塵閣下になりました   作:あーぷ

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ハゲている必要はない

 

 

 現地調査に夕方まで掛けた後、宿近くの食堂兼酒場でシグルドと落ち合った。

 

 店舗の席はもう八割方が埋まっている。サルベージャー界隈は各所からのはみ出しものが揃っているおかげで、俺たちのような異邦人が紛れこんでもそこまで浮かないのが便利がいい。

 

 対面に椅子が置かれた木製の丸テーブルに着き、お互い報告を交わす前に、まずはそれぞれ注文をした。海近らしく魚介類が安かろう美味かろうとのことだが、ここはあえて腸詰め中心で行くことにする。ソラリスではヒュウガに習ってこのところ肉類を避けていた(塵閣下の身体には刻印がないし、変異の心配も基本無いので食べても影響はないとは思うが流石に私も遠慮しておきます)ので、久々にガッツリ肉が食べたかったのだ。

 

 シグルドはオススメ通りの海鮮フライセットを頼んでいた。案外というか郷に従うタイプらしい。そういや、被験体から解放された後しばらくは精神面のリハビリを兼ねてジェサイア家に居候してたんだっけ? 食事の場で周りに合わせるのは経験上慣れてるのかもしれないな。

 

 だったら食後の紅茶なりコーヒーなりに毎回胸焼けしそうなほど砂糖をドバドバ入れるのも辞めてほしいもんだが。まぁそれはそれとして。

 

 

 

 ……どうも芳しくないなあ。

 

「ああ。遠洋は思った以上に危険らしい」

 

 そういうシグルドの表情は沈んでいる。

 

「昔ながらの水生モンスターの他にも、近頃は巨大ウェルスが船舶を襲う事件が増えているそうだ。武装したギアか大口径の砲塔なしだと死にに行くみたいなものだとさ。半月ほど前にも安全海域で操業していたサルベージ船が帰ってこなかったらしいが、ウェルスにやられたんだろうというのがもっぱらの噂だ」

 

 それで、大陸に渡りたきゃ素直に『教会』を頼れってか。こっちも似たようなことを言われたよ、完全に長距離物流はあそこ一択みたいだな。別に同業を意図して閉め出したわけじゃなく、純粋にコストが掛かりすぎで普通にやったら採算が取れないんだ。

 

 ソラリス本国の都合で整備されたネットワークに便乗してようやく黒字の有様じゃ、そりゃ、『教会』以外の定期船なんてマトモに出ているわけがない。

 

「俺としたことが地元の常識に縛られていたらしい。ニサンとは日常的に行き来があったし、紛争中のキスレブ方面も戦端が下火の時期は民間レベルでは交流が盛んだ。こっちでも行き交う手段のひとつやふたつ、探せば転がってると思い込んだのが間違いだった」

 

 まぁそれは仕方ないだろう。人間実際に自分の目で見てみないとなかなか分からん。

 

 だいたい俺は知識としてはある程度把握してたが、ソラリスがここまでムチャクチャやってるとはちょっと思いもよらなかったぞ。普通に峠道歩いてるだけでウェルスがハイこんにちはとか、あんなザマで良くもまぁ農業とかやってられるなって話だ。相当生産性落ちてるだろうアレ。

 

 ところで一応良いニュースもある。道中襲ってきたモンスターの残骸なんだが、中央役場のブースに持ってったら普通に売れた。

 

「マジで換金できるのか……。あんなものがいったい何になるんだ?」

 

 別に大した使いみちがあるってわけじゃないらしい。獣害対策として役所が懸賞金掛けてて、証拠として持ち込むと支払いが受けられる。以前何かで読んだか聞いたかしたんだが、地域次第で似たようなことをやってるところは少なくないみたいだな。

 

 まぁ、植物型の目玉が200Gの、獣型の牙が150Gぽっちで、一般人が命を掛けるには到底割りに合わんだろうけどな。ランカーでも狩れればそこそこの実入りだが、サイズ的に見てギア前提の相手で俺とお前の二人がかりならなんとかってところだ。正直身一つは事故が怖いぞ。

 

「じゃあウェルスはどうだ。あれはやり方によっては数を稼げそうだが」

 

 そっちは無理だな。変異は伝染する危険性が高いから、もし見かけたら即逃げして専門のエトーンに通報するよう注意喚起が出てる。ヘタに手を出すと周りを危険に晒すんで逆に罰金でも取られかねん。それにこぞって狩りたい類の相手でもない。

 

