DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第14話 時には穏やかな日を

 一面に広がる芝生の緑。その天然のベッドに背中を預け、仰向けの鶴紗は視界に映る雲を眺める。あの雲はチャームみたいな形だとか、雲の流れが速いから風が強そうだとか。そんな益体も無いことを考えながら。

 仰向けだから、お腹は当然空を向く。そこに乗っかっている一匹の黒猫。鶴紗のお腹を愛用のクッションか何かの如く、我が物顔で占有していた。

 

「鶴紗ー」

「はい」

「そっちは四匹、梅は三匹。鶴紗の勝ちだなー」

「そっスね」

 

 やや間を空けた所で、同じように寝っ転がる梅に返事をする。

 よく見ればお腹の上以外にも、両脇と頭の近くで日向ぼっこをする猫が居た。

 百合ヶ丘女学院の敷地の中でも、校舎から程近くに位置する場所。ここで二人は時間内にどちらが多くの猫を呼び寄せるか勝負をしていた。

 有り体に言って、二人は暇を持て余していたのだ。

 

「全く、こっちから遊びに誘った時は中々乗ってこないのに」

「猫っていうのはそういうもんだって言ったじゃないか。いい加減慣れるんだな」

「分かってますよ」

 

 鶴紗が目を細め憮然とした様子で愚痴をこぼした。

 構えば逃げられ、構わなければ寄ってくる。難儀な気質だが、それでも猫好きをやめられないのが猫好きの猫好きたる所以であった。

 

「それにしても、暇だなー」

「暇ですね」

 

 しかし、日向ぼっこの邪魔をしては逃げられるため、猫と遊ぶこともできない。

 やはり暇である。

 横須賀外征から帰ってきたばかりで、街に繰り出す気分でもなかった。

 

「本当は訓練場行きたかったのに。ティルフィングも新しい刀身に換装したし」

「今日一日ぐらい休めって、学院からもうちのリーダーからも言われてるだろ? ま、横須賀であれだけ大立ち回りしたんだから当然だ」

 

 ちなみに話に出てきたリーダーこと一柳梨璃はと言うと、休暇を利用して朝から鎌倉の街へ遊びに出掛けていた。夢結と結梨との三人で。

 

「それに、結梨を入れた新しいフォーメーションや戦術を考えてるって楓が言ってたから。やっぱ訓練は明日からだな」

「でも自主練ぐらいなら……」

 

 なおも食い下がる鶴紗。

 彼女には強くなりたい理由があった。そしてそれは梅に見抜かれていたようで。

 

「特型か」

「……はい」

「まさか横須賀で出くわすなんてなあ」

 

 由比ヶ浜で、真鶴で、そして横須賀で。三度に渡って相まみえた特型ヒュージには因縁めいた何かを覚えざるを得ない。

 けれども鶴紗が感じたのはそれだけではなかった。

 

「あの特型、あいつを見てるとおかしくなるんです」

「どんな風に?」

「何と言うか、胸の中がむかむかすると言うか。自分の存在が怪しくなるような、恐怖と言うか」

「大袈裟過ぎ、ってわけでもなさそうだ」

 

 神妙な顔でぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。ちゃんと伝わっているか怪しいぐらい拙く。

 そんな鶴紗の話を、梅は切って捨てずに同じく神妙な顔になって聞いている。

 有り難かった。鶴紗自身おかしなことを言っていると自覚があったから。

 

「特型については今も学院が調べてるはずだゾ。あいつがやってきたことを考えたら分かるが、一柳隊(うち)だけでどうにかできる規模じゃあない」

「それでも、結局はあいつと直接やり合うことになる……気がする」

 

 我ながら根拠の薄弱な物言いであった。

 しかし、いつの話だったか。リリィにとっては直感も無視できない重要な力だと言われたことがある。

 言ったのは、今も隣で寝っ転がっている先輩だった。

 

「特型とやり合うにせよ、訓練にせよ、方法は皆で考えるのが良い。だから結梨たちも揃う明日、だな」

「分かりました」

 

