ニサンに出向いて援助のお代わりをねだる。シェバトに飛んで要人治療のお礼を言いつつ、外相どのに隠しアジト絡みの債務の棒引きを求める。アクヴィ・エリアのレジスタンス組織に直で出向き、ガスパール翁に『教会』本部攻めを頼み込む。
その帰りがけに、以前のゼボイム遺跡に乗り込んで墓荒らし再びをやり、稼働可能な高出力スレイブ・ジェネレータ等、大史跡の上澄み部分を単騎で運べるだけかき集める。派手、かつ雑な仕事で、毀損される学術的価値は天井知らずだろうがやむを得ん。
急いでイグニスに戻る。アヴェ地方都市の商工会(ぶっちゃけ『教会』の息が掛かってる輩も多かろうがこの際贅沢言ってらんねー)を回り、戦利品を売り捌いて金銭を手形で確保。その商談に絡めて、メイソン卿の個人資産やらを担保に借り入れができんかと打診をかます。
シェバトやニサンのお偉方には不幸にも知名度が出てきてしまっている俺だが、アヴェ国内では未だ無名に近い。そのぶん、ブレイダブリクで前面に立っているメイソン卿の名声が高まっており、彼のコネを使って立ち回ればアヴェ国内ではそれなり以上に融通が利いた。
今をときめく王党派の首魁(の使い走り)だぞ、わっはっは、控えおろう。
……とまぁ、なんでこうも形振り構わない資金繰りをやっているかというと。あちこちビミョーにトラブっている王都民の衣食住を確保するために、にわかに大量の実弾が必要となったからである。
行政機構という手足は無事でも、アタマの方がくたばっている。当然巷で取り零しが多数発生し、いずれは社会不安の火種になる可能性が高い。
何かしらリソースを割いて対策を打つのは必須。しかし現状、『ヒト』も『モノ』も限界ギリギリまで絞りきっている王党派としては、事態を収拾するに当たってブチ込めるのは『カネ』くらいしかアテがないのだ。
当然そんなザルに水をあけるような使い方をすれば、使途不明金として闇に消える割合も大きかろうが。状況が状況なので背に腹は変えられん。
ファティマ王家直轄たる王都で暴動発生とか、王党派としてはフツーに致命的すぎるからな。
急遽転がり込んできたこの役回りだが、一応、俺の中途半端なネームバリューを活かした適材適所ではあると思う。
仮に俺がアヴェの内政に立ったとしても、土地勘の欠けた一文官以上の働きはできないだろうし。
バカみたいに燃費が良く、移動速度も積載量も高水準なギア・バーラーというアドバンテージもある。El.レグルスの外部スロットに縦サイズが80シャールを超える巨大コンテナをぶら下げ、オートパイロットで西から東へ二十四時だ。
もっとも……あっちでアレくれ、こっちでコレくれ。やってることがまるきり乞食の空中戦とでも言うべき装いであり、足元不安が甚だしいぜ。
実際問題、日が経つごとに各所で皮算用と口約束だけがひたすら積み上がっていくんだが? 例えばシェバトで受勲後に得られるはずの権益なんか、とっくの昔に借金のカタに出されているぞ。
そのうち資金繰りがショートなんかしたらどうしようね。俺、この政変が片付いた後の身の振り方、相当上手くやらんと大炎上するな……。
そんなてんてこ舞いを続けるなか。ある日、とうとうヤツからの接触があった。
やっと、というか。いよいよ、というか。
積み上がっていた予定を一時棚上げし、レグルスを駆り、急ぎ通信のあったユグドラⅠの座標に飛んだ。
◆
ユグドラⅠのブリッジ。ニサンと第一アジト間の物資運搬中にその入電はあったそうだ。
現在もフネは往路にあり、航行による鈍い揺れが足元をやや不安定にしている。
ステップを降りて管制台に早足で近寄り、担当のバンスから、長方形のハンドレシーバーとヘッドセットを受け取った。
「周波数はもう合わさってます。こっちから発信すればすぐにでも繋がるかと」
イルカ型亜人の表情は今ひとつ細かく読めない。とはいえ、その声色から、なんとなく不安と期待が前者多めで配合されているのが感じられる。
「方角は北東350ケルテってとこで、たぶんダジルとかあのへんだとは思うんです。ただ、なんかジャミングでも掛かってるのかいまいちはっきりさせられないっす。……あの、ラムサスさん。準備よろしいですか」
無言で頷く。バンスが滑らかな手付き(ヒレ付き?)でコンソールを叩いた。
装着したヘッドセットのイヤホンに、ざりっと砂を噛んだような異音が鳴り。それから、通信の向こうの環境音が微かに響き始めるのが分かった。
繋がったようだ。オーケー。それじゃ、事態のほどを検めさせて貰うとするか。
……こちらラムサス。よう、シグラーフ、元気かぁ?
