塵閣下になりました   作:あーぷ

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薄気味悪い善意

 

 

 あいだに休憩を挟む余裕なんぞあるはずもなく。女王の間から王城の会議室へとスライドし、国家間交渉は継続する。

 

 シェバトにおける各セクターの次官クラス以上を中心に。途中でメンツの入れ替わりを挟みながら、それでも事務方を除くと、合計参加者10名足らずの秘密会議である。

 

 

 

 現段階では対ソラリスに向けての情報交換を主軸としつつも、今後の直接的な結びつきに繋がる諸要素を総浚いにしていった。

 

 両国のトップ、つまりバルトロメイ・ファティマとゼファー・シェバト間のホットラインの構築。あるいは武官の派遣、物資の相互援助割り当て。技術交流、資源開発の算段に、短期長期入り混じった土地やら施設やらの貸借契約。

 

 その他もろもろ。あれやこれや。……多いっつうのな。

 

 

 

 ちなみに、この手の仕事は本来シグルドの得意分野である。王党派のポジション的にも、ヤツのほうがよっぽどこの場に相応しかったろう。

 

 両国間の共同作業を円滑に進めるための基礎構造の構築。交渉人としての適性が劣る俺一人だけで、どこまで上手くコトを運べるかは気がかりだったが。意外や意外。今のところ、大筋ヘタを打たずに恙無くこなせているように思う。

 

 お互いに条件を出し合ってすり合わせを図る。相手の都合で誘導されないよう注意を払いながら、議論の中で不利要素の少ない落とし所に持っていく。

 

 波風立たない程度に公平に。しかし要所要所ではアヴェ寄りに。はっきり言って成果としては百点満点に近い。我ながらビックリだ。

 

 

 

 ……もっとも、別に俺が辣腕を振るったおかげでは全然ないのが悲しいところではある。

 

 素人の無理押しが、ここまでやれている理由はというと。主たる交渉相手たる外相殿が、こちらに対して友好的というか、ミョーに対応が甘かったことによるのだ。

 

 両国にとって益となる建設的な取り決めであっても、その枠内では自国の利益を最大限取りに来る。他の会議参加者のスタンスは総じてそれだ。しかし、項目ごとの最終的なポイント決めに関しては、最終決定権を持つ人間、即ち俺と外相殿の判断のウェイトが大きくなる。

 

 あれやこれやとネゴりあった末の結論が、全般的にこちら優位になっているのが、外相殿の手ごころに拠っているのはほぼ間違いない。

 

 実際、会議参加者のなかで一番ポーカーフェイスが苦手くさい内務次官さんが、一度ならず「え、いいの?」という表情になったのを目にしている。

 

 

 

 ユグドラ用の飛行ユニットの譲渡に、通信や探知網等の技術共有。追加の提供材料についてもずいぶんと大盤振る舞いだった。元がロニ・ファティマの持ち物だった前者はまだしも、後者については現段階でゴーサインが出るのは明らかに異常だ。

 

 なんでこんなに厚遇してくれるんだ? シェバト側……ていうか、外相殿と、それを後押ししたゼファー女王の腹の内がイマイチわからんぞ。

 

 

 

 ……が、まァ。とりあえず交渉ごとの場において、相手が好意的に振る舞ってくれるのは有り難い傾向だった。

 

 たとえ微笑みの裏に何かがあろうと。それはそれとして、現段階での取り決めがアヴェ側優位に進むのは願ってもない話。今のうちはイージーモードを有り難く享受させてもらうとしよう。

 

 

 

 

 

 

「……さて、一通り吟味いただけたかと思う。手元の十二条、及び各項目で本決まりという体で構わぬだろうか? 改めて異論等あれば伺いたい」

 

 ちょうど俺の対面、大机の二番上座に座った外相殿が確認をとった。場の一同が、先ほど事務官が取りまとめて配布した稟議書様の紙レジュメ束から顔を上げた。

 

 誰からもこれ以上の口出しはなさそうだった。今さっき自分たちで詰めた内容そのまんまなんだから、そりゃまぁそうだろうな。

 

「問題ないかと。これ以上の細部についてはファティマ王家《彼の国》の出方次第となりましょう」

 

