塵閣下になりました   作:あーぷ

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穴開き袋の袋のネズミ

 

 

「殿下! ご無事ですか! バルトロメイ殿下! マルグレーテ様!」

 

 コクピットを開け放した途端、シグルドが叫びながら飛び出していった。つーかあの野郎、人の髪の毛鷲掴みにして取っ手代わりにした挙げ句、思いっきり肩口踏みつけて行きやがった。シャトルランのスターター扱いされたせいで割とマジで痛い。未だ鉄火場なのに肩甲骨にヒビでも入ったらどうしてくれる。

 

 とはいえ半狂乱になるのも無理はない。なにせ目的地がものの見事に倒壊している。おっとり刀で出撃してきた国軍量産機のアヴェ01が先ほど突然墜落し、事もあろうに王城東棟に向かって突っ込んだのだ。操作ミスだか整備不良だか知らないが、よりにもよってなんでそこにピンポイントで落ちるんだ。

 

 東棟は尖塔が半ばでポッキリ逝っており、伐採済みの針葉樹みたいになっている。大地震後の崩落現場もかくやの惨状で、これでは兵士以外の犠牲者も一人二人では済まないだろう。

 

 クソッタレめ。覚悟はしていたつもりだが、実際目の当たりにすると流石に堪えるものがあるな。

 

 

 

 それでもここは敵の本丸だ。思考を直ちに切り替える。シートベルトを外し、エーテル防護膜を展開すると、鞘付きのロングソードを片手に後に続いた。片膝立ちのギアから飛び降り、石畳のテラスを走り抜ける。追いついた先ではちょうどシグルドが歪んだ正面扉を蹴り開けるところだ。

 

 嫌な気配がした。とっさに駆け寄る。シグルドの前に立ち塞がり、反射的に急所を庇うのとほぼ同時に、乾いた激発音の連なりが響いた。

 

 殴りつけられるような続けざまの衝撃。おそらくテラスの逆側から斉射された短機関銃だろう、ガードした腕に何発か貰ったが、コンバットスーツと防護膜を挟んだおかげでかすり傷で済んだ。お返しとばかりに電撃のエーテルを右手のアンダースローで放り投げ、発砲してきた警備兵をスタンショックで沈黙させた。

 

 作戦行動に支障はない。さっき踏まれた肩のほうがまだ痛むくらいだ。

 

 エーテルパワー様々だな。自分でやってて何だがもはや人間業とは思えん。極まってくると生身の人間が巨大ロボットを殴り倒す世界だというのをまざまざと思い知らされる。

 

 シグルドはシグルドで、前蹴り一発で頑丈そうな鉄扉をアッサリ破壊してしまった。両開きの片側が蝶番ごと吹っ飛んでいき、奥の壁にぶつかってひどい音を立てた。頭に血が上っているおかげで実に良い威力……ていうか、あの熊も真っ青な脚力で俺はさっき踏まれたのか。

 

 そりゃ豆鉄砲よりよっぽど身体に響くわけだわ。ホント何してくれてんだこの野郎。

 

 

 

 

 

 

 幸い囚われの二人は無事だった。事前情報通り地下側にいてくれて良かった良かった。緊急事態に右往左往していた見張りの兵士を剣の鞘とウィップの柄とで張り倒し、軟禁部屋からそれぞれ助け出す。いくぶん衰弱してはいるものの、二人とも健康状態はそこまで悪くなさそうだ。

 

 バルトロメイ・ファティマとマルグレーテ・ファティマ。バルトの方は片目が無事な以外ゲームのビジュアルをそのまま小さくしたような風貌だが、マルーは焦げ茶色の髪の毛をセミロングにしているせいで原作よりも女の子らしさが伺える。

 

 真夜中に叩き起こされた都合、どちらもアラビア風のゆったりした寝間着を着ているが、着替えさせる暇なんぞあるわけないのでこのまま行ってもらうしかないだろう。

 

