うーん、やっぱ辛えわ。
「……」
いや、便乗してる俺の言えたクチじゃないってのは分かってるんだがな? それでも言わずには居られん。
シグ、お前って表面上いかにもナンバーツーで主君をしっかり支えるタイプですゥー、ってツラしてるがよ、実際のとこ突撃隊長式の脳みそしてて平気で無茶やらかすやつだよな。今回の実地体験で確信したわ。事象変…もとい、各種エーテルであちこち補修してるから保ってはいるが、これ、平均的ユーゲント生の身体能力だと往路で六割方死んでるぞ? 仮に生き延びられてもどっかしら深刻な障害を負う。
「……」
だいたい、機械資材用の定期連絡船って時点でイヤーな予感はしてたんだよ。燃料あたりの運搬コストを考えりゃ、人間サマには劣悪な環境にして量を積み上げなきゃ割に合わんからな。その時点で条件のひどさは見えてる。それに加えてコンテナの位置取りが船底ど真ん中の通風孔間際とか最悪だ。こんなもん、下部成層圏航行中の船体表面に、風除けだけつけて無理やりへばりついてるのと変わらんぜ。渡り鳥だってお陀仏だ。
「……」
後出しの理屈ではあるだろうさ。しかし、このプランを練るにあたって、お前こう言ったよな? ヒュウガと示し合わせて既に算段は立っている、野郎の身体一つ分増えたぐらいじゃ取り立てて問題ないからどっしり構えていろ。お前はユーゲント内部でのスケジュール調整とごまかしに注力しててくれりゃあそれで十分だと。俺はそれを信じた。
その挙げ句がこの体たらくってのはよォ、流石に一言言わせてもらう権利ぐらいは有っていいんじゃないか?
なあ、シグ。出たとこ勝負も時には必要だわな。盤面次第で理にかなってる。でもな、そういうのは人事を尽くした上で初めてコミットすべき最終手段にすぎないわけで、今から年の離れた弟を担ぎ上げて謀反人相手に国盗りをやらかそうってェ人間が立てるプランとしては余りにも――
「……うるせえ」
あぁん?
「うるせえってんだ。言わせておけば女の腐ったようなことをグチグチ言いやがって、この箱の蓋開けて海に蹴り落とすぞ!」
やれるもんならやってみろやオラァ! 俺もお前も箱詰めされたパズルブロックと化してんじゃねえか! 野郎二人分無理やり押し込んだもんだから関節ゴッキゴキで、俺の背中に食い込んでんのが俺の腕だかテメーの足だかも分かりゃしねえ。
そこにきてこの寒さ! 気圧! 揺れ! 臭い! 空気の薄さに有毒ガス! さっきから俺がどれだけ神経使って二人分の生命維持をってアイタタタやめろマジで蹴るな抓るなうわ防護膜の部分中和は本気でやめろやめろやめろやめろください。
「だったら。黙ってろ」
はい。
「……悪かったな」
……。
「確かに、もう少しお前を信じて動いていたら、こんな命掛けのギャンブルまがいにはならなかっただろう。その点は……反省してる」
……そうね。もともと外部湾口方面はニ階層市民担当地区なんだから、知識的にもコネ的にも俺が噛んでりゃナンボかマシにやれたわな。
少なくとも、ヒュウガとお前だけじゃなく企画段階で三人掛かりだったなら、搬出物資と乗り込みタイミングの選定をもっと念入りにやって、せいぜい業務用冷凍庫の中ぐらいの環境で密航する手はずはつけられたはずだ。
ちなみに今、氷点下で言うとマイナス30度台後半な。エーテル適正が火属性に偏ってるせいで、ピンポイント火力は上手いが防御全般が苦手なシグルドくんに代わって八割方俺が担当してるエーテル防護膜及び治療術の展開料、プライスレス。
「だがな、俺は俺でギリギリだったんだ。真贋見極めてる余裕なんざなかった。もう少し日時に間が有れば話は別だったろうが……カール、この土壇場で、人の変わったようなお前を計画立案レベルで噛ませるってのは、俺の判断基準で見て危険だとしか思えなかった。反省はするが、後悔はない。悪く思うなよ」
あー……うん。それを言われると弱いんだよなあ。
そもそもが、原作で離反の事実をソラリスからの夜逃げ実行直前まで明かしてもらえなかったくらいに、信用度は下がっていたわけで。そこに足すことの俺っつーか現塵閣下の胡散臭さとくれば、シグルド目線でこっちをなかなか身内認定しづらいだろうというのは痛いくらいに分かる。
一応ここ二週間ほどの間、信用を稼ぐべくあれこれ頑張ってはいたのだが。スペック的にはほぼほぼスーパーマンな塵閣下でも、一日二十四時間制限は越えられない。ユーゲントのギチギチスケジュールの合間を縫って、ニワカ仕込みの生活のなか、ボロを出さないようおっかなびっくりでは流石に縛りがキツすぎた。
こうして夜逃げに便乗させてくれるだけでも、世間的には美談レベルの寛容さだという説もなくはないのだ。
身体を僅かによじらせ、体勢をいくぶんマシにする。コンテナ内に展開したエーテル防護膜をメンテンナンスし、続いて呼吸器系と関節に蓄積した炎症を事象変移で帳消しにした。
そうしてひと心地つけたところでため息を、吐こうとしたらアバラのあたりになんかしら食い込んで息が詰まった。ぐええ。慌てて体勢を元通りに戻して大人しくした。
……そうさな。もっともな話だとは思うよ、シグ。
「……」
だが現実的に見て、これからはもう少し歩み寄ってもらえると有り難いな。だいたいここまで来れば俺もお前も良いとこ失踪者、悪くすればソラリスにとってのお尋ね者だ。ほとんど一蓮托生と言っていい。
俺のことを疑いたくなる気持ちは分かるし……確固たる証拠を出せないことを心苦しくも思うが。それでも、既に取り返しの付かないところまで来ているのは確かだと思う。そして俺にはお前の協力が必要で、お前はお前で俺を役立てることができるはずだ。
お互い利用し合うに当たっては、変に身構えずにもっとざっくばらんでいいんじゃないか?
