「こちら正面入り口! 軍の連中、撃ってきたわ!」
碧乙からの通信に合わせて複数の爆発音が聞こえてくる。地下実験場は頑健な造りのため振動こそないが、上の階はその限りではないだろう。
「ヴュルガー1より外周班へ。西側通用口まで後退、合流してください。ヴュルガー7、包囲の状況は?」
「こちらヴュルガー7、敷地外周を薄く広く包囲。西側のみ配置に穴があります」
「それは、罠の可能性がありますね。逆に包囲が最も厚いのは?」
「……南側、山道への出口前。軽装甲車を横に並べて簡易のバリケードとしています」
無線による伊紀の問いに、鷹の目のサブスキル『千里眼』を持つメンバーが的確な答えを返していく。鷹の目にしろ千里眼にしろ、夜の闇は障害になり得なかった。
「では意表を突いて、最初に外周班が南側から突破を図ってください。その後にヴュルガー4、並びにヴュルガー5が保護対象と共に北側から突破。以後は各自、回収地点にて『トリカゴ』と合流しましょう。なお本施設包囲中の武装勢力に対し、ショック弾及びフラッシュグレネード、スモークグレネードの使用を許可します」
ロザリンデは傍らで伊紀の指示に耳を傾けていた。
一見強引な作戦ではあるが、外周班を率いる碧乙のファンタズムがあれば無謀ではない。それに正面突破という派手な真似をすれば、保護した強化リリィたちの脱出が容易になるだろう。
後輩にしてシルトのそのまたシルトの指揮に、ロザリンデは一人満足げに頷いた。
「あとは……彼らの目的を可能な限り確かめるべきだと思うのですが」
「そうね、同感だわ。退散するのはもう少し後にしましょうか」
自らの手で救い出したリリィたちの後ろ姿を見ながら、ロザリンデが伊紀の提案に同意する。
リスクはあるが、不測の事態にリスクは付き物だった。
地下実験場から上階へと上がり、吹き抜けが開放的なラウンジへと移動する。
ロザリンデはラウンジの二階部分、螺旋階段を上った先にある柱の裏に身を隠した。一階部分の様子もちゃんと把握している。あらかじめハッキングしておいた施設内の監視カメラから、ヘルメット型バトルクロスのバイザー裏に映像を送らせるよう設定したからだ。
ちなみに伊紀は二階の更に奥にて待機している。
「使用火器は81mmクラスの迫撃砲。数は六門、増強してるわね」
先程から五月雨式に巻き起こる爆発音を基に、ロザリンデが砲撃の正体を推測する。
建物内に居るロザリンデからすると、些か過剰な攻撃にも思えた。外壁は勿論、窓ガラスを突き破った幾つかの砲弾は室内をも破壊していた。数も多い。推測が正しければ、通常の歩兵中隊の倍に当たる門数を使用していることになる。
とは言え、既にヒュージと一戦してきた者たちにとっては足りないぐらいかもしれないが。
やがて爆発音も振動も止み、辺りに静寂が訪れた。目的は分からずとも、押し入ってくることは分かる。
相手は一個中隊。突入戦力は多く見積もっても一個小隊程度だろう。それ以上は包囲の維持が難しくなる。一斉に乗り込んで同士討ちを誘発する危険も冒さないはずだ。
程なくして、予想通りラウンジに侵入者が現れる。濃緑の
侵入者たちは的確な射撃でラウンジ内の監視カメラを潰していく。
けれどもロザリンデとてそれは想定済み。本命のカメラは二階から一階を臨むバルコニーに、目立たない形で埋め込まれていた。この時ばかりは、カメラの本来の所有者であるゲヘナに感心するのだった。
バトルクロスのバイザー裏に映る映像で八人ほど確認できたところで、ロザリンデは彼らの内の一人が銃口を下に下げたことに気付く。
何を――――
そう疑問に思ったのも束の間。
ロスヴァイセに制圧されラウンジの片隅に転がされていたゲヘナの人間たち。意識こそ戻ったものの、手足の拘束と電気ショックによる筋肉麻痺で身動きできない者たち。彼らに向けて、銃口から発砲炎が瞬いた。
警備の兵や非戦闘員の区別なく、四人の人間が流れ作業の如く殺害されていく。悲鳴を上げる暇すら無い。
それは処刑であった。
「行ってください」
「出るわ」
伊紀の指示とロザリンデの宣言が前後して無線に流れる。