 俺らに向かって警戒心を顕にし、マルーを庇って前に立つバルト。五歳児マルーも怯えてしゃがみ込んでいる。シグルドが跪いて殿下付き近衛騎士シグルド・ハーコートでございますとかなんとか言っているが、残念ながら当然というか、向こうは憶えがないようだった。

 

 ……そりゃまぁ年齢的に言って無理があるわな。二歳児の記憶なんて霞越しみたいなもんだ。原作でも碧玉を使ってみせるまで特に疑いすら持たれていなかったあたり、肉親同士の直感が働くというのも虫のいいファンタジーに過ぎないらしい。

 

 

 

 予想できたこととはいえ、スッパリ忘れられていることにショックを隠せない白くて黒いの。今後の展開を思えばニヤニヤしながら見られる光景ではあるんだが、残念ながら今は遊んでる場合じゃない。

 

 ちょいと失礼するぞ、と言いつつお子様二人の後ろに回り込み、米俵二俵の要領で小脇に抱えた。シグルドが目を剥くが無視だ無視。

 

「きゃっ……!」

 

「うわっ。何しやがる! はーなーせー!」

 

 はいはい、悪いが詳しい説明は後な。メイソンのオッチャンが君らを待ってる、とっととここからズラかろう。シグ、退路の確保は任せたぞ。

 

 

 

 

 

 

 抱えた二人と一緒にギアに乗り込み、再駆動と同時に大きく跳躍。下部モニターにブレイダブリク王城のパノラマが広がる。レーダーの助けを借りつつ周囲を索敵すると、急襲時に黙らせ損ねた外縁部警備のアヴェ01部隊が追いついてきているのが分かった。

 

 手撃ちの小銃弾が生身のエーテル防御すらまともに抜けない時点で警備兵は物の数ではない。しかしギア部隊に殺到されると流石にヤバい。シグルドが抜け道の準備を済ませるまで、何とかこの場を保たせる必要があるらしかった。

 

 バーニアを吹かして降下位置を調整し、王城中央楼閣北東部の物見台の上に乗り上げる。ギアの大質量で天井が抜けないかが心配だったが、おそらく防御用の城塞を兼ねて設計された堅固な骨組みは20カーン近い重さをしっかり支えてみせてくれた。物見台の縁から少し距離を取り、バックに王城の中枢部が来るように陣取って構えた。

 

 ここなら容易に撃ってはこれないが、代わりに四方から囲んで防衛線を上げていくことで、相手はこちらを袋のネズミにすることができる。

 

 そう思わせられればしめたもんだ。なにせ袋の底には隠れた穴が空いている。散々っぱら遅滞戦術かました上で、中のネズミは見事にドロンと行くことにしよう。

 

 

 

 後部座席に行っていた火器管制を取り戻し、肩と腰に備え付けられた砲門を制御する。腰の左側と頭部のチェーンガンは急襲時に被弾してオシャカになっているので、残る火力は旧式のエーテル砲三門だ。ギアの内部機関を経由させることで搭乗者のエーテルパワーを増幅して打ち出すこの類の武器は、少量の燃料と精神力だけで連射が効くので場持ちがいい。

 

 急襲時のようにきめ細かなコントロールが要求されると話は別だが、今はそのあたりは程々でも大丈夫だ。

 

 そう、無理に直撃させる必要はない。むしろ粗雑な撃ち方を心がけるべきシチュエーションだった。跳ねっ返りの暴走の結果に見えるように。つまりは逃げ場を失ったマヌケの悪あがきに見えるようにだ。

 

 ローラーダッシュからのジャンプで突っ込んできた一機に火線を集中して撃墜して見せると、案の定敵部隊は突出するのを止め、急所に直撃を喰らわないよう物陰に潜んだ。

 

 もともとエーテル防御の特性上ギアに実体弾は効果が薄い。牽制射撃でこちらを釘付けにした上で、囲んで接近戦で仕留めるつもりだろう。

 

 ギア戦のセオリー通りの行動と言える。現場指揮官には花丸と赤点をセットでくれてやりたい気分だった。これなら時間稼ぎには十分だ。

 

 

 

 ……それにしても、旧式砲だけあってエーテル感応波のバックファイアがえげつないな?

