塵閣下になりました   作:あーぷ

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別離と謝罪のインターセプト

 

 

 もっとも、別に何か斬新な企画が頭の中に在ったわけじゃあないのだ。

 

 言ってしまえば、在り来りなデートコースをひとつばかし用意した、というだけ。

 

 直近の大まかなソラリス事情については、ラケルさんから前もって聞き取りを済ませてあった。だいぶ前、まだ塵閣下とミァンのどちらもがある意味正気でいた頃。ふたりで観に行った被体験式映像コンテンツの続編が封切りされているのを小耳に挟んでいたので、ヒュウガに頼み込んで、チケット二つぶんを事前に確保してあったんである。

 

 

 

「ずいぶんと、準備がいいのね?」

 

 運が良かったんだよ。何かないかとセントラルで情報を漁ってみたら、たまたまコレを見かけてね。

 

 前作を観に行ったのは、まだ俺たちが付き合い始めの頃だった。思えばあれが初デートみたいなものだったかもしれない。そのときの続きが出ているとくれば、今日ってタイミングには、なかなか相応しいんじゃないかって。

 

「ふぅん? ……言いたいことはたくさんあるけれど、今は脇においておきましょうか」

 

 と、ミァンは斜め後ろ側からこちらにすっと身体を寄せると、そのままさりげなく俺の片手を取った。

 

「あなたを信じるのなら、近いうちに詳しく話してくれるそうだし、それに、私も観たかったのよ、それ」

 

 

 

 

 

 

 予約先のシアター・ホールはマコン通りの西側。エテメンアンキを縦に割る背骨を跨いで、さっきの喫茶店のちょうど反対側のあたりにある。

 

 と言っても、加速度レーンのおかげで到着まではほんの数分だ。店舗の自動ドアをくぐって、ホール入り口のチェッカーにチケットをかざすと、逆三角形の自律ガイドユニット(ちなみにこいつの中央に嵌め込まれている客案内用モニターをメーザー砲に載せ替えれば、まんまゲーム中に出てきた警備及び鎮圧用オートマトンと化す)がやってきて、それの案内で、俺たちはいくつかある大部屋のひとつへと通された。

 

 

 

 差し渡し25シャールほどの台形型の部屋。短い辺にあたる壁の一面が、まるまる一枚板のディスプレイに張り替えられている。それを正面に見据える配置で、なだらかな角度の付いた床の上に、ライトブラウンのリクライニングシートが三十席ほど並んでいる。

 

 ちょうど上映数分前らしかった。埋まり気味な席の中から、ふた続きで空いているシートを選んで、ミァンと並んで腰掛けた。お互い備え付けのインカム風デバイスを身につけ、マイクみたいな光学メディアの位置取りを調整してから電源を入れた。

 

 すぐさまイヤーマフ部分の小型スピーカーから演目の前説《インスト》が流れ、それと並行して製品CMがいくつか、視界の隅にそれとなく浮かび上がってくる。

 

 今みたく、デバイスから網膜に投射される細やかなエフェクトと。正面ディスプレイにデカデカと映されるメインムービーとの相乗効果が、このコンテンツのキモなわけである。

 

 

 

 ミァンと雑談を交わして前作のことを振り返っていると、やがてアナウンスがあって、部屋の明かりが落ちた。

 

 どちらからともなく会話が途切れ、二人とも正面の大画面を向いた。他の客のざわつきもまた同様に、暗闇のなかで潮が引くように消えていった。そして、いよいよ上映が始まった。

 

 

 

 ……コンテンツの内容としては。戦争もののガワに、ラブ・ストーリーの骨子を鋳込んだような筋立てだった。

 

 全編通しでだいたい一時間半ほどか。

 

 帝政と地上支配の正当性をこれでもかとアピールする裏側で、せせこましく行われていくロマンス模様。ディテールの部分は省かせてもらうが、正直、外野目線だと全体的にちぐはぐな印象は拭えない。

 

