グラーフが息を呑んだのが、機体越しですらアリアリと分かった。
よーしよしよし。掴みはオッケーだ。このまま一気に畳み掛ける。もともとファティマ王家の係累だと誤認させる流れになっていたんだから、そこからちょっとだけ飛躍させて、始祖のご本人を騙ったって無理はなかろう? 我こそはロニ・ファティマなりだ。
……いやまぁ、フツーにすっげー無茶ではあるんだけどね? やり始めといてなんだが、ハッキリ言ってゴリ押しにも程があると思う。それでも、無理が通れば道理が引っ込むのが世の常だという説もある。
ゾハルとの二次接触を果たしているとはいえ、もはや接触者そのものではないラカンは事象変移システムの具体的な部分にそこまで詳しくないはずだし、そもそもがコミュ障気味の芸術家崩れだ。多少の不整合くらいならその場の勢いで押し切れる。はず。……だったらいいなあこん畜生!
『貴様、何故その名を……!』
……何。人格パターンを引き継がせておいたのは君だけに限らないと言うことさ。碧玉要塞やバベルのような先史遺跡から得られた技術に、El.アンドヴァリ《僕の機体》に内蔵されているアニマの器。それらを組み合わせてゾハルにアクセスすることで、記憶を子々孫々へと受け渡す。
けして技術的に不可能なものではなかった。まぁ、僕にも詳しいところまでは良く分かっては居ないけれどね。
色々と思い出せたのもついさっきさ。何かキッカケが有ったようだが、それが何なのかは分からない。おそらく君が言う器の共鳴とやらが関わっていたのかもしれないな。ま、今はそんなことはどうだっていいけれど。
『……おまえは。まさか』
それにしてもひどい話だな、ラカン。またあのときの悲劇を繰り返そうと言うのかい? いずこかへ消えた君は、ディアボロス《悪魔たち》を引き連れて僕たちのところへ舞い戻ってきた。悲しいかな敵として。まったく凄惨な戦いだった。そして無益な戦いでもあった。
無益なことを繰り返したって仕方がない。それが分からないような君ではあるまい? 不毛な連鎖はどこかで断ち切らなきゃなるまいよ。
『無益だと? ……分かったようなことを言う。無益なものがあるとすれば、それはこの星を覆い尽くす不埒なシステムそのものだ!』
グラーフが吠える。それに合わせてヴェルトールが腕組みを解き、感情的になったヒトそのものの振る舞いで、全身を大きく揺さぶらせた。
『おまえが、古き日に生きたあの男の記憶を継いでいるというのなら。まさしくその記憶にこそ刻まれていよう。いくつもの欺瞞を。醜悪な裏切りを。ソラリスの、シェバトの、そしてニサンの者どもの恥ずべき行い。さりとて、かの者どもの罪すらも、しょせんはヒトそのものの原罪に基づく照り返しに過ぎぬ。我々ヒト種そのものが腐っているのだよ。わたしはそれを知った。そう知らされた。滅びの焔がこの世を焦がせと燃えている。それは断ち切るべき因果などではなく、それこそがわたしの成すべきことなのだ!』
暗いなあ、ラカン。それに嘘をついている。滅びの炎なんてものはごまかしだ。聖母サマのお言葉が、今の君のような生き様を望むもののわけじゃないことなんて、本当は分かっているんだろう?
なあ、ラカン。確かに君の怒りには正当性があるだろう。あのときのお偉方は本当に酷いものだった。たくさんの仲間が無意味に命を散らせていった。簡単に許せるようなもんじゃない。それはもちろんそのとおりだと僕だって思うさ。
だが、それでも。片面的な正しさは絶対の正義を裏付けてくれるものじゃない。お偉方は確かに大いに間違っていたけれど、僕たちだっておそらくどこかで間違えていたんだ。間違えない人間なんていやしない。けれど、人々は各々の日々を過ごし、そして世代を重ねるなかで、システムを改良し、より良い形を見つけ出していく。
間違えない人間なんていやしない、でも、人にはその間違いを正すことだってできるんだから。
君の言うヒトの原罪。兵器のパーツとして産み落とされ、そのシステムに縛られているという事実すら。しょせんはいずれ正されるべき、数多くの間違いのひとつに過ぎない。僕はそう信ずる。人にはそれだけの潜在力があるんだってね。
それに。なにより。この世界には今もなお、星の数ほどの人たちが生きている。彼らにはそれぞれの生活がある。在り来りで、抑揚のない、それでもかけがえのない生活だ。
気に食わないシステムをただ根本から打ち壊さんがために、そうしたすべてを焼き払ってしまおうだなんて、僕は認めない。断固として、認めるわけにはいけないんだ。
『……』
それが過ちだということが、君に分からないはずがない。僕たちの戦いは自由を勝ち取るための戦いだった。確かにそれは単なる人助けではなかったが、それでも人々のためを思ってこその行いだった。君もまたその想いを共にした同志の一人だ。
未来を願う優しき想い。そう、以前の君は、確かにその胸のうちに優しさがあった。僕は知っている。みんな知っていたさ。君はカラッポなんかじゃない。聖母サマは、ソフィアは、システムにそうせよと命じられたからじゃなく、不器用だけど力強い君の心優しさにこそ惹かれたんだ。
そんな君自身の見どころをあっさり棄ててしまって。代わりに継ぎ足したのが、万物を呪う怨嗟の声だけだというのかい? ひどい取引だ、それは。なあ、ラカン? それこそ不毛だと言わずになんと言う?
