塵閣下になりました   作:あーぷ

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21/04/13 本文を大幅に改稿しました。
21/04/14 後書きを追加。
21/04/29 後書きを活動報告に格納。


来た見た蹴られた投げられた

 

 

「ねえ、ちょっと良いかしら?」

 

 ……なんだい?

 

「カーラン・ラムサス特派大使殿、よね? 今しばらく、お時間をいただきたいのだけど。そんなに長くは掛からないと思うわ」

 

 えーっと? どういうたぐいのお話ですかね、お嬢さん。

 

 まさか、そんなラフな格好でデートのお誘いってわけでもないとは思うけど。一応、こっちもひと仕事終えた後の観光《息抜き》の途中でね。正直、面倒事なら今は遠慮したいところだなあ。

 

 

 

 シェバト旧市街の通りにて目前に立ち塞がったのは、薄手ながらも頑丈そうなジャケットにカーキ色のキュロットという、まるで乗馬用のような一揃いに身を包んだ10代半ばの女の子だ。

 

 灰がかった亜麻色の長髪に、シェバト民らしい色素の薄い肌。その整った風貌にはどことなく見覚えがあった。ていうか、とっても具体的なことを言うと、未来のラハン村の外れにある、医者の先生のお家に居られた顔によくよく似通っていらっしゃる。

 

 より若々しく、更にやや華奢な体つきからは思いも寄らないが。奥底に秘めたる存在感、即ちエーテル感応力のレベルは相当のものが……いや、そもそもこれ、パッと見穏やかに見えるけど、実はフツーに臨戦態勢じゃないか?

 

 なんでだ。こえーよ。

 

 

 

「私はユイ。ユイ・ガスパール」

 

 よく通る声で名乗られた名前は、案の定のものだった。ただし、見方によってはそれはある意味旧姓である。

 

「シェバト三賢者が一人、ガスパール門下の闘士がひとり。……一戦、手合わせ願いたいの」

 

 ……手合わせって言われてもねえ。この国じゃ、ストリート・ファイトが認められてるのかい。穏やかなお国柄だと思っていたが、実はそこそこ物騒なのかな。

 

「いいえ? 今回は特例」

 

 と、彼女はいくぶん事務的な笑顔を浮かべる。

 

「ゼファー陛下からの許可は降りているわ。別に強制するつもりはないし、私にそんな権限があるわけでもないのだけど……でも、受けてほしいわね、ミスター・ラムサス。あやふやで捉え難い貴方の形貌を、ハッキリとさせる。そのために今、私は、この場に立っているんだから」

 

 ふぅん。観測者ってわけか。なるほど?

 

 

 

 ……内容だけで考えるなら、まったくもって突拍子のない話だと言ってしまっていいだろう。

 

 友好国カッコ予定の使者相手に、いきなりステゴロ吹っかけるとか意味不明にも程がある。しかしまぁ、順序立てて考えてみると、向こうさんの意図するところも分からんではなかった。

 

 なにせ、この半日で俺がやらかしてきたコトがコトだ。ディアボロスの首魁《ヴェルトール》を持ち出して、数時間に渡って巨大円盤《アウラ・エーペイル》を通せんぼ。散々シェバト国内を騒がせた挙げ句、女王の間にちょっと出入りした後に秘密会議を挟み、終わってみたら協力者としてこの国で一廉の地位を得る予定だという。

 

 凡そどこを切り取っても荒唐無稽。あいつはどこのナニモンだ、使い物になるのか、ていうかそもそも仮面取っただけのグラーフじゃねえのか、などなど。諸々の疑問点や不満が噴出するのは至極当然の流れになる。

 

 関係各所からの突き上げを受けて、ゼファー陛下は何らかの手を打つことを迫られたんだろう。

 

 そうして、形貌をハッキリとさせる、即ち戦力分析のための試し役として。目の前のユイ・ガスパール嬢が、この場に送り込まれることになったわけだ。

 

