塵閣下になりました   作:あーぷ

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Life goes on and on

 

 

 当然というか何というか、裏で大騒ぎになった。

 

 ていうか、誰よりもまず俺が一等騒いだっつーの。ミァン絡みの厄ネタを片付けた後に、ほとんど間も空けずに拘束したはずのカレルレン――ソラリス上層部を好き勝手弄り回すにあたって、当然コイツの退場は必須条件だったのだ――が、なんでまた寄りにも拠って、このタイミングでサクッと逃亡成功してしまうのか?

 

 確かに天帝陛下まで巻き込んだ一大イベントを開催していた手前、一番ガードが緩くなっていた時期ではあるんだが。

 

 にしたって幾らなんでも手際が良すぎる。拘束時のカレルレン自身の態度がやけに殊勝だったことを思い返してみても、最初っから、こっち側に内通者が潜んでたとしか思えんぜ。

 

 どこのバカだよブッコロ。マジブッコロ。

 

 ……あンだって?

 

 

 

 ふーん、なるほど? アンタか。

 

 ……アンタかあ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 南半球に位置する中規模大陸アイリス・エリアは、地表の多くが緑一面に覆われた熱帯雨林地域だ。

 

 気候としてはまんまアマゾンな高温多湿。西方の山岳部から始まり、大陸全域に広がる大河川がまるで網の目のように張り巡らされ、その水量とミネラルに裏打ちされた有機天然資源のボリュームは無尽蔵に近い。実際、単位面積当たりの生産能力ではこの惑星上随一だろう。

 

 一方、定期的に訪れる雨季と乾季のせいで年がら年中自然災害まみれだったり、生態系の循環サイクルが早すぎることから風土病が蔓延しがちだったりと、わりと人類にとっては文化的な生活を営みづらい向きが在ったりもする。

 

 あと、季節にもよるがアヴェとは違った意味で暑さがヤバい。湿気が。しぬ。

 

 

 

 極めて多様かつ特殊化した生物層や、この大陸独自の文化風土等。色々と見どころの多い地方ではあるものの、しかしここに住みたいかと言われると、ちょっとその、住みたくはないかなあ、という感想になりがちなのがアイリス・エリアというやつなのだった。

 

 

 

 

 

 

 そんなヘビーな環境下で長年生き抜いてきたのがエルル人である。

 

 彼らは長身や尖り気味の耳といった身体的特徴の他にも、全般的に優れた知能や身体能力を持っている。

 

 見た目もバランスが整っているし、エーテル感応値のアベレージも高い。ある意味彼らは『ヒト』の上位種みたいなものなわけだ。デウスの復活を目論み、ヒト種の改良と管理統制を是とするソラリスにとって、エルル人が重視すべき研究材料であり、それでいて大いに警戒対象だったのも分かる話だった。

 

 

 

 障壁《ゲート》による長年の隔離措置。そこからの粛清&滅亡という今後予定されていたスケジュールは、傲慢な支配者の価値判断から導かれる、ある種必然的な帰結ではあったんだろーと思う。

 

 

 

 

 

 

 但し。ソラリスの『粛清』という未来予想図――今や起こりそうにない、断固として起こさせないことは大前提とする――に関しては、単にエルル人の特殊性や優秀さだけに注目してしまうと、それはそれで判断を見誤る部分がありそうだった。

 

 

 

 ここアイリス・エリアには、原作で刻印《リミッター》解除用のナノマシンの散布に用いられたマス・ドライバー施設が眠っている。

 

 電磁反発力を用いて物体を高高度までぶち上げる巨大なレールガン。言わずと知れたゼボイム時代の遺跡のひとつだ。

 

 

 

 もっとも、それを『ゼボイム遺跡』と呼んでしまうとビミョーな顔をされかねない。この大陸から産出する発掘物を良く良く見ると、ゼボイム文明の示準とされる空洞都市ゼボイムのそれと比べて、細部にあちこち違いが見られることが分かってくる。

 

 分かりやすく目につくのが、兵器類に刻印されたエンブレムの形がまったくの別物ということ。加えて、ちょっとした日用品なんかでもデザインの雰囲気というか、文化圏の違いから来る言うに言われぬズレのようなものがありありと感じられる。

 

 書き言葉にしても、使われている文字体系は同じだが、言語を構成する単語や文法の差が方言レベルに収まらないのは明白だ。

 

