塵閣下になりました   作:あーぷ

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みんなで揃って悪だくみ

 

 

 鎮まれい、ソラリスの民よ!

 

 

 

 ……。先ごろ紹介にあった、シェバト王国、特務外交団副長、カーラン・ラムサスである。

 

 現在、諸君らは、ふた重ねの困惑に押し抱かれていることであろう。今しがた天帝陛下より御達しのあった多国間条約の締結。これは、諸君らにとって、まさしく歴史的な転換点と見做すべき、極めて重大な一里塚である。

 

 そしてまた、何故、私が如き者が。あたかも天帝陛下を次ぐに相応しきこの場所で、諸君らを見下ろし、声を上げることとなったのか? 斯様な疑問もまた強く在ることかと思う。

 

 

 

 語らねばならないと、考えたからである。今こそ、諸君らのソラリス語《言葉》で。諸君らの前に立ち、真実を詳らかにする必要があると考えたからである。

 

 建国以来800余年。神聖帝国ソラリスが、大いなる転換点を迎えようとしているこの瞬間。

 

 広き大地、深き海、そして大いなる空を覆いつくす世の潮流。その裏側で、ひそかに策謀を巡らせてきた一人の男が。ついに自らを表舞台に晒し、諸君らの検分を受けるべきときが来たのだと。そう、確信したものなのである。

 

 

 

 今、ここで名乗ろう。

 

 我が名はラメセス。皇太子ラメセス。

 

 第一の継承。諸君らの戴く天帝の血を引きし者。

 

 この場にて我が父、偉大なるカイン一世に代わり。諸君らに、遍く真実を告げる役目を担う者である――

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 一世一代の大一幕。その壇上に立ったのは、ある晴れた日のことであった。

 

 ……といっても、正直、既視感を覚える部分が無いではない。活動開始から今日に至るまで、ひたすら猿芝居ばっかり打ってきた気がする。三年、いや、そろそろ足掛け四年近くになるか。

 

 今回もそのクチだし、もちろん今後ともその方針は変わらない。変えようがない。

 

 別に演技派志望ってわけでもないのに、いったいどうしてこうなった?

 

 

 

 まぁ、理由自体は分かっている。手持ちのリソースを有効活用するにあたって、これがもっとも期待値の高いやり方だったからという、ただそれだけの話になる。

 

 物理的な作用によって緩和される苦痛と、堅固に保たれたモチベーションが、俺の行動を愚直な合理性へとその場その場で駆り立ててきた。

 

 いわば頭脳の調律とでも言うべきか。これはこれで、作業用の補助ツールとしては素晴らしいシロモノではあるんだろうさ。

 

 

 

 

 

 

 ともあれ、この日。事前にソラリス市民に対して布告されていたのは、重大発表がある、という、妙に簡素なものだった。

 

 天帝陛下より直々のご託宣。それはここエテメンアンキにおいて、数年に一度くらいの頻度で起こる比較的稀なイベントになる。

 

 

 

 地上の障壁《ゲート》発生装置喪失から二年あまり。

 

 ソラリス人の観る世界は大きく変わった。たとえば航空挺がズラリと並ぶ湾口エリアで何気なく頭上を見上げれば、ちかちかとした輝きを放つ橙色のエネルギー膜を隔てた向こうに、アクヴィ・エリア北東部の大海原をくっきりと見ることが出来る。

 

 本国と地上のジェネレーターで多重障壁が敷かれていた頃は、ただの紺色の一枚板にしか見えていなかった“それ”。

 

 誰かにそうだと教えてもらえたら、辛うじて海だとわかるかもしれない。せいぜいそのくらいの解像度だったのが、今では手持ち式のオペラグラスの助けを借りれば、行き交う波の飛沫や、通りがかった小舟の遊弋ですら、容易に見分けられるくらいになっているわけだ。

 

 

 

 何百年にも渡って隔絶されてきた『向こう側』の世界。それがソラリス人の空の上に突如として曝け出された。まさに青天の霹靂と言っていい。

 

 

 

 この、誤魔化しようのない変容に対する国内向けの報道としては。ガゼル法院直々の決定により、エテメンアンキを覆う障壁《ゲート》の出力が意図的に落とされたことによるものとされる。

