DESIGNED LIFE   作:坂ノ下

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第18話 襲撃

 吸い込まれんばかりの真っ暗な空の下に、同じく真っ暗な森林が広がっている。

 辺りに人家の灯は見られない。あるのはただ広大な自然ばかり。

 ところが、今この時に限っては、自然の中に暮らしているであろう生き物の声が聞こえてこなかった。これだけの森ならば、梟の一匹や二匹住み着いていても不思議ではないというのに。

 その原因は夜空を進む金属の鳥にある。この鳥の頭上で回転する機械の翼が、夜行生物の鳴き声を掻き消しているのだ。

 

 木々のすぐ上、低空を這うように一機。そしてその後方上空にもう一機。二機一組で飛ぶ黒塗りのヘリコプターこそ金属の鳥の正体だった。

 ヘリと考えた場合、その回転翼がもたらす騒音は小さい方と言えるだろう。

 後方上空から周囲を睨むように飛ぶ機体はやや小振り。それに対して、低空を這っている機体はヘリとしては中型である。

 そんな中型ヘリの兵員室に、九人の少女たちが腰を下ろしていた。

 

「改めて確認します。当該施設において想定される警備戦力は二個分隊。武装は小銃と拳銃。ただし過去の事例から、対物ライフルや携行ロケットランチャー等の重火器を隠匿している可能性があります。強化リリィについては二名が実験対象として所属していますが、戦力としての運用は認められていません。万が一我々の迎撃を強要されたとしても、大きな脅威にはならないでしょう。また現在のところヒュージは確認できていません。ただ、先行偵察によって敷地の地下に空間が存在することが判明しました。不意の遭遇に留意してください」

 

 他の八人に対して淀み無く説明しているのは北河原伊紀であった。

 ただし、その恰好は黒を基調とした百合ヶ丘制服ではなく、濃緑の斑模様をした防衛軍野外戦闘服を纏っている。本来なら腰まで届く長い桃色髪も、今は短く結われていた。

 九人皆がそういった出で立ちなものだから、初めて見た者は困惑するだろう。しかし彼女たちは歴としたリリィである。その証拠に全員がチャームを所持していた。

 

「作戦配置ですが、当該施設から山道を下った先、街道との分岐点に監視要員として一名。南側の正面入り口に二名、北側の裏口と西側通用口に各一名。そして突入班が残りの四名となります。実際の編成はご覧の通りですね」

 

 伊紀の操作するタブレット端末から、ホログラフの立体映像が件の研究施設とその周辺地図を宙に映し出す。

 施設の周りにはやはり人家の類は無い。山と森に囲まれた、いかにも人目に憚る行為のために用意されたような場所だった。

 

 そこは三重県のとある山中の研究所。多国籍企業ゲヘナの所有する施設。

 北河原伊紀の率いる特務レギオン『ロスヴァイセ』はこの施設で実験を受けている強化リリィの保護を目的としていた。それが表向き衛生部隊とされる彼女らの真の姿。ロスヴァイセ自体もまた、全員が強化リリィで構成された集団である。

 確認済みの被験者はたったの二名だという。しかし、これは今後大勢のリリィを収容する前段階に過ぎないと百合ヶ丘は見ていた。施設に流れる電力量が不自然に大きいという調査結果が、その根拠の一つである。

 

「それでは皆さん、全力を尽くしましょう。保護対象は二人とはいえ、今後の禍根を断つことに繋がります。私たちのまだ見ぬ姉妹を救うために」

 

 伊紀らしからぬ固く緊張した声が続いていた。

 だが最後の締めを宣言し終えると、張り詰めていた表情がフッと和らいだ。

 一転して余裕が出てくる。故に伊紀は先程から気になっていた問いを投げ掛けてみる。

 

「ところでロザ姉様、そのほっぺた。また那岐(なぎ)様と喧嘩されたのですか?」

 

 伊紀の向かい側に座る銀髪――伊紀と同じように短く結わえているが――のリリィ。彼女、ロザリンデの右の頬には薄らと赤い紅葉みたいな跡が見える。気にしなければ分からない程度ではあるが、それでも近くにいると気になってしまうものだった。

 

