DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第15話 新生一柳隊

 百合ヶ丘女学院を始めとしたガーデンは軍事養成機関であると共に、生徒に教育を施す学び舎でもある。校舎には講義室の他、予習復習に勤しむ者のために自習室が備わっていた。そこではマギやチャームやヒュージ関係の分野は勿論のこと、一般学問分野に四苦八苦するリリィの姿が多々見られる。

 自慢ではないが、鶴紗はそこそこ勉強ができる方だ。

 しかしながら、そこそこでは難儀するのがお嬢様学校たる百合ヶ丘。本日の講義終了後、自習室の一角を占める一柳隊の中に、頭を悩ます鶴紗の姿があった。

 

「分からん……」

 

 眉間に皺寄せ、机上の教科書を睨み付けている。

 

「財政に占める公債と租税の割合の推移とか、何の役に立つんだ……」

 

 レギオンの戦術、あるいはヒュージの特性について問われたらすぐに答えられる鶴紗でも、このような社会公民分野は不得手である。

 そんな彼女を隣の席からサポートしているのは、両サイドから艶やかな黒髪を垂らす雨嘉だった。

 

「えっとね、鶴紗がよく買ってる高い猫缶あるよね? 猫缶の値段の変化にも、財政は関係してくるから」

「……分からん」

 

 おずおずとフォローしようとする雨嘉だが、その努力は実を結ばない。勉強を始めてから何度かこんな展開が繰り広げられていた。

 

「ううっ、私やっぱり人に教えるの向いてない。こういうのは神琳の方が得意だよ」

「あいつは目つきと手つきが怪しいから、却下」

「そ、そうかな? 普通だと思うけど」

()()()()()()。雨嘉は騙されてるんだ」

 

 また、鶴紗たちからやや離れた所では、梨璃が悪戦苦闘を強いられている。彼女は鶴紗以上の窮地に立たされており、頭から湯気でも出そうな様子であった。

 

「梨璃さん、梨璃さーん。大丈夫ですかー?」

「大丈夫じゃないよ二水ちゃん……」

「数学はまあ、仕方がないですねえ。私も文系だから気持ちは分かります」

 

 泣き言を漏らしながら梨璃は必死に式を解いていく。

 これでも進捗がある方だった。隣に座る楓から手解きを受けていたから。そうでなければ、梨璃の頭はとうにオーバーヒートしていただろう。

 

 やがて、皆の自習が一段落付いたところで、おもむろに楓が両手をパンパンと叩いて注目を集める。

 

「皆さん、難敵ばかり相手にしては頭が煮詰まってしまいますわ。ここらで科目を変えてはいかが?」

 

 楓の提案に、二水が真っ先に食いつく。

 

「それじゃあ国際情勢概論やりませんか? 楓さんの得意分野ですし、講師になって欲しいです」

「まあ、わたくしに得意でない科目はありませんが。構いませんわ」

 

 特に反対する理由も無かったので、鶴紗も含めて皆が同意した。次の復習科目は、社会科目の中でも少々特殊なものになる。

 前世紀において、この国の教育機関は地政学や国際関係の教育をなおざりにしていた面がある。しばしば批判の的にもなっていた。

 だがヒュージ出現の戦時下で、それは改められた。取り分けガーデンでは国際情勢を重視している。留学生のリリィと交流する機会が多いからだ。

 

「まず初めに申し上げておきますが、社会科目だからといっていたずらに暗記するのは悪手ですわ。その国の中で、あるいは国同士で事が起きる時は、大抵の場合何か因果があるのです。ですから、おぼろげながらでも国の情勢と国際潮流を把握しておけば、おのずと答えが見えてくるでしょう」

 

 それができれば苦労はしない。そう思った鶴紗だが、余計な茶々を入れずに黙って続きを聞く。

 

「では梨璃さん。現状日本が特に重要視している相手はどこか、ご存じですわね?」

「えっと、ヨーロッパとアメリカです」

「流石梨璃さん! ご名答ですわ! 米国は言わずと知れた前世紀からの同盟国。昔に比べると自分たちの大陸に引きこもりがちですが、それでも世界の海上交通に彼の国が果たす役割は大なのです」

 

 世界各地にヒュージネストが存在するとは言え、広大な海を全て制圧されたわけではない。鈍足な大型ヒュージを迂回し、時折飛来する小型ヒュージを撃退するため、海軍大国の力が重要になってくるのだ。