『……ざけんな』
なんだよ。シグラカンの方がお好みかね。お前さんの現況については、推測に拠るしかないのが実情だが。さしあたり、そっちの自己同一性を不安定化させないために、呼び方については大げさなくらいに分かりやすくしておいたほうが、治療上有効かと思うんだが?
『……』
……分かった、分かった。すまんシグ。
そもそもな話、俺の見込み誤りでお前さんに随分な重荷を負わせちまった形だな。それについても謝る。勘弁してくれ、このとーり。
『……まぁ、いい。俺があっけなく落とされたせいで見当が狂ったところもありそうだからな。次は不覚を取らんようにする』
いやありゃ無理だろー。自分から暴れてお仲間に力づくで止められといて、それを500年間根に持ってるなんか知らんがなって感じだわ。タチの悪いタイプの酒乱かな?
バーラー乗り同士でやり合って負けたのが悔しいってのは気持ちとしては分からんでもないが、モノには限度ってものがあると思うぜ、実際。
『耳が痛いな。俺のことではないはずなんだがな。何とも不思議というか、不愉快な感覚だ』
こうやってチクチク苛めていけば、グの字の発露を妨害できるというのはちょっと楽観的すぎるかね?
しょせんは主体的連続性を失った文字通り亡霊なんだし、化けの皮剥いでけば、そのままタマネギ式に消えてなくなりそうなもんだ。
というか、とっととそうなってくれんかな。俺としてはそのオチでも一向に構わん。
『……やはりお前、“あれ”に対してだけは妙に辛辣だな? 全体的に軽薄なのはいつもどおりだが、それとは別に、何かしら隔意があるだろう』
んー、そうかもな。こっちにも都合というか、見えてる事情はないではない。しかし、ま、とにかく無事で何より。
完全に無事と言って良いかは怪しいが。それでも、こうしてマトモに会話になっているだけ僥倖と言える。
『……』
それで、お前さんの現状って、実態としてはどんな感じなんだ?
A.グの字をちゃんと抑え込んで独立した人格として動けている。B.表に出てこれてはいるがグの字に裏で話を盗み聞きされている。C.グの字の意図で表に出て来らされているだけで主導権も未だに握られっぱなし。さあどれだ。
『……AないしB、というところか。普段は俺でも“あれ”でもどちらでもない、あやふやな状態で巷を彷徨い歩いているようだ。そうした中で時折、本来の俺か、“あれ”の人格が表にフッと浮かび上がってくる』
ふむ。ステージに立つってやつね(イドと『臆病者』とフェイの関係性と似たような感じか。フェイに当たる部分が単なる“覆い”に過ぎないのは些か異なるが)。
『今も、いつまでこうしていられるかは良く分からん。片方が浮かんでいるときは、もう片方は沈んでいる。相互にある程度ブレーキを利かせながらな。そしてどちら共が沈んでいる期間のほうがずっと長い、全体的な傾向としては概ねそういったふうだ』
その、ブレーキなるものの利き具合が気になるところだな。ここで喋ったことが、そのまま外やら上やらにヌルっと筒抜けってのは勘弁だぜ。
現時点でもそうだし、今後の見通しについても出来れば確認しておきたい。
『情報漏えいに関してはそこまで懸念する必要はない、と思う。互いの人格の発露時に得た情報は、ある程度まで共有しているが……それを受けての行動自体は制限ができる。黙っておくべきことは、黙らせておくことが出来るわけだ。これは向こうの側にも言えることだが。あと、今のところは特に“あれ”が強まっている気はしない』
へぇ? それは少し、いやかなり意外だな。良いニュースでもある。グの字はお前さんを乗っ取ろうとしているわけだから、当然だんだん状況は悪くなるものだと思ってた。
『……と、いうより、今回こうしてコンタクトを取ろうと試みていられる時点で、むしろ俺の主導権の方が上回って来ている感すらあるな。おそらくだが、“あれ”のモチベーションが前世代よりも弱まっているせいじゃないか? お前から聞かされた未来の情報やら何やらを考慮に入れれば、“あれ”が目指していた破滅的な計画は、実は必ずしも不可欠ではないのかもしれない。そうした疑いを強めたとしても、さほど不自然ではないと見る』
今まで自分がやってきたことはまるっと無駄だった、か。確かにヘコむ理由としては分からんでもない、か?