 ようはバベルタワーのてっぺんで、ゼプツェンに乗ったマリアがプレイヤー殴りに来たみたいなもんだな、コレ。もっとも、今回はこちらも向こうも生身のまんまだが。

 

 

 

 見極めをやるならやるで、事前に通達のひとつも出しといてくれよと思わんでもない。こっちにだって、心の準備ってやつが在るに越したことはないのだし。

 

 ただ、さっきから背景にフェードアウト済みの俺の案内人兼監視役の方々も、いまいち状況が掴めずにアタフタしている。アヴェ、シェバト間の外交文書が出来上がったらすぐにとんぼ返りをする予定で、その間の限られた時間を縫って観光ってか現地視察を捩じ込んだというスケジュール。その立て方が急すぎたせいで、しっかり根回しをする時間的な余裕が確保できなかったんじゃなかろうか?

 

 向こうさんの理屈は分からんでもないし、我が方の落ち度だって一応無くもないわけだった。それならまぁ、受けること自体は、吝かじゃあないな。

 

 

 

 

 

 

 ……しかしなー、今、こっちが色んな意味で絶不調だからなー。

 

 ここに来るまで散々ハードワークをやらかし、そこに足すことの極寒の三時間は実際相当にヘビーだった。慣れない外交交渉で頭も煙を吹いている。

 

 こんな状態で一対一の試合なんかやっても大丈夫か? という。あんまり大丈夫な気がしねえなあ。

 

 

 

 とはいえその一方で、目の前の女の子に真っ直ぐな視線――何というか、与えられたお仕事をこなすのだ、という気負いみたいなものがヒシヒシと感じられる――を向けられると、中々断りづらいものがあるのもまた確かではあるのだった。

 

 ついでに彼女は友人の嫁さん、カッコ予定でもあるので無碍にはしづらい。うーん。困った。

 

 

 

「それで、返答は如何?」

 

 ……そうだな、オーケーってことにしとこうか。立ち会って身の証を立てられるなら、それはそれで結構な話ではある。

 

 お手柔らかに頼むよ、お嬢さん。

 

「そう。御礼申し上げます、ミスター・ラムサス。……こちらに」

 

 

 

 四方には澄み渡った青空が広がる。フト道路脇から下を見下ろせば、遙か先に横たわっているのは大海原の紺碧だ。高所恐怖症への配慮がゴッソリ欠落したシェバト旧市街の道のりを、彼女はくるりと背を向けて真っ直ぐに先へと歩いてゆく。

 

 その後ろを、無闇やたらに重たい身体を引きずり、俺もまたノコノコと付いていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

「畢竟、わたくしどもが強気に“買い”を入れられる理由はそこですな」

 

 マヌケ面を晒した俺を前にして。外相殿はというと、いかにもしたり、といったふうだった。

 

「貴方のような者には覚えがあるからです。500年前には我らの傲慢によって、その者を取り落とし、結果としてしくじりの根となってしまった。そうしたかつての知見に学ぼうとしている。与えるだけが返ってくる目処が立っておりますし、それに加えて、先んじて与えることがひどく効果的であることも予測がつく。答えが既に知れているのだから、投資としては極めて容易い案件だと言えましょう」

 

 

 

 ……よりによって聖母《ソフィア》もどき呼ばわりは寝耳に水だ。ボケたこと言ってんじゃねえよこのオッサン、というのが第一反応だったが。

 

 己を省みてみると、確かにそれなりに当てはまる部分があるらしいことに驚かされた。

 

 

 

 人々の暮らす社会構造の外側から現れた理外の存在。

 

 歴年の利害関係から解き放たれた意図を持ち、それを独自の行動規範とする、高い潜在力のある一個人。カイン・コピーと母《対存在》、デウス・システムに裏打ちされたヒト種に対する言外の説得力という面でも共通点がある。

 

 

 