 

「そしてもう一方の欧州連合。皆さんご承知の通り、チャーム開発とリリィ育成の最先端を行く存在ですわ。勿論、そうなれたのには訳があります」

「わけ?」

 

 まばたきしながら疑問を訴える梨璃に、楓が講義を続ける。

 

「ヒュージ出現当初はスモール級ミドル級が主体だったため、米中露といった大国は既存の軍備で()()()()()()()()()のです。その一方で、当時軍縮ムードの強かった欧州は死に物狂いで新たな力を模索せざるを得なかった。その結果が今日(こんにち)のチャーム・リリィ先進国という訳ですわ」

「へぇ~、そうなんだ~」

「ところで梨璃さん、そんな欧州連合を牽引する国も、当然ご存じでしょう? まあ聞くまでもありませんが」

「えっ。えーっと……」

 

 言い淀む梨璃に代わり、鶴紗が横から口を挟む。

 

「イギリスあたりでしょ」

「ち・が・い・ますわっ! 英国は政治的には距離を置いています! 欧州を引っ張っているのは我がフランス! ……あとスウェーデンですわね」

 

 ムキになったり冷静になったり忙しい奴だ、と鶴紗は呆れる。

 

「そう言えば両国とも大手チャームメーカーを抱えてましたね」

「その通りですわ、二水さん。お父様のグランギニョル社と、スウェーデンのユグドラシル社です」

 

 ユグドラシルと言えば、百合ヶ丘の主力採用メーカーの一つ。グングニルや鶴紗のティルフィングの開発元でもある。そういう意味では彼女ら一柳隊にとっても関係の深い企業と言えた。

 

「とまあそんな風に欧州の持つ影響力は大きいので、日本もお近付きになろうとあれこれ努力しているわけですわ」

「努力って……」

「技術交換協定や留学生交換協定。あと面白い物として、近年日本でも法制化された同性結婚などが挙げられますのよ」

「どういうことですか? それが何でお近付きに?」

 

 またもやクエスチョンマークを浮かべる梨璃に対し、待ってましたとばかりに胸を張る楓。

 ところが楓に先んじて、鶴紗と雨嘉の間からヌッと顔を出した人物が口を開く。

 

「それについてはわたくしがお答えします」

「居たのか、神琳」

「それ、心臓に悪いから止めて欲しい……」

 

 それぞれ反応を示す鶴紗と雨嘉だが、当の乱入者は気にした様子も無く話を続ける。

 

「たとえ話をしましょうか。まず、わたくしと雨嘉さんが高雄(カオシュン)で結婚します」

「ちょっ、急に何言い出すの!?」

「その後に来日したとして。日本が同性結婚を認めていなかった場合、法的にわたくしたちは赤の他人と見なされます。そうすると相続など財産権の問題は勿論のこと、どちらかが事故や急病で重篤に陥った際、面会するのにも苦労してしまうのです」

 

 雨嘉が赤くなって抗議する。

 けれどもこうなった神琳は並大抵のことでは止まらない。

 結局、雨嘉は恨みがましく細めた目で睨みつけるしかなかった。それがまた神琳にとっては逆効果なのだが。

 

「欧米出身のリリィは卒業後すぐに一緒になるケースもありますから。ちなみに法制化以前も、海外の同性婚者については夫婦として扱うと日本政府は()()していました。ですが、やはり配慮と法的保障では安心感が違ってくるのですわ」

 

 後を継いだ楓がそう補足した。

 実際、日本の同性婚法制化は欧州との関係強化のためとも、リリィの士気高揚のためとも言われている。

 鶴紗自身は結婚なんてものまで考えたことは無かった。が、士気が上がるという話は頷ける。特に楓などを間近で見ていたら。

 

「何だか話が脱線してませんかね?」

「おだまり、チビッ子! これは極めて重要なお話ですわ! ……というわけで、梨璃さん。もはやフランスでも日本でも、わたくしたちは気兼ねなく添い遂げることができますわ!」

 

 そんな風に楓が声を大にした直後、自習室の扉が音を立てて横開きに開いた。

 

