正直、ここまでスムーズに行くと逆に不安になるよな。ボケっとしてたらいきなり武器突きつけられて「騙してスマンが…」ってなるんじゃないかとか。もしくはここまでセキュリティガバガバでこの組織は今後大丈夫なのかとか。
「あん?」
いやな、ぶっちゃけると俺らって扱いとしては良いとこ浮浪者みたいなもんだろう? 正規の入国手続を踏んでないし、お前は失踪続きで死亡認定に王手が掛かってたレベルだし。何より俺なんか、身分証ひとつない見た目完ペキ異国人だぞ。なのにほとんどフリーパス状態でこのアジトまで通されて、お前を目にした途端にあの爺さんは感激のあまり男泣き。俺のことも「シグルド卿のご友人であれば…」の一言で一同揃って目上のお身内扱いだ。
大丈夫かコレ? ってなるのも分かるだろ。むしろ分かれ。
「お前は今後どうなるかを知っているんだろう? だったら想像つくんじゃないのか」
まぁ確かにおよその流れは知ってるし、大丈夫だろうってことも分かってはいるが。知識と事実が完全に一致するかは定かじゃないのと、あと俺が知っているのはあくまで俺が何もしなかった場合の今後の予定にすぎないからな。バタフライ・エフェクトは大げさな話だが、それでも俺が動くことによって多少なりとも揺らぎは生まれる。知っているからこそ逆に不安を感じるのはどうしても……って、なんだその胡散臭そうな顔は。
「胡散臭いからに決まってる。それ以外に何を言う必要がある? だいたい、お前がカールだというのがまずもって疑わしい。確かに見た目はどうみてもカールだが……前のお前は、不安や不満があってもあからさまに口に出すタチじゃあ無かったろうに。やっぱり何かが皮被って化けてるんじゃないのか?」
あのなぁ、そこ突いても俺からは何も出てこないぞ。前にも言ったと思うが、ブチ込まれたデータの総量が大きすぎたせいで人格にも影響が出ているんだ。たぶんお前も食らった洗脳処置《アレンジ》の逆バージョンみたいなことなってるんだと思う。確かに俺は俺ではあるが……変わっちまった部分も多い。
「お前の言うゾハルを用いた記憶の転写か。ヒュウガは理解を示していたが、スレイブ・ジェネレータの事故で脳みそに他所からデータが書き込まれたなんて聞いたことがないからな。ましてやそれが未来の情報だという。繰り返させてもらうが、胡散臭いにも程があるぞ」
そこはもう実際こうやって起こってるんだからとしか言えねえよ。まぁ、そうやってストレートにぶつけてくるあたり、扱いとしては前よりマシになってるんだろうなとは思っておくが。
「フン……まぁいい」
で? 俺らの乗るフネは、実態としてはどうなのよ。
「数百年に渡る血縁関係を背景にしたアヴェとニサンの結びつきは強固だ。お前が知る通り、俺にもその血が半分流れているし――絶対に口を滑らせるんじゃねェぞ――それがなくても最年少の王家付き近衛として、ある程度顔が売れてもいた。ようは俺が身内として見られているからこそのこの扱いで、お前についてもその延長線上だ。そして、身内に対する手厚さは翻すと外様に向ける目の厳しさでもある。特にニサンは、悪く言えば少々排他的なところがあるからな」
宗教共同体の強みってことか。言っちゃなんだが、反体制運動との相性は抜群だからなあ。構成員が目先の損得勘定で転びにくいんで切り崩しが難しいし、一般人と後方支援者の境目がアイマイなおかげで全体像の把握も不可能に近い。敵に回すとこれほど厄介なものもないだろうな。
「大凡その理解で構わん。もちろん気をつけるべきは気をつける必要はあるが、機密保持の面でも過剰に気を配ることはないだろう。それに……メイソン卿には子どもの時分からずいぶん世話になっている。お忙しい方だったから密度で言えば然程ではないが、期間で言うなら王家との付き合いよりも長いくらいだ。五年以上音信不通だったとはいえ、向こうもそうそう疑ったりはしないさ」