 最後には先輩の言うことを聞いて大人しくなる。

 実の所、鶴紗は梅とこうしてゴロゴロするのも嫌いではなかった。

 

「結梨かぁ。楽しくやってるといいな。って、要らん心配だな」

 

 そう感慨深げに呟くと、梅は上体だけ起こして学院の敷地を隔てる門の方角に視線を送る。

 まだお昼過ぎ。結梨たちが街から帰ってくる時間ではない。当然、梅も分かっていて眺めているのだろう。

 ところが、「おっ」という小さな声を発したかと思うと、梅が立ち上がって芝生の中を歩き出した。

 向かう先は敷地の外から校舎へと伸びている一本の舗装路。気になった鶴紗も後に続き、程なくして二つの人影に気付く。

 

 校舎に向けて歩いてきた人影は、梅や今ここには居ない夢結と関係が深いリリィだった。

 

「あれ? 梅と鶴紗さん、ごきげんよう。横須賀から帰ってたんだ?」

「おー、ごきげんよう。昨日の晩にな。ちゃんと横須賀土産、用意してるから。あとでアールヴヘイムの控室に持ってってやるゾ」

「ありがとー! 楽しみにしてるよ」

 

 梅と親しげに言葉を交わす、金の髪を後ろで一本に縛った快活なリリィ。LGアールヴヘイムの主将、天野天葉(あまのそらは)は梅と夢結の友人であり、かつてのチームメイトでもあった。

 なお主将・副将というのは、率いるレギオンの格付けがSSランク以上の隊長・副隊長を指す慣例的な呼称のことだ。

 

「そういう天葉たちはめかし込んでるが、朝から街にでもお出掛けか?」

「いや、近場でハイキングだよ。お昼に食べた樟美のハンバーガー、美味しかったなあ」

 

 破顔して答える天葉は百合ヶ丘の標準制服ではなく、グレーのジャケットにデニムジーンズをカジュアルに着こなしている。

 そしてそんな天葉の右腕に両腕を絡めてくっついている銀髪ストレートの小柄なリリィ。江川樟美(えがわくすみ)はお揃いのジャケットにロングのプリーツスカートで上品に纏めていた。

 二人は夢結と梨璃のように、姉妹の契りを交わしたシュッツエンゲル。それも、恐らくは百合ヶ丘で最も有名な姉妹と呼べるだろう。

 

「樟美も可愛いな~。本当の妖精みたいだゾ」

「梅様、ありがとうございます」

「そうでしょう、そうでしょう。もっと褒めていいよ」

 

 樟美は礼を言いながらも、はにかんで俯いてしまう。

 一方、恥ずかしがり屋のシルトとは対照的に、天葉は我が事の如く胸を張る。

 明るく朗らかな天葉と、人見知りで儚げな樟美。華やかな容姿も相まって、二人並んだらとても絵になった。実際、彼女たちはリリィ専門誌の表紙を飾ったこともあるのだ。

 

「しっかし横須賀であれだけ大騒ぎだったのに、こっちはのんびりしてるんだな。まあ、梅はその方がいいけど」

「一応警戒はしてるんだよ。ただジタバタはしてないだけ」

 

 そこで天葉は声のトーンを落とし、話を続ける。

 

「静岡解放に向けた、嵐の前の静けさってところかな」

「……近いのか?」

「時期までは分からない。だけど良い意味で状況が変わってる。何でも湯河原や甲州から、ヒュージの数が目に見えて減ってるんだって」

 

 その話を耳にして、鶴紗は横須賀で楓が唱えた仮説を思い出す。

 曰く、特型が甲州や静岡などから戦力を掻き集めて襲撃してきたのではないか。

 今しがた聞いた天葉からの情報は、楓の仮説の裏付けとなり得るものだった。勿論、単なる偶然の可能性もなくはないが。

 

「そっか。じゃあこれから忙しくなるかもな」

「まあ、まだ様子見の段階だし、どうなるか分からないんだけどね。でも息は抜ける時に抜いておいた方がいい。貴方たち一柳隊もね」

 

