DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第11話 横須賀基地観艦式(後編)

 横須賀の空に砲声と炸裂音が轟き渡る。時が経ってもそれは一向に収まる気配を見せない。ただ、黒煙と炎に包まれながら海にダイブするヒュージが増えていくだけだった。

 迫るラージ級。封じられた索敵兵装。

 悪化しつつある状況に、転機の通信が入る。

 

「第2護衛艦隊司令部よりLG(レギオン)ラーズグリーズ。これより我が第5護衛隊は転進し、ラージ級側面へ展開する」

 

 答えるのは、レギオン司令塔の楓。

 

「こちらLGラーズグリーズ。アドミラル、幾らくらま型の装甲とは言え、ラージ級の熱線を浴びれば十秒も持たないのでは?」

「確かに。しかし他の艦艇や横須賀の市民に降り注ぐよりはマシだろう。これが一番被害が少なくて済む。あなた方には艦上から確実にラージ級を仕留めて頂きたい」

「我が方のリリィだけで先行する手もありますが」

「彼我の距離が大きい。敵の横須賀上陸に間に合わない可能性がある」

 

 楓は返答に迷っているようだった。

 

「これこそが、我々に今できることだ。護衛艦が国民を護らないで一体どうするというのか」

「……承知致しました。お願いしますわ、アドミラル」

 

 決断は下された。

 四隻の護衛艦は舵を切り、一斉に北西方向へと転舵する。

 単横陣から、旗艦『くらま』を先頭に縦一列の単縦陣を組み、増速しつつラージ級の予想進路へと波濤を掻き分ける。

 第5護衛隊の抜けた穴は付近のもがみ型がカバーに入っていた。

 

「迅速に片を付けます。梅様は『いぶき』から先頭の『くらま』へ移乗してください。鶴紗さんは一人になりますが、ラージ級を撃破するまでの辛抱ですわ」

「分かった。すぐに片付けてやるからな」

 

 梅が首肯し、鶴紗に目配せしてから艦を飛び下りる。彼女のレアスキルなら前を行く旗艦に移るのも容易だろう。

 その間にも、くらま型の艦砲はラージ級に向けて発砲し続けていた。

 砲撃時の爆音は勿論のこと、駐退復座機が砲身を前後させる駆動音が耳の奥にこびり付く。

 ラージ級以上に通常兵器は有効でない。マギの防御結界が、マギを含まない攻撃を通さないからだ。それは大型の艦載兵器とて例外ではない。

 しかし執拗な砲撃が敵の気を引いたようだ。

 

「ラージ級、リッパー種ジズ型が『くらま』へ進路を変えました!」

 

 艦載レーダーの代わりに鷹の目で監視を続ける二水からの通信。

 それから暫くして、遠く海上に巨大なシルエットが目に映る。

 ラマ型と同じリング状の体にブレード状の四肢。しかし頭と胴体後方左右にもそれぞれ刃を生やして剣呑さを増している。そして何より、その全長は十メートルにも達していた。

 四つあるジズ型のシルエットから、チカチカとした明滅と共にレーザーが伸びる。

 初めに放たれた四条の光芒は、護衛隊のジグザグ機動で回避されたために、波間に突き刺さって水蒸気を噴き上げるに終わった。

 ところが続く第二射に二番艦と三番艦が捉えられてしまう。『いぶき』の艦橋横に奔ったレーザーが装甲を撫で、溶かし、金属板を醜く歪ませる。『つくば』に向かったレーザーは船体左舷を襲い、前部甲板を囲む手すりと機関銃架、誘導弾のランチャーを纏めて薙ぎ払う。幸いなことに誘導弾の誘爆は免れた。

 

「あいつらは、ちょっと後輩たちには任せられないな」

「梅、合わせるわよ」

「ああ、夢結が先に出てくれ。梅の方が早いからな」

 

