DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第13話 絆

 耳に押し当てた携帯電話から流れてくるのは無情な音声ガイダンス。梨璃の求める無邪気な声は微塵も聞こえてこない。

 

「……駄目、やっぱり繋がらないっ」

 

 耳から離した携帯を握り締め、梨璃は焦燥を滲ませる。

 焦燥がやがて恐怖と慟哭に変わるのは想像に難くなかった。

 

「昨晩メルクリウスに泊まられたのは確かなのですね?」

「ええ、昨日確認を取った通り。今朝方、京急本線の逸見駅に向かったところまでは確かだそうよ」

「電車に乗り込むまでの間に、何かあったと見るべきですね……」

 

 梨璃からやや離れた所で話し合っているのは夢結と神琳。二人とも表面上は平静を保っているが、梨璃の方を気にしているのは明らかだ。

 

「私も探しに行きます!」

「それはもう話し合ったでしょう。この横須賀基地にひょっこり帰ってくる可能性もあるから、誰かが残るべきだと」

「でも、もしヒュージに襲われてたらっ!」

「だからこそよ。今の梨璃を戦いの場に出すわけにはいかない。今は皆を信じましょう」

 

 夢結は両手で梨璃の両肩を包み込むように押さえ、どうにか落ち着かせようとする。

 

「夢結様、梨璃さん。わたくしはもう一度防衛軍を当たってきます。目撃情報が上がっているかもしれませんので」

「お願いします、神琳さん」

 

 夢結の返答を受け、神琳が一柳隊のために用意された控室を後にする。

 現在、この三人以外のメンバーは横須賀基地には居ない。手分けして捜索に出ているからだ。いつまでも戻ってこない結梨を求めて。

 

「やっぱり昨日の夜、ちゃんと声を聴いておけばよかったんです。ただの電池切れだって、どうして軽く考えちゃったんだろう……」

「過ぎたことを悔やんでも仕方がないわ。皆が、梅たちがきっと見つけてくれるから」

 

 横須賀基地の危機が去った翌朝のこと。

 大きな脅威こそ排除したものの、横須賀とその周辺では未だ小規模なヒュージの襲来が五月雨式に続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 横須賀基地南方に伸びる線路に沿って、鶴紗は北西方向へと走る。道中は少しばかり山がちであり、朽ちかけた石垣がレールに並行するよう続いていた。

 この辺りも一旦は放棄された土地でありながら、メルクリウスの活躍で徐々に住民が帰還しつつあった。元の姿を取り戻すにはまだまだ時が必要だが、それでも確かな前進と言えるだろう。

 

「こんなことに、なるなんてっ」

 

 アスファルトを蹴りながら、鶴紗は悔しさに唇を噛む。

 しかしながら、今のこの事態を全く予見できなかったかと言うと、それは怪しい。前々から結梨が皆と同じように任務に参加したがっていたことは分かっていた。意見する者も居た。

 だが結局、他のメンバーは梨璃の判断に任せて深く突っ込もうとはしなかったのだ。あの時、由比ヶ浜の海岸で、結梨を失った梨璃の悲しみを目の当たりにしていたから。一体誰が梨璃の過保護を責められるというのか。

 

「結局、梨璃が悲しむことになってるじゃないか」

 

 まだ結梨の反発が原因と決まったわけではない。しかし鶴紗も皆も確信を持っていた。後ろめたさ故であろうか。

 心持ち足の動きを速める鶴紗の前に、石垣から人影が滑り降りてくる。分かれて様子を見に行っていた梅だ。

 

「こっから暫くは、ヒュージと出くわさなかったゾ。……結梨も見なかったけど」

「そうですか……」

「掴まれ。一気に飛ばすゾ」

 

 そう言われて、鶴紗は梅の背中に背負ってもらう。梅のレアスキル、縮地によって移動距離を稼ぐために。

 

 一柳隊の捜索活動は横須賀基地からメルクリウスのある横須賀新市街にかけて実施されていた。

 雨嘉と鷹の目を持つ二水のコンビが視界の開けた沿岸部を担当。楓とミリアムは沿岸部と京急本線の中間地帯を捜す。梨璃と夢結、神琳は不測の事態に備えて基地に残留。そして鶴紗と梅が最も敵に遭遇する可能性の高い内陸部を当たっていた。

