DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第16話 生徒会三役連絡会議

 広く機能的で、お嬢様学校の割には簡素な生徒会室にて。

 広い背もたれと手掛け付きの丸椅子に、猫背気味に腰掛けているのは内田眞悠理。彼女の切れ長の瞳は机上にある複数枚の紙を睨み付けていた。

 紙に書かれている内容は多少の差異こそあれど、ある意味で全て似たり寄ったり。『隣の部屋でルームメイト同士よろしくやってる』だの、『食堂で食事中に過剰なコミュニケーションを取る者がいる』だの。

 眞悠理の役職はジーグルーネ。ガーデン内の風紀を司る立場であった。故にこれも、一応仕事の内である。

 

 陳情書は愚痴を垂れる物ではないんだが――――

 

 声を大にしてそう訴えたい眞悠理であるが、胸の内に仕舞って机から視線を上に持ち上げる。

 長くて広い机の向かい側の席では、秦祀が先程の眞悠理のように視線を落として何かしらの紙を見つめていた。ただしムスッとした顔の眞悠理とは対照的に、彼女の目元と口元は緩んでいる。時折小さな笑いすら漏れるほど。

 

「楽しそうだな」

 

 眞悠理はちょっとだけ恨めしい声色で話し掛けた。

 

「良い物が届いちゃってね。学院宛に。眞悠理さんも見てみる?」

 

 意に介した様子もなく、祀が机上で片手を伸ばして何枚かの紙を渡してくる。

 紙は手紙だった。お世辞にも綺麗と言えないような字で、中には絵を添えた物もある。

 

「差出人は……鎌倉市内の幼稚園?」

「園児から応援のお便りよ。『がんばってください』とか『すごくかっこいいです』とか。やっぱり子供はいいわねえ。癒されるわ~」

「成る程、それでさっきからニヤニヤしてたのか」

 

 学院宛に届いた手紙類は学院職員を通してから生徒会に渡される。その前に危険は無いか、薬品反応などの検査が行われていた。然るべき手順を踏んだ後、然るべき物は生徒会の手で掲示されるといった寸法だ。

 個人宛の場合は当然ながら通信の秘密が守られるものの、危険物のチェックは同様に欠かせない。ガーデンは軍事養成機関でもあるからだ。

 

 現在、お昼を少し過ぎたばかり。二人は二年生だが、既に結構な数の単位を取り終えていたので、あくせくして講義に出る必要は無かった。お陰で生徒会の仕事に集中できるのだが。

 

「史房様が来られるまで時間があるし。たまにはこういう役得があってもいいと思わない?」

「これで役得になるなんて、安上がりなことだ」

「褒め言葉と受け取っておくわ」

 

 眞悠理の軽口を軽くあしらう祀。

 ところがそんな祀が急に、フッと表情を消した。

 

「まあ、嬉しいお便りばかりでもないのだけど」

「……有名だからな。百合ヶ丘は」

 

 大体の事情を察し、眞悠理は祀が新たに手にした封筒へ目を向ける。すると黙ってこちらに差し出してきたので、そのまま受け取り中身を取り出した。

 まず最初に眞悠理が注目したのは、その文章量。

 百合ヶ丘のように名を知られたガーデンになると、中には悪意の籠った贈り物も届いたりする。ただ、そういった物のほとんどが短文の罵詈雑言や脅迫だった。今回の手紙みたいな長文による非難は珍しい。

 そしてもう一つ注目すべきは、その文章を構成する文字。印刷ではなく手書き、それも相当な達筆である。

 これは只者じゃなさそうだ。覚悟半分期待半分、眞悠理は冒頭にある定型文の挨拶を飛ばし、肝心の本題部分を読み始めた。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 理事長代行高松咬月氏、並びに百合ヶ丘女学院の皆様方。まずは突然このような駄文でお目汚しすることをお許しください。

 ただ弁解をさせて頂くならば、小生にはどうしても筆を執らざるを得ない義があるのです。

 単刀直入に言って、あなた方は間違っている。否、あなた方百合ヶ丘を始め、全てのガーデンが誤った道へと猛進しているのです。

 ガーデンを取り巻く現状は、異常としか言いようがありません。女子が女子と恋愛関係を持つ。あまつさえそれが臆面もなく雑誌等のメディアに取り上げられる。更にはそれを後押しするかの如き政府の悪法。