「ああ、これは喧嘩じゃないのよ。今日学院を発つ前に、うたた寝してる那岐を見かけたからちょっとキスしようとしたの」

「はあ、それで反射的に平手が飛んだのですか。流石はデュエル世代」

「ま、その後で那岐に一杯()()()してもらったから。結果オーライね」

 

 ロザリンデが整った顔に深い笑みを浮かべる。

 彼女とその恋人との間柄は、周りの者にはよく知られていた。ロザリンデが頬に紅葉の跡を作ってくることも、一度や二度ではない。

 一見するとお淑やかで花や蝶にも例えられるが、その実、三年生の中でもかなりの激情家。下級生からは言葉より先に手が出ると恐れられるほど。もっとも、ロザリンデ曰く「そこもまた良い」のだとか。

 

「成る程。だから今日の姉様、妙に機嫌が良かったんですね」

 

 伊紀の右隣の席で相槌を打つのは薄く透き通った青い髪のリリィ。例の如く、長い髪を短く結っている。

 彼女はロザリンデのシルトであり、同時に伊紀のシュッツエンゲルでもある石上碧乙(いしがみみお)。百合ヶ丘では彼女らのような擬似三姉妹をノルンと称している。

 

「でも元はと言えば、寝込みを襲った姉様に非があるのでは?」

「それはそれ、これはこれ。貰えるものは貰っておく主義なのよ」

 

 そんな碧乙とロザリンデのやり取りに、周囲のリリィからくすくすと笑いが漏れる。作戦前の固く尖った空気というものが、そこには無かった。

 

(ふふっ。ロザ姉様と那岐様が親しくされれば、その分だけ私と碧乙姉様の時間が増えますねぇ。ふふふふふっ)

 

 若干一名、他とは違う意味で笑みを浮かべる者は居たが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目的地よりも大分手前でヘリから降下し、ロスヴァイセは徒歩によって闇夜の山林に分け入っていた。

 九人のリリィと九つのチャーム。それ以外にも、予備の第一世代チャームを満載したポッドに、予備弾薬、携行食糧等々を所定の場所に隠匿しておく。作戦終了後にヘリと合流できなかったという最悪の事態を想定した、長期潜伏に向けての備えであった。

 九人は皆、頭に濃緑の鉄帽(ヘルメット)を被っている。防衛軍の装備品に似せられてはいるが、中身は全くの別物。リリィバトルクロスというリリィ専用の防具の内、フェイスアーマー型をヘルメット型に改造した新装備だった。通信装置や防御結界強化など、複数の機能が搭載されている。

 

 一定の間合いを空け散開して進軍するロスヴァイセだが、不意に主将の号令で立ち止まる。

 

「総員、これよりチャームの試射を実施します。実弾用意、三連射……射てっ!」

 

 各々の銃口から、三発の弾丸が暗がりへと吸い込まれていく。発砲音は極めて少量だった。

 

「次、弾種変更レーザー、三連射……射てっ!」

 

 続いて実体弾に代わり、夜闇に映える光芒が放たれていく。

 光学兵器は威力が高く、弾薬が嵩張らないという利点がある。その一方、マギの消費が多い上に、ヒュージの中には光学兵器を減衰させるビームコートという装備を持つ者が存在した。故に多くのチャームには、光学兵器と実体弾の切り替え機能が備わっているのだ。

 

「次、弾種変更ショック弾、三連射……射てっ!」

 

 最後に試射されたのは光学兵器でもただの実弾でもなかった。それは着弾と共に小さな稲光を瞬かせたものの、命中した木の幹に大したダメージは見られない。

 この特殊弾頭、標的に電流を流すことで一時的な激痛と筋肉麻痺を引き起こす低致死性兵器である。従来の電気銃と同系統のものであるが、射程も制圧力も大きく上回っていた。言うまでもないが、ヒュージなどには通用しない対人兵器に該当する。

 

 このショック弾頭にしろヘリにしろ、特務レギオンであるロスヴァイセは表沙汰にできない装備も保有していた。そのような装備は国からの補助金ではなく、スポンサーからの資金により開発・整備されている。

 当然のことだが、私立のガーデンには出資する民間スポンサーが付いている。百合ヶ丘の場合、それは国内外の非ゲヘナあるいは反ゲヘナ企業や資本家であった。ゲヘナは巨大企業ではあるが、それだけに敵も多く抱えていたのだ。