 

 知恵と力の源、“マハノン”へと至るための一環として。手持ちのエネルギーを有効活用するために採られた、いわば断固たる措置なのである、という。

 

 いよいよM《マラーク》計画は最終段階に入った。我等ガゼルが、神の御下、楽園へと回帰し、永遠の生を受ける刻が迫っている。

 

 計画の進展に伴い、些かの苦難もまた生ずるであろうが、それらが事前の想定を超えるようなことはない。すべて順調である。我等はこの試練を見事耐え抜き、近々、甚大なる成果をその手にすることになるであろう、などと。

 

 

 

 

 

 

 某日、突然の障壁《ゲート》出力低下は夕暮れ間近のタイミングで起こった。それでもって、法院からの公式発表は二日後の昼過ぎまでズレ込んだそうだ。

 

 その動きの鈍い日程からして、裏ではいかにも大慌てという感じがフンプンとしている。

 

 正直、言ってることの信憑性なんて皆無じゃないかという気がするんだが……閉鎖国家ソラリスに暮らす人々はそもそも外界への関心自体が薄いことと、日常生活へ悪影響がそこまで出てこなかったおかげで、今では胸中いくらか不信感を抱かれつつも、大筋納得された上で受け入れられている、とのこと。ホントかよ。

 

 

 

 事細かな状況を知りうる、ガゼルの法院以下ごく一握りの上層部だけが。逼迫した事態につき、大なり小なり肌で感じ取ることができた。

 

 

 

 『教会』勢力一掃に伴い、今やこの国の地上への影響力はガタ落ちしている。

 

 各地のソイレント・システムも、アヴェ・シェバト同盟《俺たち》の手で既に機能停止へと追い込まれた。

 

 何より、障壁《ゲート》出力低下により、ソラリスの存在を各国が明確に認識したことで。地上の主要国首脳が、共通の敵出現による一致団結を見たという事実は極めて重い。

 

 

 

 ……そうしたすべてが、わずかここ数年足らずの間に起こった出来事。大本の火付け屋は俺ってことになろうが、今やあちこちに飛び火していて、ヒト一人の因果には到底収まりようもない。

 

 500年前の大戦からこの方、自国の圧倒的優位に慣れきっていたソラリスは、この国難を前にして、有効な手を打てないままズルズルと今日まで来ていた。

 

 概ね平穏無事だと言えなくもない世相の裏で。実態としては、中々いい具合に尻に火がついているというわけだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 さて、放映開始は午前十時きっかり。ご託宣を頂戴するために、ソラリス市民のそれぞれが、各々相応しい場所に集っている。

 

 自宅のトリヴィジョンの前に家族揃ってとか。あるいは路端の街頭スクリーンを見上げる顔ぶれに混じってだとか。

 

 中でも運良くチケットを手に入れられた連中は、大宮殿深部から直接クローズアップされるホログラフ映像を目にするために、こぞってアラボト広場のような公共スペースへと足を運ぶ。観艦式に代表される普段の公的イベントと比べると、今日の発表は、視聴を国民に半ば強制しているところが毛色が違う。

 

 

 

 帝都第一交響楽団の手になる厳かなファンファーレが鳴り響き、いよいよイベントが始まった。

 

 

 

 ファンファーレの後には、しばらくの静寂。それとともに、天帝カインの言葉ならぬ気配が、じんわりと、染み渡るようにあたりを覆う。

 

 それに当てられた大衆は一瞬にして神妙となり。エテメンアンキに息づくあらゆるすべてが、まるでひとつの人格へと束ね撚り合わせられでもしたかのように、彼らは揃って画面や頭上のホログラフを見つめ、余すところ無くそちらに意識を差し向ける。

 

『……天帝の御子方よ』

 

 数多くの媒体に、ライブ映像が一斉に映し出された。聖ソラリス大宮殿は昇誕《セフィロート》の間。文様の刻まれた巨大な天柱が中心部に聳え立ち、その上には神聖ソラリス帝国の大玉座が在る。

 

 玉座に座した天帝カインの御姿をはるか高みに見仰ぐ形で、間の低まったところに据え付けられた金属製の演台には、ソラリス守護天使、ヒュウガ・リクドウの姿が見える。

 