『俺は。……いや、わたしは。そのようなごまかしに、惑わされるわけにはいかぬ!』
ヴェルトールはいよいよ錯乱した人間まがいの動きになっている。遺跡の床まで降りて地団駄を踏み、握りこぶしを振りかざす。もはや戦闘態勢とは呼べなかった。相手目線からすると雑魚とはいえ、それでも今なお、敵と向き合っているはずなんだがな?
フルエーテル制御の精度が高じて、機体が中の人の意に従いすぎているわけだった。ある意味それはギア・バーラーの数少ない弱点だと言えるのかもしれない。
ロニ・ファティマっぽさと自分なりのスタンスをまぜこぜにしてべらべらと喋り立てつつも。俺は密かにガラ空きになっているヴェルトールの胸元に狙いを定める。
……一応、今のところはかなり動揺させることが出来ているが。この方針でヤツを説得できるとはまったくもって思わない。まがい物でなんとかできるくらいなら、500年前のロニ本人でどうとでも転がせたはずだからだ。
それでも、とっくの昔にあの世にいったはずの元友人が、突如蘇って説教をかますというシチュエーションのパンチ力はなかなかにヘビーだ。さしものグラーフもこっちの術中にハマっている。まぁそりゃ誰だってだいたいそーなるわ。
いける。これなら。
『そう、おまえの言うすべては綺麗事だ。天寿を全うし、遥かな過去に屍を晒した一人の男の世迷い言。そうではないか? 広くこの世界を見てみるがいい。ソラリス《システム》の支配は揺らぐどころかむしろ強まり、ただ日々を暮らすばかりの下民どもは何一つ疑いもせぬ。それに、わたしは憶えている、500年前《われわれの世代》に留まらず、ヒトは無様な破滅をこれまでも幾度も繰り返してきたのだ。斯様な駄馬に世を正す能力はない。その資格もない。そんなものなど“最初からなかった”のだよ』
オメーとカレルレンが云百年単位でプッシュしてなきゃよっぽどマシだったんだよ、と突っ込みたかったがまぁ黙っておく。
『滅尽滅相。もはやその他に進むべき道など残されてはおらぬ。デウス《母なる神》を滅ぼし……そして、ヒトそのものも滅びて消える。それこそが罪深きヒト種の、唯一の救いの形なのだ。何故、それが分からん!』
悲しいな、ラカン。そんなにも心をささくれ立てて。絶望と怒りとに塗りつぶされてしまって。ほんとうに見るに堪えん姿だよ。ああ、たぶんそれは、その悪夢を思わせる黒装束、憎しみの衣で始終身を覆っているからこそなんだろう。
なあ、ラカン。君は少し休むべきだ。そのギアを、その仮面を、心を鎧い、縛り付けている何もかもを取り去ってね。
人には戦うべきときがある。それを強いられることもあるだろう。だけど戦端なんて開かれないに越したことはないんだ。戦《いくさ》は誰かが不幸になるから。出来ることなら僕だって、こんなものを乗り回して君と矛を交えるより、前みたいに焚き火を囲んで、うまいものを食べながら、懐かしい昔話にでも花を咲かせたいものなんだがね……。
『何を……今さら……』
何気ない素振りで次第に距離を詰めていく。ヴェルトールの視線はこちらのコックピットに注がれている。
程よく近づき、一拍おいて、いよいよ中身がハッチを開けてご登場……すると見せかけておーいーてー。
……ロニ・ファティマのわきゃねーだろうがよォー!! スキありぃぃぃぃ!!!
◆
勝った!! エピソードⅤ完!!!