 最初の襲撃、横須賀沖での戦いから流れてきたラマ型は既に、ほとんどがメルクリウスと防衛軍によって討たれていた。むしろ問題なのはそれ以外。この機に乗じてケイブや陸路でやって来たヒュージたちの方だった。

 不幸中の幸いか、確認されているヒュージは少数のミドル級とスモール級のみ。ラージ級は認められず。だからと言って、決して安心できるものではないが。

 

 縮地による数舜の移動の末、二人は新たな捜索場所に辿り着く。

 この地もまた、ヒュージのせいで主たちに見捨てられた家屋が立ち並ぶ土地。先程まで駆け回っていた所よりも数段荒廃が進んでいる、廃墟と呼んでも差し支えない場所だった。

 

「ここも怪しいな。ヒュージが出るとしたら、こんな所だ」

 

 そう言って梅がタンキエムをシューティングモードで構え、廃墟群に向け歩き出す。

 一柳隊は何も当てずっぽうで動いているのではない。結梨の抱えていた不満からして、彼女がヒュージ討伐に向かう可能性は高い。そのためヒュージが出没しそうな地域を優先的に探しているのだった。

 

「鶴紗は無茶するなよな。チャームがそんなんだし」

 

 梅の忠告はもっともだ。

 鶴紗の右手に握られている今のティルフィングは短剣、ショートブレードモード。元に比べると随分頼りなく見えてしまう。

 予備のチャームを受領してコアを換装する手もあったのだが、鶴紗はこんな(なり)でも使い慣れたティルフィングを選んだ。

 それにいざとなったら、強化リリィである彼女には奥の手があった。

 

「大丈夫。ブーステッドスキルで傷も癒えたし、チャームも何とかなるから」

「それが無茶だって言ってるんだよなあ……」

 

 強化施術によって人為的に付与されるブーステッドスキル。鶴紗も持っている超回復能力のリジェネレーターをはじめ、非常に強力なものが多い。

 ただ、傷が無くなっても痛みまで無くなるほど都合良くできてはいない。体はともかく心には相応の負担が掛かる。

 しかしそれでも――――

 

「梨璃が、悲しんでたから」

 

 今にも泣き出しそうだった桃色髪の少女。

 誰よりも笑顔の似合う少女。

 そんな彼女のお節介に救われたのは鶴紗だけではないはずだ。

 

「それに夢結様だって」

「ああ、そうだな。結梨にまた何かあったら二人とも悲しむからな」

 

 梅の左後ろから続いて廃墟の中の道を歩く。

 拙い言葉で想いを表そうとする鶴紗に対し、梅は全てを察しているかのように応じる。

 

「夢結は今まで散々辛い目に遭ってきたんだから。これから先、幸せになったって罰は当たんないだろう」

「梅様……」

「梨璃だってそうだ。夢結のために、皆のためにあんなに一杯頑張って。だからご褒美があってもいいはずだ」

 

 しっかりとした足取りで前を行く梅の後ろ姿を、鶴紗はジッと見つめていた。

 考えてみれば梅と夢結の付き合いは、鶴紗と梨璃や結梨たちとの付き合いよりも長い。潜った修羅場、味わった辛酸もずっと多いだろう。

 そんな梅が何も感じていないはずがない。

 ただ、梅が冷静なお陰で、鶴紗はこうして思いの限りに動けている。

 梅はいつだって一柳隊の先輩だった。

 

「それに、結梨にだって教えてやりたいことや食べさせてやりたい物がまだまだあるんだ。今だってどこかでお腹を空かせているかもしれない。早く迎えに行ってやらないとな!」

 

 梅が力強くそう宣言する。

 鶴紗は沸々と自信が湧いてきた。ファンタズムなしでも光明が見えた気がした。「この人がここまで言い切ったのだから」と、強く信じることができた。

 

 そうして何軒もの家屋の横を通り過ぎたところ、突然くぐもったアラーム音が鳴る。二人の制服、そのポケットの中から。

 百合ヶ丘女学院支給の携帯電話に備わったヒュージサーチャーが警告を発していたのだ。

 

「梅様!」

「多分、どっかの路地だな。梅が先に行くから、離れてついて来るんだ」

 

