「いやぁ、凄かった」
選抜レース。ウマ娘がデビューを目指して自らの力と矜持を示す絶好の機会だ。強さが着数に以前に直結し、実力がタイムに現れる。こんなに分かりやすいことはない。ただ、一つ気がかりだったのは……
「あの黒髪のウマ娘がレースをボイコットか……頑張って練習してたのにな」
そう、前日この選抜レースに出ると聞いていたあのウマ娘が出場していなかったのだ。しかも、噂によると理由は怪我や体調不良では無く"ボイコット"。彼女なりの理由があってのことなのだろうが、偶に夜遅くに一人で必死に練習してるの見かけた事もあったのに一体どうしたのだろうか。
(もう夜か……)
今日のレースのデータをまとめていたらもうこんな時間である。ウマ娘達は今日はレース直後で疲れてるのだろう、校舎や寮の外に彼女らの姿は見当たらない。
ーー『うん、うん……!で、出る……ライス出るよ……今度の選抜レースに出る……!!!』
「……」
そんなウマ娘、ライスシャワーの言葉をふと思い出す。そんな時だった
「バカバカッ!ライスのバカッ!」
急に聞こえた聞き覚えのある声、びっくりして俺が声の方を向くとそこには目を真っ赤にして大泣きするライスシャワーの姿があった。耳をへたらせる彼女を月明かりが照らす。
「決めたのに……ライスはレースに出るって自分で決めたのに……」
ーー『他人にも、世界にも、運命にも……!決めさせちゃダメだ』
「……」
「なんで、なんで私はこんなにダメな子なの……?」
確かにちょっとネガティヴでナーバスな子なイメージではあったがまさかこんな時間に一人で泣いているとは思わなかった。多分、相当悔しいんだろう。
「久しぶり、大丈夫か?ライスシャワー」
俺はついにほっとけなくなって声をかけた。なんか……もし今日このまま一人で泣いていたら完全に折れてしまいそうな気がしたから。
「え……あっ、あなたはあの時の……と言うか、名前……」
「俺は今日のレースにウマ娘スカウトしに行ったトレーナーだぞ?君みたいな有力ウマの名前くらい把握してるって」
そう言いながら俺はゆっくりとライスシャワーに遠くから近づこうしたその時
「ご、ごめんなさいそれ以上はこっちに来ないで……またあなたを不幸にしちゃう……それにライスはレースに出てない……」
一瞬そう言われ、俺は止まった。だけどもう少しだけ歩み寄り3歩先くらいで再び止まり俺は口を開いた。
「なんだよ、まだ何も始まってないのに悲劇のヒロインのつもりかよ?」
「……そ、そんなこと」
「これは別に貶してる訳じゃない。だってまだ悲劇も喜劇も何も起きてない。まだ君は何者にでもなれると言う話をしたいんだ」
「……ッ!」
「そこで泣いているだけじゃそれこそダメダメだよ」
「分かってるよッ!!!だから怖いの……確かに私は何者にでもなれるかもしれない。でも同時に……!私は何者にもなれないかも知れない。私はレースで私がダメダメなままだと証明しちゃうかも知れない……」
急に声を荒げたライスシャワーに一瞬たじろいた。凄い形相だった。彼女がここまで眉をしかめ、目を見開き、真っ赤にさせて……でもダメだ。俺は悔しいなら立ち止まらずに走れと、ここで伝えてあげなきゃこの子の可能性を棒に振る……!