 

 

 国が違う。もっと言えば、両国間にほとんど物流上の交流がない。

 

 遥か前時代における国家間勢力図については、今後の遺跡調査が待たれるところだが。おそらく空洞都市ゼボイムとは敵対関係にある勢力が、往時のこの一帯では栄華を誇っていた可能性が高い。

 

 

 

 

 

 

 ゼボイム文明は核戦争で滅んだそうだ。

 

 しかし、それにしたってある日突然前触れもなく消し飛んだわけじゃあないだろう思う。

 

 大破局に至るまでの道半ばには、小競り合いやら軍拡競争やらを互いに相当やり込んでいたはずで、こっち側の文化圏の通常戦力についても、当然海の向こう側と比肩するだけの物量があって然るべきだ。

 

 

 

 即ち、マス・ドライバー施設なんぞ氷山の一角。このエリアには、再利用可能な各種危険物がまだまだそこら中に埋まっていると見ていい。

 

 

 

 ゼボイム時代の技術水準は偏っている。兵器類に限定すれば現代ソラリスを凌駕するレベルにあるんだが、かといって、何もかもが悉く上回っているわけではないのがまたタチの悪いところで。

 

 その手の偏ったブツがどっさり流入すると、当時の歪みがそのまま現代にスライドしてくるせいで、既存秩序にとって、一種の劇物に成りかねないのだな。

 

 

 

 アイリス・エリア、大森林の奥深く。どこぞの誰かが大物の遺跡を探り当てたとしよう。

 

 たったそれだけをキッカケに、この大陸の軍事レベル“だけ”が一挙に上がり、エルル文明がアクヴィ・エリアにおける『教会』――本来今から八年後に発覚するはずだった反乱の首謀者――のポジションにハマってしまう、なんてことだって考えられる。

 

 過去の高度文明からのフィードバックが、継続的な技術の底上げに寄与する一方、この惑星においては一過性の可燃物にもなり得るわけだ。

 

 

 

 そうした危惧に基づいて、後のソラリスってかガゼル法院は、『粛清』という形でエルルを事前に潰しに掛かったんじゃないだろうか?

 

 謂わばひとつの予防措置である。道義的な側面に目を瞑れば、方針としてはまぁ、分からんではないように思う。

 

 ……そりゃ、いきなり死ぬまで殴られたエルル側としてはふざけんなという話ではあろーけども。

 

 

 

 

 

 

 ともあれ、この地に眠る山盛りの過去の遺物が、永遠に高いびきをかき続ける保証は無いわけだ。

 

 現地に住まう人々の考え方や取舵の方向性なんかも、長い目で見れば水物である。

 

 エルルには、優れた構成員というソフト面と、古代文明の遺産というハード面が揃っていて、国家そのものが相当なポテンシャルを秘めているのが間違いないように思える。

 

 

 

 5年後、10年後なら、まだそこまで頭角を現すようなことにはならない、なれないだろうが。20年先、30年先があれば、その時どうなっているかなんて知れたもんじゃない。

 

 ある程度長期スパンで見た場合での、このエリアに対するパワーバランス上の懸念ってのはしっかり持っといたほうが良い気がするなあ。

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

 ……実際どうよ? そこらへんは。

 

『知らん』

 

 知らんって。知らんこたぁないだろ?

 

 ゼボイム時代のこの地域の情報はなるだけ吐いてもらわんと困るぜ。お前さん、ある意味じゃ当事者でしょうがよ。

 

 4000年の昔、敵対国家の事情は市井でどんなふうに報じられていた? キム・カーリムを程よく思い出せー。

 

『……知らんものは知らんさ。俺の手元にある記憶は、『ラカン』のものが大半を占める。そしてそれすらも完全じゃないんだ。前にも言ったかと思うが、記憶の焼き込みはどこまで行ってもまだら色だし、そもそもシグルド・ハーコート《俺》という器には、何人分もの死人を内側に留め置けるだけの広さがない』

 

 ……ん? 接触者(ないし対存在)そのものでないと、イントロン環への記録保存って出来ないんだっけ? つまり、グラーフの憑依にはかなりキツい容量問題がある?

