移送用の大型キャリアが、レールに沿って走り続けている。
乗り心地はすこぶる快適だった。加速減速時の違和感以外に振動はほとんどないし、モケット生地の座席は柔らかく落ち着いた肌触り。空気に油っぽい臭いが混じって気分を悪くするようなこともない。
最初は要人用の高品質車両だからかと思っていたが。それだけでは色々と説明が付かないことも多いので、純粋に、この輸送システム自体の完成度が高いんだというふうに見方が変わった。
とりあえずソラリスの輸送網よりはよっぽどマトモな作りをしているのが確実だ。あっちは働きバチ用の居住区画(移送用も兼ねる)と物品運搬用ポッドに同一規格のコンテナを用いていたりと、ユーザビリティ以前の問題として、まず人道面で相当アレなところがあるからなあ。
ぶっちゃけあの国、ガゼル用ですら普通に造りが雑なのである。用いられている技術の高度さと事故発生率とをプロットすると、死傷者発生時のデータ取りと人口数の刈り込み、ようは国家運営上の実用性目当てにわざと完成度を落としているフシすらあるのだ。
何にせよ、この世界の最先端を独走しているソラリスに勝る部分があるあたり、これぞシェバトの底力というべきか。
まぁ、おそらくエルドリッジの設備を相当部分流用しているアドバンテージもでかいのだろうし、そこらへんあんまり過大評価するのもどうかとは思うが。
座席の脇に開いた大きな円形の車窓を覗き込むと、そこからはシェバト旧市街の街並みを伺うことが出来る。
その風景はというと……率直に言って、非常にうらぶれて見えるのだった。優れたインフラ部分に注目するよりも、そっちを眺める方が今のシェバトの実情に沿ったモノの見方ができるような気がする。
人間の行き来自体がまばらで。若者の活気となるともう極めつけに少ない。廃墟を通り越してほとんど遺跡のようになっているエリアも見かけたし、そこそこ人通りの多い区画においても、シャッターが降りてからずいぶん経っていそうな休業店舗が目についた。
若者不足にシャッター通り。絶賛過疎進行中の地方都市かなんかか、ここは。
第一印象としてはそんなふうだったが、むしろその状態で数百年に渡って「踏みとどまれている」らしいということ自体に、死にかけた人間を無理やり生かし続けるかの如き不自然さがあることに気づいて、ちょっとばかしぞっとさせられた。
第三次シェバト侵攻作戦の実施前ですらコレだ。地上戦力のほとんどを喪失し、人員物資ともに干上がっている原作時期には、よっぽど酷いことになっていたのが想像に難くないだろう。
「至らぬところも数多くありましょうが。それでも、我が国の景観には、今なお中々のものがあると自負しておりますよ」
対面の席でSPと共に座っている外相殿が、含みのある笑みを浮かべて言った。
「アウラ・エーペイルは、先史文明の粋をその礎として成り立っているのです。もはや何が為なのか見抜けぬものも多い数々の遺構。そうしたものが、歴年を経て何らかの役割を見いだされ、民草の生活を支える屋台骨となっている。“飛び石”などはその分かりやすい例でしょうな。遥か昔には、あれと同じものが数多く空を行き交っていたのだと考えられています。おそらくプラント・シェルから産出された製品の輸送用コンベアーだったのでしょう、それが、今では高所を往来する市民用の足として幅広く用いられている」
太古の機能美が形を変えて、人々の日常との融和を果たしている、というわけですか。たいへん興味深いお話です。下界の目線ではどこか浮世離れした雰囲気を感じるけれど、その実しっかりと地に足がついている。
貴国ではインフラとは積み上げるものでなく、いわば、仕立て直したものなのですね。
……ちなみに、“飛び石”のような小粒のアイテムを動かすエネルギーの出どころとしては、近場にジェネレータがいくつも埋め込んであるのでしょうか。それとも、障壁《ゲート》用のメイン・ジェネレータから個別に直接引いてくる?
