塵閣下になりました   作:あーぷ

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正気をアピールしてみる

 

 

 ユーゲント=指揮官候補者養成校、というとなんか字面的にカッコイイ雰囲気があるが、ぶっちゃけ軍人見習いに過ぎないわけでいきおい教育も軍隊式になる。基本スパルタ体育会系でスケジュールはギッチギチ、学生のプライベートなんぞ犬にでも食わせちまえという次第。協調性を身に付けさせるために複数人固定の寮部屋は簡素で狭苦しいし、食事の水準自体は高いがメニューはお定まりだし、たまの休日にも外出許可が降りたり降りなかったりする。

 

 当然、他年次の異性との施設内での交流なんぞ以ての外だ。

 

 おかげでラムサス君は現一回生の愛しき彼女となかなか逢えない日々が続いていたらしく。もともと人間不信が服着て歩いてる性格なこともあり、かなーりフラストレーションが溜まっていたようではある。

 

 

 

 とはいえ、今となってはそんなこた知ったこっちゃないというか。むしろその部分については心の底から感謝したっていいくらいだ。

 

 繰り返しになるが、会いたくねえもん、彼女。勝てる気がしねえ。チョー怖い。

 

 ミァン・ハッワー。ゼノギアスというストーリーの黒幕の一人と言える女性。一万年分の人生経験と全世界で五本の指に入るエーテル感応力を持ち、デウスなる惑星規模戦略統合兵器の端末として、人類総兵器化を虎視眈々と狙い定めている悲しき悪女。しかしそんな事実はおくびにも出さず、公にも私的にも塵閣下を日夜支え続けた内助の功、カッコ大嘘。

 

 そんな海千山千の極みのような女性を前に、肉体年齢17歳、精神年齢アヤフヤという現在の俺が相対したとしよう。処刑場に死体が歩いて出てきたようなもんで、撃たれる前からくたばってるのも同然よ。笑い話にもなりゃせんわ。

 

 

 

 まぁ、この身体そのものはカタログスペックで見れば天帝カインと並んでいる。オリジナル・カインも五本指にギリギリ入れるレベルの強者ではあるし、それに加えて原作知識でゾハル周りのカラクリを理解している(ちなみにユーゲントでは火属性だ水属性だという実態からズレたエーテル教本が出回っていて罠みたいなもんだ)ことで、俺個人の事象変移能力が高まっているという強みもなくはない。

 

 しょせんコピーとはいえ、正面から殴り合った場合に限れば、母《ミァン》が相手でも勝てはしないにせよまったく勝負にならんというほどではないとは思う。

 

 だからって、生きるか死ぬかの勝負の場で大丈夫だろう運転とか自殺と変わらんし、そもそもここはソラリスの首都エテメンアンキ。いわば敵地のど真ん中なのだ。向こうからの搦手の採りようなんていくらでもあるわけで、前述のとおり、戦う前から詰まされる。ダメすぎ。

 

 

 

 そんなわけで説得を続けよう。そう、俺は未来を見てきたんだよ、シグルド・ハーコートくん!

 

「……カール」

 

 ……待て待て待て。緊急回線からその手を降ろせ。医務官を呼ぼうとするな。俺は別に狂っちゃいないぞ。

 

 シグルドが寮部屋備え付けの端末に手を伸ばすのを押し留め、半ば無理矢理に二段ベッドの下段に座らせる。初手のインパクトが大事だと思って、先ほどヤツのお家事情をメインに原作知識をいくつかぶちまけてみたんだが。流石にケレン味を効かせすぎたか。軌道修正を図るとしよう。

 

 

 

 あのな、午前中の爆発事故のときにだな、ジェネレータから迸るエーテルの奔流に巻き込まれた俺は、未来を見たんだ。俺の未来。ミァンの未来。シグルド《お前》の未来、ヒュウガの未来。その他たくさん。そしてそれらをひっくるめたすべて、世界の危機ってやつをな。

 

 歯の浮くような話、正気を疑う話なのは自分で言っていてもそう思うが。今さっき話したファティマ王朝の現状把握と今後の展望なんか、俺の知りうる事実関係からの推測では到底無理のある内容だっただろう? 仮に俺がお前をここソラリスにさらったマッド野郎とグルで、ファティマ家の裏事情について大いにご堪能だったとしてもだよ。

 

 アヴェ建国の顛末、エドバルト四世内縁の恋人、そしてファティマの碧玉。分かるわけがない。知るはずがない。

 

 というか、お前自身すら知らないようなこともいくつか混じってたんじゃないか?

