おーい、お嬢さん。
「ごきげんよう、ミスター・ラムサス。何かしら?」
今暇かい。ちょいと相談事があるんだが。それとついでに言わせてもらうと、うちの構成員たちをローテーションでノックダウンさせてくのは、もうちょいお控えいただきたいんだが。
多少の怪我人は仕方ないとはいえ、幾らなんでもありゃ人数が多すぎる。
「それほどムチャなことはしなかったはずよ?」
第一アジトの通用路にて立ち止まり、ガスパール嬢はキョトンとして言った。
「味方側の戦力《レベル》の把握……今の時点で、あの人たちがどのくらいまで耐えられるのかを確かめておくのは欠かせないでしょう? それに、後々に尾を引くことのないよう、しっかり気をつけたつもりではあったのだけど」
ああ。貴女の手加減の巧さにはまったく舌を巻かんばかりだよ。治療の経過は至ってスムーズ、後遺症は皆無だし恨み言も聞かない。
軍隊式のやり方についても否はない、教導官として優秀なのが分かってありがたい限りだ。
ただ、急造組織の足腰も、少しは気遣ってやってはくれんかね。治療エーテルの使い手が、質、量ともにまだまだこっちは心許ないんだ。医務室の担当者のキャパをオーバーしてて、完全に玉突き事故みたいになってやがった。渋滞解消のためにさっきまで俺も手伝ってたんだぜ。
「そうだったの」
シェバト美人が表情を曇らせる。まったく思いも寄らずにいた、といったふうだった。それはある意味、彼女の祖父であるガスパール翁の手腕の程が伺える話である。
しっかり組織化、分業化された集団の中に身をおく人間からしか出てこない類の行動だ。呼び名としては抵抗組織《レジスタンス》とはいえ、現時点では軍事集団として、こっちより向こうの方がよっぽど洗練されているんだろう。
「……悪いことをしてしまったわ。それなら私もお手伝いに行けばよかった」
ん。次からはそうしてくれると助かるな。
シェバト《そっち》基準じゃ当然専門の人間に任せるべきって判断になるんだろうが、なんだかんだ、こっちはまだまだ組織体自体がお粗末なもんでね。悲しいことに。
「承知致しました、大使殿」
「にしても……ご迷惑をお掛けしておいてなんだけど、特派大使というお役柄も、大変ね?」
と、ガスパール嬢は同情含みの苦笑いを浮かべる。
「シェバト《うち》と他所との調整役だけじゃなく。王家近衛付きのアドバイザーで、軍務教官で、お抱え技師見習いで、ギア部隊の臨時中隊長で、陸戦隊の階級付きオブザーバー」
足すことの治療師さんもか、などと指折り数えてみせてくれる。うーん、我ながらバカみたいな役職過多だなあ。
その場その場で、必要に応じてそれっぽいのを付け足しているせいなので、実情考えると致し方なくはあるだろう。根本的な出自が胡散臭いぶん、せめて組織内でのポジションくらいははっきりさせておかないといけないのだ。
それでも、勲章マニアの役立たずみたく見えかねないのはご愛嬌。
「……あなたについて。第一アジト《ここ》の皆さんからは、色々とお話を聞くことができたわ」
指先を解いて、彼女自身の片頬に添える。少し雰囲気が鋭くなった。
「たいへんご活躍の様子。肩書きにしても裏付けが在って、何れについてもお飾りというわけではないみたい。ヒトひとりの仕事としては驚異的ね」
そりゃ、ありがとう。君みたいな娘さんに褒められるのは悪い気はしない。頑張ったかいがあったもんだ。
「ただ……眉をひそめるような噂も、中にはいくつか混じっていた」
ふぅん? まぁ、大凡どんなものかは察しが付くよ。
どうせ、俺がどっかからの回し者で、王党派に肩入れするフリしてシグルド……ハーコート家のお坊ちゃんを謀殺したんじゃないかとか、そういうのだろ?