 携帯に搭載されているサーチャーはあまり性能の良いものではない。近くにヒュージが潜んでいて、大まかな数と方角を知れるのが関の山だろう。無いよりはずっとマシではあるが。

 そういうわけで、こんな入り組んだ場所では索敵しながら戦う必要がある。

 二人は確実に、しかし迅速に終わらせるべく駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 初めてその子に出会った時は、ただ驚くだけだった。

 同じ時を過ごしていく内、懐かれた。お姉様も自分のことをこんな風に見ていたのかと想像する。

 運命だと思った。自分と彼女が出会ったのは。

 彼女を一度失った時、体のどこかが、目には見えないどこかがぽっかりと開いたようだった。あの感覚はよく覚えている。

 

 もう一度失ったら、その時は――――

 

「梨璃、梨璃」

 

 横から掛けられた声に、梨璃の意識が思考の渦から引き戻される。

 

「基地の中に戻りなさい。もうずっと立ちっぱなしでしょう」

 

 夢結に窘められる。少しだけ厳しい口調で。

 梨璃と夢結が立っているのは、横須賀基地の西門を出た丘の上の木陰。北西に伸びる国道がはっきりと見渡せる。

 

「お姉様……。でも、結梨ちゃんを待っててあげないと」

「それで倒れてしまったら、出迎えることもできないのよ。逆に結梨を心配させるだけ」

 

 しかし梨璃はその場から動こうとせず、口を強く結んで俯いた。

 夢結は夢結で二の句を告げられずに黙ってしまう。何と声を掛けようか考えあぐねているのか。ただ、無理に手を引っ張って連れて帰ろうとはしなかった。

 

「私、結梨ちゃんのために何かしてあげられたんでしょうか」

 

 やがて梨璃がぽつぽつと話し始めた。

 

「由比ヶ浜の戦いでも守ってあげられなかったし、お揃いの髪飾りもまだ見つけていない。私って口ばっかりで何にもできてないんです」

 

 珍しく弱気。珍しく自虐的。

 そんな梨璃に、夢結は重くなっていた口をようやく開ける。

 

「梨璃はどうして、あの子のために何かしたいと思ったのかしら」

「それは、えっと、どうしてでしたっけ」

「なら、あの子のことをどう思っているの?」

「家族……家族になりたいって思ってます。生まれなんて関係ない。結梨ちゃんと、本当の家族みたいになりたいんです」

 

 それは夢結に対する恋慕ともまた異なる気持ち。

 梨璃にとって家族とは、今も甲州で避難生活を送っている生まれながらの家族を指していた。これまでは。

 取り立てて意識したことのない家族という存在。一般的な家庭、それも幸福な家庭ならば誰だって強く意識はしないだろう。

 そこに現れた例外が結梨だった。

 

「だけどっ、その結梨ちゃんがまたいなくなったらって思うと!」

 

 胸の前で両手を握り締めるように重ね合わせ、梨璃はあの時を思い出す。

 

「またあんな思いをしたくない! またあんな思いをしたら、生きていけないっ!」

 

 閉じた瞳から滴が流れる。

 想像した結末は最悪のもの。だが一度は経験したために、それは真に迫ったものだった。

 夢結は一歩二歩と近付いて、梨璃のすぐ前までやって来る。

 けれども夢結は梨璃の涙を拭うでもなく、彼女の両肩に手を乗せて上を向かせようとする。

 

「梨璃、あの子も今の貴方と同じ気持ちだとは思わない?」

「えっ……?」

「私たちの帰りを待っている時の結梨だって、同じ不安を抱えていたはずよ」

 

 夢結の手に掴まれた肩がピクリと上下する。

 本当は分かっていた。分かっていたが、起こり得る恐怖を前に結梨の気持ちを二の次にしていたのだ。そのツケをこうして支払うはめになってしまった。

 

「家族なんでしょう? だったらあの子の想いにも、ちゃんと向き合わないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人の光が消えて久しい荒れ果てた町の中を、頭を下げた前傾姿勢の鶴紗が走る。

 連続した砲声が鳴り、廃屋の壁を構成していたコンクリート片が宙を舞う。着弾地点は遠いはずが、その細かな破片が鶴紗の足元まで降ってきた。

 