 あとから移乗した梅を除き、最初から一番艦『くらま』に乗り込んでいたリリィは神琳と雨嘉、そして夢結。

 その夢結が『くらま』の前甲板を蹴って宙に身を躍らせる。

 もはやチャームの銃火も届く至近距離。アステリオンのレーザーとマソレリックの機関銃弾が盛んに放たれ敵を牽制する。

 夢結の接近に対し、ジズ型は四本の脚を真横に水平に持ち上げると、リング状の胴体ごと高速回転。丸ノコの刃の如く、飛び回る羽虫を切り刻もうとする。

 そこへ砲撃。撃ったのは梅だ。

 バランスと勢いを崩した丸ノコに、真上から夢結の一太刀。今度こそ回転が止まり、ブリューナクの刃がリング状の胴体に突き立てられ、押し込まれて、抉り取るように引き抜かれる。

 単眼から光を失って力なく降下し始めるジズ型。その巨体を踏み台に、夢結は次の獲物を求めて跳んでいく。

 一方、その横を飛んでいたジズ型は夢結を追撃できない。梅に捕まったからだ。

 

「お前の相手はこっちだゾ!」

 

 敵の上に飛び乗った梅は足元にタンキエムの刃を突き立てると、そのままリング状の体の上を円を描くように駆け回る。縮地を用いて、何周か。

 それだけでジズ型の全身は金切り音の悲鳴を上げて、四肢を振り乱しながら墜ちていく。最後はやはり、梅の踏み台となって。

 

「夢結様、梅様! ジズ型が変形します!」

 

 残るヒュージの挙動の変化を察知したのか、二水が叫ぶ。

 ジズ型が二本の前脚を正面でぴったりと重ね合わせ、鋭い刃と成す。ヒュージの巨体そのものが一本の剣となったのだ。

 空を舞う大剣を前に、夢結は逃げない。正面から接触すると、ブリューナクの刃を斜めに構えて敵の刃を受け止める。

 いや、受け止めたのではない。僅かに角度をつけて受け流したのだ。

 金属同士の擦り合う不協和音が鳴り、両者の体がすれ違う。

 すれ違いざま、夢結の片手はヒュージの体を掴み、海に落ちることなく取り付いた。

 

 それは死神。

 ヒュージにとって、死神と形容するほかないだろう。

 

 ジズ型はその身を捻って暴れ回り、死神を振り落とそうとした。しかし逃れられず、至近距離から凶刃に切り刻まれ刺し貫かれていく。

 ヒュージの青い体液が空に振り撒かれる。

 そんなラージ級との戦闘は、遠く艦の上からでも視認できていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれが、初代アールヴヘイムの力なのか」

 

 『いぶき』の右舷甲板にて空を仰ぐ鶴紗が呟いた。

 空中のラージ級が瞬く間に二体、そしてもう二体も同じ末路を辿ろうとしている。

 

「やっぱり、いつもはこっちに合わせてくれてるんだ」

 

 力量の差を嘆きながら、当たり前のことを口走る。

 だがそうしている間にも、自分の仕事は忘れない。波間を縫って海面を滑るように接近してくる三体のラマ型に、射撃モードのティルフィングを向ける。

 護衛艦の射角外を取ったつもりなのか。しかし甲板から見下ろす鶴紗によって、立て続けに撃ち抜かれていく。

 海面ばかりを見ていたが、上もおろそかにはしていなかった。その証拠に、空から降ってきたミサイルにもすぐに対応できた。護衛艦の12.7mm機銃と鶴紗のティルフィングが全てを撃ち落とす。

 『いぶき』上空を覆う爆発の黒煙。その中から、大量の子爆弾が飛び散って鶴紗は目を見開いた。

 甲板に降り掛かったそれらは命中の直後、火炎と熱波で周囲の物を焼き尽くす。装甲こそ貫通できないが、船体が真っ赤に炎上する光景は凄惨の一言。

 煙に炙られながらも、鶴紗はよろめき立ち上がって首を回す。

 

 あのミサイル、どこから撃たれた?

