塵閣下になりました   作:あーぷ

41 / 47
魔狼と小人の八百長試合

 

 

 ……さっきから親父どの張り切りすぎじゃねえのかこれ。くっそ強ぇ。

 

『それはもう、強いでしょうよ』

 

 昇誕《セフィロート》の間から別室に移って状況をモニタリングしているヒュウガ・リクドウが、通信機ごしでのんきに茶々を入れてくる。

 

『同調率は五分。腕前もまぁ、良いところ五分として、そうなると見るべきはエーテル基礎出力と機体への慣熟度です。現状、あなたはどちらも些か水を開けられているわけですから、そのぶんは別の何かでしっかり埋め合わせを図ってください。気合とか』

 

 ったく、年寄りの冷や水も程々に……ッたったったぁ!

 

 

 

 ……あっぶねえ。今の六枚羽のエーテル・レーザー斉射、三から五発目が完ペキこっちのコックピット狙いだったじゃねえか。バカか! 死ぬっつうの。

 

『言うほどでしょうか? こうやって無駄話しながらでも避けられるくらいには遊びがある。それに、仮に当たったとしても、正面直撃なら一発二発は止まりますよ』

 

 喰らい方次第かよ。この期に及んでの波任せ運任せとか勘弁願うぜ。

 

『悪運ならあなた以上なんてそうは居ませんから問題ないかと。……というか、撮れ高考えるともっと接近戦メインでガンガン行ってほしいんですけどねえ、カール? リアルタイムで動画弄らされてる私の身にもなってください。弾幕の前でまごまごされると間を保たせるのが難しくなりますし、あと、撮影用ドローンのどれかが流れ弾で落ちたりするとコトなので』

 

 おうおうおう、安全圏から好き放題言ってくれやがって! 善処はするが確約はできんぞ。実際これ、現状わりとマジでキツいんだからな。

 

 

 

 まぁ、ヒュウガはヒュウガで、放映用の見栄えのいい映像をキャプチャーするべく大わらわ。センスとタイミングが命であって、仕事の難易度としては、そうそうバカにできたもんでもなかろうが。

 

 それでも今の俺よりかはよっぽどお気楽なのは間違いない。

 

 なにせこちとらギア同士、正面切ってぶつかり合いの真っ只中だ。

 

 フツーに命の危険がてんこ盛り。おまけに、やっていることの方向性からして、単なるタイマンよりよっぽどやりづらい面がある。「やりすぎないように気をつけつつ本気でやる」という、前にもシェバトで半ば無理強いをされたいつぞやのアレだ。トホホすぎる。

 

 

 

 ……にしても、あの黄金バットもどき。さっきから射撃に殺意が在りすぎるんだが、ホントにショーだってこと分かってんのかよ。

 

 ここに来るまで散々お膳立てしたってのに、フィナーレで不慮の事故起こしてポシャるとか笑い話にもならねえんだが? テメエで前もってオーケー出してんだから、もっと台本《ブック》どおりに大人しくやってくれりゃあ良いものを……。

 

『そも、陛下は安易なごまかしを嫌う御方です』

 

 などと、微妙に上の空な口調でヒュウガがヌかす。さっきから通信機の向こうで、撮影機材をカチャカチャやるハイスピードな音がBGMになっている。

 

『今回私達が描いたこの脚本も、どうやらそこまでお気に召したという様子はなかった。それに、以前と比べればだいぶんお元気になられていますから、名目を保つためのお芝居だけで手一杯とはならず、余興としてあなたとの果し合いに臨む余裕も十分にお有りだ。適当にお茶を濁してとはいかないのは、概ね事前に予想がついていたことでした』

 

 左様で。俺にはちっとも思いも寄らなかったな。為政者としてもうちょっと頭の柔らかい人間だと思っていたが、買い被りだったかねー。

 

『万年近くで大いに年季が入ってる。アタマの硬さは相当なもの……というのが、あなたの陛下評じゃありませんでしたっけ』

 

 忘れたよンなこたあ。

 

 そりゃ、歴年の積み重ねからくる“捨てられないモノ”を山ほど抱えてはいらっしゃるんだろうがね。だからって、わざわざこんな茶番でマジになって突っかけてくるなんざ意味不明だな。正直酔狂以外の何物でもねえよ。

 

『そのあたりは見解の相違というやつですね。まぁ、いいじゃないですか。その酔狂のおかげで、絵面に臨場感と迫真性を存分に散りばめることが出来るんですから。このまま程よいところに軟着陸させられれば、此度の奇貨は最良の利得となり、結果として、事態は八方丸く収まるというわけですよ』

 

 そこに至るまでに費やされる俺の気合と幸運、あと根性、プライスレスってか。まったく。こっちにも見通しの甘かったところはあろうが、それにしたって勝手に仕事を積み増さんでもらいたいもんだ……っと!