 これを持ち帰った上で我が方でも検討を加え、今後の会合を経て正式合意の運びですかね。結構。特使として、我が国の意向に沿うことを認めます。

 

「軍部としても異論ありませぬ」

 

「よろしい。それではこれにて一区切りとする。……特使殿、後ほどこの内容に基づき、正式に印字したものをお渡し致します。シェバトを代表し、女王陛下とわたくしの名において、相互協定の締結を見据えた行動を貴国に求めたい。せっつくようで申し訳ないが、なるべく早期にご裁決いただき、まずは短波通信にて成否の程をお伝え願えますかな」

 

 承りましょう。結果の応答に用いる増幅通信回線については、先程話題に上がった首脳間のホットラインでよろしいか?

 

「そうですな。そうしていただこう。かつての友誼を復古させる象徴的な場面において、第一に交わされる合意事項としては、この件は大いに相応しき議題と言える」

 

 両王家の関係再構築に付随して、というわけですね。いいでしょう。初会合における慶事として扱われることを願っておりますよ。もっとも、この内容でしたらおそらく大丈夫だとは思いますがね。

 

 

 

 そうして念の為の決が取られた。当然反対票は無く全会一致。

 

 創始歴9987年5月。アヴェ・シェバト間の相互協定の原案がこの場で起草されたのであった。

 

 決定稿が事務方に回されていく。じきにちゃんとした外交文書として上がってくるだろう。それを受け取ったら使用許可の降りているEl.レグルスで取って返し、バルト(及び後見人たるメイソン卿)に放り投げれば、ようやく俺の役目も一段落だった。

 

 

 

 いやあ、疲れた。ていうかマジで身体が重い。いい加減心身ともにヤバいっぽいので下界に戻ったら流石にしばらく休暇取ろう、うん。

 

 はい、これにて解散。一同退出!

 

 

 

 

 

 

 ……と、思いきや。俺だけ外相殿に呼び止められた。

 

 はいはいはい、やっぱなんかあんのね。いくらなんでも話がうますぎると思ってましたよーだ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ……受勲、ですか。

 

「左様。この旨につき、陛下からもご同意いただけるかと存ずる」

 

 たいへん有り難いことです。そこまで私を高く買ってくださるとは。

 

 ですが、失礼ながら、いささか唐突なお話のようにも感じられますね。未だコトが成就どころか表沙汰にすらなっていない。先駆けに過ぎない私に下賜されるものとしては、正直言って、身に余る光栄と思われるのですが?

 

「特使殿。この度の受勲とは、我が国の慣習上、いわば授爵としての意味合いを持ちましてな。ただ名誉を公にするばかりのパフォーマンスには留まらぬのです。特使殿に対し、シェバトという一国における確固たる立ち場《ポジション》を提供するものと。そうお考えいただきたい」

 

 それであれば尚の事です。グラーフを退け、ヴェルトールを手中に収めたことが、あなた方にとっては大きな見どころだったのだろうと推察致します。おそらく体裁が整うとすればそちらの方なのでしょう? 協定成立に向けての貢献ではなくて。

 

 しかし、私はあくまでアヴェの特派大使に過ぎません。ファティマの名代であり、名目としてそれを上回るものは持つべきでない。少なくとも、今はまだ。

 

 

 

「特使殿、いや、皇太子殿下」

 

 外相閣下、その呼び名に関しては……

 

「ふむ。ではラムサス殿。貴方のお立場はお察し致す。ソラリスの地上支配は未だ盤石、対抗馬が身を立てるにはなお拙速が明らかだ。貴方自身が伏せ札で在ろうとすること、現時点ではおそらく道理に通じておりましょう」

 

 奥行きの見通せない笑顔を作りながら、外相殿は続けた。

 

「ですが、そうであればこそ。本件については何卒ご一考いただきたい。何、そう重く捉えられずとも結構です。貴殿がその本来の在り様に拠って立つとき、我らがシェバトという地盤にも、いくぶんその重きを置いてもらいたい。話の趣旨としてはただそれだけのことですからな」

 

 布石、というわけですか。

 

「はい。あくまで今後を見据えた先行投資。民草に委細知らしめることなど、当面は考えにありませぬ」

 