「鶴紗ぁ! そっち行ったゾ!」

 

 インカムから響く声に、鶴紗は一番近い民家のブロック塀の横にぴったりと張り付く。

 そうして数秒後、路地裏から飛び出してきた四つ足のヒュージに横合いから組み付いた。短剣と化したティルフィングを細長い胴体に深々と差し込む。飛び出した勢いのままにヒュージを押し倒し、なおも暴れている敵の横腹に引き抜いた短剣をもう一度突き立てた。

 そのヒュージはそれで仕留めたのだが、鶴紗はすぐに立ち上がって周りを警戒する。彼女の背に、どこからかやって来た梅が背をくっつけて背中合わせとなる。

 

「梅様、こいつら……」

「腕が立つな。スモール級のくせに」

 

 民家に囲まれた通りの脇で、二人のリリィが周囲に視線を飛ばす。辺りにはアスファルトの舗装を砕く音――ヒュージの足音が不規則に鳴り響いていた。

 

 他に比べて小さいからスモール級。脅威度・低。

 それは経験則からくる人類側の判別だった。おおよそはそれで正解だった。

 しかし、人の常識がいつもいつも裏切られないとは限らない。人が勝手に決めた法則(ルール)に縛られる義理などない。彼女たちが相手取っているのは超常の存在なのだから。

 

「速さ比べなら梅も負けないんだが、こう障害物があるとちょっと厄介だな」

「それにあいつら、目が良いし耳も良い。ここは私が囮になって――」

「囮でも何でも、無策じゃ駄目だ」

 

 二人が焦っている理由は、スモール級の予想外な強さではない。結梨がこのような敵と遭遇して苦戦していないか。万が一にでもレアスキルを複合使用してしまわないか。それが憂慮の理由であった。

 

「待てよ。目が良い……目が良い……」

「梅様?」

「よっし、それじゃあ鶴紗に囮をやってもらおうか。制服のボタン、付いてるよな?」

「付いてるけど」

 

 返事をした後で、鶴紗は梅の言わんとするところを察した。

 百合ヶ丘女学院の制服はただの学生服ではない。付いてるボタンもただのボタンではない。梅はそれを利用しようと言いたいのだ。

 

 二人は手早く作戦を立てて、すぐに動き出す。

 通りを挟んだ向こう側、ブロック塀と門扉が崩れて侵入しやすい一軒の家を目標に、鶴紗が思い切り跳躍した。

 同時に、梅は周囲の家屋へ手当たり次第にタンキエムの砲弾を叩き込んでいく。

 開け放たれていた家の窓から、転がり込むように中へ飛び入る鶴紗。梅の牽制射撃のお陰か、侵入まではうまくいった。

 人の気配も生活感も無い、がらんどうの和室。

 畳の上を駆けて障子を開けると廊下が通っており、向かい側の正面には台所、左の斜向(はすむ)かいにはリビング。

 鶴紗はリビングの方へ移動した。そこは広い窓がついており、外からよく見通せる。作戦には打って付け。

 

「梅様、用意できた」

「こっちもオッケーだゾ!」

 

 簡潔明瞭な通信。

 それから時を経ず、甲高い破砕音と共に窓ガラスが砕け散る。

 長い頭部から鋭い牙をぎらつかせた四つ足のヒュージ。ファング種ピスト型が家の中に押し入ってきたのだ。

 ピスト型の顔、同心円状に配置された四つの青い瞳を睨みつつ、鶴紗はリビングから廊下へ後戻りする。

 すると、内装や内壁にぶつかり破壊しながら、敵が鶴紗の後を追う。

 逃げ込んだ先は最初に入った和室。ところが、そこにはもう一体のピスト型が待ち受けていた。

 挟み撃ち。

 和室の敵と、廊下から追ってきた敵。両方を目で確認した後、鶴紗の手が動く。ティルフィングを握る右手ではなく、拳を作っていた左手が。

 そうして開かれた拳が制服のボタンを放り投げた。

 

 次の瞬間、一面に瞬く白光。

 

