夜逃げ前の徒然模様について、一応確認しておこう。
俺が模擬戦中の事故に巻き込まれた日付の時点で、アヴェのブレイダブリクでクーデター発生の報は、ここソラリス・エテメンアンキまで届いていた。
イグニス大陸ラムズ二大勢力の片割れでクーデターが発生、ソラリス現地下部組織(公言はされていないがようはこれが『教会』だな)からの情報によれば、その際にクーデター側と正規軍との間でギア戦が勃発しており戦術的に見て新味があるとかなんとか。
流石に市民層においては知る人ぞ知るレベルではあるものの、ユーゲント生も片足を突っ込む高級軍人層ではそれなりの頻度で話題になった。ソラリスのいつもの空気では、地上の出来事なんぞ口の端にも上らないので妙な扱いの大きさに塵閣下は疑念を抱いていたようだが、ネタが割れている今ではまぁ腑に落ちる話だ。
ハゲ三号ことクーデター首謀者シャーカーンはソラリスの肝入り。ガゼル上層部は、この時点で既に原作開始数ヶ月前のゲブラー直接介入を睨んで有形無形の伏線を張っていたものと見られる。
ソラリス人は自らを牧羊者《アバル》と称し、地上人を家畜《ラムズ》と呼んで見下し、生殺与奪を持つとすら考えているというのが一般論だ。
しかし、それはなんというか教科書的な理解に過ぎず、実際のところ大多数のソラリス人は地上についてほとんど無関心というのが実情に近い。
地上人というものを知識として知っていても、彼らを実体のある存在として捉えられる人間は少ないし、ラムズに対する差別意識にしても、半ば以上戯画化していてどぎつい形で表に出てくることはあまりない。
だいたい、労働者階級である第三級階層市民がラムズ由来なのは広く知られており、そこから昇格してきた者やその子孫及び純正ソラリス人との混血で構成されるのが二級階層市民である。エリィの乳母のように彼らが一級市民に直接雇用されるケースも稀には見られ、よって、三級市民は元より一級市民のボトム付近まではグラデーション状にラムズっぽさが出てくることになる。
階級社会とはいえ、最低限の流動性はもともとあったわけだ。でなければいくら塵閣下とて、ものの数年で実力主義の採用なんて出来ようはずがなかろうさ。
加えて、天帝カインに次ぐ実質ソラリスナンバーツーたるカレルレン閣下。どっからどうみてもソラリス人な見た目でない。フツーにイグニス・エリア出身の地上人なんだから当たり前の話だが。
そんな社会情勢のまま数百年が過ぎている。にも関わらず、天下の往来でラムズは好きに殺してオッケーとか堂々口走ってるやつがいたらまぁそれはバカの部類である。
作中ではエリィが、その心優しさとは裏腹にラムズに関してかなりとんがった理解をしていたが。あれは際立った能力を持つとはいえ士官教育修了直後のヒヨコにすぎない彼女に、任務遂行の罪悪感を薄れさせるための思想教育が施されていたと見るべきだ。一般ピープルの認識とはズレがある。
結局のところ、ソラリスの掲げる人種差別的な教条というのは、デウス復活を目的とする各種非人道的な研究を遂行するための隠れ蓑としての側面が大きいのだろう。
……つまり概ねガゼル法院と歴代ミァン及びカレルレン含む一部上層部のアホダラが悪い。ブッコロ。
まぁそれはさておき。シグルドだが、拉致られた際に洗脳処置《アレンジ》くらってふっ飛ばされた記憶が前々から徐々に首をもたげていたところ、アヴェの事件勃発を知ったショックで自身の生い立ち等を一挙に思い出したようだ。
ようだ、というのは塵閣下には一切相談がなかったのでそこらへんわりと推測混じりなんだが。
マジで信用度下がってたんだな、というか。悪い意味で信頼されていたんだな、というか。こっちに話しても拗れるだけだから蚊帳の外に置かれていた感が半端ないな?