インパクトの瞬間にジェネレータの出力マーカーを青天井に引き上げ、そこから事象変異のポテンシャルを最大限引き出したことによる虚脱感が駆け巡るなか。俺はやりきった手応えを感じてすっかりハイになっていた。
変なふうに脳みそを酷使したせいでテンションが上がりきり、おかしな笑いが出てしまう。どうも脳内麻薬がえらいことになっていそうだ。うひ、うひゃははは……。
……間近で相対している彼我のギアを比べると、パッと見、やられているのはこっち側のようにしか思えないだろう。
立ったままのヴェルトールと、そのすぐ手前で跪いているエーンガス。おまけに向こうが外観ほぼ五体満足なのに対して、こちらはというと、全身の関節がグニャグニャのバッキバキ、サブエンジンやジェネレータ本体も焼ききれて完全に火が落ちている。
他の箇所でも継続使用可能なパーツを探すのが難しいくらいで、これではもう機体そのものがレストア不能でスクラップ不可避な状態だった。
しかし、たった一つの見どころとして。先ほどシステムダウンと同時に肘から脱落したエーンガスの右腕が、ヴェルトールの胸元に手首の半ばまでガッツリ突き込まれている。
ゾハルとの二次接触によって出力オバケになっているものの、ORヴェルトールの装甲自体はギア・バーラーのそれと変わらない。不意打ち前提でコックピットを最大出力かつピンポイントでブン殴れば、堅牢性を鑑みて内部にダメージを通すのは不可能とまでは言わないのだ。
機体そのものの姿勢でも、搭乗者の思念レベルでもガードの下がりきったヴェルトールの胸ぐらに無骨なギア・アーサーの片腕が食い込み。その状態のままで電撃のエーテルを最大パワーで流し込みまくった。
原作でエリィがヴェルトール・イドを捨て身で止めたシーンを参考にさせてもらったわけだが、未覚醒状態の“母”であるエリィとカイン・コピーの俺だとおそらくエーテルパワーの通常出力は俺のほうが上だし、機体にしてもエアッドのような最新鋭機器を取っ払った単純な火力ではヴィエルジェをかなり上回る。そこにジェネレータのマーカー書き換えによる飛躍的なエネルギーゲインも加わった。
その上、エリィはイドを「止める」という意識だったのに対して、こちらはグラーフを仕留めるつもりで手加減なしにやっている。
これだけバフを積み増せば、さしものグラーフと言えど年貢の納め時というわけだ。
実際、向こうのコックピット部分の実用性は物理的に消失しており。エーンガスのマニュピレーターとヴェルトールの装甲、それから内部資材がごちゃまぜになって金属製の煮こごりまがいと化している。……正直言って見た目がわりとグロい。
ああしかし、憑依されていた誰かさんに対しては本当に申し訳ないことをしちまったなあ。
引き続き顔はニヤニヤ笑っているのに、頭の内では悔恨の念が押し寄せてくる。こっちも切羽詰まっていたから流石に手の打ちようがなかった。グラーフに依り代として選ばれるだけあって、おそらく一廉の人物だったんだろうに返す返す惜しい。
せめて身元が割れたらご遺族に通達くらいはと思わないでもないが。肉体が原子レベルまで分解してしまっていてはそれすらも難しそうだった。
一応、遺伝情報の痕跡からパーソナリティデータを抽出する技術はソラリスになら存在する。メモリー・キューブで収集したデータベースと照合すれば、親族の割り出しだってたぶん出来なくはないだろう。もっとも、表面上の用途としては一般人用の多機能なフリー・コンピュータにすぎないメモリー・キューブの端末側にはそこまで尖ったガジェットは含まれていまいし、わざわざこのためだけにソイレント現地施設あたりに手出しするのは明らかにリスクリターンに見合っていない。
謎の被害者氏については、このまま見なかったフリを決め込んで忘れてしまうしかなさそうだ。
……リアルにドンパチやるに当たって、この手の問題が避けて通れないことは分かっている。でも、それは頭では一応理解できているというだけで、感情的な部分では未だに割り切れていない気配がないではない。今回にしたってテンションを無茶上げして勢いで乗り切った感が強かった。
塵閣下のズバ抜けた基礎スペックのおかげで、何とかやれてはいるものの。どうも一般ピープルのメンタリティでは軍人仕事は色々と無理があるように思われる。
まぁ、そもそも現状自分が軍人といえるかどうかがまずビミョーなところではあるんだが。気の持ちようがどうたらじゃなくて純粋に身分上の問題として。というのも、アヴェ、キスレブ間で締結されている陸戦協定にはざっと目を通してあるが、どうも現状の王党派って区分としてはゲリラ扱い(ニサンの支援があくまで非公式で亡命政府が樹立されていないのが痛い)になってしまって、構成員一同が戦闘員の定義に該当しないっぽいのだな。