 

 試射によりチャームの異常が無いことを確認すると、一行は進軍を再開した。

 山麓の街道監視に一名残し、山道を登り、目的の研究所に迫る。

 

「ヒュージサーチャーに反応あり。地下空間と思われる。ただし現状で動きは無し」

 

 先頭を行くロザリンデが警告を入れる。

 警戒しつつ研究所の敷地に侵入するが、それでも動きは見られない。

 よって一行は予定通り、対象の包囲へと取り掛かった。遠巻きに三方向から接近し、監視カメラや警報装置を狙撃し無力化する。直後、マギで強化した身体能力により一気に距離を詰めていく。

 

「こちらヴュルガー(ツヴァイ)、並びに(アハト)。南側正面入り口確保」

 

 ヘルメット型のバトルクロスを通じ、碧乙からの通信が入ってきた。ロスヴァイセ副将の彼女は外周班四名の指揮を執る。

 

「ヴュルガー(ゼクス)、北側裏口確保」

「ヴュルガー(ズィーベン)、西側通用口確保」

 

 続く通信によって、取りあえずの包囲が完了したことを知る。

 ここまで警備の状況、その手薄さに関しては事前の情報通り。何かの罠ではないかと疑ってしまうほどに。

 しかしながら、被験者であるリリィがここに居るのはほぼ確実。ならば踏み込んでいくのが彼女たちロスヴァイセ。

 主将である伊紀は改まった態度で命を下す。

 

「ヴュルガー(アインス)より突入班、突入開始」

 

 制圧済みの正面出入り口より、こじ開けられたガラスの自動ドアを抜けて、四人のリリィが建物内部へ侵入を果たす。

 シューティングモードのアステリオンを構えたロザリンデを先頭に、カスタマイズされたグングニルを持つ伊紀を殿にして。

 清潔感ある真っ白なタイルの床を、四足の靴が踏み汚していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこはゲヘナの実験施設の中では比較的小規模である。

 だがそれでも他企業の施設に比べると広大であろう。ゲヘナの研究対象はヒュージやマギ、強化リリィ等であるため、予算面でも土地の面でもスケールが大きいからだ。

 

 施設の地下、武器庫の片隅に立つロザリンデは改めて周囲を見回した。

 本来なら広いはずだが、金属ロッカーやウェポンラックが立ち並んで窮屈さを感じる空間。保管されているのは自動小銃や拳銃、予備パーツに弾薬の箱。現状有する警備戦力の割に量が多かった。「今後施設の活動を拡大させていくだろう」という百合ヶ丘の読みが当たっていたのかもしれない。収容するリリィの人数が増えれば、警備の人数も増やさねばならないからだ。

 

 そんな武器庫の最奥に、両手と両足をロープで縛られた黒ずくめの男が二人転がっている。意識は無い。ロザリンデの放ったショック弾により制圧されていた。

 

(捕縛術も慣れたものね。ロスヴァイセに入ってすぐに叩き込まれたけれど。今では目を閉じていても縛れそうだわ)

 

 何やら物騒な感傷に浸りながらも、ロザリンデは男たちの所持品や身分証を確認する。

 特に不審な点は無かった。確かに本施設の保安要員だ。

 ゲヘナ・セキュリティ・サービス、略称GSS。警備会社とは名ばかりの、ゲヘナ子飼いの私兵集団である。

 

 ヒュージとの戦いの中、日本では銃刀法が改正されていた。認可を受けた一部の警備会社に限り、小銃や拳銃、猟銃といった銃器の所持が認められたのだ。

 スモール級にどうにか対抗できる程度でしかない。それでも数の上では圧倒的にスモール級が多いので、あるのと無いのとでは大分違ってくるだろう。

 

 そういった経緯で堂々と武装しているGSSだが、訓練されたリリィの襲撃に対しては力不足が否めない。

 これは彼らの装備以上に、組織体制に問題があると思われた。ゲヘナは確かに非人道的な研究を厭わぬ集団ではあるが、その本質は軍事組織ではなく研究機関。第一義はあくまで研究であり、次いで研究のための企業運営。軍事的合理性はそのまた次ぐらいであろう。