 たぶん、プロパガンダとしての体裁を整えないと、映像作品そのものが検閲を通らないってことかと思われる。それでも分類上は恋愛モノなのは確かなので、ソラリス《この国》ではこれはこれで女性向けに属するシリーズではあるんだろう。

 

 

 

 前作に対するカーラン・ラムサスの感想は、軍事的観点からのリアリティが欠如しており白ける≒大いに眠くなる、みたいなものだったっぽいが。

 

 異邦人視点だと、これはこれで、それなりに面白く観れるモノではあったように思う。

 

 網膜投影による臨場感を活かした独特な演出。この国の役者なりの文法の風変わりさ。あるいは空中都市という限定された環境下で、バリエーション豊かなシーンを切り出して画面上に収めきる、クリエイターの腕前。

 

 こんな言い方するのも何だが、純粋に関心させられる。いい仕事してますね、みたいな?

 

 話運び自体は前作ファンを当て込んだ無難な作りで、意外性は大して無かったけれど、そのおかげで安心して観ていられた面もなくはなかった。

 

 そもそも演出面でのインパクトが相当盛りだくさんなわけで。これでストーリーでまで奇を衒ったことをすると、受け手のキャパをオーバーして置いてきぼりにしかねない懸念もあるだろう。

 

 

 

 

 

 

 一通り観賞を終えた後は、王国《マルクト》・エリア中心部のモール街に趣き、ウィンドウ・ショッピングと洒落込んだ。

 

 主に見て回ったのは生活雑貨だった。来年度、ミァンはユーゲントの最終年次に上がる見込みになっている。学生の大半がエスカレータ式でそのまま軍属となる都合上、この年次は三年次までとはかなり趣きが異なる。

 

 特に女性の場合、このタイミングで生活環境をガラリと変えるケースが少なくないのだ。

 

 ミァンも学寮を出て、栄光《ホド》・エリアの北東部にある軍関係者向けの集合住宅へと移る予定とのこと。

 

 原作のエリィのように実家が太ければ話は別だが、そこまで恵まれないこの国の軍関係者にとっては極めてありがちなルートと言えた。ユーゲント初年次にミァンのサポーターに付いてくれた年次が二つ上の先輩が、同じような流れで退寮していて、彼女自身もその先輩に習うことにしたらしい。

 

 ……もっとも、ミァンにとってはそれはあくまで表向きの理由に過ぎず。実際は補体として活動するための柔軟性を確保する意味合いが強いんだと思うが。

 

 

 

『オ支払イ、アリガトウゴザイマス。以上、6ヒンモク、賜リマシタ』

 

 ヒュウガ名義のキャッシュ・カードをリーダーに通すと、店員代わりのオートマトン(これまたメーザー砲の代わりに、今通したカードリーダー等の会計機器が収まっている)が合成音を発した。

 

『指定イタダイタ、ゴ住所ニ。次年度ノ三日前ヲ目処ニ、オ送リイタシマス。オ買イ上ゲイタダキ、マコトニ……』 

 

 オーケー、オーケー。よろしく頼むよ。

 

 ああ、念の為にだが、名義人のアドレスに事前通知を頼めるか? 実際に送付する前と、それからこのあと払いが確定した時点でも(……どうせそのうちキャンセルだしな)。

 

『畏マリマシタ。タダチニ、手配イタシマス』

 

「名義人? ……ねえ、カール。もしかしてこれの支払い、あなた持ちじゃないの? 必要なものを余裕を持ってって言うから、言われるままにけっこう好き放題してしまったのだけど」

 

 最終的には当然俺持ちだよ。ただ、裏ではちょっとばかしややこしいことになっていてね? キャッシングの形式が間にワンクッション挟んでいるから、手続きがいくらか冗長にならざるを得ないのさ。

 

「そうなの?」

 

 そうなる。誓って法に触れるようなことはしていないし、やせ我慢しているってわけでもないのだが、言うなればコレは、今の俺の立場の少しばかり厄介な部分とでも言うべきかな。