 これは天変地異の前触れでしょうか。小生は悪夢でも見ているのでしょうか。残念ながら、全て現実なのです。

 

 そもそも女性の幸福というものが、男性と結ばれて子をなし、家庭を築き、それを守っていくことにあるのは自明の理。それが古来から連綿と受け継がれてきた自然の摂理なのです。

 あなた方リリィの振る舞いはこの世の理も、この国の文化も精神も、全てを侵す行為に他ならない。あなた方は『伝統の破壊者』なのです。

 

 とは言え、リリィ本人を責めるのは酷というもの。精神疾患を患っている者を哀れみこそすれ、非難するなど外道の所業。

 では諸悪の根源はどこにあるのか。言うまでもなく、悪法を振りかざし偏向したプロパガンダを振り撒く政府と、それを垂れ流すマスコミたち。彼らこそが今この国を歪めている元凶なのです。

 歪みは正さなければならない。それが可能なのは理性という名の剣と、啓蒙という名の灯りだけ。

 

 高松咬月氏、貴方にできるのはご友人である総理大臣を諫めること。そして哀れなリリィのために環境を改善してあげては如何でしょうか。

 現状のガーデンでは、生徒は勿論のこと、教職員もほとんどが女性で構成されています。女子校という偏った環境が同性に走らせているのは明らか。昨今この世界を蝕んでいる歪んだ女尊男卑の思考の温床に違いありません。

 逆に言えば、男性の魅力を知ることで間違った性癖が矯正され、正常で健全な恋愛感情を育めるはず。男性を不快な目で見たり軽んじることもなくなるかと。

 真に生徒の未来を案じるならば、どうか閉鎖された箱庭を打ち破ってください。

 さもなくば、貴方は後世において必ず裁かれます。『歴史の大罪人』となることでしょう。

 

 また、小生は共学化と共に、防衛軍から教導官を招聘すべきだと愚考します。

 チャームとは兵器。普段ヒュージを相手にしているとは言え、人を殺めることができる兵器なのです。そんな代物を扱うことの重さと覚悟を、箱庭に閉じ籠っているリリィや元リリィの教導官が本当の意味で理解できるとは思えません。

 そこでプロの軍人に、本物の防人に、心の強さと力を持つ者の在り方を学ぶのです。

 

 以上、長々と書き連ねて失礼致しました。

 今後の皆様のご多幸をお祈り申し上げます。

 

 心に刃を。大地に光を。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「何だこの怪文書……」

 

 読み終えた眞悠理の口元は痙攣の余韻の如く引きつっていた。

 事実は小説より奇なり。繰り出された文は彼女の覚悟を上回っていたのだ。何が書かれているかは分かるが、何を意味しているかは分からない。そんな文だった。

 

「差出人は都内在住の男子高校生ですって。名前も含めて、本当の素性かどうかは分からないけれど」

「代行はこれを読んで、何と?」

「ここまで気を遣わせた以上、返信せぬのは無作法じゃろうって」

「ペンフレンドかな?」

 

 何食わぬ顔の祀と話している内に、眞悠理も平静を取り戻してきた。そうして怪文書の中身について落ち着いて考え始める。

 

「悪戯だとしても、費やされた労力を思えば、かなり本気の悪戯なんだろう。だったらこちらも本気で考えなければ」

「眞悠理さん?」

 

 様子の変化に訝しむ祀だが、眞悠理は構わず続ける。

 

「まず差出人名について。流石に実名とは思えないし、実名だとしてもそれはそれで居たたまれない。この共学提案お兄さんを、仮にパトリオット氏と呼称しよう」

「えぇ……」

「それでパトリオット氏の主張だが、全体的に見ると、明治維新から敗戦にかけての日本の在り方へ回帰したがっているように思える」

 

 その間、およそ八十年。伝統と呼ぶには些か大袈裟ではある。

 だがどこの国でも自国の歴史を誇る際は大袈裟に語るものなので、その点は些細な問題だろう。

 