今ので確信した。これは軍からの正規の命令でも作戦でもないのだと。であるならば、下手に遠慮する必要は無い。
ロザリンデは柱の影から出ると、構えたアステリオンを階下の兵士たちに向ける。
「銃を捨てなさい」
その言葉に、自動小銃の先端が一斉に上を向いた。
彼らもゲヘナを襲うリリィと思しき集団については認知していたらしい。武器をかざしながらも、引き金を引くことなく奇妙な膠着が生まれた。
そんな中で、先程処刑を実行した隊長格らしき男が口を開く。
「血迷ったか。何故我々に武器を向ける?」
「それは、こちらの目的が殺戮ではないからよ」
無論、止めに入ったのは人道的な理由だけが全てではない。この状況は些か都合が悪かったのだ。
証拠を残すような真似はしていない。だが政府は内閣調査室を通し、ロスヴァイセの襲撃を概要ぐらいは把握していた。また百合ヶ丘と関係の深いガーデンも、確証は無くとも「どのようなことをしているか」薄々察しているだろう。
そういった事情から、このタイミングでの殺戮行為は看過できなかった。加えて言うなら、あわよくば彼らが研究所を襲った理由が分かるかもしれない。
しかし当然ながら、事はそう簡単には運べない。
「対ヒュージ戦闘用意! 特火分隊前進!」
隊長の号令一下、けたたましい発砲音がラウンジに轟き渡る。二階バルコニーの手すりや壁に、多数の鉛玉が傷跡を刻み付けていく。
マギによって強化された身体能力によって、ロザリンデは再び柱の裏まで飛び退いた。
階下の兵士たちは弾幕を展開しつつも、じりじりとラウンジから後退を図っている。牽制目的なのは明らか。案の定、彼らに代わって新たな八人が前に出てきた。
その新手が肩に担いで構える得物は、銃と呼ぶには過大であった。鈍色の長銃身。銃身の割には短い
(アンチヒュージウェポン……。でも、初めて見る型だわ)
柱の影から覗き見たロザリンデは眉を顰めて訝しむ。
スキラー数値がチャームの起動に満たない者。アンチヒュージウェポンとは、そんな者たちがヒュージと
階下から、小銃とは明らかに異なる発砲音がバルコニーを襲う。
壁を突き破り、手すりを吹き飛ばし、ロザリンデが身を隠している極太の柱さえも圧し折らんばかりの勢い。弾頭に込められたマギにより、同サイズの通常兵器を凌ぐ威力を発揮できるのだ。
しかしアンチヒュージウェポンは単発射撃兵器である。一発撃つと、次弾にマギを込めるため、僅かながら時間的ロスが生じてしまう。
(発砲が途切れない。何組かに分かれて運用してるのね)
そう判断したロザリンデは躊躇なく柱から飛び出した。靴の裏に纏ったマギが反発力を生み、跳躍を爆発的なものにする。
一瞬で天井付近まで飛び上がると、アステリオンのショック弾を兵士の肩に撃ち込んだ。
被弾した者は痙攣を起こして崩れ落ちる。その戦果を確認するより早く、ロザリンデは懐から取り出した予備のボタンを一階に投げ放つ。
床に落ちたボタンは直後、眩い閃光で周囲の視界を奪った。
浮足立つ敵分隊へ、空中で更に二発の発砲。二人の兵士が床に伏す。
落下する最中にもう一発。また一人、全身を震わせて受け身も取れずに転倒する。
一階へ着地して膝を床に突くロザリンデに、兵士の一人が迫りくる。距離が近すぎるため、巨銃の銃身を掴んで棍棒代わりに横薙ぎに振るう。
ロザリンデは左腕をかざして盾とした。マギを込められ硬質化した巨銃が少女の生身を打ち据える。
結果、巨銃の銃床はロザリンデの腕に勝てなかった。銃全体が激しい衝撃に軋む。お礼とばかりに繰り出された蹴りで、兵士は体をくの字に曲げて宙を舞う。
「撃て」
不意に飛び込んできたその言葉に、ロザリンデはハッとして視線を動かした。
前方、ラウンジに隣接するエントランスの入り口付近にて、三人掛かりで運び込まれた重機関銃が矛先を向けてくる。三脚の銃架に据えられたそれは、隊長の命に従い弾を吐き出した。
誤射を恐れたせいなのか、単射による狙撃。だがそれでも、掠めただけで人体をズタズタにし得る12.7mm弾だ。マギの防御結界により防いだが、たとえ通常兵器といえども浴び続けるのは遠慮したい。