 

 体に奔る不快な感覚。心臓を真綿で包まれたかのような底気味の悪さ。

 

「鶴紗さん! 鶴紗さん!」

 

 通信で二水が呼び掛けてくるが、返事ができない。

 ここより更に沖の方に、ラマ型の編隊に囲まれたそれを見つけた。

 全翼の翼を伸ばし、鋭角的な装甲を備える戦闘機。その赤い一つ目が鶴紗の心臓を射抜く。

 心がぞわぞわと逆立った。

 

「お前は、何なんだ」

 

 初めは取り逃がしたことへの悔恨と怒りだと思っていた。

 

「お前は何なんだよぉ!」

 

 だがこれは、そんなものではない。もっと別の、全く異質な不快感。

 あのヒュージを見ていると酷く苛立ち、恐ろしい。

 その理由を突き止めるべく、鶴紗の赤い双眸は赤い一つ目を睨み付けて離さない。

 それ故、不意に海中から飛び上がってきた円筒形に対処できなかった。

 

「たづ――」

 

 二水の声が途絶えた。

 甲板での爆発によって放り出され、冷たい海中へと沈む。

 かろうじて意識を繋ぎ止めた鶴紗が辺りを見渡した。前世紀はもっと濁っていたらしい横須賀沖も、今ではそこそこ澄んでいる。

 青い海の中で黒い影がゆらりと揺れた。それは見る間に大きくなると、巨体を真っ直ぐ突き進めて来る。輪郭はぼやけてはっきりしないが、敵であるのは間違いない。

 しかしながら、分厚い水の圧力に晒されている鶴紗にできたのは、ティルフィングを構えて盾とすることだけだった。

 

(こいつはラージ級、クラッシャー種。梅様か夢結様、呼ばないと)

 

 衝突の瞬間、敵の姿がしっかりと映り込む。

 甲殻類を模した装甲を纏い、尾びれで水を掻き分ける。頭部は兜のようで、前方には胸びれの代わりに武骨なハサミが伸びていた。

 

(マンタ、じゃない。エビなら、ロブスターか……)

 

 そんなことを考える最中、全身に叩き付けられた激しい衝撃で、鶴紗の意識は海中の闇に吞み込まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは過ぎ去った過去のこと――――

 

「安藤旅団長は、一兵でも多く静岡から逃がすために踏み止まって指揮を執ったのです。そのために、司令部ごと玉砕してしまった」

 

 父の率いる旅団に所属していた兵士の言葉。中等部の頃にゲヘナから解放された後、鶴紗は幾人かの人間から同じ話を聞いていた。

 玉砕と言っても、旅団全てが文字通り全滅したわけではない。逃げ切れなかったのは旅団司令部と護衛の歩兵大隊に戦車大隊。そして勿論、旅団長自身。

 

「気が付いた時には手遅れだった。一か八か突破を仕掛けるしかなかった。ですが当時の政府は静岡陥落のスケープゴートを欲していたし、防衛軍も度重なる敗戦で威信を失っていたのでそれに反対できなかったのです。その結果が、戦犯呼ばわり」

 

 ひょっとしたら、娘の自分に気を遣ってそう言ったのかもしれない。だが軍内での緘口令に背いてまで吐く嘘とも思えなかった。

 だから鶴紗は政府も軍も嫌いであった。

 

 もういいじゃないか。

 炎に巻かれ、海に沈められ、そこまでして守る必要がどこにあるのか。

 

 鶴紗の中にそんな思考が沸々と湧き上がってくる。

 たとえ艦を撃沈されても、一柳隊(みんな)だけならどうやってでも助かるだろう。なのに、死ぬような目に遭ってまで、軍の船を守らなければならないのか。

 

「もういい」

「十分だ」

「諦めろ」

 

 繰り返し、繰り返し、自分自身に言い聞かせる。これは鶴紗の中から出てきた言葉。彼女自身が訴えること。

 けれど、それだけではない。

 

「父さんは凄いね。防衛軍で皆のために戦ってるんだ」

 

 鶴紗の記憶が、薄れかけたセピア色の過去を蘇らせる。

 

