塵閣下になりました   作:あーぷ

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悪魔で突然こんにちは

 

 

 何事も経験はしておくべきものなのだなあ、などと半ばやけっぱちじみた感想を抱きつつ。さっきから航行を停止し、同じ座標で留まっているアウラ・エーペイルをモニター越しに見つめた。

 

 天候は概ね快晴。只今の高度帯は地上9.7キロメートル、もとい10ケルテ近傍なり。つまりは対流圏の上層部、外部気温は氷点下50度代半ばを叩き出している。

 

 分かりやすく言うと、高度は渡り鳥が飛べる限界の1.5倍の高さで、気温はというとだいたい真冬のシベリア並だということだ。

 

 全体的に、ソラリス脱出時のコンテナすし詰め拷問もどきを彷彿とさせる状況だった。そのおかげでわりとスムーズに対応できてはいるが……何が悲しゅうて、あんな人為的事故を追体験せにゃならんのだ。

 

 寒い寒い寒い。さーむーいー。

 

 

 

 

 

 

 本来、戦闘用ギアの内部気密性や環境保持能力はかなり高い。

 

 ヘイムダルやブリガンディアクラス、つまり500年前の量産機のカスタムタイプであれば、ちょっとした改修で深海探索が出来るようになるくらいだから相当なものだ。

 

 その上で、今俺が乗っているのはギア・バーラーたるヴェルトール。星間戦略兵器システム《デウス》の直掩を想定した宇宙空間対応機なわけで、当然このくらいの温度差なんてどこ吹く風、のはずなんだが。

 

 残念なことに、現状のヴェルトールは、ぐちゃぐちゃに潰されたコックピット部分をツギハギしただけの間に合わせにすぎない。潰したの俺だけどまぁそれは置いといて。安普請な装甲板では高い密閉能力は望めないし、搭載した空調機器も出力不足が否めない。

 

 ギア・バーラーの卓越性なんぞ見る影もなく。ハッキリ言ってギア・アーサー基準でも、せいぜいがアベレージ未満相当のかなーりお粗末なシロモノなのだった。

 

 吹きすさぶ隙間風が体温を奪う。不安定な酸素濃度で肺への負担もずいぶん重い。一応、メイソン卿から貸してもらった砂漠の夜用携帯ヒーターを持ち込み、いつものコンバットスーツの上に、アヴェ様式のスラッとした厚着を何枚か重ねているものの。

 

 まぁ、なんだ。とりあえず人間が長居していい環境じゃないのは明らかすぎるほど明らかである。寒いってかもう、痛い。つらい。

 

 

 

 

 

 

 オラッ。とっとと先触れの一人や二人出してこいやシェバトのアホンダラ。そんなだから積み木モジャモジャの家とか言われるんだよ。グズ。ノロマ。お前の王様ロリババアー。

 

 ……などと荒んだ気持ちで胸中悪態をつきながら。ヴェルトールが両腕で掲げる白旗付きのポールウェポンを、エーテル制御でばっさばっさと揺さぶらせてみせる。

 

 ちなみに、俺自身の両腕はというと、コントロールスティックを握る必要がないおかげで、随分前からコートの内側へ絶賛引き篭もり中である。

 

 

 

 普段は終日アクヴィ・エリアの上空をウロウロしている不審円盤ことアウラ・エーペイル。それが未だに一箇所に留まっている時点で、こっちのことをバッチリ認識しているのは間違いない。

 

 ていうか、そもそもが向こうさんの航行経路にヴェルトールを乗り入れ、当たり屋まがいのやり口で無理やりその進行を止めさせたのだ。

 

 質量差数十万倍の通せんぼが継続している。おそらく内部では現在対応協議中ってとこだろう。

 

 シェバト側で通常回線が全封鎖されていて事前連絡のしようがなかったので、自分としては仕方ないケースだったとは思うのだが。あまりにも唐突、かつ傍若無人なアポイントメントだったことは確かで、今頃向こうさんがてんやわんやになっていることは想像に難くなかった。

 

 

 

 そのことについては大変申し訳なく思っている。

 

 思っているが。それはそれとして。早くしてくれ。お願いだから。

 

 寒いんだっつーの!