(室内で重機なんてねっ)
内心でそう呆れつつも、ロザリンデは胸ポケットから小さなスカーフを取り出した。持ち主のマギによってスカーフは瞬時に硬化し、布切れから鋭い刃へと変化する。
投擲され滑空した刃は重機関銃のバレル横に命中し、給弾口と弾薬ベルトを纏めて破壊するのだった。
息つく間もなくロザリンデはステップを踏んで横に跳ぶ。そのすぐ傍の空間を、マギを纏った弾丸が奔る。
直後に弾丸と同じ方向から人影が跳んだ。マギによる跳躍ですぐさま距離を詰め、鈍色の銃身を銃剣術の如く突き出した。
小銃からアンチヒュージウェポンに持ち替えた隊長が突撃してきたのだ。
「理解に苦しむな。外道どもの駆除を邪魔するとは。そもそも、お前らだって似たようなものだろうが」
ロザリンデは首元に迫る突きをアステリオンのバレルで逸らし、そのまま銃身同士で競り合いに持ち込んだ。
階級章から考えて、対峙している相手は恐らく小隊長クラス。彼はロザリンデに毒づきながらも、反撃の機会を与えないよう突きを繰り出してくる。防衛軍のマディックにしては、マギの質も操作もかなりのレベル。この分では防御結界もそれなりのものだろう。
「言ったはずよ。殺戮が目的ではない、と。たとえ相手が外道であれ何であれ」
「……偽善者か。殺し合う覚悟もないのなら、戦争ごっこなんざ止めちまえっ」
マギクリスタルコアがなくても、チャームでなくとも、マギを込めた物体は凶器足り得る。即席の銃剣がロザリンデの胴や胸元を狙う度に、アステリオンの銃身が甲高い音を立ててそれを弾く。
アステリオンをブレイドモードに変形する余裕は無かった。
そんな中、突然バックステップで間合いを取った小隊長が巨銃の引き金に指を掛けた。
あの攻防の最中に弾丸へマギを込めたのか。
本気か、ブラフか。
僅かばかり思考した後、ロザリンデは敵を追って前に跳んだ。強力な防御結界を持つ者にはショック弾の効果が薄い。故に直接殴り倒すのだ。
この反応は予想外だったらしい。小隊長は一瞬だけ動揺で固まってから、ロザリンデの顔に目掛けて突きを放つ。
的の小さい顔面を狙ったのが明暗を分けた。
ロザリンデは首を横に振って巨銃の一撃を躱す。代わりにアステリオンの銃口を相手の胸元――正中線に突き入れる。
間髪入れず、くぐもった呻きを漏らすその側頭部に、横から襲い掛かる銃床。
アステリオンを銃身で握り直したロザリンデのフルスイングが、結界越しに相手の戦意を刈り取った。
戦闘の余波によって瓦礫が散乱するラウンジを離れ、ロザリンデたちは施設二階の奥まった個室に移動していた。
屋内に突入してきた敵小隊は外へ退却。また包囲を敷いていた敵本隊も、碧乙たちの強行突破を受け混乱しているらしい。
一方で、保護した強化リリィを含め、味方は無事に包囲の突破に成功。残るはロザリンデと伊紀だけ。しかしその前に一つ用事があった。
「さてと。もうお話しできるわよね?」
部屋の中央で椅子に腰掛けるロザリンデが口を開いた。
床の上には、縄で手足を拘束されロザリンデに担ぎ込まれた大の男が腹這いになっている。頭への一撃で一時的に昏倒していた小隊長だ。年の頃は二十代半ば。軍人らしく黒髪を短く切り揃えている。
小隊長が無言のまま視線を上に持ち上げたのを、ロザリンデは肯定の返事と見なした。
「ゲヘナに何のご用だったのかしら? まさか人道がどうとか人権がどうとかって話ではないでしょう」
その問いに対し、小隊長はこれといった特徴の無い、しかしよく見ると整った顔を向けて答える。
「ゴミ掃除に来ただけだが? それよりも早く解放して欲しいもんだ。まああんた美人だから、レズを止めるんなら話ぐらいしてやってもいいけどな」
「初対面の相手をレズ呼ばわりなんて、随分と不躾ねえ」
「ハハッ。シラを切っても分かるんだよなあ、臭いで。まあ俺は差別主義者じゃないから、他人の趣味なんざどうでもいいが。しかし勿体ないことだ」
相手をリリィと認識した上でのあからさまな挑発、安い挑発だった。