「お主はちょいと気兼ねせぬか」

「何ですってぇ!? ってチビッ子2号! わたくしと梨璃さんの将来設計をぶち壊す気ですの!?」

「存在せぬものは壊せんな。それよりも百由様から言伝じゃ。結梨のレアスキル検査が終わったので、ようやく訓練に入れるぞ。夢結様と梅様は既に屋外訓練場で待っとるそうじゃ」

 

 扉の向こうから現れたミリアムが楓を軽くあしらい、用件を皆に伝える。

 それを合図にして、机の上に広げられていた教本等が一斉に仕舞われた。楓も渋々といった調子で席を立つ。

 講義と訓練の狭間の勉強会が終わりを告げる時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 本校舎から北へ、山手に向かって歩いた先に百合ヶ丘の屋外訓練場がある。

 背の高い有刺鉄線フェンスに囲まれた広々とした土地。屋根と自動販売機付きの控え席。それ以外に設備らしい設備は見当たらないが、レギオン単位の大人数で訓練するにはこちらの方が都合が良かった。屋内訓練場に先約があったのも大きな理由ではあるが。

 

「来たわね」

 

 訓練場の端、控え席の長椅子に腰掛けていた夢結が一年生たちの到着を確認して立ち上がる。夢結の傍には梅と結梨の姿もあった。

 

「早速、本日の訓練についてですが。楓さんから提案があるそうです」

「はい。皆さんよろしいでしょうか」

 

 夢結に話を振られた楓が全員を見渡しながら発言する。

 

「我々一柳隊のフォーメーションと戦術を改めようと思っています。主に結梨さんの役割について」

 

 今までも、結梨は全く戦闘に参加させてもらえなかったわけではない。百合ヶ丘の国定守備範囲内での当番任務、小規模ケイブの撃破など、比較的易しいと想定される任務には出撃していた。

 これまで結梨が担っていたのはBZ(バックゾーン)中央(セントラル)。後方からの援護射撃が主な仕事だった。楓はこれを変えようと言うのだ。

 

「これからは結梨さんのレアスキルも計算に入れていきますわ。先の横須賀での戦闘データを見る限り、たとえお一人でもスキル乱用の心配は無いと判断致しました。梨璃さんも、それでよろしいですわね?」

「……はい」

 

 楓からの確認に対し、ゆっくりと、しかし力強く梨璃が首肯した。

 レアスキルの複合使用を危険視する百由の判断は未だ変わらない。それでもなお一柳隊は、そして梨璃は、結梨を信じていこうと決めたのだ。

 

「楓さん、ちょっといいですか?」

 

 手を上げて質問するのは二水。彼女もレギオン戦術に関しては非凡な才を見せる。それこそ楓が舌を巻くほどに。

 

「フォーメーションも変えると仰いましたが、結梨さんをBZから変更するんですか?」

「ええ、そうですわ。確かに一柳隊の目標はBZの更なる強化にありました。ですが、それでは結梨さんの力を十分に発揮できないのです」

 

 一柳隊は人数で言えばBZが多い。だがそれは防御を重視する戦術方針のため。雨嘉は別として、梨璃にしろ二水にしろミリアムにしろ、射撃が取り立てて上手いということはない。

 一方でAZ(アタッキングゾーン)に入るのは夢結と鶴紗、場合によっては梅も加わる。戦力的には申し分ないだろう。

 

「結梨さんに移って頂く先は、TZ(タクティカルゾーン)セントラル。具体的にはわたくしのすぐ前方ですわ」

「それは……フォーメーションのど真ん中ですね」

「二水さんの仰る通り。ど真ん中に配置するのは結梨さんに使って頂くレアスキルと、果たして頂く役割が関係してきますわ」

「それで、そのレアスキルとは?」

「ゼノンパラドキサ」

 

 楓の答えに目を瞬かせて意外そうな顔をする二水だが、それも一瞬のこと。得心がいったのか、すぐに小さく頷いた。

 ゼノンパラドキサとは、高速移動スキルの『縮地』と敵味方の行動のベクトルを視覚・感覚で察知する『この世の理』、双方の能力をサブスキルレベルで複合したレアスキルである。

 

「攻撃にも防御にも味方の支援にも活かせるこのレアスキルで、結梨さんにレギオン全体の『火消し役』を務めて頂くのです」

「今までの梅と似た立ち位置だなー」

「そうですわ梅様。結梨さんが後釜につくことで、梅様は前衛の援護や単騎駆けに専念できるというわけです」

 