加えてお前さんの身体にはソラリスの再教育《アレンジ》をゴリ押しでなんとかした実績があるし……あー、もしかして、俺が遺跡でグの字のアイデンティティを口撃したことも影響あるか?
『かもしれん。亡霊が自らを亡霊と悟り、そもそもの執着すら怪しくなった。現世に留まる理由を失った霊的な存在は、そのまま天か地へと還ってゆくのがお約束だ。この際、フィクションと重ねるのが正しいかはともかく、強まるべきところが逆噴射しているのであれば、そうなる理由が何かしら在ると見るべきだろう』
左様で。大変結構な話じゃないか。いくら接触者《グラーフ》といえど、元来の主体性が欠落した抜け殻ならそんなもんか。
あるいは、“神妙にした”ってことなのかもしれんな。介入を知覚したことによる上位システムとしての積極性低下、それに伴う下位システムに対する干渉の緩み――
『……?』
……ともあれ。それじゃいっそのこと、このまま放っておけばじきにお前さんの主導権が強まって、ステージに上がりっぱなしで居られるようになるんじゃないか? グの字を抑え込み、心療内科的な対処療法で頭蓋骨の裏側に投獄しておく。それが出来るのなら、万々歳ってものなんだが。
『流石に、そこまで行けるかは怪しいな。インプットとアウトプットを共有してはいても、もはや内部処理は別個になって確立している。そして仕掛けた側は向こう側で、その意味では“あれ”が俺よりも上手《うわて》なことは確かな事実だ。俺が言えるのは、しょせん仮定と推測を重ねた近似値に過ぎない』
ま、そりゃそうか。何もかもが都合良くとはいかないわけだ。とはいえ、こうしてちゃんと話せているときは、ざっくばらんなやり取りでも一応問題ないのかね。
『たぶん大丈夫だろう。断言はできんがな』
りょーかい。それじゃ、時間のあるうちにとっとと幾つか聞いておきたい。まず、こっちのこれまでの経過としてはだな――
◆
それからしばらく、実務上のディスカッションが矢継ぎ早に為された。
アヴェを建て直すにあたって、果たして如何様なスタンスでコトに臨むべきか?
国内ないし国外勢力が、今後どのような手を打ってくるかの予測と対策。あるいは、根回しするにはまずどのツテを頼るべきかということや、要所要所で切るべき交渉カードの選定など。
あれやこれや。マクロとミクロの双方向から現状を紐解き、俺の中にある未来図の具体性をシェイプアップしていくというわけだ。
もちろん、細々とした部分に関してはその道の専門家に聞いたほうが手っ取り早いし確度も高いんだろうが。それでも、シグルド・ハーコートの経験と肌感覚は、ベースの部分の指針固めには唯一無二のお役立ちだった。
半端な肩書と、微妙な知識しか持ち合わせのない俺にとって。この度のやり取りは、補助輪としてとっても便利に使えるはずだ。
……よっし、とりあえずはこんなとこか。いやあ、マジで参考になったわ助かった。
けっこう掛かっちまったが、時間、まだ大丈夫そうか?