 様々な国籍の元軍人や傭兵崩れなど、個々の能力は高い。しかしあくまでも研究者たちの小間使いに過ぎないと言ったところか。

 

「こちらヴュルガー(ドライ)。地下武器庫内に重火器は確認できず。被験者は見つけたか?」

 

 ロザリンデは確認の無線を飛ばすが、帰ってくる返事はいずれも否。最優先事項である()()は未だ見つかっていなかった。

 

「そうなると、未確認の地下閉鎖箇所に居る可能性が高い。制御システムを奪ってロックの解除を試みる」

 

 分厚い金属の扉によって足止めを食らった部屋がある。そのロックを解除するため制御系、即ちこの施設の基幹コンピュータ端末を掌握する必要が出てきた。どの道、ゲヘナの情報を得るために予定されていた行動だ。

 

 目当ての物は労せず見つかった。同じ地下の一室、制御室と書かれた部屋にそれはあった。入室には生体認証を要したが、百合ヶ丘きっての技術者(アーセナル)から提供された装備で無事にクリアできた。

 企業の基幹コンピュータと言えば、大昔なら広々とした大部屋に物々しい機械群を想像することだろう。だがこの時代のそれは見た目だけで言えば極めて簡素でコンパクト。実際、ロザリンデがこの部屋の金属棚をこじ開けて見つけ出した物は、一台のタブレット端末だった。

 

「また役に立ってもらうわよ」

 

 そう呟きながら、ロザリンデは端末にマイクロサイズのカードを差し込んだ。

 そのカードも件の技術者から受け取ったもの。カードの中に組み込まれたプログラムがゲヘナのコンピュータに侵入し、少々の時間を置いて施設の制御系を乗っ取っていく。

 実行した本人は「天才様様ね」と感心しつつ、同時に末恐ろしさも味わっていた。

 そのまま暫くロザリンデが制御室で端末を操作していると、主将の伊紀が中に入ってくる。

 

「閉鎖箇所を除く施設内の制圧が完了しました」

「ご苦労様。それじゃあ扉を開けて、本命の所へ向かいましょうか」

「データの取得は済んだのですか?」

「ええ。だけどこのプログラムを使っても解析できなかったのよ。相当手ごわいプロテクトが掛かってる。何とかコピーはできたから、持ち帰って見てもらいましょう」

 

 伊紀と話しながらも、ロザリンデはロック解除の操作を終えて端末からマイクロカードを抜き取る。

 カードのお陰でロザリンデの仕事は迅速に終えられた。

 しかし早いと言えば、施設の制圧も早かった。それもそのはず。実際の警備戦力は当初の想定よりも少なく、一個分隊強の十名。これに泊まり掛けの研究員・職員十名が加わり合わせて二十名。

 たった四名の突入班とは言え、対人戦闘訓練を受けてきたロザリンデたちにとっては容易なミッションだった。敵戦力が過大な場合は包囲を敷かず、退路の確保要員以外で突入して同胞の保護を最優先するのだが、今回はそこまでする必要も無かった。

 

 彼女たちが装備するショック弾頭はあくまで低致死性兵器であり、非致死性兵器ではない。必ずしも死者が出ないとは限らない武器なのだ。

 本作戦では今のところ人死には出てないが、過去には故意でないにしろ死者を出したケースもある。

 ロスヴァイセの任務とは、そういう任務であった。

 

「あのー、ちょっと提案があるのですが」

 

 制御室を出る際、伊紀が話を切り出した。

 

「任務で使うコールサイン、他の言葉にしませんか? いえ、ドイツ語が不適当と言いたいわけではないのですが。何と言うか、大仰と言うか本格的過ぎると言うか……」

「そう? 私からしたら普通だけど。日本語だったら『百舌鳥1』『百舌鳥2』ってとこかしら」

 

 言い難いのか、言葉を選んでいるかのような伊紀。

 彼女の気持ちはロザリンデにもおおよそ理解できた。オブラートに包んでいるが、要するに中学二年生的なアレを感じたのだろう。

 何にせよ、コールサインは作戦ごとに毎回変える。他の言語にするのも良いだろう。

 しかしロザリンデはドイツ語も時々は使う気でいた。恥じらっている伊紀をまた見たいと思ったからだ。

 