「まあ何にしろ、私たちリリィの恋愛や家族観に異議があるのは伝わってきたわ」

 

 祀の言う異議というのは、リリィ同士の恋愛を非難している部分だろう。

 

「しかしなあ。前世紀に国連が国際疾病分類から同性愛を除外している以上、リリィが精神疾患の患者という認識は正しくないぞ」

「彼にとっては、国連も日本政府と同じく『摂理を歪める者』なんでしょう」

「だったら欧州も米国も台湾も、パトリオット氏の敵ということになるな」

 

 眞悠理が列挙したのはいずれも同性婚を法制化している地域であった。そして同時に、日本が政治的に足並みを揃えている勢力でもある。

 

 眞悠理からすれば、同性婚法を可決するに当たって日本政府は反発を楽観視していた節がある。この国では同性愛に批判的な宗教の影響力が小さいからだ。政府の見立てはある意味では間違っていない。実際、数の上では強硬に反対した者は少なかった。

 しかし少ないからこそ、その反発は先鋭化してしまう。法の施行直後、所管省庁たる法務省法務局や婚姻届を受理する市役所にて、反対派が日本刀を振り回す事件が起きたほど。

 たとえ社会に認知され、制度として認められても、そこに住む人間全てに受け入れられるとは限らないのだ。

 

「それからガーデンの教導官や職員が女性ばかりという指摘。専門性が求められる教導官はともかくとして、職員については過去の不祥事が原因なんだが」

 

 眞悠理は資料と人伝に聞き知った十年以上昔の出来事を思い出す。

 当時どこぞのガーデンにて、男性職員が複数人の生徒の髪を撫で触っているという事実を週刊誌にすっぱ抜かれたことがある。件の職員は「向こうから誘ってきた」だの「リリィの素行調査」だの弁明したが、無論通用するはずがない。吊るし上げの果てに罷免。更にはSNS上で実名を晒されるなど、悲惨な末路を辿ってしまった。

 今現在、ガーデンの教職員の多くが女性なのは、そういったスキャンダルからの自衛という側面がある。

 もっとも最大の理由は、引退したリリィの雇用先を確保するためなのだが。

 

「ああ、あの事件ね……。髪を触られるのは同性でも嫌がる子がいるからねえ」

「よっぽど親しい仲ならともかく。そうでないなら、人との距離感を上手く測れないタイプの人間なんだろう」

 

 眞悠理はそこで一旦溜め息を挟む。

 

「大体、女子校だから同性に走るというのも乱暴だ。その理屈なら、男子校だった頃の士官学校や商船学校は男色だらけになるが、実際は違うだろう? ……いやまあ、私が知らないだけかもしれんが」

 

 頬舌になる眞悠理とは反対に、祀からの相槌はだんだんと減っていく。

 

「防衛軍からの教導官招聘についても、大分無理がある。チャームの扱いもリリィの戦術も門外漢なのに。逆に私たちが正規軍の指揮を執れないのと同じことだ。覚悟云々の精神論については論じるまでもない。恐らくパトリオット氏は軍事に明るくないんだろう」

 

 それから満を持して、この怪文書最大の怪文ポイントに迫る。

 

「最後のポエム、これ要るのか? それとも何かのメタファーなのか。例えば『心』を彼の言う文化・伝統と見なしたら、『刃』というのは――――」

「ぷふっ」

 

 途中から沈黙していた祀が突然吹き出した。

 その一方、興を削がれた眞悠理はジト目で睨む。

 

「ふふふふふっ……。止めて眞悠理さん、冷静に分析するの止めてっ」

「人が真面目に考えてるのに」

 

 ひとしきり笑った後、落ち着きを取り戻した祀が改めて口を開く。

 

「こんなの、ルサンチマンの発露に決まってるじゃない。まともに考察しなくても」

「社会心理学的な問題を全てルサンチマンで片付けるのはどうかと思うぞ。見かけに寄らず大雑把なんだな」

「そういう眞悠理さんは見かけよりも細かいわね」

 