 もちろん、俺と彼女では規範の裏付けがそれぞれ異なる。500年前のソフィアの、ヒト種に対する献身は、対存在としての所与である絶対的な母性に拠っていたのだろうし。それに対して俺のモチベーションの基礎は、おそらく外野の人間としての押し付けがましいモラルと拘りからくるものでしかない。

 

 しかしどちらにせよ、現世利益を明後日に放り投げたケッタイな動機に基づいているという構図自体はまぁ、似ていると言えなくもないだろう。

 

 

 

 この前メイソン卿は俺のことを「預言者のように振る舞っている」と言った。なるほど、彼の言葉はそれなり以上に本質を突いていたわけだ。

 

 かつてのソフィアも、きっと同じようなものだったんだろう。預言者として扱われ、殉教者として死んでいった。だからこそ彼女はソラリスの情報統制すら乗り越えて、一人の伝説として後世まで名を残すことになった。

 

 見方を変えれば、それだけ彼女が偶像に馴染みやすい性質を持っていた、とも言える。

 

 彼女自身の心情がどういったものだったのかというのは、周囲の人間にとってはどうでもいいことだったし、おそらくソフィア本人にとっても然程重要なことではなかった。不健康な話だ。

 

 

 

 聖人たる偶像に己は要らず、己なきものは偶像足るに相応しい。聖人として列せられたから人格が蔑ろにされたというよりも、非人間的な規範意識によって元より人格が抑圧されていたからこそ、彼女は聖人として適当だった。

 

 後のエリィが母としての目覚めを深めるとともに、すっかり気質が漂白されて、聖女の再来枠にあっさり収まってしまったように。

 

 そうした性質故にソフィアは聖女で居られたし、死後においても聖女で在り続けることができた。母《対存在》として、元よりシステムの歯車であるからこそ、他のシステムに組み込まれてもすこぶる馴染んだというわけだ。

 

 彼女がわがままになれるのは、ラカン《接触者》が話に絡んでくる場合だけで。それにしたって、所詮はシステムの他の側面が顕になったにすぎなくもある。

 

 

 

 

 

 

 あと……どうもゼファー女王とソフィアって、500年前当時、そこまで折り合いが良くなかったっぽいのな。

 

 外相殿の想い出話からなんとなく伺えた程度なので、事実関係の裏付けとしては頼りないが。同志だった頃の二人の間柄は、どっちかと言えば余所余所しいものだったようだ。

 

 確かに原作においても、女王からエリィへの対応が妙にセメント気味だったりと、そう思わせられる部分が無くもなかった。

 

 

 

 無二の親友のような間柄とは遠く。同志といっても、胸の内には何らかの隔意が蟠っていた。どうやらゼファー女王側からソフィアに対して一方的に。

 

 そんな関係性だったからこそ、逆にソフィアを「見殺しにした」という負い目がデカかったんだろうなと思う。

 

 ソフィア誅殺にあたってゼファー女王自身に直接的な関わりが無かったとしても。道義的な責任すら怪しいものだとしても。それでも、罪の意識を抱いてしまう心理的な構造がそこにはある。

 

 やろうと思えば、自分にはもっとできることはあったはずなのに、という。そうした自分の落ち度をこそ、彼女は長らく強く悔いているんだろう。

 

 

 

 そんな彼女の目の前に、聖母《ソフィア》を思わせるどこぞの誰かが現れる。

 

 もっとも、当たり前だが見た目そのものは丸っきり異なる。ガタイも、雰囲気も、言葉遣いも、人種的な特徴も。そもそもがこちとら男だ。似通っているのはあくまで大枠だけだから、受ける印象にしたってどこまで行ってもフワっとしたものに留まる。

 

 元より旧友と邂逅する喜びは薄く。反面、500年ものの年季が入った罪悪感ばかりがちくちくと突かれることになる。

 

 

 

 有り体に言って、あのときの俺って変に癇に障るタイプの嫌な客だったわけだな。

 