ふーん? 良くしてくれてる親戚のオッチャンみたいなもんかね。まぁそういう人が身近に居るっていうのは、結構なことだな。
……そういや、こいつのカーチャンに惚れてたんだっけメイソン卿。
シャリーマ・ハーコート、愛した女性と主君との息子。そりゃ気にも掛かろうし、あれこれ便宜を図りたくもなるわけだよなあ。シグルドが出自も定かならぬ若年にも関わらず前国王にお目通り叶い、そのまま王家付きの近衛士官として登用された理由は、察するところ彼の働きかけがあってのものだったんだろう。
まぁ、シャリーマさんの葬儀の場でシグルドを目にした前国王に何か通づるところがあったのも確かなんだろうが。常識的に考えるとまずその段階まで行くこと自体が極めて困難なはずだ。
いわば各種コネをブン回した裏口に近いわけだが、本人が至って優秀なんだからコネ採用だろうと構わないっちゃ構わないのかねえ。
SFベースのストーリーラインのわりに、特にアヴェ周りって妙にドロついた話が多いんだよな。この際話が早いに越したことはないので文句はないが。
実際、ニサン入りは思いの外イージーだった。レーダー網の甘い西部海岸より領地入りし、法皇府近郊の森林地帯に着陸。フライトユニット付きの機体を適当にカモフラージュして、そのまま一時間ほど徒歩で移動。
聖都入管の折、カウンターの役人に対してシグルドが事もあろうにファティマ王朝近衛士官という旧身分をオープンにしたときはトチ狂ったのかと思ったが。相手もさる者で、ナチュラルに受け答えした上で地下に潜っていた王党派残党に速やかに渡りをつけてくれた。
後で聞いたところによると、なんかフツーに役人の顔に見覚えがあったらしい。察するにニサン上層部に噛んでる人間だったんだろうが、だったら先に言えって話だ。脅かしやがって。
ニサンにおける王党派の拠点は、法王府郊外に位置する古ぼけた一軒の屋敷である。
シグルドを前面に出して屋敷入りし、現地の人員と顔を合わせた。しかしあいにくリーダー格であるローレンツ・メイソン卿は、ゲーム中では「バルトのアジト」と呼ばれる隠し砦の方に出向いているとのこと。
クーデター陣営に対して手をこまねいていたところに、降って湧いたシグルドとその協力者。ことの緊急性を鑑みてか、もしくは単に駐在員では判断が付けられなかったのかもしれないが、直ちにそちらに向かうよう促された。
俺たちは行きに使ったギアでトンボ返りして南方に向かい。アジトでのシグルドとメイソン卿の感激の再会を経て現在に至る。
ざっと見て回った印象として……どうも全体的に頭数が少ない。
ニサン側の拠点と隠し砦とを足し合わせても、実働に回っている人員は百人行かないくらいじゃないか? つい先日まで国家の中枢にいた派閥にしては異常なまでの層の薄さだった。アヴェとニサンのつながりの太さを思えば、反シャーカーンの一大地下組織が半ば公然と発足していても何ら不思議はないはずなんだが。
理由としてはおそらく旗頭の不在が挙げられる。つまり、それだけクーデターが苛烈かつ周到だったということだ。聞くところによると、クーデター発生当初にブレイダブリクに身をおいていた王家の係累や要職の重臣たちは速やかに捕縛され続けざまに処刑、王都から脱出できたのは僅かに王家近衛兵の一部のみに留まったらしい。
現時点でのトップが子爵のメイソン卿なあたり、国家体制の首から上がほぼ全滅だ。並大抵のやり口じゃない。
『教会』出身で、もともとは文官にすぎないハゲ三号の軍事的手腕はいいとこ並程度のはずだから、ここまでやり果せたのは当然バックに付いていたソラリスからの支援がそれだけ手厚かったものと見られる。