「父さんは皆を守ってるんだ」

 

 幼い子供の、周りも現実も見えていない子供の戯言かもしれない。

 しかし鶴紗の心が求めているのは、本当はこちらの方だった。

 最初にできた戦う理由は、父のため。ではどうして父のために戦おうと思ったのか。父のどんなところを尊敬してたのか。

 思い出す。

 

「――――わたくしたちは己にできることを成そうとしているのです。――――わたくしにはその自負があり、レギオンの(みな)もそうであると信じていますから」

 

 ついでに余計なものまで思い出してしまった。

 鶴紗はクスッと笑う。

 そうして誰かさんの言う『できること』を見つけようとして、ふと気付く。水の中にいるはずが、妙に騒がしいことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鶴紗っ!」

 

 名前を呼ばれた。インカムはまだ生きているらしい。

 

「鶴紗、お主の土左衛門など、誰も見たくはないぞ!」

 

 幼いような老成したようなこの声は、ミリアムのものだ。先程から騒がしかった原因だろう。

 

「起きたか。足は大丈夫か? 泳げるか?」

 

 続いてすぐ後ろから梅の声。

 それを聞き、鶴紗は自分が立ち泳ぎする梅に抱えられているのだと気付いた。

 

「大丈夫、泳げます。私、どのくらい寝てました? 状況は?」

「多分五分も経ってないゾ。今はミリアムが海の中のヒュージを攻撃してる。百由が作った試作チャーム、結構役立ってるみたいだな」

 

 話を聞きつつ鶴紗は梅の手から離れ、自ら海面に浮かぶ。

 短時間とは言え気を失っておきながら、水はあまり飲んでいなかった。ということは、梅がすぐさま駆けつけて引き上げてくれたのだ。鶴紗はそう思い至り、内心で梅と梅の抜けた穴を埋めたであろう夢結に感謝する。

 

「鶴紗、お前は艦の防御に回れ」

「いや、私もあいつを倒します」

「おいおい、無理してるんじゃないのか」

「無理は、しませんよ。無理しないから梅様手伝って」

 

 鶴紗がジッと見つめてそう訴えると、梅は軽く唸って黙考する。

 二人のやり取りは肉声だ。インカムは当然使っていない。ところが二人の耳に、タイミングを計ったかのような通信が飛び込んでくる。

 

「ミリアムさんの砲撃だけでは致命打になりませんわ。鶴紗さん、まだ戦えるようなら戦闘に復帰してください。梅様は鶴紗さんの援護を」

 

 司令塔からの指示に、梅はやれやれと肩をすくめる。どこか楽しげに顔を緩めて。

 

「うちの司令塔は相変わらず人使いが荒いなあ。で、具体的にはどうすればいい?」

「梅様は『いぶき』の艦上から監視と援護射撃。鶴紗さんには撒き餌となって頂きますわ。アレを仕留めるには、引き寄せてから一撃をお見舞いしなければ」

「分かった」

 

 了承の返事をした途端、梅は海面から跳んで護衛艦の甲板へと移動する。

 一方、鶴紗は遠方の海上を見渡した。そこには移動するように断続的に立ち昇る水柱。ミリアムが持ち込んだ例のチャームが見えないはずの敵を追っていた。

 

「あやつにこのトリアイナの銛を撃ち込んでやったのじゃ。クラウドマギコントローリングシステムのお陰で、銛が奴の現在地を発信しておる。水の中でも追跡できるぞ」

 

 ミリアムが誇らしそうに言う。

 本来、クラウドマギコントローリングシステムはコアから分離したチャームのパーツにマギを届けるための共有マギ力場を構築するシステム。擬似的な二刀流を実現するのに使われている。

 百由はその効果範囲を拡大させ、発信装置の機能を組み込んだのだ。色々と制約もありそうだが、応用できればチャーム開発に大きな風穴を開けられるかもしれない。

 

「はははっ! やはりわしの百由様は天才じゃな!」

「ミリアム、あいつを私の方に誘導できる?」

「よし、やってやるぞ!」

 