 

『理屈としてはそういうことだな。結局のところ……妄執の権化たるグラーフという形態そのものが、接触者としては極めて不完全な存在でしかないのだろうよ』

 

 マージかー。そういやお前さん、エメラダ引っ張り上げに行ったときも妙にフェイ君任せでだんまりだったがそういうことね。アテが外れたなあ。

 

 

 

『ストーリーとしては納得できますが。ただ、あなたの読み筋には、我が国の御歴々に対するちょっとした買い被りが入っているように思いますよ、カール』

 

 と、ヒュウガが話に割り込んできた。

 

 シグルドと同じくギア越しの通信。こっちでもディルムッド5号機のモニター右上に映っている、サブウィンドウのもうひとつへと視線を向けた。

 

『先日、SOL9000上におけるガゼル法院の思考履歴を精査した限り……あの御老方に、そこまで長期的な展望を持てるだけの器量は無かったかと。どうもメモリー・キューブのネットワークから上がってくるデータを偏重するクセがあったようで、そこで偶々拾えた例外的な事象を、過大評価するパターンが顕著に見られました』

 

 ほぉー?

 

『彼らにはいわゆるヒューミント、生きた人間を媒介にした能動的な諜報能力が大きく欠けていたんですね。そして、システム内部にその偏りを是正するためのプロセスもない』

 

 それはそれでコエーな。脳みそ凝り固まった偏屈ジジイの集団が、ドンブリ勘定で権限を振り回してたってわけかよ(……そういや原作でもわりと雑な理由でキスレブ粛清を決めてたっけ)。

 

 あるいは、連中はとっくの昔にただのカレルレンの判断追認装置へと堕していたのか?

 

『半々、といったところですか。『粛清』などの権限そのものは御老方が引き続きお持ちでしたが、SOL9000《ハードウェア》の処理能力の関係で、生前の判断力はかなり陰っていた、陰らされていたというのが実態のようです。その意味で彼らはカレルレンの操り人形だったとも言えるし、認知に問題のあるままハンドルを握る、危険な運転手の一団だったとも言える』

 

 一番ダメなやつじゃねえか。恣意的なブラックボックスになってやがる。

 

 とっとと止めさせて良かった、ていうか、外圧食らう前にもっと早期に止めてろやって話だ。

 

『汝、過去を顧みるなかれ……とはいえ、その点については否定し難いところがありますねえ』

 

 トチ狂った決裁が、積もりに積もって500年ぶんかい。まったく。親父どのの身内に対する対処の甘さも筋金入りだな。

 

 気持ち自体はまぁ分からんでもないが……それもしょせんは郷愁に過ぎないんだから、帝王たる者としては、断固たる措置を前々から貫いておくべきだったろうにな。

 

 だいたい、再現された連中の人格データに主体性なんてありゃしないんだし。

 

 

 

『……根拠があるのですか?』

 

 親父どのにも散々言ったがね。500年前の死亡で連続性が途切れてる。その時点で、まず固有の自我としてはとっくに終わっているだろう?

 

『学説としてはパターン主義的な見方もありますが』

 

 それは“間違ってる”よ、ヒュウガ。一人格を主体的なものとして成立させるためには、線形的な思考演算能力とは異なるハードウェアにおける独自のギミック……非常に語弊がありそうだが、いわば“科学的な霊魂”とでも言うべきものが不可欠なんだ。

 

 あのSOL9000《ポンコツ》にそれが搭載されてたとは到底思えん、が、まぁ、細かい説明はめんどい。

 

『……』

 

『フム。その哲学ゾンビじみたテーマについては、後日詳しく聞かせて貰うとましょう』

 

 最近ヒュウガが掛けるようになった変な眼鏡の裏がギラリと光った、ように見えた。……しまった、趣味人にエサやっちまった。

 

 

 

『ともあれ、メモリー・キューブのデータから読み取れるシークエンスにはそこまで大した見どころがない。エルル文明に危険性有りという結論は、現時点では中々導き難いわけです。御老方が後々激発するに当たって、別途何らかのキッカケがあったと見るべきでしょうが、手持ちの札からその“何か”を同定するのは、少々難しいように思われますね』

 

 いきなり降って湧いた事態で極端に振れた、って感じに想定しておくべきかねえ。ポンコツに理詰めを期待しすぎるとこっちがバカを見そうだな。

 

『でしょうねえ。泰山鳴動し、生まれたるはネズミ一匹。しかし産後の肥立ちが悪く山は死んだ、というオチでも私は然程驚きませんよ』

 