「そうか……。しかしまいったな、この街クラスで影も形もないならおそらく他島海エリアのどこでも事情は同じだろう。こうなると自前で足を用意するしかないが、現状俺たちが提供できるのは腕っぷしと先端機械技術ぐらいだ。カール、何か案はあるか?」

 

 ギア使えます、パンチに自信あり、でも『教会』はご遠慮願いますってか。となるとこの街じゃ発掘界隈に飛び込む以外に道はなさそうだが、しかしサルベージで一発当てるとかやってることがバクチと変わらんからなあ。時間も掛かるし機材の貸し出しコストも嵩む、それでいてリターンがあやふやとなるとまぁ、止めといたほうが無難だろうな。

 

 うーん。

 

 

 

 ちなみにユーゲント生は一応扱いとしては軍属なので給料が出る。しかし基本的に薄給な上、生活費やら学習用のテキストデータやらを自前で賄わなければならないため、身の回りを整えた後は手元に大した金額が残らない仕組みになっている。

 

 加えて俺の貯金については不自然じゃない程度にしか引き出せなかった(派手に抜いたら計画性が丸見えすぎる)ので、軍資金の八割方がシグルド側の持ち出しだ。

 

 物価レートがソラリス本国有利になっているおかげで購買力はそこそこあるが、遠洋航海できるだけのフネを雇ったり買ったりには到底足りない。

 

 つまり、現状わりと詰んでる。

 

 

 

「……この調子だと、来た道を引き返してソラリスの連絡船にもう一回潜り込むほうが良いかもしれんな」

 

 運ばれてきたフライのひとつをつつきながら、シグルドが険しい顔つきで言った。

 

「無駄足になるが、ここで腐っているよりはマシだろう」

 

 俺はシグルドの提案には即答せず、ジンジャーエールの入ったジョッキに口を付けた。

 

 温めの炭酸だが味は悪くない。目線を他所にやり、食堂のなかを見渡す。いつの間にかもうすっかり満席だった。男性客メインだが、きっぷの良い女だてらのサルベージャーもちらほら見かける。混み合いの中から愉快そうなおしゃべりや笑い声が聞こえてくる。

 

 自慢話、猥談、仲間を募る声、バカ騒ぎ。内容までは聞き取れないが、伝わってくる雰囲気だけで中身がほとんど分かってしまう。お上品とはとうてい言えない、けれど活気のある人々の生活がそこにはある。

 

 ありきたりな生活。ありきたりな日々。

 

 

 

 ……。しゃーない、アレ使うか。

 

 ここ半月の間に検証を済ませてあった“特性”のひとつ。あんまり表沙汰にすべきもんでもないが、エリクサー病に罹患して最後まで使わずに腐らせるのもバカらしい。だいたい使い減りするわけでなし、使えるところではガンガン使っていくべきだろう。

 

 前には進まにゃならん。今後を知るものとして、ある意味で俺にはこの掛け替えのない日々に対する責任があるのだ。

 

 

 

 なあシグ。

 

「ん?」

 

 俺に腹案がある。悪いが明日の朝イチで、街のジャンク屋とサルベージャーを回ってきてくれないか? 要るものは二つだ。動力周りがイカレてスクラップになったギア本体と、大型家電なんかに使われるタイプの中サイズ低出力な木っ端ジェネレータ。俺の所持金も足し込んで、手持ちギリギリまで見てもらっていい。

 

 優先ポイントは旧式のモノコックで素体が頑丈なこと、ジェネレータは出力数はどうでもいいからサイズがギア用に近いこと。ギア側にユニット外付け用のスロットとペイロードがあれば尚良しだが、まぁそこまで贅沢は言わん。

 

「構わないが……いったい何をするつもりだ?」

 

 まぁちょっとな。とりあえずそっちはよろしく頼む。俺の方は一旦外に出て、予算確保のために害獣退治に勤しんでくるわ。気合入れてやれば一日何千ゴールドかにはなると思う。今後のことも考えると、先立つものは多いに越したことはないからな。

 

 ……ところで、正直腸詰めはこりゃハズレだな。脂ぎってるだけでマトモに肉の味がせん。

 

 

 

 海鮮フライはまぁ悪くないらしい。地元のオススメには素直に従えが旅行の鉄則。どうやらそれはこの世界でも変わらないらしかった。俺も明日からは気をつけることにしよう。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

「アンタがC級品を買ってくれるってェ兄ちゃんかい。まぁ見てってくれや」

 

