「この五十年、長きに渡るヒュージとの戦いにおいて、君たち防衛軍にとって楽な状況になったことはただの一度もなかった。厳しい戦況の中、戦友が命を落とすその横で、非難とか誹謗ばかりの日々だったかもしれない。ご苦労なことだと思う。だが国家と国民の未来は、間違いなく君たちの双肩にもかかっている。たとえ日陰者の誹りを受けようとも、君たちの常日頃からの戦いが確かに命を救っているのだと、どうか忘れないで欲しい」
内閣総理大臣からの訓示を挟み、横須賀基地観艦式は予定通り実施された。
本来なら相模湾まで出向くところを、東京湾・浦賀水道内でとどめて時間を短縮。また参加艦艇も、海上防衛軍から二十隻と在横須賀米海軍から二隻の合わせて二十二隻という小所帯。
昼前には全ての艦艇が横須賀へと帰港していた。
しかし本番はまだまだこれから。基地祭での警備こそがリリィたちにとっての本当の任務なのだから。
横須賀基地東側の埠頭、係船岸壁の一角で一柳隊のリリィたちが歩哨に立っている。
「こんなご時世に、こんなに人が集まるなんて」
「こんなご時世だからだゾ」
海を背にして基地内を見渡した鶴紗が驚きをもって呟くと、隣の梅がすぐに反応した。
「幾らヒュージが怖いからって、いつも隠れてジッとしてるだけじゃ息が詰まるだろ? だからたまにはこうして、人も物もお金も動かさないと」
「まあ、それは分かりますけど」
「観艦式はそのついでだなー」
「そっちがついでなのか……」
基地内では防衛軍の艦船や武装の展示の他、たくさんの出店が並んで活況を呈している。
横須賀市内は勿論、市外からも集まって来たであろう人、人、人。老若男女に家族連れ。ヒュージとの戦時下を忘れさせるには十分な光景だった。
「梨璃ー、海ばかり見てもつまんない!」
「もうちょっと待ってね結梨ちゃん。もうすぐ交代の時間だからねー」
少し離れた所では、梨璃が駄々っ子をあやすかのように結梨の相手を務めている。
「あははー。お母さんは大変だなあ。早くお父さん連れてこないと」
「そっスね」
カラッとした笑みで一柳母娘を見守る梅。
そんな彼女に、鶴紗はホッとしたよな残念なような複雑な思いを抱く。つい最近、鎌倉の街であんなことがあったばかりなのに、鶴紗に対して変わらない態度で接してきたからだ。
とは言え、それが鶴紗にとって不快なわけではない。むしろ心地好い。だから余計に複雑だった。
「よーし、それじゃあ結梨。ちょっと早いけど一緒に出店へ行ってみるか」
「行くー!」
梅の提案に、結梨は諸手を挙げて喜ぶ。
「梅様、交代はまだですよ!」
「大丈夫だって~。ほら梨璃、あっち。夢結たちがこっちに来てるだろ」
「……本当だ。よく気付きましたね」
「というわけで、結梨をちょこっと借りてくゾー」
「あっ、引継ぎはお姉様たちとすれ違う時にしておいてくださいね!」
そう宣言した次の瞬間には、梅の手は結梨の手を掴んで引っ張っていた。
しかし、やたら目の良い梨璃はともかく、梅もよく気が付いたものだ。鶴紗が詰所のある方を向いても、人影が米粒程度にしか見えないというのに。
「よーし。結梨、まずはこういう時の定番の金魚すくいから教えてやろう」
「うっそだー。それ縁日だよ」
「そうか? じゃあリンゴ飴に綿菓子だな!」
「りんごあめ! わたがし!」
盛り上がる二人は瞬く間に岸壁から遠ざかり、基地内に立ち並ぶ露店の列に向かっていった。途中で出くわすであろう夢結に説教される光景が目に浮かぶようだ。
そんなこんなで、この場に居る人間は一時的に二人だけとなった。
そこで鶴紗は、再び海の方へ向き直り警備に励む梨璃へと話し掛ける。
「全く、騒がしいな」
「あははっ。でも分かる気がします。基地の中でお祭りって、何だがわくわくするもん」
先程と異なり、梨璃は楽しげに表情を緩めていた。結梨の前ではあのような態度を取っていたが、やはり内心では祭りに浮かれているのである。