「……ええ。そうなの?」
ンなわけなかろう。貴女がたシェバトの人間なら骨身に染みてご存知だろうが、あのグラーフ《ディアボロスの首魁》を手玉にとってフレンドリーファイアを誘発させられるような、神がかった器用さなんてあるもんかい。
「……」
それに、ヤツは死んじゃあいない。救出の目処はまだ立たないが、とりあえず生存自体は疑いようのない状況だし、機会が訪れ次第、こっちから直ちに手を打つ腹積もりでいる。
だいたいあの野郎にはやって貰わなきゃならん仕事が山積みなんで、そう簡単に死んでもらっちゃあ困るんだ。
現実問題、あいつが抜けてるせいで俺の方がよっぽど過労死の危機にある。俺にも責任があるからある程度までは甘んじて受けるが、いくらなんでもモノには限度ってものがある。オーバーワークでぽっくり逝ったらこっちの方から化けて出てやる。
「……まぁ、そうよね。あなたみたいなお人好しに、ご友人を切り捨てておいて表面上それを悔いたフリをするなんて、小器用な真似はできないか」
と、彼女は自分の中でアッサリ納得がいったようだった。
こっちをポジティブに見てくれるのは大筋有り難い話ではあるものの。どうもこの娘さん、論理展開が時々段飛ばしになってる気がするな。
足場固めが適当なのに、いざってときには概ね的を外さない。なんとも羨ましいというか、ある意味で危なっかしいというか。それだからこそ、アウラ・エーペイルでの俺に対する見極め役として、わざわざ彼女が抜擢されたんだろうけども。
武道家としての直感? 或いは、この手の判断力にもエーテル感応が関与してんのかね。
もしくは、現時点でガスパール嬢は唯一のゼファー女王直属らしいので、単にシェバト上層部から情報が仔細に降りてきてるってだけかもしんない。
「それで、相談事って何かしら? 教練におけるアグレッサー役と、子どもたちのお守りの件なら、今のところ喜んでお受けするつもりでいるわ。その話?」
確かに、そっちについても早めに詰めておきたいところではあるな。
ただ、今回は別件。貴女の腕っぷしと、それからお祖父様から薫陶を受けたと聞いている、ゲリラ屋さんとしての腕前を少々頼りにさせて貰いたくてね――
彼女に何を頼みたいかってーと。ブレイダブリク強行偵察任務の偵察員役をまるっとお任せできないか、というものだ。
王城に囚われている人質の第二次救出作戦。既に王党派の現地部隊があれこれと動いてくれている。
諜報部の活動は順調で、救出作戦のブループリントは現時点でもかなりの精度で上がってきていた。
しかし、力技で乗り越えなきゃならん最後の関門というのはどうしてもあって、そこにハイスペックなエーテル能力者を放り込めるかどうかで、結果には雲泥の差が付いてくる。
原作マルー救出作戦時のバルトよろしく。雑な支援でも最悪現地で大暴れさせれば帰還が見込めるユニットというのが、ズバ抜けて強力なのは異論を待たない。
当初の予定では、そのあたりの仕事はまとめてシグルドが受け持つ手はずになっていた。んが、諸々の事情によりヤツが離脱してしまったおかげで、計画そのものが暗礁に乗り上げているのが目下の状況なのだ。
能力的に見て代打で入れるのは俺しか居らず、こっちとしてはいくつか不都合があるので、なるべく採りたくない選択肢になる。
やること山積みで俺の労働キャパをオーバーしているというのがまずひとつ。そこに見た目の問題も絡んでくる。塵閣下のいかにもソラリス人めいた風貌は、イグニス大陸、とりわけ南方のアヴェ領土内では無闇やたらと目立ってしまう。
身長5.65スール、イコール180cm代後半のバカでかさも相まって、潜入任務の適正で言うと相当ゴミカスな可能性が……ていうか、ぶっちゃけブレイダブリクの往来を顔面晒してウロウロしているだけで職質食らって大炎上する自信があるぜ。
論外だ、論外。いくら塵閣下でも透明人間にはなれんのだ。
おまけに、王党派の諜報周りって、実態がほぼほぼシグルドの子飼いなんだよなあ。
例によってハーコート家がらみのツテで引っ張ってきているので、メイソン卿以下、王家騎士団の影響力がそこまで強く働かない。その上、ガスパール嬢がここ数日の適当調査で拾ってこられるくらいには、既に俺に対する悪い噂が立ってしまっている。