『さてな。待ち時間を含めると、今までで最短で沈んだタイミングはもう既に過ぎている。平均時間と比べればまだ幾らか余裕はあるが……いつまで保つかは何とも言えん』
そうかー。わざわざグの字の人格相手に気まずくお話したいとも思えんし、こっちも仕事が山積みだ。メイソン卿は王城でカンヅメ。その他の連中に会ってもらうのは、まだちょっと不安があるな。
名残惜しくはあるが、今回の会談はここらで打ち切りとしますかね。
『了解だ。さっきの方針で当面のところは大丈夫だとは思うが、くれぐれも無茶はしてくれるなよ、カール』
オーケーオーケー。
あ、それと一応言っとこう。分かってるとは思うが転移はすんなよー。
あれ、外見にはメチャクチャ便利かもしれんけども、主観的にはほぼほぼ自殺と変わらん可能性があるからな。
『分かっているとも。俺としても、俺を乗っ取っている500年前の亡霊にしても。今のところ積極的にアレを振り回すつもりはない。よっぽどのことがあれば亡霊の執念が勝るかもしれんが、現状、心理的なブレーキをぶっ飛ばすにはパワーが足りん』
それならいいけど。
『俺だって、好き好んで自分を裁断式のコピー機に放り込みたくはないさ。放り込んだ場所と別の場所で復元された紙切れに、刻まれた原本と同じ意識があるのかと言われれば無いような気がする。骨の髄までパターン主義者(固有の情報パターンこそが存在の根本だという考え方)で居られるほど、データの規則性だけに信を置けるようなやつは、そうは居まい』
同感。実際にやってみても確証が持てず、その後も心配ごとが続くばかりってのは、いくらなんでもクソシステムすぎる。
最初から思いも寄らないか、それか開き直れば好き放題使いこなせるのかもしれないが。この世の巷に生きる『ヒト』にとって、アレは道具《ツール》としては過ぎた代物だと思う。
『だろうな。実際、どこぞの誰かがいびり倒した俺の前任も、胸の内ではかなり参っていたようだぞ』
へー。まったくロクでもないヤツが居たもんだ。詫びの言葉も見つからんね。……さしあたり、ご冥福の程をお祈り申し上げる。
『あと……これは俺ではなく、俺に取り憑いている亡霊としての質問なんだがな?』
あん? あんまり聞かれて答えるべきじゃない気がするが、まぁ聞こう。
『お前の中には未だロニ・ファティマがいるのか? だとさ』
いねーよ。彼はやるべきことをやり、託すべきものを託して死んだ。前にも言ったと思うが、死者は何も語らんし語れない。今を語ることができるのは今を生きる誰かしらだけ。
たとえ、俺の中にロニ・ファティマの記憶がどれだけあろうがなかろうが。どのみち、そんなもんは単なるデータの羅列にすぎん。
『……そうか。そうだろうな。あの遺跡でのお前の悪辣さには大いに眉をひそめる部分があるが、俺にとっては有益な情報だな、それは』
そーだな。単なるデータに振り回されないようにする“重し”ぐらいにはなるだろうよ。まぁ、そっちの頭ン中のデータには、事象変移による記憶等の焼き込み、即ち物理的な裏付けのあるぶん、単純な知識やトラウマよりもかなり厄介そうではあるけどな。
あと別に俺そこまでゲスくないだろあの状況じゃアレ以外どうしようもねーし。やらずに済むならやりたくなかったわあんなもん。
だいたい、お前さんが出会い頭に即落ちカマしたのがまずもってケチのつき始めだったんだよ。自分でもさっき言ってただろうがよ。
不可抗力とはいえ戦犯はお前。俺は苦肉の策でリカバリーした功労者。そこんとこ、取り違えないでくださいます?