 

 よっし弾幕抜けた。オラァ、お望み通りのチャンバラだ。ドタマかち割ンぞモーロクジジイがあ!

 

 

 

『……あ、一応、壊すにしても程々に留めてくださいよ。El.フェンリル《あの機体》、今回の件が終わったら私が正式に譲渡を受ける予定なんですから。ワイズマン・ギア《そっち》はシェバト持ちですから、別にどうでもいいですけれど』

 

 知るかぁ!!

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 昇誕《セフィロート》の間。

 

 大玉座正面を捉えるカメラ付きドローンが、今なお俺のすぐ目の前にある。

 

 放映は続いていた。三文演説を一段落させると、俺は右手を後ろに向かって振り上げる大げさな身振り――さっき地上の指導者たちを紹介した際のカインのアクションに意図的に似せて振る舞ってある――とともに、背後の頭上を振り返った。

 

 

 

 そこには天帝カインがいる。大玉座に腰を下ろし、自称息子の振る舞いを、仮面の裏からじっと観察している。

 

 俺が、カインよりも高めの、しかしよく似た声質で。おまけに彼自身の権限を間借りした上で。ソラリス市民に向かってあることないこと言触らすのを、おそらくあそこで苦々しげに眺め降ろしていたんだろうと思う。

 

 

 

 もっとも、そんな細々とした感情の機微なんぞ、画面の向こう側にはこれっぽっちも伝わらない。

 

 目まぐるしい状況の推移に巻き込まれたソラリス市民にとってみれば。カインだけが唯一、このときも大樹が如く泰然としていた。そしてさっきの俺のリアクションは、海のものとも山のものともつかない、しかし謎の説得力だけはある闖入者が、大玉座を不敵に見上げ、まるで狙い定めでもしたかのように映ったはずだ。

 

 いよいよこのシーンも大詰めだった。それっぽく場を整えた上で、俺は再び言葉を重ねた。

 

 

 

 

 

 

 ――私が、裁くべきものが。最後にもうひとり、残されている。

 

 

 

 陛下……いや。我が父、カインよ。

 

 あなたの双肩に降りしきる、幾万、幾億もの苦難をお察ししよう。そして、あなたが世に降らせた多くの慈悲、優しさのことをお察ししよう。

 

 あなたは万年の永きに渡り、ここソラリスの玉座の上で、孤高に、在るべくして在った。

 

 

 

 たとえいかなる誹謗が行われようと。その偉大なる過去、もはや歴史と化した英雄的な行為のいずれにも、けっして、一点の影すら浮かびはしません。

 

 

 

 ……しかし、です。世の隅々にまで根を張った、この際限のない野放図の始末は。他ならぬあなた自身の身をもって、処断が行われるべきである。私はそうも、考えざるを得ないのですよ。

 

「……」

 

 あえて、ここは強い言葉を使うとしましょう。陛下。あなたにもやはり咎はある。

 

 何千年に渡って。ゆっくりと、着実に、積み上げられてきた罪科が。依然として残されている。むろんそれはあなたの意図するものではなかった。けれどガゼルの手になる悪徳は歴史の闇底に確かに潜み、それをただ名誉で塗り固めることで、悉く隠し果せることなど出来はしません。

 

 

 

 この惑星の上に、生きとし生けるあらゆる人々。あるいは過去、志半ばで屍を晒した数多の人々のことを、今いちどご想起いただきたい。

 

 その、百億の鏡の欠片たちが映し出す天帝カイン《あなた》という総体は……悲しきかな、罪の名を示す刻印を穿たれた、哀れな咎人のひとりに過ぎなくもありましょう。

 

 

 

 

 

 

「……で、あれば」

 