鶴紗は少々申し訳ない気持ちになった。そんな梨璃に水を差すのが。
「真鶴の時も思ったけどさ」
鶴紗が出す声色の僅かな変化に気付いたのか、梨璃の瞳がキョトンと丸くなる。
「梨璃は防衛軍と一緒の任務は平気なのか?」
「えっ? どうしてですか?」
「だってあの時、結梨は下手したら防衛軍に捕まるか撃たれていたかもしれないのに」
結梨がヒュージと見なされ捕獲命令を出された際、鎌倉府防衛隊が一隊を差し向けてきた。すんでの所で命令が撤回されて事なきを得たが。しかし直後のギガント級ヒュージとの戦いで結梨が死にそうな目に遭ったことを考えると、とても手放しでは納得できないだろう。
「うーん……でもあの時は、防衛軍の人たちも結梨ちゃんのことちゃんと知らなかったわけだし。知ってた百合ヶ丘の皆は本気で結梨ちゃんを捕まえる気はなかったはずです」
「確かに、本気なら生徒会から学院の外へ逃げられるとは思えないな」
「だから、今は平気です。結梨ちゃんに酷いことしてこないのなら」
そう言い切った梨璃の顔に、鶴紗は眩しくなった。
自分には決して真似できないと。
「梨璃は強いな。私には無理そうだ」
「……鶴紗さん?」
「目的のためには協力もするけど、防衛軍も政府も正直嫌いだ。父さんを戦犯扱いして。私は梨璃みたいに割り切れない」
父の名誉のため、父の亡骸の行方を突き止めて墓前で手を合わせるため。そのために父を貶めた連中に手を貸すのは皮肉な話であった。
戦う理由に一柳隊の仲間を加えたことで、そんな皮肉な現実も乗り越えることができていたが。
それでもやはり、軍や政府に思うところがあるのは変わらない。
鶴紗の心情をどこまで察したのかは分からないが、梨璃は掛ける言葉を見つけられずオロオロとしている。これも人の良さの表れだろう。
「梨璃ってさ、人を強く憎んだりできないでしょ」
「そ、そうかなあ」
鶴紗は話を変えることにした。
「例えば梅様に夢結様を取られたら、どうする?」
「取られるって、え? どういうことですか?」
要領を得ないのか、梨璃は顔にありありとクエスチョンマークを浮かべた。
そこでまた質問を少し変えてみる。鶴紗にしては意地の悪い質問に。
「じゃあ私が夢結様のシルトになりたいって言ったら、どう思う?」
梨璃も今度は流石に質問の意味を理解したようだ。目を大きく見開いた後、不安そうに眉を垂れ下げる。
「えっと、鶴紗さんはお姉様と、シュッツエンゲルになりたいんですか?」
「そうだな。夢結様のレアスキルに頼らない戦い方、射撃や剣の技、戦場での立ち回り。同じ
「あっ、で、でも……」
「ねえ、シルト代わってくれない?」
本当に意地が悪い。
梅との間に生まれたモヤモヤがそうさせるのか。だとしたら、とんだ八つ当たりだ。
それとも単純に梨璃と夢結の関係に興味が湧いたのか。だとしたら、とんだゴシップ好きである。
鶴紗は前に工房でミリアムに言われたことを、否定しきれなくなっていた。
「それは駄目っ!」
必死な顔で、叫ぶように言葉を吐き出す梨璃。
「どうして? 私なんかじゃ夢結様に相応しくない?」
「ち、違います! そんなんじゃないです! ただ……」
止めておけば良いのに、鶴紗は追い打ちをかけた。梨璃の反応の続きを見てみたくなったから。
「お姉様のシルトは私がいいんです。私じゃなきゃ嫌なんです。だから、そのっ」
もじもじとしながら歯切れの悪い言葉と態度。
いつもの物怖じしない、お日様みたいな梨璃とは正反対。
そんな彼女の落差を目の当たりにし、鶴紗の中に慣れない感情が湧き起こっていた。何となく居心地の悪い、だけど決して嫌ではない不思議な気持ち。体の奥底からポカポカと温かくなる感じ。
(梅様のことずっとお節介だと思ってたけど。これは、分かる気がする)
不器用なシュッツエンゲルと一途なシルトの間を取り持ち、見守り続けている梅。その気持ちが理解できたかもしれない。梅が二人に遠慮していることも、強く責められないと思えてきた。
