塵閣下になりました   作:あーぷ

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三連発式大玉花火

 

 

 ごぼごぼ、がばがば。

 

 暗視処理を間に咬ませているおかげで、コックピットのモニターに表示される映像は緑一色。外部センサーにまとわり付く細かな泡《あぶく》は、まるで房からバラされた海ブドウのようだ。

 

 ギア三機ぶんの排気系から、断続的に気泡が立ちのぼっている。微かな音を響かせながら、それらは、はるか上にある水面を目掛けて浮かびあがってゆく。

 

 

 

 ただ……その気泡に包み込まれた気体が、この惑星の大気と混ざり合うまでには、実際相当な年数が掛かるはずだった。

 

 サルガッソーは、海嶺の麓に開けた横穴から繋がる巨大な水中洞窟である。比重の差に従って空へと向かう道すがら、泡つぶのほとんどは、入り組んだ構造の天井部分に迷い込み、玄武岩で出来た無骨な岩肌に食い入って、長らくその場所に閉じ込められてしまうのだ。

 

 光なきこの地下世界に取り残されて。何年、何十年。何百年、何千年と。ずっとそのまま。

 

 牢獄に繋がれ、許されることなく忘れ去られた哀れな遺体を思わせる。泡の群れの末路は、多くがそうしたものとなる。

 

 痛いほど静かで、重苦しい悲惨さ。

 

 

 

 

 

 

 ……もちろん、物体《モノ》に過度な感情移入をしてしまうことは、古今東西ヒトに良くある悪いクセのひとつだ。

 

 空気も、岩も、水も。冷たさも、暗さも。結局、ただ“そこ”に“それ”として、存在しているに過ぎなくはある、んだが。

 

 

 

 つい辛気臭いことを考えてしまうのは、たぶん、今俺たちが身をおいているこの環境の、ゾッとくる雰囲気から来るものが大きいのだろうと思う。

 

 深海は闇である。そして、地上の闇とはいくらかその性質を異にしているからだ。

 

 深処に陽の光は及ばない。夜明けとも無縁だ。霧まとう朝は訪わず、夜の静寂《しじま》ばかりが止めどなく続いてゆく。

 

 

 

 大昔、この深海という場が、宇宙空間にも匹敵する一大フロンティアだと謳われたことがあった。地下資源などの魅力について力説したという面もあったろうが、それよりもよっぽど、環境としての過酷さが同ベクトルだと見做された部分の方が大きかった。

 

 ヒトが軸足を置くのは陽の当たる世界。そこで営まれる生活。そうした拠り所としての日常から、物質的にも、精神的にも大きく距離を置いてしまうことへの“恐れ”。

 

 この深く侘しい暗がりこそが。まさしく恐怖の具象である、というのも、そこまで言い過ぎではないような気がする。

 

 

 

 

 

 

 がばがば、ごぼごぼ。ごぼごぼ、がばがば。

 

 

 

 微かな音が鳴っている。耳のすぐ傍で。目玉《アイ・センサー》の間際で。金属製の肌を掠め、ぬるりと上へと向かって去ってゆく、泡《あぶく》の群れ。

 

 取り留めもなく。途切れることもなく。

 

 その音はまるで兆しだった。存在が明滅し、そのまま緩やかに消え失せることへの。ああ、心《ジェネレータ》は生きているはずなのに、駆動はあまりにも平坦で、熱く脈打つことがない。

 

 波うつ揺らぎは遥か遠く、自身もまたシステムに囚われている。事実に怯えおののきながら、でも、どこかその裏には安らいだ心持ちがあった。

 

 

 

 ガラスのナイフを握りしめ、冷たい夜の底に在る。遠ざかる懐かしきこだまよ。消え逝くその先へと誘われるように――

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『なーアニキー、聞こえてっかー?』

 

 アニマの器を通して、El.レグルスの内蔵センサー各種と同調させていた意識の内から。二割五分ほど引っ剥がして、正面モニターの右上に視線を向けた。

 

 ポップアップ状態でピン留めしてあるサブウィンドウがふたつ。上下に並んだうちの下側に表示されている僚機アンドヴァリの内部映像に、やけにゲンナリしたバルトのツラが映っている。

 