 

 敵さんからの斉射が掠めまくるのも相まって、安普請なコックピット内が想像以上にエキサイトしだした。

 

 騒音と衝撃波の往復ビンタ。後部座席に押し込んだ子ども二人へのエーテル防御を慌てて強めるが、防げるのは肉体的なダメージだけでメンタルアタックが素通しなのが大変マズい。

 

 しまったなあ、固定砲台化して乱射するとこうなるのか。いいとこ小学生な後ろの二人にとって、こいつは刺激が強すぎる。

 

「た、たすけてぇ! ママぁ、パパぁ!」

 

「マルー大丈夫か!? おいオッサン、もっとマトモにやれねえのかよ!?」

 

 ……いやホントすまん。ケガだけはさせないよう頑張るからしばらく我慢してくれい。オッサン呼ばわりは業腹だが今だけは許す。

 

 

 

 無骨なオーケストラは数分に渡って続いた。シグルドの持つマーキングセンサーの座標はとっくに中央楼閣に到達している。頭部カメラを回転させて後ろ斜め下をモニターに表示すると、楼閣中心部に位置する噴水池の喫水が、暗がりの中で確かに下がっていくのが分かった。

 

 あそこが入り口か。よし。

 

 フォーメーションの位置取りから指揮官機の見当は付けてある。城壁の影から断続的に射撃を繰り返しているアヴェ01。そいつが半身を覗かせるタイミングを見計らって、手持ちのブレードを振りかぶり、回転を付けてブン投げさせた。

 

 派手な飛翔音が空をよぎる。続いて金属同士が衝突する鈍い音をセンサーが拾った。一撃必殺とはいかなかったが、指揮官機にそれなり以上のダメージは与えられたようだ。

 

 投げ込んだ方角からの射撃が止み、包囲網を狭めるペースも僅かに鈍る。

 

 すかさず物見台からギアを移動させ、噴水池に向かって、上半身を乗り出すような姿勢で着地させた。水が抜け終わった底の隅にはこれ見よがしな下り階段が現れている。シグルドがコックピットの降り口近くに駆け寄るのがモニターに映った。

 

 俺は後部座席を振り向くと、なるべく戦場から距離をとった和やかな雰囲気を出すようにして、一言告げた。

 

 さあ、二人とも。とっととここからオサラバするとしよう。

 

 

 

 

 

 ◆

 

 

 

 

 

 かなり上の方でくぐもった爆発音が聞こえた。

 

 先ほど仕掛けたスレイブ・ジェネレータのオーバーロードがしっかり完了したようだ。地面経由で振動がここまで伝わってくるが、緊急用のエレベータはこの程度では止まらない。それでも、噴水池周りとその近くに設置された網膜リーダーは今ごろガレキの山と化しているだろう。

 

 アクヴィ・エリアの港町からこっち、半月ほど付き合ってきたあのギアもこれにてお役御免となった形だな。

 

 心持ち上を見あげ、しばし黙祷をする。そういえばまだ名前も付けていなかった。見た目はゴテゴテで操縦性も酷かったが、それについてはどちらも乗り手側の都合が原因だし、相当シフトアップさせたジェネレータの出力に耐えきるだけの基礎スペックはちゃんと備わっていた。

 

 ワガママなカスタマイズに耐えられるのは良品の証だ。終始動かしづらかったとはいえ最後までまともに動いていたあたり、信頼性についても悪くはなかった。

 

 古代ゼボイムの量産機。総じて言って、良い買い物だったということなんだろう。

 

 

 

 ちなみに、下り続けるエレベータの中には、さっきからすすり泣きの声が響いている。

 

 やっぱりというか何というか、さっきの戦闘で相当怖がらせてしまったらしく。マルー嬢はシグルドに横抱きに抱えられたままヤツのコンバットスーツの胸元をグシャグシャにしているし、バルトの方も俺の背中で普通に涙目の模様。重ね重ねスマン。

 

 ニサンについたら専門医に診せないといけないな。子ども時代の酷い出来事はトラウマになってこびりつく。ストレス反応由来でノイローゼにでもなられたら大事だ、メンタルケアはなるべくしっかりした人間を付けて念入りに……。

 

 

 

 ……ん?