 それは大役だった。楓や神琳の指揮を受けるとは言え、個人の判断が必要な場面も多々出てくるはず。

 にもかかわらず、楓は幾つもあるレアスキルからゼノンパラドキサを選び、そんな大役を任せると言う。

 

「無論、『天の秤目』にして援護特化にしたり、『Z』にして衛生要員にする選択肢もありました。ただ、ご本人とも話し合ったのですが、やはり結梨さんの真価は高いマギ出力による攻撃にあると結論付けたのですわ。それに……」

 

 そこで楓は一旦言葉を区切り、悪戯っぽくウインクした。

 

「効果が目に見えて分かりやすいゼノンパラドキサで登録しておいて、万が一他のレアスキルを使った場合はサブスキルと言い張ればよいのです」

 

 結梨が複数のレアスキルを操れる事実は極秘事項とされている。表向きには未覚醒という扱いだ。勿論、実際に結梨の戦闘を目撃した百合ヶ丘のリリィたちは真相を知っている。

 ただそれでも、悪目立ちする真似は可能な限り避けるべきだった。

 

「以上。皆さん異論が無いのでしたら、早速訓練に移りましょう」

「……無いようね。では最初にレギオン全体での遭遇戦闘訓練を。しかる後に反省点を踏まえた個別での訓練へ移行します」

 

 夢結の指示により、新生一柳隊十人による訓練が開始されるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全員での連携訓練を一通りこなした後、一柳隊は各個人、あるいは少数での訓練に励んでいた。

 本日の主役とも呼ぶべき結梨はと言うと、梅から高速移動技術や体捌きなどの指導を受けている。楓の示した方針に基づいて、遊撃戦に必要な立ち回りを身に付けるためだ。

 傍から見る限りでは、指導は順調だった。

 元々、結梨は呑み込みがとても早い。この分ならば新戦術・新フォーメーションが形になるのもそう遠くないだろう。無論、だからと言って実戦ですぐに戦果を上げられるほど甘くはないが。

 

 そんな結梨の駆け回る姿を遠目に見つつ、鶴紗はシューティングモードのティルフィングを担いで夢結の方へ近付いていく。

 

「夢結様、射撃を教えて欲しいんですけど」

 

 突然の依頼に、夢結は困惑しているようだった。

 

「鶴紗さん。射撃と言っても色々あるけど、単純に射撃技術を磨きたいのかしら? 私から見て、鶴紗さんの腕はAZとしての必要水準を満たしていると思うわ」

「……いえ、高速で飛び回る的に当てたいんです」

「それは、ひょっとして特型のことを指しているの?」

「まあ、はい。そうですね」

 

 これまで三度も遭遇しながら取り逃したペネトレイ種特型ファルケ。飛行型ヒュージの撃破には射撃技術が必須になるが、従来の敵と一線を画する機動性に翻弄されているのが実情だった。

 

「飛行中の敵に弾を命中させるのは至難の業よ。一朝一夕に上達するようなものじゃない。もし鶴紗さんがあの特型を倒したいのなら、他の手段を模索すべきかもしれないわ」

「他の手段って?」

「例えば、ブレイドモードによる接近戦に持ち込むとか」

「それこそ一朝一夕で真似できないと思う……」

 

 大空を自由に飛び回る敵に斬るだの殴るだの、狙ってやれるようなものではない。夢結や梅みたいな技量の持ち主ならともかく、並のリリィには大分無理がある話だ。

 

「いえいえ、夢結様のお考えが案外最適解かもしれませんよ?」

 

 後方から突然の声と気配。

 もはや振り向かなくても状況が分かる。

 

「またお前はっ……背後霊か!」

「お褒めに与り恐縮です」

「褒めてない!」

 

 飛び退いてから神琳を威嚇する鶴紗。

 しかし鋭い視線を向けられた本人は堪えた様子もなく、夢結と夢結の後ろに避難した鶴紗に対して先程の話を再開する。

 

「飛行型が厄介なら、そもそも自由に飛行させなければ良いのです。そのような地形に追い込んだり、誘い込んだり。己が有利な戦場を選択するのは、古今東西の常道でしょう」

「そんなに上手くいくか。あいつ、人間みたいな知能があるかもしれないのに」

「下手に知能があるからこそ、通じる策もあるのですよ」

 