 ヒュウガが皮肉げに言い放つ。守護天使就任に伴い刻印《リミッター》が解除されて以降、コイツのガゼル法院への辛辣さは勢いを増すばかりだ。まぁ残当。

 

『それどころか、そもそも“何か”など無かったのかもしれません。単に実験サンプル目当てのカレルレンに唆されただけ、というのも十分にあり得るかと。エルル人が、生物工学や分子工学の研究対象として有望なのは遺憾ながら事実ではありますからね。戦闘データ、生体データ、その他諸々』

 

 何ともゲンナリくる話だ。ま、そこらへんのモラルの欠落っぷりについては、今後多少マシにはなっていくだろうとはいえ……。

 

 

 

 

 

 

『話を戻しましょう。カール、先ほどのあなたの、長期スパンでのパワーバランス懸念は実際重要な指摘です』

 

 ヒュウガが右手で眼鏡をついっと引き上げる。ヤツだけは乗っているのがギア・バーラーのEl.フェンリルなので、両腕が丸ごと空いているのだ。羨ましい。

 

『これといって心構えもなく表舞台に引きずり出された我が国には、流動的な事実関係への想像力が欠けている。嘆かわしいことですが、近視眼的な振る舞いは御老方の専売特許ではないのですね。思い上がりを正し、目まぐるしく変わりゆく状況に対して、臨機応変可能な視点を養うことは急務と言えます。ただ……現段階で懸念すべきは、エルルよりも、むしろキスレブではないでしょうか?』

 

 あー。

 

『イグニス大陸は元より火薬庫。ソラリスが手綱を握りながらも、これまでさんざん技術をばら撒いてきたわけですから。その中でも経済の発展めっぽう著しく、今後の見込みも大きいのがキスレブだというのは、我が方でも凡そ裏付けが取れている』

 

 そう言いつつ、フェンリルからこっちのストレージへとファイルが一件飛んできた。

 

 正面モニター左下のポップアップで開けて見る。察するところ諸国の各種経済指標をプロットしたグラフと数値の盛り合わせのようだが、ざっと眺めただけでも、キスレブが全世界比で相対優位にあることがとってもよく分かる内容だった。

 

 中でも鉱工業関係の伸びは圧倒的だ。鉄は国家なりという箴言が否が応でも思い出される。

 

 なお、キスレブは六年前、アヴェは二年前――つまり各国における『教会』システム機能減退ないし停止により、実データのぶっこ抜きができなくなって以後――からは推定値との注釈が振られているが、アヴェの機密文書と目見当で照らし合わせた感じ、近年においてもそこまで目立った食い違いは見られなかった。

 

 

 

 ……うーむ、メモリー・キューブもなかなかバカにならんな。『教会』側のサボタージュ引っ剥がしたらここまで精度が出せるのか。現地機関との合わせ技が前提だから、今後はだんだん細かなズレが出てくるんだろうが。

 

 それでも、大してコストも掛けずに統計データが拾ってこれるメリットは残る。値打ちモンだ。

 

『その故にヒューミント軽視がまかり通っていたわけですから、痛し痒しですがね』

 

 やっぱ俺もアクセス権ほしい。

 

『流石に貴方がシェバト貴族として立っている時点で無理筋でしょう。……とまぁ、見ての通りです。加えて、ジークムント総統はおそらくかなりのやり手だ。当面ソラリスの支配を受け入れる素振りを見せつつ、以前から『教会』勢力の排除に余念がなかった。海千山千の手腕と言えます』

 

 メイソン卿やラヴァーン司教には悪いが、こないだの面子だと一人だけ役者が違ったからなあ。

 

 

 

『……確かに。あれは傑物だと言わざるを得んな』

 

 もう片方のサブウィンドウの向こうで、シグルドが複雑そうな顔つきで呟いた。

 

『先日の大舞台に、唯一、彼だけが単身乗り込んできたのもさることながら。自らを明確な地上人と定義することでソラリス市民に対して存在感を発揮し、それでいて、外様の最大勢力たるシェバトにもしっかり華を持たせていた。時間的にも極めて限られたあの日のスピーチのなかで、彼はイグニス大陸という狭い盤面を、単騎であっさり飛び越えてしまったわけだ』

 

 ジークムント率いるキスレブは、すっかり地上の代名詞ってか。

 

『やはり、そうなっているか』

 