軍事支援、つまりハード面での後押しを行っているのはもちろんのこと。ソフト面でのバックアップ、敵勢力を制圧するための具体的な情報提供についても存分に行われたはずだった。
ニサン正教はこの大陸最大宗派とはいえ、実質的な影響力で見ると、機械インフラをまるまる握る『教会』の方が一枚上を行っている。ダジルに代表される発掘都市のトップ施設が『教会』の工房だったように、おそらくこの大陸には、地方の豪族が『教会』と癒着して近隣エリアを統治する分散した権力構造があるんだろう。
キスレブではジークムントが『教会』勢力を排除することによって権力の集中を成し遂げたようだが、アヴェではそれに失敗……ていうか、ジークムントにしてやられてキスレブでの権力基盤を弱体化させてしまったソラリス側が反省して、アヴェでは前もって今回のクーデターを起こさせたということではなかろうか。
つまり、イグニス大陸にはアヴェVSキスレブというハードな対立の他にも、ニサン正教VS『教会』というソフトな対立もまた存在するのだ。そして後者の戦いは概ね『教会』側が有利にコトを進めている。
その優勢な『教会』ネットワークから上がってくる良質な情報があったればこそ、ハゲ三号は広大な国土を持つアヴェを一様に抑え、ほとんど完全無欠に近いクーデターを成し遂げることができたわけだ。
じゃなきゃとうてい無理でしょ。ハゲだし。
……いやハゲてるってだけで人を差別するつもりはないけど。でもまぁアレじゃあねえ?
◆
王党派残党のアジトはニサン聖都から南へほぼ2500ケルテほど下ったあたりにあり、途中に海峡を挟むこともあって平均的な砂上艦だと片道でまるまる二日ほど掛かる。
南東の方角に同程度行った先にアヴェ首都のブレイダブリクが位置し、それでいて主要な交易ルートからは外れていることから、ひと目に付きづらい立地を選んで建てられていることは明らかだった。隠し砦と呼ばれるだけのことはあるわけだ。
おそらくこのアジトは、ニサンとアヴェのトップに君臨してきた両ファティマ家が相互利用する、隠し移動経路の中継地点だったのではなかろうか。
アヴェからニサンへ、ニサンからアヴェへ。砂上艦では航行がむつかしいルートでも、潜砂艦なら話は別だ。お誂え向きの潜航経路も砂漠下に存在するらしい。
シェバトと前大戦時の技術が入っているおかげで下界では再現不可能なユグドラシルさえあれば、地理上分断されている両家は水面下(砂面下?)で交流を持ち続けることができる。平時の交流の他、いざ火急の事態となったときには援軍の派遣や相互避難が可能というのも、施政者としては非常に魅力的だろう。
500年もの長きに渡る権勢維持にあたり、このルートは両家にとって値千金の隠し資産だったものと見られる。
だったらなんでキスレブとの和平ムードにかこつけてユグドラシル系列艦を廃艦にしたんだ? という疑問が湧くが。それについても推測は立てられる。
ソラリスからの干渉を察知し、その支配に抗うことを決意したエドバルト四世陛下。彼はこのルートこそがアヴェの生命線と考え、ソラリスに発覚する可能性を出来る限り小さくするために、用いる足そのものを失ったかのように見せかけたのではないだろうか。
潜砂艦の運用を止め、行き来が不可能な状況を作り出してしまえば、ルートの存在そのものを高い精度で伏せておくことができる。そして有事の折には密かに運用を再開することで、ユグドラシルはアヴェ、ニサン間でフリーハンドを得て、ソラリス相手に当面有利に立ち回ることができるはずだ。
その策は近い未来=原作において花開き、熱砂のシャチは傲慢なガゼルどもの鼻を見事に明かすことになるわけだ。
……と、いうわけで。表向き廃艦したってことになってるユグドラシルⅠ&Ⅱは残存している可能性が高いかと思うんですが、そのあたりどうですかね?