(これが、二水の言う
思いを新たにし、鶴紗はわざとらしい仕草で首を左右に振る。
「冗談」
「……冗談? 本当に?」
「本当」
「本当に本当ですか?」
「ほんと、ほんと。いつも梨璃と夢結様が惚気てくるから、その仕返し」
「そんな、惚気てなんていませんよぅ」
「無自覚か」
ホッと胸を撫で下ろしているのが傍目にもよく分かる。
一転していつもの笑顔。純粋に守りたいと思える梨璃の笑顔。
それは結梨にも抱いた感情だった。
やや遅れて露店の列に向かった鶴紗と梨璃は、後ほど喧騒から離れたベンチにて梅たちと落ち合った。
「わあ、一杯買い込みましたねえ」
梨璃が感嘆の声を上げる。
梅の傍らに置かれた紙袋には数多の収穫品。カレーパンや、在りし日の戦艦の名前を冠する焼き菓子など。横須賀名物を中心に、美味しいそうなものをとにかくかき集めたと言わんばかり。
「ふぉらはふぃふぃ、ふぉはふぉふは」
「梅様、食べながら喋るな」
「んぐっ、んんっ……。
鶴紗に突っ込みを入れられた梅の手には、巨大なハンバーガー。瑞々しいレタスと分厚いトマトが重なり合い、ステーキの如くボリューミーな牛肉と共にバンズに挟み込まれている。
梅の隣では、結梨が同じものを頬張っていた。
「結梨ちゃん、飲み物も飲まないと」
梨璃が紅茶の入った厚紙コップを差し出した。
だが当の結梨は食べるのに夢中。顔の輪郭が変わるぐらいにバーガーを詰め込んでいる。彼女の可愛らしい見た目と相まって、誰もがハムスターを連想するだろう。
「鶴紗と梨璃はもう昼飯食べたのか?」
「食べてきました。カレーを」
「ありきたりだなあ」
「ハンバーガーだってありきたりでしょ」
梅の隣に座った鶴紗が憮然として答える。ありきたりと取るか王道と取るかは人それぞれだ。
紙袋に手を突っ込み別の食べ物を取り出そうとする梅をよそに、鶴紗はふと前方からの声に意識を傾けた。
鶴紗たちと同じく休憩中の、メルクリウスのリリィが二人。海軍の夏用軍服を彷彿とさせる白の制服を纏い、向かい側の離れたベンチに腰掛けていた。
彼女らのやり取りは距離のある鶴紗の耳にも届いてくる。
「……いたっ」
「どうしたー?」
「リップ持ってくるの忘れたのよ」
「貸そうか?」
「うーん、人のリップ口に付けるのはちょっと」
「いつも直接付けてるのに」
「それはそれ、これはこれ」
直後に鶴紗は横目で梨璃の様子を窺った。
梨璃は神妙な顔つきで、瞬きも忘れて前を見つめている。彼女の大胆さと行動力を考慮すると、何を考えているかは誰の目にも明らかだろう。
「平和だな」
鶴紗はそう呟くと、ベンチの背もたれに体重を預けて天を仰いだ。
曇りかけてきた横須賀の空。
何とはなしに、目に付いたすじ雲の数を数えてみる。
そんな緩み切った態度を一喝するかのように、耳元に装着するインカムから声が鳴り響く。
「梨璃、皆。ただちに一号埠頭に集合してちょうだい」
冷静な、しかし緊迫した夢結からの指示。梅も鶴紗も梨璃も、遅れて結梨もベンチから立ち上がる。
気が付けば、メルクリウスのリリィたちは既にこの場を後にしていた。
「皆、揃ったわね。早速状況を説明します」
東京湾を臨む岸壁に集った一柳隊総員に、シューティングモードのブリューナクを携えた夢結が口を開く。
「先刻、ここより南方に位置する久里浜の防衛軍観測所が浦賀水道を北上する飛行型ヒュージの大群を確認。横須賀基地を含む周辺海岸部の民間人に避難命令が下されました」
そこで神琳が挙手して質問の許可を得る。
「大群といっても、どれ程のものなのでしょうか?」
「スモール級が600」
「……間違いありませんか?」
「現時点で確認済みの数に過ぎません。今なお増え続けています。敵主力の予想進路は、この横須賀基地です」
夢結の答えに神琳の表情が更に引き締まる。梨璃や二水に至っては口をあんぐりと開けていた。