そんな状況で俺から彼らに頭越しにあれこれ言っても、反発食らって上手く回らない懸念が非常に大きかった。
ならばいっそのこと。完ぺき新顔で、組織内ではニュートラルな彼女にお任せしてしまう方が、ずっとスムーズに行くだろうと思う。
見た目にしてもソラリス系よりはシェバト系のほうがいくらかマシだし、アヴェ領内の地域によっては女性はヴェールで顔を隠す風習があるので、そこらへんを装えば偽装はだいぶんイージーになる。あと、うすらでかい野郎よりも異国の美少女の方が男所帯のウケも良い。
思考方針が素直すぎるというか、あんまり工作員向けではなさそうなのがちょっと気にかかるところではあるが。まぁ多少の欠点は愛嬌と言うし。経歴からして適性もあるはず。大丈夫だろ、たぶん。きっと。
……とまぁ、お願いしたいのはそんなところ。ようは諜報部の指揮下に入って、状況に応じて切り込み隊長をやってもらいたいんだ。
危険はあるっちゃあるが。貴女の基礎能力なら、よっぽど無茶をしなけりゃ悠々切り抜けられるだろうし、仕事の大半はピクニックみたいなもんだろうと思う。
シェバト側の意向としても、こっちの内部に食い込むために、ある程度リスクを負うのは織り込み済みなんだろう? 危なすぎず、閑職でもなく。貴女にとってはそこそこ程よい依頼だと思うんだが、できればよろしく頼めないだろうか。
「そうね、やってやれなくはないと思う。ただ……」
第一アジトの食堂席の対面。椅子に座ったまま、すらりとした両腕を身体の手前で浅く組んで、彼女は束の間考え込んだ。なんだなんだ。
「んー……。取り繕うのもどうかと思うし、言っちゃうわね。ゼファー陛下から賜った私の下界での役目って、あなたとバルト君の調査と護衛なの。あとマルーちゃんもか。あくまであなた達の手助けをするにあたってのお題目で、何が何でも守らないといけないってわけじゃないから、そこまで気にしなくても構わないんだけど」
言って良いのかそれ。いやまぁ別に良いんだろうが。それで?
「王都での工作活動がメインになると、当然第一アジト《こっち》に居られないタイミングがたくさん出てきてしまうわよね。そこまでタイムラインに大穴を開けたくはないかなぁ。ここの警備体制にさほど不備があるようには見えないし、あなたにしたって、そうそう誰かにやられるとは思ってないわ。それでも、できれば別件を充てがってもらえると私としては嬉しいかもね」
別件かあ。うーん、そいつはちょっと難しいかもしれないな。
貴女ほどの人材を遊ばせておけるほど、王党派《うち》にはどっしり構えてる余裕はないんだ。必然、俺か、シグルド・ハーコートの代替要員として入ってもらわざるを得ない。
今回の話は後者に当たる。今のところ、ヤツの割り当てぶんがメイソン卿にドカンと乗っかっているんで、貴女にいくらかお任せすることで、彼の負担を緩和してあげたいのさ。俺の方で受け持つにも限界があってね。
「……」
互いの担当者を引き合わせて実務が滞りなく回るようになるまでは、シェバトとの折衝には俺が矢面に立たなきゃならん。それに、(グラーフの横やりのせいで)途中で切り上げたままになってる先史時代の遺跡調査についても、俺が一人でこなす必要がある。
なんでかって言うと、遺跡に悪性のウィルスみたいなものが滞留していて、エーテル感応値の低い人間には害があるんだな。
「それだったら、私でも大丈夫じゃないかしら? あなたやハーコートさんは無事だったんでしょう?」
確かに、貴女かカーン殿なら問題ない可能性は高いだろうね。ただ、どうしても大丈夫だろう運転になっちまうから、シェバト側が納得しないんじゃないのかなあ。
これ、ディアボロス絡みの案件だからね。おたくにとっては根本的に拒否反応がキツいように思う。
「それはまぁ、そうかも。シェバト《うち》のご老人がたはいい顔をしないでしょうね。ていうか、遺跡自体には指すら触れさせずに、得られたデータの把握を急き立ててくるのが目に見えるようだわ」
……あと、こっちも本音を言わせてもらうと。よく分かってない人間をリモコン操作で動かしても、おそらく動かす方が疲れるだけだというのがね?