 朗らかな性格とは裏腹に、天葉は幾つもの修羅場を潜り抜けてきた歴戦のリリィだ。その言葉には重みがある。

 それは天葉の戦友だった梅にも同じことが言えるはずなのだが。

 

「梅様はいつも息抜きしてるようなものなんで」

「あっははっ! 鶴紗さんも言うねえ」

 

 天葉は大きく笑った後、梅の方へと向き直る。

 

「じゃあ私たちはお暇するけど。そっちも休暇を楽しんで。あと、夢結にもよろしくねー」

 

 手をひらひらとさせてアールヴヘイムの姉妹は校舎へと歩き出した。

 アールヴヘイムは生徒会……すなわち学院運営から距離を置かれたレギオンだ。しかし同時に格付けSSSランクの、百合ヶ丘が誇るトップクラスのレギオンでもあった。軍令部作戦会議に席を持ち様々な情報に触れる機会がある。

 そんなレギオンの主将からもたらされる情報の価値は当然大きい。

 情報網の規模はコネクションによって決まる。コネクションとは、言うなれば交友関係のこと。故に人の縁というものは安易に無下にできない。今回の場合、梅と夢結の縁になる。

 

 その梅だが、天葉たちを見送ってから元来た方へと足を向けた。

 

「じゃあ戻るか」

「戻るって、さっきの芝生に?」

「ああ。アドバイスされた通り、ゴロゴロするゾ」

「まあ言われなくともゴロゴロするんですけどね」

 

 身も蓋もないことを言いつつも、鶴紗は梅の背中に続くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ頃、百合ヶ丘女学院から山を隔てた鎌倉市街地に、黒の制服を身に付けた三人の姿があった。

 街に出てきた目的の一つは、結梨の私服のレパートリーを増やすこと。これまでは主に、背格好が近い梨璃が分け与えていた。特殊な事情を抱える結梨に、以前までは百合ヶ丘から外出する許可が下り難かった事情もある。

 そのため今日は三人とも学院指定の制服姿。私服でのお出掛けは次の機会に持ち越されていた。

 

「お洋服は見つかったけど、一緒の髪飾りは見つからなかったねえ」

 

 結梨の左隣から梨璃が残念そうな声を出す。

 もう一つの目的は結梨にお揃いの髪飾りを買ってやることだった。出会ったばかりの頃に約束したまま、未だ果たされていなかったのだ。

 最初は市街中心部のデパートを当たり、その次に中心から外れた商店の列を見ていった。何軒もの店を回る途中、寄り道も沢山した。帽子を見たり本を見たり売店でおやつを食べたり。

 結局お目当ての物を見つけられなかったので、こうして街の外れをぶらぶらと歩いていた。

 

「どうするの? 何か似たデザインの髪飾りを買いに行きましょうか?」

 

 今度は結梨の右隣から夢結が尋ねる。三人は結梨を真ん中にして横一列になっていた。幸いこの辺りの歩道は人がまばらで、通行の邪魔はせずに済んでいる。

 

「ううん、やっぱりいいよ。髪飾りは」

「結梨ちゃん、本当にいいの? あんなに欲しがってたのに」

 

 梨璃は驚いて確認し直した。

 確かに寄り道の方を楽しんでいる節はあったが、それでも主目的は髪飾りのはず。結梨が病室で暮らしていた頃、せがまれた時のことは今でもよく覚えている。

 

「分かったんだ。別に同じじゃなくてもいいって。梨璃と夢結だって見た目も声も匂いも違うけど、でも一緒に居ると幸せそう」

「結梨ちゃん……」

「違うから、好きになることもあるんだね。私も、皆と違うけど好きでいていいんだよね?」

「いいのよ」

 

 真っ先に結梨に答えたのは夢結だった。

 夢結は結梨の髪の上から頬を乗せ、横から小さな肩を抱き寄せた。

 

「足りないところを補い合うため、人は一緒になる。だけど本当は理由なんて大した問題じゃないのよ。大切なのは、自分がどうしたいかということ」

「うん」

「私は結梨や梨璃たちと一緒に居たいわ」

「うん。私も皆と一緒に居たい」

 