「いいえ。そのどちらでもありませんな。エネルギーの供給網については、目的ごとに細分化されておりますゆえ。詳しい配置についてはお答えできかねるが、個々の機能ごとに専用の出力元が存在し、それぞれに最適化されたジェネレータにより、安定した動作を行わせる形式が採られています」
なるほど。ギアや艦艇のように、ひとつのコア・ジェネレータでトータルに管理するのではなく。複数のコアを用いた複合的なシステム網を、シェバト全域にくまなく張り巡らせているのですね。各々のコアを専用にチューンできるぶん、エネルギー効率性は段違いに高くなる、と。
ですがそれは、緊急時の頑健性よりも、平時の利便性を優先した構造のように思えます。セキュリティ面でいささか不安が残りませんか? 仮にコア一つに不具合が出たとすると、システム全体がまるまるダウンしてしまいますよね。
「おっしゃるとおり、安全性の確保については我が国の長年の課題ですな。システム全体の耐久度を高める提案などは、とりわけ軍部からたびたび為されておりますよ。たとえば、アウラ・エーペイルをエリアごとにブロック化することで、一部分の被害による影響が周囲に及ばないようにする、といったような」
どこか他人事のような言い方だった。実際、この件でやりあっているのは軍部と財政だろうから、外務担当としては遠巻きに眺めるようなところがあるのかもしれない。
「確かに、青写真としては理に適っている。我が国はそうした形態を採るべきではあるのでしょう。理想を言うならば。……しかしなにぶん、500年前より続く戦時体制の下では、抜本的な改革というのはなかなか難しいものでしてね」
これだけ進んだ技術をお持ちであっても。儘ならぬことというのは、どうしても出てきてしまうのですね。
「ええ。わたくしどもとしても、日々危機感をつのらせてはいるのですが。先立つものの不足については如何ともし難い。何ともお恥ずかしい限りです」
いえ。胸襟を開いたご説明をありがとうございます。
頷かされることしきり。規模は遥かに異なれども、どこも抱える問題は似通っているのだと共感する次第です。
……表面上、一般的な組織運営における問題点ってことにして頷いておくが。原作知識を引いてみると、そことは軸の異なったところに致命的な要素が隠れていそうだった。
たぶんだが、もとが巨大宇宙船の一ブロックというシェバトの出自がでっかい足かせになっている。
500年前、シェバトの主要な国土はバベル(とそのてっぺんにくっついたアウラ・エーペイル)だったとされている。バベル本体は海のど真ん中に突っ立っていて周囲に居住域を広げることができないし、海向こうの近場にしても多島海エリアでは大した足しにもならなかったはずだ。
実質、バベルこそがシェバトの母体であり。国民の衣食住のほとんどはバベルによって賄われていたものと見られる。
いくら天高く聳える巨塔とはいえ、単一物件を背景に国家経営を回していたというのは尋常じゃない。ていうか、ハッキリ言って正攻法じゃやっていけるはずがないだろうと思う。作付け可能な延べ面積や日照量等を考えるとまず食料が賄えず、そこらへん交易で補うにしても、500年前のアクヴィ・エリアに大量の余剰生産能力があったというのはなかなか考えにくい話だった。
未だに適当探査で4000年前の遺物がポコポコ湧いてくるような土地柄である。ゼボイム滅亡以降、あの地域が未開の地を脱した時期はおそらく皆無だ。
にも関わらず、シェバトは崩壊の日を迎えるまでの相当期間に渡って一国家としての人口を維持できていたらしい。それどころか当時もソラリスに次ぐレベルの国力を蓄えていた。常識的な目線だと不可能なのに実際には成し遂げられていたということは、当然そこには何らかのタネや仕掛けがあったはずだ。
察するに、かつてのエルドリッジにおけるバベル部分には、物資生産用のプラント施設がまるまる含まれていたんじゃなかろうか?
シェバトの国力を支えていたのはエルドリッジ由来の物資生産施設だった。さっきの“飛び石”の話とも符合する。アレは本来プラントで生産された各種製品を、エルドリッジ全体に行き渡らせるための物流ドローンだったわけだ。
エルドリッジ墜落当時の乗組員と乗客を合計すると、その総数はゆうに百万人を超えていたという。彼らの生活を物質面でカバーする心臓部として、プラントが取り扱う品目は、食料や日用品などの生活必需品が大多数を占めていただろう。
日常生活に伴って消費され続ける必需品は、一定のペースで生産が継続されなければいけない。即ち、プラント施設は普段から常時稼働させておく必要があるわけで、一朝有事における対応力よりも、平時の効率性の方が優先される。