シグルド的にはもともと拉致傷害危険薬物投与並びに強制わいせつ諸々で人権侵害百花繚乱状態のソラリスには恨みしかないし、塵閣下の理念についてもわりと見切りがついていた矢先のこと。二秒でソラリス脱出を決意、シタン先生ことヒュウガ・リクドウと示し合わせて、前述の荒削りな脱出計画を立てるに至る。
計画実行予定日は半月後、アヴェのクーデター発生日からはおおよそ一ヶ月経過後の出来事になる。このあたりまでは年表どおりで原作史実とほぼズレはない。
俺というイレギュラーが本格的に噛んでいく都合、今後の時系列は大いに歪んでくるだろうが、そこらへんは已む無し。
ソラリス内部での今後の対応に関しては、概ねヒュウガにさっくり丸投げ、もとい、託してある。
優秀な味方が居るって素晴らしいなあ。
……といっても、そこまで細部に渡ってあれこれお願いしたわけではない。トータルで言えば塵閣下をも上回る公式チートと言えるヒュウガくんだが、現時点ではまだ学生の身分であってさほど柔軟には動けないし、それに原作を思い返すに、彼は人間関係の機微的な部分に関しては今ひとつ得手ではなさそうだからだ。
ミァンのヤバさをしっかり嗅ぎ取っていたシグルドに対し、ヒュウガは「まさか彼女に限って…」みたいな反応を返していたように思う。塵閣下の記憶でもそのあたりには整合性があって、彼を活かすのであれば管理職(ジェネラリスト)よりも技術者(プロフェッショナル)として使うべきであるという評定が脳内では下されていたようだ。
まぁ、原作で第三次シェバト侵攻作戦の総指揮を任されていたあたり、実地でやらせればだいたいなんでもできるタイプではあるんだろうが。
ソラリス守護天使とかいうケッタイな役職に求められるのが優れたギア操縦能力だという設定もある。そもそもが、用兵に長けるよりも個別の腕力振り回す方がずっと有効な世界観なのだ。
何事もレベルを上げて物理で殴るのが一番だってか。
そのヒュウガとのやり取りは、主にユーゲント本舎内部設営の食堂にて行われた。
ユーゲント三年次以降はコース別に分かれるため講座の受講中はあまり接点がなく、講義終了後に持たれていたカーラン・ラムサス主催のサークル(腐りきった特権階級を打ち倒し国家を革命せよ的なノリのアレ)も俺が体調不良を建前に欠席=開催中止を続けていたので、都合のつくタイミングがそこぐらいしか無かったからだ。
こっちの変わりように最初は面食らっていたが、シグルドと違ってすぐに馴染んだ。というか。俺のことを叩けば音の出るオモチャと見て、物凄い勢いで前のめられたというべきか。
昼休憩を利用した一日三十分あまりの会合は、日を追うごとにやつの独壇場と化していった。
「なるほど、スレイブ・ジェネレータが動力装置というより単なる子機にすぎず、本体に定義されたエネルギーの供出先にすぎないとするなら、ギアの形状がいわゆる人型、あるいは高等生物の形貌に限定されることについても納得がいきますね」
はぁ。
「いえね、長年疑問に思っていたんですよ。機械工学の観点で言うと、ギアの形状というのはそこまで理に適っているとは言えないケースが目立ちますのでね。スレイブ・ジェネレータの内部構造はセキュリティ最上位で、たとえガゼルでも生中な身分では緒すら掴めないと聞きます。諸々の不合理はなんらかの技術的な試験のためかと見ていましたが……まさか半ばハリボテに過ぎなかったとは! ここからは推測になりますが、あなたの言うジェネレータの本機、ゾハル、でしたか? 我々の扱うエーテルパワーの源でもあるという。おそらくギアサイズの小型スレイブ・ジェネレータは、副産物に過ぎないのではないでしょうか。エーテルパワーが主です。まず人間の肉体を保護強化し生存性を高める目的で構築されたエネルギー供出システムがあって、そのシステムを相似的な形状を持たせた巨大機械にそのまま援用ないし流用することで、驚異的な剛性を獲得するというコンセプトがギアなのではないかな。目的のために人型であるわけではなく、人型でないと成立しないから人型なんですよ。いやあ、これはなかなか発想の転換だなあ!」