 

「なんだか怖いわね……。大丈夫かしら」

 

 大丈夫だとも。

 

 ……まぁ、なんだ。恋人として有るまじき年単位の音信不通をやらかしてしまったわけで。普通なら100%見捨てられているだろうという自覚はあるんだ。

 

 君には、俺の懐を存分に痛めつける権利があると思う。当然の権利がね。そのあたり、使えるぶんにはせいぜい使ってやってくれ。今さら君が気にすることなんて、何ひとつ無いよ。

 

 

 

 ……ちなみに、相変わらずお寒い状況にある俺の財布だが、実は今回そっちにダメージが行くような形にはなっていない。別にヒュウガにまるっと押し付けようというわけでもない。シェバトの対ソ工作費から直接資金を引いてこれるので、個人レベルだと実質青天井みたいなもんなのだ。

 

 ようはよっぽどでない限りは補填が利く。なんで、もっと好き勝手してくれても全然構わなかったりするのだが。

 

 とはいえ、無論そんなスッ飛んだことを口にはするまい。スマートな説明なんぞ出来るわけがないのだし。ユーゲントからはとっくの昔に除籍処分を食らっているはずで、現時点での塵閣下の身分は名目上住所不定の無職になる。

 

 そうした事情を誤魔化し、ちょっと見栄を張っているくらいに見えるのが、おそらく今のうちは丁度いい塩梅だろう。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 アラボト広場の人通りは、だいぶん少なくなっている。

 

 買い物帰りに、モール近くの雰囲気の良いレストランで食事をとった。そのとき互いにいくらかアルコールを入れたので、酔い醒ましを兼ねて少し歩こうということになったのだ。

 

 

 

 第二級市民層、北端部に位置するアラボト広場。いくつもの大通りが交差する、エテメンアンキで一、ニを争う面積のあるスポット。

 

 この季節、この曜日の、いつもの風景が広がっている。ソラリスの夜だ。その中の一部として、俺も、ミァンも、この場にいる。

 

 ……示し合わせたこの場所に。

 

 

 

 

 

 

 広場中央の程近く。ちょうど、天帝の仮玉座をすぐそばで見上げられる位置に来たあたりで。

 

 俺は繋いでいた手を唐突にほどき。合わせていた歩調を大股に変えた上で、一歩、二歩と大きく前に進んだ。それから振り返って、少し離れた正面から、ミァンを見やった。

 

「どうしたの、カール……」

 

 

 

 そのとき、ふいに。あたりの空気が一変した。

 

 ガラス張りの天蓋の外には闇。その内側を照らしている、街灯や電飾などが入り混じった煌々とした光。そうしたコントラストは変わらないのに、ただその内々に在る数多くの人々だけが、急に立ち止まり、押し黙る。

 

「えっ?」

 

 市井の喧騒が失われることで、いつもの風景が、凍りついたかのように固まった。

 

 能面みたいになった人々の顔が並んでいる。歩くのを止めた数え切れないほどの足が、合金製のなめらかな床の上に、ズラリと棒立ちになっている。

 

 こうなることを予め知らされていた自分ですら、ぎょっとさせられる風景。

 

 街の大枠が保たれているのに。いや、むしろ保たれているからこそ、一変した空気の異質さは、より一層激しく、強まって見えた。

 

 

 

 少し時間を置いて、次の変化がやってきた。

 

 人々が、まるで蜘蛛の子を散らすように、この場から一斉に立ち去り始めたのだ。

 

 無言のまま、しずしずと。ニサン生誕祭の行列よりも、よっぽど宗教じみた厳粛さと共に。

 

 彼らは各々が家路につくだろう。そう命ぜられ、心身に欠片の抵抗もなく、そうさせられたわけだった。

 

 

 

 ……まったく大層なシロモンだ。一応こっちも、常日頃『コレ』をいくらか借用して色々とやらかしてはいるんだが。流石に本家本元のやることには、到底及ばない。

 