俺の記憶によると、後年バルトロメイ殿下がご利用され大いに活躍するはずなんですが。
「……シグルド殿より聞かされた折には、半信半疑でございましたが」
ゲームのビジュアルよりもいくぶん若々しいメイソン卿が唸る。物腰や言葉遣いは柔らかいが、執事服でなく勲章付きの軍服を着込んでいることもあって、近衛騎士として一廉の地位に在った者に相応しい厳かさ、秘めたる頑健さがそこにはあった。
「ラムサス様は、本当に未来を見通しておられるのですね。加えて洞察力もお在りになる。おっしゃるとおりです、確かに当拠点はファティマ王家、ニサン法皇家双方にとって掛け替えのない接点のひとつ。歴代のお方々も、ここを柵から逃れた一時の憩いの場として、しばしばご活用されておりました」
緊急時だけでなく普段遣いもされていたんですね。王家ご身内の微笑ましきプライベート、といったところですか。
「はい……。旗艦ユグドラシルの件につきましても、王陛下の深慮を思えば腑に落ちないところがございます。ラムサス様のご記憶に未来のユグドラシルの姿がお在りだということであれば……廃艦措置自体がブラフであった可能性は否定できないのではないでしょうか」
ふむふむ、ありがとうございます。現時点で行方知れずなユグドラが脱出に使われたことを考えると……なあシグ、仮にお前さんがバルト君とマルーちゃん救出計画の実行役だったとしたら、行き帰りについてはそれぞれどんなプランを取る? 俺の知る未来で実行部隊の指揮を取ったのはお前さんだろうから参考にしたい。
「俺がか? ……そうだな、潜入ルートには現地組織を使って上水道あたりから潜り込むとして、脱出に関してはアテがある。殿下にもしもがあったときのためとして王陛下から伺ったもので、詳しいことは話せないが……」
あー、はいはい。言葉濁らせるあたりで想像はつく。ようはアレだろう、ファティマの碧玉《お前の目玉》で通れるナイスな抜け道があるわけね? 基本バルト君用だが実はお前さんでも使用は可能と。
「だからお前それを口に出すなと……!」
心配しなくても外じゃ言わんよ。この会議室には俺たち三人しか居ないし、メイソン卿が相当深いところまでご存知なことも分かってるからこそさ。
たぶん、その王家秘伝の隠し通路にユグドラⅠが伏せてあるんだろうな。そうだとすれば時系列で見ても辻褄が合う。
旧文明由来の大型兵器の傾向として、複雑な挙動をさせない単純なコントロールだけなら少人数でもオペレーション可能のはずだ。ソースは俺の脳内ってのがアレだが、一応実績もあるわけだし、脱出についてはユグドラ頼りで取り立てて問題なさそうか。
となると、あとは実際に助け出すまでの手順だが。
「王城までの潜入方法につきましては、只今鋭意策定中でございます。バルトロメイ殿下とマルー様の幽閉されている、東棟の地下部屋へのルートを導き出すまでは今しばらくお時間をいただけますでしょうか。現地のものとの連携が欠かせない部分ですので」
え? バルト君たちの位置って割れてるんですか?