 その素直な告白に、梨璃も結梨の肩に抱き付いた。

 ぎゅっと距離が縮まり密着する三人。

 結梨も最初は嬉しそうに顔を綻ばせていた。だがやがて両脇から挟まれて苦しくなったのか、眉を寄せて身じろぎし出す。

 

「んーーーっ! 梨璃も夢結も引っ付きすぎ!」

「ふふっ、また家出しないようにしっかり捕まえておかないと」

「そうだよ結梨ちゃん。もう離さないからね」

「もーっ、逃げないよぉ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 特に目的地を定めないまま、梨璃たちは暫く鎌倉の街を散策していた。

 今は結梨が近くの広場のお手洗いへとお花を摘みに行っているので、二人は自販機傍のベンチに腰掛け待っている。

 自販機やベンチの後方にはレンガブロックを積み上げた花壇が連なっていた。

 商業施設と人の波が集まる中心部に、閑静な住宅区と緑が混ざり合う外縁部。ヒュージの侵攻によって生まれた新市街は現代建築と自然が融和する街だった。

 

「お姉様、今日はありがとうございます。付き合って下さって」

 

 梨璃は隣に座るお姉様にそう言って笑い掛けた。

 一方お姉様も釣られて微笑み返すが、すぐに口元を引き締めて表情を改める。

 

「私も楽しかったから。でも……」

「でも?」

「でも、その……あの時ぶったの、痛くなかったかしら」

 

 あの時。メルクリウスに結梨を迎えに行った時のことだ。

 まだ気にしていたのかと、梨璃の笑みが自然と深くなる。

 

「大丈夫です。お姉様の気持ち、結梨ちゃんにちゃんと伝わってますから」

「ならいいのだけど」

「それに、私もよく指導して貰ってますし!」

「もう、それと訓練とは別でしょう」

 

 お互いに笑い合って、それから穏やかな沈黙が流れ出す。

 時刻は西の空に陽が傾きかけた頃合。

 喧騒は遠く、心地好い静寂が二人の周りを包んでいる。

 そんな中で梨璃は視線を左右に走らせ様子を窺った後、意を決して口を開く。

 

「あの、お姉様。実はリップ持ってくるの忘れちゃって」

「そうなの? 迂闊ね。外出するなら肌身離さず持ってなさい」

「それで、そのっ、もしよろしければお姉様のを貸して貰えたらなーって」

「梨璃。口に触れて使用する物を使い回すのは衛生的に良くないわ」

「うっ……。それはそうなんですけど……」

 

 夢結からの手厳しい正論に、梨璃はもごもごと言葉を詰まらせてしまう。

 違う。主旨は、本当のお願いは別にある。

 しかし、よくよく考えてみると、この話の持っていき方は不自然ではないか。今更そんな躊躇が梨璃の中に生まれてきた。

 元より「当たって砕けろ」「取りあえず実行してから考える」といった性分の梨璃ではあるが、何事にも限度というものがある。彼女とて年頃の女子なのだから。

 そうやって二の句を告げるのに戸惑っていると、不意にベンチの裏から人影が伸びてきた。

 

「も~、全然駄目。夢結はにぶちんだなあ」

 

 席を外していた結梨だった。

 結梨はベンチ裏に立ったまま前のめりになり、二人の間に顔だけ割り込ませる。

 

「梨璃は夢結とチューしたいんだよ」

「ふぁあ! 結梨ちゃん!?」

 

 思わず珍妙な声が出る。

 これ以上ないというほどの図星であった。

 動揺して口を震わせる梨璃と困惑する夢結にはお構いなしに、結梨が話を続ける。

 

「さっきは皆のこと好きっていったけど、好きにも色々と種類があるんだ」

 

 そう言って結梨は夢結の頬へ軽く触れるような口づけをする。

 

「これが私の『好き』だけど、梨璃と夢結の『好き』は違うでしょ? 私、二人に素直になって欲しい。私を受け入れてくれたみたいに」

 

 結梨は二人から、ベンチから離れてどこかしらへ歩き始めた。

 そうしてある程度離れた所で振り返る。

 