 

 

 

 

 

 さておき、俺は改めて目の前のミァンを観察した。

 

 異常事態を前に、さっきから呆気にとられた表情でいた彼女が。やがて、鋭く切れ込みを入れたような、美しいが恐ろしくもある笑みを浮かべるのが、分かった。

 

 

 

「……これって、カインの差し金かしら?」

 

 と、ミァンは……というよりも、ミァン・ナンバー998が、こちらを見上げて囁いた。

 

 その声色は、まるで辣腕の舞台役者の演技が如く、よく熟れた、しかし分かりやすく作り物じみたものだった。

 

「ねえ、カール。いえ、ラメセス? コピーたるあなたと、オリジナルとが親和性を持ち、何らかのキッカケを経て共謀関係に至る。そんな可能性はまるきり思いもよらなかったけれど……でも、そうだとすれば、辻褄は合うわね」

 

 この半日であくせくと積み上げた気の置けない雰囲気なんて、見る影もない。ある意味、今この場所の異常さに、誰よりも相応しいヒトこそが目の前の女だ。

 

 生まれ持った仮面をあっさりと脱ぎ捨て、ミァン・ハッワーは、すっかり補体として振る舞っている。

 

「どうなのかしら。答えなさい、ラメセス?」

 

 

 

 ……さて。どうだかね。

 

「フフッ。そんなふうに仕向けた憶えはないのに……ずいぶんと小賢しく育ってしまったようね」

 

 その言葉、そっくりそのままお返ししたくなるね。急転直下、ずいぶんと恐ろしい雰囲気になっちまってまぁ。

 

 こっちとしては、それはそれでお美しいだのと言えなくもないがね。しかし、一緒にいて何ひとつ気が休まりそうにないあたり、総合点で見ると、相当マイナスなのは間違いないな。

 

「まともに答えるつもりがないのなら、それでもいいわ。いずれにせよ、この規模の命令権行使はカイン以外には成し得ないのだから。経過と状況の符号、当たらずとも遠からず、といったところでしょう?」

 

 ミァンが目を伏せたまま頭を振った。やれやれ、とでも言うかのように。

 

「そして、あなたが“塵”であることもまた明らかとなった」

 

 何かしら君なりの目的があって、そのためには今の俺が不適合であることが分かったから、かい?

 

「……白々しいこと。既にカインと通じているのであれば、カイン同一存在たるあなたの使いみちなど知れているでしょうに。結局、あなたは、何一つとして実らなかったということなのね。労を取って植え付けた“憎しみ”さえも失った今、ここに居るのはもはやカーラン・ラムサスですら、ない」

 

 何者にもなれぬ生命、すなわちただの“塵”である、ってか。そりゃ、ご期待に沿えずにたいへん悪うございましたね。

 

 

 

「それにしても……今日の茶番はいったい何だったの?」

 

 一歩近づき、スラリとした右手の人差し指を突きつけてくる。

 

「あなたの仔細を把握するために。願ったりな時間ではあったから受け入れはしたけれど、あなたにとって、何かメリットが有ったようには思えないわね。見え透いた半日間。単なるリスクに過ぎなかったはずなのに、わざわざ不要な危険を犯したのは、どうして?」

 

 ……俺も、そちらさんのことを、しっかり実地で検分しておかなきゃなるまいと思ったのさ。

 

「へぇ?」

 

 ミァン・ハッワーというのが。補体という役割を持たせられたひとりの女性が、いったいどのような立ち位置に在り、どのようなモチベーションで動いているのか? その成り立ちやこれまでの経緯は、ある程度分かっていたとしても、実際に接してみないと得心がいかないことも多かった。

 

 傍にいて、対話し、同じ時間を過ごすことで。君についての判断材料を確保する必要があった。

 

 やろうとしたこと、やっていること。突き詰めてしまえば、そちらと然程変わらない。

 