「はい。内応した女中からの情報ですが、この点については確度は高いかと。しかしながら、ブレイダブリクは未だ戒厳令下にあります。王城外からそこに至る道筋を付けるまでがなかなかに難物とのことでして……」
そうですか……。あのですね、メイソン卿。場所と帰り道さえ算段が付いているなら、もうこっちだけでやりようがありますよ。
「ま、誠にございますか、ラムサス様?」
「どういう手順だ?」
まぁやり方としてはかなり強引にはなるんだが。こういうのはスピード勝負だし、作戦自体はシンプルなほうが良いからな。
俺たちが乗ってきたギアだが、アレをもっとマトモなパーツで強化した上でジェネレータの出力を可能な限り引っ張り上げれば、ゲブラーの対空網を強引に突破できるぐらいの速度と頑強性を持たせられる。そのぶん操作は難しくなるが、俺かお前なら制御可能な範囲には収まるだろう。
現時点でのクーデター勢力の防衛力が本国のゲブラーを上回るとは思えん。であれば、目的地さえ分かっていれば「行き」についてはなんとでもなるって寸法だ。
……おそらく実行者は俺とシグルドのペアになるでしょう。まずは夜闇に紛れて、ブレイダブリク近郊のレーダー網ギリギリの地点まで接近します。タイミングを見計らいブースターユニットに点火、俺の操縦で防衛部隊を適当につまみ食いしつつ、一気に目的の東棟まで突っ込む。東棟でターゲットを回収したら二人をコックピットに乗せた上でもうひと飛びし、シグルドの誘導で隠し通路の入り口まで可能な限り近づいて降りる。
通路を使う目処が立ったら俺が殿を務め、乗り捨てたギアのスレイブ・ジェネレータを暴走させてふっ飛ばせば証拠隠滅と追手の妨害を同時にやれます。ついでにシグルドの碧玉《目ン玉》検出装置も闇に葬れて一石三鳥。
あとは隠し通路経由でユグドラシルに乗り込み、このアジトにまで無事戻ってくるという流れになります。かなり端折ってますが。どうでしょう?
「なるほど……。しかし、その作戦ではあまりにラムサス様が危険ではありませんか? お手をお貸しいただけるのは有り難いのですが、これはあくまでファティマ家に所縁ある者たちの問題。シグルド殿のご友人にそこまでリスクを負わせるのは憚られます」
言い出しっぺは俺ですので責任は負わせてください。現時点で目立った功績のない自分の売り込みがしたいという打算もありますから、そのへんはお気になさらず。
……なんだかんだ手塩にかけたギアをオシャカにするのは、ちょーっともったいない気がするけどな。とはいえ、子ども二人の身の安全を考えると道中の護衛がお前さん一人じゃ流石に心許なかろうし、ここは一発派手に散っていただこうってことで。なぁ?
「……ちょっと待ってくれ、カール」
あぁん?
「思うんだが、お前のあの反則技が使えるなら、やりようによってはもっと大掛かりでもいいんじゃないのか? ゲブラーの本格介入はまだ先なんだろう。だったらこっちの戦力をギア一機に留めず、少し時間を掛けてでもソラリス製量産機クラスの一個中隊程度を確保してしまえばいい。そうすればお二人の救出に留まらず、シャーカーン側の戦力を急襲殲滅してブレイダブリクを奪還することも……」
シグルドの物言いに、俺は思わず両目を見開いていた。
塵閣下の記憶でも。ここ一月あまり、俺自身がこいつと関わったなかでも。シグルド・ハーコートという人間は、基本的に冷静かつ柔軟な男だという印象を持っている。それは原作における彼のイメージとも合致している。
無鉄砲なバルトに対し、それを諌める冷静沈着なシグルド。左右逆の眼帯やガラリと異なる髪の毛の色など、見た目でも対象的に描かれた二人は、ご先祖のロニ・ファティマとレネの気配を混ぜて選り分けたような、魅力的な兄弟として描写されていた。
もちろんシグルドだって完ぺきではない。夜逃げのときは結構な出たとこ勝負だったし、原作でも潜砂艦時代のユグドラを飛ばせてイドにぶつけるという無茶をやっている。加えて今はまだ年齢相応の血気盛んさも残っているんだろう。
でも、それらはバクチを打つべき時には躊躇いなく打つという類のもので。今のように焦りから逸ってしまうような場面とは概ね無縁だと思っていたのだ。
そう、こいつは今、逸っているように見える。よりにもよって、救出対象の安全をおざなりにする提案をしてしまうくらいには。それはまったく「らしく」なかった。判断軸がブレているところもおかしいし、だいたい、シグルド・ハーコートから家族愛や兄弟愛を削ってしまったら、いったいそこには何が残る?