 うむ。長年の敵であり油断ならない勢力である空中国家シェバト。しょせんは地上人という侮りは持ちつつも、バッチリ印象には残った機械国家キスレブ。残りはその他の有象無象……て感じみたいだな、一般ソラリス人の現状認識としては。

 

『エテメンアンキにおける情報公開の進展に伴い。ソラリス市民も地上世界の情勢をそれなりに理解し始めた、という面もあるでしょうけどね。実際、各国の国力を俯瞰的に見ると、その認識はそこまでトンチンカンでもありません』

 

『むぅ……』

 

 教育水準が高いから、やっぱり総合知としてはそこそこ良いセン行くんだよなあ。

 

 ま、そこから出てくるアウトプットが大概タワケてるってあたりが、ソラリスのソラリスたる所以ではあるわけだが。ウン百年モノの歪みは伊達じゃないぜ。トホホ。

 

 

 

『同じ地上人として、キスレブ《彼の国》とは協調路線を取れればと思うが……これまでの長年の諍いを考えると、アヴェ《うち》としてはなんとも頭が痛い』

 

 ニサンの仲介噛ませばなんとかならんか?

 

『難しいだろうな。今のニサンには、アヴェがシェバトとべったりの現状を懸念する声がそれなりにあるんだ。アヴェとキスレブとの対立がほぼすべてだった過去の国際情勢であれば、それでも最後にはアヴェ《うち》についてくれただろうが。主要なプレイヤーがアヴェからシェバトへとスライドし、キスレブ、ソラリスを含めた三大勢力の揉み合いが大勢となれば……』

 

 イグニス大陸に広く膾炙しているニサン正教視点だと、実はアヴェもキスレブも大して違いがない? 元よりアヴェに付いていたのは、上層部の血縁関係によるものが大きかった、か。

 

『そうだ。血の結びつきは強くしなやかだが、反面、そこまで太くもなく、使い勝手が良いわけでもない。アヴェ、シェバト間の関係樹立にあたり、実務部隊としてニサン系の人員を大幅にこちらに引き込んだことで、ニサン内部の派閥バランスもかなりおかしくなってしまった。二サンの民のあいだで、キスレブ派が台頭する土壌は整っていると言える』

 

 アヴェ王家とニサン王党派が、まとまりすぎたせいでポカンと浮いちまったのね。ってか、そこらへんの戦犯は俺だな。スマン。

 

『あのときの状況では仕方なかろうさ。シェバトと組む必要性は明白だったし、こちらに全体調整向けの人材もいなかった』

 

 画面の向こうのシグルドが、目を伏せて左右に軽く首を振った。

 

『しかし、過ぎたことは置くとしても、これからのニサンは以前ほど付き合いやすい相手ではなくなっていくと思う。そこまで読んだ上での一手だったのだろうな、ジークムントのアレは。天上世界におけるあの男の存在感は、ニサンとアヴェとの離間工作としての意味を持つ。そして、それもまた彼の打ち手に込められた意図の一側面にすぎないんだ』

 

 プロの仕事だなあ。賭けどころを弁えてやがる。

 

『ああ。純粋に、手強い相手だ』

 

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 

『幸い、我々三人のラインがあれば、状況の推移をある程度コントロールすることは可能でしょう』

 

 と、ヒュウガは、難しいがやり甲斐のある職務を前にした実務家の顔をして言った。

 

『未来は万華鏡が如くです。それも加速度的に変化の勢いを増す。当面最大の不確定要素はキスレブとは目されるものの、カールの言うエルルのポテンシャル等、他の地域についても軽視するわけにはいきません』

 

 世界は広く、難題山積みと。将来的にはキスレブ在住ジェサイア先輩――最近実業家として現地でメキメキと頭角を現しているらしい――を足せるとしても、四人っぱかしじゃ、頭や手足をいくつ生やしても足らねえな。

 

『かもしれない。でも、かつてエレメンツと呼ばれた我々が、今やこうして各国の上層部に食い込めている。その意義は大きい。やってやれないことは無いはずですよ』

 

『情報の連携を密にしていく必要があるな』

 

『ええ』

 

『近頃は各々のテリトリーでの仕事にかまけて、そのあたりが相当おざなりになっていた。実際に話してみると良く分かる。このままではいかん』

 

『今回の探索行はイレギュラーでしたが……こうして見ると、自陣を顧みるにあたって、中々悪くない機会だったのかもしれませんね』

 