 至近距離の上、狭い屋内。目くらましの閃光はより一層その効果を発揮した。

 敵の位置は覚えている。鶴紗は目を閉じたまま廊下のピスト型に肉薄し、頭部に向かってティルフィングを袈裟懸けに振るう。

 手応えを感じるや否や、続けざまに刃を繰り出し滅多切り。閃光が収まる前に確実に一体を討ち果たす。

 和室で待ち伏せしていたもう一体はと言うと、閃光弾の炸裂直後に窓から外へ退避していた。迅速果断な判断だ。

 だが轟く砲声がヒュージに逃走を許さない。

 視界の回復した鶴紗が庭に出ると、頭を撃ち抜かれたピスト型の亡骸を目にするのだった。

 

 そのまま民家から出てきた鶴紗は首を回して周囲を窺う。

 すると、何軒分も離れた二階建ての屋根の上に、タンキエムで伏せ撃ちの姿勢を取る梅を見つけた。先程の砲声は勿論彼女のものだ。

 そんな梅の下に歩み寄ろうとする鶴紗だが、不意に体を駆け巡った悪寒にその場で伏せる。ほとんど本能的、反射的な行動だった。

 

「まだっ! もう一匹!」

 

 梅の警告よりも早かっただろうか。

 横から伸びてきた一筋の光芒が鶴紗の右肩を焼いた。

 熱い。ひりひりと焼け付き今にも燃え出しそう。

 倒れた勢いを利用して路上を転がり、鶴紗は民家の敷地に逃げ込む。その最中に仰向けとなった彼女が見たのは、屋根を蹴り宙に跳ぶ梅と、同じく跳躍したピスト型との激突だった。

 

「こっのーーー!」

 

 吶喊する梅のタンキエム、その黄金色の刃がピスト型の牙と激しく火花を散らし合う。

 地上の鶴紗は自身の目を疑うような思いだった。

 

(ラージ級も軽く叩き潰せる梅様と、互角に打ち合うなんて……)

 

 よく見るとこのピスト型、脚や脇腹に装甲の継ぎ目が確認できる。それはレストアの証であった。

 スモール級のレストア。横浜での苦い記憶が蘇る。

 しかし鶴紗はすぐに考えを改めた。ここは横須賀、反ゲヘナ主義ガーデンたるメルクリウスの本拠地。奴らの差し金である可能性は低い。

 本当に偶然生き残り、修復措置を受けられたのだろう。その奇跡こそが、あのピスト型の力となっているのではないか。

 

「こんなこと、してる場合じゃないんだよ!」

 

 鶴紗の思考をよそに、屋根に着地した梅が吼えながらも再び宙に跳ぶ。ピスト型もそれに倣う。

 

「夢結は、梨璃や結梨たちと幸せにならなきゃいけないんだ」

 

 今度は正面から打ち合わず、梅の体が一瞬で敵の背後に躍り出た。

 振り向きざま、梅の眼前にピスト型の尾が迫る。だが青い光の矢の如き凶器は、首を捻っただけで躱された。

 そして振り下ろされるタンキエムによって、ピスト型が真下へ叩き落とされる。

 

「それをっ」

 

 止めを刺すべく後を追って落下する梅。

 一方、最後の力を振り絞ったのか、地に伏したピスト型は強引に頭を上に向けた。

 

「お前みたいなヒュージがっ」

 

 四つの青い瞳にマギの光が収束し、真上から落ちてくる梅へ狙いを定めて。

 

「邪魔していいわけないだろうがぁ!」

 

 放ったレーザーごと、ピスト型は梅の刃に両断された。

 

 携帯を通して、神琳から「結梨がメルクリウスに保護された」と聞いたのは、それから間もなくのことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京湾に面したメルクリウスの敷地。ひと気の無い港湾部の一角に、一柳隊が集っていた。

 押し黙った結梨に相対しているのは夢結で、夢結のやや後方に梨璃。それ以外のメンバーは遠巻きに固唾を呑んでいた。

 

 唐突に、パチッと乾いた音が鳴る。

 

 僅かに赤を帯びた結梨の頬。振り下ろされた夢結の平手。

 

「何故ぶたれたのか、分かるわね?」

 

 抑揚を抑えた夢結の声に、結梨は少々の逡巡の後、視線を伏せたまま梨璃の前に歩いていった。そうしておずおずと口を開く。

 