 そこまで言われても、眞悠理には納得がいかなかった。一見すると非常に不躾な文面なのだが、彼女にはこの手紙が悪意や敵意で書かれたものとは思えなかった。下手をすれば、善意ですらあるかもしれない。ただ、思考の過程が常人には理解できないほど突飛なだけで。

 この仮定が正しいとするならば、一体どういった特異な環境・経験が彼を形作ったのか。学問の徒として大変興味深い事例であった。

 

 とは言え、いつまでも社会心理学の探求に勤しんでもいられない。今日この生徒会室に集まったのは手紙を読むためではないからだ。

 眞悠理が手にしていた怪文書を机の上に戻した時、ちょうど部屋の扉が開いて待ち人が現れた。

 

「ごきげんよう。遅れて申し訳ありません。早速始めましょう」

 

 長い茶髪を後ろで縛った三年生。生徒会三役の残りの一人。ブリュンヒルデを拝命する出江史房が到着したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 レギオン関係の雑事を終えた史房が合流し、生徒会室に生徒会三役――祀はオルトリンデの代行だが――が揃ったことになる。

 

「まず最初に、先の横須賀で確認されたヒュージについて。祀さん、お願いします」

「はい」

 

 広大なテーブルの上座に着いた史房に促され、祀がタブレット端末を操作する。あとの二人も各々の端末を用いて祀に倣う。

 

「今端末に表示されているのが、一柳隊が横須賀沖で交戦したラージ級クラッシャー種マンタ型の亜種です。これは先週の頭に、露軍ウラジオ基地を襲撃して近隣のリリィに撃破された個体と同種のものと思われます」

 

 タブレットのディスプレイからホログラフの立体映像が現出する。

 ぞのヒュージはマンタ型の前ヒレ部分が巨大なハサミになっていた。また上下に開いた頭部の中には破砕機の代わりに、無数の魚雷発射管が剣山の如く生えている。

 

「特筆すべきはその火力。頭部の魚雷は勿論、両のハサミにも武装が確認されました。これと交戦した安藤鶴紗さんの報告から、一種の音波兵器ではないかと推察しています」

「これは、全ての船にとって脅威となるわね。対策は?」

「対処法としては、艦艇搭載の対潜兵器を集中投入することで、撃破は無理でも火器使用の抑制を期待できるかと。また火力が強化されている分、装甲が通常のマンタ型に比べて劣っています。これは鶴紗さんとの戦闘記録からも明らかでしょう」

 

 史房の前なので言葉遣いを改めた眞悠理の問いに、祀が答えた。

 

「幸いなことに、現時点までにこの亜種は二体しか確認されていません。近隣諸国を含めた各ガーデンには既に情報が入っています。百由さんが開発したチャーム用対潜砲弾もそうですが、今後有効な戦術が模索されていくでしょう」

 

 史房の言葉を合図にしたかのように、ディスプレイの映像が別のヒュージを映し出す。

 スモール級のファング種ピスト型。本来ならば今更取り上げるべきヒュージではないはずだった。

 

「こちらは横須賀の住宅地跡で確認された、ピスト型のレストアと思しき個体です。数は五体。いずれも一柳隊によって撃破されました。戦闘データから判断して、新種の可能性は低いと思われます。鶴紗さんの報告通り、ピスト型のレストアで間違いないかと」

 

 祀が念を押してレストアの正体を確認したのには理由がある。

 個としては能力が低いスモール級はネストに生還して傷を癒すケースが稀だった。その上、梅と互角に戦うほどの戦闘技術を身につけていたのだから、新種を疑われても仕方ない。

 この会議での祀の報告は、そんな疑いを晴らすものだった。

 

「本件レストアについても各ガーデンで情報を共有済みです。報告では、レストア以外の通常のヒュージとの連携が見られませんでした。戦い方が大きく異なるので足並みを揃え難いのでしょう。故に対処法としては、他のヒュージ群と切り離した上での各個撃破が考えられます」

 

 史房はそう言ってレストアの話を切り上げる。

 それから再びホログラフが変化して、三体目のヒュージ、全翼の戦闘機を思わせるシルエットが現れた。

 

「これ、ね……」

 