貴女にしても、カーン殿にしても。根っからの武人畑っぽいから、細かい調査仕事にハメ込むにはわりと抵抗というか、不安がある。
それならある程度勝手の分かった人間がやるやっつけ仕事のほうが、まだ幾らかマシだろうなって。
「あなた、私が戦うしか能のない猪武者だと思ってない?」
残念ながら、未だその方面以外のご活躍を伺った記憶がない。とりあえず、ギアみたいな大型機械はてんでダメだとは聞いている。ついでに言うと、我が身を持って体験できた憶えもないかな。
「あれは、謝ったじゃない」
バツの悪い表情になって、彼女は目線を浅くテーブルの上へと落とした。
「だいたい、ヴェルトール《あんな状態のギア》で寒空の下、何時間も待ちぼうけた後だなんて分からないわよ、普通……」
まぁね。貴国の行動指針は理解できるし、そもそもこっちのやり口が大概だったのも認めよう。
しかし、だからって体調不良時に蹴っ飛ばされた事実が丸ごと消えてなくなるわけではないのだ。わっはっは。
「もう! これでもお祖父様から、一通りの教育は受けてるんだから。後方支援のイロハは身についているし、頭と指が主役だろうと、相応のパフォーマンスを挙げる自信はあります。……まぁ、身体を動かしているほうが、性に合っているのは認めるけど」
だったら良いじゃないか。まずもって、貴女ほどのエーテル能力者を裏方に抱え込んでおくだなんてバカげた話だ。
女王陛下も、そうした思いを持たれたからこそ、ここ対ソラリスの最前線に、単騎派兵を決断されたに違いない。
「最前線? ここが? ……それはちょっと、大げさなんじゃないかしら」
ほっそりとした顎をわずかに上げ、少しこちら側に食って掛かるような口調になる。何か、ガスパール嬢にとって拘りがある部分に触れたらしい。
「私たちの見立てだと……このイグニス大陸では、ソラリスの動きはそこまで大掛かりではないと思う。少なくとも、シェバト《うち》の勢力圏近くよりはずっと大人しくしているように見えるわ。『教会』の本部から距離があるぶん、死霊《ウェルス》による被害はかなり稀みたいだし、二大国の軍事衝突を除けば、地域全体が長閑だと言ってもいいくらい」
ふむ。
「もちろん、ソラリス《あいつら》が裏で何をやっているかだなんて、知れたものではないのは確かよ? でも、全体像を見るかぎり、やっぱりこちらは裏庭の小競り合いに近いと思う。本命はあくまで向こう。あちらについては、お祖父様率いるレジスタンスの皆が、しっかりと迎え撃ってくれるに違いないわ」
確かに、数や量で見るのならその見方が正しいんだろうね。それに貴女のお祖父様の働きを、軽んじるつもりもないよ。
アクヴィ・エリアの惨状は俺自身肌で知っている。あの地の拮抗を保ち、長年レジスタンスを続けるには並々ならぬものが必要だったろう。
しかし、それにしても。ソラリス、シェバト間に横たわる千日手の一環に過ぎないと見れば、わざわざ特筆すべきものかというと疑問符がつく。そうは言えないかな?
他方、こちらの状況は極めて流動的なところが毛色が違う。シャーカーン勢力はソラリスの傀儡だ。アヴェの内紛は、今やソラリスとシェバトとの代理戦争の様相を呈していて、両国の打ち手如何で事態が急変しかねない怖さと面白みがそこには在る。
現時点ではまだまだ動きが水面下。一見そうとは思えないかもしれないが。
それでもギア・バーラーみたいな異常戦力が何機も絡んでいる時点で、500年前の戦役からこっち、未だ嘗てない熱量が秘められているのは確実だ。
「戦線の広さ、大きさではなく。勘所かどうかで見るべきということ?」
そう。だからこそ、今後、シェバトがイグニス・エリアへのコミットメントを強める可能性は高い。
それに伴って、これからは数多くのシェバトの『ヒト』が、アヴェやニサンに順次送り込まれることになるだろう。
物資不足のシェバトから『モノ』を継続的に出すのは難しいだろうし、ソラリスの情報統制によって、下界に最も不足しているのが人的、知的資源だという事情もある。知識や能力と、地下資源等の一次産品との物々交換。当面の下界とシェバトとの経済的な結びつきは、おそらくそのような形態を採るはず。
貴女はまさしくその第一陣なんであって……責任重大だが、そのぶん名誉あるポジションを任せられているとも言えるわけだ。