 

 そこでふと思い至る。バルトが妙に健康だぞ? いや健康なのは全然良いんだが、原作だとシャーカーンにムチ打ち食らって救出時点で死にかけてたんじゃなかったか?

 

 実際それがトラウマになり掛かっていたために、シグルドがムチの扱いを教え込むことで恐怖を克服するという荒療治が施され、その結果シャーシャーうるさいムチ使いバルトが誕生する。そんな流れが今後予定されていたはずなんだが。

 

 原作よりも救出が早まっていることから、まだムチ打ち拷問タイムが始まっていなかったということかもしれない。しかし、それだとバルトに対する扱いが軟禁途中でガラリと変わったことになる。しかもクーデター勃発からだいぶん時間が経った後になってだ。

 

 原作での奪還作戦がどれだけ準備に時間を要したのかはわからないが、年表ではシグルドのソラリス脱出と同年になっていたから、いくらなんでも半年以上掛けられたってことはないだろう。

 

 クーデター時から二ヶ月以降、八ヶ月未満のあいだに、シャーカーンのバルトに対する方針が、変わった?

 

 

 

 何かあるな、これ。俺は首だけで振り返って、背中に抱えた王子様に対して尋ねることにした。

 

 ……なあ殿下。

 

「な、なんだよ?」

 

 酷なこと聞くかもしれんが、ちょっと教えてくれ。お前さん、マルーちゃんとあの棟にずっと押し込められてたってことで良いのか? 他に誰か、一緒に捕まってた人はいなかったか? 親戚の人とか、お父さんの部下とか。

 

「わかんねぇ……。マルーたちがこっちに会いに来てくれてたときに、いきなりサイショーってやつの兵隊が、ダンワ室にぞろぞろ入ってきて。俺もマルーも母上から引き離されて、あの部屋に閉じ込められて、そのまんま」

 

 ふんふん。

 

「毎日メシとか持ってきてくれるメイドが、別の棟にも早く持っていかなきゃとか、言ってたとは思うけど……てか、なぁ、父上が死んだってのは本当なのか? 母上もどこいったんだ? マルーの母さんと婆ちゃんは?」

 

 スマンな、俺らの仕事は殿下たちを助けだすことだから、それ以上のことは詳しくは分からないんだ(シグルドが何か言おうとしたが俺から発言で被せに行った)。しかしそうか、別棟にもか。

 

 それで、お前さんのところにそのサイショーが直接来たことはなかったんだな?

 

「ああ、あの部屋に入ってくるのはメイドだけだったよ。見張りのヘータイはいつもと違ってぜんぜん口聞いてくんねェし、外にも出られねェし。毎日毎日、マルーと一緒に本読むくらいしかやることなくって、もー、ホントにうんざりしてたんだ。母上たちのことは心配だけど……オッサン、助けてくれてサンキューな」

 

 おう、何にせよお前さんが無事で良かった。メイソンさんのことは知ってるみたいだな。とりあえず今から彼のところに行って、そこからニサンまで着ければもう安心だ。悪いが、それまではまだしばらく我慢してくれよ。

 

「ン、わかった。……おい、マルー! 良かったな、ニサンに帰れるぞ!」

 

「グスッ……ほ、ほんと?」

 

「本当ですよ、マルー様。このシグルドとそこのカールが、必ずやあなた方を無事にニサンまでお連れいたします。どうかご安心を」

 

 

 

 

 

 

 お辛かったでしょうがもう大丈夫ですから何卒お泣き止みを、とか何とか言っている子守り一名はまぁ置いといて。

 

 シャーカーンの行動指針を考えてみる。

 

 

 

 私欲にまみれた理由でクーデターなんかをやらかすようなやつが、前政権のメンツを直ちに処刑せずに残しておくメリットは何か?