「ヴュルガー(ノイン)より本隊へ。街道から山道を登る防衛軍部隊を確認。軽装甲車、高機動車、中型トラックを認める。規模は一個中隊」

 

 不意に、山麓の街道を監視している仲間から通信が飛び込んできた。

 中隊規模。ただの哨戒とは考え難い。

 三重の地区防衛隊にゲヘナの息が掛かっているという話は聞いたことがないが。

 

「ヴュルガー1、了解。外周班は引き続き警戒厳にしてください」

 

 応答した伊紀と共に、ロザリンデも歩みを早める。

 そうして例の扉の前に到着した。チャームの砲撃も寄せ付けないであろう、特殊合金の分厚い扉の前に。

 既に二人が先行して被験者に接触しているはず。にもかかわらず、保護成功の連絡が無い。

 隔壁と呼ぶべき重厚な扉を、ロザリンデは足早に抜けていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「来ないでっ! 来ないでよぉ!」

 

 実験施設と訓練場が一体になったかのような広々とした空間で、ロザリンデはチャームの銃口を突き付けられていた。

 相手は十四か十五歳といったところか。訓練服と思しき質素な黒衣を着ており、隈のできた両目をぎらつかせて侵入者を睨んでいる。乱れた赤毛は薄く透き通り、物々しい絵面の中でも美しく映えていた。強化リリィで間違いない。

 そしてそんな彼女の背後にはもう一人、透き通った白髪の強化リリィが床にへたり込んでいる。意識はあるようだが、先程から小刻みに震える以外、大した反応を見せていない。チャームも腕の中に抱き抱えているだけだった。

 

「私たちはこの施設の人間ではないわ。貴方たちを管でつないだり、針を突き立てたりしない」

 

 ロザリンデは赤毛のリリィの前に立って説得を試みる。アステリオンを手放し、ヘルメットも脱いだ状態で。感情を抑えた落ち着き払った声色で。

 

「くるなって言ってんだよぉ!」

 

 激昂して口調が豹変する。

 精神が不安定になりがちなのも、施術を受けたばかりの強化リリィの特徴だ。

 

「今ここで戦う必要は無いのよ。貴方たちを閉じ込めた連中がそこらに転がっていったのを、見たでしょう? ここから出られるの。誰も追ってこれないし、追ってきたら連中と同じ目に遭うわ」

 

 ロザリンデの言葉通り、実験室の隅には両手足を拘束された男たちが転がっている。警備要員二人に、白衣の研究員が三人。モルモットにチャームを持たせて悪足掻きしようと考えたのだろう。

 ちなみに、責任者らしき老齢の研究者は口から白い泡を漏らしていた。ショック弾による電流を浴びた影響か。元より高齢者や不健康な者にとっては後遺症の危険もある武器だった。

 もっとも、その程度のことはロスヴァイセならば誰も気にしない。作戦上必要な、最低限度の犠牲というわけだ。

 

「後ろの彼女、然るべき場所で治療を受けさせるべきよ。体の傷は治っても、心の傷は中々治らない。貴方だってそう。一緒に治療しないと」

 

 ガーデンで検査しなければ断言はできないが、ロザリンデには二人ともそれほど強い施術は受けていないように思えた。

 しかしながら、身体への強い施術無しでここまで精神が不安定になっているということは、それだけ日々の実験が過酷だったのだ。

 それ故にロザリンデたちは慎重に事を進めていた。強引な手を使わず、彼女らの意志を尊重する形で。時間を掛けるリスクを背負い込んででも。それこそがロスヴァイセの存在意義なのだから。

 

「……一緒に? 本当に、一緒に?」

「ええ、約束するわ。貴方たちを引き離したりしない。暮らす場所に多少の不自由はあるけれど、一緒に居られるわ」

 

 赤毛のリリィとの距離はおよそ六メートル。不測の事態を起こさぬよう、ロザリンデはそれ以上踏み込まなかった。その位置から、語り掛けていた。

 