 神琳は妙に自信ありげに言うし、逆に鶴紗は彼女の意見に否定的。

 だがいずれにせよ、特型の居所を突き止め、なおかつこちらが戦闘の主導権を握らねばどんな策も成功は覚束ない。さもなくば机上の空論で終わるだろう。

 結局の所、個人でできることは高が知れていた。

 

 少しだけ重く、張り詰めてきた三人を包む空気。

 ところがそんな空気を、対照的に明るい声が打ち払う。

 

「夢結! 私、筋が良いって! 梅が言ってたよ!」

 

 結梨だ。

 梅と共に訓練場を駆けていた彼女がいつの間にかやって来て、夢結の左腕に飛びついていた。

 

「チャームを構えている時に抱き付いては駄目だと、前に教えたでしょ?」

「うん、分かった! それでね、梨璃もね――――」

 

 夢結に窘められても何のその。まくし立てるように喋り出す。

 その光景を黙って見ている内に自然と口元を緩めた鶴紗の横へ、やはり自信ありげな神琳が歩み寄ってきた。

 

「今のわたくしたちは、以前までの一柳隊とは違います。なのでもう少し肩の力を抜いても良いのでは?」

「……そうかもね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 高架の上にずらりと連なる車の列。高速道路とは名ばかりに、牛歩の如き安全運転によりゆっくりと前に進んでいる。

 ヒュージとの戦いで負った傷を直す、戦災復旧工事による大渋滞であった。

 そんな東京地区東部を走る車列の中に、黒塗りの大型乗用車が六台、一本棒を成していた。更にその中の一台で、背広を着た老齢の男性が後部座席に深く腰を下ろしている。

 車中の老人――日本国内閣総理大臣は丸眼鏡の奥から鈍い眼光を湛えて前を見据える。視線の先にあるのは車両に備え付られたディスプレイだった。

 

「横須賀沖の戦闘報告に出てきた百合ヶ丘のレギオン、覚えているかね?」

「勿論です。LG(レギオン)ラーズグリーズ。百合ヶ丘でのギガント級特型ヒュージ討伐に参加した一隊ですね」

「そして、例の人造リリィが所属している隊でもある」

 

 ディスプレイに映っているのは、総理より一回りは年下の同じく背広姿の男性だ。彼は防衛大臣として、軍政・軍令の指揮を執ると共に、国内のガーデンを()()する立場にあった。

 

「あのレギオン、格付けはランク外だったね」

「はい。元々、百合ヶ丘は高ランクのレギオンにしか外征させていなかったのですが。近年は方針を翻しています」

「ほとんど無名だったレギオンに人造リリィを放り込む。初めはカモフラージュだと思っていたが、どうやらそれだけではないらしい。咬月君め、一体幾つ隠し球を持っているのやら。頼もしい限りだよ」

 

 百合ヶ丘の実質的な長の顔を思い浮かべながら、総理が皮肉げな笑みを見せる。

 

「しかし総理。横須賀沖での戦闘に彼女、一柳結梨さんは投入されませんでした」

「ああ。出し惜しみしているのか、それとも目立つ場で戦わせたくないのか」

 

 政府から容認されたとは言え、人造リリィが極めて特殊な存在であることに変わりはない。取り分け戦闘能力に関して衆目に晒したくないのは理解できる。彼女を生み出したゲヘナが彼女を諦めたという保証はないのだから。

 

「人造人間だろうが改造人間だろうが人外の化生だろうが、制御できるのなら、その異質さは些細な問題だ」

 

 総理の言う『制御』とは、何も命令で強引に従わせることだけを指しているわけではない。

 それは何らかの報酬を対価にした契約という形もあるし、教育によって価値観を共にさせて行動を自然と誘導する手法もある。

 

「逆にただの人間でも、御せないのならばそれは害悪となり得る」

「……統幕内の急進派をリストアップして、端末に送っております。彼らに同調する青年将校たちも」

 

 防衛大臣の言葉を受け、総理は自身のタブレット端末を操作し閲覧した。

 そうして一通り目を通した後に、低く唸るような声を上げる。

 

「若いな。二十代や三十代前半ばかりじゃないか」

「あの世代は、リリィが戦うことが当たり前となった時代の者たちです。なので政府のガーデン優遇政策に強い不満を持っている。その上、自衛隊上がりの将校に対しては『小娘(リリィ)にぺこぺこと気を遣う腑抜けの老害』と侮蔑しているのです」