 ペンキの飛んだ無地のTシャツにタオル鉢巻。いかにもサルベージャーといった出で立ちの中年男に案内されて、湾岸部の物品保管エリアに足を運んだ。

 

 港が活発な地域のお約束として、この街にも湾口周りには荷揚げした品を保管するための倉庫街が広がっている。そこで一時的にプールされた発掘物は、ものによってはこの街である程度まで整備された上で、種類ごとにまとめて梱包され、だいたいは『教会』本部に送り届けられる手はずになっているらしい。

 

 大掛かりな倉庫が水路に沿って整然と並んでいるところもあれば、大小様々、方角バラバラに乱立しているエリアもある。前者はちゃんとしたサルベージ企業向けで、後者は零細や個人業者向けだ。

 

 今回の目的地は後者だが、そのなかでは比較的しっかりとしたところだとは聞かされている。

 

 

 

 目的の倉庫に到着。ギアを放り込めるだけあってサイズはそれなり以上だが、年季が入っていてかなりボロかった。ごついチェーンロックを外して、錆び気味な入り口を力任せに引き開ける(俺とシグルドが駆り出された。オッサン自分でやれ)。すると、健康に悪そうな鉄臭さとともに、倉庫の内部に明かりが差した。

 

 中に入って見上げる。錆でまだら色になった装甲が反射して光を放ち、四つん這いで押し込まれているギアの姿が明らかになる。

 

「どうよ? こいつが御注文の品、オレらのチームが一週間前に孤島の地層から引っこ抜いた、血と汗と涙の結晶よ。……まぁ残りモンってこたァ否定しねえし、状態も今ひとつだが。オレが今まで見てきた中でもスペック自体は悪かねェ。磨き直せばまだまだ行けるぜ? たぶんな」

 

 正確に言えば、一応はギアの形を保ったもの、とするべきだなこれは。

 

 

 

 ……まぁ、物を知らない若造に体よく押し付けてやろうという意図はあるんだろう。それでも、発言の最後の方だけだいぶん声が小さくなっていたあたり、そこまで悪意だらけというわけではないのも分かる。本当に見た目通りの人間で、心底善人ではないものの、言うほど悪い手合いでもなさそうだ。

 

 交渉周りはシグルドに任せておけば大丈夫かね。

 

 さっそく保存状態に難癖つけて値切り始めたシグルドを後目に、俺は目の前のスクラップに歩み寄って全体を観察した。

 

 

 

 ……ふんふん。このへんで発掘されたのなら古代ゼボイム産だろうが、外観はいわゆるエトーン・ギアに似た感じだな。『教会』はソラリス系のギアを偽装して使ってるはずだが、後の下剋上を見据えて裏で自前の発掘や開発も行っているので何かしら繋がりがあるのかもしれない。

 

 もっとも、マントがないせいか案外レンマーツォな印象はないな。アレも中身はほとんどエトーン・ギアだったはずだが。見た目的にはちょっと細身のシューティア、もしくはズングリムックリさせたバントラインってところか?

 

 ジェネレーター摘出済み。コックピットもがらんどう。当時の量産機っぽいので固有武装はないが、代わりに拡張性はそこそこある。ただ上半身がほとんどオシャカで、メインカメラオールダウン、片腕欠損、もう片方の腕もマトモに動きそうにない。下半身はわりと無事だが関節のシーリングがズタボロになっており、無理に動かすといつエラー吐くか分からんので、不慮の事故であの世行きになりたくなきゃそこらへんまるっと交換してからが無難、と。

 

 総じて言ってでっかい鉄クズ、胴体下部と足周りのパーツだけ抜いたら後は砕いて溶鉱炉って感じか。

 

 良いじゃないの。

 

 

 

「おい、カール」

 

 俺が唇を小さく釣り上げていると、シグルドが訝しげな様子でやってきて言った。ちなみにオッサンは向こうでなんとも微妙な顔をしている。中ヌキなしで直売りできるのは嬉しいが大分値切られたって感じだなアレは。

 

「取引きはまとまりそうだが。そろそろ何を企んでるのか教えろ。このままだとガラクタを苦労して競り落とす気分で、俺の精神衛生上よろしくない」

 

 まぁもうちょい待ってくれ。実際に見せたほうが話が早いだろう。

 

 品自体はコイツでいいから支払い頼むわ。害獣退治で稼いだぶんも渡しとく。そのあいだに、俺はジェネレータの方を引っ張ってくるから。

 

 

 

 

 

 

 ジェネレータは酒類工場で圧搾機に使われていた低出力のもので、品質的に問題無さそうだったので適当に言い値で買い取った。さっきの倉庫までバギーで搬入してもらい、これで必要な手駒は揃ったことに……ってあれ、オッサンはどうした?