けれどもロザリンデはそれを無意味な行為とは判断しない。こんな状況で挑発してくるのは、こちらの尋問を攪乱するためだろう。
その一方、外の仲間からの通信で敵の包囲部隊が相当に浮足立っていることが分かっていた。撤退の気配すら見せているらしい。
いよいよもって、この中隊が正規の命令で動いていない反乱部隊である可能性が濃厚になった。ヒュージならまだしも、まさかリリィと思しき人間と撃ち合うとは思っていなかったのだろう。士官はともかく、下の兵士たちは詳しい事情を知らされていないのかもしれない。
だとするなら、ロザリンデたちには多少の時間的余裕があった。
「外道のゲヘ公どもにお優しいことだから、俺にも優しくしてくれないか。そうだな……ちょっとばかり体をさすって気持ちよーくしてくれたら、ポロっと何か喋っちまうかも。だけど、むっさいズボンっていうのは頂けない。リリィってのは皆、男を誘ってるようなスカートはいてるもんだろ?」
その下卑た言い草に、ロザリンデの斜め後ろに黙って立つ伊紀が憤りを抑えるかのように顔を強張らせた。
ロザリンデとて気持ちは同じ。ただでさえ人間相手の立ち回りは神経を使うのだ。その直後にこんな相手とお喋りするのは精神的に中々くるものがある。
しかし同時に、ロザリンデは彼の物言いに違和感も覚えていた。どことなくわざとらしさを感じたのだ。先程チャームをぶつけ合っていた人間と同一人物ではないような。小さいが、口内に刺さった小骨のような違和感だった。
「どうしても話したくないのなら、手荒い真似をしなければいけないわ」
「やれやれ、チャームなんて持ち出してどうする気だ? 火遊びなら止めとけ。どうせ殺せやしないんだから」
「ふぅん、使命に忠実なのね。一本気なのは美徳でもあるけど、同時に視野狭窄でもある」
アステリオンを手に持って見せたが、小隊長は相変わらず尊大で余裕綽々な態度。
このままでは実力行使に出ても、口を割るかは微妙なところ。まず精神的に揺さぶり、しかる後に身体を責めれば成功率が上がるはず。
「視野を広げるには色んな人と交流するのをお勧めするわよ。例えば、外国で恋人でも作ってみたら? 少しは人生楽しくなるかもね」
「……いっちょまえな口を聞く。まるで、いっぱしの人間みたいだ」
「こう見えても自活してますから」
「ハッ! あんたらリリィは市民権を得たと勘違いしているようだが、それは政府や法務省の老人どもが勝手に言ってるだけだ。国民は認めちゃいない」
「国民ねえ……」
「俺は差別主義者じゃないから無理強いはせんが、荷物を纏めて国に帰るのをお勧めするよ」
それまでの余裕そうな小隊長の雰囲気がにわかに変わる。恋人というワードが癪に障ったのだろうか。顔と口調はともかく、声は憎しみを帯びていた。
恐らくはこちらが本性。今までの尋問ではロザリンデを煙に巻くため、わざと下品に悪ぶっていたのだろう。
往々にして、この手の人間は口では悪人を気取っていても、本心ではそうは思っていない。心の中では自分なりの正義を持っている。
そんな彼の正義を、本音を引き出すことがロザリンデの狙いであった。
「そもそもリリィがメディアに持て囃されるのも、見た目が良いからだろう。可愛い可愛いと言って犬猫を愛玩するのと何も変わらん。人間として人格を尊重しているんじゃないんだよ」
「ま、それは否定しないわ。だけど私たちには関係のないこと。こっちはこっちで仲良くするし恋人作るから、どうぞお構いなく」
「やっぱりレズじゃないか」
人間、どういった言葉がどんな感情を引き起こすか分かったものではない。だからそれを知るために、会話というのは重要な役割を果たす。
ロザリンデは頃合だと判断し、怒りに顔を歪めた男へアステリオンの銃口を向けた。
「それで、誰の命令で何をしに来たの?」
「ふざけるな。今の流れで、誰が言うか」
拒否されたが、勿論予定通り。
ロザリンデは斜め後ろの伊紀に目配せしてから、再び床に這う小隊長に視線を落とす。
「ところで『Z』っていうレアスキル、知ってるかしら。物体や人体の状態を巻き戻す能力よ。これを使えば傷はたちどころに治るし、痛みも残らない。もっとも、痛みの記憶は当然残るのだけど」