「梨璃、ごめ――」

「ごめんねぇ」

 

 結梨の言葉は遮られた。真正面から包まれるように抱き締められて。

 

「ごめんね、ごめんね結梨ちゃん。仲間外れは嫌だよね? 一人は辛かったよね? ごめんねぇ……」

 

 体を震わせ、声も震わせ、梨璃は絞り出すように謝罪の言葉を繰り返す。

 その思いの丈は言葉から、そして重なり合った全身から相手に伝わったようだ。結梨もまた、梨璃につられて瞳を潤ませ嗚咽を漏らし始める。

 

「もう一人にしないからねぇ。これからは一緒だよ、結梨ちゃん」

「あ……ああっ、うあっ、うううっ……!」

 

 お互いに肩を抱き合い、静かな嗚咽は程なくして慟哭へと変化した。

 この一角に、一柳隊以外のリリィは居ない。メルクリウスの配慮に感謝すべきだろう。

 そんな中、遠巻きに見守っていた内の一人である楓が前に出ていく。

 

「わたくし、前々から結梨さんを含めた戦術を幾つも組んでいましたの。梨璃さん、レギオン(みな)で話し合って、ベストな形を考えましょう。そうすれば、今よりももっと多くのものを守れるはずですわ」

「はいっ……!」

 

 涙の合間でもしっかりと返事をした梨璃に、見守る者たちに安堵が広がっていくようだった。

 結梨の抱える問題は未だ残っている。それでも彼女ら一柳隊()()は前を向いて改めて進み出したのだ。

 

 鶴紗も顔には出さずとも、ホッと胸を撫で下ろしていた。「世話の掛かる奴らだ」と言わんばかりに澄ました態度を取っていたが、胸には熱いものが込み上げている。それは先の戦いでヒュージに焼かれた右肩よりも、ずっと熱かった。

 ふと、鶴紗は隣の梅を横目で見る。

 梅の視線は梨璃たち三人の方に向いていたが、そのままの状態で鶴紗に対して口を開く。

 

「やっぱり、こうでなくっちゃな」

 

 強がるでもなく、気を遣うでもなく。極々自然に口をついて出た台詞。

 そんな風に鶴紗には感じられた。彼女に梅の真意全てを推し量ることなどできないが、少なくとも鶴紗はそう感じたのだ。

 

「梨璃が幸せで結梨が幸せで、そうなると夢結も笑顔になれる。それがきっと、一番なんだ」

「じゃあ、梅様は? 梅様は笑顔になれるの?」

「ああ、なれる。……嘘じゃないゾ? 本当にそう思ってる」

 

 鶴紗の問いに即答した。

 確かに嘘ではないのだろう。ただ、それが全てでもないように思えた。

 

「鶴紗。あの時の、鎌倉の街で保留にした答えだけどな」

「……はい」

 

 遂に来た、と鶴紗は息を呑む。

 以前、鎌倉市街でのデートの際、鶴紗は梅に「夢結への想いにケリをつけろ」と迫っていた。その時は保留にされてしまったが。

 

「梅は、今のままでいいよ。こうしてあいつらを見ていて、はっきり分かった」

「そうですか」

「こんな答えでがっかりしたか?」

「別に。梅様が呆れるほどお人好しなのは知ってたし」

「あははっ、言ってくれるなあ」

 

 物事も人の心もそう単純ではない。複雑な絡み合った感情を整理して、その上で出された答えなら、鶴紗はもう何も言うまいと決めた。

 そんな鶴紗の考えを知ってか知らずか、梅は頭の後ろで手を組み笑っている。

 屈託の無い梅の笑顔。それはいつも彼女が見せている表情のはず。

 

(綺麗……)

 

 しかし鶴紗には、その笑顔が何者よりも美しく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「ちょっ、急に何ですのチビッ子2号」

「わしはっ、わしはこういうのに弱いんじゃあ!」

「貴方、梨璃さんより泣いてますわよ……」

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛! よがっだぁぁぁぁ!」

 

 

 




これにて横須賀編は本当に完結。
以後は閑話を挟んでから物語が少しずつ進み始めます。

本作を書き始めた動機はたづまいの他、結梨ちゃんに色んなことをさせたいという思いがあるので、これからもちょくちょく出番があります。
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