「君はダメダメなんかじゃないッ!」
俺はそう伝えたが、ライスシャワーは嗚咽を交え、頭を抱える。
「ダメダメだよッ!ライスは……いつもこうやって未来の可能性に縋り続けちゃうの……そんな自分が大嫌い……」
段々と弱々しくなった彼女の声、遂には言葉も途絶えた。風の音が良く聞こえるほどの数秒間の沈黙の後、俺は口を開く。
「なるほどな……まあ、君の言い分は納得したよ。辛かったんだな。でもーー」
「……?」
「ーー君自身は納得していない」
ライスシャワーは顔を上げると同時にゆっくりと首を横にふり始める。
「そんなこと……全部ライスがダメダメだから悪いんだよ……そこに異論なんて……」
「……じゃあなんで泣いてんだよ」
小さくではあるがはっきりと俺はそう言った。
「っ……」
「今、納得賛成大万歳なら笑えよ。でも君は今、泣いている。このクソみたいな現状に実際何かを感じているから、そんな顔しているんだ。今、ヘラヘラ笑ってるよりかは大分上等だろ」
ーーこの子には自覚はないが、確実にどこか狂気的な熱を持っている
「……」
「あのな、ライスシャワー?未来の自分に縋り続けるやつはそもそも練習なんて続かないんだよ。君は今でこそ何者でもないが、ダメダメでない事なら過去のライスシャワーが既に証明済みだ」
ーーこの執念の花の蕾を、こんなところで枯らすわけにはいかない
「励ましてくれてるのは嬉しいんだけど……な、なんでそんなにライスに優しくしてくれるの……?」
ーーこの子は絶対に、俺が咲かせてみせる
「俺が君が一体この先何者になるのかをこの目で見てみたくなったからだ……ライスシャワー、君をスカウトしたい」
勢いよく風がライスシャワーの髪を逆立てる
「えっ……?わ、私なんかを……?」
空いた口が塞がらないと言う表情で彼女は俺の顔を見つめた。
「そうだ」
すると急に彼女は手で自分の顔を隠した。
「あわわ……な、なんで?ライスはとっても嬉しいけど、こんなだめだめなライスなんかより才能のある子なんて他にも沢山ーー」
「こんな悔しそうに泣く奴を初めて見たからだ」
あたふたとしている彼女の言葉を遮って、俺はそう言う。
「はぇ……?」
「君は恐怖を感じることを弱虫の象徴の様に捉えているのかもだけど全く違う。悔し涙を流せることは確実に才能だよ。その感情はおそらくもう限界だって時に確実に君の背中を押す」
自分を正当化しない。それがどれだけ難しいことか。普通人は責任を押し付けるんだ。なにか理由をつけて都合よく自分は悪くないと思いこむもんなんだ。なのに……この子は行き過ぎではいるもののこんな奴、世界に何人いるだろうか。
「悔しがれることなんて、常識的に考えて走りの才能なんかじゃ……」
「それは違うな。才能を語る時に"常識的"にだなんて……才能はいかなる時も非常識だよ」
「……」
もしも、この悔しさを勝利への衝動に、またはライバルへの滾りに変えられるのだとしたらきっと……
「ライスシャワー。もう立ち止まるのはお終いだ。たった3分と少しで良いんだ。俺と世界に挑もう」
瞬間、風が止む。俺は握手をと手を差し出した。
「嬉しい……嬉しいけど……ライス多分いっぱい迷惑かけちゃうし……」
彼女は戸惑った様子で、俺の手を見つめている。俺はそれを見て軽くため息をついた。
「はぁ……ライスシャワー。君は分かっているようで何も分かっていないから言うけど俺は今泣いてる君を励ましているわけじゃない。なんならデビューしたいんだったら良かったら俺がトレーナーになろうか?と提案をしているわけでもない」
「え……?」
俺はライスシャワーの手首を掴んで引き寄せる。
「ひゃあ!?」
「ライスシャワー、お前を強くしてやるから俺について来いと言っているんだ」
目を見開きライスシャワーは俺の目を見つめた。固唾を飲み、数秒経った後彼女は静かに目を閉じ俯いた。
「ついてく……」
そして、俯きながら静かにそう呟いた。
「そうだ」
瞬間また"あの風"を感じた。あの純粋で優しくて、それでまた黒くて……微かではあるが確実に熱をはらんでいるあの風だ。
「グスッ……私で……良いの……?」
と、シリアスな雰囲気も束の間、せっかく泣き止んできたライスシャワーは再び泣き出してしまう。
「そこについては妥協なんかじゃない。俺が君が良いと望んだんだ」
でも、何というか今の涙は先程までの悔し泣じゃないってなんとなく分かったから俺は優しくそう言った。
「うん、うん……!ライス、ライスついてくよ。それに、多分"ついてく"のは私、ちょっと得意だから」
そう言って、ライスシャワーは俺の手首を掴み返した。
「……変な握手だなっ」
外からみたらどうにも変な状況に俺はクスリと笑った。
「ふふっ……」
そして彼女も釣られて笑顔を見せた。これが俺が初めて見たライスシャワーの笑顔だった。