わりと、いやかなり頑張ったおかげで、なんとか地上到達まで気力は保った。
着陸した飛空艇から物資がベルトコンベアーに乗って運び出され、集積所に一時保管されたところで、タイミングを見計らって内側から上蓋を叩き割り脱出成功。出てきたコンテナの内部は未だ新品同然だ。俺たちの尊厳は無事守られたと言える。
原作での同コンテナは果たしてどういう惨状になっていたのだろうかと思うと……貰いゲロしそうなので努めて考えないことにする。
「……まったく酷い目に遭ったぜ。二度目はもうやりたくねェな」
関節を解しながらシグルドが小声でのたまう。この野郎どこぞのバルトみたいな口ぶりしやがって。つーか、俺よりよっぽど元気そうなくせに何言ってやがる。
原作で見せていた遠謀深慮はどこへやら。シグルド・ハーコート、なんだかどんどん言動が雑になってる気がするぞ。まぁ、こっちに対する遠慮というか余所余所しさが取れてきているわけで、どっちかと言えばこれは良い傾向だと思っていいんだろうが。
それに年齢相応という見方もあるだろう。実力に裏打ちされた選りすぐりのエリートと言っても、なんだかんだでまだ十代の若者なのだ。ゲーム中で頼れる大人として描かれていた彼とは違いが有って当たり前、そこらへん先入観を持たないよう気をつけておいたほうが良いのかもしれない。
塵閣下の見立てでも、気を許した相手にはここぞというときに毒舌が飛び出るタチだったようだし、先輩の横暴でハラダンスを踊らされるような集団のメンバーでもあったわけで。
なんとも微笑ましい話じゃないか。生温かい目で見てさしあげろ。
……それを言うと俺自身、シックスパックをさらけ出して踊り狂う塵閣下の記憶がフラッシュバックするのでヤブ蛇だったりもするんだが。
さて。今後の方向性として、当面はシグルドのサポートに徹する形になりそうだ。
地上で活動するにあたって何らかの後ろ盾は必要不可欠だが、彼の与するアヴェ前王朝残党(という言い方をするとシグルド的には怒り心頭かもしれんが)はかなり条件がいい。
まずもって頭数が足りていないので俺自身を高く売り込むことが出来るし、原作知識の活用もしやすいし、ご先祖様のロニ・ファティマ繋がりのコネでシェバトと比較的友好な接触を持てる見込みもある。また、活動圏がソラリスの主たる縄張りであるアクヴィ・エリアから海を隔てたイグニス大陸というのも大変よろしい。
ソラリス下部組織の『教会』は全世界規模で展開されているが、本部の鎮座するアクヴィ・エリアの北部小大陸はやはり別格でそこら中に関係施設が点在する。かの悪名高きソイレント・システムの地上出先機関もこの地方に集中しており、死霊《ウェルス》被害がここらで多発しているのも、ソイレントから実験用として意図的に放たれたり、管理がずさんで逃げ出されたり、処分が面倒なので生きたまま適当にブン投げたりしているのが主な原因と見られる。
ようはアクヴィ・エリアは500年に渡るソラリス支配における最大の被害地域なのだ。一方的に延々殴られっぱなしで可哀想すぎる。
何とかしてやりたいとは思うんだが、流石に現段階では手の施しようがないので一旦トンズラするしかない。
いやほんとスマン。目処が立ったら何かしら手を打つので勘弁してください。
別コンテナの物資の中から拝借したホログラフィック投影式の近隣マップによると、現在位置は『教会』本部北東部の湾口だ。ソラリスから空路で運ばれてきた積載コンテナはここで海上連絡船に載せ替えられ、海路を経由して各所へと運ばれることになるらしい。
このままイグニス大陸に向かう連絡船に便乗する案もあったが、コンテナすし詰め再びは経過時間を考えると生理的な問題で無理がある。かといって船員に化けると顔を控えられる可能性が高いのが悩みどころで、少数民族とのハーフとはいえ基本イグニス系のシグルドはまだしも、俺のソラリス色の強い面構えはどうしても目立ってしまうだろう。
「別ルートだな」
シグルドがすっぱりと言い切った。
「足がつかない程度に遠く、時間を掛けすぎない程には近く。急ぎたいのは山々だが、まだここはソラリス勢力圏の辺縁部だ。下手を打つのは避けたい」
そうさな。流通通貨の発行主体がソラリスなおかげで手持ちは普通に使っていける。路銀の工面が何とかなるなら、奇をてらうよりまっとうな手段を採ったほうがスムーズだろうな。
道中のトラブルが少なくて済むぶん、結果的にはむしろイグニス入りが早まるかもしれん。
マップのホログラフを引き伸ばして周辺を精査していった。すると、南東の方角に直線距離で30キロメートル弱、もとい30ケルテ少々行ったあたりに、サルベージャーたちが多く集まる港街があるらしいことが分かった。
土着民が信仰していた古い海神の名前を冠するその街は、人口数千人でこの地方では上から数えたほうが早い規模。『教会』直下ではないことから、監視の目もそこまで密ではなさそうだ。
サルベージャーつながりで、ヒュウガとの待ち合わせ場所として指定したタムズ船団との関わりが持てる可能性があるのも魅力的と言える。
「サルベージャーが集まるってことは、近海発掘用の拠点だろう? 遠洋交通よりも発掘作業の利便性優先で場所を選んでるんじゃないのか?」