 

「確かに、お前が口にした内容については信憑性がなくもない。その部分はひとまず丸呑みしてもいいぜ? ……でもな、カール。お前の様子は尋常じゃない。口調もおかしいし、雰囲気も違っちまってる。未来だ何だはひとまず脇に置いて、お前はまず精密なメディカル・チェックを受けるべきだ」

 

 そんな暇はないんだよ、シグルド。ことは一刻を争うんだ。確かに今の俺は、おそらく頭にブチ込まれた情報量が多すぎたせいで、かなり歪んじまっているのかもしれん。しかし、それでもなお俺が俺であることは変わりない。

 

 俺、カーラン・ラムサスには夢があった。その夢は今も変わらん。この国の階級制度は腐っている。出身階層によって身分が制限され、実力ある者が下部階層出というだけで塵《ごみ》のように扱われる。そんな不条理がまかり通ってはならない、優れたものが正しく引き上げられる国家システムが必要だ。そのために、二級階層出の孤児である俺が、俺自身の力量に拠って立ち、自らを示し、そしてこの国を変えてみせる。

 

「……」

 

 ……だがな、その理想にしたって、ソラリス《この国》がマトモに存続するのが前提だ。この国はじきに滅ぶ。国として滅ぶんじゃない、物理的に破壊されるんだ。イド《たった一人の男》の癇癪によって。そして火の手は世界に広がり、何もかもが破滅に向かって突き進む。俺はそんな未来を見た。馬鹿げた話だが、馬鹿げたくらいの確信がある。

 

 なあ、シグルド。滅んだ国で、滅んだ世界で、正しいシステムがそそり立っていようが、そのことにいったい何の意味がある?

 

「……やっぱりお前の脳みそがジェネレータの爆発でイカレたって説明が、スマートな気がするが」

 

 俺の問いには答えずに、シグルドは眉間に指先を当てて、マッチでも擦るように過ぎらせた。塵閣下の記憶によると、それはヤツが思考を切り替えるときのちょっとした儀式みたいなものだった。

 

「まあ今はいい。それで? お前はその世界の破滅とやらを前にして、いったい何をどうするつもりなんだ。まさか救世主でも気取ろうってのか? カーラン・ラムサス。お前、いつの間に博愛主義者に転向した?」

 

 

 

 ……ううむ、碧玉の瞳が的確にポイントを突いてくる。流石はシグルド・ハーコート。原作では旧エレメンツと呼ばれる、前世代チート集団の一員だけのことはあるってことか。

 

 原作という異常知識についての信憑性は、俺が本来知り得ないことを知っているという事実や、今後シグルドが必要とする情報を適宜提供することで担保できる。そっちに関しては問題ない。既にそこそこ信じて貰えている感触があった。

 

 しかし、俺が、シグルド・ハーコートの友人であるカーラン・ラムサスとして現状マトモなのかという部分については、ぶっちゃけハッキリさせることができないのだ。

 

 

 

 塵閣下本来の性格を鑑みるに、今の俺の言動は明らかにおかしい。

 

 塵閣下にとって、世のため人のためというお題目は、しょせん自分自身のコンプレックスを満たすための道具にすぎない。原作中で「俺は俺によってしか満たされない」とか叫んでたことからも分かるが、彼は周りの人々が満たされることで得られる喜びだけで心安らかになれるような、利他的な精神構造をしていない。

 

 もちろん、そのあたりについては彼の生まれ育った境遇や、ミァンにあの手この手で誘導された影響が大であり。骨の髄までエゴイストというわけではなかろうが。

 

 それでも、現段階での彼の本心はお題目からは程遠かった。別に理想を信じていないわけではないけれど、理想は理想だけでフワフワと浮いてしまっている。信念を伴っていないのだ。

 

 寄る辺のないものを護る理由がたとえ「健全なものでなかった」としても、それが護られる者にとって役立っているのなら価値があるというのがシタン先生ことヒュウガ・リクドウの言ではある。でも、それが成り立つのはあくまで話が個人レベルに収まっていればのことで、組織レベルで回す場合にはおそらくトータルではマイナスだ。