 なるほど? ……まぁ、私自身、機を伺う身であって、いざ好機とあらば貴国の助を求むるに吝かではないですが。共犯関係というのは、分かりやすいし、それなりに堅固な結びつきであることも確かではある。

 

「おっしゃるとおり。小利を共にするは還って大なり、ですな」

 

 ごもっとも。とはいえ……その利が世に偏在することのなきよう配慮はなされねばなりません。個別の欲望などしょせんはひとつのファクターにすぎない。全体最適に向かって、遅い歩みをどれだけ前に進められるのか? 結局のところ、我々が追求すべきはそういったところにありましょう。

 

「……」

 

 もちろん、これだけではただの理想論です。釈迦に説法でもある。どちらが向かうべき先なのかだなんてそもそも知れたものではないのだし、闇の中を手探りする歴年の苦しみなど、まるで想像も及ばない。

 

 それでも人々は、理想を追い求める姿勢を蔑ろにしたままで、現実をその手で弄ぶべきではない、と思います。

 

 今も、昔も、根底にあるもの、在るべきものは変わらぬはず。若輩者の思い上がった言葉に聞こえるかもしれませんが。しかし、『あなた方』には努々お忘れなきよう願いたいものだ。

 

「耳の痛いコトをおっしゃる」

 

 片手を顎髭に持っていき、苦笑いを浮かべる。

 

「だが、その故に『それ』は尽く正しい。500年前の当事者どもが、今なおこの国には大いに幅を利かせているのだから。……わたくしどもは過去の過ちを、過ちであると認め、同じ轍を踏まぬよう肝に銘じております。今後もその姿勢に代わりなきことを誓いましょう。むろん己が悪行などそう都合よくは濯げぬものであろうが、今このときだけは、その言葉のみでは足りますまいか?」

 

 ご留意に感謝を。そうしたあたりを然と踏まえていただけるのであれば。あなた方と一緒になって悪巧みをするというのも、其程悪い話ではないのかもしれませんね。

 

 いずれにせよ、明日明後日を急くようなことではない。あくまで長期的な展望にすぎない。ならばまずは試しに手を付けてみる、『ただそれだけのこと』か。

 

 そうですね、詳しく伺いましょう、外相閣下。この“ラメセス”をそちらの手札へと組み入れるにあたって。あなた方は、果たして如何様なものをこの場にご提示いただけるのか?

 

 

 

 ……いやー、正直伺いたくねーけど。でも、食いつかざるを得ないよな、これ。

 

 自称敵国の帝位継承候補者としては、向こう側にとって利用価値があると思わせなくちゃならないわけで。いっそ前のめりにがっついていって、こっちが与し易しと見られたほうが都合が良さそうな場面ですらあった。

 

 緊急時用のスペアとしてのみ存在する哀れな“ラメセス”にとって。簒奪の動機として自然なものは、やっぱり権力欲であるべきだと思う。あるいは父カインに対するコンプレックスか? 別に、あの国《ソラリス》の非人間的なシステムにプライベートをメチャクチャにされたことからくる私憤とかでもいいが。

 

 どのみち、目の前のシェバト元老サマ相手に誠実さのアピール力なんてどだい望めない。異物じみた俺のモチベーションを丸呑みしてもらえるのは、メイソン卿のような、人格が出来ていてかつ立場が弱めなお人の場合に限られる。

 

 綺麗事を口にしつつも腹の中はクロい。俺のことは表向きそういうふうに捉えて貰った方が、今はよっぽどお話をスムーズに進められるはずだった。

 

 

 

 まぁつまり。俺は身分詐称に加えて、自分自身のモチベーションまで盛大に偽らなきゃならんっつーことであるよ。わぁい、だっるい。

 

 

 

 

 

 

 ……ぐちぐちしてても始まらない。まずはシェバトにおける制度的な部分から、順番に把握させて貰うことにした。

 

「先程の会談前にも大まかにはお伝えしましたが、我が国の議会構造につきご説明しよう。まず……」

 

 

 

 アウラ・エーペイルを国土とする君主制国家シェバト。長年に渡ってゼファー女王=シェバト王家の名のもとに統治体制が敷かれているが、名目上彼女を輔弼する元老院が権勢を誇っていたというのが公式設定。

 