『これさァ、後どんくらい続くんだ? レグルス《そっち》のセンサーが言ってくるまんま、前に向かってずーっとギアを泳がすだけ。ダルすぎてさっきからすげー眠くなってンだけど。まだけっこー先、長いのか?』

 

 

 

 ……んー、正直分かんねえなあ。事前に割り出した座標までは、直線距離だと残りがせいぜい30ケルテだ。泳ぎってことで割り引いて考えても。ギアなら本来数分で着ける近さではあるんだが。

 

 まぁ、そう簡単にはいかんだろうな。入り組みっぷりがひどくて今でも相当遠回りになってる。

 

 データ取ったりジェネレーターぶっ壊しに掛かったり、向こうでの作業時間も考えると、ユグドラに戻れるのはたぶん夕方近くになるんじゃないか?

 

『うげぇ。マジかよー』

 

 と、舌を出していかにも嫌そうな表情をする。悪ガキど真ん中、王子様らしさを全力で放り投げた顔芸だった。

 

 うーむ、なんつーか、アギーかメイソン卿が見てたら100%小言が飛びそうなことやってんな?

 

『アンドヴァリって考えるだけで動けるから大してやることねぇし、まわりのケーカイもレグルス《そっち》頼りだし。なんか時々変なのも出てくるけど、毎回ヴェルトール《オッサン》がさくっとヤっちまうしさあ』

 

 バルトの発言に、上側表示のサブウィンドウに映ったもう一つの顔がピクリと動いた。が、どうやら、バルト本人はそっちに意識が行っていないらしい。

 

『んで、周りはどっちもこっちも緑、緑、ぜーんぶ緑。マジひっでぇ景色』

 

 何を言う。緑ってのはな、目に良いんだぞ。人間のカラダに一番優しい色なんだ。

 

『ふーん? そうなんだ。でもそれ、どうせ森とか草っぱらとかのことなんだろ?』

 

 一丁前に腕を組み、右の人差し指で二の腕をペチペチとやってみせる。

 

『そりゃ、砂漠の民じゃ緑は赤の次くらいに人気だっていうけどさ。おんなじ緑でも、こんなにボンヤリチカチカしてたら優しいどころかウットーしいだけだぜ』

 

 赤は血潮、白地に金は高貴のしるし。そして緑は大地の恵み、だっけか。碧は王家の証だから世間的には別口なんだよな。

 

『そ。こんな変なのと一緒にしちゃいけねえ。で、仕方ねーから目ぇつぶるじゃん? そしたら寝そうになる。つれぇー』

 

 

 

 おいおい、居眠り運転は止めてくれよ。いくらギア・バーラーが頑丈で、自己修復も効くからって、乱暴に扱っていいわけじゃない。

 

 特にアンドヴァリ《そのギア》は前進推力のバカ高さと機体の剛性がビミョーにバランス悪いんだから。無防備に岸壁でゴリったりなんかしたら、たぶん装甲板が削れるだけじゃあ済まねえぞ。

 

『アニキにそれ言われたくねぇなー。オレ知ってんだぞ、コンピューターに操縦丸投げしてグースカ寝てたら、空飛ぶデカブツにまっ正面からぶっつけたんだって?』

 

 む。誰からそれを。

 

『ファルケに聞いた』

 

 あんにゃろう。

 

『グリフォンだっけ? アクヴィ・エリア《こっち》にはそーいうのがうじゃうじゃいるんだってな。レグルスって見た目弱そうなくせして硬ぇから大丈夫だったらしいけど、右手のアクチュエーター? とかいうのがイカレておやっさんに大目玉食らったんだろ。気をつけろよなー』

 

 うるせー、そんときゃ俺も疲れてたんだよ。

 

『やーい、言い訳』

 

 言い訳ってなぁ……ちくしょうファルケのやつ、一応上官のミスをお偉いさんに吹聴するたぁ太え野郎だ。後で絶対泣かす。ていうか、おいこらバルトてめぇ笑いすぎだ。

 

 

 

 

 

 

 ……まぁ、バルトが現状に文句つけたくなるのも分からんではない。

 

 視界の確保が難しく、動きにも制限が掛かる海中作業。サルベージャーなら誰でもその危険性は骨身に染みて知っている。界隈に飛び込んでくる新米に対し、口を酸っぱくして忠告するのが彼らのいつものお約束だったりする。