 

 

 ま、そこらへんは追い追いやっていこう。……しっかし、混ぜっ返すようで何だが、俺としてはやっぱり怖いのはエルルなんだよなあ。

 

 数字で読める状況は、それこそ数字だけ読んでりゃ済むわけだが。世の中数字に出てこない水面下の出来事が大勢を占める。その中でも、エルルにはいわば未来の実績ってのがあるわけで、そこのところを度外視して目先のことばかりにかかずらうのはちょっとばかし、不安がある。

 

『またぞろ預言者めいてきましたね、カール。あまり先ばかり見ていては足元を掬われますよ』

 

 そう言われると辛いな。ただ、“知っている”ってことが俺の唯一無二の優位性なわけでだね。記憶の混濁もあって要所要所では旧エレメンツ勢《お前ら》に劣るこっちとしては、一歩先んじるに当たってその長所を活かさない手はないんだよ。

 

『分からないではないですが……』

 

 なもんで、ハッキリとしたアプローチの取りようがない現状が、どうもイマイチ歯がゆいわけだ。そうだなあ、いざとなれば……

 

 

 

『……言っておくがな?』

 

 いやまぁ、分かってる分かってる。フェイ君のアタマをひっぱたくのは、最後の手段だってことはな。

 

 メリット自体は大なりとはいえ……特大の爆弾を抱えた子供一人を、あたら傷つけてまでやることとは思わん。幸い、アクヴィ・エリアの大遺跡で続けているサルベージのおかげで、手がかり自体が皆無って程でもないことだし。

 

 少なくとも彼がある程度成長し、肉体的にも精神的にも分別のつく年頃になるまでは保留でいいだろうと思う。

 

 七、八年ってとこかな? ま、それまではバルトのヤツとかとつるませて、一介のクソガキとしてそこらで好きにやらせときゃいいさ。

 

『言うに事欠いてクソガキとか言うな。……マァ、殿下に年頃の近い御友人が居られるのは、そう悪くないことではあるか』

 

 

 

 

 

 

『……安定性を欠いた記憶を、あえて本人に強く意識させる。それによって自己を客観視させるというのは、治療法の一環としてそれなりに実績がありますよ』

 

 えええ……。危ねえだろ、それ? だいたいソラリス基準の実績って、そりゃもう大いにイカレてる印象が……。

 

『いえまぁ、むろん、諸説ありますけれど』

 

『……そんなだから、ユーゲント時代からマッド一歩手前扱いされるんだぞ、ヒュウガ』

 

『私はただ、日頃からニュートラルなものの見方を心がけているだけですって』

 

 いかにも言い訳じみているが、それはそれでヒュウガ・リクドウの信念でもあるらしいのが厄介だった。

 

『とはいえ、彼のような本当の多重人格者と話が出来るのなら、滅多にあることじゃありません。学問の徒として非常に興味深い実例です。……とまぁ、そういう見方というか、個人的な興味もあるのは確かではありますが』

 

『……』

 

 

 

 ……まー、なんだ? 隅っこくらいなら気持ちは分からんでもない。かもしれない。

 

 どこぞのシグラーフ君は症例としてはすっかり寛解状態で、ソラリスの再調整《リアレンジ》くらった副作用あたりと大して見た目が変わらんものなあ。

 

『そうでしょう? シグルドを見舞った事件のことを聞かされたときには心底驚かされたものです。事象変異を用いた記憶の転写という現象があり得るのは、カール《あなた》の件を見ても明らかですが、まさか二例目が現れようとは! その上人格が分裂し、それぞれに主体性があるという。シグルド本人の明晰さを考慮に入れれば、問診の際のやり取りを通じて、微に入り細を穿って検証が可能とも思われた。……ですが』

 

 乗っ取り直後からしばらくはともかくとして、お前さんの前に出たときはほぼシグルドで統合されてたからな。

 

『ええ、はい。脳波の異常は在れども限定的、大筋健康と言って良いでしょう。実物を目の当たりにして、もちろん本人の無事に胸を撫で下ろしましたが、それと共に、すこーしガッカリもしたんですよ』

 

 その点フェイ君は、俺たちみたいな後付けでないモノホンで、その上一応現在進行系か。確かに症例のレア度は高い。

 