いきおい、施設全体が荒事とは縁遠い構造にならざるを得ない。
おそらくドンパチに関してはギアなどの直掩機や、碧玉要塞のような外部構造でカバーする前提になっていたんだろう。敵さんの相手は外付けの大戦力に任せ、飛んでくるかもしれない流れ弾については障壁《ゲート》で弾いて対処する、と。
そもそもが、そういった全体図に基づいてシステム自体が設計されていたんだとしたら。この前提を修正するのは一苦労なんてもんじゃない。土台からひっくり返して一から仕立て直す必要があるわけで、想像するだけでウンザリさせられる、極めて厄介な仕事だった。
その上シェバトは未知の技術を手探りで解析して「使わせて貰っている」に過ぎず、当然正規ユーザーに比べて理解度では数段劣っている。障壁《ゲート》周りについても(どこからどこまでかは知らんが)カレルレンの持ち込みでブラックボックス化している。そんな集団が、システムの根幹部分を弄くり回すなんてどうみても下策で、改善どころか丸ごとダメにしかねない。
基礎構造レベルの脆弱性が、手つかずのまま今まで放置されているのは、まったくもって順当な判断ではあると言えよう。
……てーことはだ。一旦障壁《ゲート》を抜かれちまうと相当脆いんだろうな、この国。
なにせ剥き出しの民間工場みたいなもんだ。軍事施設とはダメコン能力が比べ物にならないのは火を見るより明らか。
シェバト、ひいてはアウラ・エーペイルの戦歴をおさらいしてみよう。500年前のソラリス戦役では持ちこたえるも、崩壊の日にヴェルトール率いるディアボロスにやられ、ゲーム中ではアハツェンの重力子砲(ドミニアの破壊工作含む)でお手上げになってほとんどフェイたちとゼプツェン任せ。最終的にはアイオーンに集られて雪原地帯に落っこちた。
どうも、障壁《ゲート》引き篭もり戦術で凌げるのはギア・アーサーの最上位機種あたりまでで、ひとたびそれを上回る戦力で来られると、途端ににっちもさっちもいかなくなるっぽいのが見て取れる。
ギア・バーラー相手にギア・バーラーをぶつけることができたソラリス戦役時はともかく。今となってはノーマルのギア・バーラーが少数機でも撃ち落とせるかはかなり怪しく、塵閣下inバーラー完全体あたりまで行くと、ほぼほぼ対処不能であっさりお亡くなりになりそうだった。うーん。
ソラリスの軍部末端から、ガゼル法院クラスまでがどう思ってるかは分からんが。そのラインを上回るお歴々、つまりカレルレン、天帝カイン、ミァン、グラーフの四名にとってみれば、シェバトってフツーに利用価値があるから泳がせてあるだけっぽいよなあ。
前々からそんな予感はしていたが。シェバトの内情を知れば知るほど確信が深まる。
アヴェとキスレブが、互いを程よく食い合わせることで地上に実験場を提供するための背景装置であるように。シェバトについても、しょせんはデウスのより良き復活のために、ソラリスの人的リソースを軍事産業に極振りする表向きの理由として配置されているにすぎないんだろう。
結局、未だヤツらの手のひらの上ということだった。この国の支援を得られたからって万々歳とはいきそうにない。引き続き盤外戦術まみれのクソゲー継続で、連中に気取られないよう抜き足差し足忍び足が必須か。
相変わらず、ゲンナリさせられる話であることよ。前途多難にも程があるぞ。
それでも、まぁ。外相殿のおっしゃるとおり、シェバトの都市並そのものは実際ヒジョーに美しい。
対流圏の上層部は曇天とは無縁だ。抜けるような青空をバックに、一万年の経年劣化を耐え抜いた構造物の姿が映える。どの情景を切り取ってみても、まるですべてが一流の写真家の仕事みたいだった。
苔むして崩れかけた壁面ですら趣がある。人通りが少ないことについても、通り一遍の観光地とはモノが違うのだという、いわば真実味を振りかけるための静謐さとしてプラスに働く。
いいところだよなあ、ホント。ここに住みたいかってーとまた話は別だが。
諸々の実務上、生活上の不便には目をつぶっていただき、シェバトにはずっとこの方向性のまま行ってほしいとすら思えてしまう。観光業で利ザヤを抜けてるわけでなし、ここで日々暮らしている国民としては有り難みなんて欠片もないだろうから、正直外野の意見としてはイラっとさせられる部類かもしれない。
でも、これはこれでわりと心からの本音なのだった。
外相殿の解説を聞きながら、観光気分で王城まで揺られた。得難い体験だった、と言える。ていうか、そもそも一国家の大臣閣下直々の観光案内とはまた豪勢なこった。
◆
事前に受けたレクチャー通りに膝を折って跪く。場所は女王の間の入り口寄り。薄いライム色のタイルが視線の先には続いている。