なんとなく分かる気がせんでもないがイマイチはっきりせんから妥当性を検証できん。それにしてもお前さん、よくもまぁそんなに俺の言うことが信じられるな? そりゃ、信じてもらえないとこっちも困るんだが、逆にそこまでアジャストされると微妙に不安になるぞ。
「全段ことごとくを鵜呑みにしなければならない性質のものではありませんからね」
いけしゃあしゃあとぬかしやがる。
「たとえ世迷い言のように聞こえていても、それはそれでひとつの仮説です。ディスカッションを繰り返すことで閃きは生まれるし、その中に放り込まれる外部データが多岐に渡るほど経過は良好だ。あなたの垣間見た未来とやらの真偽はさておき、それなりに一貫性は見られますので、サンプルとして検討するに値します。何にしても損にはなりませんよ。それで、ユーゲントで一般に用いられているエーテル教本とあなたの言っていたシステムとの整合性ですが――」
……だいたいこんな感じである。ぶっちゃけ食い気味すぎてわりと怖い。
つーか、食い気味と言えば。ヒュウガくん、現時点で既に魚と穀物中心のメニューしか頼んでなくないか?
さっきから思い出したようにのろのろ減っていく対面のプレート上の料理だが、他の学生にはあまり人気のない養殖魚の煮付けと米系主食に副食がいくつか。どれもバイキング形式から引っ張ってきた目立たないメニューだ。三日前に会ったときもほとんど同じものを食べていた気がする。
塵閣下の記憶を掘り返してみても、最近に限らず少なくともここ半年ほど、彼がボリュームがあって学生に売れ筋の合成肉系を口にした場面の見覚えがない。
以前の塵閣下の見解では、人種的に和食系が好きなんだろうと思っていたようだが。原作知識を踏まえてみると、こいつ既にソラリスのトチ狂った所業のことを薄々勘付いてんじゃないか? って気がするぞ。
いいえ、私は遠慮しておきますという例のアレだ。
流石に人肉缶詰ってことまでは分かってなかろうが。肉にドライブと同系統のなんかヤバい混ぜものがされてるってことぐらいは察しているように思われる。
もともとこの男、十代に入ったばかりの頃に第三階層で発生した疫病事件の責任をまるっと押し付けられそうになったくらいには、そっちの方面にも長けているわけで。出所不明の食品を成分分析に掛けて薬効を抽出するぐらい、とっくにやってのけていてもおかしくはない。
そして、その結果を周りに伝えるようなことは一切していないわけだった。シグルドも分け隔てなく食べていたはずなので、おそらくやつも聞かされていないだろう。確信が持てないからという面もあろうが、どっちかというと周囲の連中なんぞ基本どーでも良いからと思っている感がアリアリと出ている。
うーんこの鬼畜眼鏡。とっととユイさんと結婚してちったあ丸くなりやがれ。まぁまだメガネじゃないけど。フツーに裸眼だ。
結局、飛び飛びの半月間で具体的な話としてヒュウガに伝えられたことといえば、ミァンは本気で危ないので常に警戒すること、ジェサイア先輩の奥さんが嫉妬に狂ったハゲ二号に狙われるので注意すべきこと、シェバトから拉致されてくるバルタザール夫妻に便宜を図ってほしいこと。
セラフィータ、ドミニア、トロネという名前の三名(ケルビナだけはエリィと同室だったりと普通に正規ルートの指揮官候補者っぽいので放っといてもたぶん問題ないだろう)は、恵まれない境遇ながらそれぞれ優秀なので缶詰行きにならないよう気をつけること。それから、諸々のタイミングを合わせるために第三次シェバト侵攻作戦が実行に移される前あたりで自分は船上都市タムズにいるようにするので、できれば事前に接触してきてほしいこと。
主に以上五点に留まった。
もっとも念を押したのは勿論ミァンに関してだ。対カイン用鉄砲玉としてプールしてある俺がいざ行方不明となったら、彼女はミァン自身とシグルドを除くと一番俺の近くにいたヒュウガに接触し、あの手この手で情報を抜き取ろうとするだろう。