しかし、シグルドが顎に手を当てて難色を示した。
「大陸間の交易ルートは限られる。仮に発掘用のベースと交易の要衝を兼ねてるとしたら、こんな半端な規模では済まないはずだ。マァ、引っ張り上げた発掘品を売り捌く必要があるぶん、漁村とかよりはまだ見込みはあるだろうが」
ふーむ。ここらだと発掘した端からお得意サマの『教会』に納入するだけで済んでしまいそうだなあ。手広く販路を持つ意味合いは薄い。確かに他大陸へのアクセスが持てるかというと望み薄か。
とはいえ、他に何かこれといったアテのあるでなし。まず第一段階としてこの街に向かってみるという方針でどうだ? とりあえず距離さえ稼いでおけば、面が割れて何もかもご破産というオチからは逃れやすくなるぞ。
「……そうするか。道筋が付けられなかったとしても、情報が得られるのなら無駄ではないしな」
オーケー。それじゃ、脱走者らしく抜き足差し足コソコソ行こう。
かくして俺たちは物資集積所を抜け出し、そのままマップのナビを頼りに道なき道を進んだ。
目の前には闇。時刻は未だ深夜、身一つで進むのは無謀とも思えた。けれども、エーテルパワーで強化された肉体はお互い異常に健脚だし、視界も山猫並に冴え渡っていた。
これならやってやれないことはなさそうだ。上手く行けば空が白んでくるまでには、目的の港街にまで辿り着くことができるだろう。
◆
といっても、話はそう簡単には行かなかった。
この世界、ヒトの生活圏から少し離れるだけで、そこには前人未到の秘境もかくやな危険地帯が広がっているんである。
野っぱらを闊歩するモンスターや、ゲ族に代表される敵対的な先住亜人。その上ここらでは死霊《ウェルス》の群れまでおかわりとくる。
夜中の強行軍だったのがまぁ良くなかった模様で、本来片道四時間ほどで済むはずの道中、四度も襲撃を食らってその都度足を止めて撃退するハメになった。直立した植物型モンスターの群れが一回、中サイズのオオカミ型一体が二回、それからウェルスの四体セットが一回。
……エンカウント率高すぎじゃないですかね? ゲームのワールドマップで言ったらせいぜいキャラクターにニ、三歩歩かせたくらいじゃないのか。ちゃんとバランス調整くらいしておくれ。ただでさえ疲れてるのにシンドいっつーの。
おかげで目的地に到着する頃にはすっかり日が昇っていた。街の遠景がよく見える、イコールこっちの姿形もバッチリ見える。とはいえ、幸いセキュリティはかなりザルらしく、扇状に広がる農地の手前にウェルス対策の物見台があったくらいで、検問も監視カメラもなさそうだ。
最悪夜闇に紛れてコソドロまがいをやる覚悟だったので、このウェルカム姿勢はたいへん有り難かった。
連れ立って正面から区画内に入った。潮と鉄と油の臭いがひしめいている。中央通りの左右は商店街になっていて、食料品や雑貨といった分かりやすい店舗の他にも、ほぼほぼガラクタな大型機械のジャンクパーツを並べた怪しい店や、サルベージャー用の装備を取り揃えた専門店なんかも多く見られる。商品が半ば野ざらしのバザール用エリアもあるようだ。
人通りは多く、どこを見てもずいぶんと盛況だ。というか。これは明らかに数千人どまりの賑わいじゃあないな。
「昔、キャラバンに同行して、アヴェの発掘街をいくつか通り越したことがあるんだが」
斜め後ろを歩くシグルドが呟く。
「ここまで生活基盤が整ってるところはそうはなかったぞ。流通もかなりしっかりしてる。マップデータ通りの規模とは思えないな」
だなあ。周辺部の農民層足したらフツーにこれ一万人越えてるんじゃないか? 一攫千金の魅力で地域から人を吸い上げてるのかね。
薄々分かっちゃいたが、ソラリスの地上関連データは位置情報以外参考ぐらいに見といたほうがいいな。
「しょせんはエテメンアンキや人工衛星から観測したデータの寄せ集めか……。お前が言うにはメモリー・キューブも情報収集用のプローブみたいなものらしいが、利用者が偏る以上統計を取るには向かんのだろうな。連中が関心のない部分は十年単位で放置されていてもおかしくはないか」
……メタ的な推測をすると、そのうちソラリスに反旗を翻すつもりの『教会』がデータを誤魔化して地上の生産力を過小評価させようとしている可能性が思いつくが、説明が面倒だし確証がないのでそれについてはまだ黙っておく。
まぁ、いずれにしてもこっちの目的からすると人が多いのに越したことはない。
湾口方面に向かい、サルベージャー向けの四人部屋のドヤを借り切って当座の拠点にする。そこでしばらく仮眠を取った後、早速二手に分かれて情報収集に当たった。
方針としては、定期船なりイグニスエリア宛の足の確保が最優先だが、それ以外の情報についても満遍なく拾うつもりだ。
なにせ俺は原作とかいうプカプカした知識に頼りっぱなしだし、シグルドにしても五年ぶりの下界かつ見知らぬ土地。とっとと居住まいを正さないと、そのうち変な噂が立つのが見えている。
お忍びの旅で悪目立ちしたってロクなことはない。今後は当分地上で活動するわけで、とっとと現地に馴染まなければ。