 

 そうした警告自体はむろん傾聴に値するが、しかし、それはあくまで一般的なギア・アーサー水準での話でもあるのだ。

 

 

 

 宇宙空間対応機たるギア・バーラー。その中でも最高峰の電子戦能力を持つEl.レグルスにかかれば、水深数百シャール台後半の真っ暗闇だろうと、高い解像度でモニターに周囲の様子を投影することが出来る。

 

 得られたデータを僚機に転送することで、一同揃って視界は良好。画面の色合いこそ味気なくはなるものの、地上と比べて際立って不便を感じる程じゃない。

 

 

 

 一応、クラーゲンやデスサイズといった巨大深海生物――どうせこれもソラリスが遺伝子操作で生み出したバケモノを番犬代わりに放し飼いにしてるんだろう――の襲撃はしばしばあるが、感知能力でこっちの方が遥かに上手なため、だいたいにおいて先手が取れる。

 

 彼我の戦力差自体も相当なもんだ。隊列一番目のヴェルトールが、海中の行動制限なんぞ物ともせずに殴り倒せばはいオシマイ。

 

 

 

 ようは先頭のヴェルトールと、しんがりのレグルスとに挟まれたアンドヴァリにはこれといって役割がないのだな。

 

 実戦経験の少ないお子様の取り扱いとしてはまぁ仕方なくはあるんだが。当人の心情的にはブー垂れるのも已む無しなわけだ。ブレイダブリク制圧にかかる攻防戦においては、初陣にも関わらずそこそこ以上に奮闘したという自負もあろう。命懸けで助けるつもりが、むしろ命を救われたというのがミロク大尉の言である。

 

 

 

 

 

 

 サルガッソーへの不平不満から始まって、次第に話題は二ヶ月前に出向いたニサン詣でのことへと移っていった。

 

 六月の後半を通して行われる、ニサン正教の降誕祭。そのスケジュールも終盤、祭りもたけなわに行われたパレードに、アギーとバルトで連れ立って見物に出かけたのだ。

 

 ニサン訪問の主旨そのものは、大霊廟内部、イコール碧玉要塞の使用許可を首脳部に取り付けることだった。実際、二日のニサン滞在のうち、期間のほとんどはそちらの方に費やされたわけだが、終わった後に少し時間が空いたので、アギーとの前々の約束もあったしちょうど良いやという流れだった。

 

 

 

 パレードは、ニサン正教流のコンテクストに溢れた、それでいて華美で賑やかな代物だった。

 

 ブラスバンド式の楽隊が奏でる荘厳な音楽の鳴り響くなか。公共施設の奥まった蔵から引っ張り出されたのだろう年季の入った神輿の群れが、大聖堂を目指して大通りをゆっくりと練り歩き。そして敬虔な信徒たちもまた、長蛇の列を成して神輿の周囲や後ろをそぞろ歩く。

 

 一方、その大行列の左右両横では、イベントをただイベントとして楽しむ世俗化した一般信徒や観光客たちが、引き続きお祭り騒ぎに興じていた。

 

 演物、出店、子ども向けの臨時の遊び場などなど。立ち並ぶ屋台に人々が詰めかけ、一般店舗もオープンテラスふうに勢力範囲を拡大している。どのみち生身のヒトのやることだった。祭典《フェスタ》の雰囲気なんて、何時、何処でだってそうそう変わらない。

 

 

 

 出店で食べたアレは美味しかった、だの。話題のあそこには行けなかったから、次があったら絶対行く、だの。その日の時間の都合で大聖堂までは入らなかったこともあって、バルトが喋るのはだいたいがそういう即物的なことばかりだった。

 

 もっとも、それはそれで良い傾向ではあるんだろうと思う。正直、祭りを回っているときには何処か空元気めいたところがあった――たぶん、以前に家族と一緒にこの時期のニサンに来たことがあって、そのときを思い出してしまったせいだろう――のだが、今こうして思い出話をしている限りだと、普通に屈託ない表情でいるように見える。

 

 

 

 失った家族を悼む気持ちを否定するつもりはないけれど、悲嘆に暮れてばかりいては不健康だ。

 