この星の文明水準的に、まだまだ非正規兵に対する扱いは荒い。もし両国の正規軍にとっ捕まったら、適当に拷問された挙げ句にそのまま処刑か実験体コースでもおかしくないわけで。
なんともはや、徹頭徹尾でやる気の萎むお話であることよ。
おっとと。そういえば一人ケガ人がいたな。アッパー&ダウナーのセルフ往復ビンタでキャラクター崩壊させてる場合じゃねえ。シグルドのやつは無事か? ……あー、畜生、システムがダウンしてるから外部センサーも僚機のステータスリンクも使えやしない。
緊急時用のサブ電力は辛うじて生きているが、それで稼働できているのは正面モニターだけ。範囲外については実際に目視で確かめる他なさそうだった。
色素の薄い塵閣下の頬を自分の手で軽く平手打ちし、さっきからおかしくなっていた表情を無理矢理元通りに戻す。それから手動のハンドルでコックピットの前部ハッチを動かし、隙間が空いた時点で蹴り開けた。
ヴェルトールとエーンガスは半円形のギア・ハンガーのちょうど中央あたりで対峙している。未だに笑っている膝と足元にカツを入れつつ、俺は遺跡の床まで一息に飛び降りた。
……。不穏な気配に、フワフワしていた頭の調子は、一瞬にして消し飛んだ。
壁に食い込んで半端に突っ伏したままのアンドヴァリの胸部ハッチが開いている。しかしシグルドが出てきている様子はない。遠目なのでハッキリしたことは言えないが、コックピット内部はがらんどうのように見えた。エーンガスと違ってモニターなどの内部機器はすべて生きているようで、それなのに乗り手が行方不明という事実がことさら不気味さを引き立てていた。
一応周囲には警戒しながらも、急いでアンドヴァリまで駆け寄り、ハッチの内部を覗き込む。案の定シグルドは居なかった。ヴェルトールに即落ちニコマを食らった際に作動したのだろうエアバッグの残骸が、パイロットシートに垂れ下がっている。いくらか血糊が飛んでいるが、せいぜい額かどこかを派手に切ったという程度で、命に関わるようなケガだったようには、到底思えない。
コックピットに乗り込む。カイン・コピーとしての権能を振りかざせば、実質ファティマ王室関係者の専用機といえど、バーラーな時点で操縦は可能だ。アニマの器とのリンクをつなげ、立ち上がったままのメインコンピュータの権限を握る。作業は腹が立つくらいにスムーズに行った。まるでもともとここには誰も乗って居なかったみたいだ。
不意打ちの際にグラーフに気取られる可能性を極限まで小さくするために、外向きの回線は予め封鎖してあった。機体内部のチェックを入れ直すだけで、通信はたちまち繋がった。
……こちらラムサス。ユグドラシル、聞こえるか?
『はい、こちらユグドラⅠ。聞こえてますけど……あれえ、ラムサスさん?』
イルカ型亜人のレーダー通信担当、バンスの声がすぐさま返ってきた。
『この識別コード、アンドヴァリからで合ってますよね? シグルドさんは……ってうわあ、大丈夫ですかこれ!? 今通信と一緒にデータ飛んできましたけど、二機ともボロッボロじゃないですか! ミッションはどうなりました、まさか失敗?』
いや、ミッション自体は問題ない。先ほどデビル1と遭遇するも何とか撃破、敵機体も鹵獲見込みでそれについては万々歳と言える。
『おお! それは良かった、流石です』
……しかし今ようやく自機データが飛んだってことは。アンドヴァリを潜ませる際に通信を切った時点から、シグルド側からの発信は一切無かったということでいいんだな?
『そうですよ、ヒトヨンマルマルに回線切断、そこからは遺跡周囲の警戒に入ってますけど、流砂サウンド以外な~も聞こえてません。この通信が初めての受信電波っすね。……もしかして、シグルドさんに何かあったんですか?』
ああ、命に別状はないはずなんだが行方知れずになってる。しかしそれについては後回しだな。人サイズの何かしらが遺跡から抜け出す場面がないかどうかだけ、注意して見ておいてくれ。
とりあえず、騎士団用の機体を物資搬出に使いたい。悪いが即応可能なのを一機急いで準備するよう伝えてくれるか? あと防疫用キットも一人分。10分でそっちに戻る。
『りょ、りょーかいです。ミロク大尉のチームが待機してますから、ディルムッドの五号機か六号機が回せるんじゃないかな。警戒もより密にして当たります。お早い帰還をお待ちしてます』
ありがとう、よろしく頼む。通信を終わる。
バンスからのアウトサインと共に回線が切れた。コックピット内部にはサブエンジンの駆動音だけが響いている。俺はアンドヴァリのシートに座ったまま、片手で額を抑えて大きくため息をついた。
しまったなあ。俺としたことがなんという計算ミスをっていうかこんなもん単なる見落としだが、うわー、やっちまったよこんちくしょう。