 興奮気味だが思考は冷静のようだ。ミリアムの作り出す水柱が、水面下の敵を追い立てるような位置取りに変わる。

 射撃に迷いは見られない。砲弾炸裂の深度調整は自動で働いているのだろう。

 その様は正しく追い込み漁。

 獲物を捕らえる網の役割を果たすべく海に浮かぶ鶴紗だが、ふと全身に違和感を覚えた。

 

「体が、軽い……?」

 

 それは、かつて百合ヶ丘に襲来した特型ギガント級と戦った時に感じたものと同じだった。

 レアスキル『カリスマ』の力。

 

「お姉様、鶴紗さん、皆頑張ってください!」

 

 神琳のテスタメントで効果範囲を広域化しているらしい。カリスマの恩恵を一柳隊全員が受けているようだった。

 水の中でも、嘘みたいに体が動く。これならばあのラージ級とも戦える。そう確信した鶴紗は勢い良く水面下へ潜った。

 心なしか、肌を刺す海の冷たさが和らいでいる。これもカリスマの効果なのか。だとしたら、梨璃の人柄を表しているようだ。

 そんな鶴紗の視界に再び黒い影が映る。もはやミリアムの誘導は必要無い。影は鶴紗を標的と定めてぐんぐんと距離を詰めてくる。

 ラージ級の、エビを模したクラッシャー種の両のハサミが開いた。

 それを視認した鶴紗は迷わずレアスキルを発動させる。

 

 ファンタズム――――

 

 幻視した光景に従って更に深く潜る。

 直後、鶴紗の頭上を()()が奔った。目には見えないが、不自然な水の揺らめきが敵の攻撃を証明する。

 続けざまにラージ級の頭部装甲が上下に開いた。従来のクラッシャー種なら、そこに隠し持っているのは巨大な破砕機。幾枚もの回転刃で、クラッシャーの名前に違わず全てを破壊する。

 だが対峙する敵が見せたのは回転刃ではなく、無数の筒。発射管。

 大量の気泡を巻き起こしながら、発射管全門が凶器を放つ。先程艦上の鶴紗を叩き落としたのも恐らくこれだ。魚雷なのかミサイルなのか。マギを推進力とするそれは、どちらでもあるのだろう。

 

(梅様っ……!)

 

 言葉を出せない水中で強く念じた。

 ファンタズムの幻視は味方にも共有される。だから鶴紗の見た光景は艦上の梅にも見えているはず。共有は信頼が厚いほど、確度が高い。

 信頼は確かだった。

 海面の上から光の奔流が突き刺さり、水中での減衰を物ともせず鶴紗を襲う魚雷群を薙ぎ払う。タンキエムの高出力砲撃だ。

 それでも数本の魚雷が生き残り、迫る。

 鶴紗はティルフィングを眼前で構え盾とした。

 突き刺さる魚雷の爆発でガタガタと震える刀身。それは一瞬持ち堪えた後、亀裂が走り、ガラスのように砕け散った。

 

(ミリアム、お前の言う通りガタがきてたぞ)

 

 飛び散った破片が鶴紗の白い頬を切り裂き、水に濡れた制服を破る。

 それでも思考は冷静に。爆風で後ろに流されながらも、魚雷に続いて接近する敵を見つめる。

 十分に距離が詰まった時、鶴紗が前に出た。マギを利用し、水中を飛ぶように泳ぐ。カリスマがその動きを加速させる。

 鶴紗の手には砕け散ったはずのティルフィング。

 しかし砕けたのは大剣としての姿であり、そこには確かに小さく短い刃があった。

 

 ティルフィング第三の形態、ショートブレードモード。

 

 その小剣を両手で逆手に握り、突っ込んでくるラージ級の背に振り下ろす。

 瞬間、青い体液を垂れ流し、ラージ級が釣り上げられた魚の如く暴れ狂う。

 握ったチャームの柄を鶴紗は離さない。獲物の背に乗り、その獲物が海中から海面上へと飛び跳ねても。両手からチャームへマギを込め続ける。

 