 それは今でも引き続き正しいようで、終身制の元老院議員たちが国体のそこかしこで存在感を放っている。彼らはこの国においては押し並べて貴族だ。

 

 もっとも、その特権を裏付けているのは、血筋とか、政治力といったファジーなものではないらしい。

 

 旧シェバト国土全域に分布している先史文明、すなわち恒星間航行船エルドリッジ由来のプラント施設。その生産権限こそが、彼らの権力を明確に担保しているのだという。

 

 

 

 食料等の必需品から物騒な兵器の互換性パーツまで。事象変移による物質の秩序性維持により半永久的に動作するプラント施設を用い、さまざまな物品を生産することを可能にする権限は、アウラ・エーペイル中心部近傍に秘匿されている、シェバトのメインコンピュータによって管理統括を受けている。

 

 ソラリスの刻印を思わせる生体認証システムによってその権限は示される。アウラ・エーペイル王城の一角、『大講堂』と呼ばれるフロアに備わっているメインコンピュータ直結の端末を経由することで、権限を個人間で任意に受け渡すことが可能だそうだ。

 

 女王をトップとしたピラミッド構造でシステム全体を保全しながらも、平時においては元老院構成員に権限が分配され、ある程度個々のフリーハンドで運用がされているとのこと。

 

 元老たちは、その権限によって得られる資源を各々活用することで影響力を維持する。

 

 彼らはそれぞれ自らの派閥を抱え、個別の企業、というか在る種の公社のような形で運営を取り仕切っているらしい。プラントから得られる資源を配分し、派閥構成員から労働力を集約する。それによって成立する労働共同体こそが、シェバトを支える市民の基礎的な集団なのだ。

 

 ようは、近代以前の日本の特権階級が、コメ単位で何人扶持を取っているかで互いに比較されていたように。ここシェバトにおいては、プラント生産権利をどれだけ握っているかというのが、貴族としての偉さの勘定単位になるわけだった。

 

 

 

 

 

 

 そして、個々の生産権利のウェイトは一律ではない。今なお甚大な価値を持つ部分と。もはやほとんど空手形に落ちている部分とに分かれている。

 

 首都アウラ・エーペイル内部に残存するプラント施設の生産権利こそが。ここシェバトで地位を保つにあたって、もっともコアなところだと言っていい。

 

 

 

 ……今回の受勲に伴い、俺にもこの国での立ち場と権利が付与されるっつうことだが。その際に割り当てられる生産権限は、既に領土喪失済みであるバベル内部プラントのものがほとんどだそーだ。

 

 つまり、ソラリスの圧力を相当程度押し返し、旧領土たるバベルを回復するまでは有って無いも同然。

 

 外相殿の「名誉だけのパフォーマンスではない」との言は、かなり怪しいわけである。特権の裏付けたる資源生産能力が貰えないんじゃ、実態としてほぼほぼ単なるパフォーマンスにしかなってねえじゃねえか。

 

 

 

 一応、元老院議員として正式にカウントはされるし、議決権等も得られる。

 

 それでも、アウラ・エーペイル本体側に大利権を持つ元老院メインメンバー、イコール500歳越えの老人集団には権利的に劣後する――議会構造としては元老院内に上院と下院が内包されていて、下院の権限がかなり弱い体制を取っているようだ――ので、元より彼らの意に反する議案が通る可能性は絶望的。

 

 ようは議会の賑やかし、あるいは一論客として登壇することを許されるにすぎず。議員として一丁前に活動していくビジョンが丸っきり描けないのは明らかなのだった。うーむ。

 

 

 

 

 

 

 ……でも、まぁ。それはそれで、使い道自体はなくもないんだろうが。

 

 とりあえずシェバトのインサイドに足がかりを得て、堂々と活動できるようになるのは非常にデカイ。

 

 

 

 このまま純粋にアヴェ側の人間として外野からあれこれ口を出したって、適当に握りつぶされるか、意図を歪曲されて政争の具にされるのが目に見えている。

 

 実際、500年前のロニ・ファティマたちも、おそらくそんな感じで最後にはハメられることになったんだろうと思う。

 