『心して聞かれ給え。これより告げたる我が言葉は、他ならぬ天帝陛下の御存意に基づくものである』

 

 画面のフォーカスが、この場の口火を切ったヒュウガに向かった。今日の進行役はヤツに一任されている。見慣れない顔と声とに戸惑う視聴者も多かったかもしれない。なにせ、ヒュウガの守護天使就任はほんの数週間前、肩書とともに公の場に出てきたのは、この日が初めてのことだったので。

 

 

 

 しかし、そのちょっとした驚きは、続いて告げられた事柄、そこから押し寄せる比べ物にならない驚愕で、即座に塗り替えられることになる。

 

 

 

 爆弾一発目として投下されたのは、ガゼル上層部の不正の摘発だ。

 

 違法実験。業務上横領。人道に対する罪。その他諸々。

 

 半ば公然の秘密となっていた悪行の数々。それらを理由として、ガゼル法院以下、ソラリス国民にも広く名の知られた顔ぶれが一斉にお縄となり。彼らには、極刑すらも視野に入れた大々的な処罰が下されるという。

 

 

 

 ……とはいえ、罪だの処罰だのと言ってみても、その具体的な根拠が示されるようなことはない。ずらずらと人名が並べられ、これこれこういった悪行により彼らが誅されるのだという、やったこととしては単なる告示だ。

 

 言ってしまえばクーデターとソレに伴う私刑《リンチ》みたいなものだろうが、ここソラリスではそれで十分通用してしまう。『天帝の意志』という錦の旗を前にして、その不条理を表立って咎められる者など、誰一人居やしないからだ。

 

 天帝パワーのゴリ押しでだいたい何とかなるせいで、この国は、法整備という面では先進的な制度を擁するキスレブや、或いはシェバトなんかよりもよっぽどザルなところがあったりする。

 

 

 

 続けてヒュウガは告げる。これは『粛清』であると。

 

 天帝カインの名の下の粛清。その言葉の指し示す意味は重い。

 

 視聴者の多くが思わず息を呑んだはずだった。ソラリス史におけるこれまでの『粛清』とは、滅多なことで下されるものではなく、それに市民からすれば、相当距離のあるコトでもあったからだ。

 

 地上世界等、隔絶した場所の悪玉に向かって振るわれる、独り善がりな正義の一撃。その遠さとあやふやさのおかげで、又聞きのようなというか、ある種物語じみた距離感があったと言って良い。

 

 それが、よりによってガゼルの誰彼、すなわち比較的身近なお偉方に対して下されたという事実こそが。ソラリス人にとって、今日のご託宣の異質さを何よりも強く感じさせるためのファクターになる。

 

 

 

 そして、今しがた断罪された山盛りの悪行につき、護民監カレルレン――彼は制度上ソラリスの民衆指導者にあたる――による大掛かりな隠蔽疑惑が匂わされ。そこから流れるように彼に対する謀反の疑いがブチ上げられるにあたって、民衆の驚きは、一度目のピークに達した。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 ――護民監カレルレンの叛意は明らかである!

 

 かの者はガゼル法院と結託し、恐れ多くも天帝陛下を廃することで、ソラリスのすべてを我が手にせんと欲していたのだ。

 

 

 

 豪壮にして泰然たるエテメンアンキ。ここ聖都における日々のなかで、陛下の御姿が、公の場から次第に遠ざかりつつあると感じる者も少なくないはずである。事実、この500年来、時代を下るごとに陛下を諸君らが目にする機会は減じ続けてきた。

 

 もっとも、陛下が御自らを献体として供し、ソラリスの技術的発展に深く寄与されているのは周知のとおりである。その故の御不調が陛下を公務から遠ざけたのであれば、それは痛切たるも慈悲深き献身の形として、諸君らの涙とともに、永久に語り継がれるべきことであろう。

 

 

 

 しかし、である。不幸にも、事態《コト》はただそれだけには収まらなかった。

 

 そう、背後には、護民監カレルレンの不埒な企みが潜んでいたのだ。ソラリス守護天使が一人、ヒュウガ・リクドウの調査に基づき。陛下の衰弱が、カレルレンの手に拠る悪辣な処置に起因するものであるという、確たる証拠が存在する!