 婉曲な指摘に対し、カインは重苦しく口を開いた。

 

「如何にする、ヘテローギェン?」

 

 ……咎人は、裁きを受けねばなりません。正義に基づいた裁きを。だが、唯一絶対の存在である天帝を裁く法など、この国《ソラリス》においては在るはずもない。

 

 もとより弾劾など成り立つ余地も無し。……それでもなお、見て見ぬ振りをするというわけにはいかぬのですが。

 

 見極め、同定し、確かなものとしなければならない。この世の底に淀む、歴史の残り滓とでも言うべき汚泥を掘り起こして、その奥に埋もれた真実を白日のもとに晒さねばならない。それが私の役目であるから。他ならぬあなたより賜った、唯一至高の職務であるから。

 

 

 

 天帝カインの正しさを。あるいはその誤りを。明々白々なものとするには、果たしていかなる手立てを用いるべきか?

 

 

 

 その目的に能うるは……もはや、純然たる『チカラ』のみ。

 

 私は今、そのように考えているのです。

 

「ほう」

 

 法の定めに拠るではなく。言葉を重ねるでもない。ただ、力と力のぶつかり合いこそが正義の代替物足りうる。

 

 曖昧さを打ち払う乾坤一擲。今ここに揺蕩う不確かさを祓い、事実を詳らかにするにあたって。決闘。これを上回るものは無いはずだ。

 

 

 

 いざ一戦。正々堂々。お受けいただきたい、陛下。

 

 

 

 

 

 

 俺が見上げ、カインが見下ろす。その全体図を保ったまま、ヒュウガの操作でカメラ付きドローンが次第に離れていくことで、ホログラフの表示範囲がより遠景にまで広がり、衆目の前に、俺とカインの左右、セフィロートの間の両端に立ち尽くす二機のギア・バーラーの姿が明らかにされる。

 

 片側は金。もう片側は銀。

 

 黄金色で塗装されたEl.フェンリルと。ワイズマン・ギアとも呼ばれるリミテッド・ヴェルトールが。互いを正面に見据える形で、毅然として立ち尽くしている。

 

 

 

 

 そうした景色をバックグラウンドにしながら。もう一度、カインが大玉座から立ち上がった。

 

「良かろう」

 

 いつかと同じ言葉を、一言一句違えず。ただ前よりも少しだけ語気を高揚させながら、カインはそう、簡潔に言った。

 

「やってみるがよい」

 

 

 

 俺は微笑みとともに頷き、それからもう一度、正面のカメラ付きドローンに向き合った。

 

 

 

 ――諸君らよ。ソラリスの民よ。

 

 これより我らは雌雄を決する。相応しき場所、相応しき巨体、そして相応しきチカラをもって。

 

 この一騎打ちを見届けるがいい。諸君らはまさしく今、歴史の生き証人となるであろう――

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ソラリス上部領空で対峙し、剣を交える二機のギア・バーラー。

 

 その背景には、昇誕《セフィロート》の間にて映し出されていたヴィジョンの本物。すなわち青空のグラデーションが徐々に明るさを失い、漆黒の宇宙空間へとその装いを変えていく世界がある。

 

 

 

 ……そんなわけで、こんなわけで。ソラリス市民に向かって迫真のロボット・チャンバラ・空戦パフォーマンスをお見せすることになったわけであるが。

 

 まぁその。なんだ。フツーにシンドい。

 

 El.フェンリルの戦い方は、ゲーム中のシタン先生搭乗時とは丸っきり異なる。両肩部のアーマーをいくぶん展開し、それによって生じたスリットから吹き出すように広がる六枚羽の光の翼――そのすべてがエアッド様式のエーテル・レーザー砲だ――から、縦横無尽に光線射撃を繰り返しつつ。それらを何とかすり抜けてこっちが接近した瞬間を的確に捉え、利き手に握らせた豪奢な大剣で一撃必殺を狙ってくる。

 

 いわば、布石を打った上で後の先を穿つ“待ち”の姿勢だ。

 

 当然ギア・バーラーとしては同調率100%の完全体。生身と同レベルに柔軟な動きが可能で、おまけに天帝カインのエーテル出力がそのまんま上乗せされるので、エーテル能力者の身体強化と同様の理屈で機体自体がバカみたいな堅牢性を誇っている。

 