 うーん、こっちとしては知ったことかよ案件とはいえ、悪いことをしちまったもんだ。機会が有ったら詫び入れとくか。いやまぁ、わざわざ詫びること自体が嫌味みたいに成りかねないので、むしろこのまま大人しくしといたほうが良いのかもしんないが。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ……と、いったような、つい先ごろに体験したり考えたりした切れ切れが、頭のなかで曖昧にリフレインしたりしなかったりしていた。

 

 空が、青い。ひたすらに。

 

 人間、ドタマにしこたま打撃をもらうとこんな感じでフラッシュバックが起こるんだなあ。実に興味深い。これが他人事ならなお良かったんだがな。

 

 残念ながら今は未知なる体験の面白みよりも、痛みと吐き気のほうがよっぽど勢いがあるので気分はフツーに最悪である。おのれー。

 

 

 

 

 

 

 ……ええ、負けたの。負けましたともさ。

 

 アウラ・エーペイル郊外の中空庭園にて。芝生の上で大の字になって伸びていた。右顎にクリティカル食らって吹っ飛ばされ、そのまま数秒意識が飛んでいたようだ。

 

 これが『本番』だったら確実に致命傷だったろう。前後不覚の間にトドメを食らい、そのまま無様にご臨終が疑いのないところ。まさしく勝負あり、てなもんだ。

 

 

 

 しっかしなあ、正直、言い訳のひとつやふたつはキッチリさせて戴きたいぞ。

 

 こっちのコンディションがよろしくないのはまぁ、ひとまず脇に置くとしても。まず、塵閣下のボディが最適化されてるのは剣の間合いでの立ち会いであって、素手での格闘術は、あくまでユーゲントのカリキュラムをしっかりこなしたという程度でしかないのだ。

 

 教科書的なレベルでは十分一級品ではあるんだろう。素手格闘のクラスにおいても塵閣下は主席を占めていた。それでも「試合」というシチュエーションだと、長年の修練に拠って心身に刻み込まれている、ユイ・ガスパールの武術家としての当て勘をひっくり返せるほどじゃない。

 

 

 

 加えてだ、実際「やりすぎないように気をつけつつ本気でやる」というのは難易度が高い。

 

 単純なフィジカルでも、身体強化に回せるエーテルパワーの出力でも、どうやらこっちの方が彼女を多少上回ってはいたようだ。腰が引けている状態でもしばらくやり合えていたのは、そのあたりが理由として大きい。

 

 それでも一応対面は保てていたというだけで。戦いにはなっても勝負にはなっていなかった。

 

 グラーフとやりあったときのように、殺っちゃっていいやと開き直ればやれなくもない(メンタル削れるけどな)し、あるいは騎士団員のときみたく、身体能力に大差があるならその限りでもなかったろうが。流石に目の前の彼女相手じゃどっちも無理だ。

 

 ぶっちゃけ実力伯仲というやつだろう、コレ。素人芸じゃ無理だ無理。

 

 

 

 っつーかだな、そもそも、よく考えたら女子供相手にそう簡単にマジ殴りなんか出来っかい! ジェンダーフリーにしたって限度ってもんがあるっつうの。くっそー。

 

 

 

 

 

 

 ……派手に内出血している右の顎下と鉄臭い口の中を中心に、ダメージを食らっている部分全体へエーテル治療を施しつつ。袖口で口元を拭い、上半身を起こして正面を見据えた。

 

 事象変移によって急速に逆回しされるダメージとともに、視界の焦点が徐々に戻ってくる。15シャールほどの向こうには、自然体の構えで残心を取っているユイ・ガスパール嬢の姿があった。

 

 

 

 なんか、はっ倒される前と比べて妙に距離が空いているが。彼女がこっちに直撃を食らわせた際に、その反動で派手に飛び退っていたような気がするので、たぶんそのせいで間合いが開いたんだろう。

 

 

 

 ノックアウトに至った決まり手は、腹部目掛けての飛び蹴りからすかさずサマーソルトキックへ派生、というほぼほぼ曲芸技だった。

 

 一応、一発目の飛び蹴りはとっさにガード出来たものの。追撃の方を避けきれずにモロに貰ってしまった。今思えばなんとなく見覚えのある動きなんだが、流石にそんなフワフワした印象くらいでは、初見で躱しきれる程のアドバンテージは得られなかったようだ。

 

 

 

 不意の飛び込み蹴りから蹴り上げに繋げ、そのまま飛び退るという一連のアクション。これたぶんアレだ、『武技破岩』っすね。

 

 

 

 それっぽく言うなら……ガスパール流武技、破岩の型って感じだろうか?