 何より、仮にそれで心身を損ねてしまったりなんかしたら、他ならぬ家族が悲しむだろうしな。

 

 子どもは元気に笑っていればそれでよろしい。単なる一般論ど真ん中だが、一般論には往々にしてそうなれるだけの妥当さってのがあるものだ。

 

 

 

 

 

 

 さて、それはそれとして。

 

 ちらりともう片方のサブウィンドウに視線をやる。そっちはよろしく無さそうだった。さっきからだんだん雲行きが悪くなっていて、そろそろドカンと行きそうな雰囲気がある。

 

 俺個人としては脳みそ七割ちょいくらいの同調率でも十分に仕事はやれるので、お喋りと同時進行でも、周囲の警戒と洞穴構造の精査くらいはワケはない。

 

 とはいえ、それが傍目に見てどうかというと別問題であって――

 

 

 

『特使殿!!』

 

 わーい、とうとう雷が落ちたい。

 

『バルト君もだ! 物見遊山に近い危険度とはいえ、ここがいくさ場であることには変わらんのだぞ。急を要する事態はいつ何処で起こるか分からんのだ。そんな弛み切った態度では――』

 

 ……あいや、申し訳ない、カーン殿。たいへんごもっとも。以後背筋を伸ばして当たらせていただく。

 

 てなわけで、悪いがお喋りはおしまいだ。不真面目なのは(どの口がゆーのだというのは置いといて)良くないからな。今調べ終わった感じ、たぶん目的地までは後だいたい二十分ってところか。

 

 そこまで気合入れて見てくんなくても構わないから、とりあえず寝落ちだけはせんよう気をつけといてくれや。オーケー?

 

『はぁーい。しっかり目ン玉開けて大人しくしてるよ。……メンドくせーけど』

 

 

 

 

 

 

 そのまま、特に盛り上がるような場面もなくひと仕事を終えた。

 

 往路で合計一時間半、サルガッソーの奥深くに位置する障壁《ゲート》発生装置のフロアに無事到達。そこで一通りデータを収集した後に、ある程度距離を取って、El.レグルス内蔵火器の腕部大口径エーテル砲を装置本体に真正面からブチ込んだ。

 

 白熱したビームが中央部のエネルギー・シリンダーを直撃し。循環能力を失ったジェネレーターが溶融することで、爆発を伴う見事な大往生を遂げてくれた。たーまやー。

 

 

 

 ギア・バーラー三機の変則小隊。しっかりとしたフォーメーションを組めば、ミァン操るオピオモルプスどころか、おそらくグラーフ搭乗のORヴェルトールですらがっぷり四つで食い下がることが出来る。現時点での惑星最強チームを持ち込んだわりには大したことのないヤマだったが、とはいえ、この一発が地上世界の反撃の狼煙第一弾であることは疑いない。

 

 アヴェ、シェバト間の同盟を内外にお披露目するにあたり、これ以上無く分かりやすい成果ともなる。作戦は成功だ。ケチの付けようなんぞ有るはずもなかった。

 

 

 

 さあ、ここからがいよいよ本番だ。

 

 フロアの崩落に巻き込まれないよう三機揃ってバックギア。帰りの道中、レグルスの無線で破壊完了を各所に伝えた。その報を受け、イグニス、アクヴィ両エリアの実働部隊が直ちに行動開始の手はずである。

 

 今頃は騎士団員含むレジスタンスが『教会』本部勢力と衝突し、ニサンでも碧玉要塞が浮上、飛行仕様ユグドラⅠ所属の技師チームが総出で主砲の再稼働に邁進しているはずだった。

 

 急場拵えのシステムが、唸りを上げて回転を始めている。進めや進め、いざいかん。ちゃっちゃと残り二つの障壁《ゲート》発生装置もぶっ壊し、ソラリス・エテメンアンキを、白日の下に晒してやろうじゃあーりませんか。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 タムズ中核船の野外バーは、概ねいつだって盛況だ。

 

 別にここに限った話ではなかろうが、サルベージャー連中の昼日中ってのは仕事してるか酒呑んでるかの二択といっても過言ではなく、その上お日柄によっては後者のほうがだいぶんウェイトが大きかったりする。

 