 結局のところ……俺たちは互いに、ほとんど同じものを目当てにしていたと言うわけだ。ムジナ同士仲良くとはいきそうにないのは、残念ではあるがね。

 

「……そう。それで? あなたのご感想としては、いったいどういったふうかしら」

 

 

 

 その問いには応えずに。俺は、アラボト広場の仮玉座を見上げ、そちらに向かってちょっとした合図を投げつけた。

 

 別に、何か身体で大げさな仕草をしたってわけじゃない。事前に意味合いを定めてあるエーテルパワーのシグナルを発し、それを相手側が受信することで単純な意思疎通を行う。エーテル能力者同士の合図としては良くある手ではあるが、構造が極めてシンプルなので、横から中身を盗み見るのは難しい。

 

 ミァンは僅かに身構えたが、特に何もしなかった。引き続き状況の推移を見守るつもりなんだろう。やや待って、シグナルを受けた相手が、仮玉座の上の物陰から、こちらに向かって飛び降りてきた。

 

 

 

 かなりの高さからの跳躍で、そこそこ加速度がついていたはずなのに。そいつは、物音ひとつなく俺たちの直ぐ側、合金製の床の上に着地した。

 

 今の瞬間に跳躍者自身が周囲の空間へちょっとした認識阻害《ジャミング》を掛ければ、さながら風のように、ひと一人が突如目の前に現れたかのように映ったはずだ。

 

 現時点でのやつのポジションは原作におけるワイズマンに近い。そのため、彼がやっていた演出効果については粗方自由に使いこなすことができる。当人が実際にやる気になるかはさておくとして。

 

 

 

「あら、シグルド……じゃ、ないわね」

 

 まるで造作もなく、ミァンは目の前の男の“状態”を見破っている。

 

「いつの間に趣旨替えをしたの? まだしばらくは、貴方は私の側についてくれると思っていたのに。ねえ、ラカン?」

 

「“そいつ”は後ろに引っ込んでいるさ」

 

 地上人としての服装――ソラリス基準だと腹出しルックがしっかりバッチリ浮いている――に身を包んだシグルドは、ミァンに向かって油断のない姿勢を取りつつ言った。

 

「俺は俺だ、時々危うくはあるが、それでもな」

 

「そうなの!」

 

 と、ミァンが哄笑してみせた。

 

「グラーフ《彼》も衰えたものね。もともと、ヒト種の精神などそう長くは保たないものだけど。それにしても、このいよいよという時勢に至って、たかがアニムス高適正者ごときに、あえなく抑え込まれてしまうだなんて!」

 

「……ミァン。君には悪いが、この場でその身柄を抑えさせてもらう。遺憾ながら、どうやらカール《この男》が口さがなく言い連ねていたことは、大凡真実を突いていたようだ。母《君》は、兵器《デウス》の本体ではないが、キーパーソンではあって……いわば、爆発物に対する起爆装置の役割を果たしている。君を封じることで、今しばらくのあいだは、滅びの必然性を押し留めておくことができるだろう」

 

「シグルド《あなた》はそれで良くても、グラーフ《彼》は納得がいくのかしら?」

 

 蔑んだような笑みを浮かべながら、ミァンが言った。

 

「憎いのでしょう? すべてが。それがために彼はヒトの滅びを求めた。だからこそ、神《デウス》復活のそのときまでは、私たちは利害を共にすることができた」

 

「……そうだな。少なくとも以前はそうだった」

 

「構図は今なお変わらないはずよ。そこのカールですら無い何かに、なにを吹き込まれたのかは知らないけれど……」

 

 

 

「俺たちもまた、システムに縛られている。そのことに気付かされたからこそだ」

 

 シグルドは淡々と断言する。このあたりの関係性については、前もって話し合ってちゃんと中身を詰めてある。

 

「ヒトを滅ぼし、すべてを兵器《デウス》へと集約し、その兵器すらも消し去る。滅尽滅相。その行動理念は、もちろんグラーフ《ラカン》の憎しみに根ざしたものだが、ただそれだけではなかった。兵器《デウス》のそのさらに奥にある固有の人格、蒼く波うつ存在《モノ》、それによって唆され、誇張され続けてきたものだ」

