機構は、一枚岩というわけじゃない。ニサンとファティマのどちらを取るかと言われれば、迷わず二サンを取る人間のほうが多数派だろうよ。もちろん大半の人間はその際に申し訳無さそうなポーズぐらいは取るだろうが、ポーズだけでは大して役には立たん」

 

 ふむ。まぁパフォーマンスじゃ腹が膨れないのはそりゃそうだ。誠意とは即ち金額であるとの箴言もある。が、どちらも思いの外薄情なんだなと思わんでもないな。

 

 

 

 ……とはいえ、確かに思い当たるところがなくはない。ファティマの王族たちが文字通り死んでもクチを割らなかった、ファティマの碧玉の真実について。将来ニサンにシャーカーンが攻め入った際、ちょっと一般人を人質に取られただけでニサン側はあっけなくゲロっている。

 

 別に、ニサン側がそのことを知っているという確証すらシャーカーンにはなかったはずなのにだ。

 

 それはそれで苦渋の判断だったのだろうとは思われるが。なるほどそこには確かな温度差が存在する。

 

 

 

「無論、俺だって敬虔たる信徒の方々に対してケチを付けるつもりはさらさら無い。これでも近衛入隊の折に洗礼を受けている身の上だからな。ニサンは身内だ。しかし政治や武力の範疇となると、誰もが右を向けばそちらを向くというわけではなく、それぞれが異なったベクトルで動く両国間の隔たりは大きい。ただそれだけの話だ」

 

 言われてみると、シグルドとシスター・アグネスは有る種のライバル関係で、バルトとマルーの教育方針などに関してその都度衝突していたという記述があったよーな気がする。僧兵隊と近衛兵との間に、縄張り争いじみた確執があるとも聞かされている。

 

 周囲にファティマ家シンパが大半なせいで忘れそうになるが、なんだかんだで両国は単なる友好国に過ぎない。利害関係も異なるし、目指すところが一致するかも定かでない。分かってたつもりだが分かってなかった、か。

 

 ……というかこれ、またぞろ原作知識に目を曇らされたケースだな。ゲーム中で至宝というかギア・バーラーに対する扱いが大きかったせいで、俺の中で過剰に特別扱いしてしまっていたんだ。

 

 近い未来や、500年前の大活躍なんぞ、そもそも誰も知りゃしない。El.アンドヴァリは、ファティマ王家にとって象徴的な意味合いがある強力な兵器という枠を超えるものではないのだ。

 

 

 

「以上だ。ラムサス候補生、貴官の現状理解度に懸念を表す。その認識を改善させるにあたり、何か質問は?」

 

 有りません、教官どの。しかるに先程の設問でありますが、現地の人間のみが知りうる情報が問いの前提として含まれており、問題設定としていささか不適切であったと愚考致します。地元民だからってでかい面してんじゃねえぞコノヤロー。

 

「やかましい、食客の分際で」

 

 あーはいはい。見事に一本取られましたともさ。やっぱりアギーからの孫引きだけで横着するのはダメだなこれは。いくら才媛とはいえ彼女にも彼女なりのバイアスがある。

 

 それに俺自身の見通しの甘さも。もっと広い目を持ってというか、そもそも外部協力者にすぎない俺は分を弁えて、あんまり運営レベルの内容には口を出さないようにしておいたほうが良いのかもしれんな。

 

 

 

「この期に及んでお前が働かなくなるのもそれはそれで困るが……アギー? そういえばさっきも名前が出たか。聞き覚えがないが誰だ?」

 

 ん? ああ、普通にシスター・アグネスだよ。俺んことカールでいいっつったら、向こうもそれならアギーでいいってさ。最近ちょっといい感じよ?

 

 もっとも、このまま前のめりにいっていい相手かというとビミョーだけどなー。彼女が魅力的な女性なのは疑うべくもないんだが、ほぼほぼ間違いなくニサンの紐付きだろうし、ある程度ブレーキは掛けざるをえん。

 

 それでもまぁ、ムサ苦しい兵隊連中や敏捷い商売人を相手にするよりは、よっぽど文化的な会話が出来て心まで洗われるようだぜ。役得ってかあ。

 

「てめぇ……俺がクソ暑い砂漠を必死にバギーで走ってるときに、快適なアジトで美人とよろしくやってたのか」

 

 シグルドの目が苛立ちに細められる。やっぱりなんだかんだストレス溜まってそうだなオイ。

 

「あれもこれもとやらせている側としては、多少の斑っ気ぐらいは大目にみるがな? しかしそれも公に支障が出ない限りにおいてだ。ニサンのスポークスマン相手とか、いったい何考えてやがる。メモリー・キューブ経由でミァンに密告してやろうか」

 

 おいコラそれはマジで止めろ。冗談でも言って良いことと悪いことがあるぞ。ていうかいいだろ別にまだ手ェ出したわけじゃないし。仕事だってちゃんとやってるし。

 

 この件に関しては文句を言われる筋合いはないはずだ。だいたいお前もヨルドガルデとか居るんだろうが。お兄ちゃん大好きな血の繋がらない妹だぁ? 野郎の都合のいい妄想じゃあるまいし良いご身分してるぜ。 

 

「はぁ? 馬鹿か。ヨルダはそんなんじゃない。そもそもあいつはまだ十歳だぞ? この前久々に会ったときも、俺が死んだものと思ってたらしくて最初は感極まってたが、その後はどうも余所余所しかったし……」

 

 うわあ。すっとぼけて言ってんならロクでもないし、素でその言いっぷりだとするとフツーに正気を疑うね。十歳っつったって、一般論として女の子のほうが心の成長は早いもんだろ。

 

 幼年期からずっと一緒だと恋愛感情が湧くことは稀らしいが、お前さんはここ五年近く行方不明で、いい具合にインターバルが空いている。これはもうお前狙ってやってんじゃねえのってレベルだな。遠き古典に肖って、イグニスのジェネラル・ゲンジの名をくれてやろう。

 

「何をわけのわからんことを……。そんなことを言ったらお前は……」

 

 

 

 

 

 

 その後もしばらく益体もないやり取りが続いた。差し当たって、シグルドを女性関係で誂うと、ものの見事に歯切れが悪くなるらしいことが分かった。

 

 カミソリ頭が形無しだ。表面上硬派を気取っているが、ようはその手の話題に対して耐性がないだけなんだな。

 

 朴念仁でもストイックでもなく。単にクソ真面目なことからくる対応のマズさ。なんともいじり甲斐のある話であることよ。

 

 今後も折を見て楽しく遊べそうだった。パッと考えただけでも、仕掛け方はいくらか思いつく。例えばそのうちマルーちゃんに入れ知恵してけしかけてみるとか? この手の話はこじれると色々と厄介だが、渦中の人物がシグルドであれば最低限の良識はあろうし、適当にやってもそこまで悪いようにはならんだろう、たぶん。

 

 

 

 ……しっかし、なんだかちゃらついた学生みたいな会話だなあと思わんでもないが。良く考えたらシグルドも塵閣下もまだ18歳、年齢的には未だに学生ど真ん中なんだよなあ。こんなキナ臭いことにかかずらってる年ごろじゃああるまいに。

 

 まったくもってひどい話だ。世の中間違ってる。とっととこのゴタゴタを終わらせて、平穏な日常ってやつをサクッと取り戻せられればいいんだが……。

 

 

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