 やがて、両手の握力が緩み出す直前に、鶴紗の体がティルフィングごとラージ級から引き剥がされた。

 

「やっぱり無理するんじゃないか」

「梅様が、居るから……無理じゃない……」

 

 息も絶え絶えの鶴紗は梅の小脇に抱えられたまま、動きを止めた巨体が波間に流されていくのを見届ける。

 ちょうどその頃、増援を含めた六体目のジズ型が撃破されていた。これにより横須賀基地の戦闘態勢が解かれ、警戒態勢へと移行する。

 未だ各地に散ったヒュージは残っているが、規模は小。差し当たっての脅威は取り除かれたと判断された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤焼けの光に陸地も海も照らされる中、哨戒中の隊を除く護衛艦たちが横須賀基地に錨を下ろしている。

 基地の方は慌ただしい。戦闘こそ終結したが、基地祭の片付けを含む事後処理に追われているために。

 そんな横須賀に、一柳隊は護衛艦隊に便乗して帰還した。現在は旗艦『くらま』の士官会議室に集まっている。長机にたくさんの椅子、大きなテレビモニター付きの艦内では比較的広い部屋。休憩スペース代わりに一柳隊へ開放してくれたのだ。

 各々が体を休める中、ミリアムは好奇の瞳で室内を歩き回っていた。彼女は疑問に思うままを、案内役を買って出た小太りで丸顔の艦長に問い掛ける。

 

「艦長殿! 艦長殿!」

「おう、どうした嬢ちゃん」

「艦内でやたらと見かけるこのモップは何なのじゃ? 何やら大事そうに手入れされとるようじゃが」

「そいつは海軍伝統、掃布だな」

「ソーフ?」

「そいつの扱い一つ見れば、練度や生活態度に心の有り様、兵の全てが分かる。絞った時に出てくるのは水だけじゃない。水と一緒に大和魂がドバっと出てくるんや」

「まるで意味が分からんぞい」

 

 賑やかなやり取りの一方で、艦隊司令官の草鹿中将は軍帽を脱ぎ、楓とその後ろの一柳隊へ深々と頭を下げた。

 

「あなた方のお陰で民間人とリリィから死者を出さずに済んだ。あれだけ大規模な攻撃を受けて、これは奇跡と言っても良い。ありがとうございました」

 

 わざわざ「民間人とリリィ」なんて言い方をするということは、それ以外、防衛軍からは死者が出たのだろう。

 けれどもこの場では誰も指摘しない。これもある種の気遣いだった。

 

「楓さんの言葉通り、我々にできるのは被害を最小限度に止める選択を見極めること。指揮官としては避け得ざることだ」

 

 司令は相対する楓に対して続ける。

 

「それでも昨日、あんな態度を見せてしまったのは、子に先立たれる思いを友にまでして欲しくなかったから。軍人に有るまじき振る舞いだった」

「心中お察し致しますわ。父への気遣いも、本人が知れば友諠を確かにするでしょう。感謝致します」

 

 ですが、と楓が言葉を返す。

 

「結局はどこかの誰かが傷付くのです。であるならば、傷付く者たちを一人でも多く減らしたい。わたくしたちにはそれが可能だと思っております。そうですわね、梨璃さん」

「あっ、はい! そのつもりです!」

 

 司令塔らしからぬ理想論。いつもの楓なら逆に窘める立場のはず。

 しかしリリィの存在は人々にとって希望である。希望ならば時に理想も示さねばならない。

 そしてそんな理想を大真面目に実現しようとするのが他でもない、一柳隊の隊長なのだ。

 鶴紗は机に出されたお茶請けの饅頭を頬張りつつも、楓たちの話に黙って耳を傾けていた。

 

「さて、我々はそろそろ失礼するが。あなた方はもう少し休んでいくといい。日没には基地の方も落ち着くだろう」

「そうさせて頂きますわ。こちらに一人、寝坊助さんがいるもので」

「どうか彼女にも礼を伝えて欲しい」

「承りました」

 