ただのスモール級ならまだともかく、飛行型が600という数字は非常に重い意味を持つ。その機動力を以って広範囲に散られたら、対処が非常に困難だからだ。
「現在メルクリウスの各レギオンは基地内と周辺の民間人の避難・護衛に当たると共に、他の地域でもガンシップを用いた遊撃戦に務めています。私たち一柳隊の役割は埠頭での迎撃任務。今のところは、ですが」
夢結の説明が終わる。
その頃、基地の港湾部からは、補給作業を終えた護衛艦の各隊が沖に向けて突き進んでいた。
「第2護衛艦隊も迎撃に加わるんでしょうか」
「ええ。この基地を背にして防衛ラインを張るそうですわ。どうもヒュージの主力は海沿いに飛び、陸地での戦闘を避けながらここに迫っているようなのです」
二水の言葉に楓が答えるが、言い終わる前に突如として轟いた大音量が邪魔をする。
基地の内陸から白煙を上げて天に放たれる防空ミサイル。次いで、海上を行く各艦から垂直に飛び出した艦対空ミサイルが東の空を目指す。
それから間を置いて、断続的な爆音が轟き渡る。埠頭からでは子細こそ分からないが、熾烈な戦闘が繰り広げられつつあるのは想像に難くない。
「ところでそんな数のヒュージ、一体どこから来たんでしょうか? まさか、太平洋のネストから?」
「そんな、あり得ませんよ。スモール級の航続距離で太平洋を渡るなんて。ラージ級やギガント級ならもしかするかもしれませんが、絶対日本に近寄る前に気付かれます」
梨璃の仮定を、すぐさま二水が否定した。
「二水さんの言う通りですわね。それにケイブにしても、あまりに長大な距離を隔てたらマギの消費が馬鹿にならない。現実的ではありませんわ」
楓はそう補足した上で、更に自論を展開する。
「これは仮説ですが。日本国内の、例えば甲州や静岡などのネストから出撃した群れが、ケイブによるワープで一旦海上に出てから浦賀水道まで回り込んだとしたら、発見が遅れたのも説明がつきますわ」
「ちょっと待ってください、楓さん。あんな規模のヒュージが、迂回戦術を取ったって言うんですか!?」
「あのヒュージたちの進軍路を見れば、そうだと言わざるを得ません。ケイブは事前に発生を探知できますし、兵力を展開する前にケイブごと潰されたら元も子もないでしょう。ですが海からの接近ならそれは杞憂となりますわ」
驚く二水と対照的に、楓は淡々と語る。確かにケイブは厄介な代物だが、何でもありの万能道具ではない。そうでなければ、人類はとっくに敗北していただろう。
しかし、楓のヒュージに対する物言いは、軍隊に対するそれと遜色が無いものとなりつつあった。
「でも、私たちにできることって、他にないんでしょうか?」
遠く海上で、艦隊の交える砲火の音が激しさを増した頃、梨璃がそう漏らした。
「そうですね。現状、護衛艦だけでは全てのヒュージを迎撃できず、撃ち漏らしが基地や街に達してしまいます。それを水際で完全に食い止めるのは困難でしょう。何よりラージ級が一体でも加わろうものなら、艦隊全滅も十分あり得る事態です」
「そんなっ」
「一つわたくしに考えがあります。ですが、何分突飛な内容ですので……」
梨璃の意思を汲み取った神琳だが、若干言い淀んでいるようだった。
だがやがて一柳隊にもたされた情報により、神琳の躊躇はすぐに霧散する。久里浜からの「ラージ級数体の機影を認める」という情報に。
「迷っている場合ではないですね。楓さん、提案があります。メルクリウスや防衛軍側の賛意も必要な案ですが」
そうして神琳から一柳隊に共有された案は通信を通し、メルクリウス司令部と第2護衛艦隊司令部にも伝達されるのだった。
足元にマギの力場を形成し、跳躍によって水面の上を渡る。水切りの石の如く。
言葉にすると簡単だが、行動に移すのは中々勇気が必要だろう。しかし一柳隊は戦場において、今まさにそれを実行していた。
先陣を切る夢結と梅に続き、鶴紗が何度目かにる大ジャンプで海面から護衛艦の後部甲板に着地した。目的地はまだここではないが、少しだけ足を止めて休息を取る。