 

 何たる傲岸、何たる不遜であろうか? それはまさに500年に渡る罪科であった。かの者は、陛下にほど近い自らの職権を乱用し、この世に代わるもの無き御身体を、僅かずつ、忍び寄るように、蝕み続けていたのだ――

 

 

 

 (中略)

 

 

 ――かくも悍ましき謀りごとが、ソラリスの闇中には蠢いていた。カレルレンはその最たるものではあるが、一方で、そのひとひらに過ぎなくもある。

 

 これは由々しき事態である。私欲にまみれた不心得者たち。彼らの穢れた手によって、諸君らの忠節もまた、永きに渡って踏み躙られてきたのであるから。

 

 

 

 むろん、陛下は愚行の尽くを見抜いておられた。だがしかし、その底知れぬ偉大さゆえに、御自らが手を下してしまえば、後々に禍根を残しかねぬことも良くご存知であった。

 

 そうした遠謀深慮のあったがために。天帝陛下は、他ならぬこの私の出奔をお認めになったのである。

 

 見極めるものとして。裁くものとして。

 

 かくしてラメセスは野に下った。父なるカインの命により、我が身を一頭の走狗と成し、地上世界へと分け入ったのである。カーラン・ラムサス《偽りの名》を名乗り、あらゆる世の巷で、数多の光景を目にした。そして知った。

 

 かの者どもの食指が、下界のそこかしこにまで及び、醜く蔓延っていることを、はっきりと確信するに至ったのだ。

 

 

 

 彼らの軽挙妄動は、誠に驚くべきものであった。ここエテメンアンキにおける策謀と同様、否、それよりもいっそう愚かで、いっそう悪辣極まりないものだったと言える。

 

 地上人《ラムズ》であるとか、牧羊者《アバル》であるとか、見るべきは断じてそのような区分ではない。陛下がおっしゃった通りである。そう、仮にもしそれが地の底でたゆたう塵芥への行いであろうと、あのような無法が許される道理など有りはしない!

 

 私の心は怒りに燃えた。陛下のお許しのもと、かの者どもを必ずや除かねばならぬと決意した。

 

 紆余曲折があった。そうして時は矢の如く去り、ついに今このとき、かつて諸君らの敵国であり、今や友誼を結ぶ一国家の人間として、私は、この壇上に立つこととなったのである――

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 二発目の爆弾の方が、単純火力に換算するとよっぽどエゲツないものだった。

 

 

 

 罪人録の読み上げを終え、一旦クチを閉ざしたヒュウガから離れて、画面のフォーカスは次第に上方へと向かった。昇誕《セフィロート》の間の天柱を螺旋状にぐるりと回り、やがて大玉座を正面から見据える遠景に至る。

 

 そこからゆっくりと距離を詰めていくと、事前の段取り通り、本丸の黄金バットが大写しになった。いよいよ天帝カインの出番というわけだ。

 

 

 

「……我が愛し子達よ。そなたらにとって、今日とはほろ苦く、しかし、それでいて良き日ともなるであろう」

 

 仮面の奥から威厳あるお言葉が響いて来、各種の媒体を伝って、ソラリスの各所に広がった。刻印《リミッター》所持者に対する影響力は強まるばかりだ。

 

「先のヒュウガの言には、そなたらも殊に瞠目したことであろう。咎人たちの行状は嘆かわしきこと。正すべきを正さねば、道理が通らぬ。その故に、われは、此の度ひとつの約定を取り持つことを願った。この世に遍く広がるべき約定である。それを今、ここに示そう」

 

 カインが大玉座からやにわに立ち上がった。それだけでソラリス人が微かに湧いた。何故なら、少なくともここ50年あまりの間、公の場に現れたときも彼は玉座で微動だにしないまま、下々にただ御言葉を与えるのみだったので。

 

 長年それで当然だと思われていたのだ。ちょっとした動作すら心底恐れ多いというわけである。

 

 ……まぁ、実情としては御本人が日々の実験体仕事のせいですっかり弱りきっていて、カレルレン作のダミー人形でまるっと代用されてたってだけなんだが、そんなことを一般市民が知る由もなく。