実際にカレカノの関係にあった以上、そうした行いがなんら不自然でないあたりタチが悪い。押しまくる大義名分がある人間ほど厄介なものはないからだ。ここらについては、いくら警戒を密にしてもやりすぎということはないはずだった。
一等信頼していた友人に裏切られ(塵閣下目線)てショックを受け、学校をサボって自分探しの旅に出たカーラン・ラムサス、というのがカバーストーリーになる。
衝動的なもの(ということにする)なので置き書きなどもなく、ある日突然蒸発してしまった。
なんだかんだでエテメンアンキは広い。ユーゲント生という肩書きがあればフリーパスな地域も少なくないので、意外と行き場所にも事欠かない。どこぞの酒場で飲んだくれてでもいるのだろう、そのうち帰ってくるんじゃないか。そーいう雑な筋書きで行くことにする。
行方不明が一月も続けばミァンもいよいよ疑いだすだろうが、その頃には俺もシグルドもとっくにアクヴィ・エリアを抜けて、イグニス大陸入りを果たせているはずだった。
ゲーム開始時点でゲブラー上層部がシグルドやジェサイアの所在を捕捉できていなかったことから、メモリーキューブを使ったソラリスのデータ収集能力はそこまで精度が良くない可能性が高い。
加えてミァンにしても、グラーフにしても、人知を超えた能力を持つとはいえ、認知レベルでは「優れたヒト」の域をそう超えるものではないと見られる。神がかりではないのだ。一度連中の捕捉範囲から出てしまえば、後は『教会』周りに気をつけていればそうそう尻尾を掴まれることはないだろう。
ぶっちゃけわりと希望的観測だが、原作における連中の行動を思い返すに、そこまで的を外してはいないと思う。
◆
さて、いよいよ夜逃げの予定が明日に迫り、ヒュウガとの会合も最終日となった。特に後半はおよそ向こうの都合で齧り尽くされた感があるが、最後のやり取りだけはそこそこグッと来るものだった。
その日も魚介類中心のレパートリーをひとしきり食べ終えて席を立ち、プレートをオート・シンク近くのコンベアーに置いてから。ああ、そういえば、と、やつは思い出したかのように口にした。伝えるべきか少し迷いましたが、とも言い添えて。
何気ない声色だったが、普段と比べると少しだけ毛色が異なるように思えた。
何だ? と俺は訊ねた。
「いえね、カール。最近のあなたの振る舞いですが、上に立つものの姿としては覇気に欠けるので些か問題があるでしょう。けれど、一緒に悪巧みする相手としてはそれなりに好ましくはありますよ、とね。今だから言えますが、あなたは思い込みの激しさでどうにも悪い方に行くようなところがありましたから」
自然と腕を組み、片手を自分の頬に添える。見覚えのある身振りだ。この頃から染み付いていたクセだったらしい。
「正直、シグルドが去ったあとが心配でした。彼はあなたの抑え役というか、バランサーの役割でしたし、代わりの人材が見当たらない。でも、以前の気高さに加えて今のような顔も使いこなせるようになれれば、懸念はなくなる。将来的にみて大いにプラスに働くのではないかな。……まぁ、事故を原因とする異常事態というのが少々気掛かりなところではありますけれど」
それではまた何年後かにお会いしましょう、と、やつは言った。あなたには本当にお世話になりました、とも。俺からも今までの礼を良い、面倒を掛けるが今後もよろしく頼む、と続けた。やつは微笑むと、そっと片手を差し出した。
俺たちは少しの間握手をして、そのままやつは何事も無かったかのように去っていった。
残念ながら人間不信を根っこにした孤高の気高さは中身が俺になってる時点でロスト済みで、どっちもを使いこなすことなんぞ出来はしないので、ヒュウガの言っていることはその実かなりの買いかぶりではある。
それでも、まぁ、悪い気はしなかった。
友人の期待を裏切らないよう、俺なりにせいぜい気張るとしよう。