「そう、なのかしら」
少なくとも、ゼファー陛下にそうしたお考えが無いとは思えないけどね。ケガ人ひとりの詫びとしちゃあ、いくらなんでも大げさすぎる。
それにアヴェとしても、俺としても。貴女にはそれだけの価値があると考えている。今回の仕事を皮切りに、今後もガンガン実働に回ってもらえればと思っている。こちらからも相応の対価は用意しよう。是非ともお受けいただきたい。
格好つけた言い方をするなら……今回の件は、地上世界における、貴女のキャリアの堅実な第一歩となるはずだ。
◆
……その後もいくらかの問答を経て。なんだかんだで最後にはオーケーを貰うことが出来た。やったぜ。
かくして指針は定まった。以後、ガスパール嬢には二足のわらじを履いてもらうことになるだろう。普段は第一アジトにて武術指南役を務めつつ、諜報部から上がってくるスケジュール次第で、ブレイダブリク等の敵地での強行偵察任務をもご担当いただく。
時間的な割り当て量では前者がだいぶん多くなるだろうが、重要度は後者の方がずっと上になる。早速、明日か明後日には王都に出向いてもらい、現地人員との顔合わせに望んでいただこう。
ことによると、大して日も開けずに王城に潜り込んでもらうことになるかもしれない。
もともと、ヴェルトール絡みの話が割り込んでくる前時点では、シグルドはブレイダブリクでの現地指揮と潜入役を実行に移す直前だった。必要な人員さえ揃えば、いつでもミッションが開始できるだけのお膳立ては既に整っているわけだ。
ユイ・ガスパールはエンストを起こした機械を再稼働するためのパーツとしてはうってつけで、えいやと放り込んだ瞬間に、システム全体がすぐさま唸りを上げるだろう。
十代半ばの女の子を鉄火場に放り込むことに、罪悪感を憶えないでもないんだが。
彼女のようなエレメンツ・クラスのエーテル能力者は、とりわけここ地上においてはまさしく反則的なユニットではある。仮にそこらへんのチンピラをぶん殴ればひき肉にできるし、大口径で撃たれても「痛い」で済む。敏捷性や跳躍力は並外れ、そこに第六感めいた先読みまで加わる。
重装甲着せた猛獣よりよっぽど恐ろしい生き物だ。
それでも、戦場の霧の向こう際は常々視界不明瞭で、万が一というのは、いつ何時でも起こりうる。
とはいえ……能力的な意味で彼女が適役なのは疑いようもないことで、これまで観察というか値踏みしてきた限りでも、その評価に反する要素はこれといって見当たらなかった。
アジト内での関係構築についても彼女は巧くやっている。物怖じせず、ストレートに感情を見せるタイプはアヴェびとの気風に合っているようだ。先ごろ通用路脇のフリースペースでマルー嬢と仲良くおしゃべりしているのを見かけたし、バルトもある意味フツーに好意的のようだし。
あれこれと俺の情報が抜かれている(ここの防諜意識がわりとザルいことを差し引いても)ということは、その他さまざまの連中とも、キチンと上手くやれているということでもあるのだし。
彼女の尊敬するガスパール翁は、それこそ数百年単位に渡って、地上の対ソラリス非正規戦部隊を率いてきたと聞いている。シェバトにおける諸々の政争に嫌気が差し、全体的にスタンスが世捨て人化している三賢者のなかでは一等協力的な一人になる。
ガスパール嬢はそんな男の愛孫にあたる。おそらく、物心付いた頃から長年ゲリラ集団に関わっていて、爺様からしっかりスキルを伝授されているんだろう。
そこまで来ればもうゲリラ戦の申し子みたいなもんだ。見方によっては彼女は、俺なんかよりも――塵閣下の受けた教育にしたってしょせんは正規の士官教育なので、非正規戦においてはピントを外している部分が少なくないのだ――よっぽどこの組織に馴染む人材なのかもしれなかった。
このまま放っておいても問題ないどころか。好き放題で任せておいた方が、水を得た魚となって見事な結果を出してくれそうな気配すらある。
いやあ、これは思わぬ拾い物だなあ。我ながら良い人事をした。この先上がってくる成果報告が楽しみだわい。
……などと、ほくそ笑んでいた自分を殴りたくなるような事態が発生するとは、このときはまるっきり思いも寄らなかったのだった。トホホ。