 シェバトのお歴々がやらかした内容――敵と密通して同盟者を生贄にする――からして、連中のモラルが褒められたもんじゃないのは確かだが。それでも彼らだってバカではないし、話の枠組み次第、つまり損得が彼らの許容範囲内で収まるのなら、十分以上に合理的に動ける集団のはずだ。

 

 軍事的な見地に立つと、ギア・バーラー級戦力は今も昔もシェバトにとっては純粋な脅威である。なにせ一分隊規模、殊によると単機でもシェバト本国に致命的なダメージを与えうる。このパワーが自国に向けられたらというのは、当然危惧されるべき可能性の一つでありそれだけで警戒に値する。

 

 にも関わらず、どうも過去の地上勢力は、打倒ソラリスの正義のもとに突っ走っていて、そこらへんの配慮がかなり欠けていたようなフシがあった。

 

 軍事的脅威が独走していて、その上意思伝達にも齟齬がある状態。いくら同盟者であっても実情としては仮想敵に近い。おまけに当時の彼らはバックグラウンドが曖昧で、実質的に独立愚連隊に近かったと来れば……一方的な不信感を醸成するにあたり、これほど高品質な培地もないもんである。

 

 

 

 500年前の地上勢力と近い立ち位置にある現ファティマ王党派が、過去の二の舞をやらかすことは避けねばならない。

 

 そのためには、かつてロニ・ファティマがそうしたように国家としての体裁を整えることの他にも、シェバトの内部に人を入れて、人質兼スポークスマンとして振る舞わさせる(いやまぁこれをやらされるの俺なんだけどさあ)というのもまた、ある程度以上に妥当さのある選択肢だと言えるだろう。

 

 

 

 もとが外相殿が保持していたプラント生産権限を分割移譲される都合上、シェバトの議会デビューにあたって、俺個人は周囲に外相殿の派閥構成員として見られることになるだろう。とはいえ、それにしたって旧体制然とした議会に完全なよそ者としてポッと出をやるよりかは、よっぽど穏当な檜舞台になるはず。

 

 外相殿としても、大して換金性を見込めない塩漬け資産と引き換えに、敵対国家の後釜候補という、ポスト・ソラリス世界でイニシアチブを握るにおいて値千金のカードに唾を付けることができる。

 

 総じて、この度の受勲に伴う“ラメセス”のシェバトへの取り込みは、互いに相応の利のある悪くないディールだと言えそうだった。

 

 

 

 

 

 

 しかし、それで全てかというと疑問は残る。

 

 シェバトとして、というか。主に目の前の外相殿の立ち場としては、いくらなんでもちょっと前のめりすぎじゃああるまいか?

 

 自分で言うのもなんだが、俺自身の言動につき、相変わらず信ぴょう性が著しく欠けているのは間違いない。なにせ、そうしたところをなんとか取り繕おうと四苦八苦してきたのが今までの事の次第である。

 

 そんな人間を、現時点で全力で引き入れようとするというのは流石にウカツが過ぎるよーな気がするぞ。

 

 

 

 ゼファー女王や外相殿が、都合のいい妄想に自分から釣られるようなマヌケじゃないのは、これまでの手腕を見ていればよく分かる。むしろこの外交の場というのは彼女たちのフィールドであって、門外漢の俺なんかよりも、よっぽど上手だと思っておかなくてはいかんだろう。

 

 

 

 ……うーん、分からん。この受勲話自体は問題なくまとまりそうだし、いちいち深読みするのも面倒だから正面きって聞いてみっか。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ……ご説明有難うございます。事実関係については大凡把握できたかと。……ところで、外相閣下、ひとつ疑問点にお答えいただけますか。

 

「なんでしょうかな」

 

 ご提案の内容についてはよく分かる話です。何より互いのためになる。しかし、なぜ、それを今、というのが引っかかるのですよ。今の私に、あなた方が大きく賭けられるだけの額面上のバリューがあるとは思えません。

 

 我が方のことではありますが、もう少し詳細を見極めるのが正道ではありませんか? 何ゆえここまで急いであれこれ積み増そうとされるのですか。

 

「……フム」

 

 淀みなく語っていた外相殿が、ここになって初めて、僅かながら考え込むような仕草をみせた。

 