 司令と艦長が退出した後、楓も部屋を後にする。

 生憎と隊長の梨璃は戦闘報告書作成のために机に齧り付いていた。時折、横からお姉様の駄目出しをもらいながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「全く、呆れましたわ」

 

 『くらま』艦内の静かだった個室に大きな嘆息がこぼれる。

 士官用の個室のベッドで天井を仰いでいるのは二水だった。

 最初こそ医務室に居たのだが、大事無いと分かってからはこちらに移されている。医務室を空ける意味合いもあるのだが、同時に艦長からの配慮でもあった。実際、当人にとっては医務室よりも気が楽なようである。

 

「倒れる寸前まで鷹の目を使い続けるリリィがどこにいますの」

「あはは、面目ありません……」

 

 戦闘中に突如として機能不全を起こした艦隊のレーダーに代わり、二水はレアスキルによる索敵に専念した。

 それは戦闘が集結し、レーダーが正常な動作を再開させても続けられ、基地への帰還途上に二水が鼻血を垂らしながら膝をついたことで終わりを迎える。

 あの時は皆、何事かと騒いだものだ。マギの大量消費と極度の疲労が原因であり、休養を取るだけで済んだのだが。

 

「でも、悔しいじゃないですか。特型の存在に気付くのも遅れて、海中のラージ級も見逃して。私は、私にできたはずのことができなかったんです。私の役目なのに」

「あのような乱戦状態で敵一体一体の判別が遅れるのは当然ですし、鷹の目で水面下まで見通すのは本来不可能。なのにあの後、その場で、俯瞰視野の焦点を水中に切り替えるなんて芸当、普通は思いついても実行できませんわ」

「あれだって、通常視野と水中視野でいちいち切り替えが必要なんですよ。それに慣れないことしたせいで、マギを無駄に消費しちゃいました」

 

 謙遜などではなく、心からそう思っているのだ。二川二水という少女はどうにも自己評価の低いところがあった。

 ベッドの傍らに立ち腕組みする楓。彼女はもう一度、今度は小さい溜め息を吐く。

 

「まあ特型をまたしても取り逃したのだけは遺憾ですが。ただそれはそれとして、横須賀基地とメルクリウスと、草鹿提督からも感謝のお言葉を頂きましたわ」

「そうですねえ。夢結様や梅様、皆さんも大活躍でしたからねえ」

「はぁ……。一応、念のため言っておきますが、勿論二水さんも含まれていますのよ?」

「えっ?」

「えっ、じゃありませんわ。いいですこと? 一度異常が起きた機器は整備点検するまで安心できないもの。そんな中で鷹の目が警戒に加わったことは、これ以上ない安心感を与えたはずですわ。貴方が艦隊を無事に帰したと言っても過言ではないでしょう」

 

 楓にそう言われて多少は自信が持てたのか。二水はベッドの上で照れ臭そうに身じろぎする。

 

「皆さんのお役に立てましたかね?」

「ええ、そうですわね」

「……楓さんのお役にも?」

 

 恐る恐るといった様子で尋ねてくる二水を見て、楓は何かを察したように口の端を持ち上げる。

 

「ははぁ、成る程ですわ。さてはチビッ子、ご褒美が欲しいんですのね?」

「はっ? いや、そういうわけでは……」

「仕方ありませんわねえ」

 

 楓がニヤリと笑った顔のままベッドの横から屈み込む。

 百合ヶ丘の制服を押し上げる豊かな胸が眼前に広がって。二水は思わず目を瞑る。

 直後に、前髪が揺れて梳かれる感覚。

 二水の頭は包み込まれるように撫でられていた。

 

「チビッ子なのだからしっかりお眠りなさい。艦を降りる時に起こして差し上げますわ」

 

 そう言われはしたが、言葉通り眠れそうにはなかった。

 二水は布団を深くかぶる。赤くなった顔を隠すため。ただし楓の手の邪魔にならないよう、おでこから上は露わにするのだった。

 

 

 

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