 

 そういえば、試合開始直後の初っ端に飛んできた回し蹴りも、『武技千烈』の初撃にどことなく似ていたよーな気がしなくもない。

 

 

 

 原作でフェイが扱っていた必殺技各種。おそらく、エーテル能力者のスペックを活かすために最適化された動きが惜しみなく盛り込まれているんだろう。それをガスパール嬢が使ってくるあたり、ある種の系譜というか、先人からの技術の連なりをおぼろげに感じることができる。

 

 シェバト三賢者ガスパールを開祖とし。その弟子筋にあたるカーンからフェイへと受け継がれた。あるいはそれ以前まで遡ることもできるのかもしれない。

 

 いずれにしても、相当年季の入った技術体系なのは概ね間違いなさそうだった。

 

 

 

 

 

 

 ガスパール嬢が構えを解き、てくてくとこちらに近づいた上で、少し距離を取って見下ろしてくる。整った長髪が風に揺れ、背後からの陽光に透かされて煌めいて見えた。

 

「大丈夫?」

 

 たはは。大丈夫のような、大丈夫でないような。

 

 それで? まだやるのかい。自慢じゃないが、ステゴロで貴女を叩きのめす自信はまったくないぜ。

 

「でしょうね。あなたはこういうのに慣れてない」

 

 利き腕を軽く掲げ、握りこぶしを作ってみせる。それだけで十二分に凶器なのに、多少拳ダコがあるくらいでキレイなもんだ。彼女の強化係数の高さが伺える。

 

「しっかり鍛えられているわりに、どこかぎこちない。思い切りも今ひとつだし、終始私のペースに翻弄されていた。……でも、簡単には押しきれなかったわ。強い、わね。もしかして、その熟れない振る舞いって、丸ごと演技だったりするのかしら?」

 

 

 

 いやあ、ついお嬢さんの優雅な動きに見とれてしまって……なんて、冗談言えれば良かったんだがね。残念ながらこのくらいが身の程さ。

 

 仮に本調子で5回やっても5回とも地を這うだけだろうな。10回、20回と積み重ねれば、少しは話も違ってくるかもしれないが。

 

「ふぅん?」

 

 ところで、女の子を使って威力偵察を仕掛けるロクデナシが、何処の誰だったかっていうのは教えて貰えない感じかな。

 

「さあ、何のことかしら?」

 

 彼女の表情がふいに切り替わる。基本的に海千山千の人間だらけなこの国だが、くだんの内務次官さんも含め、顔面操作の苦手な人もそれなりにいらっしゃるらしかった。まぁ、人の寄せ集めによる多様性こそが国家なんだから、それもまた当然か。

 

「これは、私の本心によるものよ。あなたを確かめる必要があると思った。シェバト市民のために、女王陛下のために、そして何より、自分自身の思う正しさのために。だからこそ私は、自らゼファー陛下に志願したの」

 

 左様で。

 

「武道家として立ち会うことで、あなたの“覆い”を引き剥がせるなら。事実を詳らかにすることができるのなら。私は、そうすることに躊躇いはないわ」

 

 

 

 うーん。貴女の心構えに関わる部分だろうから、そのあたりを突っつくのは心苦しくはあるが。友好国カッコ予定の使者に立ち会いを求めるような危険行為を、武道家云々で水に流すのはちょっと無理押しがすぎるんじゃないかな?