甲板で作業中の海軍兵士の内、何人かは信じられないものを見るように目を見開いていた。だが多くの者は一瞥もせず、自身の仕事に集中していた。ヒュージなどと戦っていれば、非常識は当たり前。彼らも第一線の兵士なのだから。
ほんの一時の休息を終えると、鶴紗は再び海上に意識を向ける。
今鶴紗が甲板にお邪魔している護衛艦。やや小振りな、のっぺりとした船体のもがみ型護衛艦から飛び降りて海面を跳ねる。
目的地は、もがみ型より一回りも二回りも大きな艦。
対空砲の射線に入らぬよう、高度を上げずに海面すれすれを連続ジャンプし、すぐ傍に達してから甲板上に跳び乗った。
「くらま型ミサイル護衛艦。対ヒュージ戦に合わせて設計開発された新世代型軍艦の一つです。増強された対空火器と、ヒュージのビームコートを解析して生まれた耐ビーム装甲が最大の特徴でしょうか」
後続のメンバーも辿り着いたらしい。インカムから艦を解説する神琳の声が聞こえてきた。
対ヒュージ戦において、水上艦艇に求められるものは索敵と防空能力、そしてスモール級ミドル級の攻撃にある程度耐えられる装甲だった。
勝ち目のないラージ級以上が相手なら、逃げの一手。そうなると対処すべきなのは、数と機動力に勝る小型飛行ヒュージとなる。
かつて主流だったアウトレンジ思想と船体のコンパクト化は廃れ、船体大型化と装甲強化に先祖返りしつつあった。神出鬼没のヒュージ相手に、アウトレンジで完封するという戦術は都合の良い幻想と化したからだ。
鶴紗は埠頭から出発する前に神琳と楓の間で交わされたやり取りを思い出す。
「ヒュージがマギに惹かれる性質を利用しましょう。わたくしたちが対空火器と防御力に優れたくらま型四隻の甲板に立ち、敵戦力を誘引するのです。リリィが持つマギの防御結界なら、護衛艦の電子兵装や発砲の余波にも耐えられるでしょう」
「戦闘行動中の艦に飛び移る……。まるで壇ノ浦の八艘飛びですわね」
「護衛艦の弾薬も無限ではありませんし、ラージ級はリリィでないと対処できません。被害を抑えて勝利するには、これしかないかと」
神琳の作戦はすぐに他へも伝えられた。
メルクリウスの司令部は割とあっさり賛同してくれた。彼女らのリリィたちが民間人の護衛や他地域での戦闘に戦力を割かれていたのも大きいだろう。
一方で防衛軍の方は大分難色を示していた。だが結局、ラージ級という抗い難い脅威を前に不承不承ながら受け入れるのだった。
「結梨のやつ、大丈夫かな」
ティルフィングを右肩に担ぎながらも、鶴紗はこの海上には居ない少女のことを気に掛ける。
一柳隊による八艘飛びに、結梨は連れてきていなかった。例の如く梨璃の過保護によって、基地に留められたのだ。メルクリウスのリリィたちと共に民間人を守るという、建前染みた言い付けを与えて。
いつものように頬を膨らませて不満そうな結梨だが、意外にも大人しく引き下がった。逆に、それが鶴紗には引っ掛かっていた。
けれども、今は気を揉んでばかりもいられない。一旦は途切れかけたヒュージの攻勢が、再度勢いを増してきたからだ。
「ミサイルで数を減らして、これなのか……」
「でもリッパー種ばっかだなあ。カウダは品切れか?」
くらま型二番艦『いぶき』の後部甲板にて鶴紗が東の空を睨む。同じく『いぶき』に乗り移った梅は表向き楽観的な態度。二人の視界には空を埋め尽くさんばかりのヒュージが映っている。
「では皆さん、艦から艦への移動もあり得るものと思って臨んでくださいまし。ミリアムさんは、例の試作チャームの用意はできていますの?」
「うむ、コアの換装も済んでおるぞ。こいつの対潜砲弾が活躍する状況にはならんで欲しいがの」
「分かりましたわ。それと二水さん、今は護衛艦のレーダーから情報を貰っていますが、今後もそうだと限らないので温存を心掛けてください」
「はい。でも楓さん、くらま型の新型レーダーがあれば私の鷹の目は出番が無いと思うんですけど」