「賭け事は機を見るに敏を心がけよ、とは一般論でありましょう。ゼファー陛下のお言葉にも通じますが、この停滞した世界情勢のなか、投じられた一石たる貴方は手持ちを賭けるに値する。しかし、もちろん我らが動機の源は、斯様な事実に留まるものではありませぬ」

 

 

 

 続けて、彼はグラーフに対する遺恨の程を語ってくれた。

 

 500年前の崩壊の日。シェバトはグラーフの手によって極めて甚大な被害を受けた。ディアボロスの編隊を前に、防衛部隊はあっけなく食い破られ、国土全域が蹂躙された。バベルは見るも無惨に荒廃し、アウラ・エーペイルも完全崩壊一歩手前にまで行っていたらしい。

 

 当然、人命も数多くが失われている。おそらくグラーフ《ラカン》の憎しみからシェバトへの攻撃は殊更苛烈であり、高度文明地域にも関わらず死亡率は九割台後半の大台を突破。死者の中には、外相殿の当時の跡継ぎを含め、彼の親族の多くが含まれていたという。

 

 つまるところ、グラーフを曲りなりにも仕留めた俺は、外相殿にとっての仇を討った形になるわけで。そうした因縁から俺自身を彼が取り立てることについては、体面上そこまで違和感はないのだということだった。

 

 

 

「……腑に落ちぬ、といったご様子ですな?」

 

 ……ええ、正直なところ。閣下の一門を襲った悲劇に関しては、なんと申し上げてよいのか、正しく言葉もありません。

 

ですが、そうした情に拠って外相閣下の手が鈍るというのも、なかなか想像の付かぬことのように感じられます。

 

 今更議会でパフォーマンスをしたとて、得られるものがあるとも思えない。なにせ500年近くが既に過ぎ去っているわけでしょう? それだけを生き続けるというのも想像を絶するものがありますが、その体験を共有できているのはあくまで一握りのお方々のはず。おっしゃるとおり、どうにも今ひとつ腑に落ちませんね。

 

「そうですなあ。このまま誤魔化しを積み重ねるというのも、あまり上手くはないのかもしれませんな。なんでしたらこの場にて、少々赤裸々なところを申し上げてもよろしいですかな? 議論の場において鎬を削り合う好敵手としてではなく。どちらかといえば、一人の人生の先達として」

 

 ……是非とも。

 

「では、失礼して。……あくまでこれは私見ではありますが、特使殿には野心を持つものに有るべき、ある種の“奥行き”が存在しないように思われるのですよ。長年の代議士家業のなかで、わたくしもしばしば野心家というものを目にしてきました。彼らは皆、その胸の内に、身に余るほどの奥行きを備えていたものです。そのおかげで欲望の照り返しがギラついて見え、野心家独特の魅力、あるいは山師臭さが言外に醸し出されることとなる」

 

 頬に片手を軽く当て、俺の顔の向こうに遠い日の誰かを思い出すかのように、外相殿は語る。

 

「その点、特使殿は至って素直な作りをしておられるように見えますな。ほとんど色味ギラつきが感じられず、無彩色と言っていいでしょう。多少の露悪心くらいはお持ちのようだが。その多少のものを精一杯膨らかせて、我々に対して自らを大きく、ふてぶてしく見せようと気を張っておられる。そうではありませんかな?」

 

 なかなか含蓄のあるお言葉ですが、こちらとしてはコメントし難い部分がありますね。……続けてください。

 

「ふむ。おそらく、特使殿は善意の人なのでしょう。それはもう底抜けの。そして、そのゆえに、自分自身が独り善がりに見えがちなことも良くご存知だ。それを取り繕うために多弁を弄し、自らを戯画化することで帳尻を合わせようとする。それはそれなりに効果を発揮してはいるが……しかし、あまりにも無私な、ことによると薄気味悪さすら感じさせる行動理念を、すっぽりと覆い隠せる程には至らない。つまり本質的には……」

 

 ……。

 

「かのソフィア《ニサンの聖母》にほど近い性質と言えましょうな、貴方は。その故にひどく、そう、悪質だ」

 

 

 

 ……はいぃ?

 

 

 

 

 

 

 思いも寄らない名前が飛び出してきたせいで、俺は数秒のあいだ、固まっていた。まるでさっき、ゼファー女王が、俺の目の前で一瞬そうなっていたように。

 

 

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