 

「臨時収入が入ったからチーム総出で酒場に繰り出すとさ。ここのカギも俺に丸投げ、そのうち返してくれればいいとか吐かしていたぞ」

 

 思わずポカンとしてしまった。シグルドも大概呆れている。半分ガラクタとはいえモノがモノ、そこそこ良い金額の取り引きだったはずなんだが。アフターサービス皆無にも程があるだろう。倉庫にしたって管理責任とか大丈夫か。

 

 原作タムズのお歴々よろしく、サルベージャーには大らかというかいい加減な人種が多いのは分かっていたつもりだが、実際に目の当たりにすると面食らうなこれは。

 

 

 

 とはいえ、これからやることを衆目に晒したいとは思わない。居ないなら居ないでむしろ好都合だった。バギー乗りの運搬人にも手間賃を払って帰ってもらう。倉庫には俺とシグルドだけが残された。

 

 さっきから問い質したげなシグルドを背後に、俺は四つん這いのギアの前に置かれたジェネレータに向かって歩み寄った。

 

 それじゃ、始めようか。

 

 実際にそう口に出して、気合を入れた。

 

 

 

 

 

 

 ジェネレータの表面、なめらかに加工された合金に片手で触れる。その内側の構造を意識する。その構造体の意味するもの、従属《スレイブ》たる本質を念頭に置いた上で、事象の地平の向こうに位置する本丸に向かって、ゆっくりと、まっすぐに空想の手を伸ばす。

 

 しばらく。

 

 エーテルパワーの奔流が溢れる。じんわりと、緩やかに。俺からではなく、俺の触れたジェネレータのそのさらに向こう際から。従属《スレイブ》を通して本体《メイン》と繋がっているのが実感できる。後はこの繋がりを弄ってやればいい。

 

 仰々しい口上は要らない。おそらくあんなもんは気分の問題だ。搭乗者が禿げ上がっている必要もない。偶然ってことでいいのかねアレは? ……とにかく、ただ目の前の機械構造《システム》を把握し、了解し、俺が所持する権限を盾にその構図にちょっとした手を加えること。数字をいじり、ゼロを書き加える。それだけを意識する。ただそれだけを行う。

 

 オーケー、行けそうだ。

 

 スレイブ・ジェネレータとは文字通り本体に従属したエネルギーの出口に過ぎず、出力されるエネルギーの全ては本体のゾハルが生み出している。ジェネレータの発揮できるパワーを表すジェネレータ係数とは、つまるところ「この出口にはこれだけのエネルギー量を供給しますよ」というマーカーでしかないわけだ。

 

 作中のグラーフはその強大な事象変移能力をもって、遠距離操作にも関わらず無理やりそのマーカーの数字を書き換え、ハゲ一号二号三号の機体の性能をそれぞれ大幅に引き上げてみせた。

 

 エーテルパワーの出力では俺はグラーフに劣る。それでも事象変移作用の全体図を明確に理解していることから、どうやら俺もグラーフと同様のポジションにあると見做されているようだ。それかもしかすると、天帝カインの特性をクローンとしてそのまま受け継いでいるからかもしれない。

 

 ともあれ、こうして近づいて直に触れることで、俺でもジェネレータのマーカーを書き換えて内部性能を弄ることができるというわけだ。

 

 

 

 てなわけで。出来たぞー、シグ。

 

「出来たって、何がだ? というか今何をした?」

 

 ジェネレータの出力係数をざっと30倍で上書きした。たぶんこの機体に乗せるならこれぐらいが限界だろう。ソラリスの軍用機体に準じるくらいのパワーは出るから、フライト・ユニットを運用するには十分だと思う。

 

「……ハァ?」

 

 それでも間に合わせだから航行速度は七掛けして、イグニスまでは片道六時間ってところかね。マトモに立って動けるくらいまでメンテしたら、試しにちょっと飛ばしてみようぜ。いきなり本番で爆発四散は勘弁だからなあ。

 

 

 

 ……当然というか、納得いっていなさそうだが。ヒュウガ相手じゃあるまいし、順を追って説明するのも面倒くさい。

 

 コックピットのパネルだけ載せ替えて、とっととギアと繋いでみよう。工場用の動力でギア用動作システムが立ち上がるのを目の当たりにすれば、シグルドも納得せざるを得ないはずだ。

 

 

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