 

 慈悲の心なんてあるわけがない。すべては政略的な効果を狙ってのものだ。王と王妃は真っ先に処刑が公表されたと聞いている。おそらくそれは対抗勢力の士気をくじくため、戦略上の必要性に駆られてのものだったろう。

 

 残った王家の縁戚や重臣は、諸々の事情で順番に消されるか懐柔されるかしていっているとして……どうしてバルトがここまで無事に残っているのか。

 

 マルー嬢はともかく、バルトはとっとと消さなければいけない人間のはずだ。何しろ王家の直系の遺児。おまけに唯一の公的な男子と来ている。文明レベルや政治体制を考えると、王未満王妃以上の重要性はあるだろうし、その上すでに両親を処刑済みなわけで、もはや懐柔もクソもない。

 

 なのに、優先度の低い他の連中より現状後回しにされてしまっている。

 

 消す順番として明らかにおかしかった。何かしらの裏事情が噛んでいる可能性は高いだろうと思う。

 

 

 

 シャーカーンに待ったを掛けられる存在があるとすれば……それは彼の操り手であるソラリス、ひいてはガゼル上層部をおいて他にない。

 

 バルトとマルーはギア・バーラーの乗り手だったロニ・ファティマ並びにレネ・ファティマの直系子孫だ。彼らのアニムス因子を引き継いでいる。そしてアニムス因子には、世代を重ねるほどより強く発現する傾向があるらしい。

 

 500年前の大戦で身体を失い、代替品を強く求めているガゼル法院にとって、二人の献体はファティマの至宝=アニマの器と並んでかなり重要度が高いはずだ。

 

 そのあたりは原作ソラリス潜入時の流れによっても裏付けられる。ガゼル法院にとっての優先度はバルト>エドバルトであり、政治的な危険性の度合い、つまりシャーカーンの殺意レベルで考えるとエドバルト>バルトとなる。

 

 であれば、エドバルト以下を処刑してバルトだけ残しておくのは、シャーカーンよりも上の視点で見た場合には一応理屈が通っているか?

 

 

 

 だいたい、年齢一桁の子どもを何ヶ月単位で拷問に掛けたらまず生き残れないわけで、その時点でもともと頭をひねるような話ではあった。

 

 察するところ、原作でのムチ打ち拷問は、クーデター時に捕縛した人的ストックを一通り消費し尽くして、それでも尚ファティマの碧玉の情報が出てこなかったことでしびれを切らしたハゲ三号が、最終手段というか、苛立ち紛れに下した半ば八つ当たりに近いものだったんではなかろうか。

 

 最初から殺害は許可されていなかったが、それでも痛めつけてやりたかったと。原作の死に際のセリフからして、王子という身分に対してみっともないジェラシーを感じていたようだし。

 

 多分に推測混じりではあるが。クーデター後しばらくして方針が変わったように見える構図になっているのは、おそらくそういった理由によるものだと考えられる。

 

 

 

 ……てぇことはだ。現時点ではまだ、前政権の中枢メンバーが生き残っている可能性はかなり高いんじゃないか?

 

 原作よりも奪還作戦が早まった都合、人間のストックが切れるまでに何ヶ月かのラグが発生している。王家とは比較的縁遠い大臣や官僚なんかは翻意させられれば人材として美味しいし、あるいはマルーの家族のように、多国間関係におけるカードや火種になりうる顔ぶれはなかなか殺しづらいものと思われる。

 

 さっきバルトの言っていた別棟、もしくは地下牢あたりに、殺害予定リスト下位の面々がかなりの人数残されていても不思議はない。

 

 

 