 

 

 

 立ち上がったカインは、後方に向かって、大げさな身振りとともに右手を軽く振り上げてみせた。彼が身にまとう真紅のマントがはためく。下の演台では、ヒュウガがタイミングを見計らって投影装置の起動スイッチを押したはずだ。

 

「見るが良い」

 

 視聴者側では視点がやや後ろに下がり、そこから上側に向かって20度ほどの角度が付いた。昇誕《セフィロート》の間の背景には、空から宇宙へと抜けていく、青と黒とのグラデーションな風景画像が映っている。そのまがい物の景色にきらめく星々を従えて、玉座の背後、その上の中空に、壁際に仕込まれたメカニックから投影された、半透明のホログラフィックが浮かび上がる。

 

 ホログラフはすぐに明瞭な形を成した。

 

 それはヒトだった。と、いうよりも、人々と言うべきか。

 

 錚々たる面々の半身像が、半円の虹を思わせる陣形を作って並んでいる。総勢は十二名。カインは片手を振り上げたままで正面を向き、彼らをこの国へ暖かく迎え入れようとするかのように、その言葉を継いだ。

 

「愛し子達よ。われは、そなたらが、この者たちに相応しき敬意を持って接することを望む」

 

 

 

 この場に姿を見せたのは、地上諸国家の要人たちだった。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ――我々が持つ地上人《ラムズ》に対する偏見は、改められねばなるまい。

 

 元より、彼らを挙って貶めんと言が重ねられたのは、そもそもがガゼル法院の策略であった。地上を自らの草刈場と成し、それだけのものとして留め置くための、卑劣な企みとして表沙汰にされていたにすぎない。

 

 かの者共の欲望によって、諸君らの目は長らく曇らせられてきたのだ。

 

 その枷を祓おう。その過ちを拭おう。

 

 

 

 我ら牧羊者《アバル》は、もはや過去のしがらみには囚われぬ。

 

 

 

 さらにはデウス《神》。あるいはマハノン《楽園》。そうしたお題目ももはや、時代遅れの遺物に過ぎぬと言える。

 

 ユートピアは何処か遠くを目指すものではあってはならない。外に求めるものであってはならない。

 

 それは、己の暮らす日々のなかで。すなわち己自身のうちに、自分たちの手によって、芽生えさせるものであるべきだ。

 

 500年の昔。地上に生きたソフィア《一人の聖母》は、そのようなことを言われたのだという。今は我々もそれに倣うとしようではないか――

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 要人たちの姿を目の当たりにした瞬間、多くのソラリス人が、思わず呆気にとられたことだろうと思う。

 

 ホログラフとして表示された顔ぶれのほとんどが、ソラリス人とは人種的に異なっているのは見るからに分かる。唯一シェバト人だけはそれなりに近い見た目をしているが、彼らにしたって頭数においては少数派にすぎない。

 

 すなわち、彼らの大半が地上人《ラムズ》であることは明らかなわけだ。

 

 他所向けの関心が薄いとはいえ、長年の教育や慣習から、ソラリス人が地上人《ラムズ》を下に見る傾向は相当に強い。劣等人種たる者どもが、天帝と同じ土俵の上に、それどころか見方によってはカインよりも上位に在ると見做されかねない位置取りで、揃って姿を現したこと。

 

 これぞソラリス人にとっての驚天動地。間違いなくそれだけのインパクトがある絵面だった。

 

 

 

 ……ここまで、俺たちの悪だくみはなかなかいい具合にハマっている。今の勢いのまま一気に押し込んでしまうとしよう。

 

 

 

 一拍おいて、ヒュウガの口から要人たちの紹介が入った。

 

 具体的なメンバーは以下の通りだ。

 

 

 

 この度の条約締結の仕掛け人として、シェバトからは例外的に特務外交団として四名が出席。その団長として外相閣下が先頭に立つ。

 

 アヴェからはファティマの名代としてメイソン卿が顔を見せ、ニサンからは無事快復を果たしたラヴァーン司教が名を連ねる。

 

 キスレブからはなんとジークムント総統が直々だ。

 