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 そうして、寒風吹きさらしのままで、都合一時間少々がすぎました。

 

 たいへんお待ちかねの使者さんはというと。今の今まで影も形もありません。

 

 

 

 ……死ぬ。死んでしまう。

 

 

 

 さっきよりも状況は大幅に悪化している。というのも。頼みの綱だった携帯ヒーターが、十分ほど前に煙を吹きだしてぽっくりお亡くなりになった。なってしまったのだ。

 

 おかげで機内温度はあれよあれよと急降下。現在マイナス30度強、もはや野ざらしと大して違いがない。移送用のコンテナ内部よりも空間が広い上に、わりと対流があるせいで、条件はソラリス脱出時よりも更にひどいかもしんない。

 

 勘弁してよメイソン卿、と思ったが。彼がブレイダブリク王城にランドクラブで駆けつけたときの竹とんぼっぷりを思い返すと、そういえばあの人、メカマンとしては結構細部が雑な御方だったっけ……。トホホ。

 

 

 

 

 

 

 何にせよ、こっちにも我慢の限度というものがある。痺れを切らすというよりも、あっさり事切れかねないという意味合いでだ。

 

 どうもさっきから遭難した雪山探検隊みたいなことになっている気がする。具体的に言うと、頭がモーローとしてフツーに眠くなってきた。

 

 マジでヤバイ。寝たら死ぬぞ、死んだら死ぬぞ。

 

 いい加減、眠気覚ましにシェバトの障壁《ゲート》に向かって中和効果付きの威嚇攻撃でもブチかましてくれようか……みたいな、無責任すぎることすら頭をよぎり始めた頃。

 

 ようやくシェバトの下部ハッチの一つが開き。そのハッチに続いて一部解除された障壁《ゲート》の合間をも縫って、一機の華奢なフォルムのギアが姿を現した。

 

 いわゆるシェバト・ギアというやつだった。ゲーム中ではアハツェンの前にノコノコ出ていって即座に汚い花火と化した可哀想な機体というイメージしかないが、シェバト製の兵器を既に解析済みの立場としては、優れた機動性やクセのない操縦系など、性能自体の優秀さはいちいち論ずるまでもない。

 

 そのシェバト・ギアが、バーニアを吹かしてこちらへ滑るように近づいてくる。察するに、紛糾した議論に何らかの決着がつき、いよいよコンタクト開始ということだろう。

 

 いやー、色々と文句も無いではないが、とりあえず出てきてくれて良かった良かった助かった。

 

 

 

 風属性エーテルを応用して体内に発生させていたジュール熱を、外部にまで広げることで機内温度を強引に引き上げる。加えて、寒さですっかりかじかんでいる身体の端々を、これまたエーテルの治療術で無理やり逆回しにして居住まいを正す。

 

 相変わらず健康に悪そうなことをやっているが。ていうか実際やりすぎると副作用がデカイのでなるべくやりたくないのだが、背に腹は変えられない場面なのでやむを得まいさ。

 

 とはいえ、最近無理をしすぎているのは明らかであり、この件が終わったら流石にそろそろ休暇を取ったほうが良さそうではある。

 

 こちらから200シャールあまりの距離を開けて、シェバト・ギアが淀みなく滞空体勢を取った。短距離相互通信の要請シグナルが入り、ノータッチで許可を出すと、向こうのコックピット内部が、正面モニター上部のサブウィンドウにリアルタイムで表示された。

 

 バーラーだろうと、アーサーだろうと、積んでいるシステムはそう変わらない。こちらの内部映像も、似たような形で向こうに映し出されているはずだった。

 

 

 

 相手側のパイロットはというと。これまた一方的に見覚えのある顔である。

 

 肌色濃いめ、くすんだ黒髪の中年男性。髭面の精悍な顔つき、外交の場には些かラフな着衣については、おそらく武道用の拳闘着か。

 

 ゼプツェンはまだ建造されておらず、カラミティはバルタザール翁の個人所有物。ガスパール翁は第三次シェバト侵攻戦前後には地上でゲリラ部隊を統括していたそうなので、おそらく今のシェバト本国では彼が最大戦力なのだろう。

 

 いきなりの武力行使も最悪のケースとして考えて、初手は武官を前面に出してくるのは分かる話だ。

 

 

 

 さて。とりあえずペースを握るために、まずはこっちから一当てすることにしようか。

 

 ……どうも最近この手のパターンばっかだなあ。情報量の優位を活かすに当たって、一番分かりやすい戦術だから、仕方なくはあるんだが。

 

 

 

 

 

 

 ……ウォン・カーン殿がお出ましか。ありがたい、貴方なら信用できそうだ。

 

『……何故、私の名を知っている? あいにくディアボロスの一味に知己は居ないはずだがな。貴官の所属と姓名を名乗りたまえ』

 

 これは失礼。私はカーラン・ラムサス特派大使。所属はアヴェ王家騎士団、軍事アドバイザー兼メカニック見習いが平時の身分。……もっとも、正式な任官は降りておりませんので、あくまで野戦人事の延長といった体ではありますが。

 

 この度は非公式ながら、両国の親善を目的として参じた次第。“ゼファー第三公女殿下”にお目通り願いたい。こうして無理押しをすることになってしまいたいへん恐縮だが、喫緊の件ゆえ、できる限り早期会談の実現を希望する。その際の迷惑料、及び手付け代わりとして、この機体は後ほど差し上げる。

 

 

 