 今回、メイソン卿たちが握っていた情報はバルトとマルーについてのみだった。加えて作戦がスピード勝負だったことから、二人以外の生き残りについては努めて考えないようにしてきた。

 

 しかしこうして可能性が浮上してくると、第二、第三の救出作戦の見込みが立ってくる。

 

 戻ったらアジトの連中と情報を突き合わせて、早急に今後の方針を練ったほうが良さそうだ。

 

 今回俺たちが早期に二人を救出することで、王党派残党は原作よりも余力を残すことができている。そのあたりをしっかり活用すれば……救出作戦再びで、俺たちの状況を大きく好転させられる人材を、死中から拾い上げることが出来るかも知れない。

 

 たとえそこまでは望めなかったとしても。元武官のメイソン卿が王子の家庭教師を務めるという、今後予定される極めて厳しい懐事情をいくぶん改善するくらいにはなるはずだった。

 

 

 

 

 

 

 エレベーターはしばらく直下に降った後、方角が変わってまっすぐ東向きに進んだ。そのまま五分近く直進し、ようやく止まった。

 

 開いた扉の向こうは真っ暗闇で、シグルドもここから先の詳細は知らない。まだグズっているマルー嬢をシグルドから引っ剥がすのは酷だろう。

 

 バルトを背中から降ろしてエレベーターの床に立たせ、俺が先頭になって警戒しつつも先を踏んだ。

 

 

 

 非常用の電源を探り当てるのに少し掛かった。手探りでスイッチを押すと、非常灯が灯り、薄ぼんやりながらも周囲の光景が明らかになった。

 

 辺りの空間は思いの外広く。突如開けた視界に、そしてその先の光景に、斜め後ろを歩いていたバルトが思わず息を呑むのが分かった。

 

「……すげぇ」

 

「これがユグドラシル級か……。見事なものだな」

 

 シグルドが目の前に横たわる艦影を見上げて言った。うーん、確かに。

 

 300シャールをゆうに越える艦体。流線型のフォルム。鈍色の装甲いかめしく、威風堂々とはこのことかってか。

 

 

 

 それにこの隠しドック、設備自体もなかなかのものだ。

 

 ユグドラシル級が停泊可能なドックに艀、奥には大型機械用のハンガーもある。流石にソラリスのものには及ばないが、全体的に見てブレイダブリクの他の施設より遥かに良い造りをしている。

 

 確か原作のブレイダブリク東側には大掛かりなゲブラー軍事基地があったように思う。エレベータの経路もだいたい合っているし、おそらくあの基地の地下部分は、この空間をそのまま流用して設えたものなんだろう。

 

 そう考えるとここも上のように綺麗サッパリ吹っ飛ばしといたほうがいいんだろうが……規模を考えるとちょーっと無理があるかなあ。ヘタに喧しくしてまだ上でわちゃわちゃやってるシャーカーン兵に勘付かれてもマズいし、今日のところは立つ鳥跡を濁さずといくか。

 

 

 

 艦橋を渡り、ユグドラシル級の上部ハッチに至る。しかしハッチの蓋は固く閉じられており、代わりに近くには網膜情報のリーダーらしきものがひっそりと据え付けられている。

 

 たぶんそれこそがセキュリティの最終チェックだった。このフネを操るものの身の証として。他ならぬファティマの碧玉をこの場に示せということだろう。

 

「バルトロメイ殿下。ご足労ですが、どうかこちらに」

 

 シグルドがマルー嬢を抱えたまま前に進み出ると、振り返ってバルトをリーダーの傍に呼び寄せた。どうやら脱出劇の最後の一手は、我らが王子様に打たせるつもりのようだった。

 

 なんだかんだで一同未だに追われる身。お前がとっとと自分でやりゃーいいのに、と思わんでもなかったが。情報公開をゴリ押ししてブン殴られたくはないので、今は大人しく口をつぐんでおくことにする。

 

 

 

 ……あー、大丈夫だぞ殿下。俺はそこらへんしっかり存じ上げてるから。気にせず堂々やってくれい。

 

 

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