顔を上げればそのタイルがじきに途切れ、“飛び石”の連なりのその更に向こうに、ゼファー女王陛下が玉座に御わすのが見られるだろう。
……それにしてもこの国、高所恐怖症の人間には生きた心地がしないんじゃないだろうか? 自分で現地を歩いてみると良く分かるが、全体的に道が細い上に手すりとかもほとんど無いのだ。女王の間にて人身転落事故とかシャレにならんだろうに。柵をつけろ、柵を。
ここに至るまではあんがいスムーズに行った。というよりも、向こうさんとしても変にチンタラされると国内に不穏な噂が広がりかねないので勘弁してほしかったらしく、王城入りしてからはかなりの超特急だと言って良かった。
外相殿と一旦別れ、お付きのSPから殿上における立ち振舞いにつき説明を受けた。その上で、特にリハーサルなんかをこなすこともなく、ぶっつけ本番で女王の間に放り込まれた形だった。
事前のセレモニー等に時間を取られると思っていたので拍子抜けした。まぁ、話が早いに越したことはないから有り難く現状を甘受しておくが。国家間の親善の場にしては同席する人間が明らかに少ないのも、俺にとってはむしろ好材料である。
ちなみに、いくらなんでもこの短期間でアヴェ式の礼法なんか身につくわけがないので、ここに至るまでソラリス式というかユーゲント式で通している。あからさまに軍隊じみていて外交特使に似つかわしくないのは自明だし、敵国式の礼法には長年の関係性から見覚えのある人間がいるかもしれない。
事実、こうして傅く直前の最敬礼のあたりで、ゼファー女王本人には概ねバレたよーな気がする。でもまぁ、どのみちいつまでも隠し遂せるわけもなかろうし構わないだろう。
それに、今日の予定に対してはちょっとした伏線として働くから、トータルで見れば身バレ自体はそこまでマイナスにはならないはずだ。
面をお上げなさい、との声が背後から聞こえた。女王の間の辺縁に控える儀仗兵の一人からだった。言われた通りに顔を上げて立ち上がり、おおまかな目線で正面を見据えた。
玉座のバックにはリアルタイムの映像が映し出され、これまた透き通るように美しい青空だった。
半透明の防護シールドと、“飛び石”で作られた通路を隔てて。ゼファー女王陛下が玉座に在る。玉座が背にした青一色も相まって、まるで彼女がこの大空を統べる者であることを識らしめるかのような、ずいぶんと仰々しい演出になっている。
玉座の右傍らにはカーン殿が立ち、反対側のやや前方に、先ほど別れたばかりの外相殿も控えている。
そういえば、入管の際にカーン殿の姿が見られなかったのが意外だったが、なるほど最重要護衛対象である女王の側に回っていたということか。
ともあれ今は女王陛下だ。シェバトへのコンタクト作戦立案当時から、望んでいたシチュエーションがここにはあった。シールドがぐるりと回って進路を開放し、“飛び石”も機械的な動きをして真っ直ぐな通り道を作りあげる。
事前のレクチャーどおりに進み出て、玉座に近づく。サテンのような謎の光沢を放つ半透明のヴェールごしに、ゼファー女王の整った顔つきを初めて目にした。
「よくぞ、参られました。古き友の意志を届けし者よ。私がこのシェバトの女王、ゼファーです」
まさしくお人形さんみたいな女の子だった。見る限りでは年の頃は十代前半としか思えないが、ゲーム中で522歳てことは今512歳くらいのはずで、鯖読んでるってレベルじゃねえ。
そんな彼女を前にして。俺は、畏まった体勢をおもむろに崩して見せた。
どう振る舞うべきかは聞かされている。この場に相応しい振る舞い。儀礼的な動作とか、格式張った口上とか。理解もしている。しかし、そうした「正しさ」はまるっと放り棄てた形になる。
カーン殿が驚きに目を剥き、外相殿もいささか眉をひそめたのが分かる。後ろで控える儀仗兵たちも泡を食っているだろうが、こっちとしても事情があるのでしばらく勘弁してもらいたい。
悪いがここからは無礼講で行かせてもらう。いやまぁそこまで傍若無人をやるつもりはないけれど、でも、立場上あんまり下手に出るわけにもいかないんでね。
たとえ嘘っぱちの立場であろうと。今はそれが俺自身の拠って立つ立場であることには違いないのだ。
このシーンには相応しからぬ砕けた身振りとともに、俺は身を語った。ていうか、騙った。
……カーラン・ラムサス特任大使と申しあげる。お忙しいなかお会いいただき、感謝の言葉もありません。ゼファー陛下、ひいては第三公女殿下、ファティマは貴女の友情を心より喜び、歓迎するでしょう。アヴェ臣民においてもまた同様。両国の友好を願います。
さて。加えて陛下におかれては、私のもうひとつの肩書についても明かさせていただきたい。
神聖ソラリス帝国、帝位継承者筆頭。天帝カインが長子が一人、名をラメセス。お見知りおき願う。