「用事思い出したから、行ってくるね! そこでゆっくり待っててね!」

 

 そう声を張った後、梨璃たちから見えなくなるまで遠ざかっていった。

 この場に残された二人を、またもや静寂が包む。だが今度は長く続かない。

 

「あの子は、用事なんて無いでしょうに」

 

 照れ隠しなのだろうか、頬に手を当てて呟く夢結。口元が僅かに緩んでいる。嬉しさを隠し切れてない。

 そのすぐ傍へ梨璃が身を寄せる。本日二度目の決心と共に。

 

「お姉様……」

「梨璃」

 

 ベンチの冷たい木板の上でぴったりと隣り合い、上体と首を捻って見つめ合う。

 やがて見上げる梨璃に向かって、見下ろす夢結の顔が下りてきた。ゆっくり、恐る恐るという調子で。

 梨璃が目を瞑り、緊張から小さく唾を飲み込む。

 直後、軽く閉じていた梨璃の口に柔らかく弾みあるものが押し当てられた。

 ややあって互いに口を離すが、触れた部分から顔にかけて熱を持ったまま。冷たい風に吹きつけられると一層その熱が際立った。

 

「ごめんなさい、私もこういうこと慣れてなくて」

「慣れてたら嫌ですよぉ」

 

 そんな風に羞恥を誤魔化している内に、帰る時刻が近付いてくる。

 一旦は席を外した結梨だったが、思いの外遠くに行ってなかったのか、割とすぐに戻ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 赤焼けていた空が暗く滲んだ頃、本校舎にある一柳隊の控室にも灯りが灯っていた。時節柄、陽の落ちる時刻が早いだけで、まだそれ程遅い時間というわけではない。

 今日一日の休暇を終えて、一柳隊は今後の予定の打ち合わせのため、短時間ながら集まることになっていた。訓練メニューを軽く説明するぐらいのものだが。

 

「はぁ~……。一日オフだというのに、梨璃さんが居なければ心の洗濯にはなりませんわ」

「ここで愚痴を垂れるぐらいなら、付いて行けば良かっただろ」

「ご冗談を! あの中に割って入るなどと、わたくしそのような厚顔無恥ではありません」

「あっそ」

 

 部屋の中央、ソファの背もたれに寄り掛かって不満げな楓と、律儀に彼女の不平の相手をする鶴紗。鶴紗は似たようなやり取りを前にも交わした気がしていた。

 楓が話に上げた梨璃たちの姿はまだ無い。少々遅れて来るようだ。実際は他のメンバーが早く集合しただけなのだが。

 

「それにしても豪気じゃのう、メルクリウスは」

 

 同じく部屋の中央にある広いローテーブルの前で、腕組みしたミリアムが感心した声を出す。

 テーブルの上に並んでいるのは煌びやかな装飾の施された陶器製のティーセット。そして山と積まれた茶葉と茶菓子の箱である。

 

「ポットやカップもそうですが、茶葉もかなり上質のものですね」

「うん。大陸や台湾、こっちはインド産。海外から取り寄せた茶葉ばかりだね」

 

 山積みになった箱の内の幾つかを、神琳と雨嘉が手に取って眺めている。茶に拘りのある神琳が言うのだから間違いないのだろう。

 これらは皆、先の横須賀沖での戦いに参加した一柳隊への、聖メルクリウスインターナショナルスクールからの御礼の品だった。

 

「ティーセットにお茶の葉にお菓子。まあ妥当なチョイスではなくて? 横須賀だからといって下手に海の幸など送られても困りますし」

「私はそっちでも良かったかな」

「十人でも食べきれないほど送ってきますわよ」

「えっ」

 