 アイリス・エリアの統一国家たるエルルからは評議会の最長老代理が。テラン・エリアとアクヴィ・エリアからも、有力部族の使者がそれぞれ二名。

 

 

 

 ヒュウガが各々個別の紹介を入れるたびに、要人たちの背後に大きく表示されている地上の地図(これだって今までのソラリスにおいてはモロに機密情報である)が、エリアごとに色味を帯びて点灯していく。

 

 アヴェ領土は赤、キスレブが青、といったふうに。

 

 淡緑、赤、灰色、青、薄紫。次第に色分けされてゆくメルカトル図法の世界地図。あくまで大雑把な区分なので、実情としっかり照らし合わせて見れば、国境線の誤りやエリアの取り零しはそこら中に在るんだろうと思う。

 

 それでも、今この場で披露するにあたっては、色味は世界のすべてをとりどりに覆い、これこそがこの惑星の『今』なのだというのを、力強く断言する行為だと言っていいはずだ。

 

 

 

 やがて地図一面がすっかり埋まりきり。紹介が済んだことが明らかになったところで、画面はまたもカインへと戻った。

 

「……われは。神聖ソラリス帝国の主として、この者たちとの間にて、条約を締結する。その目的は、融和と通商にある」

 

 引き続き、異論を許さぬ圧倒感とともに。カインは良く響く低音の声でそう告げる。

 

「牧羊者《アバル》、地上人《ラムズ》、もはや斯様な枠組みは用を成さぬ。今想えば、そうした分断こそが、嘆かわしいあやまちをこそ呼び寄せたのだ。……創始歴9991年。今日、この日、ソラリスと他国との諍いは沙汰止みとなるだろう。我等は新たなる一歩を踏み出すであろう。すべてを等しなみにし、手と手を取り合った先に、真なる楽園《マハノン》へと至る道がこそ拓けるのだ。そう、われは、信ずるものである」

 

 

 

 

 

 

 エテメンアンキが。いや、ソラリスのすべてがざわめいた。

 

 

 

 総じて、人々は困惑と、言い知れない不快感とを感じていた。取るに足らないものと思っていた地上勢力が、少なくとも自分たちと同じテーブルに付くだけの格があるものとして認められている。

 

 事実上、今までカケラ足りとも疑わなかった自陣の優位性が、ひどく揺らいでいるのだと言われたも同然だ。

 

 他ならぬ絶対者からの言葉によるものというのが、彼らにとっては拒みようのないぶん、よりタチが悪かった。

 

 

 

 父権的な矯正と、内面で凝り固まった驕りとが正面衝突を起こし、大きく軋みを上げている。

 

 このまま行けば感情のねじれは言い知れぬ怒りへと変わり、ともすれば激情となって暴動めいた形で吹き荒れるかもしれない。それは誰にとってもまったく旨味の薄い末路になる。

 

 

 

 場を収めるための“何か”が必要だった。望まれていた。

 

 その、存在しないものへの要求という空隙こそが。主にヒュウガと俺とがストーリーを練って、今ここに、狙って作り上げたものだった。

 

 

 

 このタイミングでようやく、俺は昇誕《セフィロート》の間に踏み入った。

 

 ちょっと前までは、シェバト外交団の次席として、状況を見定めながら、ホログラフ投影元のスペースに突っ立っていたのだ。

 

「……悪くない雰囲気ですよ。ひと当てするだけで一気に動くでしょう」

 

 小声で囁くヒュウガと立ち位置を交代し、演台の手元棚の隅に並んでいるレバー式スイッチのひとつを倒す。すると、演台は正方形のタイルを寄せ集めたクリスタル様の床から分離し、飛び石の要領で飛び回れる独立したユニットとして浮かび上がる。

 

 浮遊演台を操作して静かにカインの方へと昇り。しかしカインを追い越すまではいかないところに割り込むことで、俺は、エテメンアンキのあらゆる映像媒体をまんまとジャックすることが出来た。

 

 

 

 そこで俺はまたもや身を騙り、後は冒頭のとおりになる。

 

 ……まぁ、なんだ。世の中言ったもん勝ちだというのは実際そのとおりなんじゃないかと思うね、うん。例によって無理を通せば道理が引っ込む、とも言う。

 

 

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