少なくとも俺はそう思っているよ。
「……ああ、そうだな。善処するとしよう」
真っ暗闇で何も見えないし、見えたとしても位置取り的に何がどうなったかなんて分からんが。それでも、シグルドの今の一言を境に、心理的なガードが僅かに下がり、空気が少々和らいだように思われた。
……よッし。信用ポイントが稼げた気がする。やったぜ。
現実問題として。今後の予定を立てるにあたり、囚人のジレンマじみた腹の探り合いなんか、やってるだけ時間の無駄なのだ。
俺がシグルドの不利になるような動きをとる予定は大筋ないし、シグルド側の「バルト《若》の家を取り戻したい」という目的にしても、俺の「文明崩壊レベルの大虐殺を防ぐ」という目標と相反する部分はほとんどない。つまり共謀関係としてベストに近い。
概ね俺たちはWin-Winな関係を保つことができるだろう。誰かしらが横から変な勘ぐりさえ入れなければ、だが。
そうした点を鑑みれば、今回のドタバタ密航劇も、いくらか価値のある一幕ではあったのかもしれないな。
災い転じて福となすってか? 結構なことだ。
◆
しかし、それはそれとして。
……あのー、この状態、わりと冗談抜きでシンドいんですが?
常時関節がキマってるとか。金属臭と船体の揺れで三半規管にスリップダメージ喰らいっぱなしだとか。色々あるんだが、何よりエーテルの微調整で精神が延々擦り切れてくのが本気で心の底からダッルいんでやんの。
エーテルパワーこと事象変移能力。ゾハルと通じることで無から際限なくエネルギーを取り出し、現実を思うがままに改変できる。名目上は万能のチカラではある。
しかしそれがあくまで名目上にすぎないのは、原作におけるトップ・ユーザーたる人格合一を果たした接触者《フェイ》でさえ、何でもかんでも好き放題できたわけではないことからも明らかだ。
おそらくゾハルというシステム上のリミッターがあるんだろう。出来ることや出力にはその場その場で限りがあるし、無理をすればしたぶんだけ後で揺り戻しが押し寄せてくる。
合一フェイと比べて何段か劣るであろう俺の仕事では尚のことだ。
現在使用中の、ゲームっぽく言うなら守備力アップと状態異常回復技は、難易度的にはそう難しい技術じゃあない。
どちらもキャラクターによっては初期習得する上、後者に至っては同じ効能のアイテムが20ゴールドだかで店売りしている。1/150ビリーだ。ざっくり1ゴールド≒百円くらいのレートだそうなので、一般論で言って普段遣いされる程度の大衆消耗品とみていいだろう。
とはいえ、本来は一過性の中毒や失神、意識混濁などを想定したものにすぎず、今みたいな複合的な症状に対する連続使用は適用範囲を大幅にハミ出している。つまり継続的に無茶やらかしているわけで、当然時間が経てば経つほど揺り戻しは大きくなり、状況がひたすら悪化する。
お薬は用法・用量を守って正しくお使いくださいというが、ごもっともな話だ。ホントに。まったく。俺だって素直に守って生きていたかった。
たとえ肉体面でチート級だろうが。ギア・パイロットとして閉所作業は鍛えられていようが。シンドいものはシンドい。
航海予定の残り十時間近くこのまんまってのは……悪ぃ、やっぱつれぇわ。