一九三七年七月、カールスラント帝国某所の片田舎。
その日、街は朝から妙な静けさに支配されていた。
そもそもが主要な街道からいくらか離れた場所にある為に元々静かな街ではあったが、それにしても静寂がすぎた。
例えば、動物たちの気配がしない。もしくは飼っている動物も怯えたように身をすくめる。
例えば、いつも流れる筈のラジオが流れない。どのチャンネルにしてもノイズばかり。
例えば、何となく身体の調子が悪い。いつも朝の挨拶を交わす隣人すらも。
住民達はなんとなく違和感としてそれらを無意識に感じながらも、それぞれの日常を始める。
始めようと、した。
最初に来たのは一条の光だった。
赤い閃光。
それがその街の日常を文字通り破壊した。
爆発音と悲鳴をBGMにそいつらは現れた。
正体不明の人類の敵、ネウロイだ。
大軍勢という訳では無い。しかし、片田舎の街を瓦礫に変えるには十分な数のネウロイが暴れる。
そしてパニックが始まった。
ネウロイから、破壊から、死から逃れる為に住民たちは逃げ惑う。
逃げる、逃げる。しかしただの人間の足ではネウロイから逃れる事はできない。
ネウロイの光線に焼かれる、千切れ飛ぶ、蒸発する。それに対し人間も動物も建物もそれ以外も、等しく逃れる事はできない。
そんな地獄の中、一組の家族が周りと同じように逃げていた。
夫婦と娘の、どこにでもいそうな三人家族だ。
父親が片手で子供を抱え、反対の腕で自身の妻の手を取り必死に走る。
「ハアハア! 急げ、追いつかれるぞ!」
「分かっているわ! けどもう脚が」
「我慢してくれ、死んでしまっては元も子もないぞ!」
夫婦ともに特別身体能力が優れている訳でもないただの一市民だ。果ての無い全力で行うマラソンに体力が持つ訳がなかった。
それでも走るしかない。明確な死が、自分に、伴侶に、そして愛する我が子に迫っているのだから。
脚が止まるのが先か、命が尽きるのが先か。それとも――。
その答えはもうすぐ判明する。
最初に気付いたのは父親の腕に抱かれていた娘だった。
「あ」
破壊と混乱渦巻く街中の騒音に別の音がまぎれ始めたのだ。
それは複数のプロペラ音。
かすかに聞こえてきたそれは、すぐに内臓を震わせるほどの轟音に変わった。
「ウィッチ!?」
周りの誰かが叫ぶ。
ウィッチ。
それはストライカーユニットと呼ばれる機械を装着し、ネウロイと戦う魔女たちの総称。
助けが来たんだ、とまた別の誰かの歓喜のこもった声が娘に届く。
事実、彼女達は銀色のネウロイたちへ応戦を始めて、ネウロイを撃破していく。
だがそれでも住民全てを助けるには至らない。
そもそもウィッチの数が、ネウロイの数に対して圧倒的に足りていない。
その所為で、街全域をカバーしきれないのだ。
更に魔女の箒であるストライカーユニットの性能もお世辞にも良いとは言えない。
この時期にはまだ宮藤理論を反映させたストライカーユニットは実証試験段階である為、マージンを取った戦いをするのであれば、出来るだけ多数対一という数的優位を作ってから戦わなければならず、撃破スピードが足りていないのだ。
それにウィッチたち自身もエースが揃っているという訳でもないごく平均的なウィッチたちであり、必死に戦ってはくれてはいるが、多くを望む事はできなかった。
何もかもが足りない戦場。そしてそのしわ寄せを食うのはやはり、一般人だった。
戦闘の余波による被害も無視できないものだ。
流れ弾やネウロイが墜落した際の衝撃など、新たな脅威が生まれる。
そして件の家族にもそれらは襲い掛かった。
「ああっ!?」
家族のそばにあった建物が倒壊する。
避けきれず、父親の腕から投げ出された娘は通りを転がる。
衝撃と痛みに身体は震え、涙が流れた。
しかしだからといって、ずっとうずくまったままでいることも出来ない状況だというのは幼い身でも分かる。
歯を食いしばり、なんとか顔をあげると、
「おとーさん、おかーさ……!?」