キャラクターの崩壊だ。別に相手をフィクションだと見なしたいわけじゃない。目の前にある一個の人格として、素直に違和感が拭えなかった。
……待った待った。スマンそれは無理だ。
「何か問題があるのか?」
言って無かったがアレなあ、弄ったジェネレータを自分の近くに置いとかないと危なくて使えたもんじゃないんだよ。
書き換えたマーカーの数字を維持するにはこっちが観測し続ける必要があって、一旦意識の外に行っちまうといつ元通りになるかが分からん。運転中にジェネレータの出力がいきなり下がったらその時点で良くてシステムダウン、悪けりゃボカンだ。自分とその僚機くらいならまだなんとかなるだろうが、作戦行動させるだけの機数を安定して維持するってのは、味方に爆弾チョッキ着させて敵陣をウロウロさせてるのと変わらん。やれるやれない以前にやりたくないぞそんな作戦。
しかしシグ、お前さん妙に焦ってないか? 大事な弟くんのおウチが心配なのは分かるが。こういうときほど冷静さが重要なのは何事も同じだと思うぞ。
「そうか……。分かった、確かにそれでは、バルトロメイ殿下と、マルグレーテ様の救出に的を絞るべきだな。話の腰を折ってすまなかった」
バルトロメイ殿下、の部分を強調されたような気がした。
作戦目標として最重要だから、というより。俺の「弟くん」呼ばわりを咎めるようなニュアンスだった。
◆
ともあれ、大まかな指針は決まった。俺の特攻式救出作戦にメイソン卿のゴーサインが出たのだ。
細かい日程の調整と必要機材の都合を付けたら、その後ニサン側の顔役とのブリーフィングに回し、最終的な裁決が下されるとのこと。
作戦自体はおそらく問題なく通るだろう。言っちゃ悪いが、ギア戦の基礎知識が不足している今のニサン側に技術的、軍事的観点から俺のプランの有効度を見極められる人員が居るとは思えない。それに、仮に本作戦が失敗したとして、失われる可能性が高いのは俺とシグルドの命、それから俺からの持ち出しのギア一機が主だ。
シグルドは表面上王家近衛の下っ端にすぎず、俺はさらにそのオマケの外部協力者でしかない。つまりニサンから見れば失うものは少ないわけで、だったらとりあえずやるだけやらせてみるかとなる公算は高いよーに思う。
……なんだか言ってて悲しくなってくる部分がないではないが。それでもまぁ、本作戦が成功しさえすれば、こっちを見る目も少しは変わってくるだろうから良しとしておこう。
しかしやはりシグルドのことは気にかかるなあ。あいつ、このまま放っておいても大丈夫なのか?
原作中のやり取りは覚えているが、実際「若の家だから取り戻したい」というだけなら、さっきのような変に逸った提言は出てこないはずだった。俺の視点から見て、何かしらビミョーに捉え違いがあるような気がする。
思えばここにくるまで実務的なお話ばかりを交わしてきた。あいつの拠って立つ志や家族に対する思い入れとかを、しっかり生の声で聞いてこなかったのが響いている形か。
シグルド・ハーコートから見たバルトロメイ・ファティマ、マルグレーテ・ファティマの両名について。今更ながら、ちゃんと把握しておいたほうが良さそうだ。
今後のためにも必要だし、それに見方によってはなかなか興味深い話でもある。前なら口を噤まれていただろうが。今であれば少しは話してくれるかもしれない。
適当に酒でも飲ませて、そこのところをとっくり語っていただくとするか。
……って、あいつ体質上酒飲めないんだったわ。そもそも俺含めてアルコールは年齢的にアウトじゃねえか。
うーん、なんか口の滑りを良くするものってないもんかねえ。