「保険ですわ。本当に、数に任せた力押しだけなら良いのですが」
インカムで指示を飛ばす楓は二水と共に三番艦の『つくば』に居るはずだ。
現在、第2護衛艦隊は横一列の単横陣を組んで後背の横須賀基地を守っている。その中心部に陣取る第5護衛隊のくらま型四隻、『くらま』『いぶき』『つくば』『いこま』の艦上に一柳隊は分乗していた。なおネームシップの『くらま』が艦隊旗艦であり、艦隊司令の座乗艦でもあった。
一柳隊の配置完了後、時を置かずに艦隊の銃火が迸った。艦隊前方の空に弾幕が形成され、近寄るヒュージがあちらこちらで鉛玉の雨に晒される。
くらま型はミサイル護衛艦だが、むしろ近接火器こそ当艦を特徴付けている。小型レーダー複合の20mm多銃身機銃を艦橋前方と後方に合計二基。遠隔操作式の12.7mm機関銃架を船体左舷と右舷に三基ずつ合計六基。海上防衛軍が飛行型ヒュージの接近をいかに警戒しているかが分かる。
それでも迎撃は一筋縄ではいかなかった。
「リッパー種はカウダ型などのペネトレイ種に比べ、確かに足は遅いのですが」
神琳の言う通り、亜音速戦闘機並みの速度を出せるカウダ型に比べ、現在艦隊に襲い掛かっているリッパー種は高速ヘリ程度の速さに止まっている。
「あの独特の形状が被弾面積を減らし、思わぬ抗湛性を発揮するのです」
真ん中が空洞のリング状をした胴体から、鋭いブレード状の脚を四本生やすリッパー種ラマ型。
通常の航空機ならば撃墜されるようなダメージでも、ラマ型は灰色の金属片や青い体液を飛び散らせながらも飛行を続ける。端から空力抵抗など考慮せず、マギの力で強引に飛んでいるので、多少の被弾は物ともしないのだ。
それがまた艦隊から、弾薬と時間を無駄に浪費させることになる。
「ですが神琳さんの意図通り、ヒュージがこちらに集まってきましたわ。これで迎撃しやすくなるでしょう」
散らばっていた敵の群れが艦上の一柳隊を目指して編隊密度を上げる。それを認めた楓が好機とばかりに気勢を上げた。
また、四隻のくらま型も各艦の間合いを詰めていく。弾幕の密度を高めるために。同時に船体前部の砲が火を噴いた。一隻につき一門。しかし驚異的な発射速度と射撃精度で。
固まって狙いやすくなった敵編隊に、127mmの鉄の暴力が襲い掛かる。ただの一撃でラマ型を粉砕し、破片が周囲の敵をも薙ぎ倒す。
それでも潜り抜けてきたヒュージには、一柳隊のチャームがマギの弾丸を叩き込んでいった。
艦橋の真上から一直線に逆落としを仕掛けたり、あるいは海面すれすれを這うように飛んだり。航空機には困難な機動で接近を図るものの、ほとんどのヒュージが空中で爆散するか東京湾へと叩き落とされる。
「突破していったものは無理に追わなくて結構ですわ。陸のお味方に任せましょう」
何体かのラマ型は艦隊の弾幕をすり抜けていくが、楓は捨て置くよう指示した。幾らかの漏れが出るのはメルクリウスの方も織り込み済みであろうから。
ともかく戦況は安定に向かっていた。現状を維持して敵をすり減らしていけば勝てる。
だが『くらま』から入った通信により、その均衡が破れつつあることを知る。
「ラージ級が誘いに乗ってこないそうですわ。このままの進路だと、横須賀の地に上陸されるでしょう」
焦ったように楓が言う。
メルクリウスのリリィならラージ級でも問題はないだろう。伊達に鎌倉府5大ガーデンと呼ばれているわけではない。
しかし避難の済んでいない民間人でごった返す中、戦闘の余波から守り切るのは不可能と言って良いだろう。ヒュージは撃破の瞬間、暴走したマギで爆発を起こすことがある。サイズが大きい者ほどその威力もまた大きい。
「それからもう一点、先程から護衛艦隊を含む防衛軍のレーダーとソナーが機能不全に陥っています。ラージ級を見つけたのは、二水さんの鷹の目ですわ」
このタイミングで、ただの偶然であろうはずがない。
横須賀沖海空戦は新たな局面に入ろうとしていたのだ。