「…………」
「痛みの記憶は累積するのか。脳神経学者じゃないから、私には断言できないわ。ねえ、どう思う?」
軽い調子で問い掛けるロザリンデに、一時押し黙っていた小隊長が口を開く。
「そんなことが、許されるはずないだろう。このテロリストどもがっ」
「それはそちらも同じでしょう。貴方たち、軍の命令で動いているわけじゃないわよね?」
小隊長はまた黙る。
「私たち殺す覚悟なんて無いから、そこは安心してちょうだい。手足を縛ってるから自決もできないでしょ。本場のハラキリが見れないのはちょっと残念だけど。あ、喋って貰わないと困るんで口は塞がないから、舌を噛み切ったりしないでね?」
「――――以上が三重県南伊勢研究所救出作戦の概要になります」
ゲヘナの研究所での大立ち回りから一昼夜と少し過ぎた早朝、百合ヶ丘女学院の理事長室。三人掛けのソファにロザリンデと共に腰掛ける伊紀が報告を行なっていた。
「敵将校への
伊紀の報告を受けているのは今現在におけるこの部屋の主。執務机の席で耳を傾ける理事長代行である。
「うむ、ご苦労じゃった。救出した二名も含めて、リリィに被害が無かったのは重畳じゃ」
代行は年齢のせいか若干掠れた声でロスヴァイセの労をねぎらった。
「かの部隊と戦端を開いたことは、理事会でも適正だったと判断されるはず。あのまま殺戮を見過ごしていれば、百合ヶ丘は政府だけでなく同じ反ゲヘナガーデンからも猜疑の目で見られたに違いない」
伊紀とロザリンデの判断を代行は肯定する。
特務レギオンはガーデンの命によって動く組織だが、時に現場での微妙な決断に迫られることもある。その辺りは他のリリィと似たようなものであった。
「して、その襲撃者たちについてじゃが。実行部隊は勿論、命じた司令部にも既に警務隊の手が伸びておる」
「それは、随分と手が早いのですね」
「特別警務隊じゃよ。以前から網を張っていたのであろう」
「創設時から『現代の憲兵隊』と賛否両論だった特警ですか」
ロザリンデは警務隊の手際の良さに最初こそ驚くものの、すぐに納得する。
確かにあの襲撃部隊の行動は稚拙が目立っていた。根回しも偽装も十分ではなかったのだろう。
逆に言えば、それぐらい焦っていたとも考えられる。
「じゃが三重の司令部の更に上にいるであろう、統幕の急進派にまで辿り着くかは怪しいところじゃな」
ロザリンデが相対した小隊長の言動を鑑みると、急進派から思想的な影響を受けているのは間違いなさそうだ。
とは言え、流石に明確な証拠までは聞き取りによっても出てこなかった。
「ロザ姉様が持ち帰ったデータは解析科に回しています。ですが彼女たちの腕と設備を以てしても、中身を明らかにするには時間が掛かるそうです」
「ふむ。急進派はそのデータの破壊を狙ったのやもしれぬな。それ以外に動機が見当たらぬ。ゲヘナとしては、表向き平凡な施設に偽装しつつヒュージに守らせていたが、襲撃者の戦力を見誤ったらしい。その辺りは軍隊でない研究機関の限界といったところか」
当然ながら、施設に居た研究員たちもデータの内容は知らなかった。彼らは軍人でも諜報員でもない。容易に口を割ることは当のゲヘナも想定済みなのだろう。
しかしそうなると、このデータは普段の研究に援用する類のものではなく、何か別の性質を持ったデータということになる。
「一方で回収した新型アンチヒュージウェポンは百由様に調べて頂きました。三重の防衛隊ではこの装備を『AHW-09C 48式特火小銃改』の名で運用しています」
「聞いたことのない装備じゃな」
「地区防衛隊が幾ら独立性が高いと言っても、勝手に新型兵器を加えるなど普通はできません。ただし、装備の現地改修に関しては広く認められています。改修装備という名目で保有していたのでしょう」
伊紀が手元のタブレット端末を操作しながら説明する。
代行の机の上では、ホログラフの立体映像が長大な銃の画像を映し出していた。