『あまりにも急すぎる話だな。……いや、今、なんと?』

 

 この機体は差し上げる、と言っている。おそらく接触者《フェイ》の父親の貴方であれば、リミッターを掛ければギア・バーラーとして引き続き運用可能と見られる。ソラリスとの小競り合いが近ごろエスカレートしていると思しき貴国としては――

 

『ま、待ってくれ。貴官、フェイを知っているのか!? その機体であればもしやとは思っていた。あいつは無事なのか! 今どこに!?』

 

 すみませんが、フェイ君については確かなことは存じません。ただ、少なくとも現時点だと、身体的な意味では無事だと言って差し支えないかとは思います。グラーフの手によって行われていた、虐待じみた鍛錬が今のところ止んでいるはずですので。

 

 しかしながら、そのぶん養育放棄と言っていい状態に陥っている可能性が懸念されますね。おそらく彼はアイリス・エリアにて、一人きり取り残されている。……この件において貴方を責める意図は一切ないのですが、今の説明でもしご不快に思われたのであれば謝罪させていただく。加えて胸中お察し申し上げる。

 

『……貴官、何者だ? グラーフではないようだが。いったい何が目的だ?』

 

 先ほどお伝えしたとおり、目的は両国の友好と協力関係の構築です。もっとも、その場面における具体的な交渉部分については、後ほどゼファー陛下に直接申し上げる形とさせていただきたい。

 

 ざっくばらんに言えば、こちらとしても貴国から頂戴したいものはあるし、お伝えしたい情報もあれば、お願いしたいことも。それぞれかなりの分量になる。フェイ君のこともその中の一つに含まれる。

 

 そういった諸々の取引を総計して見るなら、おそらくそちらの持ち出し過多になるだろうから、そのぶんの埋め合わせとしても、このヴェルトールを前もってお譲りしたいと。こちらとしてはそういったつもりで居るのです。

 

『……』

 

 ああ、もちろん私自身はグラーフではありません。あの者は今、自らの意志で好きに動けない状況に陥っている。少なくとも当面のあいだは。

 

 この場ではっきりした証拠は示せませんが、ゼファー陛下に仔細お伝えいただければ、おそらくご納得いただけるかと思われる。何卒お取次ぎ願いたい。ご返答は如何か?

 

『……貴官の訪意については承知した。しかし本件は、私の一存では決めかねると見られる。一度持ち帰って、然るべき者と検討した上での返答としたい。度々すまないが、もうしばらくお待ちいただけるか』

 

 ええ、どうぞご随意に。そもそもが非常に不躾な来訪だったことは、こちらも重々承知しています。貴国の内々にて検討されるお時間は必要でしょうから。

 

 そうですね、出来れば明日の午後までには何らかのご返答を頂戴したい。それまで私は下界にて待たせていただく。

 

 無論それ以降であっても貴国からのコンタクトは歓迎致しますが、その場合においてはニサン経由で水面下にという形になりますので、どうしても手間暇が掛かります。私としても、なるべく今回で緒に就けておきたいというのが本音であると申し上げておきましょう。

 

 下界での座標と本機の識別コードは――

 

 

 

 ……さみーんだよさみーさみー。とにかく窓口が開けば今はそれでいいや。

 

 俺が帰った後ならいっくらでも紛糾してて構わないから、温かいところにとっとと退避させとくれ。投げっぱなしばんざーい。

 

 

 

『申し訳ないが』

 

 しかし、その展望は無慈悲にも砕かれた。

 

『貴官の出で立ち、要望、その他諸々含めてあまりにも突拍子がない以上。こちらとしてもリスクは最小限に留めたく思う。現時点での下界とのコンタクトは許容できかねる、貴官は引き続きこのポイントで待機していただきたい。急ぎ検討に入り、その後この場にてもう一度お答えする。……おそらく悪いようにはならんはずだ』

 

 えー? マジで? まーじーでー? ってうわあ、ホントに行っちゃったよカーンさん。そんな殺生な!

 

 

 

 踵を返して脇目も振らずに飛んで戻っていくシェバト・ギア。その場に取り残されるヴェルトール。いきなりちょん切れた相互モニタリングのリコネクトを試みるも反応がない。どうやら通信回線そのものを一方的に元通り封鎖しやがった。

 

 オッサン流石に焦りすぎだろぉ。こっちの了解もまだ取ってないってのに。いやまぁ内容が内容なんで気が動転する気持ちは分からんでもないけれど、勝手に画面を落としてスタコラサッサはいくらなんでも。外交儀礼とはいったい……。

 

 

 

 

 

 

 ……結局、合計して三時間くらい、寒空の下ってか上で待たされました。

 

 鼻毛まで凍りつきそうな惨状でした。わりと死ぬかと思いました。さむいのきらい。

 

 

 

 シェバトへの脳内好感度、3ポイントダウン。

 

 

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