『フン。偶然得られた知識を過信して予断を許し、あやうく殺されかけた奴は言うことが違うな』
うるせー。
……あ、そうそう。最後にひとつ、伝えとかなきゃならんことがあったわ。んで、先にもっかい謝っとく。スマン。
『……?』
バルトくんにお前のこと、言っちまったから。今はまだ要点だけだが。なもんで、復帰後はしっかり身内《アレ》として彼を支えてやってくれたまえ。
『な、んだと!?』
いやだって、仕方ねえだろ。幸いマルーちゃんのお父上もお祖母様も無事助け出せて、ちょっと前からシェバトの施設で一緒にいる。それについてはたいへん目出度いんだが、バルトのやつの目線で見ると、相当厳しい孤立感が出ちまってたんだ。
そりゃ、マルーちゃんだって傷ついている。大いにな。母親ひとりを喪うことだって、子どもにとっちゃあ特大モンのトラウマだ。
それでも……家族一同が根こそぎになったのと比べてしまうと、やっぱり心理的なミゾというか格差はデカい。
大人連中が忙しすぎて、イマイチフォローに回れないもんだから尚のことだ。あんなのは、そのまま放ってて良いようなもんじゃない。問答無用で頼れる相手《お前》がしっかり生き残っていること、それを伝える必要性は明らかだった。
『……』
あの子には身内《そういう相手》が必要だと前にも言ったな? いよいよ退っ引きならない状況にきてたってわけだ。尻込みしてる余裕はなかった。
勝手に伝えたことは謝るが、伝えたことそのものを謝るつもりはないぜ。
あの子には、お前さんが、必要なんだ。特にこれからはな。だから是が非でもとっとと復帰してもらわなきゃ困る。家族《掛け替えのない存在》であり、助け出さなきゃならない目標でもあるんだから、大事な身の上だぞ。俺が言うこっちゃないかもしれんが、踏ん張ってくれよな。
『……そう、か。それはまぁ、そうだな。いや、だが……』
おっとそれから、もひとつ。重ね重ねスマンね。
『……まだあるのか』
いやさ、中身の大半がお前の持ち出しだった共有財布のことなんだけども。先日壮絶なダイエットに成功してしまってなあ。
『……は?』
今やほとんど骨と皮ですわ。たいへん申し訳ございません。
こないだ戦勝祝いにだな、仕事の合間を縫ってミロク大尉のオススメってとこにギアチーム率いて呑みにいったんだがさ。いかにもニサンの綺麗所を集めたって感じのいいお店で、なるほど大尉が勧めるだけのことはあったんだ。
メシは美味いし酒も極上。美女のお酌でドンチャン騒ぎ。ここはエデンか、極楽か、はたまた桃源郷かってなもんだ。しかし、質が良かったぶんお値段も相応でなあ。いくら地上は物価が安いって言っても、ざっと二十人分強はちょっとパンチが効きすぎた。いやー、まいったまいった。
『そうか、くたばれ』
まぁそう言うない。残念ながら俺ってそのお店だとあんまし人気が取れなかったんだよねえ。人種が違いすぎるとちょっと引いて見られちまうところがあるのかもしんない。あと、話題のチョイスもたぶんイマイチ上手くなかった。
そこらへんは今後の課題と言えよう。お互い精進しなきゃあなるまいよ。
『……』
その点、あのときのバルトくんなんかは半端じゃなかったぜ。
『……おい、お前まさか』
まさかも何も、当然のごとくモテモテよ。なにせ金髪碧眼アヴェ男。当人は顔真っ赤にしてうつむいてたが、周りの連中の扱いからして良いとこのボンボンなのは間違いないし、しかもご年齢的にスレてないとくりゃ入れ食いだわな。そりゃもう大人のオネーサンがワラワラ寄ってきて大人気――
直後、転移で火属性エーテル攻撃だけが直にすっ飛んできてえらい目に遭った。熱い熱い熱い。すんでのところでガードが間に合ったから良かったものの、危うく頭がシャーカーンになるところだ。あっぶねえ。