 

 穿った見方をすると、跳ねっ返りのヤラカシをそちらが抑える気がないってことになっちまうぞ。

 

「それは……」

 

 別に、蹴り飛ばされたことに難癖つけたいわけじゃないんだ。何より俺自身が受け入れたこと。勝ち負けなんて単なる事実であって、それ以上とやかく言うべきこととは思わない。

 

 ただ、ちゃんとした意図あっての行いなのに、それっぽい精神論で糊塗してウヤムヤにするっていうのは、あんまりいいやり方とは言えないと思う。

 

「……」

 

 もちろん、あなた方のやり方を可能なかぎり尊重する用意はある。しかし少なくとも、端緒につけたばかりの我々の関係性について、不必要な曖昧さを持ち込んでしまうと、回り道になるのは明らかだ。

 

 言い方が悪いかも知れないが、自分としてはあなた方のモラルに訴えたいところではあるね。

 

 ……つまり、もし裏があるのならちゃーんと教えていただけたほうが、互いにとって収まりがいいんじゃないかって思うんだが。どうだろう?

 

 

 

「……使節としていらっしっただけあって。遠回しなおしゃべりが、ずいぶんお達者ね?」

 

 まどろっこしくしてすまない。あと、お褒めにあずかりどーも。

 

「あなたが何を言いたいのかは、“良く分からない”けれど。ご要望と在らば、もう少しだけ、お話させてもらおうかしら」

 

 小首をかしげ、いくぶん憮然とした顔つきで目線を逸らせたまま、彼女は続けた。

 

「今回の勝ちは……あくまで私の土俵でのものだった。れっきとした命のやり取りであれば、私一人では危ういのでしょうね。でも、師範代と二人がかりでなら、今のあなたを抑え込むことはできると思う。それは、“お互い”にとって良いことよ。丸っきり手のうちようがないって程ではないのだし……反面、あなたを頼り甲斐のある一武力として数えることができるんだから」

 

 なるほど。

 

「一方的に頼られるでなく、未知なる恐怖に怯えるでもなく。概ねフェアな間柄よね、それって? それぞれの力量を明確化することで初めて、私たちはいずれも優秀なコマで居られる。確からしさに基づく互恵関係を築いていければ良いと思うし、前向きな未来を信じられなくなるような不穏な気配も、今の所私は感じなかった。……こんなところでいかが?」

 

 ふむ。“良く分かった”よ。ありがとう。

 

 

 

 

 

 

 ……実際、流石にハッキリしたところまでは分からんが。とりあえず威力偵察を仕掛けてきたのは彼女の独断ではまずなさそうだな。お偉いさんの意向がまずあって、それが彼女の信条とある程度合致したからこそってことか。

 

 師範代ってのはおそらくウォン・カーンのことだろう。三賢者の愛孫で行政機関からはある程度距離があるはずのガスパール嬢と、軍部所属の武官であるカーン殿。この二人が共同戦線を張る見込みが立つってことは、威力偵察を捩じ込んだのは恐らく軍部がらみで、ゼファー女王の消極的賛成を経てこうして実行に移されたってところだろうか? コマ扱いの喩えもそれっぽかった。

 

 まぁ、断言はできんが推測としては無難な内容だし、そう的を外してるってほどでもないだろうと思う。

 

 

 

 こっちとしても、今後両国の連携を密にしていくにあたって、シェバト軍部とのコネは重視したいところではあった。

 

 あんま褒められたモンじゃないとはいえ、相手方の意図自体は一貫したリアリズムの話で、加えてガスパール嬢もそこそこ良さげな報告を上げてくれそうだ。我が方の信頼性を担保できるんなら、多少俺が蹴っ飛ばされるくらいは必要経費。総じて目くじら立てるようなことではなさそーではある。

 

 自腹切った経費の請求先が見当たらないのがアレだが。それはまぁ今さらだ。

 

 

 

 

 

 

 と、さっきから座り込んでいたこちらに向かって、ガスパール嬢から片手が差し伸べられた。

 