 

 政府がガーデンとリリィ個人を手厚く遇しているのは、彼女らのモチベーションを上げるため。そしてもう一つ。未成年の女子に武器を取らせている現実への、大人たちの罪の意識を代弁するためでもあった。

 特に自衛隊世代、年配の防衛軍将校にとってこの現実は重く伸し掛かっている。リリィの本格運用以前から戦ってきたが故に、彼らはヒュージの恐ろしさもリリィの必要性も痛いほど理解していた。それでもなお、リリィという子供を投入することに心理的抵抗があったのだ。

 彼らの心は未だ、軍人ではなく自衛官だった。その事実が、若い軍人たちとの世代間対立を生んでいるのかもしれない。

 

「また、急進派は水面下で民間の政治団体とも接触を繰り返しています」

「接触? まさか講演会や勉強会などではないだろうね」

「いえ、そこまであからさまなものでは……。少人数での、会合と称するべきでしょうか。そこで話し合われた内容も、断片的ですが調査済みです。端末をご覧ください」

 

 総理は再びタブレットに目を向ける。

 そこには統合幕僚監部の急進派と政治団体の間で意見の一致を見た主張が羅列されていた。

 

『地方自治体の締め付け強化』

『ガーデンの国有化』

『対欧従属外交の打破・自主独立外交の確立』

『元リリィからの被選挙権の剥奪』

 

 もし若い頃の総理ならば、外交官時代の彼ならば、タブレットの文章を見て目眩を覚えていただろう。

 だが今の総理が催したのは目眩ではなく、吐き気であった。

 

 こんな馬鹿げたことのために、反乱を起こそうとしているのか――――

 

 急進派が思想的拠り所としているもの。それは復古主義だった。

 前世紀において死に体と化していた復古主義。そんなものを今更掲げてきた理由は大体予想が付いた。

 自由で独特な気風のリリィと、彼女たちの肩を持つかのような政府の政策。それらが古き良き日本を尊ぶ者たちの、絹よりも繊細な心を追い詰め傷つけたのだ。リリィの生き方・在り方が、この国の精神を変えてしまうのではないかと。

 無論、根底には防衛利権をガーデンから奪い返すという即物的な動機があるはずだが。

 

「彼らはリリィの持つ力ではなく、リリィの価値観に対して脅威を感じているのでしょう」

「リリィの価値観か……。同性愛に、家族ごっこ。大いに結構じゃないか。士気を上げるためなら安いもの。過去の因習に囚われて個々のパフォーマンスを殺すのは、間抜けのやることだ」

「はい、実際多くの国民は積極的にしろ消極的にしろ、リリィを支持しています。だからこそ反対者は彼女らの影響力を恐れるのですが」

「元リリィの擁立は与党(うち)の中でも検討していたな」

 

 ヒュージ討伐の英雄であるリリィが将来政界に進出し、与党がその組織力を以ってバックアップしたならば、強力な集票役が誕生するのは確実だろう。

 しかし現状では、慎重に事が運ばれていた。

 

「脅威論者の言う『リリィに取って代わられる』だったか? 私は仮にそうなっても、別に構わないと思っている。それで国が富むのなら」

「総理、それは……」

「もっとも、本当にそんな事態になったとしたら、政治家としては無能の証明だがね」

 

 総理は自嘲気味に、起こり得る未来を想像する。

 それは諸刃の剣であった。

 確かに選挙には勝てるだろう。しかし政敵が同じことをしてきたら、不毛な人気取りの合戦と化してしまう。衆愚政治と言われても、もはや言い訳のしようがない。

 それから少々の沈黙を挟んだ後、防衛大臣が口を開く。

 

「それで、どうされますか? 現状集めた情報だけでも統幕に対するカードになりますが」

「いや、まだ弱いな。何か、決定的な何かが欲しい」

 

 車内でのやり取りが終わりに近付く頃、渋滞が解消に向かい始めた。少しずつ車列の速度が増し車間距離が広がっていく。

 首都東京とは言え、平和だった時代に比べると車の数は減っている。都市機能分散のために地方分権が進んだ現状では尚更だ。

 この街がかつての姿を取り戻すのは、いつの日のことか。あるいは永久にその日は来ないのかもしれない。

 それでも数多の思惑の下に、そこに住む人間は動いている。

 

 

 

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