目の前には崩れた建物と、その下敷きになっている両親の姿があった。
「おとーさん! おかーさん!」
慌てて駆け寄り呼びかけるが、二人共気を失ったのか返事がない。
服や腕を掴んで引っ張り出そうとするが、瓦礫に引っかかっていたり挟まっていたりと上手くいかない。
ならばと瓦礫をどかそうと持ち上げようとしてもできる訳もなく。嫌だ嫌だと、力を込めるがどうにもならなかった。
「起きてよおとーさんおかーさん。早くしないと死んじゃうよ!」
動かない。揺さぶっても反応がない。
それどころか足元には血が流れてきた。
「起きて! ねえ、起きてってば!」
広がる血溜まりに気付いて声を荒らげても、二人が目覚めることはなかった。
そんな娘に追い打ちをかけるように、戦闘の流れ弾であるネウロイの光線が瓦礫の山に直撃し、またも吹き飛ばされた。
「…………ッッ!?」
先程よりも長く飛ばされ勢い良く地面に叩きつけられる。今まで感じた事のない痛みに身じろぎ一つままならない。
だが辛うじて首だけは動かせたので両親の方に振り向く。
煙に視界が閉ざされていたが、次第にそれも晴れる。
そうして通った視線の先には、
「え、……ぁ」
なにもなかった。
瓦礫の山も、それに押し潰されていた両親の姿も。
あるのはネウロイの光線が着弾して出来た、大穴だけだった。
その光景を見た娘は静かに涙を流し、静かに意識を失った。
「――――」
次に目を覚ますと既に戦闘は終わったらしく、静寂が辺りを包んでいた。
まだ身体が辛いが、痛みを我慢してなんとか立ち上がる。
周辺を見渡すが、ネウロイもいなければウィッチもいない。生存者すら近くにはいないようだった。
大穴に目を向ける。
両親の事を考える。逃げている道中で見た光景のように、ネウロイの光線によって蒸発したか、身体をバラバラに吹き飛ばされたか。
少なくとも、そんな酷い死に方をしなければならないような人達では無かった。
……なのに、なんで死んじゃったの?
死ぬ。いなくなる。二度と会えない。辛い。悲しい。無力。助けて。痛い。どうしよう。
様々な感情や想いが心の内を渦巻き、それらは徐々に混ざり合って固まり、黒く重いなにかになって心の奥に沈んでいく。
それをなんと言うのか娘には分からない。幼さ故に語彙がない為なのか、そもそもそれを表す言葉がない為なのか。
ただただ呆然とするしかなかった。
そうして暫く放心していたが、やがて彼女は大好きで、しかしいなくなった両親の為に祈りを捧げ始めた。
「……おとーさんおかーさん。ありがとう。さよなら。行くね」
長く、念入りに祈りを済ませた娘は、大穴に背を向けて歩き始めた。
ただただ、抱えきれない程の空虚感だけを胸に。
「報告。本日ネウロイの出現地点へ偵察に行った所、街は壊滅。ネウロイは全て撃破されていましたが生存者はゼロ、迎撃に出ていた友軍も壊滅していました」
「相打ちかしら? ウィッチの死体は?」
「既に遺体処理をした上で彼女達の所属部隊に引き渡しております」
「ふぅん、ご苦労様。全く、人手が足りないからってうちのようなとこにこんな雑務を押し付けるなんて、あそこの部隊ももう終わりかしら。ま、どうでもいいけど」
「それともう一つご報告が」
「ん? なにかしら」
「……帰還中、街からの避難民と思しき少女を保護。現在治療中であります」
「なに余計なことをしてるのよ。捨てておきなさいよそんなの」
「……それが、使い魔と契約しているらしく、魔法力が発現しているそうです」
「へえ、その子魔女なの。しかも状況的に戦争孤児よね? それはいい拾い物したわね」
「…………」
「うふ、その子はどれくらい持つのか楽しみね?」
女が、嗤った。
実はあまり戦争物って見ないんですよね小説に限らず映画とかでも。
唯一映画館にまで見に行ったことあるのが、『1917 命をかけた伝令』くらいで。
ワンカットで撮った風に見えるってのが気になって。
しかももうあまり内容も覚えてないという。