 魚好きの雨嘉に、楓が忠告する。メルクリウスが古巣の彼女が言うのだから、多分間違いないのだろう。

 一方、鶴紗はお菓子の方が気になって仕方がなかった。茶葉の箱よりも更に高く積み上げられた菓子箱に、時折ちらちらと視線を送っている。

 こちらは茶と違って地元横須賀の品が中心だ。シフォンケーキや餡子の詰まった饅頭など、お茶請けにしては少しばかり豪勢なものもある。

 鶴紗は許されるのなら、今すぐにでもこの甘味の山に突入したい気分であった。全員揃ってないので流石に実行してないが。

 何も特別鶴紗の食い意地が張っているわけではない。常日頃から訓練や戦闘でエネルギーを大量消費するリリィたちにとって、糖分たっぷりのお菓子は何物にも代えがたいご馳走なのだ。甘い物が嫌いなら話は別だが、鶴紗は他の多くの女子と同じく、洋の東西を問わず甘味が好きだった。

 

「ごきげんよう。皆、早いわね」

 

 それから大して時間が経たない内に、夢結を先頭に三人が控室へ入ってきた。

 

「お帰りなさい! それで、どうでした!? 何かありましたか!? 勿論ありましたよね!?」

「あはは、別に普通だよー」

 

 興奮して詰め寄る二水に、梨璃はぎこちない笑顔で返す。この時点で何かあったと白状しているようなものなのだが、鶴紗は指摘しないでおいた。

 

「随分と物が多いけど。これは全部、メルクリウスの贈答品かしら」

「ああ、そうだ。机の上にある方は梅たち一柳隊宛だ」

「……ということは他にもあるの?」

「あるゾー」

 

 夢結の質問に答え、梅が部屋の隅へと移動する。途中、お菓子の山に目を輝かせていた結梨の手を引っ張って。

 

「こいつは結梨宛だな」

「私? なに~?」

「開けてみたらどうだ。まあ食べ物じゃないのは確かだろうけど」

 

 そこに置いてあったのは、薄いが大きい長方形の箱。

 結梨自身は中身に対して疑問符を浮かべているのだろう。一方、鶴紗は結梨個人に宛てて送られたことに疑問を持った。一瞬だけ差出人を偽装したゲヘナの謀略を想像したが、流石に危険物のチェックは学院が済ませているはずだと思い直す。

 好奇心の赴くまま箱を開けた結梨の目の前に、いかにも上質そうな布が現れる。

 

「これって、服?」

「うわー、ドレスだよ。よかったね結梨ちゃん」

 

 結梨の両手で広げられた黒と白の布地。梨璃の言葉通り、それは一着のドレスだった。箱の正体は衣装箱というわけだ。

 

「メルクリウスの現生徒会長……ティシア様は奇特なお方で、気に入ったリリィに服を贈られることがあるのですわ」

「そう……。これは、何か返礼をしなければいけないわね」

 

 楓が過去を懐かしむような呆れるような、微妙な顔で説明する。

 一方で夢結はと言うと、ドレスを掲げる結梨と盛り上がる梨璃を見つめながら、お返しの段取りを考え始めるのであった。

 

「この分だと残りも服だなー。ほれ、夢結と梨璃のだゾ」

 

 梅が更に追加で二つ、衣装箱を持ってきた。宛名は確かに二人の名前になっている。

 二つの箱は同時に開かれた。梨璃は期待に胸を弾ませるような調子で。夢結はそんな梨璃を微笑ましく横目で見ながら。

 きっちりと畳まれ収まっていたのはドレスだ。梨璃と夢結でサイズこそ違うが、同じデザインのドレス。ドレスには違いない。

 ただ、結梨のものとは趣を異にしていた。薄手で、白一色で、スカートの丈が床に届きそうなほど長い。

 誰がどう見ても明らかなその衣装の名を、この場に集った一柳隊を代表して、固まった梨璃と夢結に代わって結梨が口にする。

 

「ウエディングドレス!」

 

 後に判明するのだが、ドレスのサイズは二人の体型にほぼフィットしていた。メルクリウスに泊まった際に寝巻を借りた結梨ならともかく、二人のサイズは目視によって推測したのだろう。

 しかしそんな芸当も、今この場では気にも留められない。夢結と梨璃への贈り物を巡って一波乱も二波乱も巻き起こったからだ。

 一柳隊の休日は、最後の最後で大騒ぎの内に幕を下ろすのだった。

 

 

 

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