 眞悠理が目を細めて呟いた。

 現状で百合ヶ丘が抱える懸案事項の一つ。ミドル級特型ファルケ。

 行方をくらませていた特型があろうことか、またしても一柳隊の前に立ちはだかったのだ。

 

「横須賀沖上空に姿を見せた特型ですが、海戦終結よりも前に戦闘区域から逃亡、浦賀水道を南下した後に西へ転進したところまで確認できました。これは、ヒュージ群の予想侵攻経路と重なるものと思われます」

「更に言えば、横須賀沖海戦の二日ほど前に静岡方面と甲州方面でヒュージの大規模な戦力移動があったと、アルケミラ女学館並びに甲斐聖山女子高等学校からそれぞれ情報を得ています」

 

 祀の後に続いて史房が補足する。

 二人の情報を合わせて、事の次第を推測するのは眞悠理だ。

 

「つまり、この特型が他地域のヒュージを糾合して横須賀基地を襲撃したと?」

「少なくとも、百合ヶ丘とメルクリウスではそう見ています」

「……ヒュージの指揮系統については未だ不明な点が多い。その可能性も十分あり得ますね」

 

 現状で分かっているのは、ネストの管理運営を行なうアルトラ級と戦闘指揮官であるギガント級。それぐらいのものだろう。ラージ級以下の役割に関しては何らかの法則があるかも怪しいのだ。ましてや複数のネスト間での連携など、確認された事例が無い。

 

「仮に本件が特型の企図したものとして、目的は何でしょうか? ネストを手薄にし、見ようによっては無謀とも言える強襲。それだけの価値がある作戦だっとは思えないのですが」

 

 祀の疑問に答えられる者は居なかった。

 暫しの間、広い生徒会室に静寂が流れる。壁掛けの時計から聞こえてくる秒針の音は別にして。

 最初に沈黙を破ったのは、思い出したかのように言葉を発した史房であった。

 

「その特型に関して、新たな情報が入る予定です」

 

 そう言って時計にチラと視線を送る。

 それから幾ばくも経たない内に、出入り口の扉を叩く音が響いた。

 

「どうぞ」

 

 史房に促されて入室した人物は後ろ手に扉を施錠した後、空いている席に腰を下ろす。

 きめ細やかな白い肌と銀糸の如く透き通った銀髪の美しいリリィ。彼女は生徒会三役の前でも気後れすることなく、机の上で両手を組み口を開く。

 

「ごきげんよう。急かすようで申し訳ないけど、早速本題に入っても良いかしら?」

「ごきげんよう、ロザリンデさん。始めてもらって構わないわ」

 

 銀髪のリリィ、ロザリンデ・フリーデグンデ・フォン・オットーに対し、砕けた素の口調となった史房が答える。

 ロザリンデも史房と同じ三年生だった。

 

「史房さんも概要は知っていると思うけど。私たちのレギオンはゲヘナのとある施設にお邪魔した際、例の特型に関するデータを発見したの」

 

 話に合わせて、史房が端末を操り二年生二人のタブレットにデータを送る。

 ちなみに報告者であるロザリンデ自身は手ぶらだった。既に頭の中へ叩き込んでいるのだろう。

 

「元々はただのペネトレイ種カウダ型だった。それが実験を経て、ああなったというわけ」

「ロザリンデ様、姿かたちはまだともかく、幾らゲヘナといえども戦術行動や指揮能力を付与するなど可能なのでしょうか?」

 

 眞悠理の質問は想定済みだったのか、ロザリンデが小さく頷いて肯定する。

 

「それが可能だったのよ。流石に具体的な方法までは掴めなかったけどね。……ところで貴方たち、リンガ・フランカプロジェクトってご存じ?」

「はい。ヒュージ出現当初に各国の研究機関が共同で立ち上げた、ヒュージとの意思伝達手段を模索する計画ですね。多額の予算と十年近い期間を費やした末、大した成果も上げられずにプロジェクトは凍結されたはずですが」

 

 代表して祀が答えた。ここまでは一般にも知り得る範囲の情報だ。

 