 仮にこっちから雑に切り込んだとしよう。その一撃は、フェンリルの装甲に達する寸前に刃先がピタリと止まってしまう。機体表面をうっすらと覆うエーテル障壁がバリアみたいになっていて、生半可な威力ではかすり傷すら付けられないのだ。

 

 つまりはダメージを通すのにいちいちクリティカルが必須なわけだ。ふざけんなって感じである。たーすけてー。

 

 

 

 鍔迫り合いから互いに剣を弾き合って、またもや間合いが150シャールほど離れた。フェンリルの放ったけん制のエーテル・レーザー斉射を、とっさにワイズマン・ギアの篭手様式腕部装甲で何本かまとめて打ち払う。

 

 その勢いのままフェンリルに向かって再度突撃を仕掛けた。

 

 急加速によって機体が猛烈な唸りをあげ、正面モニターではほんの間近に敵機正面を捉える。

 

 

 

 インパクトは万が一を考えて――まかり間違ってコックピットにぶっ刺さったりしたらシャレにならん――突きではなく振り下ろしを選択。飛び込み式でギア頭部に一撃を加えようとするも。

 

 フェンリルの持つ大剣によってこっちの硬質ブレードがあっさり受けられてしまい、一瞬の膠着。

 

 

 

 フェンリルの肩部スリットがエネルギー再充填を示す発光を放つ。発射される寸前、こちらも前部バーニアを全力噴射して急遽距離を取った。

 

 直後にレーザーが左右の羽先から無数に放たれ、つい先程ワイズマン・ギアが位置していた座標で、十字状になって交差した。

 

 飛び退りざまに、ワイズマン・ギアの学習済み固有モーション(元の動きとしてはカーン殿のものだから一撃の鋭さは折り紙付きだ)を利用して後方宙返り式の回転蹴りを放ち、とっさのお返しとしてフェンリルの左腕へ見舞ってやったが、流石にアクロバットすぎたせいか勢いが乗り切らず、オートで発生したエーテル障壁に弾かれて有効打にはならなかった。

 

 

 

 

 

 

 ……ところで、言わずと知れたことだが、ワイズマン・ギアといっても、ナカミとしてはただのリミッター噛ませたOR・ヴェルトールになる。

 

 こうやって、俺自身が同調率100%で機体をフルに使いこなしていると。システム全体に染み付いた過去の搭乗者の感覚、その残滓を、在る種のデジャブとして感じ取ることが出来る。

 

 と、いうか。勝手に感じ取ってしまうと言うべきか。

 

 それはいわば過去のリフレインとでも言うべきものだ。前にレグルスやアンドヴァリ、あるいはこのヴェルトールに乗ったときにも似たような感覚があったけれど、どうやら全力での戦闘動作――あとバーラー同士の戦闘からくる共鳴現象も関係しているかもしれない――の影響力が大きいようで、曖昧なビジョンや肉体的な実感触は、より一層鮮烈さを増して浮かび上がってくる。

 

 接触者たちが目の前の対戦相手、すなわち天帝カインに感じていた思い、というのが。塵閣下の脳みそにじわじわと染み入ってくるのだ。

 

 

 

 彼らがカインに対して持っていた感情。それは、ミもフタもない言い方をしてしまえば、煩わしい、というやつだったようで。

 

 

 

 ……うん、まぁ、分からんではない。世知辛くはあるが。

 

 とりわけ初代接触者のアベルに取ってみれば、カインというのはしょせんは他人だ。彼の母代わりであり恋人でもあったエレハイムには、カインとシステム上の繋がりがあったわけだが、逆に言うと関係性を成立させるにあたって間に彼女一人ぶんを挟む必要があった。

 

 せいぜい言って配偶者の縁戚。もともと両者のあいだにはかなりの距離感が横たわっていて、そんなアベルとカインが手と手を取り合うためには、まずはマイナス部分を埋めるところから始めなくてはならなかった。

 

 最初のうちはアベルとしても、仲良くできないものかとアレコレ手を尽くした形跡がある。歩み寄りの姿勢は繰り返し取られた。アベルから譲歩することが多かったけれど、カインだって時々は妥協を受け入れるそぶりを見せたこともあったようだ。

 