うーん、そういう手もあるのか油断した……ていうかあの野郎、グの字パワーをわりとフツーに使いこなしてんじゃねえか。主導権が強まってるっていう先ほどの言も、あながち気の所為ってわけじゃあなさそうだなあ。
ちなみに、夜のお店で俺のウケがイマイチだったのって、ぶっちゃけバルトのガードに回ってたからなんだがな。流石にあの場で野放しは問題ありすぎだったから。
ったく、ミロク大尉もあんな教育上よろしくなさそうなところに王子サマを堂々と連れて行きやがってからに。
まぁそうと分かってからも止めなかった俺も俺だが。いちいちストップ掛けるのがメンドかったんだよね。しゃーない。許せ。ごめん。
そうやってしばらく言い訳したあと、レグルスの通信コードを教えてからコンタクトを切った。またなんかあれば向こうから掛けてくるだろう。
ヘッドセットを外してマイクと一緒に台座に置き、首周りを動かしてコキコキ言わせる。さってと、それじゃ早速バルトのやつにシグルドの裏事情をブチ撒けにいくか。実は現時点でまだ言ってなかったわけだが、ある意味言質は取ったから既に問題は無かろうよ。
今のファティマには裏方以上に看板役が不足している。当面王政を継続していくのなら尚更のことだ。バルトのメンタルケア、並びに兄弟仲良くという題目と同時に、今後の体制維持を考えるんであれば、ヤツの存在は中長期的にはしっかり表沙汰になって貰わんと困るのだ。
もっとも、権力の分散分立には気をつける必要があるし、あとカメラ付きで馳せ参じる機会が無くなりそうで、それについても大いに残念ではあるが……。
……ん、なんだ? バンス。
「あ、いや……シグルドさん、結構元気そうで良かったっすね」
まーな。わりとヤバめの事態も想定してたが、あの調子なら意外と何とかなりそうだ。
「ですか。ただその、ラムサスさんと話してるときって、シグルドさん、ちょっといつもと印象違うから戸惑っちゃって。御学友だったって聞いてますけど、実は彼、あっちの方が素なんですかね?」
素、てこたァないんじゃないかなあ。ヤツもあれで案外喧嘩っ早いところはあるけれど、それでもどっちかってと俺に合わせてくれてる感じだと思うぞ。
普段どおりのクソ真面目で対応されると、逆に俺の方が調子が出なくなっちまう。
「合わせてる、っていうか。合わさせてるって感じですよね」
と、バンスは灰色の頬に笑窪を作ってみせた。
「ウチの連中じゃあ、ああはいかない。なんだかんだハーコート家のお坊ちゃんで、年は下でも、大事な目上って先入観があるから。おまけにボクなんかはどうも引っ込み思案だし、ラムサスさんみたく、素で押しが強いのは羨ましいっすよ」
別に、俺だって生来常々この調子ってわけじゃあないんだけどなあ。人間誰しも仮面を被って生きている。イージーに見えてても、意外と中身は繊細かもしれないぜ?
「そういうもんですかねえ」
うむ。実際、お前さんの集めてる流砂サウンド、あれ結構良いよな。ライブラリーにあるのをこないだシャッフルで聞いてみたら、耳にしっくり来るというか、まぁ兎に角悪くなかった。よかったら後で、レグルスのストレージに生データ送っといてくれないか?
「え、マジですか?」
おう、マジマジ。ああいうのを楽しめるくらいには、俺もイノセントな気質を持ち合わせていたりするのだよ。ゆらぐ波間は居心地がいい。最近レグルスのコックピットが寝床と化してるんだが、たぶん、子守唄代わりに丁度いいんじゃないかって気がしてる。
「嬉しいですし喜んで、って言いたいですけどー。危なくないスか居眠り運転とか?」
だいじょぶだいじょぶ。一昨日海上でグリフォンと正面衝突したけど、向こうが気絶して落ちてったから。華奢な機体に見えても、アレはアレでバーラーなりにバカみたいに頑丈なんだ。コンテナ下げてるときにやらかしたら流石にヤバいかもしんないけどな。
「ええー……」
わっはっは。ま、手間かけさせるが、ひとつよろしく。じゃ、こっちは後頼んだ。