 負かした相手を助け起こすにしてはビミョーにタイミングが遅い。どうもこれ以上あれこれ突っ込まれたくないがための誤魔化しっぽい雰囲気がある。

 

 とはいえ、腹芸が苦手そうな彼女に対してこれ以上ゴネてみると不利益のほうが大きそうだ。相手の気遣いは素直に受けることにしよう。そう思って彼女の手を取り、そのまま片膝を立てて、立ち上がるべく全身そこかしこに力を入れた。

 

 

 

 

 ……んが。関節がマトモに仕事をしてくれなかった。

 

 あれ、おかしいなと思った途端。立ち上がりきるまで行けずに腰砕け、頭からざざっと血の気が引き。平衡感覚がおかしくなる。

 

 あ、これ。やっべえ。

 

 完全に体勢を崩してつんのめり、思わず取った手を強く掴んでしまった。スマンスマン、助かっ――

 

 

 

 しかし、一瞬得られたと思った支えが即座にロスト。

 

 伸ばした片手が空を切り、そのままもんどり打って前のめりに倒れ込む。倒れる間際、いつの間にか大股二歩ぶんくらい距離を取って、間合いを外していたガスパール嬢の姿が視界の隅をかすめた。

 

「あっ」

 

 よりによって、こっちが支えにしようと強めに掴んだタイミングで速攻で手を振りほどき、おまけにヒラリと身をかわしていったのだ。何しやがるオイコラ、勘弁してくれ!

 

 

 

 ……芝生に顔から胴体着陸。モロに打ち付けた鼻と額。そこから来る違和感がひどいんだが、しかしそれが違和感としか捉えられず、痛みが痛みとして把握できていないのがなおのことヤバい。

 

「ちょっとごめんなさい大丈夫!?」

 

 慌てた様子でかがみ込んできたガスパール嬢の髪が、こっちの肩口に掠めるように触れるのを感じた。倒れた際の衝撃がノーミソを揺さぶり、もともとの異常と相まって、世界じゅうがぐわんぐわんと揺れている。

 

 

 

 つーか何がごめんなさいだ。だったら最初っから手ェ離すんじゃねーよバカヤロー……と思ったが。今のガスパール嬢の声色を思い返してみると、なんか、わりとフツーに焦っているっぽいぞ?

 

 どうやら此の度のご無体については、まるっと彼女の想定外だったらしい?

 

 彼女的にはちゃんとこっちを助け起こしてやるつもりだったのが。反射的に振り払って叩き落としを決めてしまったと。おかげで約一名が梯子外しを食らって醜態を晒しているわけだが。しかし、なんでだ?

 

 

 

 ……あー、なるほど。さっきの立ち会いで良いようにボコられた意趣返しに、俺が投げ技かなにかをいきなり仕掛けてきたと勘違いしたのかね。

 

 思えば今さっきの彼女の身のこなしは、不意打ちに応じた受け技か返し技っぽい動きだった気がする。

 

 こっちも大概腹に一物ある系ムーブをやらかしてっから、警戒されるのもやむを得ない。今の顛末は不幸な事故であり。バランス崩したときに手なりで追撃喰らわなかっただけ儲けものってかあ。

 

 

 

 

 

 

 ……などというミョーに冷静な状況分析と共に。俺はこの場で意識を擲つハメになったのだった。

 

 ようは過労性の貧血からの失神コンボ一丁上がりじゃねーかチクショーめ!

 

 




●タイマン接近戦での強さ(あくまで本作内での以下略)

フェイ(人格統合)>イド≧グラーフ>エリィ(覚醒)、ミァン(覚醒)≧カイン>ラムサス、シタン(刀)≧ガスパール>カーン、シタン(素手)、リコ、エメラダ(大)≧フェイ、ユイ、シグルド、ジェサイア、ケルビナ以外のエレメンツ四人娘、エメラダ(小)≧バルト>ビリー≧エリィ、ミァン、ケルビナ>マリア
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