 

 建前にすぎない理想の足腰は弱い。手綱を取れる範囲を越えた途端に私利私欲に堕ちて、塵閣下自身の独裁権力という形態に行き着いたまま凝り固まってしまう。作中のエレメンツが、理想を共にする同志ではなく彼の私兵と化していたことからも分かるように。

 

 能力主義に相応しいシグルドやヒュウガのような人材は、もともと優れた見識を持っている。正直彼らにはもうバレてるんだと思う。カーラン・ラムサス、引っ張り上げてもらった後はもう無用の長物で、それどころかむしろ害にすらなりうる泥舟だってことが。

 

 原作で彼らが塵閣下の元を次々去ってしまうのも、宜なるかなというもんだ。

 

 

 

 そんな人間が、いくら衝撃の事実を知らされ、それを心の底から信じ込んだからといって。今までの対外イメージをかなぐり捨ててまで、ピエロじみたアクションを率先して起こすというのは現実味のある話じゃない。洗脳でも食らってるんじゃないか。あるいは誰かに言わされてるだけなんじゃないか。そんな疑念が立つのも分かる話だった。

 

 つーか、その疑念、どっちも半分以上正しいしな。

 

 塵閣下の知識と経験を受け継いでこそいるものの、今の俺のアイデンティティが塵閣下かというと……相当怪しいわけで。

 

 

 

 でもま、そこらへんについてはしゃーないわ。切り替えていけ?

 

 シグルドから見て、知りすぎてしまっている俺は出来ることなら自分達の側に付かせたいと考えるはずだ。

 

 サクっと消すのは難しい。精神状態の怪しいスパイなんぞ何の役にも立たんからそっちのセンも薄い。それなら使えるものは使ってしまえが世の摂理。ファティマ王朝再興という大目標に当たり、当座ですら足らないものが山積みしている現状、ラムサス候補生《この男》、知識面でも、戦力面でも使いみちはある。そういう流れに持ち込んでいければ及第点。

 

 ちなみに知力面では期待はずれが濃厚だが、指折りに優秀なシグルド君とかシタン先生あたりが頭を使ってくれればそっちはなんとでもなるだろう。丸投げばんざーい。 

 

 

 

 俺はしばらく顔をしかめておいてから、バツの悪い笑顔を作ってみせた。

 

 ……疑いたくなる気持ちは分かるよ、シグルド。俺自身、自分の変化に戸惑ってる部分は大いにある。

 

 けども、俺は俺の垣間見た未来に確信を抱いている。災厄は起きる。このままだと世界の危機になっちまう。そしてそれを防ぐために俺には出来ることがあって、目先のことにかかずらっている暇はない。本丸を防がないと詰みに持ち込まれる盤面で、他所のコマの取り合いをやっても負け試合だ。俺の心変わりの理由はそこにある。

 

 裏付けは薄いかもしれんが……一応理屈だけは、通っているとは思わんか?

 

 

 

 沈黙が続いた。しかしそれはそう長い間には及ばなかった。

 

「……そうだな。ひとまず信頼はしないが信用はしよう。当面その形で構わないな、カール?」

 

 おうとも。今のところはそれで十分にありがたい。間に合せの信用を芯あるものに変えていけるよう努力させてもらう。

 

 

 

「それで、どうする。お前は俺に何を望む? 世界の危機を防ぐだなんて、芝居じみたことを真顔で言うくらいだ。何か計画があるんだろう?」

 

 話が分かるじゃないか。シグルド、いや、どこぞの誰かに肖って、シグって呼ばせてもらおうか。お前さんを引き込んで正解だ。それじゃ早速お願いしたいことがあるんだが。

 

「……」

 

 シグルド・ハーコートはベッドに座ったまま、真剣な表情でこちらを見上げている。それに応えるべく、俺もまたソラリス系イケメン面をしっかりと保ちつつ、目下喫緊の課題を簡潔に告げた。

 

 

 

 ……俺を夜逃げに連れてって?

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ……このとき俺は、褐色の偉丈夫に「ハァ?」って顔で睨まれるのが、けっこうココロに堪えるのだとゆーことを、知った。

 

 もう…生きて…俺の…塵。

 

 

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