 しかし、カイン生来の気質はシステムの走狗であって、おまけに当時は若気の至りがキマっている。システム上のポジションにすっかり意識が凝り固まっていて、大っぴらにできる柔軟性にも限界があった。

 

 辛抱強く相手をしてみても、こりゃどうにもならんわということで、いつしかアベルは友好関係の構築をスッパリ諦めてしまった。

 

 その諦めの速さには、年齢的な問題もあったことだろうと思う。当時の彼はまだ、少年期を抜け出したばかりのひとりの若者に過ぎなかったから。

 

 

 

 心情の上での決別の後は、彼はカインのことを、あんまりお近づきになりたくない疎遠な身内といった程度に見るようになった。

 

 まぁ、関わり合いになるのが煩わしかったわけだ。いけ好かない遠縁の男が宗教の教祖じみたことをやっている。下手に取り込まれたらどんな目に遭うか知れたもんじゃない。その気持ち自体は良く分かる。とっても。

 

 

 

 ……一方、カイン側にも多少の言い分はあった。

 

 彼はアベルに対してそれなりにキツい執着を持っていて、そのせいでイマイチ判断を躊躇わざるを得なくなるケースが多かったのだ。

 

 神《デウス》の復活という目的を遂行するにあたり、接触者たるアベルを不確定要素として排除してしまいたいという思いと。自分たちのようなデミ・ヒューマンでない、真なるホモ・サピエンスとして、我々ヒトを導く立場に立つべきという願い。

 

 相反する感情は、ハッキリとした形を取ること無く蟠り、日々の苛立ちとして時折噴出する足手まといとなる。兎角そうなりがちなのだった。その点、カインにも同情すべき部分はあるし、彼もまた一人のヒトに過ぎなかったという、確かな顕れでもあるだろう。

 

 

 

 何れにしても……過去の二人の間にはギクシャクした関係性があったのは疑いようもなく、そのすれ違いが、尚の事お互いの間柄を拗らせる要因となった。

 

 不発弾を抱えたままグズグズやっているうちに、年月が重なる。時間の経つごとに、互いの立場はその重量を増していき、その重みにヒトの側が雁字搦めになって、臨機応変な身動きが取りづらくなる。とりわけカインの側はその傾向が顕著だった。

 

 そうして、くだらない軋轢に端を発した、それなりに盛大な暴発と喧騒の果てに。母《エレハイム》は死んだ。

 

 

 

 子《アベル》は失意のうちに荒野に消え。もう一人の子《カイン》は、その身の奥に深くて重い傷を負った。

 

 

 

 ……スッキリしない話だ。舵取り次第でどうとでも転がせたようにも見えるし、避けがたい運命論的な結末だったようにも思える。機体に染み付いた記憶越しに、擬似的に追体験してみても、総じてひどくイライラさせられることこの上なかった。

 

 そこには物語じみた割り切りが欠けている。しかし、かといって、非人間的なリアリズムの有無を言わさぬ説得力からも遠い。

 

 結局、自分は、外野として楽しむにはあまりにも当事者然としすぎてしまったんだろう。

 

 この惑星で起こった一万年来のサーガというのは、どこをどう切り取っても大半は悲劇なのであって、一般論として望ましいものとは到底言えない。総じてシステムの誤謬なのだ。一人の当事者としてこの場に在る今、そんなものは出来ることなら是非とも払拭してしまうべきだろうと。そんなふうに、確信を深めた。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 切り飛ばしたEl.フェンリル左側の頭部装飾と肩部装甲の一部が、金属片のガラクタになって地上の海へと降っていった。相手の交錯する一撃を受け流した際に、ワイズマン・ギアも左腕のマニュピレーターが見事にオシャカだ。

 

 もっとも、どちらも継戦行動自体に支障はない。ギアを駆動させるための基礎構造そのものには、直接的なダメージが大して入っていないからだ。

 

 それでも互いの見た目はすっかり満身創痍といったふうではある。三十分足らずのドンパチの結果として、両機の装甲は全身あちこち傷だらけ。加えて今しがたの揉み合いからの部位欠損は、映像越しの体験としてはなかなか衝撃的な一瞬だったんじゃないかと思う。

 

 パフォーマンスの締めとしてはまぁ、上出来だ。たぶん。

 

 

 