「ところがその研究を引き継いで細々と続けていた者たちが居た。ゲヘナの前身に当たる研究チームね」

「……つまり、人とのコミュニケーション能力を持たせようとした結果が、知能の発達したあの特型であると?」

「そういうことよ」

 

 声色には出さずとも半信半疑といった様子の祀に対し、ロザリンデは事も無げに首肯した。

 

「実験は失敗、実験体は逃走。迷惑な話ね」

「ええ、全く。史房さんの仰る通り。それで、これ以上の情報を得るには、かつてその実験が行われていた施設を当たってみるべきね。場所は既に割り出しているわ」

「静岡の……伊豆半島北東部にある放棄された工場跡。陥落指定地域だけど、ネストやヒュージ群からは離れているのね」

 

 史房が険しい表情でタブレットのディスプレイを見つめる。

 本来、ゲヘナの施設が対象ならロザリンデのレギオンが担当するべきなのだが、今回の工場は放棄されて久しいらしい。そうなると他のレギオンにお鉢が回ってきても不思議ではない。実際ガーデンがそう判断したから、こうしてロザリンデが生徒会に話を持ってきたのだろう。

 

「分かりました。本件工場跡の調査については次回の軍令部作戦会議にて検討しましょう」

 

 タブレットに落としていた視線を持ち上げ、史房が纏めに入る。

 

「本日の連絡会議はこれで終了とします。横須賀で確認されたヒュージについてはガーデン内でも周知させてください」

 

 その言葉へ応答した後、祀と眞悠理の二人は席を立ち、各々の仕事に向かうべく生徒会室を後にする。

 部屋の中に残ったのは三役の残り一人の史房とロザリンデの、三年生二人だけとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何だか中途半端なまま引き継がせるみたいで、悪いわね。こっちも別件で百合ヶ丘を離れることになるのよ」

 

 部屋の外の廊下、無人になった生徒会室に鍵をかける史房の背に、一足先に退出していたロザリンデの声が届く。

 施錠を終えた史房はくるりと振り返って、窓際の壁に寄り掛かる彼女の横に歩いていく。

 

「また遠出になりそうね。ご苦労様」

「私たちは特務ですから、ガーデンが行けと言うならどこへでも行くわ」

 

 ロザリンデの所属する隊を始め、特務レギオンは全てガーデン直属であり生徒会の指揮下にはない。ガーデンの命令で特定の任務に専従するのだが、ロザリンデのレギオンの場合、表向き衛生任務に当たることになっている。

 ガーデン直属。それ即ち、特務によって生じた責任は生徒会には無く、全てガーデンが負うことを意味していた。

 

「貴方たち生徒会の中にも、外征に思うところがある人は居るようだけど」

 

 ロザリンデが続けて語り掛ける。窓から外の光景を見つめる史房の横顔へ。

 

「これからはどうしたって外征メインになっていくわ。由比ヶ浜ネストが消え、日本全体を見ても防勢から攻勢へ移りつつある」

「そうね。でもそんな時だからこそ、無理のある侵攻は慎むべきだわ。どこのリリィも」

「まあ、もっともな話ね。だけどこればかりはガーデンによるとしか言えないわ。生徒の自治権なんて場所によってまちまちだから。ただ……」

「ただ?」

「幸いなことに、私たちはガーデンにも上司にも恵まれた。それは確かよ」

 

 はっきりとそう言い切ると、ロザリンデは別れの挨拶を済ませて史房に背を向け歩き出す。

 

 廊下の先、一人のリリィが静かに佇んでいた。

 優しい亜麻色の長い髪を持つそのリリィは近付いてくるロザリンデへ、垂れ目がちでぱっちりと大きな瞳を向ける。容姿も仕草も、ただただ柔和で淑やかだった。

 そんな彼女の前にやって来たロザリンデは少しだけ屈み込む。

 そうして二人は、口と口が触れ合う軽いキスを交わした。

 

「待たせちゃってごめんなさい」

「いいわ、ロザ。許してあげる」

 

 互いに手の指を絡ませ、握り合い、廊下の向こうへ消えていく。

 史房もまた、逢瀬の一端を見ることなく反対方向に向け歩き出していた。出歯亀は彼女の趣味ではないからだ。

 

 

 

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