 

「……存在《モノ》?」

 

「そう。そして、その構造もまた、ひとつのシステムに過ぎないのだろう。デウスというシステムに縛られつつも、長年に渡ってデウスを御そうと試みている、より上位のシステム。兵器と、存在。この二重の支配構造から解き放たれることさえできれば、見通しは変わる」

 

 シグルドの言葉に、ミァンが身じろぎをした。怪訝な表情。

 

「滅びは不可欠ではない、今の俺たちは、そう考えている。いつかヒトは……人は、自らの自由な意志のもとに、別の可能性を探ることができるはずだと。信じてみても良いと思ったのさ、俺も、グラーフ《ラカン》も」

 

「……」

 

「その合意をもとに、グラーフ《ラカン》は、シグルド・ハーコート《俺》に主導権を明け渡した。もはや、デウス《下位システム》の代弁者にすぎない君の言葉で、その決定が覆ることはないだろう」

 

 

 

 

 

 

 押し黙ったミァンのことを、俺は、すぐ近くで他人事のように眺めていた。

 

 補体としての彼女の性質。それがどのようなものなのかは、何となく分かってきた気がするけれど、一方で明確に断言するところまでは行けそうになかった。ただ、とりあえず確固たる指針を即座に打ち出すことができず、今このとき、程々に戸惑っているらしいことは確かだと思う。

 

 ミァン998に『存在』を識るすべはない。“それ”とはあくまでデウスに従属する生体端末でしかないからだ。枠組みの内側に完全に組み込まれたモノに、枠組みの外からの視点を持つというのは、控えめに言って非常に難易度の高い作業になる。

 

 だからこそ、“それ”として“在らされている”らしき彼女には、この場で明快な判断を下すことができない。押し黙るしかないわけだ。エラーを吐いた機械はだいたいにおいて動作を一時停止するものだが、状態としては概ね似たようなもんだろう。

 

 

 

「……それで」

 

 と、ミァンがシグルドから視線をそらし、俺のほうを向いて言った。処理不能につき結論は棚上げ、といったところか。

 

「グラーフ《これ》が、あなたの切り札というわけかしら、ラメセス?」

 

 ……まぁ、そう捉えてもらって構わんよ。

 

「確かに、エーテル制御の出力では、補体《私》は準接触者《これ》には劣っている。ましてやカインの影響力に溢れたこの場所で、単純出力で上回られてしまえば、逃れることも出来ず、力尽くで抑え込まれるのも自明でしょうね。五百年前、ガゼルの法院たちが、徒党を組むことでそれを成し遂げられたように」

 

 左様で。結構なことだ。だったら、ホールドアップでこのまま大人しく捕まってくれると有り難いんだが?

 

「もちろん、そういうわけにはいかないわ。二の轍なんて、踏ませては貰えないのだから」

 

 何?

 

 

 

「ミァン・ハッワーは自らを滅することはできない。けれど、例外的な状況はいくつか在るのよ。まさに今こそがそのひとつ。私が……この私が、望んでいた、ひとつの結末」

 

 ミァンが妙に人間じみた顔つきを作った。恐れのような。喜悦のような。いずれにせよ、補体としての彼女には、とうてい似つかわしくない“生きた”表情だった。

 

「それじゃあね、ラメセス」

 

 と、ミァンは少し掠れた声で、まるで言葉なく叫んでいるかのような雰囲気をして、言った。

 

「言って伝わるかも分からないけれど。カールにさよならと、それから――」

 

 

 

 

 

 

 ……ドン詰まりな状況を回避するために。今の補体を破壊《自殺》して、次代に託す、か。

 

 そう来るだろうと思っていたよ。

 

「――えっ?」

 

 

 

 そんじゃ、よろしく頼むぜ、大将《フェイ》。

 

 

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