 でかい儲け話が浮上して、人員がゴッソリそっちに取られるということも稀にはある。でもそんなことはそう頻繁ではないので、始終呑んだくれが大量発生していると見てそれほど事実とズレはないのだ。

 

 席を囲んでギャーギャー騒いでいるチンピラ風の一団。酒瓶片手に千鳥足の良い年したオッサン。パラソルの下のテーブル席に陣取って、ふと周りを眺めてみれば、そんなサルベージャーたちの生態を実証的に確かめることが出来る。

 

 ……いやまぁ、別にそんなもん挙って確かめたいわけじゃあないんだが。

 

 

 

 待ち合わせの時間は今日の昼過ぎ。大事を取って早めに来ておいたのに、三時近くになっても未だに相手の姿が見られない。

 

 仕方ないのでさっきから書きものをして時間潰しを続けている。その中身はというと、後日出版予定のプロパガンダ本――義憤に駆られたシェバト貴族《俺》が心機一転下界に降り、ファティマの庶子《シグルド》と手を組んでソラリスの世界支配に立ち向かうという事実とデマが7:3の戦記風ブレンド品――の下書きである。

 

 データ投影用メガネをアイ・コンタクトで操作しながら、ポータブル・デバイスにザラザラと文書を出力していく。そうしたいかにも意識高い系な振る舞いは、場所柄を考えるとしっかりバッチリ浮いている。おかげでときどき変な絡まれ方もするが、ガタイの良い長身の野郎相手に喧嘩腰で突っかかる極まったアホウは、ここタムズでも流石にそう多くない。

 

 今のところ、程々に愛想よくしておけば適当に往なすことができていた。

 

 

 

 かといって、ずっとこの場に居座っているわけにもいかないんだがな。文筆業の仕事上の優先順位はぶっちゃけだいぶん低いのだ。いい加減後の予定に差し支えるからとっととお越しいただかないと……っと、きたきた。

 

 なるほど、この人が直接やってくる形になったか。大股で近寄ってくる相手にちょっとばかし驚かされたが、未来の前倒しだと考えればそうおかしな事でもないのかもしれない。メガネ式デバイスを外してポータブルと並べてテーブルに置き、立ち上がって笑顔で出迎えた。

 

 

 

「よォ、元気そうじゃねえかカール」

 

 お久しぶりです、先輩。まさか貴方が、直々に地上に来られるとは思ってもみませんでしたよ。遥々お越しいただき感謝の言葉もありません。

 

 ……どうかされましたか。

 

「いやテメェ、なんつーか、ずいぶん態度がヒクツになりやがったな? ケツがモゾモゾすらあ。地上で散々揉まれたからか、それとも、そいつがヒュウガの言ってた“ヒトが変わった”ってことか?」

 

 以前のカーラン・ラムサスの名誉のためにも断言させて貰いましょう。“ヒトが変わった”方がほとんどですよってね。

 

 もちろん、この地上世界でてんてこ舞いしてきた中で、居住まいを正したという部分もけっして小さくはないでしょう。ここ数年の経験は、ヒト一人を変えるには十分すぎるものだった。

 

 だけどそれだけではありません。先輩がヒュウガからお聞きになった事象が、この身の内で今もなお現在進行系なんです。良くも悪くもね。

 

「はァーん? 良く分からんが、まぁ、そういうもんだと思っとくか」

 

 と、ジェサイア・ブランシュは整形前で傷一つ無いマスクを怪訝そうに歪めてみせた。それからテーブルの上を一瞥し、残り1/3ほどになったカップの中身を見て、途端に目を剥いた。

 

「ってかテメェ、こんなお誂え向きなとこで茶ぁーしか頼んでねえとかナニ無粋なことやらかしてやがる! バッカじゃねえのか、ボートクだ、ボートク。……おーい姉ちゃん、悪ぃがこっちにメニューくれえ。高えの上から順番に行くから大至急頼まぁ」

 

「はぁ~い! もちょっと待ってね~」

 

 

 

 ……俺、あんまカネないんだけどなあ。入店時に見たメニューを思い出す感じ、安酒はトコトン安いが上物は上物で結構な青天井だった憶えがあるぞ。

 

 目の前の御仁に払う気があるかも疑わしい。うーむ、まとめて経費で落ちると良いんだが。ここって領収書出るのかね?

 

 


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