『そのとおりです。今を逃せば、それこそ永遠に失われかねない極めて特異な現象であることは疑いの余地もありません。彼の症例は脳神経学の一ページに残りうる。そうした見込みに加えて、過去の諸事件について確固たる裏付けが取れるかもしれないという、純粋に実利的、あるいは歴史学的な観点からも……』

 

『……お前ら』

 

 

 

 (あ、やっべ)……にしても。やっぱりギア・バーラー各種に比べると、ギア・アーサーは色々と質が落ちるなあ。

 

 通信もノイズとディレイが多いし、こうやって巡航飛行でもわりとフツーに揺れがウザい。あと、雑駁な操作がめんどい。フルエーテル制御が恋しい。

 

『うるせぇ、アヴェ国近衛騎士団《うち》の正式機種にいちいち文句を言うな』

 

 言うわー。いくらでも湧いて出てくるわ。ったく、なんで今さらディルムッドなんだ。せめてブリガンディア《そっち》を俺に回してほしかった。

 

 そりゃ、この三人のフォーメーションだったら、現行が最適解なのは分かるけどもさ。

 

『あなた方の機体、両機共にソラリスの量産機よりスペック自体は上と聞きますが……急拵えなだけあって、どうしても細部には粗が多いみたいですね』

 

 そうそう。昔ながらのガラクタ仕立て直しで、根っこが規格品じゃないのがな。

 

 ていうか、今回もレグルス引っ張ってこれりゃーよかったんだよ。あれの探知能力さえ有ったらば、こんな地道な探索行なんてすぐに手仕舞いできただろうに。ニサンのケチ。

 

 

 

『いくらカレルレンがソラリスの元最高指導者でも、今となってはただの国外逃亡犯だぞ。そんな男の捜索に、わざわざ貸し出しなんか通るものか』

 

 まーそーなんだが。

 

『それに、今やEl.レグルス《あれ》はアヴェにとってのアンドヴァリにも匹敵するニサンの国宝……だいたい、あの機体が他ならぬ聖母ソフィアのものだと太鼓判を押したのはお前だろう』

 

 シグルドが数ヶ月前のイベントを蒸し返してくる。聖母ソフィアの遍歴とその終末の地、先史遺跡を通して見る500年前の真実。

 

 ……その論文の主著者はアギーことシスター・アグネスだが、ネタの出処がほとんど俺経由なこともあり、謝辞対象としてフツーにカーラン・ラムサスの名前が載っている。

 

『イグニスの先史遺跡から得られた500年前のエーテル反応履歴と、半ば伝説と化している過去の諸事件との状況一致。加えて、レグルス内部のパーソナル・データから、ソフィアの素顔までわざわざ引っ張り出してきたそうだな? 聖都の学府が騒然となったと聞いているぞ。それほどの箔がついたシロモノを、いくら諸々の功労者だろうと、おいそれと他国の者に使わせるわけがない。自業自得だ、完全に』

 

 いやだって、検証の結果があそこまで見事にピッタリしてたらねえ? 世に問うてみたくなるだろ常識的に考えて。俺にだって人並みの功名心はある。

 

 それに、あれにはアンドヴァリ勝手に持ってったお詫びとしての意味もあるわけで。そこらへんもコミコミで考えると、我ながらレグルスに関しちゃ相当うまく売り抜けた自信が――

 

 

 

 

 

 

『あ、やっと反応が出ましたよ。それっぽいものが』

 

 と、ヒュウガが唐突に、やたらとあっさりとした口調で言った。それをもって、ダラダラ続いた雑談はこの度めでたく終わりを告げた。

 

『大樹海深部の地中に、稼働中の大型スレイブ・ジェネレータが二機四軸。お誂え向きに状態保全モードではなく平常稼働中と見られます。怪しいことこの上ないですね』

 

 流石はEl.フェンリル。性能がいいな。

 

『こちらは名だたるギア・バーラーですので。……うん、大丈夫そうだ。今から座標とデータを投げます。合流してから向かうとしましょう、相手方はいずれも出奔に際してギア等を持ち出したという話は聞きませんが、一応気をつけておくのに越したことはないですからね』

 

 オーケーオーケー。

 

『了解だ。15分程で向かう』

 

 ん。こっちからだとだいたい5、6分てとこか。見通しも良好。それじゃ早速、自称『男の隠れ家』に勢い付けて乗り込むとすっか。

 

 

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