 ……正直、演ってる側としてはイマイチ確証が持てないのが難ではあるが。こちとら本職の役者じゃないのだし。とはいえ、一応客観的な立場で見られるヒュウガから苦情が飛んでこないので、おそらく大筋問題なく演れていたんだと思いたい。

 

 戦闘機顔負けのスピード、ほとばしるエーテル感応波。繰り出される一撃一撃の問答無用の迫力。

 

 ヒュウガの映像編集技術も相まって、ギア・アーサーでは到底成し得ない派手さのあるバトルを、人々の眼にバッチリ焼き付けることができた、はずだ。

 

 

 

 

 

 さて。そろそろ仕上げに掛かるとしよう。

 

 

 

 まずワイズマン・ギア《こちら》が。続いてフェンリル《向こう》も。残心の構えでしばし硬直していた状態から、互いに剣を引き、間合いを離した。

 

 滞空姿勢のまま、対面で見つめ合う数瞬の間を取る。

 

 その後、息切れを整えた俺は、コックピット右側のコンソールを弄り、通信回線を、目の前のフェンリルと、外部放映チャネルとにそれぞれ繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 ……このあたりにしておきましょうか、父上。

 

『……ほう?』

 

 これ以上を続ければ、本当に殺し合いになってしまいます。わたくしが尊父を屠ろうとも。あなたが我が子を手に掛けようとも。いずれにせよそれは、何ら益にもなりませぬ。

 

 あなたに灸を据えるのがそもそもの目的。程々には成し遂げられた。これ以上はまったく意味がない。

 

『フッ。……では、この場は負けを認めるというのだな、ヘテローギェン《我が息子》よ』

 

 そうお取りいただいて構いませぬよ、天帝陛下。

 

 今はまだ、わたくしはあなたには及ばない。

 

 ただ、もはや我が牙は貴方にそう届かぬものではない。むしろ、試合運びを総合的に見れば、勝負を押していたのはこちら側ではありませんか?

 

 そのことを知り、そしてその事実を遍く知らしめることができた。その意味では……わたくしの勝利と言ってしまっても、然程過言ではありますまい?

 

 

 

『青二才が、吐かしおるわ』

 

 そう言い捨てるカインの声色は、しかし普段よりもカラッとした雰囲気だった。

 

『フッフッフ……だが、貴様も悪くない腕前であった。むろん未だこの私には及ばぬが、その先行きには、期待を持てるだけのものがあろう。精進せよ、ヘテローギェン』

 

 

 

 ……パフォーマンス中は概ねこっちが向こうに合わせて動いたので、親父どのとしては好き勝手大暴れ出来てスカっとした部分もありそうだな、コレ。

 

 うーむ、全体の流れとしてはこれでまぁ良かったんだろうが、さんざ振り回された側的にイマイチ釈然としねえ。

 

 

 

 

 

 

 さておき。ギア・バーラーの戦闘体勢をシステム的に解除することで、互いに鉾を収めたことが良く可視化される。

 

 余剰出力がオーラ状に噴出していたエーテル感応波がその色味を失い。柔軟性を確保するための各関節部の流体化も、本来の機械的な構造へと逆戻しになった。

 

 その様子を呼び水にして。しばらくすると、アラボト広場のような公共スペースのそこかしこから、民衆の熱狂したコールが沸き起こった。

 

 

 

 天帝陛下ばんざい、だの。ラメセスさまばんざい、だの。

 

 

 

 しっかりと手綱を握られた、見事なエコーチェンバーだった。仕掛けるタイミングも完璧だ。事前にヒュウガがあちこちに仕込んだサクラは、なかなかいい仕事をしてくれたらしい。

 

 

 

 当のヒュウガがソラリス市民に対して総まとめの演説を打っている。地上世界の指導者たちの発言《スピーチ》を合間に交えて、今後のふんわりとした未来図を、玉虫色で語るのだ。

 

 連中の通りの良い声の中身を、半ば把握し半ば聞き流しながら。俺とカインは、エテメンアンキ中心部の専用ドックへそれぞれ密かに帰投した。

 

 

 

 

 

 

 やれやれ。何とか丸く収まってくれたか。いやー、疲れた疲れた。

 

 これでようやく一段落かねえ。あ、みんなもホントにお疲れさーん。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ……カレルレンを取り逃がしただあああ!!?

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。