「肝心の性能については火力、マギ充填速度、剛性、どれを取っても従来のアンチヒュージウェポンを上回っていました。ただ、ラージ級を撃破できない点は従来品と変わりありませんでしたが」
「しかしそれでもマディックにとっては強力な装備に変わりない。にもかかわらず普及していないということは……」
「はい。百由様の調査によって副作用が確認されました。この機体、使用者のマギに働きかけてマギ濃度を強引に高める機能があるため、情緒を不安定にさせてしまうのです。具体的には好戦性を増したり、反対に戦意を失ってしまったり」
伊紀の話を聞き、代行は得心がいったように目を細めて頷いた。
だがもう一つ、重要な疑問点が残っている。
「問題は、これをどこの何者が作ったかということじゃ。軍と関係の深いチャームメーカーが密かに急進派へ譲渡するなど、危ない橋を渡るのは考え難い。防衛装備庁の装備研究所も、監視の目を搔い潜ることは困難じゃろうて」
防衛装備庁は装備品の開発・調達を一元的に担っているので、汚職を防ぐために元々監査体制が厳しい。そんな中で政府や省内の主流派の目を盗んで開発するのは流石に不可能だ。
「これも百由様のお言葉なのですが、開発元はゲヘナ傘下のメーカーの可能性が高いそうです」
「……真かね?」
「はい。使用されているパーツは他社製の一方、マギ向上に関わる根幹のシステムはゲヘナのものでした」
「ならば、事情が大きく変わってくる。前提からして考え直さねば」
その代行の発言を皮切りにして、部屋に一時沈黙が訪れる。とは言え、考えていることは皆似たようなものだろう。
統幕の急進派はゲヘナと協力関係にあった。それが何らかの理由で、あるいは最初から手を切る前提で、今では敵対関係に変わった。
元から急進派はゲヘナへの強硬策を主張していたが、あれは演技だったのか、本気だったのか。本当のところは定かでないが、いずれにせよ中々に拗らせた関係なのは確かなようだ。
やがて推測を中断するかのように、ロザリンデが沈黙を破る。
「悪党同士の繋がりなんて、所詮その程度のものなんでしょう。データの中身が分かれば裏付けが取れるはずです」
「うむ、そうじゃな。解析科の成果を待とう。忙しい中で迅速に働いてくれた百由君にも後で礼を言わねば」
アーセナルの真島百由はチャームの開発・整備のみならず、マギ理論やヒュージ研究等、極めて多才な人物だった。ガーデンとしても彼女には頭が下がる思いだろう。
「君たちロスヴァイセもゆっくり休んでくれ。本当にご苦労じゃった」
改めて送られた労いの言葉に、ロザリンデと伊紀はソファから立ち上がって姿勢を正すと、退室の礼を執るのだった。
理事長室を後にした二人は人気のない広々とした廊下を歩いていた。
「はぁ~っ、今回は流石に疲れたわねえ」
ロザリンデが歩きながらも、腕を真っ直ぐ上に上げて伸びをする。
百合ヶ丘に帰ってきてからは多少の仮眠を除き、保護した強化リリィの対応やら報告書の作成やら事後ミーティングやら、まともに休み暇が無かったのだ。
「でも、あの二人の件は良かったですね。無事にうちの中等部に編入できそうです」
「そうね。落ち着いたらまた顔を見に行きましょう」
左後ろから後に続く伊紀が明るい話を振ってきた。実際、そういった成果が彼女らロスヴァイセの原動力になっている。
その一方、ゲヘナへの復讐心を上手く抑えられない者は救出作戦に参加できない。保護対象や味方さえも危険に晒しかねないからだ。
「そろそろ碧乙も書類仕事を済ませてるでしょうし、この後にでも伊紀から労ってあげてちょうだい」
「はい!」
「食いつきがいいわねえ」
元気良く返事をされたので、ロザリンデは小さく笑う。
碧乙とロザリンデは同室――特別寮では一人部屋や学年違いのルームメイトも許されていた――なので、こんな時は伊紀にお姉様を譲っているのだ。
「はぁ~。精神的に疲れちゃったから、私も癒されに行こうかしら」
そう言ってロザリンデは首だけ傾け、廊下の窓に目を向けた。
百合ヶ丘の空はまだ薄暗いが、耳を澄ませば鳥のさえずりが聞こえてくる。学院が起き出すまで、あと少しであった。