 暫くの沈黙。

 赤毛のリリィはぎらついていた瞳を左右に彷徨わせる。小さな仕草だが、彼女が逡巡しているのは明白だ。

 その間、ロザリンデは口を閉じていた。

 白髪のリリィの小さな息遣いだけが、この広い空間内での唯一の音となった。

 やがて、ロザリンデに向けられていたチャームがゆっくりと下げられる。視線は未だ彷徨っていたが、剥き出しの敵意は収まりつつあった。

 

「行く……行きます」

 

 か細く独り言にも聞こえる声に、ロザリンデは内心で安堵する。

 しかし焦らず、ゆっくり歩いて距離を詰め、まだ力の抜けていない両肩に手を乗せる。

 

「ありがとう。でもチャームはまだ手放さないでね。ここを離れる時に役立つから」

「うん」

「もう一人の子は一人で歩けそうかしら?」

「多分、時間が経てば、大丈夫。だと思う」

 

 そこまで聞くと、ロザリンデは一旦手を離して距離を取った。

 すると赤毛のリリィは案の定、座り込んだままの白髪のリリィの傍へ歩み寄っていく。

 

 実の所、ゲヘナの施設において初めから戦闘要員として扱われる強化リリィはそう多くない。大半のリリィが嫌々実験を受けさせられており、そんな彼女らに武器を持たせても信用も期待もできないからだ。

 自分から強化に志願したり親族が研究員だったりする()()()()信用できる者は、本当に重要な施設にしか配備されない。なのでそうしたごく一部の例外を除いた場合、人間の兵士に重火器を持たせるか、設備への被害覚悟で実験体のヒュージを投入した方がまだマシだというわけだ。

 

 交渉のために外していた装備品――ヘルメットとアステリオン――を装備し直したロザリンデへ、今まで遠巻きに様子を見守っていた伊紀が耳打ちをする。

 

「先程の防衛軍部隊の件ですが。敷地外周部の地下から現れたヒュージと交戦に入りました」

「今頃出てきたの? ヒュージが?」

「はい。スモール級六体に加えてミドル級も三体交じっていたため、外周班には状況を見てヒュージ討伐に加勢するよう指示したのですが」

 

 伊紀はそこで言葉を切って一拍置いた。

 

「防衛軍部隊は単独でこれを撃破して、現在はここの周囲を包囲するように動いています」

 

 さっきまで通信機内蔵のヘルメットを外していたので初めて知ったが、まさかそのような事態になっているとは。

 ロスヴァイセが施設に侵入した際、不気味に沈黙していたヒュージ。それが今更動き出したことも気にはなる。

 だがそれ以上に、防衛軍の処理の早さが不可解だった。スモール級だけならともかく、ミドル級が存在するなら戦車や航空支援が欲しいところ。歩兵科の装備でも機関銃や対戦車火器を集中投入すれば撃破できなくもないが、それにしたって手こずるはずだ。

 

「外周班はいつでも撤退可能です。あとは、私たち」

「そうね」

 

 ロザリンデは再び二人の強化リリィの下へ近付いていく。

 白髪の方は依然として反応しなかった。そのため彼女の肩を抱いている赤毛の方に、身をかがめたロザリンデが話し掛ける。

 

「さあ、この息苦しい建物から抜け出しましょう。ちょっと荒っぽくなるけど、そっちの子は走れないのなら――」

「わっ、私、私がおぶっていく、から……」

 

 赤毛のリリィが食い気味に訴えると、ロザリンデは頬を緩めて頷いた。

 

「ヴュルガー(フィーア)(フュンフ)は彼女たちの脱出を支援してください。この地下実験場からだと、資材搬入用のエレベーターを使えば西側通用口の近くに出られます」

「了解」

「了解です」

 

 伊紀の指示で突入班も動き出す。

 時間こそ費やしたが、一番の目的である同胞の保護を不足なく達成できた。ロスヴァイセにとってはそれが何よりも重要だった。

 外の防衛軍部隊もゲヘナの応援ではないらしい。面倒事は増えてしまったが、突破自体は不可能ではないだろう。彼らの目的が研究所の制圧にあるのなら尚更だ。

 

 ところが状況はロザリンデたちの想定よりも少しばかり違っていた。その事実を、建物を揺るがしかねない爆発音と碧乙からの通信で知ることになる。

 

「こちら正面入り口! 軍の連中、撃ってきたわ!」

 

 

 

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